IS ~THE BLUE DESTINY~   作:ライスバーガー

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第50話 白い闇を抜けて

太平洋に浮かぶ島々は大なり小なり様々だが、世にも珍しい視認出来ない島が存在する。無論、天然の要塞だけでは成り立たず、島全体を覆うステルスシステムによるものだ。

非常に高性能なシステムは島全体に人為的に施され、島そのものに大幅な改造が施されている。目視は愚か、熱探知や海振レーダー、軍事衛星に至るまで精巧に欺いている。

少し前までは島の住人は一人しかいなかったが、現在では人間の数に限定するなら四人にまで増えている。優れた人工知能を有する機械端末を加算するのであればプラス一機と言えなくもない。

 

「束さまー、パンが焼けましたー」

 

両手で大きな丸皿を抱えて小走りに駆けよるのは島の住人としては一番新しく、感情表現も大分豊かになってきた銀髪の少女。

くーの作るお手製のパンのバリエーションも少しずつ増えており、今回は大量のクロワッサンが香り豊かな匂いを立てている。

この匂いもパンの香りを運ぶ煙さえも島の外に伝わらないのだから個人の住まう島としては驚くべき技術の固まりだ。

 

「うーまーいーぞー」

 

大げさに手を上げて絶賛する束がパンを頬張る姿をくーはにこにこと見守っている。

パンを皿に盛っただけではあるが、色々な意味で人間離れした束にしてみればそれだけで十分過ぎる食事とも言える。

一応関係性としては束はくーの母親代わりを自称しているが、客観的な光景で言うなら逆に見える不思議な絵面だった。

特に今は歯止め役となるユウと箒が出払っており、島内には二人に加えて吾輩は猫である(ナツメ)しかいない状態の為に尚更だ。

尚、吾輩は猫であるには少し前まで「名前はまだ無い」と言う名前があったのだが、分かり難いと箒に一蹴されて現在ではナツメでほぼ統一される始末だ。

 

「変わった形をしてますけど、大きなお家ですね」

 

束の周囲には常時と言っても過言ではない割合で空中投影のディスプレイが複数展開されている。その一つを見てくーが呟く。

日本と言う独特の文化を持つ土地柄の中で和をこれほど感じる建造物は他に類を見ない。神社と呼ばれる建造物があらゆる角度から表示されていた。

 

「篠ノ之神社。私と箒ちゃんの実家みたいなもんかな」

 

くーの呟きに応えながらも束の口調も目も興味を宿していない。今でこそユウやくーとコミュニケーションを取るに至っているが元来、篠ノ之 束と言う人間は他者に興味を示さない。

束が天災と呼ばれる以前、幼い少女であった頃からそれは変わっておらず、精神に疾患があると言われても疑わないレベルの対人能力しか有していない。

基本的に今でも変わっていないが、異なる世界の技術とこの世界ではまずありえない歴戦の勇士との関わりやISによって人生を大きく狂わされた少女の保護。様々な事変が束に多大な影響を与えているのは事実。

勿論、くーに限らずISによって人生が大幅に狂った人間は多数存在するが逆に甘い蜜を吸っている人間も数え切れない程に存在している。

偶然にも束と関わり人生に大きな転機が訪れたくーだが、その他大多数に対して束の行動理念そのものは変わっていない。

ただし、今はユウと言う力を得て束は目的を持った行動を取っている。最も目指すべきものは箒や千冬でさえ未だに捉えられてはいない。

 

「束さまと箒さまのお家ですか、いつか行ってみたいです」

「そうかい? 近いうちに顔を出す事になるかもしれないよ」

「ほんとですか!?」

「うん、ここも随分長く使ってるからね、そろそろ場所を移そうかなと思ってたのさ」

 

新しいクロワッサンに齧り付きながら束が映像を切り替える。表示されるのは篠ノ之神社の裏手にある山の中腹。木々の間に潜むように大穴が開いている。

外からは木と山が重なり見つけるには至らず、近づいても自然の要塞が邪魔して到達の難しい場所。子供が見つけたとしても怖くて近寄らず、大人であれば探検隊を組織しなければ侵入は難しい。

 

「この中にラボを隠してるんだ、今は日本から余り離れたくないからね。良い立地条件なんだよ」

 

世界から雲隠れをしている束は基本的に一か所に留まらない。現在拠点としている孤島は太平洋上にあり日本に近く利便性は高い。

本来は逃げ場が少なくなる陸地は好ましくなく、海に面した場所が最も理想的なのは言うまでもないだろう。

逃げると言う意味で言えば今の社会情勢は空に目の数が多すぎるのだ。当然ながら海にも領海は存在するが高性能のステルスシステムで海中を移動する潜水艦の発見は困難を極める。

自身が見つかる危険性を踏まえても、世界中の隠れ家の中から束は次の拠点として日本を想定していた。

 

「日本ですか、楽しみです。あれ? 束さま、これ」

「うん?」

 

篠ノ之神社の映像と山の合間にある拠点を見ていたくーが視線を移す。表示されている地図は現地点からかなり遠く、北極付近の氷の大地。

青い味方信号が二つ行動中であり、その地点に近づく赤い信号が二つ確認出来る。

 

「ロシアとアメリカか、ふむ……。良し、お腹一杯になったよ、くーちゃんありがとう」

「あ、あの束さま。ユウさまと箒さまは大丈夫でしょうか」

「問題ないよ。今は待ちだから」

「待ち?」

「そ、戦いには流れがあるんだよ。攻め時や守り時みたいにね」

「今は待つ時、ですか?」

「いえーす。今は水面下で動く事態を見守り、状況が動くのを待つ時だよ。だから、今は戦闘にはならない。箒ちゃん達は大丈夫だよ」

 

再び投影ディスプレイに向かった束が端末を操作して味方機を呼び出す。コールサインはブルーとレッド。

 

「と言っても戦闘ってのは直接ドンパチするだけじゃない、情報戦はいつでも勃発するからね。電脳世界は私の戦場だ」

 

ニチャリと口角を上げる。付き合いの短いくーでさえ、この笑みを浮かべる束が恐ろしい存在であるとは十分に理解出来ていた。

 

 

 

 

束がくーのパンを頬張っている頃より時間は少し遡る。

北極地点にある氷の大地、巧妙に偽装されているが破棄された基地が氷の中に埋まっている。

 

「そっちの様子はどうだ?」

「今の所は何も」

 

基地周囲を警戒しつつ移動している二機のISはブルーディスティニーと紅椿だ。

氷の大地に足をつかないよう浮遊した状態でハイパーセンサーを使い周辺空域並びに海域の調査と基地内部をスキャンニングしている。

ISが感知した情報は即座に束に転送され、周辺や基地内部に反応があれば調査する事が可能となっている。

望ましいのは基地内部に侵入する事だが、ISが誕生する前に作られた基地はISの運用前提とした通路はなく、人間用としても必要最低限の空間しかなくISでの活動は不向きだ。

船艇による海路からの経路はあるが基地としては既に死んでいる。ISスーツであれば侵入も不可能ではないが、破棄されて時間の経過された基地内部には幾つもの流氷が衝突しており、満足な装備がなければ生身での活動は難しい。

 

「何もありませんね」

「そうだな」

 

人類未踏破の地は地球上にまだ幾つか存在する。

底知れぬ海は言わずもがなだが、ギアナ高地の大森林や北極南極のような厳しい大自然の地は未開と言って良い。

北極や南極に対して調査団が派遣されているが、生態系を含めて完全に把握されているわけではない。

ISが本来の意味で使われていたなら別だったかもしれないが、競技と兵器として運用されている以上は仕方がないと言える。

態々そのような地に基地を設けている理由は未開の地の調査だけではない。世界中が派遣を争った群雄割拠の時代の名残。

 

ぐるりと外周をそれぞれ左右で回った二人が合流。センサーによる基地周囲と内部調査の結果何も見つけるに至らなかった。

ここは先日アメリカでイーリスが報告に挙げた僅かな反応が検知された基地のひとつ。

僅かなエネルギー反応自体は束も確認しており、何者かが破棄された基地に再び命を吹き込んだ可能性を考慮して調査に赴いていた。

情報戦において束を上回る存在はいないに等しいが、今世界中で起こっている異変についての動向は掴めていない。

束達は亡国機業の存在について知っているが、ラファール・リヴァイヴの強奪に関しては介入しておきながら後手に回ってしまい間に合わなかった。

サイレント・ゼフィルス、ラファール・リヴァイヴ、甲龍と更に続けて引き起っている強奪事件に亡国機業が関与しているのは疑う余地はない。

しかし、情報戦において敵なしとされる束ですら奪われたISの行方も亡国機業の拠点も掴めていない。少しでも情報を入手する可能性があるならと行動して今に至る。

 

「姉さんの予想が外れたのでしょうか」

 

南極は南極大陸と呼ばれ陸地の上に氷と雪が積み重なっているが北極は氷が海に浮かんで大地を形成している。

MSの運用が基礎としてしみついているユウにしてみればしっかり足を地に踏み締めたい所だが、氷の大地に足跡を残すわけにはいかない。

僅かに浮遊して移動しているのにはそういった理由があり、現在は曇ってこそいるが天候としては悪くない日と言える。北極の天候は数秒単位で狂う事も珍しくない。

少しでも吹雪けば氷に刻まれた足跡は上書きされた冷気によって見えなくなる。誰かが存在した人為的な証拠すら残さない天然の要塞だ。

そういう意味では態々浮遊していなくとも証拠が残る可能性は限りなくゼロに近いのだが、万全を期すに越した事は無い。

逆に少しでも車両や足跡が見つかれば御の字なのだが、残念ながら結果は伴っていない。

 

「もう少し調べてみよう」

「分かりました」

 

≪待った、作戦は一時中断。その場から離脱して≫

 

「姉さん?」

 

唐突に入る通信に浮上しようとしていた二機の動きが止まる。

篠ノ之神社付近の山の合間に引っ越し予定のラボがあるなど箒は知る由もないが、くーと会話していた束からの緊急連絡だ。

即座に何かに気付いたように振り返ったブルーがハイパーセンサーで広域索敵に入る。

 

「博士、海か?」

≪そ、潜水艦が近づいてる。所属はアメリカとロシア、目的は多分同じだと思う。鉢合わせるのは厄介だからね、離脱してくれるかい≫

「連中の索敵範囲は?」

≪今の距離なら大丈夫≫

「了解した。箒、頭を上げるなよ」

「はいっ」

 

高度を下げ地面近く姿勢を低くして移動、基地からの離脱を開始する。

ユウの言う頭を上げるなとはこの場合姿勢だけを指すのではなく、どちらかと言えば高度だ。

氷の大地の中には凹凸もあるが、晴れている日であれば比較的見晴らしが良い。陸地に比べれば隠れる場所は少ないとも言えるだろう。

ISとしても比較的目立つ色合いの二機としては当然の警戒。いかに搭載されているステルスシステムが束のお手製で高性能であろうともだ。

現状で最も警戒すべきは相手が既にこちらを認識している場合と基地の破壊を目的にしている場合だが、何れも心配ないのであれば距離さえ取れれば隠れるのは比較的容易だ。

目的がユウ達と同じであるなら、二ヶ国の潜水艦のなすべきは基地の調査だなのだから。

 

≪ん? ISが出て来る、動かない方が良いかも≫

「了解」

 

束の進言に従い、その場で停止。近場にある小さな氷丘へと身を潜める。

基地からは十分に距離は取れているが、相手がISであれば油断するわけにはいかない。緑に輝くブルーの瞳が基地上空に浮遊する一機のISを捉える。

飾りっ気は一切なくネイビーブルーのカラーリングを施されたアメリカのIS、ファング・クエイクだ。

 

≪ステルス仕様のISみたいだけど、消える様子はないね。気付かれてないみたいだから安心して良いと思うよ≫

「ロシア側の動きは?」

≪特殊部隊みたいだけど、ISはいないね≫

 

海岸に横付けした二艦からはアメリカ側からISが一機と数人の軍人と調査団と思われる人員、ロシア側からも同様に数人が入っていく様子が確認できる。

 

「二ヶ国が手を組んでいるのでしょうか?」

≪通信を傍受してみたけど、鉢合わせたのは偶然みたいだよ。お互いに敵対はしないって暗黙の了解を取り付けたみたい≫

 

箒の問いに束が答え、聞いていたユウは眉を顰める。

本来目的が同じでも異なる国家が簡単に手を取り合うはずがない。それもロシアとアメリカとなれば共に軍事大国として名を馳せている存在だ。

つまり、二ヶ国に取ってそれだけの価値がこの基地の調査にはあると言う事だ。ユウ達にしてみれば内部調査に踏み切れなかった事が悔やまれる状況となってしまった。

 

「これ以上は無理だな」

≪そうだね、あのISも中に入ると思うから隙を見て離脱して≫

 

束の言葉の通り、ネイビーブルーのファング・クエイクも数分と立たずに基地内部に侵入を果たす。

同時にブルーと紅椿は離脱。情報を引き出せなかったのは惜しむべきだが、アメリカだろうがロシアだろうが基地内部を調べてくれるならそれに越した事は無い。

本来であれば未確認のエネルギー反応の正体まで確認しておきたかったのだが、情報戦になるのなら必要とあらば束が手を回して盗めば良い。何せ国家機密であろうが束には関係ないのだ。

 

≪無駄足になっちゃったね≫

「いや、破棄された基地に国が注視してると分かっただけでも収穫だ」

≪そういう考え方もあるか、情報だけじゃ現場の状況まではつかめないからね≫

「ひとまず距離を取る。後で連絡を入れる」

≪了解、気を付けて≫

 

 

 

 

「隊長、あの連中を信じて良いのですか? 後ろから撃たれるかもしれませんよ」

「放っておけ、ISも持たん連中だ。いざとなれば私が撃滅する」

「了解です」

 

ユウ達が離脱した基地内部に侵入を果たしたアメリカとロシアの調査団は臨時で組まれた二ヶ国の連合となっていた。互いが目的は同じだが、現場にて遭遇した外的要因だ。

アメリカ側からは米軍特殊部隊、名も無き兵たち(アンネイムド)隊長と呼ばれるファング・クエイクの搭乗者以外にも白兵戦も含めた軍人部隊。

隊長を含め全員が国籍も民族も宗教も名前も無い秘密裏に行動する事を前提とした特殊部隊。

本来であれば遭遇した敵部隊は殲滅してでも存在を秘匿にしなければならないのだが、今回は相手の特殊性も自分達に劣らぬ者達だった。

 

ロシア側の潜水艦から姿を現したのは黒装束に身を包んだ日本人の少数部隊。

日本とロシアの裏でどのような取引があったのかをアメリカ側は知らないが世界の裏側に潜む暗部「更識」の人間だった。

その多くは謎に包まれているが、束達以外で唯一亡国機業の存在に辿り着いている一団だ。能力の高さは疑うまでもない。

ロシア国籍の潜水艦に乗り現れた以上は背後関係を洗われてしかるべきだが、遭遇した相手は名も無き兵たち(アンネイムド)だ。

互いの利害関係から協力こそすれど、必要以上に探りを入れるような真似はしない。ISの有無に関わらず情報が持つ重要性は互いに承知の上なのだから。

 

北極と言う地球の最果てとも言うべき地で記録上は存在しない二つの部隊が行動を共にする異質な空間が出来上がっていた。

アメリカとロシア、更に暗躍する日本と篠ノ之 束。あらゆる陣営が未確認のエネルギー反応を発する基地を重要だと判断していた。

裏に見え隠れする組織と追う者達。表舞台だけでなく、大きな波が様々な陣営に影響を与えようとしていた。

 

 

 

 

氷の大地だけでなく中国奥地の渓谷地域や欧州の森林部にある破棄された基地に様々な国家が介入。

調査を慣行するに至るが結果を言うならいずれも収穫はなく、確認されたエネルギー反応の正体は掴めなかった。

だが、何も情報が掴めないと言う不可思議な状況こそが不自然なのだ。数多くの戦場を駆けたユウも、数え切れない電子の海を潜ってきた束も、何も無いを容認する人間ではない。

巧妙に隠せば隠す程、不自然な潔白が生まれていく。それこそが歪と言わずに何と言うのか。

 

「さぁて、逃がさないよ」

 

表示される投影ディスプレイの反射光の中で束が笑う。

ユウや箒でさえ恐怖を感じずにいられない邪悪な笑みだが、それは勝利を約束する笑みと言っても過言ではない。

 

 

 

しかし……。

世界に潜む悪意は天災と死神を持ってしても簡単には辿り着けないのだと、思い知らされる事になる。




今回はユウ&束編。
今更ですが原作七巻までの情報を元にしていますので、八巻に出てきた くーのイメージとは異なるかもしれませんがあしからず。八巻の内容も参照にはさせて頂いております。

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