IS ~THE BLUE DESTINY~   作:ライスバーガー

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第49話 ふるさとの軍人

赤いレンガ造りの豪奢な街並みを黒スーツで歩く一向がある。

中心は男物のスーツを着込んでいるが女性特有の柔らかさを隠せてはいないシャルロット・デュノア。

左右を挟むように大柄の男が二人と少し後ろを長い金髪の女性が続いている。

 

「ふぅ、会うのは二回目だけど大臣が気難しくなくて良かったよ」

 

明るめの金髪をかき上げてネクタイを緩めるシャルロットが朗らかな笑みを浮かべている。

現在シャルロット率いるデュノア社のエージェントチームは先のラファール・リヴァイヴ強奪に関して国の重鎮に挨拶回りをしている最中だ。

イグニション・プランは絶望的な状況になってしまったが、国家資産の一つとも言えるISを五機も奪われた事態は看過出来ず、謝罪と経緯説明に振り回されていた。

正確にはデュノア社が所有しているISであり国家所属とは少々違うのだが、少なからず国からの支援も受けている身であれば国に伺いを立てるのは致し方ない。

社長達も忙しく飛び回っているが、社長令嬢でありエージェントとしても腕利きであるシャルロットにも役割が回ってくるのは自然と言えた。

最も、シャルロットの交渉術は腕利きと称していいものかは社内でも意見の分かれる所だ。落としどころとなる結果は申し分なく、相手の印象も文句なしだが、同行するメンバーは毎回肝を冷やしている。

何せ基本が笑顔の交渉だ。無論、時と場合により謝罪や相手が怒っている際に笑顔を浮かべるような真似はしないが、情報を引き出す場合に浮かべる笑顔が反則的に可愛らしい。

にこにこと話を促されて必要ない情報まで提供した企業の役人や国の重鎮がどれだけいた事か。事実、今回の対話の中でフランス政府に所属する大臣の一人はデュノア社の警備の甘さを指摘したが、最終的に国から増員を送り警備を増強させるとまで言ってきたのだ。

最上の結果を笑顔一つで手に入れて見せた手腕は正直驚く他ない。謝る時は誠心誠意を忘れないが、許しを得た上で浮かべる極上の笑顔。これを計算と天然を交えて行っている辺りに恐ろしさを感じずにはいられない。

一時期はシャルロットにハニートラップを仕掛けさせれば敵はいないのではないのか、とまで言われた程だ。

流石に社長やシャルロット自身から物言いが出て廃案となった。万一実行されていればデュノア社は更に伸し上がっていたに違いないだろうが、女尊男卑の時代を考えれば不祥事発覚時に発生するデメリットの方が大きすぎるだろう。

補足しておくが決してシャルロットの性格が悪いわけでも、生粋の悪女と言うわけでもない。そういった技術を身につけなければデュノア社で居場所を確保出来ない程に世知辛い世の中なのだ。

 

「次は欧州連合の関係者でしたか?」

「はい、陸軍の将校がラファール・リヴァイヴの持ち出し経路について相談したいと言っております。時間的には余裕はありますが、一度帰宅されますか?」

「うーん、帰宅するより、ここからならあそこが近いですね。寄る時間は作れそうですか?」

「問題ありません」

「じゃ、それで」

 

頷きを返したシャルロットは胸元で待機状態のラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡを指で確認してから路地裏を目指す。

付き従う男女は寄り道に異論を挟む事なく後に続き、政府高官宅を訪ねていたデュノア社一向は昼間の街中に姿を溶かした。

 

 

 

場所は住宅街の裏手にある昼間でも若干薄暗い路地。角に面する大き目の店舗は外観から酒屋と分かり店の外には大きな樽がオブジェ代わりに積み上げられている。

樽の上に陣取る恰幅の良い黒猫が「なーご」と低い声で鳴き来店者を迎える姿が看板代わりだ。

 

「こんにちは、ご主人は中かな?」

 

見上げて尋ねるシャルロットに「なーご」と先程と同じ声量で微動だにせず黒猫が答える。視線すら動かしていない辺り黒猫は来店者に興味は無いのだろう。

店舗としてはこの時間は閉まっているが、すぐ隣にある従業員用の勝手口に鍵は掛かっていない。

大柄な男が先に入り、シャルロットが後に続く。入店すると豊かな色彩を放つワインや派手なラベルのアルコール類が視界狭しと絶妙のバランスで積み上がっている。

開店前の薄暗い店内、僅かに鼻を掠める芳醇な酒の匂いと共に進んだ先、小さな電球の灯りが照らすカウンターで眼鏡越しに帳簿を睨む年老いた男が一人。

 

「お久しぶりです」

「ん? お、おぉ? お嬢ちゃんか、久しぶりじゃないか」

 

帳簿から顔を上げた老人が目を丸くしてシャルロットを迎え入れる。

スーツ姿と連れ立っている面子からプライベートではないのは一目瞭然とすぐに理解した老人は電気もつけずに店の奥を顎で指し示す。

 

「用事は奥かね? 来たまえ」

「ありがとうございます」

 

カウンターの裏側に多数の木箱と酒樽で隠された防火用の分厚い隠し扉がある。店の裏に住居用のスペースもあるが目的地はそこではない。

隠し扉の奥、地下に進む階段の先に広がるのは店そのものよりも大きな空間。壁や天井をギッチリと黒を中心とした銃火器が埋め尽くしている異様な部屋だ。

現役の兵隊が用いるライフルにサブマシンガン、無誘導のロケット砲に対戦車ライフル。迫撃砲に手榴弾に至るまで多種多様な武器が弾薬も含め溢れんばかりに鎮座している。

 

「相変わらずですね、上よりこっちの方が品揃えが豊富なんじゃないですか?」

「否定はせんよ。どうする? 連れの男共はこの部屋の方が好きかもしれんぞ?」

「かもしれませんが、今日は僕の用事を優先させて下さい」

「勿論だとも」

 

シャルロットの言葉に頷く男達を確認して少しばかり腰の曲がった老人は木製の古い狩猟銃を撫でて更に奥に進む。

次に待ち構えているのはカードキーでロックされた電子扉。入口の分厚い鉄扉とは対を成す近代技術の扉だ。

 

「ほれ、好きなだけ見ていきなさい」

 

奥の部屋は街中の地下とは思えない施設だった。

ISを展開して尚余りある広さの円形の空間。驚くべきは部屋の壁にIS用の巨大な武器が多数陳列されている事だ。

開店前の店とは違い強力な灯りが四方からシャルロットを照らし、展開されたラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡが黄金色に輝いている。

連れの男女と老人は防護扉の裏手、アリーナの管制室のような場所に移動して武器を吟味するシャルロットを見守る姿勢に入る。

 

「ここ最近姿を見せておらんかったが、何かあったかね? 灰色の鱗殻(グレー・スケール)では満足出来なくなったかね?」

「いえ、シャルロット様の問題と言うよりは世の流れと言いましょうか」

 

応じる男は何とも言葉にし難い困ったような表情を浮かべている。

 

「最近話題の蒼い死神かね?」

「ご存じですか」

「ニュースでやっとる程度の情報と噂話程度じゃがな。軍の情報は多少おりてくるが、流石に詳しくは知らん」

 

武器を構えて射撃姿勢に入るシャルロットを見ながら老人は男と会話しつつ綺麗に揃った入れ歯を打ち鳴らして笑う。

最近話題と老人は称したが実際には一般人は蒼い死神に大きな興味は示していない。何かあった程度の騒ぎでしかないだろう。

政府や軍関係者、ISに深い関心を持つ者達でなければIS用の武器と専用機持ちであるシャルロットから蒼い死神を連想したりはしない。

話題に出すだけで老人が常人ではないと判断するに十分だが、そんな事はここにいる全員が承知の上だ。表向きは酒屋を営む老人の持つ裏の顔は武器の密売人。いや、むしろこちらが本来の顔と言うべきだろう。

密売と言ってはいるが、武器の取り扱いは政府公認でありデュノア社にIS用の武器を提供している一人でもある。

と言っても取り扱っている武器は老人が趣味で集めた物や軍からの横流しであり製作者ではない。武器のカスタマイズには定評があり、必要に応じて個人にも売買をしている売人だ。

今でこそ酒屋が主流の生活になってはいるが、その実は元軍人にして元武器商人。デュノア社も詳しい話は聞いていないが軍を退役後に伝手を利用して武器商人を始めたと聞いている。

当初こそ順風満帆であったが、ISが世に蔓延した事で武器商人としての職を追われた一人であり今は酒屋に落ち着いたというわけだ。

個人で武器の販売を生業にしていた者や傭兵稼業をしていた男達に取ってISの時代はやり辛い世の中の到来と言えた。

時代の流れはあくまで表向きに過ぎず、実際には武器商人達は息を潜めて活動を続けている。傭兵にしても同じで銃弾飛び交う戦場ではやはり男達が最前線だ。

女尊男卑と言われようが武器がなくなるわけではなく、この老人のような存在は世界中に存在しているのだ。

 

高い汎用性を誇るラファール・リヴァイヴの武器は統一性を持たせる為にも所属している国の軍用品をISに転化する場合が殆どだが、ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡのような専用機であれば個人店の武器を使い自分好みにカスタムする事も珍しくはない。

シャルロットが愛用している第二世代型最強の攻撃力を誇るグレー・スケールは一般流用されている武器の一つだが、元々は一撃必殺の削岩機を武器に転用したもので威力だけの武器に過ぎなかった。この老人を初め多くの人間の手によって連射性能に大幅な修正が加わり今の地位に上り詰めたのだ。

多数の人間の手が加わる事でより高く昇華される。それは武器もISも同じと言えた。

夏休みに入りラウラを筆頭にIS学園一年生の専用機持ちは強化装備としてパッケージの準備を進めているが、第二世代型として完成しきっているラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡにこれ以上の追加パッケージは望めない。

ガーデン・カーテンが防御用パッケージに該当し防御力こそ格段に上昇しているが、それだけで満足するには至らない。

 

「うん、これは中々」

 

模造弾を打ち切りカチンカチンと音の鳴るトリガーの感触を確かめているシャルロットが手にしているのは二種類の銃。

レイン・オブ・サタディと名付けられた速射性を重視し集弾性の高い六二口径連装ショットガンと秒間にとんでもない量の弾丸を吐き出す五九口径重機関銃、デザート・フォックスだ。

IS用に大幅なアレンジが施され全体的な性能もさることながら高い連射性能はシャルロットの腕前と相性がいい。

 

「その二つに目をつけたか、流石と言うか何と言うか、相変わらず弾幕を張るのが好きな嬢ちゃんじゃな」

「あはは、人をトリガーハッピーみたいに言わないで下さいよ」

 

じとっと恨みがましい目を向けるシャルロットだが、デュノア社の同僚である男達の顔が若干引き攣っている事からも第三者的視点で見ればトリガーハッピーの面を完全に否定してみせるのは難しい。

シャルロットが取る基本戦闘スタイルはどのような戦局にも対応出来る万能型だが、ISで戦う以上は基本は射撃戦になるのが通例だ。一夏や千冬が特別と言うか異例なのだ。

圧倒的弾幕を張り巡らせて相手を封殺してしまう戦術も当然ながら存在する。特にアリーナのような限定空間で一対一であれば有効な戦術であり、威力を度外視すれば弾幕だけで勝利をもぎ取るのも不可能ではない。

特にシャルロットの場合は弾を打ち切っても得意としている高速切替で武器を持ちかえてしまえば再度弾幕を作り出す事も異なる種類の弾幕を張り続ける事も可能だ。

おまけに弾幕を突破した相手をグレー・スケールで迎え撃つもよし、弾幕を張りつつ高速切替でグレー・スケールによる突貫を狙うのも悪くない。

いずれにしても弾幕ありきの戦術だ。味方機のいる場面では味方を誤射する(フレンドリーファイア)危険性もあり必ずしも有能な戦術とは言えないが、機体の世代差を感じさせない搭乗者の特性とも言える。

 

「嬢ちゃんや武器を売るのはやぶさかではないし今更かもしれんが、死に急ぐでないぞ? どれだけ綺麗事を重ねようが、武器は人を殺す道具に過ぎん。武器商人が言うのも変な話じゃがな」

 

ISが歴史の表に立ち、競技での活躍やISの誇る防御力で思考がズレがちだが、引き金を引くと言う行為は誰かの命を奪う事を目的とした行為だ。

軍にも身を置きデュノア社のエージェントとしても活動しているシャルロットはその事実を良く分かっているIS乗りの一人だが、人生においても武器を扱う人間としても先輩である老人の言葉をきちんと胸に留めて噛みしめる。

本来は銃を撃ちながら笑いあうような事はあってはならないのだ。軍人達が戦場で己を正当化し精神的柱にする為、笑う事はあるが、年端もいかぬ少女が世界最強の武力を乗り回し引き金を引くにしては、余りにも今の世の中は軽すぎる。

 

「はい、覚えておきます」

 

紫水晶のように美しい瞳が真っ直ぐに老人に応える。

 

「老い先短い老人の頼みじゃ、時代に残された我々より先に死ぬでないぞ」

 

ISに乗っている限り死なない。そんな夢物語を語るのは女尊男卑の影響を強く受け軽くなった世の中を生きる者達だ。

年老いて濁ってしまった老人の瞳ではあるが、その視線には憂いと覚悟をしかと感じる。だからこそシャルロットも忠告を受け入れ、武器を使う当たり前の真理に向き合える。

 

「して、幾つ用意するかね? レイン・オブ・サタディもデザート・フォックスも在庫はあるが?」

「あ、じゃぁ全部下さい」

 

真面目な視線の交わりの直後にあっけらかんとした返事が返ってきてお互いが噴き出して笑い飛ばす。

 

「持ってけ持ってけ、金はいつもの所に振り込んでくれればいいからの。今日は美味い酒が飲めそうじゃ」

「お酒なら上にいっぱいあるじゃないですか」

「馬鹿言うな、売り物を自分で飲めるわけなかろう。自分で買って飲むんじゃよ、お嬢ちゃんが売上に貢献してくれたからの」

「それって意味ないんじゃ……」

「固いこと言うでない、良い事があった日は美味い酒を飲むに限る。これで美人が酌でもしてくれれば文句ないがの……。お嬢ちゃんがあと十年、いや二十年熟成してから来てくれれば完璧じゃ」

「それまでお爺さんが生きてたら喜んで」

 

再び視線を交えて笑い声を上げる。

友情とも情愛とも違う、どちらかと言えば戦場の絆だろうか。実際に二人が同じ戦場に立つわけではないが、シャルロットはこの店の武器を使い戦場を駆ける。

その都度思い出さずにいられないだろう。引き金を引く意味を、待っていてくれる人がいる意味を。店主に酌をする、たったそれだけの約束でもシャルロットに取っては死ねない理由だ。

 

これから先、再び戦いの幕が上がると確証はないが確信はあった。

シャルロットに取ってISは元々デュノア社で居場所を確保する手段に過ぎなかった。

だが、今では愛機であるラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡに対する愛着は本物でISを通して出会った友人との繋がりも大切にしたいと思っている。

同じ時間を過ごすようになってまだ短い期間しか経過していないが、IS学園での日々は楽しいと素直に思えたのだ。

笑顔と嘘で塗り固められた人生だからこそ、未来でも過去でもなく今を守る為にシャルロットは銃を手に取る。それが矛盾と知りながらも譲れはしない。

 

「悩みなさい。どこまで行っても力は力で武器は武器だ。悩んで悩んで悩んで、誰かに相談してもいいし失敗しても構わんから、自分で考えて自分で決めて力を振るいなさい。それが間違っているのか正しいのかは誰にも分からん。人生とはそういう事の繰り返しじゃよ」

 

ISを解除し地上に続く階段を上るシャルロットの背後、老人は優しい声色で言葉を紡ぐ。

内心で考えていた守る為に殺す力である武器を振るう矛盾。逡巡した悩みを見抜かれた指摘にシャルロットは驚嘆せずにいられない。

 

「お嬢ちゃんはお嬢ちゃんの道を行けばいい。たまに帰ってきて酌をしてくれれば文句などありゃせん」

 

老人は笑う。苦労続きの人生を歩んできたシャルロットだ「帰ってきていい」たったそれだけの言葉がどれだけ胸を打つかは言うまでもない。

 

「はい」

 

振り返ることなくシャルロットは告げる。必ず戻ると。

 

シャルロットだけではないが知らねばならない事が多すぎる。

ラファール・リヴァイヴ強奪の際に何故蒼い死神が助けてくれたのか。篠ノ之 束との関連性にIS学園の襲撃の目的。

時代と蒼い死神に振り回され、分からない事だらけの毎日だが、悩みながら皆と一緒に進んでいこうと決意を新たにシャルロット・デュノアの夏は過ぎていく。




今回はシャルロット編。
夏休みはデュノア社関連で忙しいシャルロットの一幕。
他と違いガーデン・カーテンが既に登場済みなので武器の新調での強化。
酒屋の店主にして武器密売人であるお爺さんにあやうく「撃っていいのは撃たれる覚悟のある奴だけだ」と言わせそうになったのは内緒です。
夏休み編は各キャラにスポットを当てているので大きく物語は動いていませんが、もう少し夏休みにお付き合い下さればと思います。

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