IS ~THE BLUE DESTINY~   作:ライスバーガー

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第48話 変革の序曲

≪シルバーファイブ、遅れてるわよ! シルバーツー、見通しが甘い、射線の先に味方がいるでしょ!≫

 

突き刺さる檄に応じる余裕もなく演習用アリーナを飛び交っているのは銀色の装甲に顔全体を覆うバイザーを基本装備としたアメリカの軍事用ISシルバーシリーズ。

基本装備以外に大型のライフルを装備した銀色の四機が二機一組になり二対二で制空権を争っている。

檄を飛ばし全体に対し指示を出しているのはシルバーワンこと、銀の福音の搭乗者であるナターシャ・ファイルスだ。

 

≪何度も言わせない、シルバーツーは射線軸を意識しなさい。シルバーフォー、味方の位置は常に把握して!≫

 

二機で一組。ペアでのIS運用は決して珍しくはない。

数に限りのあるISは一機でも圧倒的な戦力となるが、その一機が大切であり失うわけにはいかない。

競技用としてのISであれば一対一が基本であるが、戦場となればそうもいかない。

一機が落とされた場合にもう一機が回収し撤退する、或いは残された一機で敵を殲滅して退路を確保する必要があるからだ。

ISの軍事利用が禁止されているとしても軍事力としてISがこの上なく有用であるのは事実であり、防衛が主目的と言えど今更な話だ。

その為、数に限りがあろうともISの二機運用は決して珍しくなく指揮官役でもあるナターシャが真剣に声を張るのも無理はない。

 

鈍く響くアラーム音がアリーナに鳴り響き模擬戦の終了が知らされる。

 

≪十五分休憩したら相方を変えて再開するわ。休んでなさい≫

 

ナターシャからの声に四機のシルバーが落ちるようにアリーナの中心に集まる。

ゼーハーと肩で息をしながら集まった同僚達がやっと終わった模擬戦に安堵を浮かべ、十五分と言う短い休憩に辛うじて意識を繋ぎ止めていた。

 

「だ、ダメかもしれない。シルバーに選ばれたのをもう後悔してる」

「言わないで、心が挫けそうになる」

 

シルバーシリーズは量産型と銘打ってはいるが現状では五機しかなく精鋭機と呼ぶのが正しい。

搭乗者に選ばれる事は誉れであるが、同時に軍属であろうがなかろうが、軍務に関わる事に違いない。

ISに関わる以上は多かれ少なかれ守秘義務に触れるが、軍関係となればその重要度は桁違いだ。

ナターシャがシルバーシリーズの搭乗者に求めた若くて才能ある人材である彼女達に圧し掛かる重たい現実だ。

 

「シルバーは凄く良い機体だけど、うっぷ、気持ち悪い」

「ちょっとティナ!?」

「だ、大丈夫、多分」

 

四人のうら若き乙女の一人。シルバーファイブの搭乗者ことティナ・ハミルトンがバイザーを外し大きく息を吸って吐く。乱れる呼吸を深呼吸で無理矢理落ち着かせる。

年齢に多少違いはあるが、四人とも少女と言っていい若い娘だ。IS学園に通っているのはティナだけだが、他の三人もアメリカ中から集められた選りすぐりだ。

少数の編成にて殲滅戦を前提として作られたシルバーシリーズは連携を前提としているが各々の性能が現存するISのトップクラスだ。

高機動にして広範囲攻撃を両立させる射撃型の高性能機。ISは搭乗者に掛ける負担を大幅に軽減してくれるがゼロではない。

加速すればGが全身に掛かり急激な旋回は全身を強く揺する。軍事訓練用のアリーナのような限定空間でシルバーシリーズを振り回せば酔うのも無理はない。

 

「ナターシャさん相変わらず厳しいわね」

「暴走事件以降特に、ね」

 

顔を見合わせた四人が未だ整わない息遣いだが意味深に言葉を交える。

銀の福音の暴走事件はISの歴史におけるアメリカの汚点に他ならない。

IS学園の生徒達と日本所属の打鉄乗りの意見から蒼い死神と篠ノ之 束に関連性があると国際IS委員会より発表された。

流石に篠ノ之 束をテロリスト指定とはいかないが、政府や軍関係者が、篠ノ之 束に対しての警戒レベルを上げたのは言うまでもない。

蒼い死神をテロリストとしながらもISの製作者である束については危険としながらも敵対はしないと言っているのだ。

絶対的強者の立ち位置と言うべきこの現実こそが篠ノ之 束と国際IS委員会の関係を示しているに他ならない。

 

シルバーシリーズにしても暴走するような危険を帯びているのであれば本来は凍結処理、もしくは破棄が当然だ。

だが、アメリカはシルバシリーズを再三に渡り検査を行い危険性がない事を確認。篠ノ之 束が押した安全の烙印も後押しとなり、開発を継続した。

当然他国から安全面に対する指摘はあったがそれは篠ノ之 束の言葉を反語にするに他ならず、各国が強く否定するには至らなかった。

シルバーワンだけは現在七度目になる精密検査の真っただ中であり未だナターシャの手元には戻っていないが、他四機は問題ないと判断された。

 

「ねぇ、あの暴走事件どう思う?」

「検査では安全って出たけどこの子達は大丈夫なのかな?」

「でも、私はシルバーファイブ好きだよ?」

「そりゃ私も好きだよ。こんなに空を飛ぶ事を喜ぶIS初めてだよ、いや、そんなに他のIS乗った経験無いけどさ」

 

シルバーシリーズの搭乗者である四人には暴走事件で分かっている限りの情報は伝えられている。

開発初期のメンバーの一人が銀の福音に対してバグプログラムを仕込んでいた事、搭乗者であるナターシャに薬品を打ち込んだ事。

その結果が暴走事件である事も、暴走事件を鎮圧したのがIS学園の生徒達と篠ノ之 束であると言う事も全てだ。

その上で改めて四人はシルバーシリーズの搭乗者である道を選んだ。暴走の危険性が無いと診断されていようとも暴走した過去を持つ機体だ。いわくつきと言っても良い。

 

「そうじゃなくて、暴走させる必要性ってあったのかなって」

「どういう事?」

「犯人は開発初期から関わってたのに暴走させる意味って何だろなって」

「それは……。あれ?」

「ね? アメリカの誇る最新鋭機だよ、何処の誰かは知らないけど興味を持つ人がいても不思議じゃないと思うけど、盗むわけでもなくて暴走させたんだよ? 長年付き合っておいておかしくない?」

「……機体が目的じゃなかった?」

 

顔を突き合わせた四人が呻くように頭を捻るが、その答えを知る張本人は既にこの世にはいない。

 

≪休憩は終わりよ。次はシルバーツーとシルバーフォー、シルバースリーとシルバーファイブが組んで模擬戦よ≫

 

疑問符を浮かべていた四人の頭上に「!」が浮かび慌てて立ち上がる。

 

≪色々な事に興味を持つのも多いに結構よ、シルバーに関わる事なら尚更ね。でもその前に貴方達はシルバーの搭乗者として十分な実力をつけて貰うわ。いいわね≫

 

「はい!」

 

相方を変えたシルバーシリーズが再びアリーナに舞い上がる。

銀の鐘こそ装備していないが、その姿は銀の天使と呼ぶに相応しく雄々しくも美しい。

先程の四人の会話を管制室から傍受していたナターシャは空を飛ぶ四機と搭乗者たる四人の乙女を見て満足そうに頷く。

 

「そうよ、疑問を持ちなさい。何が起こっているのか自分で考えて、その力を何の為に使うのかを自分で決めなさい」

 

誰にも聞こえないように小さな声でナターシャは呟く。

その眼は四機のシルバーを捉えていながら遥か先を見据えているように思えた。

最も軍用ISを個人の判断で使えるはずもないのだが、ナターシャが見ている先はそんな括りに縛られていない。

 

 

 

二機一組での戦いの他にバトルロワイヤルや一対一、基礎演習も含め様々な演習が終わり、解放された四人は軍施設内に用意された自室でこれ以上ない程に疲れ果ててへばり込んだ。

指揮官役でもあったナターシャは管制室に残り各々の情報をまとめ、次の参考にする為に頭を捻らせる時間が深夜まで続いていた。

 

「お疲れさん、指揮官殿」

「あら、珍しいわねイーリが顔を出すなんて」

 

空気の抜けるプシュッと言う短い音と共に自動扉を開いてイーリスが姿を見せる。

その手に握られた缶コーヒーの一つをナターシャに放り投げ、椅子を引っ張り座席を抱えるような恰好で隣に座る。

 

「一応報告にな。シルバーワンは正式に安全性が保障されたってよ。明日にでも受領出来るぜ」

「そう、良かった」

「嬉しそうな顔しちゃってまぁ」

「嬉しいもの、またあの子と飛べる。それがどれだけ幸せな事か言うまでもないでしょ?」

「違いない……。で、もう一つの案件だ」

 

イーリスが持ち込んだ情報端末を操作し空中にディスプレイを呼び出す。

端末には何重にもセキュリティが掛けられており呼び出された情報の重要性を指し示している。

 

「これは……」

 

表示されているのは世界中のありとあらゆる軍事拠点を示す地図。

各国には地図に表記されない隠された基地が多数あり、アメリカもその限りではないが、それらの分かる限りの情報が示されていた。

アジアの荒れ地や欧州の深い森の中、果ては北の氷の大地や南の海。あらゆる場所で僅かにだがエネルギー反応が確認されている。

 

「ここ数ヶ月で少しでもエネルギー反応が確認された場所だ。どの基地も既に廃棄されてて、各国は関わりを否定してる」

「篠ノ之博士は?」

「さてな、不可能じゃないと思うけど何年も世界中が探して見つけられない人間だぜ? こっちの情報網に引っかかるか?」

「それもそうね」

「ただ、残念な事にそれらの基地に対して各国からアプローチを掛けてみたがもぬけの空で情報は引き出せなかったらしい。篠ノ之博士が関与してようがいまいが証拠はないって事だな」

「……イーリはどう思う?」

「多分お前の考えと同じだ。きな臭くてしかたない。何かいるぜ」

 

世界広しと言えどアメリカの持つ軍事力と情報力を上回る国は存在しないと言っても良い。

間違いなく世界最強の国家だ。その世界最強が持てる情報を使い見つけた違和感。されど未だに確証には至らず。

 

「と言っても上を強引に動かせるのはこの辺りまでだ。国家代表って言っても軍の指揮権も政治の介入権もない」

「十分よ」

「なぁナタル、覚悟は変わらないんだな?」

 

射抜く視線は親友を真っ直ぐに捉えている。

 

「言ったでしょうイーリ。私は、私とあの子を救ってくれた恩を必ず返すわ」

「一応言っておくが、表向きな内容はともかく篠ノ之博士はテロリストと共謀してるとされている。下手すりゃ国家犯罪に問われるぜ?」

 

投影ディスプレイに目を通していた動きを止め、ナターシャもイーリスを見据える。

 

「イーリ、貴女はおかしいと思わない?」

「何が?」

 

親友の問い掛けに質問をはぐらかす意図を感じずイーリスは小首を傾げる。

真面目な答弁をしている中でナターシャは無意味な話題を振るような人間ではないとイーリスは良く知っている。

 

「国際IS委員会が蒼い死神をテロリスト指定にするのは当然だと私も思うわ。でもね、今世界中で起こってる異変と蒼い死神は結びつかないのよ」

 

言いながらナターシャは投影ディスプレイを操作し昨今で起こった異常事態の記録に表示を切り替える。

欧州連合の演習に蒼い死神が乱入、IS学園に二度に渡る武力介入、そして銀の福音との戦闘終了後に篠ノ之 束と共に姿を見せた。

蒼い死神が確認されてからの時系列と出現位置が表示され、更にそこに幾つかの出来事が付け加えられる。

イギリスでのサイレント・ゼフィルス強奪。フランスでのラファール・リヴァイヴ強奪。中国での甲龍戦隊強奪。銀の福音の暴走事件も更に追加される。

各国が秘匿にしている情報さえもアメリカであればその限りではない。唯一欠落しているのは完全に規制の外と言うべき黒いラファール・リヴァイヴについての情報だろう。

 

「国際IS委員会の中には全ての犯人は篠ノ之博士だって言う説もあるのは知ってるわよね」

「まぁ、そりゃぁな」

「でも、私はそうわ思わないわ」

「そいつは同感だ。銀の福音の件の贔屓目を無しにしても、篠ノ之博士が犯人とするのは暴論だ」

 

実際には強奪に関与しているのは亡国機業であるのだが、国際IS委員会もアメリカもそこには到達していない。

だが、違和感を感じている者達は多かれ少なかれ存在している。

 

「仮に篠ノ之博士が戦力を必要としてISを強奪しているとすると、銀の福音を奪わなかった理由がないわ。IS学園の専用機だって簡単に奪えたはずよ。何より蒼い死神と第四世代機がいるのにそれ以上の戦力を博士が必要とするかしら? そもそもあの二機は国際IS委員会が承認していない機体でしょ、つまり博士に取ってISの数に意味なんてないはずなのよ」

 

銀の福音暴走事件の終幕に蒼い死神が出現したと国際IS委員会から報告を受けてもナターシャは何処か納得した節があった。

逆に言うならば篠ノ之 束以外に蒼い死神のような存在を作り出す事は不可能だと思っていたからだ。

それを踏まえても一連の事件が篠ノ之 束であれば引き起こす事が可能だと理解していながら、行動の矛盾から同一犯ではないとナターシャは推測する。

更に蒼い死神と紅椿は国際IS委員会が未承認のISコアだ。数に限りのあるISは各国が求めているが、博士の場合は求める必要すらないのだと判明したと言って良い。

それもそうだろう、何せISのコアは篠ノ之 束にしか作れないのだ。今更量産型を強奪する理由が無い。

無論資材的な意味も踏まえれば個人で出来る限界はあるだろうが、あらゆる意味で規格外な存在である天災に問うには今更だろう。事実蒼い死神や紅椿が存在するのだから。

 

「IS学園を襲った理由は分からないし蒼い死神と繋がりがあるのも事実だと思うわ。でも、ISの強奪に博士は関わっていないと私は思うわ」

「かもしれないが、それをどう証明する。残念ながら私達の立場じゃ表だって博士の擁護は出来ないぞ」

「分かってるわ。だからこそ、今はあの子達を鍛えるの、必要な時に自分達の意思で力の使い処を見極められるようにね」

 

映し出される投影ディスプレイの表示が四人のシルバーシリーズ搭乗者に切り替わる。

 

「全員が敵になるかもしれないぞ?」

「その時はその時よ。でもねイーリ、良く覚えておいて、何よりも飛ぶことが大好きだったあの子の翼を奪い、判断能力を奪い、望まぬ戦いへと身を投じさせた奴がいるのよ。その相手が何であろうと私は許しはしない。必ず報いを受けさせる」

 

銀の福音に手を施した犯人は既に死んだが、それで終わるとはナターシャもイーリスも思っていない。

その為に必要な情報を集め、可能な限り未来への投資を行う。アメリカと言う巨大な後ろ盾、使える権力を総動員してでも姿の見えない敵に備える。

ナターシャ達が知る所ではないが、篠ノ之 束が言う所の世界に満ちる悪意に備える結果となる。

 

「……私はこの国の国家代表だ。この国の敵になるなら、私はお前を討たなくちゃいけなくなる」

「そうね、そうならない事を祈りましょう」

 

ナターシャの瞳は揺るがず、国家を敵に回す可能性があろうとも覚悟は決めている。

篠ノ之 束が銀の福音とナターシャを救った恩人であり、その恩を必ず返すと誓い、銀の福音に枷をはめた奴を許さないと誓う。

例え親友が立ち塞がろうともその誓いだけは譲らないと視線が語っている。

 

「お前は昔から頭が固いな」

「そうかしら? 何だかんだ言って付き合ってくれるイーリも人のこと言えないじゃない」

「違いない……。ま、何だ、結局の所はまだ何もわかってないんだ、気楽にとはいかないが、背負い過ぎるなよ?」

「分かってるわ、私もあの子も、あの子達も、まだまだこれからよ。イーリもうかうかしてるとすぐに追い抜かれるわよ」

「言ってろ、お前ならともかく、まだひよっ子のガキ共には負けねーよ」

 

二人して視線を合わせて笑い合う。

立場、世相、あらゆる状況から二人が敵対する可能性が無いとは言えない。

それでも、きっとこれから先も何も変わらない。二人が敵にになる未来は訪れない。

本当に倒すべき敵が潜んでいると確信めいたものが二人の中には確かにあった。




今回はアメリカ編。
ティナやナターシャの現状と今後を匂わせる話。

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