IS ~THE BLUE DESTINY~   作:ライスバーガー

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第47話 一千万年銀河

陽光は燦々と大地を照らしているが吹き抜ける風は心地良く頬を撫で抜ける。

開いた大き目の窓から風を取り込み、揺れる白いレースのカーテンに夏を感じる。

住宅街の一角から少し離れた小高い丘の上、白を基調にした洋館の一室。美しい街並みの見える窓際で金髪の令嬢は一息入れていた。

古くから伝統と格式を受け継ぎ、近隣住民からの支持も厚い、今なお名家と言って差し支えない高貴な者の義務(ノブレス・オブリージュ)を体現する家系。

イギリス有数の貴族の一人、セシリア・オルコットの生誕の地にして彼女を育んだ場所。

 

「ふぅ……」

 

お茶、と言っても日本人の想像する熱い緑茶や夏の風物詩である麦茶ではなく、濃いめの紅が混じった紅茶である。

憂いを帯びた表情で陽光と吹き抜ける風を楽しみながらティーカップを掲げる窓際の令嬢の姿は絵になる以外の形容詞が思い浮かばない程に良く似合う。

窓から一望できる街並みへ視線を上げて文句のつけようのない紅茶を堪能しながらもセシリアの気持ちは晴れない。

思い出されるのは銀の福音との戦いとそれ以前に何度か刃を交えた蒼い死神との戦い。どちらも普通とは言い難い極めて異端な存在との戦いだった。

セシリアの知る範疇における蒼い死神の襲撃記録は欧州連合の軍事演習、一夏とセシリアの模擬戦、学年別トーナメントの三回。うちセシリアが交戦したのは二回、どちらも手も足も出なかった。

何れの場合も正式な試合ではなく完全な状態での戦闘とは言えなかったが、そんなものは詭弁に過ぎない。そもそも襲撃を受けている段階で真っ向勝負ではないのだ。

極めつけは銀の福音との戦い。代表候補生四人を含むIS五機、小国であれば国家戦力として割り振ってもお釣りが来る程の過剰戦力にも関わらず、一機のISを抑え込む事すら出来なかった。

アメリカの精鋭機の性能が桁外れであったのも間違いではないが、機体性能や搭乗者の腕だけでは説明出来ない状況が重なった。

ISの暴走、第四世代機、篠ノ之 束と蒼い死神の介入、篠ノ之 束が告げた毒素とバグと言う言葉。

想像の域を出ないがあの場において篠ノ之 束は悪ではない。むしろ銀の福音を救った側だろう。ならば、まるで篠ノ之 束の護衛の如く姿を見せた蒼い死神は何だと言うのか。

何度目か分からない思考のループに陥った頭を振り払い、紅茶を飲み干す。

 

「おかわりを頂けるかしら?」

「はい、お嬢様」

 

傍らで控えていたメイド、チェルシー・ブランケットがティーポットから新しく紅茶を注ぎ、瞬間的に部屋の中に濃厚な茶葉の香りが咲き乱れる。

日本に比べ格段に過ごしやすい夏とも言えるイギリスだからこそホットの紅茶も存分に楽しめる。悩みは多々あるが一瞬の安らぎがセシリアの心の隙間を埋めていく。

紅茶を入れた主であるチェルシーも気難しくなっていた主人の顔が緩んだのを確認し内心で一息をつく。メイドと言っても年頃はセシリアの少し上で長い付き合いのある幼馴染である。

幼少時よりオルコット家で世話になり、メイドとして仕え、セシリアに取って良き友人であり姉のような存在。今のオルコット家に無くてはならない人材だ。

 

「チェルシー、地下のアレは準備出来ていまして?」

「はい、ご命令頂ければいつでも」

「そう……」

 

表向きは主従関係の二人ではあるが、実際には幼少時より共に過ごした姉妹のような関係。

代表候補生としてのセシリアの苦悩をチェルシーは完全に理解するに至らないが、オルコット家のセシリアについてであればチェルシー以上にセシリアを理解しているものはいまい。

 

イギリスでも有数の名門として誉れ高く長い歴史を持つオルコット家。

ISが登場する以前は世の中全体に対し男尊の風潮が少なからずあったが、オルコット家は元々女系が強い家系でありセシリアの母は自分にも他人にも厳しい人だった。

逆に婿養子として縁組された父は優秀ではあったが世間的に言えば気弱な部類に入る人間だった。

年端もいかぬ少女であろうとも娘に対し母は一切の妥協せず高貴な者の義務を教え込んだ。

無論、幼い日のセシリアに理解できるはずもなく、厳しい母の貴族としての教育を受けては優しい父に甘えると言うのが幼少時のセシリアの日課だった。

それ自体は何ら問題ではなく、セシリア自身も両親を共に愛し必要としていた。

少々情けない点の目立つ父ではあったが、優秀に違いはない。オルコット家が婿養子として認めた男だ。気弱な性格であろうとも惰性的な人間では貴族の婿養子等務まるはずがない。

その中でも社交の渡り歩きは父の十八番であり、得意としている乗馬の姿は淑女達の心を射抜く気品溢れる立ち振る舞いを見せていた。

母は父と違い、どちらかと言えば神経質であったがイギリス発祥とも言われるクレー射撃の腕前は相当なもので乗馬の父と射撃の母は娘に取って誇らしい存在に違いはなかった。

 

しかし、時代と言うのは残酷なものだ。

一夏や箒が姉に翻弄された人生を歩んでいるように、ISの登場はオルコット家を翻弄するに十分過ぎる事態だった。

到来した女尊男卑の時代は益々オルコット家の女系の勢いを加速させ、オルコット家の男性達に対する風当たりが激しくなっていく。

何せ古い一族だ。血統を重んじる老人達がオルコット家の背景にはおり、その者達が女尊男卑に乗じないはずがない。現行の当主である所の両親でさえその影響は回避出来なかった。

更にセシリアの父に取って運の悪い事に成長期を迎える娘が父を煩わしく思うのは当たり前で、その流れは誰かが仕組んだわけでなく人間の家庭であれば極自然に起こり得る。

父を愛してはいるが、老人達の顔色を伺う父の姿を娘が哀しい気持ちで見ていると気付かない父ではなかった。

女尊男卑の時代と女系の家系の圧力、重なった二重苦に父は望む望まないに関わらず別宅住まいを余儀なくされる。

時代の流れが正しいとも家系が正しいともセシリアは思わないが、女系として連なってきた一族の持つ勢いに少女が逆らえるはずもなかった。

 

訪れる悲運が永遠の別れを告げようともだ。時代、血族、そんなものに何の意味があるのか。

幼い少女には何も出来ない、何も変えられない。全てを覆すにはそれ相応の力が必要だった。

 

突然の両親の死。

IS学園に入学する事になる三年前。セシリア・オルコットの今を決定づける事件が起きてしまう。

父が重圧に押し出され別宅住まいになろうとも、両親が愛し合っている事に変わりはなく、セシリアも長く父には会っていなかったが慕っていたのも事実。それらが一方的に一瞬にして奪い去られた。

結婚記念日に夫婦で出かけた先で起こった列車の横転事故。瞬く間に日常は露と消えた。唯一、セシリアの心を救ったのは父が母を庇うように覆い被さって亡くなっていたと言う事。

両親は本当に愛し合っていたのだと、気弱な父が最後まで母を守ろうと懸命になったのだと。敬愛するに相応しい父だと胸を張って言える。弱者だなどと誰にも言わせはしない。

 

どれだけ悲哀に明け暮れ、どれだけ両親の愛を感じ取ったとしても時間の流れだけは決して変わらない。

女尊男卑を地で行き、いつまでも権力にしがみ付こうとする老人達がこの機を逃すはずがない。

優しい父と尊敬する母を失い、家柄の兼ね合いで多少なりとも女尊男卑に思想が偏りを帯びておおかしくはないセシリアだが、それだけは我慢ならなかった。

既に時代の終わった古い人間に、今あるオルコットの地位と財産を奪われるような真似だけは許せなかった。

家督の意味もきちんとと理解出来ていない少女であろうとも、自分が守らなくてはいけないものが何なのかは分かっていた。

守るべきはオルコットの名前。家柄でも血筋でもなく、両親から受け継いだオルコットの名前だけは必ず守る。

行動理念としては単純明快で、力がなければ時代にも世相にも逆らえないなら、強くなるしかない。

血筋にも自分にも娘にも厳しかった母、老人達に頭が上がらず気弱でも優しかった父。どちらも大切な人だったからこそ、今更権力を求める老人達に好き勝手させるつもりはない。

 

女尊男卑の時代を作り上げたのはIS至上主義の世界。とはいえ女性だからとISに関われるわけではない。

が、天運のなせる業かセシリアは高いIS適正値を持っていた。無論、適正値が高いからと優れた乗り手になれるわけではないが、セシリアは努力を惜しまなかった。

ISに限らず、学業も疎かにせず、法律について学ぶ事も手を緩めない。名前を守る為に努力に努力を重ね続けた結果が代表候補生と言う地位。

イギリスが推進しているBT兵器との相性が良いとは言えなかったが父が乗馬で培ったバランス感覚と母譲りの射撃の腕前。

全く異なるジャンルでありながらも全てが高いレベルでまとまりIS乗りとして申し分のない才覚を発揮して見せた。

元々地域的にオルコット家は近隣住民から一目置かれているにも関わらず、国から認められた代表候補生にまでのし上がったセシリアに対し老人達が何か言えるはずがなかった。

実質的に国家の後ろ盾を得たセシリアは力を持ってオルコットの名を不動のものにするに至った。名門故の苦汁を味わい、両親を失いながらも母から教え込まれた高貴な者の義務を全うする。

そんな人柄、実力、共に申し分野のないセシリアが欧州トップクラスのIS乗り達がしのぎを削る欧州連合に所属するに至るのは当然の流れとも言えた。

 

IS学園一年生の専用機持ちで言うなら女尊男卑の影響を最も受けているのはやはりセシリアだろう。

彼女自身は男だからと一方的に卑下する性格ではないが、オルコット家と気弱な父の影響を受けてしまっているのも事実だ。

だが、軍と関わればその考えが嫌でも否定せざる得ないのだと理解させられる。決定的となったのは蒼い死神の襲撃。欧州連合始まって以来最大の汚点にして世界に異物が混じり込んだ瞬間。

不意打ちとは言え完全実戦仕様の軍の一部が瞬く間に焼け落ちセシリアやシャルロット、ラウラも含めたIS十二機が落とされた。

軍事演習であっても完全実戦仕様。敵を撃滅するだけにあらず、味方に対する支援も万全の状態だからこその完全実戦仕様。

襲撃された際には待機状態であった戦闘車両や戦闘機のコックピットこそ直撃はしていなかったが、搭乗していた軍人から重軽傷者はともかく死者が出なかったのは奇跡に違いない。

だが、この奇跡はすぐさま救助活動にあたった軍人達の功績が大きな要因であるのは言うまでもない。

嫌でも見てしまうハイパーセンサーが燃え盛る車両を捉え、今にも焼け落ちそうになる限定空間で救助活動をする同胞達の姿。

本来はISが率先しなければならない緊急事態を生身で切り抜ける男達の姿は泥臭く見ようによっては醜く映るかもしれないが、紛れもなく生きようと、生かそうとする命の輝きに他ならない。

同胞であろうが、他国の人間であろうが、そんなものは些細な事だ。きっとこの男達は世界中の誰が相手でも同じように全力を尽くして命を救おうと戦うだろう。

女尊男卑、何と愚かな時代の象徴か。そんな言葉に意味はないのだとセシリアの胸を打つに十分過ぎる事件だった。

 

「チェルシー、地下に行きますわ」

「かしこまりました」

 

窓から吹き込む風を堪能し思いに耽っていたセシリアが紅茶の最後の一口を胃に落とし込み立ち上がる。肩に掛かった髪を背後に流す仕草は亡き母を彷彿とさせる、やはり絵になる立ち振る舞いだ。

 

 

 

オルコット家の本宅であるこの洋館には一部にしか知られていないが地下室が存在する。

元々は長い歴史の中で集められた蒐集品の収納スペースであったのだが今は大幅な改装がなされており、セシリアとチェルシーの許可なく出入りは出来ない。

戦火に巻き込まれても耐えられそうな重量級の幾つかの扉と短く分けられた複数の階段は防御の要とも言える。

地下の広間は一目で見て普通ではないと分かる。幾何学模様の壁紙は年季の入ったものであるが、それ以外は明らかに最新技術が導入されている。複数の端末が設置され広間の中央に向かい配線が密集している。

子供であれば走り回って遊べる程の余りあるスペースの中心、配線の集まる先に鎮座している清々しい蒼が家主を迎え入れる。

待機状態のブルーティアーズはイヤーカフスとなりセシリアが装着しているが、同色からも関連性がある事が見て取れる。

 

「お嬢様、ご命令頂ければいつでも量子格納可能でございます」

 

セシリアの後ろで恭しく頭を下げるチェルシーの言葉が示す通り、鎮座する蒼はブルーティアーズの最新装備。

広がるスカート状の大型化された脚部パーツに複数の増設スラスター。ブルーティアーズ専用強襲用高機動パッケージ「ストライク・ガンナー」

格納したBT兵器を推進力として使う為にビットとしては使えなくなり小回りは悪くなるが現行ISの中でもトップクラスの加速力と最大速度を得る。

更に大型になったレーザーライフル「スターダスト・シューター」に超高感度ハイパーセンサー「ブリリアント・クリアランス」それらの装備をあわせ高機動高火力を実現する。

 

「……まるでお父様とお母様ですわね」

「そうですね」

 

幼少時よりオルコット家を知るチェルシーが懐かしむように微笑みを浮かべて破顔する。

気弱な父も馬に乗る時ばかりは雄々しかった。近くで何度も見て憧れた母の射撃は美しかった。

乗馬とクレー射撃。ISの本質はイメージ、より強くより速くをイメージしISと同調すればISは応えてくれる。一夏が剣道から強さを引き出しているのも似たようなものだ。

実際にはイメージだけで強くなれるわけもなく、乗馬の感覚はISで飛ぶとは全く違う。クレー射撃も散弾であり狙撃とは異なる。

それでも装着すればブルーティアーズを包み込むように展開されるストライク・ガンナーの姿は正に両親の姿と重なって思えた。

 

「ストライクガンナー」

 

ポツリと呟き視線を落としたセシリアは仮想敵機を思い描く。

サイレント・ゼフィルスの強奪は一般的には公表されていないがイギリスの汚点に違いはなく、ストライク・ガンナーはある意味でサイレント・ゼフィルスに抵抗する切り札。

何せイギリスの持つ技術の結晶であるビットをただのエネルギー媒体として使うのだ。今までの研究やBT兵器の試験運用としていたブルーティアーズを否定するのと変わらないパッケージなのだ。

 

「敵とは誰を指すのでしょうね」

 

視線を上げたセシリアは真っ直ぐにストライク・ガンナーを見据える。

サイレント・ゼフィルスの強奪は確かに異常事態であり国家として汚点だが、篠ノ之 束や蒼い死神が関与しているとは考えにくく、今まで敵として見ていた蒼い死神ですら、セシリアは仮想敵機として思い描けなくなってしまっていた。

篠ノ之 束が銀の福音を救ったと考えてしまえば、蒼い死神の姿はまるで立ちはだかる騎士そのものだったから。母を庇い共に死んだ父の姿を思わずにいられない。

 

「何が何だかわかりませんわ。ですが、きっと関係ないのでしょうね」

 

歩み寄り空色をしたストライク・ガンナーに手を添える。

 

「お父様、お母様、見ていて下さいな。オルコットの名と共に私は戦い抜きます。高貴な者の義務を果たして見せますわ」

 

思案しても分からないものは分からない。

蒼い死神が敵であろうが、篠ノ之 束が味方であろうが、サイレント・ゼフィルスを強奪した者が全く別の勢力であろうが、情報が足りない。問題を先送りにするのも止むを得ない。

だが、分かっている事もある。彼女がセシリア・オルコットである事実だけは揺るがない。

蒼い滴は自らの名を関する星々を身に纏い、新しい次元へと足を踏み入れる。




今回はセシリア編。オルコット編と言ってもいいかもしれない。
オルコット家については独自解釈に基づく設定が付与しております。
物語的には紅茶を飲んで地下に行っただけで終わってしまった。

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