IS ~THE BLUE DESTINY~ 作:ライスバーガー
中国の軍基地の一角に甲龍シリーズの控えるIS格納庫がある。
コンクリート壁に鉄製の高い天井を持つ空間は軍関係者でなければ威圧感を与える程に無骨だ。
IS学園の制服ではなく辺りにいる技師達と同じ飾りっ気も何もない技術者用の作業着に身を包んだ鈴音がそこにはいた。
見据える視線の先には半壊状態の愛機、甲龍シリーズの試験運用モデル。甲龍一号機。
銀の福音との戦いで非固定浮遊部位の一つを失い、全身に損傷を受けてボロボロに傷ついている。
「ごめんね、私がもっとしっかりしてれば……」
手を添えて赤褐色の装甲を撫でる。
鈴音と一夏の連携も機体特性を活かした突撃戦も代表候補生の国際レベルと照らし合わせても文句の付け処の無い仕上がりだった。
それでも勝てなかった。あの場に第四世代機の紅椿が現れなければどうなっていたかは言うまでもない。
突如獣の如く豹変し格闘戦特化になった銀の福音もさることながら、その前段階の状態すら制圧出来なかった可能性がある。
素直に悔しいと感じる心が鈴音の小さな胸を打っている。
格差の有無は別にしても圧倒的人口量を誇る中国においてISを学び僅か一年で代表候補生に上り詰めた天才。
世界に名を轟かせる軍事国家が誇る専用機である龍の牙は銀翼の天使には届かなかった。
「こちらにいましたか、凰 鈴音代表候補生」
格納庫の奥には作業員の寝泊りする部屋や資料室、会議室等が隣接しており続く廊下は万一にも敵に攻め込まれた場合に対する対策の一つとして非常に狭い通路になっている。
蛍光灯の明かりの下、姿を見せたのはスーツ姿にエッジの効いた眼鏡の女性。気の強そうな瞳に伸びた背筋からも気難しく神経質な様子が滲み出ている。
「楊管理官」
楊 麗々。中国のIS乗りを管理統括する責任者の一人であり現在は量産型甲龍シリーズで組織される甲龍戦隊の指揮官も務めている敏腕だ。
女尊男卑の時代に頭角を現した出来る女の典型と言っても良い。
「甲龍一号機が回収されたのは知っていましたが、随分と手酷くやられましたね」
「申し訳ありません」
「別に責めているわけではありません。機体は修理すれば済む話です」
言葉の裏に鈴音が無事で良かったと取れなくもないが楊の表情から内心を読み取るのは難しい。
世の中には飴と鞭と言う言葉があるが、楊の場合は鞭の比率が非常に高い。多少なりとも柔和な姿勢が見えた現状でさえ珍しいと言える。
「改めて言うまでもないと思いますが、甲龍一号機は凰 鈴音代表候補生用にカスタムされた専用機です。他の甲龍シリーズとは異なります。量産型だからと敗北の理由にしないようにお願いします」
「分かってます。この子を負けの言い訳にするつもりはありません」
「結構です。最も、今回はISの暴走とかなり異例な事件ですので、凰 鈴音代表候補生に責任を問うつもりはありませんが、それは関与する各国同じでしょう。むしろ解放空間での実戦データが取れたのを僥倖とすべきかもしれません。話が逸れましたね、甲龍のパッケージが間もなくロールアウトします。会議室での打ち合わせに参加願えますか」
「了解です」
二人揃って傷だらけの甲龍を一瞥してから狭い通路へ踵を返す。
ドイツがシュヴァルツェア・レーゲンに砲戦パッケージを用意していたのと同じく中国とて甲龍の強化案を持ち合わせている。
銀の福音の暴走が引き起こした事件は各国のIS事業部が動く名目には十分であり、兼ねてより思案されていた強化パッケージを導入するのは当然の流れと言えた。
無骨な格納庫とは打って変わり、情報の機密性を高めているであろう長部屋。
所謂会議室と呼ばれる場所ではあるが、素っ気ない長方形の机以外には何も備品が置かれていない。
代わりに部屋の四方を囲む壁は室内から見ても厳重と分かる分厚い強化壁が幾重にも重なっていた。
鈴音と楊の入室を確認すると扉がロック。電子的にも物理的にも小さな要塞が出来上がる。
数人の技師が机の回りには待機しており、楊の視線に頷きを返すと手元の情報端末から投影ディスプレイを呼び出して見せる。
表示されるのは機能増幅攻撃特化
「順に説明をお願い出来ますか」
厳重な部屋の中は音調も施されているのか楊の声が通常よりも小さく響く。
視線を交えた技師達の一人が頷き、投影ディスプレイから一つ目のパッケージ画面を拡大表示に切り替える。
「まずは甲龍一号機の専用になる攻撃特化パッケージ「崩山」について説明致します。何より最大の特徴は四門に拡大された龍咆です。単純に火力が倍と言うだけではなく、弾丸を空気圧縮による不可視の弾丸ではなく熱を用いた拡散衝撃砲になっております」
表示されていたパッケージ画像が甲龍に装着された状態に変化して主に肩部の非固定浮遊部位の大型化が見て取れる。
「弾丸が目視可能にはなりますが、威力の増大と広範囲に対する攻撃に十分な効果があると踏んでおります」
不可視の弾丸は非常に大きなメリットを生む武装であるが、対IS戦においてハイパーセンサーが空気の流れを知覚すればある程度は予測されてしまう。相手が優れた乗り手である場合は尚のこと不可視のメリットを最大限に活かすのは難しくなる。
ならいっその事、メリットを削ってでも火力を求め近距離での使用を想定しての大火力散弾にしてしまおうと言うのだ。その名の通り、単純火力で見れば山すら崩す威力となろう。
「質問は後でまとめて伺いますので、まずは次の高速機動パッケージ「風」の説明をさせて頂きます」
鈴音が頷いたのを確認して技師が言葉を続ける。
「こちらは甲龍戦隊への導入が検討されており、甲龍一号機には直接的な関わりを持たない装備になりますが参考までに説明致します。その名の通り高速機動を目的としており増設スラスターと衝角追加装甲を用いての加速力と最大速度の上昇を可能にしています。構造上龍咆を側面に展開する必要があり威力も低下しますが、崩山同様に近距離散弾としての使用し威力を補う構造になります」
高速機動パッケージである風は崩山と違い量産仕様の甲龍戦隊に導入され機動力を確保する目的がある。
中国は広い国土と人口の兼ね合いで比較的多くのISを所有しているが、ISだけで全域をカバーできるはずがない。
そこで現在注目を集めている国産仕様の甲龍の機動力を上げ国土全域をカバーしようとするのが主な狙いだ。
軍事力としてのISもさることながら災害救助を目的にした場合に迅速に現場に到着する重要度は言うまでもない。高速機動はその為の布石とも言える。
「それとパッケージではありませんが、甲龍一号機の追加装備として刀刃仕様の双天牙月と
投影ディスプレイの表示がISから武装単体表示に切り替わる。
片方は見ためからそのままの印象を受ける青龍刀から日本刀の形状に変わった双天牙月。
もう片方は見た目は普通の鎖だが、名とスペックから電気鞭のようなものだと想像出来る。
「刀刃仕様の双天牙月ですが、二対の刀としても使用可能で崩山装着時の近距離補佐の目的があります。重量のある従来の双天牙月と上手く使い分けて下さい。異なる双天牙月同士での連結は不可ですのでご注意下さい」
映像では刀を二本展開して振り乱す甲龍が表示され、柄で一つに連結されての双刃状態も披露されている。
大振りになりがちな青龍刀の双天牙月に比べると一撃の威力は期待できないが小回りが利くのが見て取れる。
「最後に高電圧縛鎖ですが、腕部からの展開武装になり捕縛、電気による無力化を図る特殊性の高い武装になります」
言ってみれば攻防一体の鎖と言った所だろうか。
電気による攻撃であればISシールドは突破出来ないかもしれないが装甲の防御力を無視したダメージが期待できる。
「パッケージと武装の紹介は以上になりますが、何かご質問は?」
映し出されるパッケージと武器の映像を食い入るように見つめ、現在のスペックデータと比較する鈴音が何度か頷く。
「確認したいんだけど、四つの双天牙月の同時展開は可能?」
「可能です。銃器ではありませんので併用しても演算に不可は掛かりません」
「投擲武器としては?」
「問題ありません。投擲武器としてのプログラムも組み込まれています。空力の問題で刀刃仕様は投擲には不向きですが、投げる分に問題はありません」
「崩山装着状態で双天牙月の同時展開、そこに高電圧縛鎖を展開しても大丈夫?」
「負荷は掛かりますが想定の範囲内です。今回の修理の際に合わせてソフトウェアを更新しますので問題なく処理できるはずです」
「オッケー、十分よ。修理の手間もかけて申し訳ないけど、宜しくお願いします」
「任されました。完璧に仕上げてみせます」
頭を下げる鈴音と技師。一通り握手を交わして、新しく生まれ変わろうとしている愛機へ想いを馳せる。
業火を持って山すら粉砕する龍の咆哮に捕食対象を離さない爪と牙。純粋に火力増大のみを目的にして追い求めた破壊力の一点突破。
大空を泳ぐ龍は力を蓄えて、再び目覚める時を待つ。
「強くなって帰るからね。一夏も頑張りなさいよ」
ひと段落した愛機の強化計画を頭に詰め込み、思い描くのは日本に残した友人の姿。
日本の夏は好きではないが、銀の福音との戦いで負った一夏の心の傷は決して浅くない。出来れば離れたくはなかったと思うが、代表候補生としての立場がそれを許さない。
愛機の修理並びに強化も大事な案件であり、夏休みの期間中は余程の事が無い限り日本へは出向けないだろう。
千冬や学園の警備がいるとは言え、蒼い死神やISの暴走など心配の種が尽きないわけではない。だからこそ、改めてもっと強くなろうと胸に誓う。
と、意気込み決意を滾らせる鈴音の背後に控えた楊は微動だにせずその場に待機している。
「な、何ですか、楊管理官。まだ何かありましたか?」
「いえ、黄昏ていましたので待っておりました」
眼鏡の位置を直し冷たい視線で楊は鈴音を見下ろしている。
中学時代に一夏と別れて一年で代表候補生に上り詰めた鈴音が楊に苦手意識を持つのも無理はない。
何せその一年間のスケジュールは怒涛と言うしかなく、その計画にはほぼ楊が絡んでいるのだ。
「そう身構える必要はありませんよ、凰 鈴音代表候補生。用事があるのは私ではなく、老子です。顔を見せてあげてはどうですか?」
「あ、手紙出す約束してたの忘れてたわね。了解です、ちょっと顔出してきます」
そそくさと逃げるように楊の横をすり抜けて鈴音は会議室を後にする。
決して二人は嫌い合っているのではなく、鈴音が一方的に苦手意識を持っているだけだと両者の名誉の為に補足しておく。
この基地にあるのはISだけでなく戦闘機や銃器等の通常兵器も管轄内に備えられているのだが、そんな軍事基地とは凡そ思えない場所が基地内部に設けられている。
基地の裏手、小高い丘と竹林を持つ開けた場所に古いアジアンテイストの館がひっそりと息を潜めていた。
赤を基調にした建物は木造建築で長い廊下の先に円柱状の広間を持つ異質な空間。離れと呼ばれるこの場所は軍事産業としてもISを扱うにしても精密機器の似合わない不可思議な場所。
「老子ー? 来たわよー?」
会議室から一旦自室に戻り、赤いチャイナドレスを身に纏った鈴音が声を張り上げる。
円柱状に開けた広間には中国の国旗や太極図の垂れ幕、大理石で出来た飾り柱に仏像と如何にもアジアの古巣と言わんばかりの装い。
広間全体はひんやりと冷たい空気が満ちており、何処となく神聖な趣きを感じずにいられない。
「おぉ、来よったか」
喜色の混じった声色を上げるのは最奥に鎮座する黒いフードを頭から被った老人。
左右には金の龍紋が刻まれた黒いチャイナドレスの男が二人囲んでいるのも相変わらずだ。
国内外からも老子と呼ばれているこの老人はある意味で世界を牛耳る一人とも言われている。
中国におけるISの乗り手を統括しているのは楊管理官であるが、老子は更に上、軍事力も含めたISの統括代表者だ。
外交や政治的な意味では軍で対処する別の人員が設けられているが、ISと言う稀代の戦力をまとめている顔と言っていい。
国際IS委員会にもパイプを持ち、大国中国の内外で恐れられている生きる伝説だ。
「手紙楽しみにしとったんじゃがな」
「わ、悪かったわよ。いい歳して拗ねないでよー」
「拗ねとらんわい! まぁ、いいじゃろ、それでIS学園はどうじゃ?」
「態々言わなくても、どうせほとんど知ってるんでしょ?」
楊ですら畏まる老子相手にざっくばらんな態度で話が出来るのは世界広しと言えど鈴音位だ。その鈴音が眉を上げて、老子に投げた言葉は決して嘘ではない。
秘密主義と言っても過言ではないIS学園のセキュリティレベルは世界的にもトップレベルだ。
それを差し引いても老子の持つ情報網が侮れないと鈴音を含め中国でISに関わる者達は良く知っている。
「流石に学園内の様子までは分からんよ。分かるのはISの暴走事件が普通ではない事くらいかの?」
フードの奥に見え隠れする瞳がスッと細められ眼光が強くなったのを鈴音は見逃さない。
銀の福音の暴走に束と蒼い死神が関与した事はIS関係者であろうとも報じられてはいないが、国家に対しては別だ。
更に国際IS委員会に伝手を持つ老子なのだから真相を知っててもおかしくはない。
楊が知らずとも、老子が知っていても不思議はない。それだけの権力と情報網を持っている。
「私の口からは何も言えないわよ?」
「分かっとるわい……。鈴音や、本当はIS学園に戻らず、ここでIS乗りとしての腕を磨いて欲しい。と言うのがワシの願いなんじゃがな」
「それはダメ。私を拾って育ててくれた恩は忘れてないわ。それでも老子の願いであろうが警告であろうが、その願いは聞けない」
親の都合で日本と中国を往復していた鈴音が一夏の力になろうと決めてISに関わる道を選んだ。
IS適正値こそA判定と高い評価を得たが、あくまで数値での評価に過ぎず、適正値が高くとも未熟なIS乗りは山ほどいる。
だが、偶然にも国の機関にて適正値を測った現場に居合わせた老子の目に留まり鈴音は便宜を図ってもらえる事となる。
ある意味で贔屓のような扱いだったが、老子の目に狂いはなく、鈴音は瞬く間に才覚を現し他者の嘲りを振り払って見せた。
老子は鈴音に取って第二の親と言っても差し支えの無い人物なのだ。
政治的にも軍事的にも第一人者として今なお国家に多大な影響を与える老子の言葉はある意味で的を得ており、蒼い死神やISの暴走に関与する学園に戻したくないと思うのも無理はない。
娘や孫同然の鈴音の身を案じての言葉だと言われた鈴音も分かっているが、それでもその願いだけは聞くわけにはいかない。
「鈴音が頑固者で織斑 一夏の力になると決意している事も、その覚悟が揺るがぬのは承知しておる」
「ごめんね老子。心配してくれてるのは分かるけど、これだけは譲れないの」
「ふむ……。ISの強化に関しては楊もおるし問題なかろう」
何かを考え込むように頷いた老子の眼光が鈴音を射抜き、声のトーンを落とす。
「じゃからの、ワシから少しだけプレゼントじゃ」
言って左右の男に視線を飛ばす。
左右に控えていた男二人は鈴音の前まで歩み出ると揃って左の拳を右の手の平に添えて一礼する。
「え、なに? どういう事?」
「鈴音や、この世に平等などありやせん。ワシはお主をちょっとばかり贔屓する。この老いぼれの戯れと思って受け取っておくれ」
その瞳に宿る光は老人のそれではない。視線だけで獣を退ける事が出来るなら正に目の前の老人にこそ可能な芸当だろう。
ラウラのように輝く瞳でも一夏のようにまっすぐな瞳でもない。ただ強い、背筋が震えそうになる程に力の籠った視線。
「だから意味が分からないってば! この二人が何なのよ?」
目の前で礼の姿勢を崩さない二人に鈴音がじれったいと声を荒げる。
「鈴音、夏休みの期間で甲龍は生まれ変わる」
「甲龍との調整も必要になるだろうが、ISはまず乗り手ありき。鈴音自身はどうするつもりだ?」
「ど、どうって」
老子の左右に控える二人が饒舌に喋る事は滅多にない。
長身から見下ろされて僅かにたじろぎ後ずさりする鈴音に更に二人は優しく声を掛ける。
「鈴音が望むなら、我等が力となろう」
「天に竹林、地に少林寺と言う言葉がある。短い時間しかないが、徹底的に鍛え上げてやろう」
その言葉で老子の意図を知る。
ハッとなり上げた視線で老子を見れば先程までの眼光は鳴りを潜め、優しく微笑みを浮かべている。
「上等っ!」
男達とは違い荒々しく拳で手の平を叩き鈴音の夏休みの過ごし方が確定した。
しかし、事件は思いもよらぬ方向から襲い掛かってくる。
その日の夜、格納庫に鎮座していた甲龍戦隊所属の量産型甲龍が五機、忽然と姿を消した。
目撃者はおらず、夜勤組の技師達は揃って作業中の姿勢のまま眠りに落ちていると言う摩訶不思議な現象。
奇しくもデュノア社でラファール・リヴァイヴが強奪された時と同じ様相だった。
唯一救いだったのは半壊状態だった為か鈴音の甲龍一号機が奪われ無かった事だろう。
各々が休みを過ごし、来るべき日に備える中でも悪意はひっそりと息を殺して近寄ってきている。
今回は鈴音編でした。
楊さんが代表候補生管理官ではなくIS乗りの管理官に出世?しています。
甲龍の刀刃仕様や高電圧縛鎖は7巻にて鈴音が話題に挙げているものからです。
老子はラウラ編の艦長に続き12話からの再登場。