IS ~THE BLUE DESTINY~   作:ライスバーガー

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第3章 Metamorphoze
第45話 託されたもの


国際IS委員会は正式に蒼い死神と篠ノ之 束の関連性を認め政府関係各所に通達、世界は再度混乱の坩堝に陥る事となる。

が、情報元は電波妨害影響下における二人の打鉄乗りと学生達の証言でしかなく、全てを白日の下に晒せているわけではない。

蒼い死神が国際テロリストに指定された際はニュースでも取り上げられたが、今回の篠ノ之 束の関与は通達こそ出たものの世間に公表されるには至らず、ISの暴走事件として処理された。

ISの生みの親がテロリストと共に行動していると言う歴史を揺るがす可能性のある事件は表面上は隠蔽され闇に葬られる。

無論、ISの暴走事件ともなればマスコミや知識人達からは恰好の餌食となっているが、蒼い死神に対し対岸の火事としてのスタイルと取る一般人からすれば然程大きな問題にはなっていないのが現状だ。

現場で直接関わったIS学園の生徒達にも束出現や第四世代機に関しては口止めがなされており、日常的には驚くほどに変化は訪れず、何事もなくいつも通りの生活が舞い戻っていた。

唯一IS学園で普段と違うとすれば、夏休みに入り殆どの生徒が帰国、或いは地元へ帰省している事だろう。

ラウラや鈴音も例外ではなく、本人が望む望まないに関係なく帰国を余儀なくされていた。理由は言うまでもなく銀の福音と熾烈を極める戦いを繰り広げた専用機が散々たるものだったからだ。

シュヴァルツェア・レーゲン、基本フレームとレールカノンを残し大破。

ブルーティアーズ、機体一部中破、ビット四機消失。

ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡ、機体一部中破、ガーデン・カーテン大破。

甲龍、機体中破、非固定浮遊部位一機消失。

白式、機体中破、雪片弐型オーバーヒートによる内部破損。

と、前衛組は言うに及ばず、特に銀の鐘を零距離斉射を全身で受けたシュヴァルツェア・レーゲンは見るも無残な有様だった。

 

 

 

パァン──。

少々鼻につく硝煙の匂い、足元に落ちる薬莢。響いた銃声は分厚い耳あてに遮られて殆ど引き金を引いた本人には届いていない。

耳あて同様かそれ以上に分厚い特殊プラスチック製のゴーグルの奥では金色に輝く瞳が数メートル先の的を見据えている。

円の描かれた的の中心には黒い穴が開き、多少のずれはあるが十分に許容範囲と取れる的確な射撃の弾痕は高い密集率を誇っている。

 

「お疲れ様です、隊長」

 

場所はドイツ。

夏休みとなりIS学園から帰国しているラウラ・ボーデヴィッヒはドイツの誇るIS配備特殊部隊にして欧州連合にも所属しているシュヴァルツェ・ハーゼ、通称黒兎隊の訓練所に居た。

弾を撃ち切った銃を置き、ゴーグルと耳あてを外し長い髪を乱しつつ振り返った先にはラウラと同じく眼帯で左目を隠しているシュヴァルツェ・ハーゼ副隊長のクラリッサ・ハルフォーフがタオルを持ち控えていた。

 

「ありがとう、クラリッサ」

 

手渡されたタオルで額の汗を拭ってからいつもの通り眼帯で左側の金の瞳を覆い隠す。

射撃訓練場ではいくつもの壁が連なり複数人が実弾による射撃訓練が可能だが今は二人しかいない。

左右の壁に備え付けられているボタンを操作してラウラが狙っていた的が機械操作で手前に手繰り寄せられクラリッサがその紙をはぎ取る。

 

「全弾が中心に集まっていますね。流石です」

「ヴォーダン・オージェを使っての結果だからな、その位出来ねば私に価値などない」

 

自身の射撃の腕を認めた上で結果を流し見て備え付けの椅子にラウラが腰を落とす。

銃を撃つ時は緊張感を持つのが当たり前で自然体に見えても硬直していた全身を伸ばし軽く解す。自然に漏れるのは帰国してから何度目か分からない溜息だ。

軽く目を閉じ思い起こすのは銀の福音との戦い。戦いにおいて重要なのは過程ではなく結果とは良く言われる言葉だが、ラウラの内心からは肯定し辛い。

 

「なぁクラリッサ」

「はい?」

「私は強いか?」

 

銃や耳あてを保管庫に戻していたクラリッサが小首を傾げる。

 

「何を当たり前の事を。隊長は確かに一時期不当な扱いを受けており成績不振な時期もありましたが、シュヴァルツェ・ハーゼの隊長は貴女にしか務まりません」

 

ラウラは戦う為に生み出された試験管ベビーだ。遺伝子強化試験体として誕生し体術、兵器の扱い、戦略と非常に高いレベルでまとまった優秀な兵士。

だが、ISの登場に伴い、適合性を向上させる目的で試験的に開発されていたヴォーダン・オージェを左目に移植するが適合できず、左目が金色に変色した。言わばそれは失敗作としての烙印だ。

存在意義すら否定されたラウラが出会い、再び部隊最強に上り詰める要因を作った人物こそ千冬に他ならない。

 

「強さの定義を論じるつもりはありませんが、ひとつだけ断言は出来ます。ラウラ・ボーデヴィッヒはドイツの代表候補生であり、我々の隊長です」

 

ラウラが千冬を「教官」と敬意を込めるのと同じく、クラリッサにとってラウラこそが「隊長」なのだ。

 

「私の質問には答えていないぞ?」

「おや、そうでしたか?」

 

目を開いたラウラの向ける冷たい視線を含み笑いでクラリッサは流す。その様子に「ふん」と鼻を鳴らしてラウラも笑みを浮かべる。

結局の所はクラリッサの言う通り強さの定義に意味などなく、ラウラが敗北しようが勝利しようがシュヴァルツェ・ハーゼとしては何ら変わらない。

もしIS学園での戦績が芳しくないと言う理由でラウラの部隊長としての責任を問う者がいるとしても、ラウラ以上に相応しい人間がいないのだから議論にはなるまい。

とは言うもののラウラがIS学園に出向いた理由は機体のデータ取りと可能であれば千冬を再びドイツに招く口実を作る事であり、どちらも上手く言っているとは言い難い。

結果的にシュヴァルツェア・レーゲンが大破すると言うマイナス面が目立ってしまっていればラウラが落ち込むのも無理はないとも取れる。

 

「こちらでしたか隊長、副隊長」

 

革靴の良い音を響かせ射撃場に姿を見せるのは二人と同じく眼帯に軍服の少女。筋の通った敬礼は軍属の礼節が見て取れる。

 

「隊長、パンツァー・カノニーアが届きましたのでお知らせに上がりました」

「そうか、ご苦労。行くぞクラリッサ」

 

強さや隊長に対しての議論を打ち切り立ち上がるラウラに従いクラリッサも後を追う。

年齢的にはクラリッサの方がラウラを上回るが、恐らく部隊の誰よりもラウラを信じているだろう。

戦いに勝つ為に生涯を捧げる事を生まれながらに約束された命ある兵士。その挫折も栄光も同僚として副隊長として傍で共に歩んできた。

妬みや恨み等と言った感情を持った過去が無いとは言わないが、そんなものは当に乗り越えた話。部下として友人としてラウラの隣にある。いつからそれはクラリッサの中で当たり前になっている。

シュヴァルツェ・ハーゼとしては隊長が強いに越した事は無いが大局的な見方をしてしまえば千冬がいる限りラウラが最強と呼ばれる事は無いのだ。

勿論IS部隊である以上強さは必要不可欠だがそれだけが隊長の資質とは言い切れない。

軍属である以上は政治的な背景も加味する必要もあるが、それを差し引いてもシュヴァルツェ・ハーゼの面々が信頼する隊長はラウラなのだ。

蒼い死神が化物だろうが、ラウラが敗北を繰り返そうが関係ないのだと小さな笑みを浮かべ小さな隊長を追うクラリッサの表情が物語っている。

 

ラウラ達の向かった先、屋外にあるIS試験場には黒い塊が鎮座していた。

砲戦パッケージ「パンツァー・カノニーア」シュヴァルツェア・レーゲンの火力向上の為に用意された追加装備。

現在はシュヴァルツェア・レーゲンが修理中で素体となるISの無い武装だけの状態だが、装着すれば両肩に二門のレールカノン「ブリッツ」と四枚の物理シールドが追加される事となる。

単純に火力も防御力も増大するが比例して機動力が著しく低下する代物だ。

ISは追加パッケージを装備する事で性質を大きく変化させるが、シュヴァルツェア・レーゲンとパンツァー・カノニーアはまさにその典型とも言える。

中距離を中心にあらゆる距離で万能に戦える本来の性能を犠牲に火力だけに特化させたのが砲戦仕様であり、ラウラが必要とする力でもあった。

 

「本当に良いのですか? シュヴァルツェア・レーゲンの特性を大きく低下させてしまいますが」

 

クラリッサが指摘するのは正にマイナス面の話だ。

ISの量子変換はパッケージも例外ではなく可能だが、武器とは異なり大きく性質を変化させるパッケージの出し入れは簡単ではない。

砲戦仕様や高速戦仕様等はそれに伴う微調整が必要となり、殆どの場合が出撃前にパッケージの有無を選ぶ事になる。

パンツァー・カノニーアを装着すればシュヴァルツェア・レーゲンは完全に固定砲台と化してしまい、プラズマ手刀は愚かワイヤーブレードの間合いにすら持ち込めない。

何より最大の特徴である停止結界を捨てる選択と変わらないのだが、当然ながらラウラも十分に理解している。

 

「構わん、今回の戦いで私は身をもって良く分かった。IS学園での戦いでも連携は必要不可欠。指揮車の無い戦場では後方支援が必須だとな」

「確かに一年生のメンバーの中で指揮官に相応しいのは隊長だと思いますが」

「何より火力が足りん。甲龍の龍咆もブルーティアーズのビットも有用な兵器だが火力不足は否めん。ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡのグレー・スケールと白式の零落白夜は別格だが命中率に難がある」

「後方からの大火力と指揮。確かに不足している点ではありますが……。つまり隊長はあのメンバーでの戦闘が今後もあると? それも実戦の形式で」

「まず間違いないだろう」

 

蒼い死神、篠ノ之 束、ISの暴走、過激派テロリスト、重なる出来事を偶然で処理して良いとはラウラは思っていない。

誰が味方で誰が敵なのか、何が起ころうとしているのかを見定めるのは最終的には現場の自分達だ。ここまで巻き込まれておきながらこれから先は関与しないなどと楽観視出来る子供ではない。

乗り手の個性も機体性能もバラバラのチームは性能を最大限に活かせば最強の存在になりえるが、個性を活かせなかった場合は最悪のチームになる。

銀の福音と言う共通の敵に対し一時的にまとまりこそしたが、次の戦場でも同じ結果が出せるとは限らない。篠ノ之 束や紅椿が次も味方とは限らないのだから。

 

「どちらにしても今はシュヴァルツェア・レーゲンの修理待ちだな。試験運用も出来なければ実用性があるかどうかも確認できん」

 

鎮座する黒い砲台は黙したまま己の出番を待ちわびている。

 

「では今日は少佐の飛ぶ姿は見れないのかね。それは残念だ」

 

良く通る声が不意に響き、振り向いたラウラが驚きの表情を浮かべる。

 

「か、艦長!? っ、失礼しました。全員敬礼!」

 

ラウラの声にクラリッサを含めその場にいた数人のシュヴァルツェ・ハーゼが敬礼の姿勢を取る。

余談だが、シュヴァルツェ・ハーゼの面々は全員が肉眼にIS用補佐ナノマシンが移殖者されており機能制御装置と肉眼保護の意味で全員が眼帯を装着している。

軍部の中でも異質な部類に入るが、ISを保持している部隊と言うだけで戦力としては欧州連合を含めても最強クラスなのは言うまでもない。

そんな面々が思わず敬礼した相手は、ラウラがIS学園に赴く前に出向していた欧州の海域を守る巡洋艦の艦長だ。

グレーの髭を蓄えた壮年の男性は敬礼をする妙齢の少女達を手で制し「楽にしてくれて構わん」と姿勢を崩すよう促す。

 

「今は私の部下ではないのだ。気にしなくて構わんよ少佐」

「そういうわけにもいきません」

 

女尊男卑の時代と言えど現役軍人の多くは未だに男性だ。

ISが絶対的武力であろうともその現実は変わらず、軍属の少女達が立派に責務を果たす男達に敬意を払うのは当たり前の光景と言える。

 

「アレが少佐の新しい力かね」

「はい、その予定です」

 

パンツァー・カノニーアを見据える男の視線は険しくも何処か過去を振り返る懐かしさを感じ取れる。

 

「戦場の移り変わりは激しいものだな。陸戦、海戦、空戦、そして今はISだ」

「はい」

「少佐、IS学園に行く前に私が言った事を覚えているかね?」

「世界を見て来い、でした」

「で、どうだったかね?」

 

短い思案。IS学園での日々を思い出すようにラウラは言葉を絞る。

 

「各国代表候補生は言わずもがなですが、私の予想よりも真面目にISに取り組んでいる生徒が大多数でした」

 

ラウラはIS学園に出向く前、ファッション感覚で遊び紛いにISを学ぶ者達もいるのだろうと思っていた。

その点を完全に否定は出来ないが、実際には生徒の大半は至って真面目にISの勉学に取り組んでいた。

軍属でない者に軍事力としてのISを完全に理解しろとは言えないが、勤勉である事を馬鹿には出来まい。

一夏と言う存在がいるにも限らず、空気が浮ついていないのはその証明と言っても良いだろう。

最も、その原因の一つに入学直後にセシリアが喝を入れ一役買ったのだが、それはラウラの知る所ではない。

当然ながらセシリアの行為を抜きにしてもIS学園に来る生徒の殆どが真剣にISに向き合っているのは言うまでもない。

 

「それと仰られていた海が世界の縮図と言う意味が少し分かったような気がします」

 

各国が守るべき海の範囲など知れたものだが、その全てを補えるわけではない。

欧州連合と言う抑止力があろうとも犯罪が途絶える事はなく、海賊やテロリストは未だに存在している。

その範囲を世界に広げた所で何ら変わりはしない。ISが抑止力として犯罪を減らし、災害時に役に立っている面は確かにある。

だが、同時にISが犯罪に用いられ、圧倒的武力を振るっているのも事実。

 

「そうか……。なら、少佐にこれを託そう」

 

手渡されたのは小さなメモリースティック。

 

「これは?」

「陸軍の友人から譲り受けた物でね。少佐になら任せられる。後で見てみると良い」

 

大きな手が軽く二度程ラウラの頭を叩いてから男は背を向ける。

 

「今回は別件でここに立ち寄ったのでね。少佐の顔も見れた事だし、ここらで失礼するよ」

「はっ!」

 

最後に朗らかな笑みを浮かべて海の男は自らの領域に帰っていく。

その背から滲み出る気迫を見据えシュヴァルツェ・ハーゼの面々はISと言う優れた武力だけでは到底届かない世界がある事を実感せずにいられない。

世界の平和を守っているのは目に見えるISと言う力だけではない。彼等のような本物の軍人が然るべき時に必要な力を振るっているからに他ならない。

無論、シュヴァルツェ・ハーゼも軍人であり貢献はしているがIS自体がまだまだ若い力に過ぎないのだ。

 

後にラウラは艦長から渡されたメモリースティックの中を見て驚愕する事になる。

陸軍将校から間接的に託されたものは黒い暴走状態のラファール・リヴァイヴと戦う蒼い死神の姿。

それは蒼い死神がドイツの人間を救ったに他ならない映像資料。何を見て何を感じ何を選び取るのかは現場の人間に委ねられる事となる。




3章では主に夏休みの各々にスポットを当てたいと思います。
今回登場の艦長は12話に出てきていた艦長。

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