IS ~THE BLUE DESTINY~   作:ライスバーガー

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第44話 すれ違う運命

各国代表や代表候補生であっても非常に稀有な経験とも言える暴走ISとの戦いの終幕はあっさりと訪れた。

結果を見れば誰一人の死者も出さず、目標の無力化に成功し大金星と言える。

 

「はぁ、はぁ」

 

全力で零落白夜を発動させエネルギー光刃で頭部パーツを破壊した一夏は肩で息を整えながら、目の前の現実を呆然と眺めていた。

猛獣の如く激しく暴れまわっていた銀の福音は糸の切れた人形のように停止、頭を覆うバイザー状の頭部パーツが左右に割れ、押し込まれていた金髪が溢れ出ている。

 

「お疲れ、一夏」

 

蒼い死神との戦いを経験していると言っても解放空間での初実戦がもたらす疲弊は並ではない。

終わったと実感し一気に一夏の全身に疲労が押し寄せ、思わずコントロールを失いそうになった白式に肩を貸し鈴音が微笑んでいる。

二人の正面、動かなくなった銀の福音を抱えている箒もまた優しげな表情を浮かべていた。

見知った二人に囲まれながらも一夏の手の震えは継続している。IS越しとは言え正面から人を切ったのだ。ISの防御が働いており搭乗者が無事と分かっていても、切り抜いた感覚が手に残っている。

アリーナで戦う感覚とは何もかもが違って見える。蒼い死神に翼を奪われた時に覚えた絶望感を自分が他者に与えたのだ。

細かく震える一夏に気付いてか集まってくるIS学園組の中からラウラが鈴音とは反対側に回り一夏の頭を軽く叩く。

 

「胸を張れ、お前は良くやった」

 

素直な賞賛を送るに相応しい活躍だと賛辞を呈する。

初めての実戦で目まぐるしく変わる戦局の中、勝利に導いたのは紛れもなく一夏の一撃だ。

現役軍人であろうとも素直に認めるに値する。無論、ラウラが一夏を嫌う根底に関しては話は別だ。

 

「さて、協力には感謝するが、身元不明では対処のしようがない。こちらから改めて自己紹介させてもらおう。ドイツの代表候補生ラウラ・ボーデヴィッヒだ」

 

銀の福音に対する助力には感謝した上で勢力として未確認である箒に対し言葉に棘こそないが、警戒心を隠そうとはしていない。

軍人としての対処と言うよりは篠ノ之 束と蒼い死神の繋がりを知るが故の警戒と言うべきだろう。

 

「所属と言われても困るが、篠ノ之 箒だ。この機体と背後関係は私の口からは何も言えない」

「やっぱり箒なんだよな」

「今更だが久しぶりだな、一夏」

 

風に靡く黒髪と紅の甲冑姿は武士と言った風貌。白式を纏う一夏とは対に見える程に良く映える。

腕の中には所謂、お姫様抱っこ状態で金髪を靡かせる銀の福音ことナターシャがいるのだから絵になると言う表現がこれほど似合う姿もなかろう。

 

「えっと、色々と話があるのは分かるけど、何か様子が変だよ」

 

既に二回の破損を経験し盾としての本懐を遂げたガーデン・カーテンを溜息と共に見詰めながらシャルロットが違和感に気付く。箒とは過去の因縁から顔をあわせづらい立場だが、そうも言っていられない。

銀の福音との戦闘宙域には電波妨害が施されており戦闘結果の報告も箒の存在も含め千冬とは未だ連絡がついていない。

今でも電波妨害は働いているが、シャルロットの感じた違和感はそれに加えてより強力な電波妨害が上乗せされている事だ。ハイパーセンサーに僅かながらにノイズが発生し、戦闘中以上に磁場が乱れている。

 

「……ふむ、これは多分」

 

様子に気付いた箒が僅かに顔を顰めて視線を下げ、海を見る。

他の面々も箒の視線を追い海を注視するとタイミングを合わせたように海面が淀み、浮上してくる物体を確認。即座に警戒レベルを上げるラウラを箒が手で制する。

例えるなら人参だろうか。オレンジ色をした潜水艦が水面を極力荒立てないよう静かに姿を見せた。

 

≪やー箒ちゃん。お疲れ様、早速で悪いけど、その子をこっちに連れて来てくれるかい?≫

 

潜水艦から発せられる音声がISを通して伝わり、その声に一夏が目を丸くする。

 

「た、束さん!?」

 

一同が同様に驚きを浮かべる。箒が現れた事で束が関与している可能性は一夏も含め皆が考えていたが、世界中から追われる立場の束が現れるとは思っていなかったのだ。同時に潜水艦の登場で電波妨害が色濃くなった原因は束なのだろうと思い至る。

海域に満ちる驚きの空気を気にする様子もなく、潜水艦上層部が大きく左右に開き、中から医療用のカプセルボックスをスタンバイさせた束が手を振りながら姿を見せる。

 

「やっほーいっくん、大きくなったね。でもゴメンね。今はちょっと忙しいから、また今度ね!」

 

束の意図を察した箒が申し訳なさそうに一同を見てから、銀の福音に極力振動を与えないよう丁寧に降下を開始。

IS学園組に与えられた任務は銀の福音の捕縛、或いは破壊であるが、この場で箒にも束にも逆らえないのは重々承知の上だ。

特にラウラに至っては束と蒼い死神の繋がりを知っているのだ。万一にも戦闘になるような事態は避けねばならない。

 

「ちょっとの間だけそこで待ってて。すぐに処置するから」

 

くーに施された時よりは少々大型になっているカプセルボックスに銀の福音を装着したままのナターシャを詰め込み、左右に割れていた潜水艦が再び閉じる。

潜水艦甲板に残った箒はそれ以上何も言うつもりはないとばかりに口を閉ざし腕を組んだ体勢で海面を見詰めている。上空では一夏が何か言いたそうな顔をしているが、今はその時ではないのだろうと察していた。

 

訪れるのは言いようのない沈黙。箒も束も言葉を発せず、銀の福音がどうなっているのかIS学園組に知る術はない。

体感時間にすれば長く感じたかもしれない沈黙も実時間にすればそれほどではなく、静観に徹していた現場に唐突に動きが生じる。

最初にセシリアが感じ取り視線を遠くへ向け、箒も含めた面々もそれに倣い気付く。

水飛沫を上げながら水面付近を飛来し接近してくるIS。国際IS委員会の指示にて日本政府が蒼い死神対策に投入し千冬と共に待機状態であった二機の打鉄だ。

過激派テロリストの名義で日本政府が脅迫され介入出来なかった二機は現場を確認すると強力な電波妨害に顔を顰め、掴めない状況と悪い予感に表情を暗くしている。

 

「誰か説明してくれないか? 何がどうなってる、銀の福音は何処だ、あそこにいるのは篠ノ之 箒か? って事は、やっぱり篠ノ之博士が絡んでるのか。政府連中の予想が当たったか」

 

秘匿レベルの高い箒をすぐに見分ける辺り持ち合わせている情報は中々のものなのだと見て取れるが、ぶっきらぼうな言い分にシャルロットが待ったをかける。

 

「ちょっと待って下さい、ミサイルはどうなったんですか?」

「そっちは問題ない。匿名でミサイルの無力化とミサイルを積んでた潜水艦の位置情報が送られてきてな、日本政府から鎮圧部隊が派遣されて拿捕は完了してる」

「と言っても実際には潜水艦はもぬけの空で拿捕と同時に自爆、海の藻屑になったけどね。あ、心配しないで鎮圧部隊は全員無事よ」

 

筋肉質な打鉄乗りの説明に学園卒業生の打鉄乗りが補足を加える。

匿名からの情報提供と言う話にIS学園の一同は揃って人参色の潜水艦を見下ろす。ミサイルの無力化も併せそんな離れ業が出来るのは十中八九、篠ノ之 束だ。

一夏達のあずかり知らぬ事であるが、当初の束は亡国機業の打って出る手が予測つかなかった事もあり、ミサイルのハッキング以外に積極的に介入するつもりはなかった。が、潜水艦を拿捕しない限り日本政府もアメリカも動けないのも事実。

自爆するのは想定外だったが、情報提供にまで手を貸す事に踏ん切りをつけたのだ。その結果打鉄乗りが援軍として馳せ参じたのだが、すでに戦いの決着はついた後だ。

 

「私が説明します。篠ノ之 箒の助力もあり銀の福音の無力化に成功。現在は搭乗者も含めあの潜水艦の中におります」

 

現場指揮を預かる身としてラウラが現状を報告。各々のISの損傷状況から激しい戦いがあったのは明白。偽りの報告をする必要性も感じず打鉄乗りは頷きを返すが片眉を上げ、訝しむ表情は変わっていない。

 

「あの趣味の悪い潜水艦に博士はいるのか?」

 

ミサイルのハッキング、匿名での潜水艦位置情報提供、第四世代と表記される未確認IS、篠ノ之 箒。

ここまでお膳立てが整っていれば世界中が追い求める天災がすぐそこにいるのだと推測するのは難しくない。

日本政府も考えた事だが、現場を見れば輪にかけて一連の流れが余りにも都合が良すぎる。

銀の福音の暴走、国家に対する脅迫に無力化のタイミング、直接的な武力介入。一夏でさえ疑問を覚えた程なのだから、全ての大元に束が絡んでいると思い至るのも無理はない。

打鉄乗り達は現場に来る前に日本政府より、篠ノ之 束が関与している場合は可能な限り同行して貰うようにと促されている。

ある意味で束が関与している予測は的中しているのだが、本筋で決定的に外している箇所がある。彼女達は亡国機業が関わっている事を知らないのだ。

 

「……はい、本人を確認しております」

 

否定しても意味はなく、存在を庇う理由も思いつかなかったラウラが肯定。

一瞬思案したのは箒の助力なくして勝利がなかった故だ。彼女を政府に差し出す真似は出来れば避けたいと心の奥底で思っても不思議ではない。

 

「そうかい、なら簡単だ」

 

言って筋肉質な打鉄乗りが潜水艦を見据え、大きく息を吸う。

 

「篠ノ之博士に告げる。我々は日本政府より銀の福音の捕縛、及び破壊の指示を受けている。直ちに銀の福音を明け渡して貰いたい。尚、今回の件に対する博士の見解を聞きたいと政府より通達がありますので、博士にも御同行を願います」

 

一方的な物言いに一夏が目を見張り、ラウラ達ですら不快な表情を隠さない。

言葉の内容におかしな点は見当たらないが、二機の纏う空気が武力行為も辞さないと語っているとなれば一夏は黙っていられない。

 

「待ってくれ! 箒の助けがなけりゃ銀の福音は倒せなかったし、束さんが来たのにもきっと何か理由があるんだよ!」

 

このまま戦わせるような状況にしてはいけないと感じ取って、一夏が割って入る。無言のまま鈴音も一夏の横に並び、ラウラ達も場合によっては介入するつもりか武器に手を掛けている。

軍籍の立場として介入は難しいと承知しているが、これでは恩人を差し出すのと変わりない。

 

「我々の任務はIS学園の防衛と蒼い死神の対処だが、今言った通り、銀の福音の捕縛も命令として受けている。力尽くは避けたいが、各国が篠ノ之博士を探しているのは言うまでもないだろう? 退いてろ、邪魔をすればお前達も敵とみなすぞ。銀の福音の無力化に成功しているならIS学園は既にこの件の管轄外なんだからな」

 

本土が銀の福音に焼き払われる危険性がなくなったのであれば彼女達は国を守る為に国益を選ぶ。国家に属すIS乗りとはそういうものだ。

特に今回の事件は裏で束が糸引いている可能性が如実に見え隠れしているのだ。束が黒幕かどうかは問題ではなく、その可能性があるのであれば見逃せないと言う話だ。

その上で銀の福音の対処が完了している以上、それより先は国家としての思惑だ。IS学園が関与できる範疇ではない。

代表候補生達とて打鉄乗りの言い分は十分に理解しているが「はいそうですか」とはいかないのが人情と言うものだ。

現段階で千冬に連絡がつかず、指示を仰げない以上は現場の判断で動くしかない。相手の言い分は間違っていないにしても納得できるかどうかは別なのだから。

篠ノ之 束を迎え入れる事は各国の悲願であり、場合によっては代表候補生達も束を捕縛するのに動く可能性も十分にあるにしてもだ。

 

≪あーもぅ、うるさいなぁ≫

 

私不機嫌です。と言った声色全開の束の声が潜水艦からISを通して鳴り響く。

 

≪ちょっとは待つって事が出来ないの? 頭の中も筋肉で出来てるのかい? うだうだうだうだと良くもまぁ下らない事に時間を裂けるね、暇人だったのかな? 政府の命令だか何だか知らないけど、少しは自分で考えたらどうなんだろうね。それに心配しなくても銀の福音と搭乗者はきちんと帰すべき場所に帰してあげるよ。それとも何かい、私を人攫いだとでも言うつもりかい? そっちがその気なら法廷で争うのも辞さないよ。私を論破出来る人間を連れて来ればいいよ。あ、その前に私が出廷する事がないからこの議論に意味はなかったね。おっと、それより法廷なんて難しい言葉は筋肉女には理解出来なかったよね。十全たる束さんの数少ない失敗だから大目に見て貰いたいね。聞いてる? ねぇ、そこの筋肉女は誰に口を聞いてるのか理解してるのかい? 政府直属らしいけど今すぐ戸籍から君の存在を抹消してあげてもいいんだよ?≫

 

嬉々とした口調で始まりながら、後半は言葉を向けられていないラウラ達がゾッとする程に声に温度がない。

元々世界中から雲隠れしていたのはこういった国家間の思惑に利用されるのを嫌ってなのだから突き放したくなるのも仕方がないとも言える。

息継ぎもそこそこに束が言い終わると同時に潜水艦の上部が再び左右に割れ、無表情な声の主が姿を見せる。カプセルボックスの中で眠るナターシャも一緒だ。

 

「別に博士と敵対する意思はないさ、大人しく銀の福音を渡して、参考意見を聞くのに同行して欲しいだけだ」

 

束の言葉に物怖じしない辺りは流石と称するべきか、銀の福音と束を確認して打鉄乗りが前に出ようとする。

 

「うん? おかしな事を言うね、私はちゃんと言ったはずだよ。銀の福音と搭乗者はきちんと帰すってね」

 

逡巡。言葉の意味を探るような視線を向ける打鉄二機を正面から見返し束はその時を待つ。

一夏が両者の間で視線を往復させ言葉を挟もうとするが、隣の鈴音が肘を当て「黙ってなさい、あの子が何も言わないのが何故か分からないの?」と沈黙を促す。

あの子、が箒を指しているのは言うまでもなく、当事者の一人である箒が沈黙を保っているのはこの場での発言に意味があるからだ。

打鉄乗りに対してはともかく、束に対して迂闊に言葉を発すれば国家と束の論戦に参加するのと変わらない。そうなれば束や箒の立場を悪くする可能性もある。だからこそ箒は沈黙を貫いているのだ。

 

「悪いようにはしない。取り合えずで構わないから銀の福音と一緒に……。あん?」

 

束に筋肉女を揶揄された打鉄乗りが焦れたように動こうとするが思い止まる。電波妨害の影響で上手く働いていないレーダーが感知できる距離にISの反応を確認したからだ。日本側からではなく経路はアメリカ方向からだ。

 

「アレは……。そう、やられたわね。確かに帰すべき場所だわ」

 

もう一人、学園卒業生の打鉄乗りが悔しそうな口調で告げる。

日本政府としては銀の福音は本土乗り上げの危険要素に過ぎず、捕縛したからと言って自国の戦力になるわけでも研究材料に出来るわけでもない。

重要なのは日本がアメリカの軍事ISを押さえた結果と篠ノ之 束の存在だ。保護プログラムから箒を逃がした汚点はあるが、束本人の身柄の確保に至れば関係ない。

ある意味でとんでもない悪手な強硬手段だが、世界中のどの国でも取る可能性のある方法。最も、それすらも策略で逃げ切るからこその天災だ。

 

「ナタル!」

 

アメリカ側から飛来したのはアメリカ国家代表イーリス・コーリングとそれに従うIS部隊。

口角を上げた束が箒に頷きを送ると、連れてきた時同様、銀の福音を装着したままのナターシャの肩下と膝下に手を通して抱え上げ、イーリスの下へと向かう。

筋肉質な打鉄乗りが舌打ちしそうになるのを堪えているのは見間違いではないだろう。これで銀の福音を日本政府が掌握は出来ず、言い方は悪いが手柄はIS学園が独占する事になり、束に対する交渉も難しくなる。

ミサイルを装填していた潜水艦を日本政府が拿捕したのであれば同時にアメリカ側の介入も可能になったと言う意味で、国に銃口を向けられていた状況さえ打破できれば、世界最強の軍事国家が自国の汚点に動かないはずがない。

匿名でありながら日本への脅威を排除した束が銀の福音の帰る場所が動けるように働きかけていても何ら不思議はない。

 

「その子の中にあった毒素と銀の福音の中にあったバグは取り除いておいたよ。それにしてもその子と銀の福音は随分仲が良いね。こっちが助けてあげようって言うのに強制解除を受け付けないんだもの。力尽くは気が引けたからそのまま処置したけどね。ISに抗体が出来てるから簡単に再発はしないはずだよ、取りえずは安心して飛ぶと良い」

 

箒の手からイーリスに銀の福音が渡ったのを確認し、手をひらひらとさせ何でもなかったとばかりに束が告げる。

潜水艦内で行われていた処置は言うまでもなくナターシャと銀の福音に施されたバーサーカーシステムの対処だ。

国に戻り正式な判断を請う必要はあるだろうが、束が問題ないと太鼓判を押した事実は大きいだろう。何れにせよ、生きて親友を取り返したのだ。イーリスに取ってこれ以上ない最良の結果だ。

 

「IS学園と日本政府にはおって本国から正式に謝罪と感謝があると思うが、私個人として言わせてくれ。親友を助けてくれて、ありがとう」

 

国家代表として女尊男卑の時代で人々の上に立つ人間が深く頭を下げ、付き従うIS部隊の面々もそれに倣う。

自分達の行った結果が礼となって返ってきた実感に一夏が嬉しそうに頬を緩め、鈴音や箒も満更ではない様子を浮かべる。

この段階で一夏の中で少しずつ全容が見えて来ていた。束の言動と合わせて、銀の福音の暴走とそれに伴う原因をたった今、束が取り除いたのだと推測する。

 

「待って、イーリ」

「ナタル?」

 

イーリスの腕の中、僅かに身動ぎしたナターシャが視線を動かし真っ直ぐに束を見ている。

 

「もう動けるのかい? 全身を相当酷使してるはずだからね、無理はしない方が良いよ」

「篠ノ之博士、この子を救ってくれて本当にありがとうございます。この御恩はいつか必ず、お返しします」

「期待せずに待っておくとするよ」

 

今度こそ興味を失ったとばかりに手を振り束はアメリカ側から目を背け、打鉄乗り達を見やる。

現場の空気から大方の事情はイーリス達にも想像は出来る。場合によっては国家所属の軍人として束を捕縛しなくてはならない立場なのだから。

最も、今のイーリスに束捕縛の命令が下ったとしても、従う事は無いだろう。親友の恩人に対し牙を剥くなら何かしろ理由をつけて拒むはずだ。

アメリカ国家代表のイーリスは男前と揶揄されるのに違和感のない、そういう女性だ。

 

「……行くぜ」

 

だからこそ、もう一度頭を下げてイーリス達は撤退を選ぶ。

電波妨害で本国から指示が無いとは言え、これ以上の介入は危険だ。束と敵対しない為にも来た道を早急に引き返す。

 

「電波妨害領域から出ても本国との通信は禁止だ。私が上と直接会って話す。お前達は何も喋るな、良いな」

 

聞こえてきたイーリスが部下に飛ばす指示に束がほくそ笑む。

 

「さて、次は君達の番だね。どうする? 銀の福音はもうないけど、私を捕まえるかい?」

 

武力行使を辞さないと言っても力尽くは好ましくないのは言うまでもない。理由をつけて束に同意の上で同行してもらわなければ世界中から叩かれるのは日本政府だ。

銀の福音を渡して貰い、その上で事件の参考意見を伺う為に一緒に来て貰うのが理想的だ。

 

「博士が重要参考人であるのに変わりはない。同行して貰いたいんだがな」

 

もし銀の福音の譲渡を拒みでもすれば悪手と分かりながらも武力行使も不可能ではないが現状ではそれすら成り立たない。

参考人としての同行を本人の許可なく無理矢理行えば、それでは拉致と変わらない。

 

「お断りだよ、私は国家の都合の良いように動かされるつもりはない」

「そうもいかないんだよ」

「なら力尽くでどうにかなるか試してみるかい? 世界中から非難されるのを承知でやってみればいい。出来ないなら、今から逃げるから見送る事だね」

「逃げられると思うのか? 銀の福音がなくても、篠ノ之 箒の所有してるISは国際IS委員会が未承認のISだ。査問に掛けられても文句の言えない立場だぞ。国家反逆に問われたくなければ、同行してくれないか?」

 

言葉尻は穏やかだが、有無を言わせぬ物言いを隠そうとはしない。

内容は脅迫と変わらないが、言い分としては正論であり国際IS委員会が承認していないISは世界レベルで見て非常に危険だ。

紅椿を理由に束を引っ張り出す交渉も客観的に見れば悪くない手とも言える。

 

「へぇ、随分面白い事を言うね」

 

が、その交渉には致命的な問題がある。篠ノ之 束に取って篠ノ之 箒は弱点であると同時に逆鱗だ。

交渉の材料に使う、つまる所、箒を利用しようとすればどうなるかは言うまでもない。

保護プログラムは曲りなりにも箒を守っていたが、今の発言は違う。正論で武装しているが、束の前で箒を利用すると宣言したのだ。

 

「つまりこういう事だね? 君達は私に同行して欲しいけど、私は同行したくない。君達は武力行使もしてでも連れて帰りたいけど、出来ればそれはしたくない。そうだよね?」

 

確認するように束は静かに告げるが、顔に張り付いているのは嫌な笑顔だ。

箒や一夏、千冬と言った昔馴染みであれば顔を顰め、嫌な予感に全力で警鐘を鳴らすに違いない、災いを呼ぶ笑みだ。

 

「なら、君達が望む状況を用意してあげるよ……。ねぇ、ブルー?」

 

呼び掛けに応じて人参色の潜水艦の前方の海面がせり上がり深い蒼が姿を見せる。

堅牢な装甲にを纏い、無機質な光を宿す緑の瞳、蒼い死神の姿にIS学園組も打鉄乗り達も言葉を失う。

唯一繋がりを知っていたラウラだけは僅かに目を見張り、その裏で何を考えているのかと思考を巡らせている。

 

「ほら、どうする? 君達の最優先事項は何だい? 蒼い死神の捕縛、或いは破壊じゃなかったかな? 君達の望む通り、力尽くで従わせる口実が出来たよ? おっと、でもその前に、ドイツのチビっちゃいの。さっきの戦闘データをそこの二人に見せてあげたらどうだい?」

 

刃物の如く鋭い言葉を投げかけられてラウラは理解する。この場を天災が切り抜ける為に利用され、逆らえるはずがないのだと思い知らされる。

言葉に従い、銀の福音とIS学園組との戦闘データを二機の打鉄に転送。ラウラの見た全てが伝えられる。特筆すべき紅椿の単一仕様能力も含めて。

電波妨害で外と通信は出来ないが領域内でデータのやり取りは不可能ではなく情報を受け取っていた打鉄乗りの顔色が変わるのが見て取れる。

 

「エネルギーの回復だと?!」

 

当然ながら打鉄乗りも理解し戦慄を覚える。世界中の技術者がなしえなかったISのエネルギー回復技術を持つ第四世代型と蒼い死神。

この二機を相手に「戦う相手を出してあげたからどうぞ」と束は言っているのだ。蒼い死神と天災の繋がりは予測出来ていたが、積極的に関連性を見せるとは思っていなかった。

国際テロリスト指定されている蒼い死神と打鉄乗りは戦う理由がある。戦うとなれば粉骨砕身、全力を尽くす覚悟はあるが、電波妨害の働いた空間でエネルギー回復の補助付きの死神と戦う無謀さが分からないはずがない。

 

「分かっているのか博士! 自ら国際テロリストと共犯だと言っているのだぞ!」

 

打鉄乗りが声を荒げるが、束に張り付いた笑みは崩れない。

 

「それがどうかしたかい?」

 

切り捨てる束の言葉は今はまだ事件の裏側に潜む本物の悪意について語る気は無いのだと物語っている。

 

「そんな事より、ほら選びなよ。ブルーと……。君達には蒼い死神と言った方が良いかな? 蒼い死神と戦って勝てる自信があるなら、どうぞ? 勝てたら勿論私を連れ去って構わないよ。無理なら、逃げる私達を笑顔で見送る事だね。手を振り返す位はしてあげるよ」

 

誰が反論出来ると言うのか。誰が逆らえると言うのか。

この場において正論を振りかざそうが、数的優位があろうが、絶対的強者の地位は揺るがない。

 

「さて、それじゃ私は消えるけど、構わないよね?」

 

この状況下で力尽くと言う悪手は取れず、返事が出来るはずもないし束も聞いていない。

左右に開いていた潜水艦の上層部が閉じ奇妙な色合いの潜水艦と共に姿を隠し。ブルーを伴い海中に消えていく。

派手な人参色の潜水艦が海の中に溶け込んでいくのを見届けるしか一夏達には出来なかった。唯一、最後まで海面に残っていたのは箒だけだ。

 

「箒! 何で、何でだよ! 何でお前が蒼い死神と一緒にいるんだよ!!」

 

蒼い死神の登場に半ばフリーズしていた一夏が再起動。叫び声を上げる。

無機質な光の瞳を見るだけで徹底的に叩き潰された恐怖がこみ上げて来るが、拳を握り、箒に言葉をぶつける。

 

「……すまん、一夏」

 

恐らくこの場で箒が一夏達と共に行く道を選んでも束もユウも箒を責め立てはしないだろう。

だが、箒は既に心を決めている。姉を信じるのだと。

最後に無理矢理微笑みを浮かべ、悲しげに崩れた表情を残して、箒も潜水艦を追い、その姿を消した。

 

 

 

 

 

第2章 めぐりあい 完




国家が絡むときな臭くなりますが、仕方がないのかなぁと思っております。
世界中は束を捕まえたいけど力尽くでは批判が集まるから出来ず、今回はチャンスと思い動いたけれど、あしらわれたような形です。
それにしても束が良く喋る。

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