IS ~THE BLUE DESTINY~   作:ライスバーガー

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第42話 Loreleiの海/慟哭の空

大空を自由に飛びたいと願った女性と一機のIS。

ただ純粋に空を目指し、地平線の先、果て無き成層圏の彼方を望んだ。

ある意味でナターシャ・ファイルスは篠ノ之 束に最も近い位置に居たのかもしれない。

例え軍用として戦う使命を持たされたとしても、最後の時まで共に空にあろうと。この美しい天使と共に、この優しい主と共に。

 

 

 

ISの出現は世界情勢や大多数の人間に多大な影響を与えた。

今年度のIS学園における一年生は特に影響の煽りを受けた面子が揃っている。

篠ノ之 箒、世の巡り合せ次第ではIS学園に入学していてもおかしくはない彼女も時代に流され姉に翻弄された一人。

IS開発者たる姉を持ち、隔離された生活を余儀なくされ、恨み辛みを飲み込んで生きて来た。

そんな彼女が大空を自在に飛びまわる翼と、敵を倒し道を切り開く力を得た。篠ノ之 束が造り上げ、ユウ・カジマが鍛え上げた美しくも恐ろしい刃が輝きを放つ。

 

 

 

眼前に迫った光の弾雨が霧散する光景に一夏達は呆然とするしかなかった。

 

「ほ、箒なのか?」

 

突如飛来し弾雨を薙ぎ払った紅のISは光の粒子を反射させ輝きを纏っている。

喉の奥底から声を絞り出した一夏を振り返らず、視線は銀の福音に固定したままに箒は告げる。

 

「話したいことは山ほどある……。だが、今はっ!」

 

二刀を構え箒は銀の福音に咆え、強く宙を蹴り飛ぶ。

紅の軌跡が鋭敏に幾度も角度を変えて飛翔。その速度は瞬時加速に勝るとも劣らない。

 

「La──!!」

 

応じた銀の福音が再び光を放つ。咄嗟に放たれたそれは最早荒れ狂う濁流であり精密射撃とは程遠い。

一夏達の制止の声を置き去りにして紅椿は加速。左手に握った刀を振るう。

 

「切り裂けぇぇえ!!」

 

左手の刀の名は空裂(からわれ)。振り払われた斬撃の軌道が帯状のエネルギーとなり光の濁流を打ち払う。

零落白夜のようにエネルギーを打ち消す特殊能力ではなく、単純火力により相殺してみせ、刹那の間ではあるが空を覆う光が途絶え、銀の福音への道筋が出来る。

 

「その隙間は見逃さん、貫く!」

 

続けて右手の刀、名は雨月(あまづき)。突き出された刃は銀の福音に届く距離ではないが、刃の頂点、刺突の先からエネルギー刃が射出される。一陣の風ならぬ一刃の光が空を貫く。

一夏達の時とは明らかに違う相手に戸惑いにも近い様子で直上し閃光を退避する銀の福音。その速度は相も変わらず速くハイパーセンサーに遅延が生じる。

が……。

同様かそれ以上の速度で紅椿も飛翔。ラウラ達が連携を持ってして打ち破った光の弾幕を張る間すら与えず追従し真上から刃を振り下ろす。

搭乗者に表情があるなら浮かべているのは驚愕であろう反射速度を持って放たれる斬撃。咄嗟に銃身でもある銀の鐘で刃を受け止めた辺りは銀の福音も流石と言うべきか。

二刀を交えて拮抗する二機だが、銀の鐘が唸り声をあげ「La!」ぶつかり合う二機の間で光が溢れ強引に引き剥がされる。

距離を取り直した銀の福音は音も出さずに指先だけで「チッチッチ」と挑発。自我はないはずだが何処か余裕があるようにも思えてくる。

静かに見据え返す箒は改めて驚く程手に馴染む空裂と雨月を確かめ直す。

 

 

 

「す、すげぇ」

「何なのよ、アレ」

 

眼下から唖然と眺める一夏の呟きに信じられないと言った鈴音の声が重なる。

一つ一つの挙動を見れば洗礼されているとは言い難い動きの箒ではあるが、五機の専用機を圧倒した銀の福音と互角以上に渡り合っている。

 

「赤いISのデータを確認してみろ」

 

シャルロットの肩を借り辛うじて浮かんでいる程度のラウラは一足先に確認した内容を進言し四人もセンサーを確認。表記されている情報に目を大きく見開く。

 

「第四世代!?」

「あ、ありえませんわ。世界中が第三世代の開発に躍起になっていると言うのに!」

 

機体名に紅椿(あかつばき)、世代に第四世代の記載。その他の詳細は白紙の状態。

ブルーディスティニーのUNKNOWN表記は意図的に隠されていたが、紅椿は違う。データが取れていないが故だ。

だが、第四世代の意味する所を理解出来ない代表候補生達ではない。

 

「一夏、あの子知ってるの?」

 

すぐ隣の鈴音が紅椿から視線を外さずに問う。

 

「箒だ、篠ノ之 箒」

「篠ノ之? それって!」

「篠ノ之博士の妹さんだね」

 

一夏が答え、鈴音の疑問が確信に変わり、シャルロットが補足する。

 

「シャルロットは箒知ってるのか?」

「仕事の関係で顔を知ってるだけだよ、知り合いとは言えないかな」

 

保護プログラムの影響もあり箒の存在は対外的には秘密が多い。篠ノ之 束に妹がおり名が箒と知っていても顔まで知っているケースは稀だ。

誘拐しようとした過去を隠したままシャルロットは告げ、彼女がデュノア社のエージェントとしての一面を持っていると知っているラウラが納得したように頷き、その上で一夏に問い直す。

 

「織斑、篠ノ之 箒は味方と判断していいと思うか?」

 

意識を保てているのは流石と称して良いだろう。現状最も破損の激しい状態のラウラではあるが、現場責任を預かる者として判断しなければならない。

未知のISを味方と判断し共闘に持ち込むか敵性の可能性も加味し銀の福音と合わせて対処対象とするかを。

 

「分からないけど、俺は箒を信じたい」

「オーケーだ。私も助けてくれた相手を問答無用で敵とはしたくない」

 

ラウラの判断は箒は現状味方とするもの。その言葉に全員が頷きを返すが、内心でシャルロットは困った感情を浮かべていた。

助けてくれた相手を敵としたくないのは全く持って同感だが、その理論で行けばシャルロットは蒼い死神に助けられた過去があるのだから戸惑いも仕方ない。

最も、それ以上に困惑しているのは一夏だ。何せ数年ぶりに再会した幼馴染がISに乗り自分の危機に駆けつけてくれたのだ。

再会の喜びもあるが、それ以上にこのタイミングで現れた事に対し疑問を覚える程度には一夏も成長している。

 

 

 

一夏達が箒に対し考察している間も空では激しい攻防が繰り広げられている。

高速で移動しながら銀の鐘による射撃と言う定石でありながら必勝の攻撃パターンを繰り出す銀の福音と空裂で捌き、雨月で反撃に出る紅椿。両者が空で何度もぶつかり、閃光の応酬を繰り返している。

箒の地盤になっている戦闘パターンはユウに叩き込まれたシミュレーターやIS訓練、ブルーの剣術モーションを参照にしたデータだけではない。瞳の奥深くに潜み、身体の髄に染み込んでいるものがある。

一刀一扇。左手で「受け」「流し」「捌き」右手で「斬り」「断ち」「貫き」を行う古式の儀礼術から派生した実戦剣術、篠ノ之流。

斬撃は()を切り()き、刺突は()を捉え()まで届くとまでされている伝承の剣が現実となる。

幼き日に一夏が惚れ込み、没頭した剣道の礎。浸透していた極意が自然に溢れ出す。紅の華は箒の望みを表現し、篠ノ之の剣を体現してくれる。

 

「私は最高の姉さんを持った……。やれる、この紅椿ならっ!」

 

初めて白式に乗った一夏と同様の台詞を零すその表情に油断も驕りも存在しない。あるのは決意に満ちた眼差し。

人間としては最低の部類だったかもしれないが、少なくとも妹には優しかった姉が用意してくれた機体が応えてくれている。

白騎士事件のように自分勝手な過去もあり、束の心の奥底は未だ見抜けない箒だが、それでも束がくーを救った時に心は決まった。

戦い抜く意志も敵を打ち砕く覚悟も決めて、姉を信じようと、あの人の妹でいたいと誓い、願ったのだ。

先行きの見えない時代だからこそ、まず決める。そして、やり通す……。それが何かをなすときの唯一の方法だと信じて。

 

行く道を遮る光弾を薙ぎ払う。寸断された光の波が連鎖的に爆破、その先に見えた銀の福音が二射三射と光を放つ。初撃の攻防の時のように簡単に道は開かず、接近も許されない。

紅椿が現存するISを凌駕する存在であろうとも、単機で圧倒的物量を実現する銀の福音の前では突破は容易ではない。

 

「やはり一筋縄ではいかんかっ! ならばっ!」

 

腕や肩、脚の装甲部が可変稼動。箒の望む力を生み出す。

紅椿の持つ展開装甲、それは束の目指した究極の形の一つにして第四世代の代名詞。

各部装甲に施された可動式の展開装甲は自身のエネルギーを媒体にあらゆる状況に対応する事を可能にする。

追加パッケージを必要とせず、一機で万機の働きを果す。ISが進化する存在である中で紅椿は変化するISでもある。

展開した装甲がスラスターとなり、更に紅椿が加速、彗星となった紅椿が空を貫き、銀の福音への接近を試みる。

 

日常ではありえない空を飛ぶ行為。

一夏が初めて白式で飛んだ時はセシリアがリードしてくれ、MSとは勝手の違うISの飛行補助としてユウにはドダイがある。

ならば箒はどうか。束のラボである島で飛ぶ練習はしていたが、大空を飛ぶのとは違う限られた空間の狭い場所だった。足元が海であれば感じる恐怖も全く別物だ。

だが、束お手製のシミュレーターは優秀だった。風景も浮遊感すらも再現し何度も何度も死神に叩き落された成果が今実る。

 

「La──!!」

 

視界全土を覆う光量が殺到し、展開装甲によって得られた加速を持って空域を急速離脱。大きく旋回し弾雨から間合いを取り突貫する隙を窺う。

紅椿が現行ISを凌駕すると言っても銀の鐘の射撃に正面から攻め込めるわけではない。

空裂で光を薙ぎ払えると実証は出来たが、連続で速射され続ければ斬撃の延長である空裂で捌く側が不利になるのは明白。

だからこそ慎重に距離を取る。追従されても一定距離以上離れてしまえば、弾丸の密集度が下がり回避も比較的容易になるからだ。

 

が、銀の福音の戦術は広域射撃だけではない。

大空を切り裂き飛ぶ紅椿目掛け、先ほどまでは広域を攻撃していた三十六の砲門が一機だけを狙い射線を集中させ一つの柱となる。

数え切れない弾雨が柱となるまで一点に集中させたその火力は計り知れない。

逆に言えば、その射線さえ掻い潜れば決定打を与えるに至るのだが、紅椿に負けず高速で移動を続ける銀の福音を捉えるのは至難の業。

後ろから前からと目まぐるしく攻め立てて来る光の柱を大きく迂回しながら、何処かに付け入る隙が無いか箒は思案する。

光の柱となった弾雨射撃は大火力だが命中率は高くない。が、銀の鐘の特性からいつでも広域射撃に切り替える事が可能となれば迂闊には近寄れない。

更に展開装甲の影響で紅椿のエネルギーは徐々に食い潰されて行っている。

 

「援護しますわよ」

 

紅椿と高速で射撃戦を行っている銀の福音。

宙域全土を覆い隠す程の射撃が止でいる今、その決定的隙間を見逃す代表候補生達ではない。

スターライトMkⅢから放たれた一筋のレーザーが銀の福音の頭を狙い撃つ。

当たる瞬間に僅かに身を捩り避けた銀の福音がブルーティアーズを始めとした代表候補生達を再認識する。

 

「外した! 防御はシャルロットに任せてセシリアは射撃姿勢のまま待機。織斑、鈴、任せて良いんだな?」

 

射撃体勢のブルーティアーズの隣にボロボロのシュヴァルツェア・レーゲンが並び指示を飛ばす。

その前に破損の目立つガーデン・カーテンを構えたラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡが防御姿勢で陣取っている。

 

「任せなさいってね。行けるわね一夏!」

「おう!」

 

肩を押し出し龍砲を前面に突き出す。残り一つとなった非固定浮遊部位が最大出力で空気を圧縮、不可視の弾丸が放たれる。標的は銀の福音ではなく白式。

当初の予定より威力が半分とは言え、衝撃をまともに受けた一夏が顔を顰めるものの、背中で衝撃砲を受けると同時に瞬時加速を発動。

一旦放出したエネルギーを取り込み爆発させ加速する特性を活かし外部エネルギーを取り込み荒業とも言うべき強引な瞬時加速。

タッグマッチの時にラウラ、簪ペアを相手に対する秘策。あの時、蒼い死神が現れなければ会場の度肝を抜いていたであろう隠し玉。

 

「いっけぇぇええ!!」

 

鈴音の叫びに応え、白式が急速加速。

利用するエネルギーに応じて加速力が上がる瞬時加速であるなら、外部から強力なエネルギーを取り込めば速度は更に上昇する。

 

「うぉぉおぉおお!!」

 

龍砲の威力を得た加速を持って白式が急速加速、銀の福音に一気に接近を果す。

それに合わせて銀の福音が銀の鐘の射撃形態を一点集中から広域射撃に切り替える。

現状で最も警戒すべき紅椿を注視する事は忘れていないが、零落白夜を持つ白式の接近を許しはしない。

 

「箒! 合わせろぉお!!」

「言われずとも!」

 

白式は弾雨に正面から突貫。エネルギー残量から最後の一撃になるであろう零落白夜を発動。光を切り裂き、中心にいる銀の福音に一撃を叩き込む事だけを考える。

零落白夜にて光を打ち消し突き進む一夏ではあるが、既に限界ギリギリのエネルギー残量では内心穏やかではない。

案の定、直ぐにエネルギーの底が見え零落白夜の維持限界を迎えるが、大きな弾雨の波を乗り越えた一夏は自らの意思で零落白夜を解除。雀の涙程の余力を残し急接近した銀の福音目掛け雪片弐型を振るう。

今は衝撃砲の余波で十分過ぎる勢いがあるのだから機体制御するだけのエネルギーがあれば事足りる。

 

「ぐっ、ぉぉおおお!!!」

 

弾丸を貰い爆発が行く手を遮りながらも、慣性に従い勢いのまま雪片弐型を全力で振るう。

想定外の白式の速度に避けるのではなく防御を選んだ銀の福音が銀の鐘で刃を受け、同時に美しい銀のフレームに亀裂が走る。

 

「貰ったぁぁあ!!」

 

衝撃で弱まった射撃の間を縫い、真上から落ちるように突っ込む紅椿。

一夏の打ち込んだ一撃目の斬衝が消えぬ間に同じ箇所にもう一撃。寸分違わぬ二連撃が天使の打ち鳴らす銀の鐘を砕く。

 

「La──!!!!」

 

砕けた銀の鐘が煌びやかに光を反射させ苦しげに呻く銀の福音が大きく弾き飛ばされる。

 

「やったか!」

「ラウラさん、その台詞は危険ですわ……」

 

降り注ぐ光弾をシャルロットに守って貰っていたラウラが呟いた言葉にセシリアが顔を顰める。

一夏と箒の連携はさながら白い流星と赤い彗星が交わるようだった。即席の見事なコンビネーションはまるでこの日の為に二機のISが存在しているのかと思う程に美しい。

本来であればこれで決着。銀の福音が他に武器を持っていないのであればこれ以上の戦闘続行は不可能。だが、これは実戦だ。箒の視線は銀の福音から離れていない。

一瞬だけエネルギーが尽き落下する白式を心配して視線を這わせるが、鈴音が接近しているのを確認し心配を止める。今必要なのは銀の福音に対する対処だ。

 

破壊したのは銀の鐘だけであり本体に致命打は与えていない。

弾き飛んだ先、空中の銀の福音が唐突にビクンッと音が聞こえそうな程に大きく痙攣。全身が激しく脈動に合わせて震え始めている。

 

「どうする、どうすればいい。思い出せ、ユウさんはくーをどうやって助けた……。そうか、頭か!」

 

自身を抱き締める姿勢のままガクガクと震えている銀の福音の様子は只事ではないと判断。一刻の猶予もないのかもしれない。

くーが類似のシステムに乗っ取られた際は頭部パーツを破壊する事で呪縛を断ち切った。

箒が出撃する前の段階では束もシステム解析が済んでおらず明確な指示が出せていないが、ブルーの目を通して箒がその目で見た光景を思い出す。

動きの止まっている今なら単機で頭部パーツを破壊出来る。そう結論付けるに至ったのは本当に短い時間。その些細な逡巡が決定的な瞬間を生み出してしまう。

 

WARNING! WARNING! WARNING! WARNING!

 

「え?」

 

今まさに踏み込もうとした矢先に紅椿を始めIS全機が警告を発する。

箒の目が大きく見開かれ、その瞳に映り込む銀の福音に変化が訪れる。激しく脈打っていた全身が痙攣ではなく、荒れ狂う力を解き放つように身震いしている。

 

「ガ、ガァァアアアアア!!!」

 

聞こえてきたのは甲高い歌声ではなく、大気を震わせ大海が悲鳴を上げる怒号。

 

「何だ、これは!?」

 

ゾクリと背筋を冷気が滑り落ちる。これは危険だと本能が告げている。今すぐこの場を離れろと頭の裏側でけたたましく警鐘が鳴り響いている。

最大にして唯一の武器である銀の鐘は既に失われているにも関わらず、目の前の天使を捨てた獣が恐ろしくて仕方がない。ISが迎える進化とは到底思えない。

主を守ろうと歌い続けた祝福の鐘が砕け、その奥から本能が牙を剥く。ISの暴走、否。ISの狂戦士が雄叫びを上げる。




銀の福音戦継続。
一夏&鈴音の合体攻撃は原作ゴーレム戦のアレをイメージ。
箒が強すぎるような気もしますが、努力を重ね第四世代が応えてくれるなら強くあっても良いと思っております。

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