IS ~THE BLUE DESTINY~   作:ライスバーガー

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第40話 作戦は一刻を争う

国際IS委員会の指令により日本政府からIS学園に出向された六機のISと六人の乗り手。

日本では数少ない軍事経験もあり優秀と太鼓判を押されている精鋭、全員ではないがIS学園卒業生も含まれ臨海学校の恐ろしさは周知の事実だ。

蒼い死神の学園襲撃に対する六人であるが、今までの出現状況からも一年生、あえて言葉にするまでもないが一夏が狙われている可能性は十二分にある。

学園に対する防備が最優先であるが、防御が手薄になる臨海学校を無視も出来ず、二人程臨海学校には同行していた。

学園にて全校生徒に紹介された六人に対する生徒達の感想は「似ている」と言うものだ。

髪型こそ全員が黒い短髪にまとめてはいるが、凛々しい顔立ちは似てはおらず、体型も引き締まってはいるがそれぞれ別人と識別は出来る。

言うなれば纏っている威圧感だ。武人のような風貌にISと言う刀を得た侍とでも形容すべきか、戦う女を具現化した、千冬のようと言えば近いかもしれない。

何れも搭乗するのは量産型の打鉄であるが国際仕様は一般機とは出力が異なる。軍事用ではないが、それに近い仕様になっている。

今回同行した二人のうち一人はIS学園卒業生で合宿については良く知っている。一日目の後輩達の様子を見守り同情とエールを送っていた。

それでも軍事としてのISを知る二人からすれば厳しいと言え学生レベルは出ていないと思うのが正直な感想だ。

 

朝日が顔を出すよりも早い時間にそんな二人が呼び出され合宿の二日目は幕を開ける。

 

「来てくれたか」

 

学生達が前日の疲れからも深い眠りを堪能している時間、通された旅館の一室には合宿に同行している教師と旅館の責任者が顔を揃えていた。

最後に訪れた打鉄乗り二人が浴衣の居住まいを正し座ると千冬が目配せし全員に資料が配布される。

複数枚に纏められたA4サイズの紙束を見て眉を顰める者や口を覆う者、無表情を貫く者とそれぞれだが、一貫して「厄介な事になった」と率直な気持ちが漏れていた。

 

「見て貰っている通りだが、状況次第では我々で対処しろと国際IS委員会は言ってきており、IS学園もそれを受理した」

「待て、我々と言うのはこの部屋にいる我々と言う解釈でいいか?」

 

千冬の言葉に打鉄乗りの一人が部屋を見渡し確認を促す。

 

「いや、この旅館にいる全員を含め我々だ」

「馬鹿を言うな」

 

返って来る返答に打鉄乗りは噛み付き、IS学園の卒業生であるもう一人も不愉快な表情を隠さない。

他の教師達もそれぞれ思う所があるような顔をしているが命令の出先を鑑みれば千冬を責めるのは筋違いだ。

特に国際IS委員会からの指示を受けている打鉄乗り二人は噛み付ける立場ではない。それを知っていながらも反論せずにいられない。

 

「最悪の可能性を考慮しているんだろうな? ISの有無は問題じゃないぞ、銃弾は生徒も教師も選ばない。死人が出るぞ?」

 

山田先生を始め教師陣が息を呑む。競技としてのISではなく軍事としてのISを知っている人間の放つ迫力が場に満ちる。

 

「そうならない為に策を練る。お前達の力も貸して欲しい」

 

正面から返せるのは千冬だけだ。良くも悪くもISが世に出て時代は大きく変わった。まだ若い彼女達ですら戦場を経験しているのが証拠だ。

無論、戦場と言っても条約でISの戦闘行為が容認されているわけではない。あくまで公然の黙認として防衛に戦力が割り振られているに過ぎず、国家間の戦争などもってのほか、地域間の武力衝突やISが登場し過激になったテロリストの鎮圧と言った紛争に参加した経験がある程度だ。

されど経験している者としていない者の覚悟は雲泥の差となって現れる。

 

「国際IS委員会と学園が承諾しているのであれば我々に拒否権はありません。本来は蒼い死神が標的ではありますが、それ以外に敵があるなら斬りましょう。守るものがあるなら盾となりましょう」

 

もう一人の打鉄乗り、卒業生としてIS学園の立場と状況を良く知る人間として進言する。

競技用ではなく軍事も含め武力としてISを使う道を選んだ者の目線と言い分。教師達に取っては学園で教える内容とは違うISの持つ本来の力に頼らざる得ない状況。

卒業後軍関係に進んだ者だけが軍事としてのISを知る。欧州連合のように学園生でありながら軍に属している者が例外なのだ。

 

「はぁ、うだうだ言っても仕方が無いって? 分かったよ、話を進めな」

「すまんな。協力に感謝する」

 

打鉄乗り二人はこれ以上の反論はせず従う旨を示す。

ISを扱う者としても国際IS委員会から指令を受けている立場としても現状に反感を覚えようと逆らいはしない。この場で責任者を選別するなら千冬が適任であると皆が納得している。

が、世の中には世界最強や実戦経験者のIS乗りの想定が及ばない程の非常事態が存在する。それこそ全く予測のつかない事態というものが。

 

 

 

 

銀の福音はアメリカ大陸から離脱後、イーリスのファング・クエイクを振り切り太平洋上で消息を絶った。

追う立場であるアメリカは巡洋艦に潜水艦、軍事衛星まで導入して行方を追っているが行方は以前知れず成果は上がっていない。

直前の針路から日本への進攻の可能性を考え、国際IS委員会経由で警笛を促し予測される経路と銀の福音のスペックデータをまとめた物が千冬達の手元にあった資料だ。

可能な限りアメリカにて抑えるつもりだが、索敵能力に優れた銀の福音の発見は困難な状態にあり最悪出し抜かれる可能性さえ見て取れた。

シルバーシリーズに至っては開発に初期から携わっていた人間の裏切り、もしくは最初から計画的な行動であったと見て全機見直し作業が行われている。今の所は他の機体に異常は見られていないが予断は許されない。

それらの情報を客観的に見ている者がいる。あらゆる電子の海を覗き見る情報世界の神と言っても過言ではない存在。

天災は隠れ家たるラボで顔を顰め、アメリカの動向と暗躍している亡国機業を静かに見据えている。

 

「……やられたね」

 

数え切れない程の投影ディスプレイに囲まれた束が漏らした呟きは彼女の敗北とも取れる。

サイレント・ゼフィルスやラファール・リヴァイヴを狙った亡国機業の次の目標はIS学園夏の風物詩たる臨海学校だと踏んでいた。

いや、その予想はまだ生きており外れたとは思っていないが、シルバーシリーズが狙われたのは束に取って予想外だった。

最新鋭の軍事ISが狙われる可能性を考えていなかったわけではない。束すら迂闊に手を出す事を躊躇う大国アメリカの防衛網を突破出来るとは思っていなかったのだ。

 

「亡国機業も中々やるね」

 

一連の騒動の主犯を亡国機業と束は断定した上で称賛している。

何せ完成した新型を奪うのではなく開発段階から工作員を潜り込ませていたのだ。気の長い計画でありユウに出会うまで一人だった束には出来ない行動だ。

天才であり天災、今の世を作った存在であろうとも、古い歴史を持つ秘密結社の手腕は侮れない。

 

「シルバーワンのプログラムに予めバグを仕込むなんて、随分手の込んだ真似だね。でも、効果的だ」

 

既に銀の福音に紛れ込んだシステムの解析に着手している辺り、やはり束は化物なのだろう。

が、海中で完全に睡眠状態に入り微動だにしていない銀の福音の居場所は掴めていない。

アメリカと同じく直前の針路から日本、それもIS学園の臨海学校が狙われているのは予測の範疇。

 

「そうなると……」

 

軍事衛星やアメリカ軍の通信を傍受しながらあらゆる可能性を思案していく。

表示される投影ディスプレイの数は増え続けるが、束の目は僅かたりとも情報を見逃すまいと動き回っている。

 

「白式達専用機が狙いだとすると、手段は銀の福音だけじゃ決め手に欠ける。ブルーを警戒しているなら何か他にも……。見つけた、コレか」

 

口角を上げて天災が笑う。

 

 

 

 

 

朝を向かえ規則正しい時間に起きてきた箒とユウは一晩に起こった出来事に驚嘆するしかない。寝ずに情報を仕入れていた束の姿に申し訳なさを覚える程だ。

投影ディスプレイには昨夜からの出来事と現在進行形で起こっているであろう非常事態が表示されており、箒は顔色を変え、ユウはすぐにブルーのパーソナルデータを確認。出撃の準備に入る。

 

「待ったユウ君。ブルーはまだ駄目だよ」

 

今の所まだ動いていない銀の福音の目的が束の予想通り臨海学校の襲撃であるなら、ユウは出撃を急ぐべきだ。

呼び止められ意外そうな顔をしたのはユウよりも箒だった。想定していなかった姉の言葉に疑問が浮かんでいる。

 

「多分、銀の福音がもうすぐ行動を再開する。目的はIS学園一年生の専用機の拿捕、或いは破壊してでも奪う事だと思う」

「だったら姉さん! ユウさんに出撃してもらわないと!」

「落ち着いて箒ちゃん。これを見て」

 

新たに表示されるディスプレイには巧妙に姿を隠しているが、臨海学校とは異なる海域で息を潜めている巨大な物体。形式の古い戦闘用の潜水艦。アメリカや日本の所有している物ではない。

 

「ミサイルが日本首都圏上空をロックしてる。乗組員の情報は今の所分かってないけど、十中八九、亡国機業だろうね。これで過激派テロリストの名を騙って日本政府に銀の福音に手を出すな、とでも言えばどうなると思う?」

「……なるほど、国の思惑に囚われないIS学園はともかくとして、その他勢力は非常時の防備に徹するしかない」

「ご名答。対ブルーに配備されている打鉄二機の行動を制限してしまえば、銀の福音に対抗できるのはIS学園だけ、地理的にもスペック的にも戦えるのはいっくん達専用機持ちに絞られる。狙いが専用機なら銀の福音は戦力としては十分だ」

 

ユウの言葉に満足気に頷きを返す束。愕然とする箒とは対照的に冷静な口調で束は自論を付け加える。

 

「これは私に対する挑戦状だろうね。ミサイルで首都圏が狙われているとなれば日本もアメリカも手出し出来ない。オマケに潜水艦はかなり巧く隠れてる、見つけるのは至難の業だよ。ブルーが乱入しても撃って来るだろうね。勿論、撃たせる気はないけどね?」

「……あ」

 

瞬間、顔色の悪くなっていた箒が姉の言葉と飛んできたウインクの意味を理解した。

潜水艦のミサイルをハッキングする位は天災には造作も無いのだと、かつての白騎士事件に比べれば掛かる手間は何万分の一以下だ。

 

「でもね、ミサイルを止めればオッケーだなんて簡単にはいかない」

「どうしてですか?」

「ハッキングはそう難しくないと思うけど、連中が何処まで手を伸ばしてるか分からないからね。慎重にいかないと。日本政府に潜水艦の位置を教えて上げても良いけど、下手したら刺激するだけだしね。同じ理由でブルーで奇襲ってのも得策じゃない」

 

正直に言うならば束は先日まで亡国機業を侮っていたが、その考えを今回の事件で改めさせられた。

銀の福音を奪った手腕は敵ながら見事であり、束が生まれる以前より活動している亡国機業の構成や規模は把握しきれない。シルバーシリーズ開発陣のように何処に工作員が潜り込んでいるのか分からないのだ。

便宜上、亡国機業を敵と称しているが、その存在も目的も謎に包まれており明確に敵対行動を取っているわけではない。

だが、束が敵と認識している事が重要なのだ。亡国機業の用いている黒いラファール・リヴァイヴはくーの時に用いられた物と同一。ナターシャに打ち込まれた薬品も恐らく同じで人の尊厳を無視している。

束は自分が正義だなどとのたまうつもりは毛頭無いが、我が子たるISを使った狂気を見逃すつもりはない。

 

「と言うわけでブルーは今すぐ出撃するわけにいかない。万一にも撃たせない為にね。でも、もう一機は別だよ」

「もう一機?」

「世に全く知られていない新型。ブルーは良くも悪くも目立ち過ぎたけど、こっちは違う。完全極秘の存在であれば一度目の介入は誤魔化しが効く」

「まさか……」

「そう、白と蒼に並び立つモノ」

 

箒の疑問の声にニチャリと束が笑う。

知らない人が見れば恐怖を感じる深い笑み。知っている人が見れば嫌な予感に顔を顰める。天が災いを起こす笑み。

 

 

 

 

朝日が昇ってから銀の福音は行動を再開した。海面に浮上し真っ直ぐに臨海学校の舞台たる方向へ向かっている。

同時に過激派の武装テロリスト名義でミサイルの照準を日本の首都圏に合わせたとの犯行声明、撃たれたくなければ銀の福音に対して行動するなと日本政府に対し脅迫が届く。アメリカも日本の首都が人質に取られたとなれば動く事は出来ない。

ここまでは物の見事に束の予想通りだ。

千冬達も事前の打ち合わせ通りに行動を開始。学生達を旅館に退避させた後、専用機持ちとクラス代表を集め事情を説明した。

腕前として十分に頼りになる簪とティナがこの場にいない事が悔やまれるが現状ではこのメンバーで対抗するしかない。

代表候補生であり欧州連合にも所属している三人や鈴音はすぐに事態の深刻さを理解し、緊張の色も見られるが一夏も状況の打破には白式が必要不可欠と己を奮い立たせている。専用機を展開し海岸に並び立つ姿は非常時と言え荘厳さに感動すら覚える。

 

「待機ってどういう事だ!」

 

通信端末を片手に怒声を上げているのは打鉄乗りの一人。

日本政府からミサイル攻撃の危険に晒され、政府としてISの使用が許可出来ないとの連絡があった為だ。

政府とて無能ではなく既にミサイルの真相や射出予想箇所の割り出しに奔走しているが、敵の隠蔽工作は束すら認める程で簡単には行くまい。事実上テロに屈したのと変わらない。

 

「分かってるのか! アイツを見逃せばその先は本土だ、頭上に警戒して足元に焼け野原を作りたいのか!」

 

怒り心頭になるのも頷ける。国に認められた国際仕様のISに乗る主な理由は理不尽な暴力から自国を守る為だ。防衛にISの力を振るう事を許可された者達がその意義を否定されている。

打鉄乗りの気持ちは分からなくはないが、状況は一刻を争う。現場責任者たる千冬は判断するしかない。

 

「聞いての通りだ。銀の福音と戦えるのはお前達しかいない」

 

合宿に持ち込まれているISの数は少ない。日本もアメリカも動きを封じられた以上、学園側で対処するしかないが戦場となる海上を封鎖する為にも人員を割かねばならない。

スペックデータから見ても量産型では決定打に欠け、千冬や山田先生がラファール・リヴァイヴや打鉄を駆ったとしてもアリーナと違い空間に制限の無い広領域での高機動戦であれば専用機の優位性は言うまでもない。

当初の予定では打鉄乗り二機のよる先制攻撃を踏まえ欧州連合の三機を後続部隊として投入する予定だったが、先陣となるべき二機が使えない。

 

「一夏、無理にとは言わない」

 

教師としてではなく姉として弟を案じる。学園の外での出撃である今回は完全に実戦が想定される。

自分の目の届かない所で弟が戦地に赴こうとしているのだ、不安の種は尽きない。

 

「やってみるよ。大丈夫、無理はしない」

「心配しないで千冬さん。一夏の背中は守ってみせるから」

 

一夏と鈴音の決意に満ちた顔で笑みを返してくる。

 

「……あぁ、必ず無事に帰って来い」

 

ピピピ、ピピピ、と不意に千冬の腰から電子音が鳴り響く。取り出したプライベート用の携帯電話に表示されているのは「束」の文字。

この状況での連絡に警戒しないはずがない。かつての白騎士事件同様に自演の可能性が急浮上し胸がざわめく。

 

「……何だ?」

≪やっほーちーちゃん。大変な状況になってるみたいだね?≫

「……答えろ、何処まで関与している」

 

お前の仕業なのかと。あえて口にしなくても伝わるように一言に威圧を込める。目の前の一夏達が息を呑むのを分かっていながらも強張らずはいられない。

場合によっては敵対も止む無しと決意を込めるが、返って来るのは千冬と同じかそれ以上に真面目な声色。

 

≪篠ノ之 束と白騎士の名に誓っても良い、今回の主犯は私じゃない。だから……。信じて待ってて、ミサイルは何とかしてみるから≫

「っ!?」

≪愛してるよ! ちーちゃん!≫

 

短い通話が切れると海の音も一夏の声も暫く忘れる程の静寂を感じる。

たった数秒のやり取りに千冬がどれだけ救われ、どれだけ安堵したかは計り知れない。

己の心と世間体、友人を信じたい想いとの狭間で揺れ動く感情は数秒前まで友人と決別する気持ちすらあったにも関わらず、不安が一瞬で払拭された。

信じられる友が居て、信じて良いと言われ、信じると決めれば、それがどれほどの安らぎになるか等言うまでもない。

僅かばかりに嬉しそうな表情に千冬がなっているのに気付けたのは弟である一夏位だ。それほどまでに微妙な変化。

 

「千冬姉?」

「気にするな。お前達は存分に戦って来い」

 

くしゃっと目の前の一夏の頭を乱暴に撫でて千冬は振り返る。

 

「無駄話はするな、お前達も出撃の準備をしておけ」

「聞いてなかったのかブリュンヒルデ、私達は出撃出来ないんだよ!」

「出来るさ、いや、出来るようになるさ」

「あん?」

 

思わず反論ではなく呆然とする程に打鉄乗りは言葉を失う。

場合によっては国土を失うかもしれない程の緊急事態にも関わらず、千冬が落ち着いていたからだ。

 

「心配ないさ、世界で最も頼りになる奴が味方だからな」

 

決意したならこれほど簡単な事はない。

少なくとも今回に関しては天災が味方なのだと千冬は確信したのだから。




打鉄乗りの登場で一気に世界感がきな臭くなりましたが、ISが軍事力である以上はやむを得ないのかなと。
後半の千冬さんが情緒不安定な位に気持ちが揺れ動いていますが、立場的に仕方が無いと思います。胃がキリキリしそうな立ち位置の人ですからね。

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