IS ~THE BLUE DESTINY~   作:ライスバーガー

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第38話 The Catalyst

IS学園には多数のイベントがカリキュラムに組み込まれているが、実しやかに語り継がれている噂話がある。

夏の風物詩とも言える海を舞台に行われる臨海学校。別名地獄の強化合宿では嘘か真か毎年一年生の半数以上が自己退学を申し出ると言われている。それらは膨れ上がった噂話に過ぎず実際にそのような事はないのだが、理由もなく広まるはずまない。

毎年半数近くが泣きを見ているのは事実であり、先人達の味わった地獄から噂話が広まり、語り継がれているのだ。IS学園の臨海学校は地獄だと。

 

「え、ティナは臨海学校に行かないの!?」

「ほーなのよー、本当は一緒に行きたかったのに残念だぁ!」

 

鈴音の同室であり二組のクラス代表であるティナは言葉こそ残念がっているが顔はニヤけており、声色は台詞と全く反対で喜色に満ちている。

キャンディー、所謂ロリポップと呼ばれるものを咥え数日後に迫った臨海学校に参加しないと宣言したティナは鈴音の目の前でニコニコしていた。

 

「な、なんで?」

「本国からの召集でね、新型機のデータ取りをしないかって打診が来てるのよ。別に地獄の強化合宿が嫌だからじゃないよ?」

「このタイミングで? ず、ずるい」

 

新型機のデータ取りとなれば幾つか意味がある。機体を借りて一定期間における動作試験や試験会場に赴いての限定的な搭乗試験だ。

場合によっては専用機ではなくとも一定期間機体をレンタルする事も考えられるが、何れにしても短い時間で終わる内容ではなく、然るべき手順を踏まえなくてはならない。

本来であればIS学園は国家の思惑に囚われないが生徒がより高みへ羽ばたくチャンスであるなら話は別だ。機体の譲渡や手続きの必要期間が臨海学校と重なるのであれば学園側も了承せざる得ない。同じ理由で簪も不参加だ。

鈴音がティナを羨むのも分からないではない。

臨海学校である以上は泳ぐ時間は十分に用意されているがそれは合宿の一環であり遠泳の訓練に割り振られており きゃっきゃうふふ な感じでは断じてない。

その他にも渡されているスケジュールには地獄と呼ばれるに相応しい内容が続いている。基礎体力作りや短距離走に長距離走、組手やISを使っての演習に至るまで海を目の前にした砂浜で行われると言うのだから苦言も呈したくなるだろう。

おまけに世話になる旅館の大浴場の掃除まで学生の手で行わせる徹底振りだ。

代表候補生に辿り着く過程で鈴音は同じような、或いはそれ以上の地獄を味わってはいるが、目の前が海と言う拷問に近い環境では初めてだ。

遊びたい盛りの少女達が想像するだけで気が滅入るのも無理はない。

無論、あくまで学園行事である以上は無理をする必要はないし短いながらに休み時間も用意はされているが、基本的には各種訓練をクリアしなければ遊べない。

特に合宿の最終工程はそれまでにきちんと課題をクリアした人は自由時間だが、それ以外は旅館で座学と地獄の結末が待ち受けている。

 

「先輩に聞いたけど去年は十人位しか遊べなかったらしいよ? まぁでも、鈴なら大丈夫でしょ」

「そりゃ代表候補生としてのプライドもあるし簡単に引き下がるつもりはないけど……。ちょっと待って、あっさり流したけど新型のデータ取りって言った?」

「言ったよ?」

「誰が?」

「私が」

「何処の?」

「アメリカの」

「それって、シルバーシリーズ? 完成してたの!?」

 

アメリカの量産型第三世代機シルバーシリーズ。軍用ISと言う事もあり一般に出回る情報は少ないが代表候補生であれば知らないはずはない。

特に同時期に量産型第三世代機として甲龍を出している中国であれば尚更だ。

 

「ってかシルバーシリーズは軍用でしょ? ティナは軍属じゃないじゃん」

「データ取りが目的だからね、専用機としてじゃなくてレンタル機かな? 何か射撃が得意で若い子を探してたらしくてねー、私に白羽の矢が立ったらしいよ」

 

軍用ともなれば伴う機密情報も他とは比べ物にならず、データ取りが目的と言えど軍属ではない人間の個人専用機となるとは考え難い。

仮にISとの相性が良く専用機として認められた場合でも軍用ISは軍部の許可無しに展開は出来ず、IS学園で取り扱うには不向きと言える。

 

「ふーん。まぁ、おめでとうになるのかしらね?」

「どうだろ? 良い経験だとは思うけど」

 

競技用ではなく軍用のISに関わると言う意味を二人とも理解している。

特に鈴音は代表候補生としても甲龍の搭乗者としても十二分と言って良い。

だが、この決断が大きな事件に巻き込まれるとは今この段階では露ほども思っていなかった。

 

 

 

 

臨海学校を目前に控えた日曜日。一夏は珍しくIS学園の外に居た。

鈴音と並び一夏が親友と称する五反田 弾の家だ。鈴音が女の親友であれば弾は男の親友であり気心知れたと言う意味では同性の弾に分が上がるのではなかろうか。

 

「で、どうなんだよ、ハーレム学園は」

 

パチンと小気味良い音を指先で立てながら弾が問う。

一夏としてはそんな良いものじゃないと反論したい所だが、現実問題として女の園なのは事実だ。

特に寮で生活していれば見る気がなくても薄着姿の女性陣を目の当たりにしている立場の人間が正面から反論できるはずがない。

 

「鈴が来てくれたおかげで大分助かったかなぁ。基本的に皆良い人だけど、多勢に無勢感は半端じゃないぜ」

 

パチンと同じように音を立てて一夏が言葉を選ぶ。

女の中に一人の男と言う境遇は傍から見れば羨ましい環境かもしれないが、現実問題は厳しい。

女尊男卑の影響から少なからず一夏を認めない女生徒もおり風当たりが優しいとは言えず、簪のように敵意をぶつけてくる相手もいる。

大多数の生徒は一夏の戦いぶりを認めているし何より代表候補生が認めている関係上大っぴらに否定されるような事も無い。

ちなみに、その女性陣の代表格とも言うべき代表候補生達は本日は揃って臨海学校の為の買い物だ。

ラウラ、セシリア、シャルロットと元々付き合いのあった面子に加え最近は鈴音も行動を共にする事が多くなっている。

一夏の訓練に付き合うようになって仲が良くなり、当然のように訓練の激しさは上がる結果となっている。

ラウラが一夏に対し向ける感情は多少マシになっているが、基本的には変わっておらず以前嫌われており四人の中で訓練に対しても一番厳しい現状だ。

とは言えラウラとて愚か者ではない。叩きのめすのであれば公式の場でと決めているらしく、嫌いと公言しつつも教官役は満更でもないようだ。

そうなってしまえば鈴音もラウラを嫌う理由はない。公式の試合で私情を挟もうが公式のルールに乗っ取ってであれば文句を言う必要がないからだ。

結果的に言えば四人が買い物に出かけた事もあり一夏は久しぶりに日曜日がフリーになったのだ。

剣道部に顔を出すのも考えたが、久しぶりに遊びたいと言う欲求に従い友人に連絡を取り訪れたと言うわけだ。

 

「王手」

「む、むぐぐぐ」

「諦めろ弾、ここから巻き返しは無理だって」

 

これ以上女性関係の話を振られるのを嫌ってかパチンと大きめの音を立てて一夏が駒を進める。

久方ぶりに再開した友人二人が遊ぶと言うのに向かい合って将棋をしている場面をどう捉えるかは難しいが、盤面は白熱していた。

最初は一方的に弾が押していたが、ある瞬間から流れが一夏の側になった。中学時代からの二人の戦績はほぼ五分だが、今日は二連勝と一夏が白星を飾っている。

 

「何か、上手くなったな」

「そうか? いや、そうかもしれないな」

 

将棋とは言うまでもなく駒を使い盤面で行うボードゲームだ。

コマの動きや厳密なルールに差異はあるがチェスに非常に良く似ており、その上でチェスとは決定的に違うルールがある。将棋は奪った相手の駒を使えるがチェスにはそれがない。

中盤まで白熱していた展開も奪った駒の使い方次第で流れが一気に変わるのは珍しくなく、相手に奪われた駒に注視しておく必要があるのも将棋の特徴だ。

この二戦、一夏は奪った駒を上手く使い弾をいなしていた。

 

「まさか二連敗とは思わなかったぜ。何でだ? 何があった?」

「うーん、いや、何って事は無いんだけど、見るようになった、かな」

「見る?」

「おう」

 

以前は無かった差を作ったのは一夏が良く見るようになったのが原因だ。

盤上を見通し次の一手ではなく後々を考えて打つ。場の流れを読み、必要なのは個々の動きではなく全体の流れ。

アリーナと言う広大なフィールドで飛び交う弾丸を見ていれば嫌でも意識する。

銃の種類、風の流れ、射程距離、弾速、銃口の向き、引鉄に掛かる指、視線の動き、次に何が来るかを意図的に読む。

ISも将棋も簡単に強くなるはずはなく、運も多大な影響を与えているだろうが、一夏が個々の駒ではなく全体を見るようになったのは事実。

たったそれだけ、されどそれだけの違いが素人同士では大きな違いになっていた。

 

「だー、止め止め、頭使ったら腹減ったよ。食ってくだろ?」

「おう、久しぶりに堪能させて貰うぜ」

「食ってけ食ってけ、その後で街にでも出よーぜ。肩が凝っていかん」

 

五反田家の一階は五反田食堂と呼ばれる大衆食堂が設けられている。

食べ盛りの中学生時代に世話になったお腹に取っても友と言って過言ではない。

 

「一夏さん、お久しぶりです」

 

一夏と弾、二人の食事が用意されたテーブルに先客がおり、先に食事を始めていた。

五反田 蘭。弾の妹にして五反田食堂のアイドル的存在だ。日曜日だと言うのに制服姿の蘭はニコリと笑い二人を席に促す。

 

「お前も食うのかよ」

「悪い?」

「いや、良いけども」

 

兄妹のやり取りを微笑ましく見ながら一夏も着席し気になっていた事を尋ねる。

 

「蘭は学校なのか日曜なのに?」

「そうなんです。受験も控えていますし三年生は忙しいんですよ」

「そりゃそうか、俺は受験で大変な目にあったからなぁ」

「有名な話ですからね。そういえば一夏さん、私もIS学園受験予定なんですよ」

「へぇ、まぁ珍しくはないのかな?」

「そうですね、女の子は目指す人は多いですよ。空を飛ぶってのは憧れますし」

 

用意されていた甘いカボチャの煮つけ定食を頬張りながら一夏は思案する。

学園に通う以前からISについては知っておりその凶暴性も味わっている身として何か助言するべきだろうか。

ISを学ぶようになり、実戦とも呼べる状況を経験し一層危険性を理解した為に言葉にするべきか躊躇いを覚える。

これからの世の中を生きていく上ではISを学ぶのは良い事だろう、夢を潰すのも忍びない。

 

「筆記は余裕だろうと先生にもお墨付きを貰いました。ちなみにこんな物もあります」

 

一足先に食事を終えた蘭が取り出したのは一枚の紙。IS簡易適性試験判定Aの表記。

IS乗りの簡単な目安になる判定だ。必ずしも適性値が高いから乗り手として優れているかと言えばそうではないが、指針にはなる。

特に適性値Aともなれば代表候補生達に匹敵するレベルだ。筆記も余裕であるなら将来有望と言える。蘭が拒んだとしても国から誘いが掛かる可能性もあるだろう。

 

「へぇ、すげーな」

 

素直に感心する一夏の隣で弾の表情は冴えない。IS学園へ入ると言う事は寮に入ると言う意味だ。

一夏にも言える事だが少々シスコンの気がある弾としては気が気ではないのだろう。

 

「くっ、兄としては心配で仕方ない。苛められたりしないだろうな!」

「いや大丈夫だろ。俺でも何とかやれてるんだから」

「いざとなったら一夏が守ってやってくれよ! 絶対だからな!」

 

肩を掴んで激しく揺さぶられる。

 

「えぇい、食事中にやめろ!」

「お兄は極端なのよ。学校だもの、多少は人となりがあるのが当たり前です」

 

兄と兄の友人のやり取りを笑いながら見ている蘭が立ち上がる。

 

「さてと、そろそろ私は行きますね。一夏さん、IS学園に入った際にはご教授宜しくお願いしますね」

「あー、俺に出来る事なら協力はするけど、俺より凄い人はごろごろいるしあんま参考にならないかもよ」

「あはは、まずは入学してからですしね。一夏さんも頑張って下さい」

「おう」

 

食べ終わった食器をキッチンまで運んだ蘭は他にも食事中の客に愛想を振り撒きつつ食堂を後にし裏手に回る。

一度自宅に戻ってから再度学校へ出向く為だ。食堂と自宅が一度外を経由しないと出入り出来ない構造をしており一夏は不便ではないのかと思うがプライベートと仕事場を分ける意味で住人には好評らしい。

 

「マジで頼むぞ一夏」

「それは良いんだけど、うーん。やっぱ友人として止めるべきなのか?」

「何が?」

「ISで戦うってのは、多分、お前や蘭が想像してるよりキツイぜ? スポーツとは言ってるけど、使い方次第だからな」

 

弾はかつて一夏が誘拐された真相を知る一人だ。その際にISが暴力として使われた事を知っている。

それでもISについては世間一般としての知識しか持ち合わせていない。鈴音とは違いISに関わって生きてきたわけではないからだ。それは食堂にいる他の客や身内である従業員も同じだ。一夏が何を言っているのか理解できないのだ。

 

「いやいや、キツイって言ってもISは安全だろ?」

「空を超スピードで飛びまわって、銃を撃ち合うスポーツが安全だって言うなら、そうだろうな」

 

一夏とて説明できるわけではないのだ。

蒼い死神について多くを語れる訳ではない。軍と繋がりのある代表候補生の込み入った話を聞いているわけでもない。戦場を知るわけでも、戦場で使われるISを知っているわけでもない。

ただ一夏は知ってしまった。ISを使い戦い、砕かれる恐怖を。故に警告すべきかどうか悩んでいる。とは言え何を警告すれば良いのか分かっていないのも事実だ。

どれだけISに秘めた危険性を知ろうともIS至上主義とも言うべき世界の流れが変わるわけではないのだから。

ニュースで蒼い死神について報道されようが、世間的にはそういう事もあるのか、程度の認識でしかない。いわば対岸の火事だ。

 

「一夏がISの危険性を訴える気持ちは分かるしニュースでも見たけど、IS学園へ行くってのはメリットの塊だからなぁ」

 

弾が言うのも理解できる。

女尊男卑の時代の象徴とも言うべきISを学ぶ場所であるIS学園へ入学する意味は女性に取って多大な恩恵を得るのと同意だ。

蘭が損得勘定でIS学園への入学を考えているとは思わないが、年齢から言ってもISに夢見て目指してもおかしくはない。

蒼い死神が登場しようともIS学園は世の女性陣が目標とするべき場所であるのに変わらない。

 

「ま、いいや。ゲーセン行こうぜ一夏。蘭の事は今言っても仕方ないだろ」

「そうだな、今日は遊ぶって決めてたしな」

「おう、久しぶりに羽目を外そうぜ。ISVSの新作、まだやってないんだろ?」

「あ、それそれ、気になってたんだ」

 

IS(インフィニット・ストラトス)VS(ヴァースト・スカイ) 家庭用ゲームとしても人気があるが本場はアーケードだ。

ISを模した格闘ゲームであり各国様々な専用機や量産機を駆り、ネットワークを介して世界中のプレイヤーと対戦できる人気作。

一夏もIS学園に通う前からプレイしており、最近は新作として新たに機体が追加されたIS/VSFB(フルブースト)が稼働している。

ISを動かせるのは女性だけだが、メカ的な意味で男性がISに憧れても何ら不思議は無い。特に中高生ともなれば遊びに費やす情熱は並大抵ではない。

 

「俺のテンペスタが火を噴くぜ」

「あ、テンペスタ今回のVerで修正掛かってるから」

「えー」

「その代わり新型のレーゲン型は中々エグイぜ? まだ実装されてないけど甲龍も導入予定だしな」

「レーゲン型って……。ドイツか」

 

ラウラと過ごした激動の日々を思い出し少々げんなりした様子を見せる一夏。

 

「白式は! 白式なら俺が一番上手く使えるはずだ」

「そんな新型の噂はないな」

 

理由は明らかにされていないが一夏の白式や千冬の暮桜はISVSに導入されていない。

仮に導入されたとしてもゲームシステム的に零落白夜の無い状態になると思われ使い手を選ぶピーキーな機体になるに違いない。

とにもかくにも臨海学校が始まる直前、一夏は久方ぶりに友人と全力で遊び倒すのであった。




五反田兄妹登場。蘭すらフラグたたず。

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