IS ~THE BLUE DESTINY~   作:ライスバーガー

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第37話 静かなる軌道

「どうだい?」

「照準器も重量も特に違和感は感じない」

 

束の眼前にはブルーを装着したユウが新しく用意された武装を展開している。

新武装と言っても目新しいと言う程の変化ではなく、破壊されたブルーのシールドに変わりジェガンのシールドを装備しビームライフルを構えている。

ジェガンのシールドはブルーのシールドより大型で縦にスマートな形状をしてはいるが防御スペースは大きくなっており両端には小型の二連装ミサイルランチャーが左右それぞれに内蔵されている。元々はパールグリーンと珍しい色合いをしているジェガンであるがISに合わせて青系に塗装済みだ。

同じくジェガンの用いていた短銃身型のビームライフルも追加されており、マシンガンと同じく量子格納可能になっているがシールド裏側へのマウントも可能となっている。追加武装としてもう一つ、時限式と感知式の二種類の信管を持つハンドグレネードが用意されていた。

 

ISとして生まれ変わったブルーディスティニーはISの世代としては第二世代型に該当するが、機体性能は旧式と呼ぶのはおこがましい。EXAMと言うこれ以上ない程に特殊な装置を搭載はしているが、第三世代特有の特殊兵装は持ち合わせておらず、攻撃力や防御力、機動力は何れも異常だがISとしてはシンプルであり非常にオーソドックスだ。

ブルーのオーバーホール、並びにシールドの修理、あらゆる状況を打破する為の新装備。性能も加味すればやはり規格外だがISの持つ装備として見た場合は破天荒とは言い難い。

 

「ブルーのシールドも修理して格納してあるからね。ブルーにジェガンの装備ってのも中々趣があって良いんじゃないかな。束スペシャルと名付けても良いかもしれない!」

 

ジェガン、言うまでもなくユウがこの世界に落ちてきた際に搭乗していたMS。現在は残骸と成り果てているが、束を刺激する好奇心の塊と言える。

ユウの与り知らぬ範疇であるが、第二次ネオ・ジオン抗争、ラプラス事件と激動の戦乱を戦い抜き、後の時代において小型MSが頭角を現すまで長きに渡り一線で活躍した宇宙世紀の長い歴史の中にある量産型MSの代名詞の一つ。

 

「こんなモノ(MS)で戦争してたなんて想像したくないね。ユウ君には申し訳ないけど、ユウ君が来る側で良かったよ。逆に私やちーちゃん、いっくんが宇宙世紀に行ったと思うとゾッとするね。興味があるのは否定しないけど」

 

MSはISと違い完全に戦争の為の兵器だ。乗り手の年齢も性別も関係なく搭乗者は等しく死と隣り合わせを知る。それが戦場であろうがなかろうが、兵士であろうがなかろうが関係ない。力を持つとはそういう事だ。手に入れてしまえばなし崩し的に巻き込まれるのが世の常だ。

無限とも言える際限なく広がる策謀渦巻く宇宙空間での艦隊戦と視界を覆い隠す程のMS群との戦い。雪原や砂漠、森林や荒野と場所を選ばず繰り広げられるゲリラ戦。

ISとは決定的に違う戦争の武力。もしかするとISのようにMSでスポーツのように戦いを繰り広げる世界もあるのかもしれないが、それはまた別の物語だろう。

 

改めてユウはジェガンのシールドとビームライフルを格納しブルーのシールドとマシンガンを展開する。

MSとは違いISは自分で武器を持つ感覚だ、MSの操縦とは違う。しっかり確かめるように展開した武器の大きさと重さを確認。銃やシールドで様々な展開パターンを試していく。

 

「そういえばユウ君は高速切替を使わないね」

 

瞬時加速はともかくとしても高速切替はMS乗りが簡単に会得できる技術とは言えない。

ISに乗るのに慣れてきたとは言えどMSに乗っていた期間が長いユウに取って量子格納の感覚がIS乗りとは異なるのが当然だ。何も無い所から武器が出てくる感覚に慣れろと言われてもMS乗りにとっては難しい相談だろう。

ISにおいて本来必要ないはずであるドダイを使用しているのも、ジェガンのシールドの裏側にライフルのマウントを用意しているのもその為だ。

が、状況はそう簡単ではなくなってきている。

今のブルーに必要なのは特化型の単機戦力ではなく、あらゆる状況に対応する汎用性だ。

ジェガンの装備を流用した新装備を得て総合火力が上がっているようにも思えるが、実際にはそうではない。ブルーが破壊的な攻撃力を持っていたのは他に武器がなかったからだ。

MSのデータを転用し束がワンオフとして作り上げたと言うのも勿論理由に挙げられるが、それだけではない。ISは様々な状況下に用いるデータの容量が膨大だ。機体性能を上げて武装を特殊なものにすれば当然ながら大量の情報を用いる必要がある。

ISの戦いとは言ってみればシールドエネルギーの削り合いだ。一つの武器に回すエネルギーを多くすれば持てる武器の種類が減り、武器を多様化すれば個々の威力が下がる。バランスを取るか特化を選ぶかは重要なファクターになる。

白式は特化型の典型的なパターンだ。一夏が完全に性能を引き出せているとは言えないが基本性能は既存のISの中でも上位に位置し使用する武器の攻撃力も現存するIS最強と言って良い。故に白式は他に武器を装備できない。機体性能と攻撃力に全てが割り振られており他の武器を格納する余裕が無い。

同じ事がブルーにも言える。ブルーは奇跡的なバランスの上に成り立っているが、元々用いていた武器自体はシンプルなもの。マシンガンやバルカンに必要な容量は少なく、ミサイルも二発のみでビームサーベルは必要に応じて出力が調整できる。途中で追加されたドダイに至っては浮遊ユニットに過ぎない。

特殊なのはEXAM位だがアレはISのコアネットワークに介入するに過ぎない。残った容量を攻撃力に加算し束の手が加わっているとなれば必然的に死神と呼ばれるに相応しい破壊力を持つのも当然だ。

つまる所、今回の新武装はブルーの攻撃パターン、汎用性を広げるが攻撃力を落とす結果になっている。今まで攻撃力に割り振られていた余力を他武装にも平均的に分け与えているのだから致し方ない。

最も、それでもブルーが規格外であるに変わりは無く、ユウの腕前を持ってすればむしろ強化されたに違いは無いだろう。

問題とするべきなのは強化せざる得ない状況に陥ったと言う事だ。

 

「姉さん、ユウさん」

「ほいほい? 発表されたかい?」

「はい……。納得いかない内容ですが」

 

投影ディスプレイに映し出されている国内外問わず放送されているであろうニュース速報を指差し箒が表情を歪めている。

文字を追いながらも内容が良く理解できず首を捻る くーの傍らでユウと束も確認する。

国際IS委員会からの通達「IS学園襲撃を罪状とし、蒼い死神を国際テロリストに指定する」と言う内容の速報だ。

 

「蒼い死神だけを指定してきたね。その背後に私がいると想像はしているけれど、私は敵に回したくは無いって事かな。もし私がブルーの搭乗者だったらどうするつもり何だろうね?」

 

あらかじめ答えを知っていたのか予測出来ていたのか判断はつかないが束はころころと楽しそうに笑っている。

ユウに至っては当然の行いと自覚がある為か特に表情に変化は見られない。この場で憤慨しているのは箒だけだ。

 

「ユウ君には申し訳ない事をしたね。本当はテロリストを叩く側の人間だったのに、今や裁くのではなく追われる側だ」

「今更だな」

「本来なら私はユウ君に取って敵と言っても過言ではないエゴイストの塊みたいな人間だからね。感謝してるんだよ? ま、私が失敗した時は容赦なく裁いてくれて良いよ。ユウ君にはその資格があるし、もしかしたらその為にこの世界に来たのかもしれないしね」

「俺も博士に感謝しているからな、そうならないようにしたいものだ」

 

ユウにとって束はこの世界で生きる力を与えてくれた存在だ。場合によっては束を裁く可能性も含めて、束の目的に賛同し協力している。

元の世界に帰る方法が分からない以上、その強大な力の方向性を間違うわけにはいかないのだ。

 

「しかし、これではブルーが、ユウさんが悪人みたいではないですか!」

 

憤りの収まらない箒の言い分も分からないではない。束の目的は知らなくても、くーやデュノア社を救っていると知っているのだから。

それどころかユウや束がいなければ箒は今頃デュノア社に誘拐されていただろう。幼馴染である一夏を叩き潰していると言えど、一方的な悪人扱いに納得できるはずがない。

 

「欧州連合やデュノア社は弁護して然るべきでしょう!」

「気持ちは分からないでもないけど、欧州連合もデュノア社も表向きは無関係を装うだろうね。名目はあくまで学園襲撃だし事実なのは違いないしね」

 

感情を表に出す妹に笑いかけながら束は速報の内容を否定しない。

 

「箒が怒ってくれているなら俺とブルーの行動は無駄ではないと言う事だ。気にするな」

「姉さんもユウさんも不名誉を受け入れるのですか!」

 

怒り顔の箒を窘めるのでもなく束は笑顔を崩さない。ただし、ころころと楽しげに笑っていた笑顔がニチャリと音を立てて歪んだ笑みに変化している。

 

「汚名は幾らでも被っていい。本当に戦うべき悪意が顔を出すまでは私達が悪者で良いんだよ。清算するのはその後だ」

 

とても良く似合う悪人顔で束が汚名を肯定する。その間にも投影ディスプレイには新しい情報が表示されていく。

 

「おやおや? 国際IS委員会も分かってないねぇ」

 

新たに映し出された情報は報道されている内容とは関係なく、国際IS委員会の内々で発表されている事柄のハッキング映像だ。

内容は「蒼い死神への対策としてIS学園に日本政府より打鉄六機編成のIS部隊を実戦配備する。更なる襲撃時には武力を持って制するべし」とある。

 

「姉さん、分かっていないとは?」

「そのままの意味だよ。IS学園に二度襲撃したのは意味があったけど、今の所は三度目の襲撃の必要性は無いって事。私の予想が正しければ……。次の戦場は海だ」

「海?」

「そ、IS学園の一年生にはね、毎年恒例で臨海学校があるんだよ。普通に聞けば楽しいイベントに思えるでしょ? でもね、その実態はIS学園名物の強化合宿なんだよ。まぁ当然だよね、僅か数年でIS乗りを育てようって言うんだから遊んでられないもの」

「そこを襲撃するのですか?」

「箒ちゃんはお姉ちゃんを何だと思ってるのかな? 別にいっくんを苛めて楽しんでるわけじゃないよ? むしろ今回は逆かなぁ。考えても見てよ、ISにまだ慣れてない一年生が学園から出て警備の薄い合宿に出向くんだよ? 当然その場にはISもあるし、今年の一年生には専用機が現状で五機もある。破格物件だと思わないかい?」

「まさか……」

「連中が動くとしたら、このタイミングは絶好だよ」

 

箒とて思い至るものがある。ここ最近で起こっている事件、サイレント・ゼフィルス強奪にラファール・リヴァイヴ強奪。

特にラファール・リヴァイヴ強奪の際にはブルーを通して状況を見てしまっている。

千冬が率いており警備とて当然同行しているだろうが、未熟な一年生の操るISに専用機。欲する連中が居てもおかしくはない。

 

「だったら早く千冬さん達に知らせないと!」

「テロリストが表立って動くわけにはいかないでしょ? だから、汚名を被ってでも私達は裏方に徹するんだよ。と言っても、戦いになれば表舞台に出る事になると思うけどね」

 

再びころころと笑い出した束は流れるニュース映像やハッキング映像に対して興味を失ったように背を向ける。

 

「ユウ君、ブルーの調整は任せても良いかい? 私はもう一機を仕上げちゃうから、必要になりそうだからね」

「了解した。箒、くー、手伝ってくれ」

「はぐらかされたような気がしますが……。了解です」

「はい、ユウさま……。あれ? 束さま、コレは?」

 

ユウの後を小走りで追いかけた くーが踏みつけた紙切れを拾い上げるが束の姿は既にない。

拾い上げた紙は以前、束が裁断処理をした無人機ゴーレムの設計書の一部。

 

「うーん?」

 

困ったように首を傾げたくーの頭上から我輩は猫であるが出現。大型アームで紙を器用に摘み上げ、紙をシュレッダーに流し込む。

 

「ナツメさま?」

 

見上げたくーの眼前に我輩は猫であるが投影ディスプレイで「処分対象」と意思表示を示す。

束が以前に練り上げた無人機の設計書はラボの至る所に散乱しており、見つけ次第順次処分されていっている。

その意図を汲み取ったのかくーも大きく二度頷きを返しグッと両手を小脇に抱え小さくガッツポーズ。

 

「わかりました、見つけたらポイしますね」

 

天災に拾われた少女は日々を健やかに過ごし、万能ツールである我輩は猫であると共に成長を続けている。

 

 

 

 

米国、シルバーシリーズ開発基地の一角で研究員の一人が通信機を手にしている。

 

「はい、全て順調です。シルバーシリーズ一号機、通称シルバーワンは銀の鐘(シルバー・ベル)を換装完了。名称を銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)と改め正式稼働まで特に問題は無いと思われます。えぇ、はい、心得ています。この青き清浄なる世界を破壊する為に。お任せ下さい、スコール様」

 

悪意が牙を剥こうとしていた。


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