IS ~THE BLUE DESTINY~   作:ライスバーガー

36 / 128
第36話 迷える戦士たち

重たい音を立ててアリーナ中央に白が落ちた。

衝撃で出来たクレーターから見上げた一夏の視線の先に悠然と黒が浮かんでいる。

 

「織斑、一体幾つ穴を開けるつもりだ?」

「くっ」

 

歯を食いしばり一夏が地を蹴り飛び上がる。エネルギー残量は半分を切っているが気力が衰える気配は見せておらず、雪片弐型を構え何度目分からない対峙を果す。

迎え撃つシュヴァルツェア・レーゲンに目立ったダメージはなく、展開されているワイヤーブレードが隙を見せず間合いを取っている。

 

「さて、次はどんな手を見せてくれる?」

 

挑発するラウラの視線に一夏は思考を巡らせるが、既に出来うる攻撃は試した後だ。

王道とも言うべき正面からの接近戦はワイヤーブレードとプラズマ手刀で封殺され、旋回しつつ突撃も仕掛けてみたが、レールカノンで軌道をコントロールされ同じく封殺された。

瞬時加速も使ってみたが突破口は見えず、蒼い死神に対し奇襲として用いた瞬時加速を囮とした瞬時加速は一対一で相手が警戒していてる状態で通じる技ではない。

 

代表候補生はISを学ぶ者にとってある種の壁であるが目標でもある。クラス代表と兼任している簪はその典型だろうが、ラウラは他と少々事情が違う。

ラウラは戦う為の存在だ。ISの有無に関わらず本物の軍人であり戦力として人為的に生み出された試験管ベイビー。時代錯誤な存在に思われがちだが、ラウラは自身が生まれも現状も決して嫌ってはいない。

軍人として軍上層部にも可愛がってもらっている自覚はあるしIS部隊としての部下にも恵まれている。恩師と呼ぶべき人にも出会えた。

ISが武器である事、戦いの最前線に投入されている現状、IS学園でそれらについて一番理解しているのは簪でも千冬でもなく、恐らくラウラだ。

だからこそラウラは己を恥じている。あの時、白式の翼が蒼い死神にもがれている最中、唯一動ける立場であり軍務経験者として実戦で一番動けるはずの身でありながら、あてられた殺気と充満する戦場の空気に呑まれてしまい動けなかった。

鈴音や簪も代表候補生である以上、多少は軍務とつながりはあるが実際の戦場での経験は無いに等しい。テロリストや同盟国支援においてISに関係なく戦場を知っているラウラとは異なる。

故に想像してしまったのだ、自らの首に掛かる死神の鎌を、戦場に迷い込んだ兎の如く無力な命が蹂躙される姿を思い描いてしまったのだ。実戦を、命の脆弱さを知っているからこそのジレンマ。

ISは最強の武力であり絶対防御がある限り死なない鎧である。そんな定義は意味を成さない。現実に迫る死を直視して動けなかったラウラを責められるのは戦場を知らない人間だけだ。

 

蒼い死神、いや、その名がブルーディスティニーだと知り束と関与があると発覚したが、千冬が沈黙を選ぶのであればラウラも従うだろう。

目的も分からず、敵としか思えない状況だが、ひとつだけ確かなのはラウラが今まで出会った存在の中で間違いなく最も異質であると言う事。無論、ラウラにとって最強は千冬だが、あの存在を軽視できるはずがない。

 

「ぉぉおおお!!」

 

全身を刺激するような剣気にラウラが目の前の一夏に意識を戻す。蒼い死神に対し熟考していたが、常に一夏の動きの観察は怠っていない。

 

「ほぅ、小手先の技ではなく正面から来るか」

「生憎とそれしか能がないからな!」

 

殺到するワイヤーブレードを掻い潜り、雪片弐型で捌きながら詰め寄る一夏に向けられる視線は冷たいが、接近戦での技量はラウラも認めている。伊達にブルーティアーズのビット射撃を避けてはいない。

接近し振り上げる刃をフェイントに本命の大上段からの切り落としはプラズマ手刀によって阻まれる。

 

「分かるか織斑?」

「あぁ、今のは零落白夜を使っていれば俺の勝ちだった。ISの試合ならだけど」

「そうだ、ISの試合において零落白夜はこれ以上無い程に最強だ。かつて教官……。いかんな、癖になっている。織斑先生が頂点に立ったようにな。だが、それは一対一の公式大会においての話だ」

「タッグマッチやバトルロワイヤル、あの時みたいな想定外の戦闘に関してはその限りではない、か」

「その通りだ、エネルギーを消費する特性上、長期戦並びにカウンターに弱い。一撃を外せば砕けるのは貴様自身だ」

「必要なのは零落白夜を当てる技術と零落白夜に頼らない戦い方」

「分かっているではないか、補足すると基礎となる地盤も忘れるなよ。出直して来い」

 

会話の途中、僅かに一夏の力が緩んだ隙を見逃さずラウラが蹴り上げ腹部にシュヴァルツェア・レーゲンの鋭利なつま先が突き刺さる。

前のめりに頭を下げる姿勢になった一夏の後頭部を握り合わせた両手で垂直に叩き落しクレーターがまた一つ増える。

 

(とは言えワイヤーブレードを避けているからな、基礎は十分か。図に乗るといかんから言ってやらんがな)

 

砂塵舞うアリーナを見下ろしながらラウラは何度叩き落しても立ち上がるルーキーを静かに見据えている。

その目がかつて千冬がラウラ達を見ていたのと同じように厳しくも柔らかいと言う事に本人は気付いていない。

 

 

 

 

 

良くも悪くも充実した時間と言うのは過ぎ去るのが早いものだ。一週間もの臨時休校も最後の一日を迎えようとしており、帰国していた生徒達も学園に戻ってきていた。

シャルロットもその一人。時差ボケの影響を考慮して六日目の夜に戻り、時間調整をした上で最終日を過ごす予定だった。本来はもう少し早めに学園に戻るつもりだったが、デュノア社の立て込んだ事情の影響で遅れたのだ。

 

「蒼い死神がシャルロットを助けただと?」

「うん、目撃者が僕だけだから今の所は秘匿情報だけどね。学園には報告しているはずだから織斑先生辺りは知ってるんじゃないかな」

 

学園に戻ったシャルロットは寮の同室であるラウラにデュノア社でのあらましを告げていた。

先日のデュノア社におけるラファール・リヴァイヴ強奪事件の真相は闇の中だが、手口はイギリスでのサイレント・ゼフィルス強奪と一致する点がある。

被害にあったのがデュノア社所有のラファール・リヴァイヴ五機であったのは不幸中の幸いとも言え、他国への貸出機とラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡはシャルロットと蒼い死神の介入により防ぐ事が出来た。

デュノア社所有機を失ったとありイグニション・プランは絶望的な状況となったが、貸出機が無事であれば信頼を大幅に失う事態は避けれる見通しだ。

現段階としては蒼い死神を目撃したのがシャルロットだけとあり、デュノア社内にはシャルロットが防衛に成功したと報告され、死神に関しては幹部にのみ通達された。

映像も残っておらず、デュノア社としてはシャルロットの言葉以外に信じられるものはなく、政府やIS学園には報告されているが今後の扱いは不鮮明なままだ。

 

「何故私に話した? 社内情報だろう?」

「ラウラは友達だし信頼できるからかなぁ。流石に一夏に言うのは躊躇うけどね。と言うのは建前で今後何かあった場合に対処できるようにする為だよ、後でセシリアにも話しておくつもり」

「欧州連合で結託しておこうと言う事か」

「うん。蒼い死神の目的が分からない以上、情報は共有しておく方が良いと思う」

 

ラウラは蒼い死神が篠ノ之 束と繋がりがあると知っており、シャルロットは篠ノ之 箒と繋がりがあると知っている。

お互いのカードを完全に公開すれば見聞はより広がるのだが、現状の立場ではこれ以上の公開は出来ない。

 

「そうか、しかし……。友達と言うのは建前か」

「え? いやいや、そんなにショック受けないでよ! 建前ってのは言い回しの問題で友達だよ!」

「いいんだ、所詮私は軍人で学園の友達なんて出来ないんだ……。いかん、簪に会いたくなってきた」

「ちょっとラウラってば! 大丈夫、僕達は友達だよ!」

 

その後、時差ボケを軽減する為に六日目の夜に戻ったシャルロットは何故か一晩中ラウラを慰める為に時間を費やしたとかいないとか。

 

 

 

 

 

IS学園臨時休校の最終日、この一週間を一夏はラウラと戦い続けてきた。それは最終日だろうと変わらないが、今までと違うのはセシリアとシャルロットの欧州連合組に加え鈴音も参加している事。千冬は国際IS委員会との兼ね合いで参加出来ていないが豪華な面子が揃っている。

千冬はこの一週間で時折顔を見せて一夏に剣の指導をする場面はあったが、基本的には忙しい身だ。先に述べた国際IS委員会との会議や学園の仕事もあり頻繁に様子を見るには至らず、一夏としては千冬に申し込んだ特訓であったが、不満があろうはずがない。格上の相手が日の殆どを費やして付き合ってくれているのだから。

 

この一週間でデュノア社では事件があったが、中国の甲龍シリーズのお披露目に至っては無事に済んだ。燃費を最優先とした量産型第三世代機のテストケースとして文句なしの存在感を示し龍は世界の舞台を泳ぎ始めた。

世界規模の中継がなされ各国が注目する中で甲龍シリーズ一号機に乗り複数機での編成飛行を決めた鈴音の名は中国全土で勇名として響き渡るだろう。

お披露目も済み一応は量産型として完成形となった甲龍ではあるが、即実戦配備と言うわけにはいかず、テストデータ取得の為にも鈴音は引き続きIS学園に籍を置くのは当然の流れだ。

 

「面白そうな事してるじゃない、私も参加させてよ」

「構わんが、遠慮なく織斑をボコボコにするぞ?」

「だから、面白そうだって言ったじゃん」

 

ニッと口角を上げ瞳に爛々と光を灯した鈴音が楽しげな表情を作る。それを見たラウラも同じように笑みを浮かべる。

何せ鈴音は世界規模の中継に加え、政府の小難しい話を長時間に渡り拘束され聞かされる日々を過ごしていたのだ。溜まり積もったストレスを発散する場を求めても仕方ない。

 

「嫌な予感がするんだけど」

 

顔色を青くした一夏の肩にシャルロットが手を添える。こちらも笑顔だ。

 

「諦めて? 僕も寝不足だからさ、ちょっと八つ当たり気味になるかもしれないけど」

 

一縷の望みを掛けて一夏がセシリアに振り向く。

 

「多数決が正しいとは思いませんが、この流れで私に助けを求められても困りますわ」

 

助けは無いと悟り一夏が大きく肩を落とす。

嬉々とした笑みを浮かべて何故か意気投合している鈴音とラウラが同時に振り返る。

 

「心配するな織斑、何も一対四でやるつもりはない。一対一を四セットだ。それに武器の制限もつけてやろう、それぞれが使うのは近接武器一種類だけだ。力尽きた場合はエネルギーを補給して最初からやり直しだ。途中での補給は無し。全員に勝つか日が暮れるまで続けるぞ」

 

露骨に一夏が嫌そうな顔をするのも無理はない。武器制限があるとは言え一対一で勝つ難しさは良く分かっている。ここ数日でラウラと戦い尽くしているのだから。

しかし、勝機が無いわけではないと一夏も含め全員が分かっている。唯一にして最大の攻撃、零落白夜を当てれば代表候補生だろうが専用機であろうが関係ない。

要するにエネルギー残量を考慮しつつ確実に零落白夜を当てる方法を模索しろと言っているのだ。

 

「セシリアには少々厳しい条件かもしれんが」

「構いませんわよ、ブルーティアーズは射撃特化ですが、近接戦闘が出来ないわけではありませんもの。織斑さんの近接技能は目を見張るものがありますが、代表候補生として簡単に打ち負けるつもりはありません。と言う事で一番手は私が貰っても宜しくて?」

 

三人から異論は出ず、この場において一夏に決定権が無いのは言うまでもない。

 

「さぁ踊りましょう。円舞曲(ワルツ)と言いたい所ですが織斑さん的には前奏曲(プレリュード)でしょうか。いえ鎮魂歌(レクイエム)かもしれませんわね」

 

その手にショートブレードであるインターセプターを展開しセシリアがアリーナに舞い上がっていく。

ブルーティアーズの性能は言うまでもなくセシリアも射撃を得意としているが近接戦闘が出来ないわけではない。データ取りの目的もあり実弾装備もなく、インターセプターも近接装備としては心もとない補助的なものだ。

だが、射撃しか出来ないのと、射撃が得意なのでは意味が大きく違い、その意味を一夏も存分に味わう事になる。

 

 

 

 

 

何時間経過したのか一夏には判断がつかないが、日が暮れアリーナに静寂が満ちたのは分かっていた。

 

「やれやれ、結局私の出番は無かったか」

「ま、仕方ないでしょ。良く頑張ったんじゃない?」

「そうですわね、私は少々疲れましたが良い勉強になりましたわ」

「ショートブレードでも負けてなかったもんね」

 

順番にラウラ、鈴音、セシリア、シャルロットが告げる。半日程続いた戦いは文字通り一夏がボコボコにされる結果に終わった。

一戦目がセシリア、二戦目が鈴音、三戦目がシャルロット、四戦目がラウラではあったが、一夏はシャルロットの壁を突破出来なかった。それどころかセシリアや鈴音に叩きのめされるのが大半だった。

理由は簡単、零落白夜を当てれば勝てるが零落白夜や瞬時加速を使えばエネルギーの消耗が激しく次の戦いが苦しくなるからだ。

結果としてセシリアや鈴音に零落白夜を使わずに勝とうとして逆に落とされる始末。流石に剣術で一夏がセシリアに負けはしないが、全力で迎え撃つセシリアと余力を残して勝とうとする一夏では気持ちの面に大きな差が出てしまい、セシリアにすら近接戦闘で勝てない場面もあった。

何度もやり直し二人に勝利を得る時もあったが、シャルロットと戦う頃にはエネルギーが枯渇してしまい手も足も出ない状況を味わう羽目になる。

自然と戦闘回数が最も多くなるセシリアが疲れを見せるのも無理はないが、一夏に至っては最後の一撃で崩れ落ちてから立ち上がれずにいた。

 

「って言うかシャルロット、最後のアレはエグイわ」

「私もアレは少々どうかと思いますわ」

「確かにな、エネルギーが二割を切っている相手に灰色の鱗殻(グレースケール)とは私でも躊躇う武器の選択だ」

「だ、だって、全力で行った方が良いかなって思ったから」

 

流石に自覚があったのか、三人に責められ赤面したシャルロットが項垂れて小さくなる。

 

「もう終わってしまったか?」

 

アリーナの中央で大の字で倒れ肩で息をする一夏以外の四人が振り返った先、いつの間にかアリーナに姿を見せていたのは千冬だ。

 

「すまんな一夏、先生だ何だと言っておきながら殆ど付き合ってやれなかった」

「い、いや、十分に、地獄を見た気がする」

 

実際には時折様子を見ては一夏に直接指導していたのだから参加していないわけではないが、ほぼラウラに任せっきりだった面は否定できない。

息が途切れながらも辛うじて返事をした一夏を覗き込み千冬が表情を和らげる。

 

「そうか、地獄を見て生きているなら問題ないな。良く頑張った」

 

地獄と言うにはまだ生温いと思いつつも労いの言葉を掛け千冬は四人に向き直る。

 

「お前達にも礼を言わせてくれ、一夏に付き合ってくれてありがとう」

「そ、そんな、お礼を言われるような事じゃ」

 

瀕死の一夏にパイルバンカーをぶち込んだ身としては心苦しくあるのかシャルロットが真っ先に否定する。

 

「友人として、クラスメイトとして当然の事をしたまでですわ」

「そうそう、千冬さんに頼まれなくても私は一夏に付き合ってたと思うしね」

 

セシリアと鈴音も続くがラウラだけは少々バツの悪い顔をしているのに気付き千冬が視線を合わせる。

 

「どうしたラウラ?」

「いえ、その、自分程度がおこがましい真似をしたと思いまして」

 

教え子の呟きに考える様子を見せた千冬が言葉の意味に気付き小さく笑う。

この一週間、ラウラが一夏に行ってきた内容はかつて千冬がラウラやラウラが率いるIS部隊シュヴァルツェア・ハーゼの面々に施したものだ。

ひたすら弱点を指摘し打ちのめし続ける。単純にして弱点を理解させる一番の近道。千冬はラウラの頭を軽く撫で「お前は良くやってくれたよ、ボーデヴィッヒ教官」と言い残してアリーナを後にする。

 

「明日から通常授業が再開されるからな、遅刻するなよ」

 

最後に付け加えられた言葉に全員が目を合わせる。

IS学園の臨時休校は約束通り一週間で終わりを告げる。

つまり、国際IS委員会が蒼い死神に対する結論を出したと言う事に他ならない。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。