IS ~THE BLUE DESTINY~   作:ライスバーガー

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第35話 僕たちの行方

マルチロックオンシステム起動、エネルギー連動確認、ミサイル干渉領域拡大、大気状態クリア、PIC制御異常なし、ウイングスラスター展開、セーフティ解除、六基八連装四十八独立稼働ミサイル相互リンクスタンバイ、シーケンスオールクリア。

 

次々に流れる文字列を追いながら少女の指はコンソール上を踊るように叩いている。

小さく息を吸い込み、最後の起動キーを入力。

 

「山嵐、発射っ!」

 

倉持技研にあるISの試験場に轟音が鳴り響く。本来一対一を想定するIS装備の中でも稀有な一対多、或いは一機に対して多面的な攻撃を行う概念を取り入れたマルチロックシステム。

複雑な軌道を描き躍動しながらミサイルが試験場を飛びまわるが、実際にターゲットに命中したのは八分の一程度。僅かに掠った程度のものを含めても六分の一にも満たない。

特徴的なスカートアーマーと射出口を兼ねているウイングスラスターから蒸気が上がり、搭乗者である更識 簪の額にも大玉の汗が流れている。

 

「うーむ、やはりシステムが上手く噛み合わないか、見直さないとダメだね」

「……すみません」

「更識さんが謝る事ではないよ。我々も手を尽くす、頑張って完成させようじゃないか、この打鉄弐式を」

「……はい」

 

試験運用中の新型機、第二世代型にして第三世代の技術を取り入れた次世代機、打鉄の後継機であり発展型、名を打鉄弐式。

未だ完成の目処は立っておらず、外装フレームとミサイルシステムを組み込んだ程度であり、中身は空っぽに近い。とてもではないが実戦で使えるレベルには程遠い。

白式のオーバーホールの手間が省けた事もあり、倉持技研が白式より先に請け負っていた本来の受注相手とも言うべき簪に打鉄弐式の開発再開通知が届いたのはIS学園が臨時休校になって間も無く。正確には一夏が白式を引き取った直後だ。

開発を後回しにされ独学で手を出してみたものの枠組み以外無い状態のISを初期段階から作るなど代表候補生と言えど技師ではない少女に出来るはずがなかった。技師であっても単独で行うなど不可能に近いだろう。

他の会社やフリーの技師を頼ると言う手も考えたが、打鉄に関しては倉持技研が最も高い技術レベルを有している現状を鑑みると得策ではなく、日本の代表候補生である以上他国に飛びつくわけにもいかず、行き詰っていた簪に通知が届いたのだ。飛びつかないはずがない。

同じく倉持技研の技師達も打鉄弐式に秘めた可能性と次世代と言う未知の領域へ踏み込む日を心待ちにしていた。白式も特殊な機体だが、高機動型近接オンリーで武装が一つでは技師達はそれほど心を動かされなかった。

打鉄弐式は当初倉持技研で枠組みしか間に合わず、依頼主に申し訳ない状態で戻す事になってしまっていたが、いざ開発を再開となり簪が訪れた際に持参した独自に組み上げられたマルチロックオンシステムはどうだ。次世代と呼ぶに相応しいものだ。

取り合えずは試しにと組み込み撃ってみた結果は見ての通りだ。精度は散々で目くらまし程度の効果しかなかろう。これでは手で持って投げつけた方がマシだ。

 

「とは言え、独学でここまでプログラムが組めて、命中率はともかくとしても発射まで出来たんだから大したものだよ。技師に転向する気はないかい? 大歓迎するよ?」

「……それは、ちょっと」

 

簪には目標があり、目的がある。技師としての腕を買われるのは悪い気はしないが、自らの願いは技師では叶わない。

本当であれば個人で専用機を完成させられれば御の字だったが、それが簡単にいかないと良く分かっている。

 

「残念っと、それじゃ振られた所で気を取り直して、打鉄弐式の今後についてなんだけど」

 

初めから返事は期待していなかったのだろう、何とも思っていない様子で技師は話を続ける。

倉持技研は打鉄を中心に手掛けており近接技術に定評のある技師揃いだ。打鉄が防御重視の近接型であるならば、打鉄弐式の求める姿は機動性重視の近接型。遠距離攻撃も必要ではあるが、基本は近接の打ち合いで負けないのが前提だ。

 

「ご存知の通り、近接と言っても様々でね。近接攻撃頼りの突撃型、射撃と混成での強襲型、高機動力を活かした一撃離脱型。更識さんの戦法と打鉄弐式にスタイルで言えば強襲型なんだけど、ここに面白いデータが二つあります。一つは更識さんが持ってきてくれた織斑 千冬さんの実動データ。現役時のデータもあるけれど、これは最近のものだからレアものだよ。現役退いてるの全然動けてる。あの人凄いね」

 

技師が空中に表示させたディスプレイにはIS学園に蒼い死神が最初に襲撃した後、千冬が夜間訓練していた際のデータ。簪が直接許可を貰い提供して貰ったデータだ。

続いて同じように表示されたディスプレイにはオーバーホールが終わり、翼を取り戻した白式を駆る一夏の姿。

 

「そしてもう一つがコレ。織斑 一夏君のデータ、これは倉持技研所有のデータだからね、我々が使うのに何ら問題は無い」

「でも、織斑君は……」

「そう、君より弱い。でも、それがどうかしたかい?」

「……え?」

「更識 簪、織斑 一夏、織斑 千冬。分からないかい? 強襲型、突撃型、一撃離脱型。近接戦闘の見本とも言うべき三種類の戦闘スタイルのデータがここに揃ってるんだ。君より弱いから何だい? それが参考になるなら貪欲に取り込むべきだ。違うかい?」

 

眼鏡に白衣の技師の表情には笑みが張り付き、相対する簪は眼鏡の形状をしたディスプレイの奥に強い光が宿る。

蒼い死神に通用しなかったのを機体のせいにするつもりはない。だが、目指す場所は高く遠い。

立ちはだかる者がいるならば、一夏だろうが、死神だろうが押し通るしかない。その為に新しい刃を。

 

「……宜しくお願いします」

「こちらこそ、改めて宜しく」

 

搭乗者と技師が握手を交わす。その目に映る機体は旧式というべき時代遅れの第二世代型にして第三世代の技術を持つ次世代型。

鉄は熱いうちに打て、その名が示すように研ぎ澄まされた刃は騎士の剣も死神の鎌も見劣りする程に美しく成長を重ねる。壱の太刀の願いは弐の太刀に打ち直され受け継がれようとしている。

 

 

 

 

「千冬姉、頼むっ! 俺を鍛えてくれ!」

 

白式が元の姿を取り戻した翌日、一夏は食堂でラウラを伴い朝食の最中であった千冬の下へと赴き頭を下げていた。

休校中ではあるが、多くの生徒は学園に残っており個別授業の希望者には教師が教鞭を振るい、余裕があるうちに訓練機を順番に使おうとする者達がいたりと時間の使い方は人それぞれだ。

珍しく朝からゆっくりしていた千冬にとっては愛すべき珍客が訪れたと言える。

 

「休校中は多少は許すが、学内では織斑先生と呼べと言っているだろう」

「あ、ごめん。お、織斑先生! 俺を鍛えて下さい!」

「……ふむ、まぁ座れ」

 

千冬の前に座っていたラウラが立ち上がり千冬の隣に移動し促された一夏に席を譲る。

 

「あ、ありがと」

「構わん」

 

ラウラの居た席に座った一夏は改めて千冬を正面から見据える。

 

「で、いきなり何を言い出すんだお前は?」

「色々考えたんだ。でも、訳が分からなくなって」

「ゆっくりでいい、一晩考えたのだろう? 何を思って、何を考えた? 教えてみろ」

 

そこにいるのは教師としての千冬であり、姉としての千冬の姿。学内で遭遇率は非常に低い、優しい千冬の目をしている。

 

「うん、えっと、その、何て言うか、分からなくなったんだ。何の為にISに乗って、自分が何をしてるのか、どれだけ考えても分からなくて」

 

元々織斑 一夏と言う人間は真っ直ぐではあるが非常に不鮮明な存在だった。

姉に助けられ続けた人生に少しでも恩返しが出来るようにと就職率の高い高校を選び、中学時代もバイトと家事に明け暮れた。それは確かに自分の意思だが、姉に流されているとも言える生き方だった。

そんな男ががある日突然、男で始めてISに乗れると発覚し世界中が大騒ぎになっても一夏は何処か他人事のように考えていた節がある。

だが、世界もIS学園も一夏の都合など気にしてはくれない。

与えられる専用機、同じ年とは思えない程に芯の通った代表候補生達。いや、代表候補生に限らずISを学ぼうと集まってきた生徒達と一夏が同じはずがない。

専用機やISを動かせると言う事態の裏側に誰かの思惑があるにしてもだ。

 

一夏は語る。

何の為に戦うのか分からないと。

 

「でも、それでも……。白式に乗って飛ぶのは楽しくて、剣を振るうのも、戦ってる感覚も嫌いじゃなくて、オルコットさんやシャルロット、更識さんに負けたままなのも悔しくて、鈴と再会できたのは嬉しくて。ISには感謝もしてる。でも、えっと、あーもぅ! 何て言えば良いのか分からないけど……。強く、なりたいんだ」

 

真っ直ぐに射抜く一夏の目はセシリアやラウラが垣間見た戦士の目。

以前、鈴音に問われた「ねぇ一夏、あたしは強くなったよ。一夏はどうしたい?」その時に一夏は確かに答えている「俺は強くなりたい! 千冬姉の名前を汚さない為に! 白式に相応しいように! 鈴の背中を守れる位に!」と。

その言葉は嘘ではない。一夏の明確な本心だ。だが、それすらも鈴音に問われなければ辿り着けなかった。

姉が最強に登り詰めたISに興味もあった、燻っていた闘争心に火がつき剣も再び持った。

剣道部の人達と打ち合い、セシリアやシャルロットにISの飛び方を教えてもらい、鈴音から戦い方を学んだ。そして、どうしようもない敗北を知った。

何の為にISに乗るのか、何の為に戦うのか。それは一夏自身が辿り着かなければ意味がない。

誰も答えは教えてくれない。ISに乗る理由は分からないが、この境遇を受け入れる為にISに乗ると自分で選択をする。

 

「……で、辿り着いた答えがそれか」

「あぁ、鈴にも誓ったけど、今度は自分の意志で強くなりたいと思う。理由はそれから考える」

「強さは攻撃力ではない。理由の無い力は暴力と変わらないぞ」

「分かってるさ。俺は千冬姉の弟だぜ? 理不尽な暴力の酷さは良く知ってる……。あぁ! 嘘、嘘です! ゴメンなさい!」

 

朝食の乗っていたトレーを持ち上げた千冬を見て慌てて一夏が謝罪を加える。

 

「その、さ。思ったんだよ。何の為に力が欲しいのかは分からないけど、代表候補生の友達だとか世界最強の弟だとかじゃなくて、俺は俺として、織斑 一夏として強くなりたいって。それって駄目な事かな?」

 

それは結局、何の答えにも辿り着いていない。

が、一つだけ確かになったのは、分からないなら分からないなりに前に進もうとしていると言う事。

改めて決意する。姉の愛情も世界の思惑も鈴音の想いも関係無い。自分自身で強くなりたいと願う。

 

「ふん、全く目付きと口先だけは一人前になりよって」

「千冬姉?」

「何度も言わせるな、織斑先生だ。そして覚えておけ、教師はな頑張ろうとする生徒を裏切ったりはしない。生徒が望む限り手を貸して共に進むものだ」

「それじゃぁ」

「あぁ、時間のある時には付き合ってやる。私は先生だからな」

 

くちゅん。と可愛らしいくしゃみが職員室で響いた事は割愛しておく。

 

「では早速、と言いたい所なのだがこの後職員会議でな……。ふむ、ボーデヴィッヒ」

「えぇ、分かっています。少々この男を見直しました」

「そうか、頼めるか?」

「勿論です」

 

ちびちび飲んでいたココアを一気にあおり、ラウラは立ち上がる。

 

「聞いたな織斑、行くぞ」

「へ?」

「教官……。ではなく、織斑先生は忙しいのだ。休校中の残る日程で私がお前をボコボコにしてやる」

「え!?」

 

驚愕に目を見開く一夏を置いてラウラは食堂の出口へ進み、途中で振り返る。

 

「以前、お前の事を嫌いだと言ったな。それは今でも変わっていないが、少しだけ認めてやる。強くなりたいと思うなら、来い。お前を鍛えてやる」

 

言うだけ言って踵を返したラウラはそのまま歩を進め食堂を出る。

呆然とする一夏に苦笑を浮かべる千冬が手で追い払うように追い掛けろと指し示す。

 

「心配するな、腕が確かなのは知っているだろう? 行ってボコボコにされてこい。そこから得られるものもある」

「それで強くなれるかな? って言うか、あの態度は何だよ!」

「言ってやるな、まだ子供なんだ。お前と一緒でな。それと、強くなれるかはお前次第だ。時間が出来れば私も行くから、さっさと追え」

「……分かった」

 

誰もが分かっている事だ。ちょっとやそっと鍛えた所で蒼い死神には届かない。

欧州連合として軍務を経験しているラウラやセシリアでも同じであり、一夏が届くはずがない。

裏の世界に精通している更識であろうが世界最強の織斑 千冬であろうが口には出さないが分かっている。

それでも前に進もうとしている弟の姿を見て千冬は嬉しく思うのだ。例えこれから私怨交じりの暴力に晒されボコボコにされようともだ。

学年別トーナメントで一夏はラウラに善戦したが鈴音の援護があって成し得たものだ。現段階で一対一でやりあって勝ち目はないだろう。

 

「頑張れよ、一夏」

 

自分が笑みを浮かべている事に気付いた千冬は表情を引き締め直してコーヒーを飲み干す。

席を立ち上がりふと思い出すのはあの夜の出来事。束は確かに告げていた。世界には悪意が満ちていると。

 

「蒼い死神が悪意でないとすれば、世界の悪意とは何だ?」

 

自問しても未だ答えには辿り着けない。


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