IS ~THE BLUE DESTINY~   作:ライスバーガー

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第32話 ペイバック

IS発祥の地たる日本にはISの開発や整備を請け負う企業が多々存在し、ここ倉持技研もその一つ。

ブルーにより破損させられた白式の修理の為、一夏は千冬を伴いここを訪れていた。正確にはあの夜、束が手を施し白式の簡易修理は行われているが完全ではない。

 

一夏の心が癒えたとは言い難いが、持ち前の前向きな姿勢もあり精神的に異常は見られないが、それは外から見た見解であり、表面上は何も無いというだけだ。

ISは主人を理解しようとする特性から搭乗者と密接な関係を持つ。専用機にもなれば如実なものだ。

専用機が大々的に受けた損傷は搭乗者の心を抉ると言っても過言ではなく、あの時のブルーの姿から考えれば一夏の心に大きな精神的外傷を残していてもおかしくはない。しかしながらそれを確認する術は現代医術にはなく、再び死神と相対しなければ分からないのが現状だった。

 

「織斑さん、どうぞこちらへ」

 

白衣に眼鏡といかにもな格好の男に連れられ二人が通された整備室では白が鎮座しており、美しく輝く両翼は以前と変わらぬ姿で主人を待っていた。

 

「外装部だけの修理でしたので比較的早くすみました。試験運転してもらえますか?」

 

言われた一夏は入学した当初とは違い、スムーズな動作で白式を身につけ整備室に併用された試験場に嬉々として歩みを進める。

束が白式に修理を施した事は千冬とラウラ以外は知らない。

 

 

 

「ねぇ、ちーちゃん。今の世界は楽しい?」

 

あの夜、束の問いに千冬は答えられなかった。答えられるはずがなかったのだ。

友人と引き裂かれ悲しくないはずがない。だが、IS搭乗者として世界最強に登り詰めその恩恵を受けている彼女がISを否定は出来ない。

 

「沈黙は肯定と取るって言ったよ?」

「…………」

 

それでも千冬は答えられない。束は気付いているのだろう、千冬が沈黙と言う答えしか選べないと。その上で突き放している。

 

 

 

ブルーと交戦して勝てるとは思えなかったが、束はあの後ブルーと共に夜空に消えていった。

今回はご丁寧に監視カメラの映像も全て改竄されており、千冬とラウラが語らぬ限りあの夜の出来事が外に漏れはしない。更識も行動を起こしたようなのだが、何れも束に阻止され形となり情報は得られなかった。

現段階で束が動いたという情報を公開すべきではないと判断し千冬はあの夜にあった密会に対し黙秘を選び、ラウラもそれに従った。

 

(本当にこれで正しいのか?)

 

何度自問しても千冬は答えに辿り着けない。

 

「しかし、IS学園の整備技術は素晴らしいですね。応急処置とは思えない出来です。白式の内部情報が綺麗に整理されており驚きました。このレベルの整備を学園でされては我々の出る幕がありませんよ」

「え、えぇ、そうですね」

 

言えるはずがない。IS製作者が直々に内部情報に干渉した等と。学園が雇っている整備チームでも整備課の生徒でも到底辿り着けない領域の芸当だ。整備を行ったのが誰かと追求されれば千冬は答えられず沈黙が答えになってしまうだろう。

実際に束が行ったのは簡易パーツでの継ぎ接ぎの基盤形勢と内部に蓄積された情報の整理だ。外部装甲に関しては手持ちの部品では補えず、簡単に繋ぎ止めたに留まっており、倉持技研が補修し元の姿に戻したに過ぎない。

白式に変化があるとすれば内部情報を整理した影響だろう。ISの内部情報は複雑で様々な情報が絡み合っている。特に専用機ともなれば日々搭乗者の意思を汲み成長しているのだがら当然だ。成長する過程で生まれる些細な情報の隙間を埋め、不要であれば削除する。所謂バグ取りは日常的に作業が必要であり、定期的に複数の整備員が長時間掛けてオーバーホールを行うのが通例だ。それをものの数分で終わらせた束はやはり天才なのだろう。

完成し半年程度しか経っていない白式は本来オーバーホールを行うには早い時期なのだが、驚異的な成長速度を見せており、束が手を下したタイミングは絶妙とも言えた。

蓄積された情報は個人の癖となり専用機ならではの特徴となるが、必ずしも利点とは限らず、細かなメンテナンスは必要だ。一夏の場合は専用機持ちではあるが国家の代表候補生と言うわけでもない為、IS学園の整備チームか倉持技研の対応となる。

国家の代表候補生ともなれば各国のパーソナルデータが含まられる為、深い領域での作業は各国でのオーバーホールが必要になり、手順が非常に面倒だ。その点は一夏は立場的に楽と言えた。

 

「問題なさそうですね」

 

室内に作られた試験場を縦横無尽に駆け回る白騎士を見て倉持技研の研究員は満足そうに頷く。

表示されている情報は良好を示しており、一夏の実感としては破壊される前の状態以上に自在に動けている印象だった。

束が内部情報を整理したと言う事を一夏は知らないのだから無理も無い。

 

「これであれば以前より放置してあったもう一機の開発に着手できそうです。白式のオーバーホールの手間が省けましたからね」

「もう一機?」

「ご存知ありませんか? 確か織斑君と同学年だったと思いますが、日本の代表候補生の専用機ですよ。彼女には大変申し訳ないと思っていたのですよ。開発を請け負っている身でありますが、国から白式を優先しろと言われれば我々としても逆らえないですからね」

「そうか、更識の」

「えぇ、そうです。彼女の意見を取り入れた打鉄の発展型です。非常に興味深いもので我々も楽しみにしていたのですよ」

 

倉持技研は世界単位で見れば小さな企業だが近接戦闘に対し定評があり、小さいながらに高い技術力を持つ企業の姿は日本ならではと言えるかもしれない。

代表候補生全てが専用機を与えられるわけではないが、簪には早い段階から専用機が提供される予定だった。

簪が設計にも関与した専用機は第二世代型でありながら打鉄ベースの次世代機、打鉄と相性の良い倉持技研が開発に携わるのは当然であったが、一夏と言うイレギュラーの存在が唐突に現れた事で開発は頓挫。

第三世代機特有の技術面も含め、簪が独学で専用機の開発を継続している状態だ。当然のように難航しているのは言うまでもない。

今回束が白式に手を加えた結果、倉持技研が優先すべきであった白式のオーバーホールの手間が省けた。時間的に余裕が生まれれば簪の専用機に手出しが可能になる。

 

「更識には弟のせいで迷惑を掛けたからな、それを聞けば喜ぶだろう」

「完成すれば驚くと思いますよ。このご時勢に第二世代型でありながら次世代機ですから」

 

今さながらに日本の誇る代表候補生のレベルの高さを実感する。

同じ第二世代型を駆る代表候補生にシャルロットがいるが、シャルロットは専用機持ちだ。

簪は量産型の打鉄でありながら一夏の白式に勝利し、ラウラとのタッグマッチではあったがシャルロットのラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡとセシリアのブルーティアーズさえ打ち破っている。

ブルーに破れこそしたが、機体スペックの差を感じさせない実力は本人の腕前と言うべきだろう。

そんな彼女が自ら設計にも参加した専用機を得れば果たしてどうなるのだろう。ISに関わる一個人として千冬が興味深いと思う程だった。

 

 

 

 

蒼い死神の襲撃。前回は秘匿して対応したが今回は映像も残っており、全面的に公開された。法的にしがらみを受けない立場の学園と言えど未成年の子供を預かる場所だ、公表しないわけにはいかない。

世界で一番安全な場所であるIS学園を批難する声も多々上がるが、政府も軍関係者も分かっている。死神と言う異例な存在が現れはしたが、それでもIS学園が世界で一番安全な場所に変わりはないのだと。

IS学園は国際IS委員会の決議待ちの期間として一週間を臨時的に休校として扱うと決めた。現段階で通常授業を行うにしても各国からの反応や生徒達の心理状況からも困難と判断したからだ。

と言っても多くの生徒は寮に残っており、教師陣も控えている為、普段と変わらぬ生活を送っていた。授業が無いとは言え、資料室は開放されており教師に質問も可能で勉学を励むに支障は無い。

 

普段より幾分静かなIS学園の中で平時以上に活発な場所が生徒会室だ。

部屋の主は更識 楯無。IS学園生徒会長にして学園最強の称号を持つ女。先日の襲撃以降、蒼い死神の行方を追い続けているが成果は見られていない。

電子の海における情報の探索も暗部を使っての調査も実を結んでいない。それ程までに完璧な隠密をする死神に暗部の長としては屈辱を感じずにはいられなかった。

 

「国際IS委員会は一週間で決議を終えるでしょうか」

 

大量の紙資料と電子データを前に少々苛立っている楯無と違い、冷静な装いを崩さず情報整理をこなしている布仏 虚が問う。

 

「間違いなく終わらせるわね。IS学園をいつまでも休校には出来ないもの、それにどれだけ批難されようともIS学園が一番安全な場所でISを学ぶ上で必要不可欠なのは偉いさん達は分かってるはずよ。どんな危険が襲って来ようともね。だからこそ学園側の管理体制が疑われるんだけど、こればっかりはねぇ」

「会長が動けていれば状況は変わっていたでしょうか?」

「残念ながら、難しいでしょうね」

 

虚とて分かっているが、確認しないわけにはいかない。

楯無が勝てないと言う事はIS学園で死神に勝てる者はいないと言う意味だ。無論、教師陣や集団戦と言う状況を除いての計算だが、それでも信じ難い気持ちだった。楯無は代表候補生の上を行く国家代表だ。それも軍事レベルの高いロシアで代表を務める程の猛者だ。千冬を除けば教師陣でも楯無に敵う者はいまい。

国家代表、即ちモンド・グロッソ出場レベルとはそれだけの意味がある。

 

「許す気は無いけどね」

 

一瞬、楯無は眼光を鋭くし映し出されている映像資料の死神を睨みつける。

言うまでもないが簪は楯無の妹だ。今は少々姉妹仲が宜しくないが、楯無は簪を溺愛していると虚は知っている。

簪が暴力に倒され怒らないはずがない。怒りに任せ暴れないだけマシだと思う程だが、いかにシスコンの気があろうとも冷静な判断が出来なければ更識と言う暗部の長は務まらない。

人知れず世界の裏側に生きるのは何も亡国機業だけではない。日本に古来より存在する裏の住人、対暗部用の暗部。名を"更識"。楯無は個人の名ではなく更識の長たる存在の名だ。

だからこそ余計に襲撃を受けた際に何も出来なかったのを悔やんでいる。楯無が駆けつけたとて結果が変わったとは思えないし、場合によっては国会代表の敗北と言う悲惨なニュースになっていたかもしれない。

不謹慎と取られるかもしれないが、楯無が戦線に加わらなかった事で国家代表の面目は保たれたのだ。敗北したのが代表候補生であればそれはIS乗りの中で最強のレベルではないと言い訳は立つ。

 

「しかし会長、実際問題どうするつもりですか。襲撃されるまで待つしか現状では蒼い死神に接触する手段がありませんよ」

「それなのよねぇ、国際IS委員会が動いたとしてもどうにかなるとは思えないから困ったものよ」

 

蒼い死神の行動を考えればそれを補助しているのが篠ノ之 束であろうと予測はついているが確証はない。アリーナ三箇所を同時に制圧するなど天災以外には不可能だと更識としても分かっている。それは国際IS委員会も共通の認識のはずだ。

問題は蒼い死神と篠ノ之 束が敵であったとしても、現状で対処する手段が無いという事実だ。楯無は一矢報いないと気のすまない性質ではあるが、向ける的がなければ意味が無い。

 

「やはり鍵は織斑先生でしょうか」

「だと思うのよ。白式の損傷が一晩で直ったでしょ? 何かあったと思うんだけど、あの夜の映像に不審な点は見当たらないのよ」

「情報が改竄されているのでしょうか? だとすれば犯人は篠ノ之博士?」

「織斑先生は何も言っていないけど、ほぼ間違いないと思うわ。でも、もし予想通り蒼い死神と篠ノ之博士が共犯だとすると、余計分からなくなるのよ。自分で壊して自分で直す意味って何?」

 

ふむ、と小さく虚が考え込む。

 

「壊す事が目的ではない?」

「あそこまで派手に暴れておいて? まぁいいわ、こればっかりは考えても答えは出ないでしょう。今は目の前の問題から潰していきましょう」

「そうですね、さしあたってはイギリスと中国でしょうか」

「そうね、と言ってもコレも私達にどうこうできる問題じゃないから、確認するだけなんだけど」

 

広げられた資料にはイギリスのサイレント・ゼフィルス強奪に関わるものと中国の甲龍シリーズ完成による披露宴のお知らせだ。

サイレント・ゼフィルスについてはイギリスは汚点を隠す意味でか黙秘を貫いているが、更識の目や耳は欧州にも広がっており、全容を把握している。

この件に思う所はあるが、既に終わった事件だ。今更どうこうできる問題ではない。

 

「この事件にも篠ノ之博士が関与していると思いますか?」

「それはないわね、蒼い死神がIS学園を襲撃した時期とほぼ同じタイミングだもの。幾ら篠ノ之博士でも同時に二箇所にちょっかいは出さないでしょ。蒼い死神がいるのに最新鋭機を狙う理由も無いしね」

「ではやはり、亡国機業が関わっていると」

「多分ね。目的は分からないけど、組織自体はずっと前から活動してるんだし、ISは連中にとって時代に合わせた道具でしかないのかもしれないわ」

 

亡国機業に関しては謎が多く更識の諜報能力を持ってしても詳細はつかめていない。

構成員、規模、目的も謎の組織は不気味ではあるが、古く世界大戦の頃から出現が確認されており、更識同様に世界の裏側に存在している。

束や楯無の人生に比べれば遥かに歴史ある古い存在だ。そんな連中がISに固執するとは思えないと言うのが正直な感想だ。

だとすれば道具としての力が目的だろう。鈍器から刃物、刃物から銃器、銃器からISに、時代と共に武器が移り変わっているだけなのかもしれない。

どちらにしろ、現状では分からない以上の答えは返ってこない。

 

二人は自然にイギリスの資料から目を離し、次の資料に目を向ける。

もう一つの注視すべきイベントは「中国にて甲龍シリーズ完成における試験運用の日程表」と言うものだ。

恐らくイギリスで起こった強奪事件を更識同様に隠し持った目や耳で知ったのだろう。大々的に広告を打ち、国内外から見物客を募っている。

 

「この手腕は流石と言うべきかしらね」

 

楯無が疲れの見える息を吐くのも無理は無い。サイレント・ゼフィルスの時とは規模が違う。国を挙げて新型の披露宴を催そうと言うのだ。

 

「亡国機業もこれでは動けないのでは?」

「そういう意味では正解なのかしら、狙われる可能性があるならあえて世界中の注目を集めてしまおうって魂胆が見て取れるわ。確かにこの状況で仕掛ける組織はいないでしょうけどね」

 

サイレント・ゼフィルス同様の新型機のお披露目となれば高確率で亡国機業が狙ってくると予測は出来る。その状況を逆手に取ったのが甲龍シリーズを世界的に発表してしまおうと言う算段だ。

中継カメラで世界中に放送を流し、国内外の軍関係者を誘い込み、新型を呼び水に使おうと言うのだ。

仮に自分が強奪する立場だとすれば中国と言う軍事大国の軍隊が取り囲み、世界中のカメラが向いている中に突っ込む姿は想像したくない。

尚、この披露宴には甲龍の搭乗者として一日の長がある凰 鈴音に召集が掛かっており鈴音もこれを了承している。危険性が無いとは言えないが、合わせて甲龍のオーバーホールも行うと言われればIS学園が拒否する理由は特に無い。

また、この呼び掛けに同調しフランスも代表候補生を招集、オーバーホールと言う名目ではあるが目的が情報収集なのは容易に想像できる。

本来であればIS学園は良い意味で治外法権であり、オーバーホール目的であろうとも帰国する必要はないのだが、IS学園が一週間の休校と発表している以上、代表候補生本人が了承してしまえば断る方が難しい。

シャルロットは何か思う所があるのか、一時帰国を了承。本来シャルロットは箒誘拐の実行犯であり、日本政府から保護観察を受けており自由に動ける身分ではない。

しかし、蒼い死神に二度も襲撃を許している以上、日本政府としては余り強く言えない面がある。

シャルロット自身がIS学園での生活を気に入っており、必ず戻ると法的に縛りをつけた上で今回は帰国が許可され、友人達に一週間後に再会しようと約束し日本を既に発っていた。

同じようにイギリスもセシリアの招集を考えたようなのだが、サイレント・ゼフィルスの二の舞を恐れてかセシリアにはIS学園での待機が言い渡されていた。

もう一国、ドイツもラウラに対し招集指示を出したが、軍側が一蹴。ラウラは帰国せずにIS学園に留まるに至る。この招集は政府が蒼い死神を取り逃した責任を追及する証人喚問的な意味合いがあると軍側は踏み、可愛い孫娘を政治の道具にさせまいと軍人達が蜂起した結果だった。

蒼い死神を取り逃した経緯に対しラウラに責任があるとは誰も思っていないが、政治的に使えるものは使おうとする老人の考え方だ。

 

「はぁ、IS学園始まって以来の出来事よ。法的に手出しできない学園が崩壊しようとしてると言っても過言ではないわ」

 

溜息を吐きつつも資料確認は疎かにしない。妹に手を出された以上、楯無が蒼い死神を追う事を止めはしない。しかし彼女はIS学園の生徒会長だ。今は現状を纏める事しか出来ないが、学園を守る手段を模索する手は止めない。

今夜も眠れそうに無いなと再度何度目か分からない溜息が漏れた。

 

 

 

 

「ねぇ、ユウ君。行ったり来たりで申し訳ないんだけどさ、すぐ飛んで欲しいんだ」

「構わないが、何処へ?」

「フランス、私が悪者なら次はここを狙う」




今回も前回に続き中継ぎ的な話。

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