IS ~THE BLUE DESTINY~ 作:ライスバーガー
屋根が開閉可能なドーム状の建物はIS学園の中で最も設備の充実した整備室。
幾つかのISが修理の為展開した状態で保存されており、その中には簪の用いた打鉄や鈴音の甲龍の姿も確認できる。
深夜帯ともなれば整備課の生徒や整備チームも就寝しており、現在この整備室を訪れているのは三人。千冬とラウラ、そして束だけだ。
部屋の中央では白式が鎮座しており、まるで束を迎え入れるように傷付いた翼を広げていた。
「やぁ白式、久しぶりだね」
外出用に小型化された我輩は猫であるを展開、機械仕掛けのアームを背負うようにして束が白式に近寄る。
懐かしむように白式の周囲を回り、慈しむ様に撫でてから複数のケーブルを取り出し接続。目で追うのが困難な速度で次々に投影ディスプレイが表示され流れる画面に文字が打ち込まれていく。
「うんうん、良い感じに成長してるね。接近戦に片寄ってはいるけど、それは仕方が無いね」
「束」
「何だい、ちーちゃん?」
振り返らずに親友の問い掛けに応じる。その目は流れる表示を食い入るように見ているが、意識だけはしっかりと千冬を認識している。
「幾つか聞きたい事がある」
「奇遇だね! 私もちーちゃんとお話したいと思ってた所だよ。そこにいる部外者はこの際大目に見てあげる、今日の私は寛大だからね」
「……率直に聞くぞ、何故、このタイミングここに現れた?」
「およ? そっちなの? もっと他に聞きたい事があるんじゃないのかな?」
作業の手を止め束が振り返る。
口で指摘したが視線はラウラを捉えようとしておらず千冬だけを見て、口角を上げ束は笑う。
振り上げられた手が空中に四角い軌跡を描き、その中に投影ディスプレイが表示され、ブルーが白式の翼をもぎ取る映像が映し出される。
「白式の悲鳴が聞こえたからね、飛んできたのさ!」
「……あの時、IS学園全体が強力なジャミングの支配下にあったのだがな。その映像、何処で手に入れた?」
正確には封じられていたのは通信に用いる手段であり、映像記録は残されていた。前回襲撃時のように映像を消すような真似を束は行っていない。
今回の襲撃は政府が知らねばならない事実であり、ブルーを秘匿にするつもりが無いからだ。
当然ながら千冬とて気付いている。束であれば映像の入手は決して難しくは無いと、分かった上で質問しているのだ。
「私はちーちゃんと腹の探り合いをする気はないよ? まぁでも、質問の意味は分かるかな、予想は出来てるけど私の口から聞きたいって事だよね?」
「…………」
「沈黙は肯定と受け取るよ? そうだね、この状況で隠す意味は無いかな、見てたからだよ。あの映像をリアルタイムでね。ジャミングも私の仕業だよ」
予想していた答えだ。むしろ束以外には不可能だとも思っていたが、それでも千冬は違う答えが欲しかった。束に関与していないと言って欲しかった。
「何故だ? 返答次第によっては、私はお前を拘束せねばならん」
千冬に緊張が走るのを感じ取り隣のラウラがシュヴァルツェア・レーゲンを展開する。
完全にとは言い難いが応急処置は済んでおり、人間一人を捕縛する程度なら訳は無い。
その様子をみても束は冷静なままで、くるりと再度白式に向き直り、束は作業を再開する。次々に新しい画面を表示させ各部の状況を把握していく。
千冬もラウラも整備の専門ではないが、知識としては持ち合わせており何をしているのか分からなくとも、目の前で行われている処理が尋常ではないとは分かる。
「ねぇ、ちーちゃん。ISって何だと思う?」
「なに?」
「インフィニット・ストラトス、元々は宇宙を目指す為に生み出されたマルチフォーム・スーツだけど、今のISはどう? ちーちゃんにはどう映る?」
「……腹の探り合いはしないのではなかったか?」
「おっと、そう言えばそうだったね」
束はその手を止めず、今度は視線さえ返さない。ISを展開したラウラを制して千冬は続きを促している。
互いに親友同士と自負はあるが、友人の内心を完全に理解できているわけではない。天才には天才の、最強には最強の思考回路が伴っているのだから当然だ。
会話を続けながらも束の手は止まらず、白式の内部情報を次々と読み取り、新たに文字を打ち込み続けている。
不思議と千冬は束の行為を止めようとは思わなかった。本来専用機を部外者が触るような事はあってはならないが、悪いようにはならないと直感していた。
「ISは力だよ。競技用だ、世界大会だと綺麗ごとを並べても力は何処まで行っても力なんだよ。力の前では人の想いも言葉もいともたやすく踏み躙られる。かつて篠ノ之 束の言葉は認められず、白騎士の力が認められたようにね」
少しだけ悲しげな表情を束が浮かべたとは千冬達の位置からは確認できない。
ISを開発した当初、束は宇宙への足掛かりに有用として学会で発表までしたが、未成年の言葉にどれだけの人間が耳を傾けると言うのか。当然のように無碍に扱われ、ISは否定された。
少々論点はずれるが当時の束は今よりも更に酷く片寄った思考回路をしており、常識に疎すぎる面があった。結果として論文の内容も常人に理解できるような内容では無かったと言う面もあるが、それは今は横に置いておくとしよう。
束の言葉は大人達に全く理解されず、いや、理解しようとさえして貰えなかった。
そんなISの有用性を示したのが白騎士事件だ。ただし、束の目論見とは異なり、力としての注目だった。
未だにISは宇宙への足掛かりどころか宇宙へ向かい足を上げる事すらままなっていない。ISは誕生するのが早すぎ、束は急ぎすぎたのだ。子供だったと言ってしまえばそれまでだろう。
だが、大人になった今だからこそ、耐えられないのだ。自分の子供達とも言うべき作品がただの力として扱われる日々に。ISの出現で世界が大きく変わったと言うならば、その流れを作ったのは束なのだから。
「話を戻すね。質問は何故IS学園にジャミングを仕掛けたのか、だよね? 要約するとブルー……。じゃなくて、蒼い死神をけしかけたのが私かどうか、って意味でいいのかな?」
千冬の手で制しされていながらもラウラは臨戦態勢を整え、レールカノンの照準を束に向ける。
これ以降の言葉次第によっては束はIS学園に敵対行為を取ったと認める事になる。
「敵意剥き出しだね。止めた方が良いよ、無駄だから」
緩やかにキーを指で弾くと白式が純白に輝く。
「応急処置完了っと、後で倉持技研に持って行くと良いよ」
楽しげに笑い、束が数歩前に跳ねるように進み出る。
同時に整備室のドーム状の天井部が左右に開き、月からの光が柔らかく降り注ぎ夜光の道が出来上がると、上空から蒼が降りてくる。
白式と束の間に降り立ったブルーディスティニーは静かにその場に佇む。武装は展開していない。
「改め紹介しておくね。この子はブルーディスティニー、蒼い運命、もしくは宿命。まぁ、別に死神でも良いんだけどさ。そこのチビっちゃいの、死にたくなかったら銃を下げる事だね」
レールカノンの照準を束に定めていたラウラは既に射撃体勢に入っており、千冬次第でいつでも撃てるだろう。
蒼い死神がその姿を見せたとなれば自分達の身を守る為にも戦う覚悟を決めている目だ。
「やめろラウラ」
「しかし教官!」
「ちーちゃんは優しいね。IS学園の立場で考えるなら問答無用で私を捉えるべきだ、最もブルーが現れた以上それは不可能だし、万が一にも私に何かあればブルーが全力で私を救助する手筈になっているけどね。つまり、そういう事だよ。これが答えで満足してくれるかい?」
言葉と態度で束は自分が蒼い死神に関与していると宣言してみせる。
ジャミングを仕掛けたのが束で、IS学園に強襲をしたのがブルーならば、二人が共犯であるのは疑いようが無い。
「目的は何だ、束。これはお前の意思か? それとも、そこにいる奴がお前を誑かしているのか?」
「これは私の意志だよ。例えブルーがここにいなくても、私は何らかの方法でIS学園を攻撃していたと思うよ。今とは意味合いが違ったかもしれないけどね」
「何故だ。何の為にIS学園を、一夏達を攻撃した!」
ブルーは束の後ろに控えているだけで大きな動きは見せていない。
だが、ブルーがそこにいるというだけで、ラウラではどうしようもないと言う意味に他ならない。
緊張と冷や汗が少女の背筋を流れ落ちていく、こんなに速く死神と再会するとは思っていなかったのだろう。
僅かに語尾を強めた千冬だが、まるで暖簾に腕押しを会話で味わっているような気分だと感じていた。腹の探り合いをする気はないと言いつつも束は本質を語ろうとしていない。
今でこそ大人な対応の出来る人間ではあるが、どちらかといえば千冬は直情的な性格だ。戦いにおいても人間関係においても筋を通そうとする。
今行われている親友との会話は実体が掴めない、まるで虚像との会話のようだった。
「何の為に、か……。本当は気付いてるんじゃないの?」
ISは力であり、力の前に想いも言葉も意味を成さない。今しがた束が語った世界の真理。
たっぷり一息間を空けて、束の瞳は真っ直ぐに千冬を見詰める。
「ひとつだけ教えてあげる。私達が思ってるより、世界には悪意が満ちてるんだよ」
全てを語るつもりはない。その目は千冬に対して優しげに微笑みながらも冷徹に心の内側を守っている。
二人は確かに親友同士で互いを信じているが、隠された真実がある以上は譲れない領分がある。
一夏に実戦の恐怖を味わわせる事を目的とした束と一夏が一方的に暴力に巻き込まれたとしか思えない千冬の考えが交わるはずがないのだ。
いや、千冬はおぼろげながらの束が何をしようとしているのか気付いているのかもしれない。それでも、言葉にして貰わなければ納得できるはずはない。
眼を背けている事実に向き合わない限り、束を理解は出来ない。
ISは簡単に人の命を奪う。ISの軍事利用は禁じられており、防衛や哨戒でしか使われてはいない。抑止力として軍で使われているだけならば、束も文句は言うまい。
されど、くーと言う前例が出来てしまった。ISの暴走事件と言えばそれまでかもしれないが、幼い少女であるくーが人を殺してしまっている。例え本人にその意思が無かったと言えど、ISが間違いなく凶器として人にその力を振るったのだ。事実を知る者からすれば国際条約に何の意味があると言うのか。
それだけではない、第二回モンド・グロッソの決勝戦、一夏が誘拐された犯人はISを用いている。ISが悪事に利用されない等とありえないのだ。
束は天才が故に歪な天災なのかもしれない。
宇宙を夢みて作り上げたISにより、最愛とも言うべき友と妹と袂を分かち、最愛の人達を巻き込まない為に姿を隠した。
それだけであれば天災の辿る道は今とは違うものだったかもしれない。策謀を張り巡らせ、ISの進化の果てを追い求め狂気に染まり、自分を認めない世界を許さなかったかもしれない。
だが、束は出会ってしまった。蒼く輝く炎で渦巻く戦火を潜り抜けたエースと知り合い、触れてしまったのだ。異なる世界の戦争と言うものに。戦争は本人の意思に関わらず、巻き込まれてしまうものなのだと。
いくら綺麗に花が咲いても、人はそれを簡単に吹き飛ばすのだと知ってしまった。
「ねぇ、ちーちゃん。今の世界は楽しい?」
◆
太平洋上をステルス状態で浮かんでいる孤島で留守番をする箒は一人シミュレーターに向かっていた。
ゲームセンターにあるような大型筐体の中では打鉄をモチーフにしたISのような機械があり、装着すれば視界も体感としてもISに乗っているのと代わらない感覚を得られるものだ。
「くっ!」
短く息を吐き、悔しげな表情を浮かべた箒の目の前にはGAME OVERと赤字で表示され、敗北を突きつけられている。
対戦相手はユウのデータを参照にしたブルーであり、死神と呼ぶに相応しく清々しいまでにぶっ飛んだ戦闘力。対する箒の機体は打鉄の機動力設定を少々いじった程度であり、そもそもスペックが違うのだが、それを言い訳にする気は箒にはない。
「一夏、お前はこんな化物と戦っているのだな」
ブルーが白式の翼をもぎ取る場面で箒は目を背けたい気持ちで胸が張り裂けそうだった。大切な友人が為す術もなく崩れ落ちる様が痛烈に響いたのだ。
それでも、箒は最後まで我慢した。一夏が受けている悪夢を少しでも知る為に、一夏が動かなくなる時まで目を背けなかった。
束とユウがIS学園に出向いてからは只管シミュレーターに向かい続けている。自暴自棄になっているのではなく、少しでも出来る事をと努力を続ける。
「待っていろ一夏。必ず私はお前の力になってみせる」
心配そうに見詰めているくーには悪いと思いながらも、再度シミュレーターを起動。
束お手製と言うだけあり浮遊感に駆動感覚、直撃の衝撃に至るまで細部に渡って再現されており、戦う恐怖も実際のものに引けを取らない程の再限度だ。
だからこそ、ユウにも注意されている。落ちる感覚に慣れるなと、実戦では一度の撃墜が死に繋がり、次があると甘い考えを持つなと言われている。
それでも箒はやるしかないのだ。実戦で負けない為に訓練で何百回落とされようとも、その先にある光明を掴もうと懸命に戦い続ける。
友と再びめぐり合う日の為に。
会話の応酬で進む話は流れが難しい。変な感じになって無ければ良いんですが。
補足しておきますが、束と千冬を喧嘩させたいわけじゃないんです。現段階としては見解の相違がありますが、互いの立場からすれば仕方が無いのだと思います。
そして、細々と箒強化が進行中。