IS ~THE BLUE DESTINY~   作:ライスバーガー

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第30話 DAYBREAK'S BELL

イギリス空軍基地の一角にあるIS試験運用フィールド。

IS学園程強固なものではないが、簡素なエネルギーフィールドが複数段からなる観客席に展開され野外試験場に一機のISが姿を見せる。

ロールアウトしたばかりの新型機、イギリスが誇るティアーズ型の第三世代機。ブルーティアーズの流れを汲み、実戦用として昇華させた軍務を前提に置いた機体。名をサイレント・ゼフィルス。

お披露目となる本日、設けられた観客席に欧州連合の軍人やイギリスの要人達がその時を待っていた。

今回は欧州連合が軍として関わっており、マスコミは完全にシャットアウトされ煩わしいフラッシュが焚かれる心配も無い。それどころか軍関係者以外にお披露目の情報は提供されていない。

 

「アレがティアーズ型の最新モデルか」

「ふむ、見た目は麗しいですな」

「青か……」

 

席に着き試験運用を待つ欧州連合の将校達が初見で感想を告げる。

現在欧州連合では主に四種類のISを運用しており、フランスのラファール型、イギリスのティアーズ型、ドイツのレーゲン型、イタリアのテンペスタ型。量産期として不動の地位を築いているラファール・リヴァイヴ以外の三機種も少数ではあるが量産され各々の国を中心とし配備されている。

今回お披露目となるのはティアーズ型の最新鋭機であり、イギリスの代表候補生であるセシリア・オルコットが使うブルーティアーズとは異なり専用機ではないが、射撃特化の後継機と呼べる機体だ。

量産型の配備数で言えばラファール・リヴァイヴが圧倒的優位ではあるが、各国が自国の色を出す為に日々模索しており蒼い死神襲来に苦渋を舐めさせられた過去からか欧州連合は特に軍強化に積極的な姿勢を見せている。

そんな中での最新鋭機種となれば、軍関係者が注目しないはずはない。

 

静かに、軽やかに、気品溢れる優雅な装いを持って、サイレント・ゼフィルスが殆ど音を立てずに宙に浮かぶ。

やや濃い青を基調にした塗装は海の色であり、空の色。ブルーティアーズとより濃い色合いだが、青いISに対して欧州連合は良い思い出が無い為か複雑な面持ちも見て取れる。

暫し空を舞うように飛び、跳ねるように宙を駆けるサイレント・ゼフィルスは全体的に大型化されたパーツを物ともせずその名に恥じず静かで美しい姿を披露していた。

続けて空中にターゲットが射出され射撃体勢に入り、ティアーズ型の持つスターライトとは似ているようで異なる、攻撃力重視の輝かしいレーザー光がターゲットを撃ち抜く。いや、撃ち砕くと呼ぶべきだろうか。

スターライト系列よりも高出力、星を砕く者(スターブレイカー)の名に恥じぬレーザーライフル。眩い閃光は見る者を魅了する高嶺の存在感がある。

 

「これで軍用ではないと言っても説得力が無いな」

 

サイレント・ゼフィルスは軍用ISではないが、軍務前提で設計されている。セシリアのBT兵器データも参考に使われておりスペック上では競技用ISでは破格と言っていい。

イギリスの軍人や要人は鼻高々な様子で新しい機体を眺め、他国の軍人は想像以上に洗礼された機体に喜ばしいやら悔しいやらと複雑な表情を浮かべていた。

 

 

 

 

 

その様子を空軍基地から少し離れた場所で見ている存在には誰も気付いていなかった。

IS試験運用の場でもあるフィールドは事故への対策も兼ねて市街地から遠く離れた郊外に建設されており、周囲は荒野が広がっている。

荒れ果てた大地には当然ながら様々な監視の目が向けられているが、その目を掻い潜り岩場に身を潜めているのは二人の女性。

 

「中々良さそうな新型ね」

「気取った感じが好きじゃないな」

「あら、でもあの子は気に入ったみたいよ」

 

反射光を防ぐ為に布で覆い隠した双眼鏡を使い試験場を盗み見ている女性の一人が満足げな笑みを浮かべ、手にしていたスイッチを入れる。

離れた場所にある試験場を瞬く間に目に見えないガスが覆い隠し、男達が倒れていく様を眺め、もう一人が呆れ顔を浮かべる。

 

「私の時はこんな小細工もなかったのにな」

「旧式の機体を保管庫から盗むだけだったもの、今回のような手の込んだ作戦とは違うわ」

「手の込んだって言うなら、態々試験中に仕掛けなくても良いだろうに」

「だからこそ狙い目なのよ。新型のお披露目なんて強奪してくれと言ってるようなものよ。試験運転中に盗まれたなんて失態は恥だもの」

 

豊かな金髪を持つ女性が双眼鏡を覗きながら笑みを深める。

 

「前時代的なものも捨てたものじゃないわよ、利便性だけを求めては何れ破綻するわ」

 

布を頭から被るようにして野暮ったく無骨な双眼鏡を覗く容姿端麗な女の姿に呆れ顔だったもう一人が表情を顰めるのを見てか、視線を動かさないままに双眼鏡も悪くないと付け加えられた。

 

 

 

 

 

正に唐突に起こった出来事だった。軍の防御網に掛かっていない女性二人の仕業と気付く事無く、無臭無色のガスに覆われた試験場では屈強な男達や経験豊富な軍人達が揃って深い眠りに落ちていた。異変を感知しガスマスクを装着する者達もいたが、何れも防御機能が働かず、ガスを防ぐに至らなかった。

異常な有様に直ぐに管制室も警報を鳴らそうとするが、周辺一体にジャミングが働いており通信が出来ず監視カメラも個人用の通信端末も操作不能に陥っていた。

緊急信号を送る手段もなく、管制室から出て物理的に行動開始しようとするが、扉がロックされており身動きが取れなくなる。軍施設の為、扉も防弾仕様になっているのが裏目に出てしまっていた。

気がついた時には管制室の中にもガスは侵食を果たしており、男達は成す統べなく眠りに落ちるしかなかった。

 

軍施設としての防衛設備が一切働かず、この場で動けるのはお披露目の真っ只中であったサイレント・ゼフィルスのみ。

数分で試験場が様変わりし管制室からの指示が消えた異常事態にこの場からの離脱を決意。飛び立とうとした矢先、目の前に黒いラファール・リヴァイヴが現れた。

飛来してきたのか、或いは最初からこの場に潜んでいたのか分からないが、この状況下で未確認機を見方と判断する程、サイレント・ゼフィルスの搭乗者は素人ではないが、スペシャルでもなかった。

黒いラファール・リヴァイヴが宣告すらなく取り出したのは銃口が二つある巨大な大筒のような武器に現状の判断が追いつかず反応出来なかった。

躊躇いの素振りすらみせずに引鉄が引かれ砲門から飛び出したのは二つの物体。一つ目は黒い球体、速度はそれほどでもないが、空中で破砕し周囲に微粒子の触媒を振り撒き、二つ目はプロペラを伴う飛行物体。

嫌な予感を感じ取った時には既に手遅れ。プロペラを伴う物体から複数のワイヤーが射出、ISを取り囲むように地面に楔を打ち込んだ。それはさながら檻の如く籠の如く。

 

「あぁぁぁああ!!!」

 

次に響くのはサイレント・ゼフィルス搭乗者の悲鳴だった。

隙間の空いたワイヤーは本来であればISで脱出は難しくないが、これは唯の檻にあらず。射出されたワイヤーは磁場を発生させる装置であり、最初に放たれた微粒子触媒に高周波を当て檻の内側に強力な電磁波と高熱を発生させ永続的な攻撃を行う放熱磁場装置だ。

 

「トリカゴとは良く言う」

 

黒いラファール・リヴァイヴの搭乗者が檻の効果を冷たい視線で一瞥。

ISの防御があろうとも絶えず一定のダメージを受け続ける苦痛は拷問と変わらない。

檻の内側にいる限りダメージを受け続ける武器は非人道的な意味合いもありISの装備としては通常使われない部類だ。

対IS用の装甲車両には網や電磁ロッドが搭載されているが、ISがISに対して使うには極めて異例と言えた。

正確にはトリカゴと呼ばれた放熱磁場の檻は時間と共に出力は弱まっていくのだが、ISが搭乗者の安全を優先させている以上は檻の中で抵抗し続ける意味は無い。

シールドエネルギーが残っていようとも数分と持たず、ISが搭乗者の安全確保の為に意識を強制的に落としてしまうのだから。

 

「任務完了」

≪ご苦労様、エム。丁重に運んであげてね≫

「了解。急ごう、軍人も馬鹿じゃない。すぐに異変に気付く」

≪分かってるわ、撤収しましょう≫

 

現れる時も去る時も唐突に、それはさながら一瞬の土砂降り雨の如く。女達は踵を返し、基地を振り返らずに去っていく。

黒いラファール・リヴァイヴ、トリカゴ、搭乗者と共に奪われるIS、投じられた悪意が緩やかに波紋を広げていく。

今この瞬間も管制室を含め試験場の監視カメラ、非常事態を告げる防衛装置は何れも沈黙。軍本部に対し異常なしの信号を送り続けている。

放たれた強力な睡眠ガスに欠陥品と入れ替わっている防災用のガスマスク、外部と連絡を絶つジャミング発生装置。何れも万全の体制が敷かれていた。長い時間を掛け綿密に練られた計画はこの日の為に。

歴史に影あり、時代に闇あり、世界の裏側に暗躍する者達は確かにいるのだ。

 

「さぁ、もうすぐよ。この青き清浄なる世界を破壊する鐘の音を鳴らしましょう」

 

戦争、平和、革命、繰り返される世の流れに潜む悪意の名は亡国機業。

 

 

 

 

羽を引き裂かれ、自分自身が砕かれる。

言葉に出来ない不快感が全身にねっとりと張り付いて離れてくれない。

逃げても逃げても追いつかれ、頭を掴まれ地面に叩き伏せられ、足を掴まれる腕を引き離せない。

仲間達は消え、暗い底なしの静寂に残る孤独と絶望だけが満ちている。

悲しいと泣き叫ぶ事も出来ず、苦しいと呻く事も出来ず、言い知れぬ虚無感の中を漂い、大切なものが失われ抜け落ちていく感覚。

 

「……起きたか?」

 

全身に嫌な汗を掻いていると自覚するまでに僅かな時間を要し、一夏は目を覚ました。

 

「千冬姉? アレ、俺…… 寝てたのか」

「あぁ、まだ起きなくて良い、寝ていろ」

「あ! 鈴は!? 白式は!?」

 

急激に意識が覚醒する。まどろみの中で感じた恐怖が現実のものだと理解し瞬時に脳が自分と周囲に降りかかった出来事を蘇らせる。

 

「心配するな、皆無事だ。白式も破損はしているが修理可能な状態だ」

 

慌てて起き上がろうとする弟の肩を押さえ再びベットに横にする。

学年別トーナメントに乱入した蒼い死神は白式の翼を折り、一夏が動けなくなったのを見て飛び去っていった。

それに呼応するようにエネルギーフィールドのコントロールや扉のロックが復帰し、まるで何事も無かったかのように元通りになった。

他のアリーナで試合中であった生徒会長にして学園最強を誇るロシアの国家代表、更識 楯無は直ぐに一年生の試合会場であるアリーナに飛来し簪の状態を見て死神に対する怒りを露にしていたが、既に死神は姿を消し追える状態ではなかった。

簪の姉でもある楯無は優秀なIS乗りであると共に世界の裏側に精通している人間の一人だ。本来であれば襲撃に対しすぐさま駆けつけたかったはずだが、一夏達の会場であるアリーナと同じように他のアリーナもエネルギーフィールドが封鎖されてしまい二、三年生も行動を取れず、楯無に至っては丁度試合中でありと時間的にも最悪のタイミングだった。

 

「とにかく寝ろ」

 

言い聞かせるように千冬は横たえた一夏の胸元を優しく二度叩く。

 

「でも……」

「一夏、お前は疲れているんだ、今は何も考えなくて良い。寝ていろ」

「千冬姉……」

 

千冬姉と呼ばれ普段のように注意もせず、恐らく世界中でも非常に珍しい千冬は優しい表情を浮かべ眠りを促す。

言われた一夏も先ほどまでの悪夢など何も無かったように心穏やかな様子で再び目を閉じた。

 

「……おやすみ、一夏」

 

 

 

 

 

襲撃から既に丸一日経過した夜であるとは一夏に伏せたまま、非常時の治療室を兼任している保健室を音も無く出た千冬を待ち受けていたのは小柄な人影。夜に良く映える銀髪の軍人少女を千冬は良く知っている。

 

「織斑の様子はどうです?」

「今しがた目を覚ましたが、眠らせた。錯乱されては困るからな」

 

睡眠薬も使われているが時間的には既に二十四時間以上一夏は眠っており、肉体としてのダメージは白式のおかげか殆ど無く、疲労も十分に回復している。

学年別トーナメントの中止が発表され翌日は授業も休みとなった為、一夏に付きっ切りであった千冬の姿を知っているラウラは世界最強の態度に照れ隠しが含まれているのだろうと思い追求はしなかった。

目が覚めた時には一夏は現実を受け入れるしかない、装着したISが破壊される痛みは物理的なものではなく精神的なものだ。経験の浅い一夏には重たい現実となる。少しばかり時間をやっても許されるだろう。

 

「それで、凰や更識の様子は?」

 

反対に千冬がラウラに問う、見上げる視線を正面から受ける。

 

「共に意識も取り戻し特に異常は見られないとの事です。各々政府とやり取りしているようで、私も国に連絡は取らせて頂きました」

「止むを得まい。前回の襲撃を含めると四ヶ国の代表候補生が落とされているのだ、IS学園とて隠蔽できるものではない」

「申し訳ありません」

「お前が謝る事ではないさ、お前達を危険に晒したのは我々学園側の落ち度だ」

 

月明かりの照らす廊下を歩きながら、千冬は長めの息を吐く。

前回の襲撃時はIS学園の特殊性を鑑みれば生徒達に余計な心配を与えない為にも発表せず隠蔽に近い判断も可能だった。無論、セシリアの関係上イギリスには報告せざる得なかっただろうが、今回はそうもいかない。

世界各国に対し発表しないわけにはいかない事態であり、国際IS委員会も動かざる得ないだろう。そうなれば当然ながらIS学園の安全性も疑われる事になる。

ラウラに至ってはドイツ政府の一部から最後まで意識を保っていたのであればその身を粉砕する覚悟で挑むべきではないのかと批難さえ出ていた。

が、蒼い死神の脅威を知っている欧州連合からすれば政府の話は論ずるに値しないものだ。むしろ軍属であるラウラを軍は擁護していた。

軍人達の中でもIS乗りの若きエースは娘や孫に近いポジションであり、ある意味でラウラの拠り所になっている面がある。

 

「何れにしろ、今後の学園の方針は国際IS委員会の決議待ちだろう。まぁ、悪いようにはなるまい。どれだけ理由をつけようともIS学園が世界で一番安全な場所にかわりはなく、ISを学ぶ上で必要な場所だからな」

「それはそうですが……。蒼い死神に対する処断はどうなるのでしょう?」

「さてな、流石に何も無しとは行くまい。テロリスト指定か、対死神用の特殊部隊でも組まれるかもしれんな」

「良いのですか?」

「何がだ?」

「蒼い死神の背後には間違いなく篠ノ之博士がいます。違いますか?」

 

立ち止まらず、向けられた言葉に思わず千冬の眉間に皺が寄る。

 

「……違わんだろうな」

 

何度も繰り返されている思考だが、実際に刃を交えた者達は蒼い死神の異様さを実感している。

所属国家不明の謎のIS、規格外の性能と確かな経験に裏付けされているであろう搭乗者の実力。

その背景に天災の影があると世界は気付き始めている。特に欧州連合におけるその流れは明確だ。

証拠もなく推測の域を出ないが、千冬もラウラも半ば確信している。

友人である束が関与しているであろう蒼い死神がテロリスト指定される事態を快く思えるかと言われれば千冬の感情は複雑だった。

一夏を含め生徒達が意味も分からず襲われているのだ、到底許せるものではない。だが、最悪の場合は束もテロリスト指定される可能性すらある。

友人として、姉として、教師として、千冬の思考は一向に纏まってくれる気配を見せてくれなかった。

 

「随分、難しい顔をしてるね?」

 

疑心暗鬼に陥りかけていた千冬に向けられた声。

 

「なっ!!?」

 

いつの間に現れたのか窓の縁に腰掛け、月の光を背に受け佇むのは絵本から飛び出したようなエプロンドレス姿の女性。

絶句する千冬とラウラの顔を面白い玩具を見つけた子供のように無邪気な笑みを浮かべて、彼女は小さく手を振るう。

 

「やっほー、ちーちゃん。来ちゃった!」




トリカゴは砂の十字架のアレがモチーフです。
新型と言えば強奪イベントだと思うのは気のせいでしょうか。後継機というパターンもありますね。
前話のアリーナからブルーが逃亡を図るシーンを入れようか迷いましたが、このような形になりました。

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