IS ~THE BLUE DESTINY~ 作:ライスバーガー
ハイパーセンサーが捉える情報は全てUNKNOWN。蒼い死神が悠然とアリーナの中心に存在している。
死神の前に立つのは純白の鎧を纏い、穢れ無き剣を持つ翼ある騎士。
クラス対抗戦の時に簪は一夏に「この世界に神なんていない」確かにそう告げていた。
含まれる意味は一夏には分からないにしても、現段階からすると間違っていないのかもしれない。努力に努力を重ねた代表候補生達が不意打ちを受けたとは言え手も足もでなかったのだから。
だが、神がいないのであれば死神さえも否定しよう。
もし、神がいるのであれば、今を超える力を、可能性と言う名の内なる神を信じてみよう。
織斑 一夏、世界最強の弟にして世界最強に汚点を作った張本人。
ラウラとて分かっているのだ、あの時、第二回モンド・グロッソで一夏が誘拐されたのは一夏本人の落ち度とは言い難いと。むしろ護衛をしていたドイツこそが責められるべきなのだ。
挙句にはドイツは一夏の救出に一役買ったとして千冬を軍に召集、一年間も拘束し自軍の強化に努めた。本来責められるべき立場にも関わらずだ。
それでも、自国の汚点すら凌駕する程に千冬は強く、気高く、美しかった。
千冬の指導を受け、強くなっていく自分を自覚しラウラはより高みに駆け上がり、益々千冬と言う頂点に魅入っていった。それは崇拝と言っても差し支えなかった。
いつからだろうか、自国の問題だと分かっているにも関わらず、ラウラは一夏を憎むようになっていた。千冬であればモンド・グロッソ二連覇出来たはずだと、千冬の名を汚した弟の存在を許せなくなっていた。
弟さえドイツに来ていなければ、最強の名は揺るがなかったはずだと。
「どうやら、認識を改めねばならないようだな」
いつの日か千冬が言っていた言葉を思い出す「アイツの目を見る日があれば気を付けろ、取り込まれるぞ」と。
千冬の言葉と言えど、頷けなかった。戦場を生きる男達ならともかく、のうのうと日々を平坦に生きている男に魅入るはずがないと。
だがどうだ、今目の前にいる男の姿は、状況は最悪で死神に勝てる見込みは無い。自分自身もダメージを受け、頼るべき仲間もいないにも関わらず、真っ直ぐに前を向いている。セシリアが以前感じ取った戦士の目。
「織斑 一夏、やはり私はお前が嫌いだ」
千冬が守ろうとした男の姿がそこにはあった。
蒼い死神を挟むような位置にいる一夏を見てラウラがこの場に不釣合いな穏やかな笑みを浮かべていた。
愛機シュヴァルツェア・レーゲンの状態も最悪に近い、スラスターがやられバランサーも正常に働いておらず飛行はおろかまともな行動は出来ない。
しかし、今動かなくて、いつ動くと言うのか。地面に突き刺し固定していた六本のワイヤーブレードを引き抜く、飛行が出来なくとも移動は出来る。ブーストを吹かせば強引な移動も不可能ではないだろう。
有効な手がないのも事実だが、流石に現役で軍務をこなすだけはあると言うべきかラウラは頭の中で幾つかのプランを練っていた。
少しでも勝率を上げるのであれば零落白夜を用いてアリーナのエネルギーフィールを切り裂く方法。単純な火力で破壊出来るのであれば既にセシリア達がやってのけているはずだが、現状で出来ていないのであれば事態の深刻さは見て取れる。
が、零落白夜なら話は別だろう。仮に即時エネルギーフィールドが再生するとしてもIS数機が入り込む隙間程度は作れるはずだ。
問題はその隙を死神が与えてくれるとは思えない事だ。一夏とラウラが立ち上がろうとも死神の存在感は絶対であり、圧倒的優位は揺らぎもしない。
他に取れる手段としては無茶を承知で停止結界の間合いに持ち込むかだ。盾を破壊できたのだから本体とて砕けぬはずはない、停止結界で止めて零落白夜で攻撃する。単純にして最も勝率が高く、最も困難な方法。
≪ボーデヴィッヒ、聞こえるか?≫
≪あぁ、そちらから連絡が来るとは思わなかったがな≫
一夏からのプライベート・チャネルにラウラが応じる。
≪俺が仕掛ける、様子を見てアレを使って欲しい≫
≪停止結界か? 奴を捉えるのは難しいぞ≫
≪違う、止めるのは、俺だ≫
≪なに?≫
次の瞬間にはラウラの返事を待たずに一夏は白式を駆り、地表を滑るように突っ込んでいた。瞬時加速も零落白夜も使わず、純粋な剣を持って戦いを挑む。
ラウラが考えた手は幾つかあったが、この場において死神に対する切り札が自分ではないと承知している、一夏が挑むと言うのであれば手を貸してやろうと軍人としては甘すぎるが一個人と考えていた。
どちらにしても、一夏が破れた時は負けなのだから。
「……何か手を打ったか?」
呟いたユウの言葉は小さく消える。コアネットワークに介入しているEXAMと言えどプライベート・チャネルの内容までは把握できない。恐らく二機の間で何かやり取りがあったと推測しブルーはビームサーベルとマシンガンを展開し白式を迎え撃つ。
ブルーの性能から考えれば白式もシュヴァルツェア・レーゲンも脅威には成り得ないが零落白夜と停止結界は別だ。あの二つが組み合わさればブルーとて無事で済むとは思えない。
本当であれば一夏の目の前で他の機体を叩き伏せ精神的に追い込むつもりだったが、鈴音の行動や一夏の性格もあり上手くいかなかった。初手で白式を撃つという方法もあったが、停止結界とラウラと言う恐らくこの場で最も厄介な存在を無視も出来ず、ミサイルの標的はラウラが選ばれた。この判断が間違っているとはユウも思ってはいない。
戦場は自分の思い通りには動かない。歴戦の勇士であるユウであろうともそれは変わらない。
蒼い死神と白い騎士が幾度目かの刃を交える。
セシリアやシャルロットと言う援軍を呼び込むのではなく、単機による攻撃。
零落白夜は発動させず、剣士として死神に挑む。
「うぉぉおお!!」
セシリア達に注意されたように瞬時加速や奇襲を狙う際に声は上げなくなった一夏だが、今は別だ。
自分を鼓舞し相手を威嚇する。面、胴、袈裟斬り、速度重視で打てる多種多様な攻め手を絡め、両手で雪片弐型を持ち何度も打ち込む。相対するブルーもビームサーベルで捌き、マシンガンの銃身で刃を受け止める。
刃に乗せる闘志も剣筋も決して悪くない。いや、剣士として見た場合で言えば一夏は十分に一流と言える腕前だ。MSとは異なりISは持ち主の腕前が動きに如実に再現される。そういう意味では一夏の方が剣の扱いは上手いとも言える。
が、一夏の動きは剣道をISで再現しているに過ぎず、競技の枠を出ていない。
如何に素早く、如何に力強く、如何に相手を倒したいと願う心があっても、届かないものがある。
そもそも力で勝てるのであれば簪や鈴音の方が強いのだ。正面から挑む意味等無い。EXAMが一夏の戦う意志を鋭敏に感知している状況であれば尚更だ。
命に対し無慈悲な銃弾の飛び交う本物の戦争と比べるまでも無い。相手が見えており、その相手が近接攻撃を仕掛けてくると分かっていて怯む男では戦争は生き残れない。
だからこそ、ユウは一夏に教えてやらねばならない。競技ではなく暴力を。
横から振りぬかれた雪片弐型を下から弧を描いたビームサーベルが叩き上げる。
雪片弐型を掴んだままの両手が弾かれ白式の体勢が崩れ、咄嗟に下がろうとした一夏の足の甲をブルーが踏み付ける。鈍い音と機械の重圧が右足に圧し掛かり、一夏を逃がさない。
「くっ!」
ブルーはビームサーベルを格納、拳とマシンガンの銃身が身動きが取れない一夏を殴打する。
シールドエネルギーに身を守られた安全など意味が無いと、幻想を破壊するように痛烈な衝撃が腹部を、肩を、頭を、一方的に打ち貫く。
銃で撃つのでも、剣で斬るのでもない、シールドエネルギーがあるから死なない、絶対防御があるから死なない、そう論ずる者達を否定するように一夏の顔面を蒼い拳が捉え、タイミングを合わせ足を離し蹴り飛ばす。
地面に足で二本の線を残し、後方に飛ばされながらも雪片弐型は離していない。どれだけ殴られ、痛みを伴おうと一夏の目は希望を捨ててはいなかった。
「……騎士か」
騎士という存在に余り良い思い出の無いユウがポツリと漏らす。
織斑 一夏と言う人間についてはユウは束や箒に聞いた話と資料ベースの情報しか持ち合わせておらず、実際に向き合うのは二度目だが前に出て強者に立ち向かう姿勢は嫌いではなかった。
実戦において経験や技量は勝利に必要不可欠で重要なファクターを占めるが、同じ目に見えないものの中でも運や気力は時として想定外の力になる場合がある。不確かな要素を考慮に取り込むのは望ましくはないが、無碍には出来ない要素だ。
何よりも一夏は落ち着いている。殴られようとも決意は揺らいでいない。こうなってしまえば心を折るのは簡単ではない。仮に仲間達を傷つけたとしても怒りこそすれど心は折れないだろう。
ユウの目的は一夏に実戦の恐怖を教える事。大方の目的は達成したと言えるが、ここで撤収しては意味が無い。一夏を調子付かせるだけだ。
「博士、聞こえているな?」
≪ほいほい?≫
「一つ確認したい、白式を破壊しても構わないな?」
≪ある程度ならね、修理できないような状態にはしないでよ?≫
「善処する」
それだけ言ってユウは改め一夏を見据える。
ずば抜けた攻撃力と機動力には目を見張るものがある。ISの性能のおかげと言えど、一夏の努力を馬鹿にできるものではない。先の攻防、ユウは間違いなく一夏を倒しに行ったが、一夏は倒れなかった。
それでもユウには分かってしまう。死ぬ覚悟も殺す覚悟も無い素人だと。
男として戦士としての気概は認めよう、戦争屋になれと言うつもりは毛頭無い。一方的に乱入しているのはユウ側なのだから。
されど、殺す可能性も殺される可能性も考慮出来ずに強大な力を振りかざすものではない。
競技用としてのISを極めるのも悪くは無い、世界一を目指すのも良いだろう、しかし、時代は一夏の都合を、IS乗りたる少女達の都合に構いはしない。
かつての白騎士事件は束の手により人為的に起こされたものだったが、同じような事件が今後起こらないとも限らない。
IS学園の生徒達はその時に世界を守るだけの覚悟があるだろうか。世界の中心がISならば、ISに乗る者は白騎士と同等の働きが期待されると分かっているだろうか。
搭乗者の違いなど言い訳にならない。女尊男卑を肯定するならば女性は世界に危機が訪れた場合に世界を守る為に尽力せねばならない。
白騎士の偉業はそれだけの意味があり、それこそが篠ノ之 束の罪。
この武力介入はIS搭乗者達に対する警告だ。力は何処まで行っても力だと、ISと言う力を振るうのであれば覚悟を持たねばならないと。
剣道における読み合いが全く通用しない相手だと短い攻防で一夏は理解していた。それどころか勝つ姿の想像すらできない。
腹の探り合いも関係なく、今はこの場を切り抜ける方法だけを考える。ただ速く、ただ強く、それ以外に一夏に出来るものはない。
鈴音が眠りに落ちる寸前に「アンタの武器は分かってるわね?」と言われた意味は分かっている。一夏のと言うよりは白式の武器ではあるが、瞬発力と攻撃力だ。
「ふぅー」
大きく息を吐き出し呼吸を整える。
普通に戦って通じない以上、残っているのは一撃必殺。瞬時加速と零落白夜の組み合わせによる最速にして最強の一撃。それを当てる為の奇策。
肩の力を抜き全身の緊張を解く、可能な限り予備動作を省いて、最速の瞬時加速をイメージする。
瞬時加速は初動にどれだけエネルギーを組み込んだかによって爆発力が異なり、最大速度を求めれば必要になるエネルギーも比例して大きくなる。
瞬時加速を発動。
全力で吹かせた加速が瞬間的に限界点に到達する。刹那の加速はブルーを狙わず見当違いの方向へ爆進する。
「……ッ!?」
IS最大の加速技術である瞬時加速にハイパーセンサーの反応が僅かに遅れる。一夏の淀みの無い瞬時加速に一瞬ではあるがユウの視界から完全に一夏が消えた。
しかし、EXAMは白式を捉え離さない。
ブルーを狙う所か大きく軌道を逸らし対面のアリーナ壁に白式は到達する。張られたエネルギーフィールドに衝突するように着地し再度瞬時加速に入る。
壁を利用し一発目をフェイントとした瞬時加速の三角飛び。
だが、その加速力は強力すぎる。外壁に対し両足を使い垂直にでありながら真上に爆ぜるように行われた二度目の瞬時加速に注がれているエネルギー量が大きすぎる。
不意打ちとしては申し分ないが、爆発する加速では自由が効かず、ブルーに切り込む体勢を作れない。
「ボーデヴィッヒ!!」
「任せろぉ!」
白式が瞬時加速に入った瞬間、ラウラはその狙いを理解した。
素人の思いついた奇策だが、この為の布石を一夏は十分に用意してくれていた。
勝てないと分かっていながら近接戦闘を試みてラウラが少しでもブルーに近付く時間を稼いでくれた。
今、その期待に応えないわけには行かない。
目標とする力場の位置は蒼い死神の数歩手前、死神に気付かれずに狙える限界射程距離。
莫大なエネルギーを消耗する瞬時加速を囮と本命に大胆に利用し、一気に距離を詰める。
美しく輝く零落白夜を発動させた白式の動きが空中で止まった。
蒼い死神の背中まであと一歩の距離、一撃の間合いで停止結界が発動、重力も慣性も無視して白式が急停止。即座に停止結界が解除されその身が解放される。
「いけぇ! 織斑ァ!!」
正に絶妙のタイミングで停止結界が発動し解除された。一撃必殺の間合い。
停止結界で急停止しなければ只の高速体当たりになってしまう。それではダメージは望めないだろう。
だが、一夏もラウラも知らない、マシンスペックも相対距離も全く異なるが、光学兵器を直感で避ける世界がある事を。
完全な奇襲は成功したはずにも関わらず、赤い双眼が振り返る。
「なっ!!?」
それが自分の驚きかラウラの驚きかも分からないまま、一夏は気がついた時には地面に転がっていた。
刃が避けられ、腕を掴まれ、潜り込むように死神の身体が騎士を押し上げ背負い投げの要領で地面に叩きつけられたからだ。
握っていた雪片弐型を奪われ放り投げられる。
「くそっ!」
それでも尚、立ち上がろうとする一夏の胸を死神は容赦なく踏み付ける。
見下ろす赤い眼は感情を灯さず機械的に冷たく光っており、歪む一夏の表情に興味も示さない。
「おい、何を、止めろ!」
物言わぬ死神は白式の翼を掴む。
希望を持つ事も、願いを託す事も、敗者の弁は聞き耳を持たれない。
死神の手は止まらず、騎士の持つ最速の翼が生々しい音を立てて、破壊される嫌な音だけが一夏の耳に届く。
「止めろ! 止めてくれ!!」
ブチリと中程から引き千切られた翼がアリーナに捨てられる。
文字通り、意味を成さなくなった翼だった物として。
「あ、ぁぁあああ!!!」
ここに来て、初めて一夏の顔に恐怖が浮かんだ。
言葉を発せず、淡々と見下ろしてくる死神の姿に畏怖を覚えた。
悲哀でも絶望でもなく、無力に嘆き、自分自身が破壊される恐怖。
深い群青のような蒼の中に浮かぶ、冷徹な赤の視線に、心が砕ける音がした。
「貴様っ!」
余力の残っていないラウラが一石投じようとレールカノンの照準を向けるが、引鉄を引く事が出来ない。
既に死神はラウラに対し興味を失っている。全く持って意に介さず、僅かに視線を向けられただけで「何もしないから大人しくしていろ」そう言われているようだった。
弱者に対し赤子の手を捻ると表現する場合があるが、この場において絶対的な強者である死神は手を触れる必要すらなく、ラウラを制していた。
騎士は最後まで抵抗を続けるが、その剣は死神には届かず。
死神の鎌は一切の容赦なく、騎士の翼をもぎ取った。
戦闘シーンが説明臭くなってしまった。
もう少しテンポ良く進めたいなと思う今日この頃です。