IS ~THE BLUE DESTINY~   作:ライスバーガー

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第25話 龍が泳ぐ時 すべては終わる

学年別トーナメントがタッグ形式と決まり様々な意味で盛り上がりを見せるIS学園だが、無縁とばかりに剣道場では一心不乱に竹刀を振る一夏の姿があった。

既に部員の面々は帰宅しており、一人居残っている。いつもであればISでの訓練をセシリアやシャルロットに付き合ってもらっているのだが、今は乗る気になれなかった。

足りないと自覚する。実力も覚悟も足りていなかったのだと思い知らされた。一撃必殺の刃も当たらなければ意味はない。

セシリアやシャルロット、簪と相対すれば嫌でも理解させられる。最強の剣を持っただけで強くなれるはずがないのだと。

世界最強と呼ばれた姉が武器の力だけに頼って頂点に到達したはずがない。各国の代表、世界の強豪達と渡り合う為に身に付けた技術が、登り詰める覚悟があったはずだ。

力なき自分を恥じるのは恥ではない。無力を嘆き前に進もうとする努力は無駄ではない。

武器と言う力の結果だけを得て強くなってもそれは実力にはなりえず、過程の後についてくる実力を得なければならない。

技や基礎体力に磨きを掛けるにしろ、戦術を練るにしろ、ISに関わってしまった以上引き下がるわけにはいかない。

 

「……ふぅ」

 

悩みを振り切るように我武者羅に動き続け、振り抜いた竹刀を抱き締めるように道場に座り込み、一夏は大きく息を吐く。

流れ落ちる汗を滝のようにと表現する場合があるが、今がその場面だろう。額に限らず全身から汗が噴き出し、胴着に瞬く間に染み込んで行く。

動いている最中は気にもならなかったが、止まって汗を意識すると重たくなった胴着が肌に張り付く感覚が全身で感じ取れた。

 

道場の中心に座り込む一夏を見ている少女がいる。

IS学園の中でも希少な男の様子は落ち込んでいる姿とは少し違う。

不甲斐ない自分に対し懸命に道を模索しているのだと直感出来た。

だからだろうか、あれほどまでに避けていたにも関わらず、少女は抵抗を感じずにタオルを投げ込んでいた。

本当であればもっと格好良く再会したいと思っていた、態々避けていたのが馬鹿みたいだと笑いたくなってくる。

一夏の頭の上にふわりとタオルが落ち、その後に道場の戸を叩く音が響いた。

 

「やっほ、辛気臭い顔してるわね」

「え? お前、鈴か!?」

 

誰かの気配を感じ振り返ろうとした矢先、視界をタオルで封じられた。

その合間から見えた小柄な少女の姿を視認して、一夏の表情が華やぐ。

 

「久しぶりね、元気してた? って何よその顔、そんなにあたしに会えたのが嬉しいわけ?」

 

疲れきっていたはずの身体が驚く程すんなり鞭を受け入れ立ち上がる。

投げ込まれたタオルで顔の汗を拭いながら、一夏は喜びの表情を浮かべ鈴音を見詰めている。

 

「当たり前だろ、いつの間に…… そっか、二組の中国からの転入生って鈴の事か」

「アンタね、もうちょい興味持ちなさいよ。情報戦も大事よ?」

「代表候補生だって聞いてたし興味はあったんだけど、それ所じゃなくて」

「知ってるけどね、大変だった事も、これからもっと大変になる事も」

「これから?」

「アンタ知らないでしょ?」

 

そう言って鈴音は一枚の紙、タッグトーナメントのパートナー申請用紙を手渡す。

 

「タッグ?」

「そ、学園中大騒ぎしてるわ。代表候補生なんかは特にね」

「代表候補生って鈴もか?」

「大騒ぎに巻き込まれてたら来てないわよ」

 

呆れたような口調で言って手渡した用紙を見るように指で差す。既に用紙には凰 鈴音の名前が記入してある。

 

「イギリスとフランスの代表候補生はもう埋まってるわよ。ドイツの代表候補生は日本の代表候補生と組んだらしいわ」

 

その言葉の意味を噛み締めるように理解する。

セシリアとシャルロットは既にパートナーがいる。もしかすると二人が組んだのかもしれない。

遠距離特化のセシリアの射撃に遠近共に万能型のシャルロットが組んだとなれば恐ろしい想像しか出来ない。

それに加えラウラと簪が組んだと聞かされれば警戒しないわけがない。

その状況下で既に名前の記載された申請用紙を渡され、意味が分からない程に一夏は鈍くは無い。

 

「いいのか?」

「約束したでしょ?」

 

それはかつて結ばれた約束、友達の誓い。

 

「ありがとう」

「ん、じゃ私は帰るわ。汗臭いからさっさとシャワー浴びなさいよ? それと、明日の放課後から特訓だからね、みっちり鍛えてあげるわ」

「おう」

「それじゃね」

 

手を振りながら鈴音が背を向ける。

 

「鈴!」

「うん?」

「また会えて嬉しいよ」

「あたしもよ、一夏」

 

顔だけ振り返った鈴音は にしし と八重歯を見せて笑いながら道場を後にする。友人の再会にしてはあっさり過ぎる程簡単に。

が、一夏は鈴音の淡白な対応に疑問も違和感も抱かない。長い時間を離れていようとも側にいるのが当たり前のような存在なのだ。友情とは簡単には切れはしない。

その上、代表候補生になっており自分から特訓を申し出てくれているのだ、乗らない手は無い。

未来が不確かな状態よりも誰かの指示を仰ごうとも動く方が良い、行動しなければ何も変わらない。

セシリア達との戦いで代表候補生の実力は良く分かっている。以前の鈴音しか知らない一夏ではあるが、その肩書きが伊達ではないと身をもって思い知っている。

 

「鈴…… ありがとう」

 

もう一度、姿の見えなくなった友人に礼を告げる。忘れもしない約束を友もまた覚えていてくれた。

何も出来ないのではないかと、折れそうになった心を支えに現れてくれた。これに応えない程、一夏は腐ってはいない。

 

 

 

 

過去、鈴音はもしかしたら一夏に恋をしていたのかもしれない。

しかし、小さな恋心の可能性はある事件により霧散する。いや、正確には感情がより確かなものに変化した。

鈴音と一夏が始めて出会ったのは小学校五年生。当時ISの影響で幼馴染が行方知れずになった直後だった。

ISの普及に伴い外国に対する隔たりは少なくなっていたが、小学校に外人が来ると言うのは並大抵のイベントではなかった。それが子供であれば如実なものだ。

イジメと言うわけではなかったが、すぐに他国の輪に入れる程、当時の鈴音は器用ではなく、周囲も寛大ではなかった。

その輪に鈴音が馴染めるようになったのは、一夏のおかげだ。

束や千冬と言った少々常識とはズレた人間を相手にしていた為だろうか、一夏は輪に入れなかった鈴音に手を差し伸べて笑ったのだ。分け隔てなく、手を貸し、二人はすぐに打ち解けた。

それからはごく自然に接し友人も交えて鈴音は当たり前のように一夏の友達になった。

だが、事件は起こる。

ISの世界大会。第二回モンド・グロッソ決勝戦当日、前回優勝者にして連覇の期待が高かった千冬が突如姿を消し不戦敗を喫した。

その真相を知る者は一部の人間だけであるが、後に鈴音も真相を知る一人となる。

真相とは即ち、決勝戦当日、千冬の応援に行っていた一夏が誘拐されたのだ。

千冬の弟ともなれば待遇は特例と言っても良い。開催国ドイツからも護衛が付き万全の体制が敷かれていた。

にも関わらず、護衛など意味が無いと嘲笑うように一夏は連れ去られた。

開催国としての威厳か誇りか、ドイツが諜報部を動員し一夏の行方を突き止め、軍による介入を試みようとした矢先、決勝を放り出した千冬が現場に乱入した。

しかし、千冬や軍が駆け付けた時には既にもぬけのから。縛られた一夏だけが放置されていた。

目的は千冬の不戦敗を狙ったのだろうと結論付けられた誘拐事件は結果だけ見れば人的被害は無く終了する。

開催国としてあるまじき失態を招いたドイツは国政において言論を封じ、一握りの人間を残して真相は葬り去られた。

 

帰国した一夏の様子がおかしいと既に親友の域に到達していた鈴音はすぐに気付いた。

千冬が決勝戦を棄権した詳細について何人もの大人達が一夏を問い詰めたが、一夏は頑なに返事を拒み続けた。

それは答えないと言う単純な意味ではなく、誰にも会いたくない程の完全な拒絶だった。

ドイツで一夏が経験した出来事は子供には重すぎたのだ。

国による圧力、誘拐に用いられたISと言う力、人間に対する恐怖、姉の栄光を奪った罪悪感。あらゆる負の感情が一夏を攻め立てた。

 

その拒絶を打ち破った者がいる。

鈴音と五反田弾、一夏が親友と呼ぶ二人だ。

 

一夏が姉の為に剣を捨て、バイトや家事に明け暮れていた事を知っている。

全てを投げ打って殻に閉じ篭った一夏の異変に気付かないはずがなく、無理矢理にでも外に引っ張り出した二人の友人。

部屋の扉を蹴破って押し入った先、布団に包まり全てを否定する一夏の姿を見た時、鈴音の中で何かが爆ぜた。

恋の可能性のあった心が急激に冷める音を聞いた気がする。決して嫌いになったわけでも、その姿に失望したわけでもない。

純粋にこんな姿を見たくないと願い、友人を追いやった存在を許せないと怒り狂った。

 

友人と言う存在は精神にとても強く影響を与える。

鈴音と弾、二人は毎日のように一夏の下に通い、他愛も無い話を続けた。

本当にたったそれだけと思うような些細な日常で救われる心もある。

やがて、一夏は鈴音と弾に全ての事情を話した。

自分は何も出来なかったと、姉を裏切ったと、ただただ怖かったと。

それは国家機密に該当し本来許されざる行為であるのだが、日本政府にすら詳細を伝えていなかったドイツに確認する術はない。

何せ一夏は要人保護プログラムにすら該当していないのだ。

本当に一夏に黙秘を貫いて欲しいのであればドイツは帰国すら許さず軟禁するか、護衛を兼任し一夏の身の回りを見張るべきだったのだ。

千冬がドイツ軍IS部隊に対する特別教官をする事で一夏に対する関与を打ち切ったのが原因だ。

一夏に重荷を背負わせない為に千冬が行った司法取引の結果であったのだが、結果的に部外者である鈴音と弾に棄権の真相を知られる事となる。

 

棄権の真相を知った鈴音と弾の感想は「納得」と言うものだった。

千冬と一夏という姉弟が互いを大切にしているのは良く知っているので、その状況下であれば棄権も頷ける。

むしろ棄権してでも一夏を救いに行った千冬を誇りに思う程だ。

 

それから先は少しずつ一夏は元の姿を取り戻していく。

楽しく充実している日々が舞い戻った、そこにもう色恋沙汰はなく、確かな友情を胸に感じていた。

友達と馬鹿をやるのが楽しくて、他愛の無い会話が嬉しくて、なんでもないような日常が充実していた。

 

鈴音が両親の都合で祖国に戻る事になっても、三人の友情は変わらないと胸を張って断言できた。

別れ際、拳を重ねた鈴音は一夏に告げる。

 

『約束するわ、一夏のピンチには絶対駆け付ける。だから…… 負けんじゃないわよ』

 

隣を共に歩くのではなく、背中を守る存在になりたいと。誓いは決して色褪せず、友の心に強く根付いている。

その後の鈴音は正に驚異的と言う他無かった。

中学三年からISの勉強を始め僅か一年にして大国中国の代表候補生にして専用機持ちの座を射止める。

IS適正値Aランク、天才と言っても過言ではない成長を遂げ鈴音は地位を確立する。

血が滲むなど揶揄ではない。血を吐く程の努力を持って友の為に強くあろうとした少女は大空を雄大に泳ぐ龍になった。

一夏がISを嫌う可能性もあったが、千冬の功績や一夏の気持ちで言えばそれはないだろう。

何よりも一夏に本当に危機が訪れた時、生身では助けになってやれないかもしれない。

だからこそ、鈴音は努力を重ね、異例な速さで登り詰めた。

 

同じくIS乗りを目指す友人に何度も聞かれた事がある。

「何故そこまで頑張るのか」と「友達は他人だ」と「好きなのか」と。

だが、鈴音は決まって笑って答えるのだ。

 

「もう二度とアイツにあんな顔はさせたくないだけ」と。

 

その答えを聞けば友人は皆一様にこう返答する。

 

「それは恋とは違うのか」と。

 

多くの人に聞かれた問いだ。だからこそ鈴音は胸を張って答えるのだ。

 

「違うよ。好きとか嫌いとかじゃない、力になってあげたいだけよ」と。

 

共に生きたいとは思うが、添い遂げたいわけではない。

泣いて、笑って、形容しがたい日常を共に過ごす幸せの為に、離れていても分かり合える友達で良いと。

その会話を終えると決まって友人達は「良く分からない」と答えるが、鈴音は「私も良く分からないけど、そんなもんよ」と笑うのだ。

あの日、異国の地で困っていた自分を助けてくれた友人のように。理由なんてなくてもいい、誰かに手を差し伸べられるような人間になりたいと。

 

 

 

 

「ぉぉおおお!!」「はぁぁああ!!」

 

翌日の放課後、アリーナでぶつかりあう二機のIS。白式と甲龍(シェンロン)

白式は言うまでもなく一夏だが、もう一機、赤銅色のISが鈴音の駆る甲龍。

正式な呼び名はシェンロンだが、人によっては漢字をそのままにコウリュウと呼ぶ者もいる鈴音の専用機だ。

中国が作り上げた第三世代型量産設計試作機であり、甲龍シリーズとして量産を前提としたテスト一号機。

燃費と安定性を第一に設計され、中距離から近距離での突撃戦仕様のパワータイプ。

両端に刃を備えた翼状の青龍刀、双天牙月が一夏を一方的に攻め立てている。

 

「くっ!」

「遅い! スペック上では白式の方が上よ!」

 

振り乱れる刃が流線型の軌道を描き雪片弐型を弾き、防御のなくなった白式を切り払い斬撃を何度も浴びせ掛ける。

距離を取ろうと一夏が離れようとしても何度も突撃され距離を開く事が許されない。

雪片弐型と双天牙月が何度目か分からない激突をし至近距離で両者は睨み合う。

 

「この距離なら剣は振れないと思ってるでしょ?」

「違うのか?」

「違わないわ、でもね……」

 

鈴音の脚が一夏の腹部を下から突き上げ嗚咽交じりの衝撃が一夏を貫く。

 

「かはっ」

 

息を吐き出しその場で膝を着く一夏を見下ろしながら鈴音は双天牙月の切っ先を首に突きつける。

 

「もう終わり?」

「まだまだっ」

「そ? ねぇ一夏、あたしは強くなったよ。一夏はどうしたい?」

 

短い言葉の中に秘められている決意はあの時の約束を示している。

一夏が望むのであれば鈴音は空を行く翼にも身を守る盾にでも敵を打ち破る剣にもなってくれる。

主人に応じるように甲龍も熱を帯びているのが見て取れる。

だが、一夏とて鈴音に頼りきりで終わるつもりはない。

 

「俺は強くなりたい! 千冬姉の名前を汚さない為に! 白式に相応しいように! 鈴の背中を守れる位に!」

 

顔を上げた一夏の目は敗北を経て尚、前に進む意思を宿したもの。

 

「良く言った!」

 

双天牙月の刃を横にして幅広な腹の部分で一夏の顎を叩き空高くに打ち上げる。

 

「私の一年を、叩き込んであげる!」

 

凰 鈴音は天才だ。他の代表候補生に比べ明らかに経験が不足している。

何せ一年で遥か高みに登り詰めたのだ。しかし中国政府は彼女を高く評価している。

何故か、単純にして純粋に彼女が強いからだ。

中国と言う人材の宝庫において他者を押し退けるだけの強さを持っているからだ。

騎士の剣と覚悟に龍が応じたのならば、その先に何が待つと言うのだろうか。

 

学年別トーナメントまで後一週間。

想いだけでも、力だけでも成しえる事の出来ない世の中で、鋼の龍が雄叫びを上げて、白き騎士が剣を掲げる。




約束は酢豚にあらず!
甲龍は設計思想から言っても量産前提だと思うのです。

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