IS ~THE BLUE DESTINY~ 作:ライスバーガー
人里と離れた山の中にひっそりと自給自足の生活を営む人達が暮らす集落がある。
集落と言う環境の特殊性から住民は外の人間に冷たいように思われがちだが実際にはそうではなく、珍しく他所から人が来れば歓迎されもてなしを受けるのも珍しくは無い。
他人でありながら身内のような扱い、地域集合体の完成形に近い。何せ家に鍵を掛ける習慣すら持っていないのだ。
逆に言えば常に住民の目が光っており、他所者が来た場合には住民全員の目を掻い潜るのは困難な天然の監視体制が整っていると言える。
板張りの床を強く踏み叩く音が響き、周辺の木々から小鳥が飛び立つ。
古びた道場を改修し家としているのは、数年前から集落に腰を落ち着けているとある夫婦。
外来者ではあるが、居住の希望を住民は受け入れ夫婦の人柄か周囲からも温かく迎え入れられた。
道場には和服姿の壮年の男性。伸びた背筋に強い眼光を宿し、その手に二本の木刀が携えられている。
自身を中心に二刀を振るう姿は完成された演舞のように、見る者を魅了する静と動の統一感ある動き。
元々は儀礼用の古武術の一種であった一刀一扇と呼ばれるもの。左手の扇で「受け」「流し」「捌き」右手の刀で「斬り」「断ち」「貫き」を行う。
一刀一閃、二刀一刃、呼び名は様々ではあるが、二刀を持って攻防を成す対の刃。左手の扇を刀に変え、現代剣術に昇華させたものこそが、篠ノ之流剣術。
必ずしも二刀であるわけではなく、一刀での剣術や剣道としての地盤も持っている。
伝承では儀礼とされながらも斬撃は
無論、伝承は伝承だ。実際に空を裂き、雨や月を捉えられるはずがない。
だが、その立ち振る舞いに一切の迷いは無く、魅了し圧倒する様は見る者に美しいと思わせる。
「貴方、お茶にしませんか?」
「うむ」
いつの間にそこにいたのか、縁側に着物姿の女性がいた。
長い黒髪に清楚な佇まい、楚々とした仕草は和の美人と呼ぶに相応しい。
優しい陽光の中で微笑む二人は絵に書いたような良き夫婦。
隠居するにはまだ早いが、集落は二人を受け入れ平穏な生活を営んでいた。
「太刀筋が少々乱れておりましたね。あの子達の事をお考えですか?」
「親が子を思うは至極当然」
「そうですね」
寂しそうに目を伏せた妻の隣で夫は視線を庭先に移し、空を仰ぐ。
眼光は強いままだが、奥底に優しさが潜んでいると男を知る者は知っている。
「心配はいらない、姉妹揃っているならばきっと元気にしているさ」
「えぇ、二人とも自慢の娘ですから」
「以前はあの子の悩みに気付いてやれなかったが、繰り返しはしない」
「はい、私達は家族ですもの」
そこには紛れも無い絆があった。
◆
ドイツの外れに一軒の孤児院がある。
赤い煉瓦造りの厳かで大きな建物は外観から孤児院と思えない立派なもの。
遊び場を兼任している庭はちょっとした校庭程の広さはあり、その庭に珍しく来訪者が訪れる。
訪れたのは二人。一人は黒いスーツに身を包んだ篠ノ之 束。彼女を知る者からすれば信じられない正装姿。
もう一人は色素は薄くなっているが長い銀髪をみつ編みにした少女だった。
黒いラファール・リヴァイヴの乗り手であった少女は医療カプセルの中で意識を取り戻した。
欠落していた栄養素は束が手を施し少女は生命を活性化させ、白い髪はやがて本来の色であった銀に近付いた。
残念ながら全て元通りとはいかなかったが、少なくとも少女は生き残る事が出来た。
庭先で遊んでいた少年少女が束達を指差す。
来訪者と言うもの珍しさもあるのかもしれないが、向けられている指先は少女に向けられていた。
「あ、あぁ! 生きて、生きていたのね」
子供達の奥から姿を見せたのは、痩せ細ったシスター。
感極まったように涙を浮かべながらも、子供達に孤児院に入るように指示を出している。
見知らぬ女性である束がいるのだから当然の措置と言えるが、そのシスターに向かい、束はハッキリと頭を下げた。
「始めましてシスター、篠ノ之 束と申します」
その名を知らぬ程、シスターは世間知らずではない。顔は知らなくとも名前は世界的に有名だ。
驚愕の表情を浮かべたのは一瞬。すぐに切り替えて真面目でありながらも優しい表情で頭を下げ返した。
「ご丁寧にありがとうございます。この孤児院の責任者をしている者です」
短いやり取りの中で束は確信を得る。欧州連合は黒いラファール・リヴァイヴや連れ去られた少女について孤児院に報告していない。
束が軍事ネットワークを掌握した結果、国に対し報告は上がっていたが、孤児院に対しては判断しかねていた。アナログな手法をとられていた場合はいかに束と言えど確証は持てない。
だが、それならばこの子がテロに利用されたと言う事実を伏せて現状を報告が出来る。
「シスター、大変申し上げ難いのですが」
「良ければ中に入りますか? お茶の用意をしますので」
「いえ、お時間は取らせませんので」
束は極力無表情を作り表情を装っているが、さすがは孤児院のシスターと言うべきか、告げられる言葉に嫌な予感を感じ取った様子が見受けられる。
行方不明の孤児院の子供を連れてきた。表向きにはそうにしか見えないが、あの篠ノ之 束が訪ねてきたのだ。普通ではないと判断してもおかしくはない。
無論、実際には束と少女の二人だけではなく、孤児院のすぐ近くにはブルーディスティニーを展開したユウが控え、周囲を警戒しつつ、シスターと束の様子を観察している。
ステルスを展開しているといえ音や気配を完全に消せるわけではない為、静かに状況を見守っている。
束から顔を背けたシスターが膝を折り、少女に視線を合わせる。
が、少女は顔を左右に小さく振り、束の腰にしがみ付いたまま離れようとしない。
「どうしたの?」
優しく呼びかけるシスターに少女は答えない。
束が調べた限りでは、少女は生まれて間も無く捨てられこれまでの人生をこの孤児院で過ごしているはずだ。
親と言っても差し支えないシスターの目を合わせようとしていない現状にシスターが違和感を覚えるのは当然。
「……教えてくれますか? この子に何があったのかを」
「詳しくは話せませんが、とある事件に巻き込まれまして、それ以前の記憶がありません」
瞳に涙を溜めるシスターを正面から見据え束は告げる。
出来うる限りの無表情、感情が見えないように貼り付けた面に内心を隠しながら。
「そう、ですか」
「だから、この子に決めて貰おうと思い連れてきました」
少女が目を覚まし、健康体である事を確認した束の行動は早かった。
国を跨ぐ長距離移動には体力を使うが、多少無理をしてでも生まれ育った場所で確認する必要があったのだ。
強い薬の影響か、目を覚ました少女は記憶を失っていた。
自分が何ものなのか、どこでどのように育ったのか、自分自身に何が起こったのか、何も思い出す事は無かった。
当初は言葉も出なかったが、少しずつ必要最低限な情報だけを思い出していった。
自らを否定され、全てを狂わされた少女は自分自身の精神を守る為に過去を捨てたのだ。
生まれ育った場所に戻り、少女の記憶が戻るかは分からず、仮に戻ったとしてもそれが良い結果になるとは限らない。
孤児院での態度でこの子の記憶は戻らないと、束は確信を得て覚悟を決めざる得なかった。
シスターの内心も穏やかではいられない、束が関与している事件と言うだけで普通ではないと想像は出来る。
長年心の壊れそうな子供達を見てきたシスターだからこそ分かる。少女が本当に望むものが何なのかを。
「どうしますか? ここは貴方の家で友達もいますよ?」
語りかけるシスターは事件の概要も束の事情も知らないが、全てを包み込むような母性に溢れていた。
が、少女は束の側を離れようとはしない。
「私と来る?」
今度は束が膝を折り少女の目線に合わせて問い掛ける。
小さく、一度だけ少女は首を縦に振った。
「シスター、大変身勝手な申し出だと重々承知していますが、この子を私に預けて頂けないでしょうか?」
表情を作らないまま正面からシスターを見据える。避難も罵倒も覚悟している。
束は自分がしている事が最低だと分かっている。ISによって過去を奪われた少女の未来まで奪おうとしているのだから。
それでも束は二度も頭を下げない。最初に一度下げただけでも異例なのだ。
頭を何度下げても許されるとは思っていない。本来は頭を下げ許しを請い少女を貰い受けるのが筋であろうともだ。
彼女が、篠ノ之 束である以上、他人に媚び諂う真似は許されない。地の性格もあるが篠ノ之 束は厚顔無恥で我侭でなければならない。
篠ノ之 束に僅かであろうとも隙を作る事実を容認するわけにはいかないのだ。
「……貴方程の立場の人間がこの場を訪れたと言うだけで、覚悟は承知しているつもりです」
シスターは優しい口調で束に語りかける。
「この子はパンを作る勉強を始めたばかりでして」
「え?」
唐突に始まったシスターの言葉に束は疑問を投げ掛ける事しか出来ず、思わず無表情を忘れそうになる。
少女も束の腰を掴んだままシスターの顔色を伺っている。
「まだまだ拙い手付きですが、きっとこれから料理上手になります」
思い出に耽るように、幼い頃からの様子を思い描くようにシスターは言葉を紡ぐ。
生まれて間もなく預けられた子が本当の親を理解できるはずはなく、孤児院で生まれ育ち、姉や兄、弟や妹と一緒に育ってきた事。
次第に自分の境遇を理解するようになり、此処に集まっている子供達がどういう存在なのかを子供ながらに知っていく。
引き取られていく子供達もいる中で、孤児院に残る道を選んでいた少女。
言葉で語りつくせぬ思い出が溢れる程にあるのだろう。途中から涙ながらに少女を抱き締めていた。
「これが唯一、この子の本当の両親から残された物です」
最後にシスターはずっと大切にしていたであろう懐中時計を取り出し少女の首に下げてやる。
詳しく調べなくても安物と分かる、長い年月を経て表面は磨り減っている。
デザインされていたであろう文字は読み取れないが「Q」だけが辛うじて読み取れる。
「くーちゃん、行ってらっしゃい」
それは母が子を送り出す言葉。
くーと呼ばれ、それが自分の名前なのだと理解した時、少女は意識せずに涙を流していた。
自分が誰なのか分からない、頼れるのは束達だけだと思っている。
それでも、目の前にいる人は自分にとって掛け替えのない人なのだと理解できた。
「行って、きます」
「いつでも帰ってきていいのよ? ここは貴方の家だもの」
くーは隣を見上げて束の様子を窺うと頷きが返って来る。
「うん」
自分の意思で戻ってくるその日まで、少女は我が家を後にする。
束のひととなりを知っていれば子を預けるなど正気の沙汰ではないが、少女が束を選び、束もそれを受け入れた。
今までに何人も孤児院から子を引き取る親を見てきたシスターだからこそ、無表情を装った内側に秘めた決意を読み取れたのだろう。
「良かったのか?」
孤児院を出た束にユウが問い掛ける。子供を引き取ると言うのは簡単ではない。
特に軍や国に子供を引き取ったと分かってしまえば世界から隠れている身としては好ましくない。
万一、報告されてしまえばくーの安全も束の隠者生活も水の泡になってしまう。
「心配いらないよ」
シスターがくーを売るような真似はしないと断言する。親が子を売るはずがない、と。
家族の絆をユウに問うのは皮肉なものではあるが、束は信じるに足ると判断した。
束にとって大切な人間は一部でしかない。今でこそユウも親身になってはいるが、箒や織斑姉弟以外に関わる事さえしていない。
今後は線の内側の領域にくーも認識されるのだろう。それは決して悪い事ではないとユウも、この場にはいない箒も思っていた。
「ユウ君にするには無神経な話だけど、家族ってのはいいものだね」
「それを博士が言ってもな」
「全くだね!」
小さな、本当に小さな笑みをくーが浮かべていた事を二人は気付いただろうか。
◆
放課後、IS学園の掲示板に張り出された一文を見た生徒達の動きは慌しいものだった。
『学年別トーナメント 一年生の部はタッグ形式とする。申請用紙に記載の上、パートナーを選出し提出する事。尚、提出無き場合は抽選にて決定とする』
名のある国家代表候補生やクラス代表と組めばそれだけで有利になると考えた者は実力者を探しに走る。
組んだ経験の無い人より気心知れた友人の方がいいと考える者達は友人同士で集まり相談を始める。
その様子を少し離れた箇所で見ていたセシリアとシャルロットはどうしたものかと頭を捻っていた。
「織斑さんの様子は如何です?」
「やっぱり続けざまに負けたのは堪えたみたいだよ」
とは言うが一夏が鬱になったりへこんだりしているわけではない。今も剣道場で剣道部員達と打ち合っている最中だ。
表面上は気丈に振舞ってはいるが、最強最速と言われる攻撃を自分が未熟な腕故に破られているのだ。落ち込んでも無理は無い。
敗北が悔しくとも前に進もうとする。その為に身体を動かす以外に思いつかなかったのだろう。
「それにしてもタッグですか」
悩ましげな様子でセシリアが腕を組む。
ブルーティアーズは完全射撃特化型である事からもセシリアには味方機がいる方が効率は良い。
代表候補生同士で組むと言うのは些か心苦しいと思うがベストな組み合わせは連携経験もあるシャルロットかラウラだろう。
が、一夏を放置するのも友人として如何なものかと思ってしまう。
「どっちかが一夏と組んだ方がいいかな?」
「そうですわね、もう片方がラウラさんを誘ってみましょうか」
「それが良さそうだね」
欧州連合と言う枠組もあるがシャルロットとラウラは何の因果か寮が同室だ。
若干常識に疎いラウラとシャルロットの組み合わせも悪くは無い。
他の生徒達には申し訳ないが、どうせやるからには勝ちたいと彼女達が思うのも仕方が無い。
「悪いが、その提案には乗れんぞ」
「へ?」
二人のすぐ後ろに腕を組んだラウラがいつの間にか控えていた。
尊大な態度も小柄な体系から微笑ましくシャルロットが思っているのは内緒だ。
「乗れないって、僕達と組むのは嫌なの?」
「お前達は強い、連携相手としては申し分ないだろう」
「でしたら」
「だが悪いな、私は宣言したはずだぞ。織斑が嫌いだとな」
口角を上げて浮かべる冷たい笑みに若干の殺意が混じる。
「ラウラ? 何をするつもりなの?」
「心配するな、きちんとルールに乗っ取り叩きのめすだけだ。その為に最適の相棒も見付けたしな」
相棒と言う言葉にシャルロットとセシリアが不思議そうに首を傾げる。
欧州連合としてISの連携戦経験はあるが、その中でもドイツは現役軍人として行動しており群を抜いている。
ラウラの所属しているIS部隊の練度もさる事ながら、ラウラ個人の成績は欧州連合IS部隊の中でもトップクラスだ。
そのラウラが相棒と呼ぶ相手が自分達以外にいるとは二人とも考えていなかった。
「……ボーデヴィッヒさん、練習」
ポツリと小さな声で呟いた人物を見て二人は驚かざるえない。
確かにルールに乗っ取り一夏を叩き潰す為であるならば、これ以上ない人選かもしれない。
「簪よ、呼び捨てで構わないと言っているだろう? それが友人と言うものだと聞いたぞ?」
「友人…… なった覚えは無いけど、分かった…… 行こう、ラウラ」
「うむ。と言うわけだ、悪いが織斑を潰すだけではなく、優勝は頂くぞ?」
ラウラ・ボーデヴィッヒと更識 簪。
一夏を嫌いと公言し、高い実力を持つ二人が手を組んだ。
「あ、あの二人が組むんですの?」
自主練習の為かアリーナに向かう二人を眺めてセシリアが愕然とした表情を浮かべる。
完全射撃特化である為、味方機の存在は大きいセシリアではあるが、相性の悪い敵も多い。
例えば一夏の零落白夜はエネルギー兵器主体のブルーティアーズには辛い相手だ。
機体コンセプトとしては白式と打鉄は似ているが、簪の近接戦闘のセンスは言うに及ばず。懐に入られでもすれば堪ったものではない。
極めつけはラウラだ。ラウラの専用機はビットに対し絶対的優位に立てる特殊能力を有しており相性は最悪。
要するにセシリアにしてみれば最も相性の悪い二人が組んでしまった事になる。更に実力は折り紙つきと来たものだ。
自虐に耽っているわけにもいかず、今度は味方機を得たとしてシュミレーションしてみる。
一夏を味方にして考えてみる。簪に零落白夜を封じられ、ラウラに蹂躙される姿が見えた。
では一夏と接戦を繰り広げた二組のクラス代表はどうだろうか。
二丁ハンドガンとブルーティアーズによる制圧射撃は悪くないように思うが、やはりラウラとの相性が最悪だ。
となれば残る選択肢は多くは無い。
「逃がしませんわよ?」
何が起こっているか想像出来た為、踵を返したシャルロットの肩をセシリアが掴む。
「あはは、やっぱりそうなるよね」
若干渇いた諦めの混じった笑い声。
「さぁ、特訓ですわ!」
「あ、ダメだ。この流れは負ける気がする!」
タッグ形式のトーナメントは束から届いたメールを見た千冬に出来る苦肉の策。予防線としては弱いが供えは多い方が良いとの判断だった。
蒼い死神と束に繋がりがあると確信はないが、先日のような乱入事件に発展する可能性はあると考えた。
メールでは悪いようにはしないとなっていたが、幼馴染の思考回路を完全に読み取るには至らない。
再び二人が巡り合う日は近いのかもしれない。
くーちゃんはこのような形でまとまりました。
それにしても、ユウ君が空気で束さんが別人過ぎる気がする。
今話から場面が変わる所に◆を入れるようにしてみました。