IS ~THE BLUE DESTINY~   作:ライスバーガー

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第22話 怒れる瞳

クラス対抗戦が終わりIS学園の熱気は次に向かって加速する。

対抗戦は各クラス代表の実力を測ると共に、生徒達に目指すべき形を見せる場だ。

入学前からの差はあれど同じ一年生である以上、クラス代表は目標であり決して届かない壁ではない。

各々がクラス対抗戦で考える事や目標となるべきものを見つけたはずだ。生徒達が次に目指すは学年別トーナメントだ。

専用機持ちが圧倒的に有利ではあるが、それに合わせ授業もISを用いた実戦的な内容に変化していく。

専用機が無いからと悲観的になる生徒ではIS学園を卒業まで戦い抜く事は出来ないだろう。

 

「不味いなぁ、流石に授業では鉢合わせるわよね」

 

早朝、寮の廊下を進む鈴音は腕を組み首を左右に振る。

合わせてツインテールが小さく揺れ動いている。

 

「何が不味いの?」

 

その後ろから面白そうに様子を見ていたティナが覗き込むように問い掛ける。

 

「今日から実機での合同授業が始まるでしょ?」

「一組との? そうだね」

「流石にバックレるわけにはいかないわよね」

「織斑先生にシバキ倒される覚悟があるならいいんじゃない?」

「それは勘弁だわ」

「出たくないの?」

「アイツに会いたくないの」

「織斑君?」

「そ」

「なんで?」

「なんででも」

 

キレの良いパス回しのように短い言葉を投げ合う二人。

寮が同室であり、クラス代表のティナと中国の代表候補生の鈴音は二組の名物組み合わせだ。

鈴音が巧みに一組を避けており、未だに一夏とは出会っていない。

が、本日から二クラス合同での授業が開始される。

今までもISを用いた授業はあったが各クラス単位で行われる基礎的なものだった。

より実戦を想定した二クラスでの合同授業では代表候補生にして専用機持ちである鈴音は授業に対し色々と利便性が働く為、逃げた場合は千冬からの追及は免れない。

体調不良を理由に逃亡も可能だと思うが、その手は回数を使う事が出来ない。今回限りでは意味が無いのだ。

 

「ってか何で会いたくないの? 友達なんでしょ?」

「色々あんのよ。主に私にね」

「ははーん。さては惚れてるな?」

「そんな単純な理由ならもっと楽よ。惚れた惚れてるとかそういうんじゃないわ」

 

ふむ。と一息ついてティナが考える。

廊下を進み食堂へ向かう道筋も慣れたもので考え事をしながらでも足が自然に動く。

食堂は朝早くからやっており、部活に勤しむ者や単純に早起きな者も利用しやすい。

 

「でもさー、織斑君に会いたくないってだけで食事の時間ズラすのも疲れない?」

「甲斐甲斐しいと言って欲しいわね」

「惚れてんじゃん」

「違うわよ」

「ま、それに付き合う私も偉いよね」

「自分で言うな、私は嬉しいけどさ」

「ツンデレ猫め」

「ツンデレ言うな、ツンツンしてるのは否定しないけど、デレてないわよ」

「またまたー」

「しつこい!」

 

肘で鈴音を小突くティナを振り払い鈴音が歯を剥いて威嚇するのも恒例になりつつある光景だ。

傍から見れば仲の良い姉妹のように見えるのは身長差だけではなく、二人が本当に息の合う間柄だからだろう。

この場にはいないが鈴音に負けず織斑 一夏の朝は基本的に早い。

朝は剣道部に顔を出すかランニングに出るかしてシャワーを浴びてからの朝食であり時間は早くない。

逆に夜は授業の後に朝同様剣道部に寄ったりISの訓練に勤しんだりと食事の時間は遅くなる。

パターンを見越してしまえば生徒数の多いIS学園だ、一夏に出会わないように行動するのは難しくない。

隣のクラスではあるが、一夏が必要以上に目立つ為、休み時間の回避も鈴音は難なくこなしていた。

鈴音と一夏の関係を知っているはずの千冬も一夏に鈴音の転入を知らせておらず、二組に中国からの代表候補生がいると言う認識しかない。

クラス代表として未熟と対抗戦で十分理解した一夏に取って他者を気にしている余裕はない事も出会わない要因だった。

だが、流石に合同授業となると顔を合わせるのは必須。どうしたものかと悩みを募らせていた。

 

「今日はトーストな気分! 鈴は?」

 

対策が思いつかないまま食堂に到着し、ティナが食券からモーニングセットを選ぶ。

 

「マーボー丼」

「毎朝言ってるけどさ、朝食から中華とか止めてよ! 隣にいると食欲がすっごい刺激されるんだから」

「刺激されるんならいいじゃん」

「何か食べたくなるでしょ!」

「食べればいいじゃん」

「カロリーが!」

「アンタは間食が多いのよ、お菓子食べすぎ」

「それが私のアイデンティティ!」

「朝からテンション高いわね~」

「朝から中華に言われたくない!」

 

カウンターで受け取ったマーボー丼はやはり食欲をそそる十分な破壊力を持っていた。

恰幅の良いおばちゃんの用意してくれるマーボーの匂いがたまらなく胃袋を刺激する。

鈴音の後ろに並んでいた生徒が生唾を飲み込むのも仕方が無い。

 

「朝からマーボー丼やカレーはずるい。乙女の敵だ」

「カレーは食べてないじゃない、でもまぁ、そこまで言うなら明日は天津飯にするわ」

「やーめーてー お願いだから、せめて半チャーにして」

「ラーメンつけるわよ?」

「卑怯者!」

「なんでよ」

 

一夏も朝食を良く食べる派だが鈴音も然り、ガッツリ派だ。

一日の源は朝食にありを地で行く人間に乙女の持つカロリー計算は割に合わないのかもしれない。

早朝の食堂は比較的空いており、早起きと言う難点はあるが、ゆっくり食事が出来る時間を鈴音もティナも嫌いではなかった。

 

「ねぇ鈴、アレって」

「……ドイツの代表候補生」

 

が、今日は少しだけ普段と違った。

離れた席に一人で座っているのは黒い眼帯が異質さを物語る少女。

鈴音同様小柄だが張り詰めるような空気を纏っており、伸びた背筋から硬い気質を窺い知れた。

 

「遅れてたらしいけど、来てたんだね」

 

ティナの言う通り、ドイツの代表候補生は本来クラス対抗戦より前に来る予定だった。

入学の時期ではなく遅れて転入してくる目的など多くはない。

本当に入学時期に間に合わなかった可能性もあるが、鈴音も思惑があって入学している身だ、そうは思っていない。

今年度に態々転入する理由として、最も可能性が高いのは唯一の男性搭乗者の存在。

残っていたマーボー丼を一気に頬張り、水で押し流してから鈴音は席を立つ。

 

「鈴?」

 

食器を返却棚まで持って行き、そのままドイツの代表候補生、ラウラ・ボーデヴィッヒの目の前へ。

 

「ん?」

 

マグカップでココアをチビチビと飲んでいたラウラが少々驚いたように顔を上げる。

鈴音とティナが視線を向けた際にラウラも気付いてはいたが、面識も無ければ用事も無い。

向こうから出向いてくるとは思っていなかった為、意外そうな顔になってしまっていた。

 

「中国代表候補生の凰 鈴音に、アメリカの代表候補生に最も近いとされるティナ・ハミルトンか、何か用か?」

 

鈴音を追ってきたティナが向けられた言葉に「へぇ」と驚いたように息を吐く。

ティナは代表候補生ではないが、母国アメリカの中では代表候補生に最も近いと評価を受けている身だ。

IS学園の中では特に口外はしておらず、教師や余程の情報通でなければ知らない事だ。

案の定、鈴音も驚いたような顔を浮かべているが、クラス対抗戦での戦いぶりを見ているからか意外と言う程ではなかった。

銃を扱うには反動制御に弾道予測、射程距離や空気の流れ等様々な要素を想定する必要がある。

中でも二丁拳銃ともなれば左右の相対も思考に取り入れねばならず、非常に難しい。ティナの腕前を考えれば評価としては当然と言えるかもしれない。

代表候補生である鈴音であれば知っていてもおかしくはないのだがアメリカの秘匿情報レベルは高く、その事実を知る者は少ない。

 

「ティナの事は置いておいて、ドイツの代表候補生のラウラ・ボーデヴィッヒさんであってるよね?」

「そうだ。さん付けはしなくてもいいぞ、同学年とはそういうものなのだろう?」

「助かるわ、私も堅苦しいのは苦手だし。まぁ、用事って程でもないんだけど、ちょっといい?」

「構わんが手短にな。転入手続きとやらが控えている」

 

眼帯で隠されていない解放されている目が鈴音を射抜く。

軍人としては少々威圧感に欠ける容姿をしているが、眼力は本物だ。

負け時と鈴音もラウラを見据えて言葉を選ぶ。

 

「この時期に転入してきた理由…… 聞いてもいい?」

 

言葉を選んだつもりだが、口から出たのはド直球の質問。

すぐ後ろでティナが手で顔を覆っているが、鈴音は気に素振りを見せない。

 

「大方はそちらと同じだと思うが、そうだな、織斑 一夏を殺す為だ。と言えば満足か?」

「嘘ね」

「ほぅ、即答するか。何故だ?」

「一夏を殺せばドイツは世界中に睨まれるもの」

「なるほど、道理だ。少々露骨過ぎたか?」

「そうね、嘘としては二流以下よ。ま、もし本気でそんな事をしようとするなら……」

「するなら?」

「その前に私がアンタを殺すわ」

 

張り詰めていた空気に殺気が混じる。

会話の聞こえていない距離で遠目で見ていた生徒達が緊張の走った空気に寒気を感じ、ティナさえ口を噤む。

机ひとつ挟んで立ったままの鈴音と座ったままのラウラが互いに視線で射殺しに掛かっている。

ISを展開していないにも関わらず、殺し合いが始まりそうな勢いだ。

が、その空気は一秒と持たず緊張の空気は瞬間的に霧散。どちらからでもなく苦笑が浮かんでいた。

 

「中々良い殺気を放つ。安心しろ、織斑 一夏に個人的に思う事はあるが、転入そのものの目的ではない」

「ひとまずは安心しておくわ。ゴメンね、質問に答えてくれたのに」

「構わん、IS学園で退屈しなくてすみそうで嬉しくなった」

「そう? 私でよければ相手になるわよ?」

「機会があればお相手願おう。ティナ・ハミルトンもな」

 

「え? あぁ、私か、ゴメンゴメン、ココアが美味しそうだなーって考えてたから聞いてなかった」

 

「アンタ、図太い神経してるわね」

 

話は終わったとラウラは冷めたココアを飲み干して席を立つ。

すれ違う際に再度鈴音と視線を交え、両者とも好戦的な笑みを浮かべる。

カップを返却棚に返したラウラは周囲の視線を意に介さず進み視線の先に確認した人物を捕らえ、少しだけ歩く速度を上げる。

食堂の入り口にはいつの間に現れたのか千冬が腕を組んで立っており、鈴音に小さく笑みを送ってからラウラと共に食堂を後にした。

 

後にティナは語る。

口を噤んだのは二人の殺気に当てられたからではなく、ココアに魅入り涎が垂れそうだったからと。

それを聞いた鈴音は本気で呆れるしかなく、朝食でティナに刺激を与えすぎるのは危険かもしれないと思うのだった。

 

 

 

 

 

剣道部で部員達と打ち合った後、シャワーを浴びて朝食を駆け足気味に詰め込んだ一夏は教室で居心地の悪さを痛感していた。

 

「やっぱりデザインでしょ」

「いやいや、機能性が何よりでしょ」

 

話題はISスーツだ。

今までは専用機持ち以外は学校指定のスーツを着用していたが、授業が本格的になるにつれ各々が自前のISスーツを持つようになる。

今も女子達はカタログを手にISスーツの話に花を咲かせている。

ISスーツは言うまでもなくIS展開時に身に纏っているスーツだが、ISの挙動をスムーズにする以外に拳銃の弾丸程度は防ぐ位の性能は持ち合わせている。

非常に高性能ではあるが見た目は水着と変わらず、身体のラインが浮かび上がってしまう為、一夏にしてみれば話題にされるのは辛い部分だ。

 

「ISスーツの良し悪しは大事ですが、自分に合ったものが一番ですわ」

「そうだね、着心地が悪いと動きも鈍くなっちゃうし」

 

クラスメイトの話題にセシリアとシャルロットが加わる。

ISで実際に相対している一夏にしてみれば二人のISスーツ姿を簡単に想像出来てしまう。

心無しか頬を染める一夏を誰が責める事が出来ようか。

 

「皆さん、ISスーツの申し込み開始日ですから気持ちは分かりますけど、ホームルームの時間ですよー」

 

話題に乗っかりつつも自分の役割を忘れない。

山田先生だけであればクラス全体の賑やかな雰囲気は変わらないが、その後ろに千冬がいるなら話は別だ。

ISスーツの話を打ち切り、瞬く間に生徒は自席に散る。話題的に関わり難かった一夏がホッと一息入れている。

 

「諸君、おはよう。ISスーツの申し込みについては後で山田先生から説明がある。今日は先に紹介をしなくてはならん奴がいる。山田先生」

「はい、ボーデヴィッヒさん、入って下さい」

 

教室に現れたのは同学年の中でも小柄な少女。目立つ眼帯の反対側の目は他者を刺すように強い視線を発している。

背丈も顔付きも全く違うのに、何処か千冬と似通った空気がある。

一夏は千冬の事を立ち姿を軍人、座れば侍、歩く姿を装甲戦車と内心で揶揄した事があるが、その中の軍人の気質だけを引っ張り出したような雰囲気だった。

 

「転入生だ、ボーデヴィッヒ自己紹介をしろ」

「はい、教官」

「何度も言わんぞ、私はもう教官ではない。先生と呼べ」

「了解しました、織斑先生」

 

千冬を教官と呼ぶ。この時点で一夏には軍人と言う感想が確信に変わっていた。

千冬が以前ドイツの軍で特別講師をしていたのを知っているからだ。

軍の教え子が今度は学園の生徒になって教えを請う、奇妙な縁だと軽く考え、背後関係を想像していた。

 

「ラウラ・ボーデヴィッヒだ、ドイツの代表候補生をしている。セシリア・オルコットとシャルロット・デュノアと同じく欧州連合の所属だ、軍の経歴が長く迷惑を掛けるかもしれないが宜しく頼む」

 

転入生と言う事実を認識し教室が小さく沸く。

転入生が続けざまに一組に集中するのは異常な事態であるが、欧州連合の所属者が既に二人いる現状だ。

同じ軍属であれば非常召集があった場合に迅速に行動できる。ならびに欧州連合は国を跨いだ連合軍だ。機密情報を共有するにも同じクラスが適しているのだろう。

と何人かの生徒はラウラの言葉を聞いて納得したように頷きを返していた。

そんな事は露とも思っていない一夏の目の前にラウラが進み出る。

 

「お前が織斑 一夏か」

 

ラウラと千冬の背景を思考していた数秒、目の前に現れた眼帯少女に一夏が僅かに身構える。

 

「お、おう」

「先に言っておこう、私はお前が嫌いだ」

「えっと…… はぁ!?」

 

不躾ここにに極まる。

簪に続き二人目、正面から一方的に否定される。

一夏とていい気分になれるはずもなく、困惑が頭の中で反響している。

簪にもラウラにも否定される理由が思い当たらないのだから当然と言えば当然だ。

 

「本当なら一発殴りたい所なのだが、教官…… いや、織斑先生に止めろと釘を刺されているのでな。命拾いしたな」

 

そのまま姿勢を乱す事無く規律正しい足音を立てて宛がわれた席に向かい歩いていく。

いきなりの発言に騒然となった教室だが、教壇に経った千冬が睨みを効かせ強引に沈黙を押し付ける。

 

「さて、ホームルームを始めるぞ」

 

弟が一方的に悪意を受けながらも、何事も無いかのように話は進められた。




ティナが腹減りキャラになってしまった。

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