IS ~THE BLUE DESTINY~   作:ライスバーガー

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第20話 ビギニング

── 誰カ ワタシヲ 止メテ

 

感情のうねりがコアネットワークを介してブルーに流れ込む。

悲しみも通り越して自分を律する事が許されない苦しみが怒涛の如く押し寄せる。

 

≪EXAMを切って! あの子の念が流れ込んでくる!≫

 

苦痛と表現するしかない意思の濁流が荒れ狂っている。

EXAMを通して、ユウに、コアネットワークに一方的に痛みを訴え続けている。

 

「ダメだ」

≪なんで!?≫

「俺達にしかあの子の声が聞こえないなら、俺達が聞いてやるんだ」

 

助けを求める子がそこに居て、差し伸べる手がそこにある。ならばやる事はひとつ。

二刀の近接ブレードを振り乱す黒いラファール・リヴァイヴの攻撃を防御に徹しながらユウは考える。

狙いは頭のパーツ。予測の取れない動きに狙いをつけるのは困難だが、何よりも出力調整を誤ってはならない。

やりすぎて少女もろとも吹き飛ばしては意味がない。ビームサーベルの威力は絶大だ。一撃で粉砕も不可能ではない。

 

「……ッ!?」

 

シールドで防いだ攻撃の衝撃がブルーを徹してユウの全身を揺さぶる。

これがISの戦い。MSとは違い搭乗者に加わる衝撃が直接的過ぎる。

千冬との戦いはユウが圧倒したが暫くの間は手の痺れが取れなかった。

ISでの戦闘経験に関して言うなればユウの実戦経験は決して多いとは言えない。

 

── 乱暴シナイデ 痛イノハ嫌

 

二刀がユウの首元目掛けて牙を剥く。

シールドとドダイを格納。両手にビームサーベルを展開し刃を交える。

少女の不規則な動きを避ける為にも距離を取って遠距離攻撃に徹する方法もあるが、実弾では狙いは絞れても威力までは絞れない。

四つの刃が鍔迫り合い至近距離で二機のISが激突する。

軍人であるユウも常人の筋力とは言い難いはずだが、目の前の少女も然り。

 

「くっ!」

 

ISの性能だけでは到底測れない。

人間としての限界を越え狂戦士と化した少女は化物と言う他無かった。

少女の怪力に押し込まれ咄嗟に距離を取り直したユウはドダイを足元に再度展開。足場代わりにして息を吐く。

浮遊に関してはIS単体でも十分すぎる性能を有しているが、常時飛ぶ事を意識していなければならない。

MSのように機械的に飛んでいるわけではないのだからユウにしてみればISでの空中戦は厄介だった。

宇宙世紀ではMS運用を様々な環境で試験的に行ってきたユウではあるが、堅牢な装甲に囲まれたMSに比べるとISの浮遊に不安が残っても仕方が無い。

長距離移動や空中戦における足場として展開できるドダイを束が用意してくれたのはユウにとってありがたい助力だった。

外部ブースターとしての効果もあり、飛ぶ事だけを目的にするなら打って付けの装備である。

元々ISは空を飛ぶのが前提に作られているのだからそれほど難しくなかったと束は豪語している。

ユウの持つ知力と武力を得た束は正に天災と呼ぶに相応しかった。

この調子であればユウが進言しなくてもバストライナーやスキウレ位は作りそうな勢いだ。

MSの航行補助であるバストライナーやスキウレは移動手段であると同時に砲台の取り付けられた兵器だ。

束の手が加われば際物になる可能性は否定できない。

その時はメガバズーカランチャーまで一直線のような気がするのは気のせいだと思いたい。

 

距離を取り改めてユウは目の前の少女の異質さを実感する。

ISがパワードスーツであると言っても搭乗者の肉体的な腕前がイコール強さではない。

機体性能、経験値、搭乗者の技量、戦術なども含めて実力は測れるものだ。

ユウに至っても同じだ。ブルーの性能や宇宙世紀での経験からIS搭乗者に比べて圧倒的優位性を持ってはいるが、生身としては異質なわけではない。

無論軍人である以上は常人よりは高い数値を叩き出すと思うが、規格外と言うわけではない。

が、目の前の少女はどうだ。機体性能も戦術も何もかもを肉体性能だけで無視している。成長しきっていない肉体を強引に動かしている。

ユウとて正義の味方を気取るつもちはないが、人間として看過できる状態ではなかった。

ましてや正面から浴びている感情はかつて知ったものと同じだ。戦いたくないのに戦える現実を嘆き苦しんだ少女と同じ叫びだ。

 

ドダイを蹴り宙を駆け刃を交える。

ISにエネルギーシールドがあると言っても搭乗者に及ぶ衝撃は相殺できない。未成熟な少女であれば肉体に及ぶ影響は計り知れない。

EXAMは敵の意思を鋭敏に感知する。明確な敵意や殺意は対象に対する指向性を持ちEXAMはそれを感じる事で予知に近い動作を可能とする。

擬似的なNTとは良くいったもので戦場が乱戦であろうが単体との戦闘であろうがEXAMを使いこなせれば圧倒的優位に立てる。

しかし、現状でEXAMはその性能を発揮しているとは言い難かった。

目の前の少女から放たれる意思は目的を持ってユウに放たれているわけではない。

全方位に苦痛を嘆いているだけだ。少女の意思を読み取るには至らない。

 

上下左右に乱れる刃を目視と直感で避け、受け止める。

カウンターで少女の頭を狙いビームサーベルを打ち込むが本能的なものか少女も鋭敏に感知し防御する。

防御後、タイムラグもないままに反撃に転じられブルーの目の前を刃が通過。

追うようにビームサーベルを振るうが首を九十度捻るような奇怪な動作で避けられる。

ビームサーベルを振るい時にシールドで防御と突撃を行い反撃を交えるが、決定打に至らない。

一進一退の攻防と言えば聞こえは良いが大打撃を与えるわけにいかない分だけユウが不利とも言える。

 

モニター越しに戦局を見ている束や欧州連合は複雑な気分だった。

宇宙世紀の技術の中でも特異性の高いであろうEXAMに触れ擬似的に再現した束からしてみればEXAMが通用しない状況は受け入れ難く。

蒼い死神に壊滅的打撃を受けた過去のある欧州連合にしてみれば少女が死神と拮抗している姿は信じがたい光景だった。

その背後に薬の影響や何ものかの思惑があるにしても、優れた知識と武力を持つ二者の観点から見れば二機のISの激突は容認し難かった。

 

ノイズのように少女の苦しみが脳内を走り抜け、表情に苦悶を浮かべながらもユウはEXAMを切らない。

唯一少女が出来る感情を取りこぼさない様に、二対の刃が踊り舞う様に死神の鎌が空を切り刃を弾く。

ブルーが弾いた刃を少女は力尽くで軌道修正して切り返す、再び眼前に迫った刃を身を捻り回避し少女の腹部を蹴り込む。

歪んだ表情を横目で流し伸びきった少女の右手首を掴み間接とは逆方向に捻り曲げる。折るのではなく動きを封じる為に極めに入る。

が、雄叫びが上がり、少女が激しくブルーに突貫、全身を武器として叩く。

強い衝撃を受けながらもユウはその手を離されない。

 

「……掴まえた」

 

手首を握られた状態ではブレードを振るえない。少女は即座に左手で握るブレードによる強襲を試みる。

反対側からの一撃をブルーの肩で受け止め左手を右手を同様に掴む。衝撃が装甲を貫きユウの肩口に痛みとなって襲い掛かるが掴んだ両手は離さない。

少女との距離を詰め、額をぶつけ赤い双眼が至近距離から少女を威圧する。

 

── 止メテ 消エロ 不愉快ナ奴

 

少女から発せられる重圧が一段と増し重苦しい空気に気圧される。

明確な拒否を宿らせた意識をEXAMが拾い上げ頭の中で響き渡るが、少女の意識が明らかに変わったとユウは気付いていた。

接近され始めて少女の意識の中に無差別の苦痛だけでなく、ブルーに対する拒絶が宿った。指向性の混ざった敵意をEXAMは逃がさない。

 

「今解放してやる」

 

頭を大きく振り被ってぶつける。堅牢な全身装甲の頭突きが少女の頭を揺さぶり三半規管を狂わせる。

反射的に頭を守ろうと駄々をこねる子供のように全身をゆすり、ブルーを引き剥がそうとするがその手は離れない。

両手を封じられ尚も常人を越える力で抵抗を続ける少女を正面から力尽くで抱き締めるように押さえ込む。

再度頭を振り被り二度目の強打撃を持って、頭部パーツを破壊する。単純なぶつかり合いであれば防御力の差がそのまま攻撃力に変換できる。

 

一撃目で走った小さな亀裂が二撃目で瓦解する。

中から現れたのは幼い少女。

薬の影響か浅黒くなった肌に色素の抜け落ちた白い髪、瞳は赤い充血で目の色の判断すらつかない。

肉体的に異質に成長していても少女だと一目で分かる程に幼い顔はやつれきっていた。

 

「あぁぁAAaぁぁァアアあああ!!」

 

暫しの間ブルーの腕の中でもがき苦しみ、やがて少女はぐったりと動かなくなる。

閉じられた瞳から血の涙が落ち、少女は痛みから解放された。

 

「博士?」

≪大丈夫だよ、脈も呼吸もある≫

「そうか」

 

安堵の溜息が漏れた。

戦場に乱入する際は気兼ねなく暴れるだけで良かった。

IS学園の生徒も教師も戦う上で戦士と呼ぶに相応しかった。

今回は違う。救助と言えば聞こえはいいが暴れる子供を手懐けるのは中々に難しい。

 

「さて、どうする? この子は軍に渡せばいいのか?」

≪それはダメ、連れて帰って≫

 

訝しむような表情をユウが浮かべたのが分かったのか束が言葉を付け足す。

 

≪その子いっぱい殺してるよ?≫

「……そういう事か、了解した」

 

少しだけ考えてからユウも合点がいったとばかりに少女を抱え直す。

強制的にISを装着させられていた名残か搭乗者が意識を失ってもラファール・リヴァイヴが強制解除されなかったのは救いと言える。

このまま高速移動に入ってもISが少女を守ってくれるだろう。

足元にドダイを展開、少女を抱えたままブルーは高度を上げていく。

 

「……ん?」

 

欧州連合からの追撃を覚悟していたユウではあるが、一切の妨害の気配がない。

それどころかハイパーセンサーが捉えた眼下の映像は目を疑うものだった。

木々の間、車両の間から軍人達が空に向かい敬礼を送っていた。

 

≪メッセージを送りますか?≫

「いや、いい」

 

箒の問いに短く答え、ブルーも地上に向かい短く敬礼を返す。

そのまま反転し、戦場に慌しい空気を撒き散らした死神は空に溶けるように去っていく。

 

 

 

 

 

蒼い死神と黒いラファール・リヴァイヴとの戦いに決着がついた時に安堵したのはユウだけではない。

地上で戦いを見守っていた欧州連合もまた安堵の息を吐いた。

蒼い死神に少女を任せる博打は何とか負けずにすんだ。少女を見殺しにする可能性は十分にあったのだ。

少女が殺されると判断した場合は全戦力を持って死神と敵対するつもりでさえあった。

結果を見れば少女に目立った外傷はなく、恐らく無事に鎮圧したであろうと確認が出来た。十分すぎる結果だ。

 

「全部隊に通信を」

「繋がっております」

 

帰って来た言葉に頷きを返し司令官はマイクを取る。

 

「欧州連合各員に通達する。黒いラファール・リヴァイヴの正体は分からないが私の判断で蒼い死神と共に見逃した。多くの同胞があの少女によって失われた。残された者は私を恨んでくれて構わない。だが、それでも私は、あの少女を救えた事を誇りに思いたい」

 

本来であればテロリストに協力した参考人として少女は軍が引き取らねばならない。

本人にその意図があるにしろ無いにしろ、少女は多くの軍人を殺してしまっている。

ISの武力使用、状況によっては国益を脅かす無差別殺人に発展する可能性すらあった。

軍法会議に掛けられた場合に弁明できる保証は無い。

だからこそ、蒼い死神が少女を連れ去った時には司令も含め心穏やかになった。

蒼い死神が少女を救えると確証はない。すぐに病院に搬送するのであれば軍で引き取る方が良いのかもしれない。

もしかすると蒼い死神が事件を裏で引いている可能性も考慮したが、それでも少女が無事であった事に安堵してしまった。

その結果が糾弾だったとしても、一人の人間として戦いの結果に喜んでしまったのだ。

 

司令の判断が正しかったのかどうかは分からない。

しかし、多くの戦友を失いながらも戦場にいる軍人達は空に向かい敬礼を返したのだ。

少女の攻撃に傷付いた者も、戦友に支えられながら立ち上がり敬意を表した。

失われた者達の家族は嘆き哀しみ、少女を恨むかもしれない。見逃した軍を非難するかもしれない。

だが、今この瞬間だけはたった一人の少女を救えた喜びが戦場に満ちていた。

 

 

 

 

 

今回の事件の発端である武装テロリストは欧州連合特殊部隊の殲滅戦にて撃滅した。IS出現に乗じて取り逃がした者達もいるが組織の壊滅には成功した。

引き続き調査は継続されるが黒いラファール・リヴァイヴの出所や少女に用いられたであろう薬物についての痕跡は見付かっていない。

しかし、この事件は後に世界を震撼させる一端を担っていた。

ISは女性にしか動かせない、これは世界常識として認知されており変わらない現実。

織斑 一夏は本人の預かり知らぬ所で束が手を加えており、ユウ・カジマに至っては言うまでもなく、この男二人は特例だ。

だが、今回の事件で実証された。

女性であれば薬を使えばISを無理矢理動かす、いや動かさせる事が出来ると。

それは後にバーサーカーシステムと呼ばれる狂気が誕生した瞬間だった。


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