IS ~THE BLUE DESTINY~   作:ライスバーガー

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第2話 少女が見た流星

太平洋沖に浮かぶ小さな孤島。

本当に小さな島であるが、この島はあらゆるレーダーも目視も受け付けない。

攻撃手段も防衛機能も持たないが、隠れる事にだけ特化した要塞。

当然ながら自然の要塞と言うわけではなく、人工的なステルスシールドによって守られていた。

この島の主人。篠ノ之 束が世界から隠れる為の島。

 

彼女は気が付いたのだ。

宇宙から落ちてくる異物に。

 

あらゆる通信網を含む情報をハッキング。

空から降ってくる一つの異物に狙いを絞る。

人工衛星の欠片でも隕石でもない。

 

異物は宇宙から真っ直ぐに落ちて来る。

まるで自分の元へ届けられるかの如く。

流星は空を貫き、衝撃と共に孤島のすぐ側に落ちた。

 

ありとあらゆる情報を規制。

降ってきた流星を無かった事にする。

映像も音も、地表の衝撃情報さえも。

あらゆるレーダー、観測衛星さえも欺いて。その存在を無かった事にする。

 

今、彼女はとても胸が高鳴っていた。

宇宙から降ってきたモノは彼女の好奇心を満たすに十分すぎる異物だったのだから。

 

 

 

 

 

 

「……ッ、艦? いや、違う?」

 

彼は気がつくと見知らぬ天井を視認する。

数度瞬きをしてから、何かに気付いたように眉間に皺を寄せる。

 

「重力がある?」

 

戦艦の慣性重力ではない。

天然の重力を全身に感じる事が出来る。

手足の感覚を確かめると少々気だるさは残るものの、五体満足のようだ。

 

「ここは、何処だ?」

 

辺りを見回してもコンクリートが剥き出しになった壁の他にはベットと小さな棚しかない。

清潔感も生活感も感じない、無機質な部屋。

 

「やーやー、起きたかい? 起きたんだね? 地球連邦軍所属のユウ・カジマ大佐で間違いないかい?」

 

部屋に現れたのは不思議の国のアリスをモチーフにしたようなゴシックドレスに兎耳姿の女性。

嬉々として浮かべられた満面の笑み。

対するユウは顰めた表情で現状を理解しようと頭を回転させる。

 

彼の記憶が確かであるならば宇宙に居たはずだ。

第二次ネオ・ジオン抗争において愛機であるジェガンで出撃。

激戦の末に、虹色の光に導かれアクシズを押し返す為に突っ込んだ。

そこまでは記憶にある。その後が曖昧だった。

輝く光と果てしなき宇宙。その狭間に抱かれるように記憶が途絶えている。

 

「うん? 聞こえなかったのかな?」

「……誰だ」

「質問に質問で返すのは感心しないね。まぁいいや、私は篠ノ之 束。この名前に聞き覚えは?」

「……いや」

 

篠ノ之 束と名乗った女性の言葉を否定。視線は彼女に固定したまま状況を探る。

正面から押し倒す事も出来る距離だが、ユウの第六感がそれを阻んでいる。

男女の差、軍人としての力量。全てが無力化されてしまう予感が拭えない。

何よりも今は情報が必要だった。記憶が定かでない上に天然の重力。

気を失っている間に拉致された可能性も含めて警戒を露にする。

 

「ふむ、私の名前を知らないっと。これは私の仮説通りかな? いやいや、全く持って面白いね! おいで、面白い物を見せてあげるよ」

 

そんな警戒を全く持って無視してスキップしそうな程に浮き足立った彼女は後ろを向いて歩き出す。

やはり一息で捉える事の出来る間合いだが、拭えぬ違和感を前に武力の行使は諦めた。

気だるさの残る体を強引に引き上げて、ユウは彼女の後を追った。

 

隣の部屋に一歩踏み込めば、そこは先ほどとはまるで違う。

明らかに高い天井。乱雑する機材とケーブル。多面的に映し出される投影型の映像。

ラボと呼ぶに相応しい部屋。

その中でユウの視線が一点に絞り込まれる。

 

RGM-89 ジェガン。

地球連邦軍の量産型MS。第二次ネオ・ジオン抗争の主力であり、ユウの愛機。

その成れの果て。ほぼ全損と言っていい程に砕け散った残骸。

それが部屋の中央で主の帰りを待っていた。

もはや原型は留めておらず、各部品が大雑把に分けて積み上げられているだけ。

それでもこれが愛機であると言う事は理解できた。

 

「この子と一緒に宇宙から落ちてきた君を私が拾ったってわけ」

「そうか、良く頑張ってくれたな、ありがとう」

 

言ったユウの手が唯の鉄塊と成り果てた愛機の残骸に添えられる。

哀悼を示すような光景は哀しくも絵になる姿だった。

ジェガン単機での大気圏突入。搭載火器を全て破棄すれば不可能ではないが、パイロット操作の無い状態で大気圏突入。いや落下と言うべき行為を行い耐える事が出来るかは定かではない。

だが、現状からユウはそれ以外に考えられなかった。

 

「残念だけど、君の想像と現実はちょっと違うと思うよ?」

「違う?」

「そう、違う、ノー、否定。言葉の意味は通じるよね?」

 

得意げな笑みを深めた彼女は「むふん」と鼻息を荒げ豊満な胸を張る。

 

「私の名前を知らない事が事実を物語っているよ。この世界において、それも軍属の人間が私を知らないはずがない」

 

指をユウに突きつけて、宣告が下される。

 

「君は世界の壁を超えたんだよ」

 

何を言われているのかその意味を即座に理解する事は出来ない。

しかし、その意味を理解せざるを得なかった。

束の言葉、提示される証拠となる記録。

何よりも、宇宙世紀など存在していない世界。

 

束は噛み砕いて現在の世界について教えてくれる。

世界最強であるIS(インフィニット・ストラトス)女性しか動かす事の出来ないと言う事から生まれた女尊男卑の風潮。

全てを変えた白騎士事件。ISの開発者である、彼女自身の事。

篠ノ之 束と言う人物の人となりを知る者であるならば、疑問を持つ程に束はユウに情報を提供した。

 

「ひとつ教えて欲しい」

「何だい? 幾らでも聞いてくれていいんだよ?」

「俺に何を求めている?」

 

その言葉は束に取って十分以上の返答だった。

この状況下において自らの立場を理解した者でないと辿り着けない言葉だ。

ニコリではなくニヤリと彼女は笑って見せた。

 

「いいね、賢い子は好きだよ」

「子供扱いとは恐れ入る」

「うん? もしかして、気付いてないのかな?」

 

何処から取り出したのか、彼女は大きめの手鏡をユウの前に翳す。

訝しみながら覗き込むと映し出されたのは20代前半の姿で驚愕に目を見開くユウ。

 

「バカなっ!」

「そう、本当にバカみたいな話だね。調べた限りでは君の年齢は37歳のはずだ。それがどうだい? どう見ても20代前半だ。君は世界を超えただけでは飽き足らず、恐らく最もMSパイロットとして気力溢れた時代に遡っている」

 

ジェガンに残っていたパイロットデータの記録では第二次ネオ・ジオン抗争時におけるユウの年齢は37歳。

宇宙世紀におけるMS戦争の始まりとも言うべき一年戦争時代のユウの年齢は23歳。

鏡を覗き込む容姿は明らかに一年戦争時代のユウだった。

 

「さて、そこで先ほどの質問に戻そうか?」

 

世界を超え、年齢さえ超えた超常現象の真っ只中であるが、ユウは何とか精神を持ち直し眼前の束を見据える。

彼女の目的が何なのかをまだ見定めていない。

 

「賢くて強い。ますます興味を持つよ」

 

笑みをより一層深くして、彼女は告げる。

 

「ユウ・カジマ大佐。私の力になってくれないかい? 勿論、君が望むだけの力をあげよう」

 

 

 

 

一度考えさせてくれとユウは先ほどの部屋に引き戻った。

ベットの上に腰を下ろし、現状から考えられる最善を探す。

既に答えは出ている。それでも何処かで線引きをしないといけない。

自分自身が納得する為に、ユウは現状に対し思考を繰り返す。

 

 

 

ラボに残った束はジェガンの残骸から引きずり出したデータボックスを自作の端末に繋ぐ。

既に何度も確認した項目を再度目で追いかける。ユウの経歴を繰り返しその目に焼き付ける。

ジェガンそのもののMS情報だけではなく、搭乗者の情報も同時に登録されているデータは非常に興味深かった。

 

ユウ・カジマ。

元連邦軍戦闘機のパイロット。後にMSパイロットに転属。

一年戦争をはじめエースと呼ばれるに相応しい戦績。

だが、その中に束だからこそ分かる程の細工。データ改竄の形跡を見逃さなかった。

サルベージしたデータを組み合わせ導き出す。

巧妙に隠された戦歴。破壊されたであろう経緯。

情報は一度書き込まれればその痕跡を必ず残す。

束でなければ気付かなかった。束だからこそユウの過去を掘り起こす事が出来た。

EXAM、蒼、NT、マリオン、第11独立機械化混成部隊。

キーワードとなる単語を目で追いながら、束は何を思うのか。

 

天災と蒼い死神との出会いは世界に何をもたらすのだろうか。


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