IS ~THE BLUE DESTINY~ 作:ライスバーガー
命を賭けた戦いに次など無い。
クラス対抗戦にて決勝戦で破れ、リベンジに思いを馳せる一夏には未だ至らぬ境地。
欧州、ドイツにある広大な湿地帯、覆い茂る深い森の中に廃墟となった軍事基地がある。
資源採掘と保存を目的にされ地下に広いスペースが確保されている。
かつては軍の拠点として様々な物資が貯蔵されていた施設であるが現在は稼動していない。
使われなくなった基地は瞬く間に自然に侵食され天然の鉄屑と化していた。
ISが頭角を現し各地には様々な軍事施設の名残があった。ここも歴史の流れに埋もれたひとつ。
歴史こそ浅いがISは軍事に大きな影響を与え、人の手を離れた施設は軍関係者も近付かなくなっていた。
既に失われた基地を囲むように欧州連合軍が武装を展開していた。
装甲戦車を中心に陸軍歩兵、後方には索敵車と迫撃砲部隊。連装ミサイルを搭載する車両もある。
数機のヘリが上空を旋回し基地の周囲には久しく忘れられていた活気と物々しい雰囲気で溢れかえっていた。
この基地に過激派とされるテロリスト集団が潜伏していると発覚し欧州連合が武力による鎮圧に打って出た。
現在基地内部では武装したテロリスト集団と先行した特殊部隊とが銃撃戦を繰り広げている。
周囲は深い森で囲まれている為、森の中に逃げ込まれれば発見は困難。故に物量で圧倒するだけの火力と人員が用意されていた。
特殊部隊が制圧に成功すれば良し、失敗したとしても物量と火力による包囲網から逃げ場は無い。
「進行具合は?」
指揮車にて変化の無い基地をモニターしていた欧州連合ドイツ陸軍の司令官が問う。
隣の副官が小さく頷き、現状の報告を読み上げる。
「現在施設の六割を掌握、接敵殲滅を繰り返していますが敵本体は深部に逃げ込んでいる模様です」
「問題なさそうだな」
時代が変化する前から前線を指揮していた壮年の司令官が僅かに安堵する。
白色の割合が多くなってきた髪が表すように最前線での時代の変化を身を持って経験している。
条例によりISの軍事使用が禁じられているとは言え完全に制限など出来るはずもなく。
万一テロリスト側の戦力にISがいた場合、現戦力で何処まで対抗出来るかは分からない。
最悪を考慮するのであれば常にIS部隊を投入するべきではあるのだが、今回の作戦は対人戦だ。
欧州連合が所有しているIS部隊は基本的には演習や哨戒や防衛にしか出撃しない。
軍事使用に関する条例を考慮していると共に年端もいかない少女が乗っているISを最前線に投入したくない気持ちもあった。
ISは兵器として見た場合に現存の兵器を凌駕する性能を有しているが、その形状はパワードスーツだ。人間の手足、視覚や聴覚の延長と言ってもいい。
ISで人を殺すとなれば殺人の感覚を生々しく搭乗者が感じるに他ならない。
ボタンひとつで人が死ぬ兵器とは違う。ISの最大の特徴にして軍事における最大の欠点は少女達に取って重過ぎる現実となりうる。
だからこそ、軍歴を持つ者からしてみれば兵器としてのISは欠陥品だ。
女尊男卑の時代に男性と女性が争えば男性は三日と持たないとする評論家もいるが、その理論に軍人達は苦笑を漏らすしかない。
ISの武力を持ってすれば三日で世界制圧は可能かもしれない。
しかし、人を殺すと言う事を理解しているとは思えない。命の重みを机上の空論でしか語れない愚か者の夢物語だ。
全てのIS搭乗者が感情も持たず殺戮を繰り返すマシンとなるのであれば話は別だが、論ずる必要もない戯言だ。
モニターを見る司令官は冷めた目で戦局を見ながらもIS部隊を戦場に投入する時代でない事に感謝していた。
ISをただの武力として使う時代が来てしまえば、それは戦乱と呼ぶ時代になってしまう。
あの少女達に血で血を洗う戦場は似つかわしくない。軍人である少女達に対しては侮辱に当たるかもしれないが司令とて人間。
祖国に帰るべき場所も愛する家族もある。守るは奪うより遥かに難しいと軍人の方が評論家よりも理解している。
「なんだ?」
状況把握に努めていた副官が不意に声を上げる。同時に観測員から特殊部隊の反応ロストが伝えられる。
現在基地で活動している特殊部隊は四十名。その内の十名の反応が消えた。
局地での制圧を得意とする特殊部隊は味方以外の動く者に対し躊躇いも持たずトリガーを引く精鋭だ。
言うなれば戦場を掃除する為の機械。そんな戦闘のスペシャリストの四分の一が一瞬で消えた。
余談だが彼等ですら後詰の部隊と補給線の確保がされているから実力を十二分に発揮できるのだ。
仮に特殊部隊の面々がISを得たとしても自分達だけでは何も出来ないと苦笑交じりに語るだろう。
「罠か?」
直後、更に数人の反応が消える。
「撤退、先行部隊を現場から離脱させろ。内部モニターはどうなっている」
只事ではないと判断し司令が撤退を指示。
撤退信号を送り、観測員が内部の映像情報をモニターにリンクさせる。
基本的に部隊が先行している場合は映像や音声信号はリンクさせない。
内部が凄惨な状態になっている可能性や断末魔による混乱を避ける為ではあるのだが非常時はその限りではない。
「な、まさかっ! 全部体に通達、対IS戦闘準備!」
モニターに映し出されたのは形状こそハッキリしないが、紛れも無く人型の兵器。
向けられた銃口が輝くとまた数人の反応が消えた。
撤退の指示を確認し特殊部隊が離脱を図り、地上では機銃が基地に照準を合わせる。
ミサイルがいつでも火を噴ける状態になりヘリは急ぎその場を離脱する。
木々の間から軽機関銃や無反動ロケットを構えた歩兵が隙間無く詰め寄り大型の装甲戦車が前線に進み出る。
更に一際大きな装甲を持つ車両が最前線に木々を押し倒しながら現れる。
重々しく何重にも張り巡らされた装甲板は耐熱性に優れ戦車以上の頑強さを誇る。
装備は通常兵器ではなく、閃光弾や音響弾、捕縛用の鋼鉄網に電磁ショック搭載の電磁ロッド。
その他に各種センサーにその逆を行くジャミングにミサイルジャマー。
ISの動きを少しでも鈍らせる事に焦点を置いた対IS用の特殊車両だ。
全軍の準備が完了するのとほぼ同じタイミングで基地上層部が弾け飛び、黒いISが空に舞い上がった。
「撃てーっ!!」
IS確認と同時に全砲門が一斉に火を噴いた。
これが地表であれば全砲撃とはいかないが、敵が空中にいるのであれば遠慮なく叩き込める。
搭乗者を思えば即時発砲は好ましくないが、ISを相手に躊躇いは許されない。
様々な銃器が轟音を上げて上空のISに持ちうる限りの火力を叩き込む。
攻撃が止み、濛々と立ち込める爆煙、その中心にISが健在であるのは指揮車のレーダーでも捉えている。
攻撃が効いているとは誰も思っていないが、もしかすると降伏を申し出るかもしれない。
先制攻撃をしていながら都合の良い話ではあるが、出来れば降伏して欲しいと思わずにいられない。
煙が散り、空中に浮遊したISがその姿を見せる。
ラファール・リヴァイヴ。ただしその色は黒く染められている。
「黒いラファール・リヴァイヴだと?」
欧州においてはありえないカラーリング。
応酬連合の所有するISのうち黒はドイツがメインカラーに用いており識別の為にも各国カラーリングを被せはしない。
都合上ドイツ軍がラファール・リヴァイヴを使用する場合も元々の色である緑を用いている。
「カメラ拡大!」
本来であればISと敵対する場合に味方ISがいなければ撤退が基本だ。
条例もあるがISは防衛に出ても追撃はしてこない。軍が逃げれば追わないのが暗黙の了解でもあった。
テロリストが相手ではその理論は通じないかもしれないが、司令官は空中にいるラファール・リヴァイヴを見逃すわけにはいかなかった。
思わずカメラを拡大して確認してしまう程に、それは信じがたい光景だった。
「あんな小さな子が乗っているのか!」
ISは装着する際に人体に密接に同調する。機械と人が一体となるといってもいい。
その為、ISを装着する場合は心身共にある程度成長しているのが前提だ。
最適化さえしてしまえば肉体の大きさは関係なくISを装着は出来るが、それでも目の前の少女は異例だった。
明らかに小さい。年齢は十代前後、もしかすると一桁かもしれない程に未成熟。
だが、正確な年齢は推し量れない。その容姿は異質としか言いようがない。
成長していない体にも関わらず、筋肉が膨れ上がり、血管が激しく脈動しているのが分かる。
本来ラファール・リヴァイヴには無い頭部パーツが取り付けられており、表情こそ分からないが激しく被りを振っている。
「あァぁアああぁぁAaaAあぁああああああああ!!!」
少女が声と呼ぶには余りにも痛々しい叫びを上げて両手に展開した銃を放つ。
放たれた熱量を帯びたレーザーが瞬く間に展開していた車両と歩兵を焼き払った。
「くっ、我々にあの子を撃てと言うのか」
鈍い音を立てて司令官が机を叩く。
歯を食いしばり見上げた先では少女が軍の車両を焼き払っている。
対IS用特殊車両の捕縛網も電磁ロッドも意に介さずに屠っている。
少女が敵であるの事は明白、しかし少女がテロリストではない事も明白。
異質な少女は明らかに普通ではない。自分の意思で行っているとは到底思えなかった。
「司令、該当データが出ました」
副官が唇を噛み切り血を滲ませながら報告する。
目の前の少女を照合した結果、数ヶ月前に孤児院から拉致された子供と一致した。
再び司令が机を強く叩く。
「ならば、アレは! 我々が守るべき国民ではないか!」
万一にも先制攻撃で仕留める事が出来ていればどれほど気楽だったか。
敵として割り切るのも難しくないだろう。だが今は違う。知ってしまえばそれは現実となって襲い掛かる。
守るべき国民と敵対するか否か。
「司令、我々は貴方に従います。貴方の判断を支持します」
判断を委ねられた司令に対し副官以下、指揮車に乗り合わせた人員の視線が集まる。
何れも司令の判断に意を唱えるつもり等毛頭ないと言わん表情。
少女を討たねば軍が焼かれ、背後にある国に戦火が及ぶ。彼等は国と国民を守る為に集まった軍人だ。
国の敵として少女を討てと言われれば討つのに躊躇わず、国民として彼女を守れと言われれば全力で守る。
その為の軍だ。テロリストに利用されている少女一人救えずに軍を名乗れるはずがない。
「お前達……」
討てない、撃ちたくない。それでも誰かが少女を止めなくては国に被害が及ぶ。
今この瞬間にも同胞達が少女の暴虐により命を失っている。守るべき者を守る為の軍隊が、守るべき者を撃たねばならない。
まして相手はIS、軍が壊滅する可能性の方が高い。持てる戦力と引き換えにしても少女を救える確証すらない。
「未確認機急速接近!」
「この状況で新手か!?」
周囲状況を観測していた索敵車からの緊急連絡。
高々度から急速に接近してくる別のIS反応。更に未確認ISからは信じられない文章が送られてきていた。
『アレの相手は引き受ける。助けたければ手を出すな』
たった一文が一方的に送りつけられ、すぐにISの詳細が判明する。
映し出されたのはかつて欧州連合を一機で壊滅させた悪夢の姿。
「蒼い死神!!」
誰かが叫び、驚愕が場を支配する。
蒼い死神が戦闘空域に真っ直ぐ向かってきていた。
≪接敵まで九十秒≫
足元にドダイを展開したブルーが雲を突き抜けながら戦場に介入を果す。
箒の声を聞きながらもハイパーセンサーで捉えた少女から目を離さない。
助けると公言したものの、どうするかと思考を巡らせている。
≪欧州連合、ブルーをロックオンしています!≫
「大丈夫だ、撃たれない」
≪どうしてです?≫
「あの子を助けるにしろ倒すにしろ、こちらに敵対する意味はない」
敵の敵は味方。この場合それが通じるかは分からないが優れた軍人であれば現状でブルーに手を出すはずがないとユウは確信していた。
ユウの言葉通り、欧州連合はブルーと少女をロックし攻撃姿勢はそのままだが戦局には加わらず、最低限の距離を保って防衛線を構築している。
「箒、欧州連合にメッセージを」
≪はい、内容はどうすれば≫
「貴官等の英断に敬意を」
≪了解です≫
戦場に降りたブルーはドダイに乗ったまま空中で制止。距離を保ったまま少女と相対している。
口元より上は頭部パーツに覆われて分からないが、歯を剥き出しにして痛みに耐えているようだった。
痛々しいと言う表現がこれほどしっくり来る場面も余りない。
ISスーツが千切れ飛び、半裸の状態で全身の血脈が激しく蠢いている。
何よりも脈動する筋肉が少女のものではなく、別人のように張り詰めていた。
≪嫌な予感程良く当たる≫
冷め切った声で束が通信に割り込む。通信越しだと言うのに怒り狂っているのが目に見えた。
≪頭についてるアレ、ぶっ壊して。それでISから解放されるはずだよ≫
「あの子は助かるか?」
≪分からないよ。あの子の体の中ぐちゃぐちゃだ。色んな薬でごちゃ混ぜになってる≫
状況を把握すると同時に束はコアネットワークですぐに少女をチェックした。
少女はISと無理矢理繋げられている状態だ。頭のパーツで脳を直接刺激し痛みで肉体を支配している。
肉体も精神もありとあらゆる薬漬けにされており、生きているのが不思議な位だ。全てを一方的に狂わされている。
≪コアネットワークは嘘をつかないよ。メディカルチェックは完璧だよ≫
それは少女が心身ともに危険だと言っているに等しい。
これ以上ない程に冷たい束の声。
隣に居るであろう箒が言葉を失っているのは現実への恐怖かそれとも姉か。
身内や友人に対し線引きを行い、線の外に対しては一切の興味を示さない姉が怒っている。
ISと言う我が子にも等しい存在を汚された故の怒りか、ISが少女を傷つけた為の怒りか。それを推し量る事は出来ない。
≪ユウ君、お願いだよ。その子を助けて上げて、ISから救ってあげて≫
「……任務了解」
ブルーが戦闘態勢に入ると同時に黒いラファール・リヴァイヴが両手の銃の引き金を引いた。
「……ッ!?」
ありえない光景にユウが驚きに目を見張る。
銃を放った後に距離を詰めてきた黒いラファール・リヴァイヴは両手にブレードを展開。
一気に距離を詰めて二刀でユウを追い込んでいた。
シールドとビームサーベルを展開し切り払うユウではあるが、少女の身のこなしに驚きを隠しきれなかった。
予測も何もあったものではない。
振り乱す二刀は人体の構造を無視したように動き回っている。
子供が玩具を振り乱すように、間接の構造も無視して我武者羅に。
≪ユウさん! 気をつけて下さい、その子の肉体数値が異常です≫
≪しまった、これも薬の影響だよ。人間の限界を越えてる!≫
篠ノ之姉妹の声が指し示すように少女の動きが加速する。
人間として再現できる限界を振り切った筋肉指数がありえない怪力を呼び、奇想天外な動きは人間の予測を狂わせる。
壊れた人形が振り切れたゼンマイを無視して踊っていた。
「くっ、やるしかないか」
──EXAM System Stand By
ヴォンと音を立ててブルーのツインアイが赤く染まる。
真っ赤に染まり、血が滴るようにブルーの気配が変わる。
振り払われたビームサーベルを怖がるように少女が後方に飛んだ。
EXAMがコアネットワークに介入。
少女の叫びを、少女の感情を、その中に宿る意識をEXAMがユウに伝える。
ヤメテ 乱暴シナイデ 私ニ 触レナイデ 誰カ ワタシヲ止メテ……!!
その慟哭を聞いてしまった。
かつてユウが遭遇した数奇な運命。EXAMの素体となった少女の悲運の叫び。
時を越え、異なる世界にて、宿命が再び訪れ、蒼い稲妻が戦場を駆け抜ける。