IS ~THE BLUE DESTINY~   作:ライスバーガー

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第18話 STAND UP TO THE VICTORY

織斑 一夏は身内や友人関係は少々特殊だが数ヶ月前までは至って普通の一般人だった。

ISと言う力を手に入れたからと言って強くなると言うわけでもない。

空を飛び、強固な鎧を纏い、全てを打ち破る剣を得たとて力は力だ。扱う人間の精神が伴っていなければ意味を成さない。

女尊男卑の時代と呼ばれていようとも女性が偉くなったわけではない。

強い力であるISを持つ者が偉いのであれば織斑 千冬が世界で一番偉いと言う事になる。当然ながら答えは否だ。

 

クラス対抗戦、決勝戦。

アリーナ上空で試合開始を待つ二人に対する視線は様々な思惑を孕んでいた。

一組クラス代表の一夏に対しては好奇心が多く、四組クラス代表の簪に対しては羨望と嫉妬。

男性搭乗者である一夏が注目されるのは当然と言えるが唯一の男だから学園でハーレムかと言えばそうではない。

無論、本人にその意図は無いが中学時代の友人からすれば一夏の立場は美味しい環境だろう。

時代は女尊男卑、世の中はそんなに甘くない。

特にIS搭乗者は女尊男卑の影響を最も受けていると言っても過言ではない。

一組の面々は一夏を好意的に受け入れたが学園全体が歓迎と言うわけではないのだ。

何せ一夏は女尊男卑の時代を切り裂く可能性を秘めた存在なのだから。

男性に対しあからさまな嫌悪感を抱く者や容姿から好意を抱く者、政治的な背景を考える者もいるだろう。

唯一の男性だからと言う理由で無条件に好意が集まるはずがない。

故に一夏に集まる視線は好奇心を中心に様々な意味が含まれていた。

 

対して簪は分かりやすい。

国家代表候補生として申し分ない実力を持ち、整備まで可能な知識を持つ才女。

姉は学園最強にして現役のロシアの国家代表。更識の家系について知っている者こそ少ないが血筋を含めても間違いなく一流。

女性ばかりの学園において羨望と嫉妬が簪を覆うのは当たり前とも言えた。

最もお嬢様比率が高いIS学園においてイジメのようなものは皆無ではあった。

 

外野である観客の視線を意識の外にした当人達の視線は対極なもの。

やる気を漲らせる一夏は正面から簪を見据えているが、簪は目を合わせず視線は泳ぎ何処か気弱な雰囲気を醸し出していた。

白式はお馴染みの近接ブレードである雪片弐型を持ち、打鉄を纏った簪は長い薙刀を自然体のまま下げていた。

同じ近接特化型同士のISによる戦いであるが決勝戦ではエネルギー制限は設けられていない。

スペックで言うならば白式は完全に打鉄の上位互換、いや明らかにオーバースペックだ。

特にスピードに関して言えば打鉄と比べる事もおこがましい。

 

しかし、この戦いにおいてマシンスペックはそれほど重要ではないと観客は理解している。

予選となるBブロックの試合において簪は三機のラファール・リヴァイヴを寄せ付けなかった。

一夏とは違う意味で強敵として認識されていた簪は試合開始と同時に三機による同時攻撃を受けた。

それを薙刀とバズーカ砲だけで圧倒して見せた様は圧巻の一言だった。

 

一夏に向けられる好奇心と簪に向けられる強敵への視線。興味を引く意味では同じだが、含まれる感情は別物。

女尊男卑の時代を覆す可能性のある戦いが始まろうとしていた。

試合開始のカウントが始まりやっと簪が一夏へ視線を向ける。泳いでいた視線がスッと細められ気弱な雰囲気が消える。

薙刀を握る手に力を込め、普段の簪を知る者からはすれば別人のような空気を纏う。

 

決勝の始まりが鳴り響き、観客が一斉に沸きあがった。

 

 

 

「一気にいくさ!」

 

開始と同時に瞬時加速。

先手必勝一撃必殺を心掛け一夏が爆ぜるように駆けた。

予選と違い奇襲である必要はなく真正面からぶつかるように突撃する。

 

「……遅い、隙だらけだよ」

 

僅かに半歩だけ捻り白式の軌道上から打鉄が動く。

瞬時加速はIS単体で持つ移動スキルの中では難度の割りに高い利便性がある。

高速戦の使い手であれば瞬時加速中に瞬時加速を重ねる例外もいるが、単純加速においては最速を誇る高等技術だ。

加速力を始めスピードに秀でた白式であれば尚の事だ。

そんな瞬時加速に対して遅いと言う評価は本来間違っているのだが、簪からしてみれば一夏の瞬時加速は確かに遅かった。

加速に入るモーション、視線の動き、剣を振るう動作、直線にしか動けない瞬時加速において無駄があってはならない。

故に、たった半歩の動作で十分だった。

 

避けるのではない、半歩動いた後に薙刀を振るう。

接近し零落白夜を発動させた雪片弐型と切り合おうとすれば自殺行為に他ならない。

狙いは手元、勢いに逆らわず流れるように振るわれた薙刀が一夏の手首を叩く。

瞬時加速の勢いが止まらない一夏に対し、すれ違い様に腹部と後頭部を薙刀の切っ先で強打。

アリーナの反対側まで突っ込んだ一夏が顔を歪め、あっと言う間の出来事に何が起こったのかと言う表情を浮かべている。

振り返った一夏の視線の先ではバズーカとマシンガンを展開した簪が静かに佇んでいた。

 

「やべっ!?」

 

咄嗟に防御の体勢に入るが、簪は何も言わず銃器を投げ捨てた。

銃器がアリーナの地面に落ちたのを確認し簪は少しだけ表情を曇らせ改めて一夏を見やる。

 

「織斑君の武器はそれ(雪片弐型)だけなんだよね?」

 

簪にしては饒舌とも取れるような言葉。

話掛けられるとは思っていなかった一夏が一瞬キョトンとした表情を浮かべて肯定を示す。

 

「そう、なら私もこれ(薙刀)だけでいい」

「なっ!?」

 

馬鹿にされている、そう一夏が思っても無理の無い言葉と共に簪は薙刀を構えた。

 

「……勘違いしないで、侮っているつもりも馬鹿にする気もない」

 

決勝戦にはエネルギー制限が無いように武装制限もない。

元々雪片弐型しかない白式は別にして打鉄やラファール・リヴァイヴは複数の武装を格納できる。

武装パターンが多ければ取れる戦術が増えるのは当然であり近接攻撃しか持たない一夏と戦うにあたり銃器があるに越したことはない。

 

「……私が貴方を嫌いなだけ」

 

その一言と共に浴びせられるのは明確な敵意。

IS学園内に一夏を嫌悪している女子は少なからずいるが、正面から受けたのは初めてだった。

拒絶のように真っ向から否定するのではなく、一夏の存在を理解した上で示される嫌悪。

 

「な、なんでだよ」

 

何故そのような意思を浴びせられるのか分からず思わずうろたえる。一夏とて女尊男卑の時代は分かっている。

運が良かったのか悪かったのか彼の育った環境ではそれほど大きな影響は無かったが、世間の流れとしては理解している。

それでも身に覚えの無い敵意を浴びせられるのは辛い。

 

「気にしないで、貴方が悪いわけじゃない」

 

それだけ言うと簪は薙刀を構え直し踏み込んだ。

白式に肉薄し刃と柄を振り乱し舞い踊る。剣道での打ち合いとは全く違う薙刀の間合いでの乱打。

長い間合いで刃が上下左右に踊ったかと思うと、刃とは反対側、柄の最後部にある石突が近距離で打ち込まれる。

銃撃の回避に関しては一定のレベルに到達した一夏ではあるが近接戦闘になれば話は変わる。

近距離戦闘の方が得意ではあるのだが、薙刀と剣道の間合いは全く持って別だ。

それもスポーツでの薙刀ではなくISを使った戦いでの薙刀は根本から全く持って違う。

間合いが読めない上に攻撃が直線的ではないのだ。剣道でも振るう途中で軌道を変える戦いはあるが、簪の薙刀は刃と柄が乱れ舞っている。

一夏の攻撃が威力重視ならば簪の攻撃は命中重視。とにかく的確に手数を当ててくる。

 

「くそっ!」

 

雪片弐型による防御と自身の見切りを持って回避を交える。

徐々に追い込まれる一夏ではあるが、その目は希望を捨ててはいない。

頭の中で当てられる敵意の理由を探しながらも必死に防御し活路を見出そうとしていた。

 

「考え事をしてるから、追い込まれる」

「っ!?」

 

見透かされたような言葉の後、鳩尾に石突が突き刺さる。

嗚咽を堪え、何とか距離を離そうと飛び上がると簪は追ってこなかった。

視線の先に留まっている簪を見て、改めて一夏は対戦相手の実力を思い知らされた気がしていた。

 

更識、クラス代表、国家代表候補生。それらの肩書きは伊達ではない。

更識の意味は分からずともクラス代表と国家代表候補生については知っている。

入学前からISについて学んだのは一夏とて同じだが、地盤が違う。

ティナ達クラス代表もISについての知識も修練も積んでいるが、国家代表候補生になればその差は雲泥だ。

クラス代表にして国家代表候補生。本来はセシリアやシャルロットが出場して初めて舞台になりうる相手だった。

 

「……また考え事?」

 

遠くを見るような簪の目が一夏を射抜く。

 

「いや、強いなと思ってさ」

 

怯みそうになった心を押さえ込み、気合を入れ直す。

まだ勝敗が決まったわけではないのだから。

 

 

 

 

 

「強い、まさかここまで一方的になるなんて」

 

アリーナを見上げているシャルロットが悔しそうに表情を歪める。

一夏との訓練においてとにかく基礎は叩き込んだ。

一夏が剣道を学んでいるもあり近接戦闘は何とかなるだろうと思ってしまっていた。

IS戦に関しては銃撃戦が主流であり、対戦相手が銃を捨てる事は想定していなかった。

代表候補生としての簪の情報は仕入れていたが、公式での戦闘記録が殆ど無く判断材料が少なかった事も要因だ。

射程が長ければ強いと言うものではないが、剣道三倍段と言う言葉があるように間合いが長い相手と戦うのは難しい。

 

「自力だけの問題ではなかろう、更識相手に零落白夜は通じんさ」

 

後ろから成り行きを見守っていた千冬が口を挟む。

 

「どういう事でしょう?」

 

シャルロットの隣で同じく口惜しそうにしていたセシリアが問う。

 

「零落白夜がどういうものかは知っているだろう?」

 

かつてISの世界大会モンド・グロッソを制覇した千冬が使用していた単一仕様能力。

それを用いた一撃離脱の戦法で千冬は世界を制した。世界最強の代名詞。

当然ながら世界中が零落白夜については十分すぎる程の対策と研究を行った。

単一仕様能力はISと操縦者の相性が最大限に発揮されて発現するものだ。千冬が現役を退き研究している機関は激減していた。

イギリスやフランスも同様。零落白夜に対する知識はあっても対策は必要ないとされていた。

弟でありイレギュラーである一夏が同様の単一仕様能力を発揮するなどと誰が思うと言うのか。

 

「更識は所謂、必殺技と言うやつが好きだそうだ」

 

IS搭乗者として零落白夜を知識的に知っているだけではない。

世界最強である千冬の技術は世界中が学んでいるが、簪はその中でも零落白夜を徹底的に研究していた。

使い手が二度と現れる事が無いにしても、憧れとも言うべきヒーローの持つ技を簪は大好きだった。

 

「更識は私以上に零落白夜を知っている」

 

発動する際のエネルギー変動、エネルギー刃の構築、形状の変化に必要な時間、機体移動に及ぼす影響。

基本が千冬で学んでいるのだ、現状の一夏が使う零落白夜で簪を捉えられるはずがない。

世界中で最も研究されている千冬の技術、世界最強の剣。だからこそ、研究され尽くしている技術。

 

IS乗りとしての実力であれば簪はセシリアやシャルロットと同等か二人以下かもしれない。

セシリアを追い込んだ一夏であれば腕前としては立ち向かえるかもしれない。

だが、用いる技術が通用しないのであれば前提条件が成り立たなくなる。

零落白夜さえ当てれば勝てる。その理論が破綻してしまっている。

立場上生徒にアドバイスできない千冬はその事を一夏に伝えていない。

最も、伝えていたからと言って現状を打破できるとは千冬も思っていなかった。

何より現役時代の千冬は世界中の猛者と戦う為に一撃離脱の戦法を取っていた。

零落白夜を一撃必殺としてしか使う事の出来ない一夏とは根本から違う。

 

 

 

 

 

千冬達が見上げる中、一夏は何とか勝機を見出す為に攻勢に出ていた。

先ほどのように瞬時加速による突撃ではなく、ハッタリの意味も込めて予め零落白夜を発動させ攻撃に出る。

対する簪は全く躊躇いも見せずに一夏とは逆方向に移動する。要するに逃げた。

驚いた一夏が追い掛けるとマシンスペックの差もあり瞬く間に追い付いた。

接近するとタイミングを見計らったように振り返った簪が蹴り上げる。

今度は手首ではなく雪片弐型の柄を狙い下から降り抜かれる。

何とか雪片弐型は離さなかったが体勢の崩れた一夏に薙刀が振り下ろされ一夏の肩に痛烈な衝撃が走る。

 

「織斑君は今まで自分の力で勝って来たのではない。そのISの性能のおかげだと言う事を忘れないで」

 

再度振り上げられた薙刀の切っ先を見て一夏の表情が歪む。

 

「織斑君の努力は認めるけれど、どうしようもない事もあるの」

 

決して努力は否定しない。簪自身高みを目指しており一夏が努力している事も刃を交えれば見えてくる。

それでも、譲れない一線がそこにはあった。

刃を振り下ろしながら一瞬だけハイパーセンサーで観客席の姉を捉える。

その表情は何も語らず、黙したまま試合を見守っている。

再度同じ箇所に振り下ろされた刃を振り抜くと地上に向かい一夏が落ちていく。

 

「この世界に神なんていないんだもの」

 

それは簪の勝利宣言と変わらなかった。

 

 

 

 

 

負ける。

落下しながら急激に冷める意識を一夏は自覚していた。

向けられる敵意の意味も分からず、努力は認めると上から目線で言い放たれて、無様に落ちる。

強い衝撃と共に地面に落ちると激しい土煙が上がる。同時に試合開始時よりも大きな歓声が沸きあがった。

 

(俺は、負けるのか、またっ、何もできないままでっ!)

 

全身が砕けるような衝撃を堪えながら、白式のエネルギー残量を確認。残り三割を切っている。

機体としての戦闘継続条件は満たしているが肝心の一夏が戦えなければ意味がない。

辛うじて意識を繋ぎとめた一夏は白式の助力を得て起き上がる。

その姿が大型ディプレイに表示され三度観客が大きく沸いた。

 

「俺は、まだっ!」

 

歯を食いしばり立ち上がる一夏。

上を見上げる一夏の目は死んでいないが戦えるだけの余力は残っていなかった。

 

「……そう、なら最後に見せて上げる」

 

IS越しに届いた簪の声は何処か優しい響きがあった。

最後まで立ち向かう戦士への賛美のように静かに染み渡る。

刹那、遥か上空に居た簪の姿が消える。

ハイパーセンサーが僅かに遅れて捉えたのは一夏の目の前で下段姿勢を取る簪。

 

「これが瞬時加速」

 

圧倒的技量差を実感して一夏はニッと口元に笑みを浮かべた。

その目が真っ直ぐに簪を見詰め、簪もそれに返す。

直後、振り上げられた刃が一夏の顎を捉えた。

大きく弧を描くように宙を舞った一夏がアリーナの中心に大の字で落ちる。

今度は一夏が立ち上がる事もなく、簪の勝利が確定した。

簪の敵意の理由も薙刀一本に絞った理由も分からなかったが、リベンジに思いを馳せつつ一夏は意識を手放した。




簪が少し喋りすぎかもしれない。おまけに強化しすぎたかもしれない。
既に更識姉妹が登場しており、鈴と一夏は未だ出会っていませんが、これで一巻がほぼ終了。
クラス対抗戦にゴーレムも蒼い死神も乱入せず。
IS学園にしては珍しく無事に大会を終わる事が出来ました。
蒼い死神の行方は次回にて。

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