IS ~THE BLUE DESTINY~   作:ライスバーガー

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第17話 勝利と敗北の軌跡

海に浮かぶ不可視の孤島。

篠ノ之 束のラボでは散らかり尽くしたように乱雑な部屋の中心で主が胡坐を掻いていた。

投影ディスプレイを眺めながら時折思い出したように紙の資料を捲っては投げ捨てるを繰り返している。

 

「姉さん、少しは片付ける事を覚えて下さい」

「その辺は我輩は猫である(名前はまだ無い)に任せてるから大丈夫」

 

主の声に反応したように天井から大型アームが降りてくる。

アームの先端は指がついたISの手を同様の形状をしており繊細な動きでUFOキャッチャーのように束の周囲を整理していく。

 

「ナツメ、甘やかすな!」

 

このアームはラボはラボ全体を統一している束お手製のシステムの一部であり、ラボ内におけるあらゆる雑務から精密作業までこなせる。

ISではないがISのように小型化も可能で場所を選ばず展開可能な移動式ラボと非常に便利なツールだ。

現在は移動の必要性がなくラボそのものとして機能している為、天井から幾つものアームが同時に様々な作業を行っている。

大型マシンとして稼動しているアームマシンの事を箒はその名からナツメと呼び、若干のペット感覚を持っていた。

 

降りて来たアームが整理の手を止め、箒の前で小首を傾げるように手首を捻る。

投影ディスプレイに「?」を映し出し何を怒られたのか理解できていない。

ISコアとは関係なしに学習や状況判断能力をAIとして判断できる優れものだが生まれたてのAIは子供と変わらない。

 

「お前は姉さんに楽をさせる為に生まれたのかもしれないが、堕落させる為に生まれたのではないだろう?」

 

箒の言葉を聞き、アームがもうひとつ降りて来る。

アームは首を縦に振るように手首を動かし、ご丁寧に二つのアームで手を打って理解を示した。

機械にも関わらずポンと言う小気味良い音が聞こえたような気がする。

 

「ん? んんっ!?」

 

素っ頓狂な声を上げたのは束だ。

座り込んでいた束の首根っこをアームが捕まえ持ち上げる。

その間にもう片方のアームがケーブルやら資料やらで埋まっているソファーの上を片付けていく。

片付いたソファーの上に束を乗せて、倒れていたテーブルを立て直しお茶の用意。

隣に置かれた木箱に資料と書かれた紙を貼り付けて、簡単な作業場が一分足らずで出来上がった。

 

「あ、ありがと」

 

思わず礼を言った束にグッとを親指を立てるアーム。

表情が無いのに笑顔を浮かべているような気がしてくるから不思議なものだ。

それを見て「十分甘やかしている」と溜息を吐き箒は肩を落としていた。

 

 

暫し作業に没頭している束を箒は少し離れて眺めていた。

再会した当初は四六時中べったりと妹に張り付き離れなかった姉だが、今では落ち着きを取り戻している。

どちらかと言うと大人しい。年単位で離れ離れになっていた姉妹にしては味気ないと感じる程だった。

箒も束もこれでいいと納得している。同じ空間に居ると言うだけで満足できる程には大人になっていた。

いや、箒はともかく束は油断すると飛び掛ってベタベタしたい欲求を我慢しているのだが、本人の名誉の為にあえて伏せておく。

余談だが、呆然としている箒の様子を心配しているかのように大きなアームがおろおろと行ったり来たりを繰り返している事には二人とも気付いていなかった。

 

「ふむ、念の為に動いた方がいいかな」

「姉さん?」

 

独り言のように呟いて束が顔を上げる。

箒の呼び声に対し真面目な顔が帰って来ていた。

 

「ユウ君を呼んで来てくれる?」

 

その目が見据える先は箒ではなく、もっと先を見ている。

蒼い死神と言う戦闘力を必要としている天災は何を見ているのだろうか。

 

 

 

 

 

ブルーを展開した状態でラボに備え付けられた射出口にスタンバイするユウ。

カタパルトデッキに脚部を固定し前傾姿勢で出撃を待つ。

 

「それじゃお願いね。もしかしたら無駄足になるかもしれないけど」

「無駄足になる事を祈っている」

「そだね、無駄足の方が望ましいね。っと今回はオペレーターは箒ちゃんが担当するからね」

「了解した」

 

何故とは聞かない。必要になるであろうとユウも理解しているからだ。

顔を上げ視界を広げる、孤島から広がる青と青。海と空の曖昧な境界が視界を覆う。

 

「ユウさん聞こえますか?」

「大丈夫だ、宜しく頼む」

「はい、進路クリア、ブルーディスティニー発進どうぞ」

「ブルーディスティニー、ユウ・カジマ、出るぞ」

 

ガイドビーコンに従い、待機状態から一気に加速。

瞬時加速程ではないが、通常の移動では得られない推進力を得てブルーは大海に飛び出した。

ISの出撃に本来カタパルトは必要ないが、長距離移動を前提にする場合は推力を得るに越したことは無い。

束に取って、カタパルトデッキやマスドライバーは夢の一つなのだから作る労力に惜しみは無い。

 

 

 

 

 

一方、IS学園ではクラス対抗戦Aブロックが大詰めを迎えていた。

アリーナで対峙する一夏とティナ。両者の間には緊迫した空気が流れている。

時間切れが敗北を意味する以上、一夏は攻めるしかない。

制限時間にはまだ余裕はあるが、アリーナの中心位置で迎撃姿勢を取るティナに油断は見当たらない。

二丁のハンドガンを構え中距離戦闘を得意とするティナに剣一本で切り込むのは難しい。

分かっているからこそ、雪片弐型を正眼に構え様子を見るしかなかった。

エネルギー残量から言っても突撃できるのは一回限り、被弾も極力少なくする必要がある。

剣の向こうに見える相手を真っ直ぐに見据え一瞬たりとも隙は見せない。

後の先を狙うにしてもあいてが飛び道具である以上相性は悪い。先手で踏み込むにしても二丁の乱射を浴びる事は許されない。

一夏に出来る手は攻撃を掻い潜り、懐に潜り込み畳み掛けるしかない。状況は絶望的にも関わらず、不思議と一夏は落ち着いていた。

 

(一撃で終わりか、剣道…… いや、戦いなら当たり前だ)

 

一撃で相手を屠る攻撃は零落白夜の専売特許と言っても良い。

だが、これは試合だ。エネルギー残量が無くなれば勝利にはならない。

エネルギーを残しつつ勝利を得る為には零落白夜は使えない。瞬時加速も然り。

一撃で終わる局面にも関わらず一夏は前を向く。セシリアやシャルロット、蒼い死神との戦いは決して無駄にはならない。

 

百の勝利よりも一の敗北の方が時として強く印象に残る。

 

「ぉぉおおお!!」

 

張り詰めた空気を打ち破るように一夏が雄叫びを上げた。

剣道における気合、威圧、力を抜く為の行為の一つ。

闘志の込められた剣気とも呼べる熱を帯びた叫びがアリーナ全体にビリビリと響き渡る。

戦う意思に観客の中には恐怖を覚える者、笑みを浮かべる者、目を見張る者、口笛を吹く者と様々だ。

 

相対するティナは目の前の獣の如し戦士の咆哮を正面から受け止める。

二丁のハンドガンをクロスさせトリガーを引く。

向けられた銃口に対する恐怖を忘れないまま、一夏は大きく一歩を踏み出した。

正面からの撃ち合いでは分が悪い事は承知の上、ならばと大きく円を描くようにアリーナの外周に沿って飛ぶ。

円状に描かれる軌跡は白式の容姿も重なり、翼を得た騎士のように雄雄しくも美しい。

シールドに守られた客席から様々な感情の入り混じった視線が一夏に集中する。

 

大きくアリーナを旋回しつつ一定の間合いを確保、射程距離を理解した上で接近する為の切欠を探る。

何処かで接近せねばならないが、ティナも現状を理解しており弾切れになるような無駄撃ちはしない。

二丁のハンドガンによる波状攻撃を掻い潜る為の手段を旋回しながら一夏は考えていた。

 

(何か、何か無いか、隙でも癖でも何でも……)

 

右へ左へと飛び回りながら接近のタイミングを探っていく、一定の距離以上に入れば二丁が放たれる。

時に左手だけの速射、手をクロスさせての一点集中の射撃、両手による面の射撃、固定砲台の如くその場に留まりティナは迎撃の姿勢を崩さない。

弾速の遅いハンドガンと言えど近付けば弾幕の密度も上がり、守ると言う意味では盾を持つ相手よりも厄介な戦術だった。

 

飛び交っていた一夏が静止する。

射程距離外を維持している為、ティナからの追撃は来ない。

何かに気付いたように一夏が笑みを浮かべている事に気付きティナは内心で舌を打っていた。

 

僅かに一夏が見出した光明はティナの右手。

左側に移動した際に一瞬だけ見せた片手での速射が切欠を与えていた。

ティナは正面や右側の相手に対しては腕をクロスさせて射撃するが左側に一夏が旋回した際は片手で迎撃してみせた。

別段おかしな事ではないが、一夏が気になったのはクロスさせる際の右手だった。

まるで右手を固定するかのように左手の上に重ねて射撃していたティナの手首の動きを見逃さなかった。

正確には白式のハイパーセンサーが視覚情報として一夏に教えてくれていた。

 

一夏がティナの癖に気付いたのと同じように、ティナも自分の癖が相手に見抜かれたとを理解した。

対戦相手として侮っていたわけではないが、何処かで素人と思っていたのも事実。

極力両手をクロスさせて射線を集中させていたが、左側に移動された際に咄嗟に速射してしまっていた。

左右に対する反射神経と言うのには人間は本来違うものだ。

利き腕であったり利き目であったりと理由は様々だが、ティナの場合は左に対して反射神経が偏っていた。

故に右射撃を行う際は右手を左手に添えるようにクロスさせていたのだが、その癖を見抜かれた。

優れた二丁使いであればクロス射撃は線による火力を一点に集中させる場合に限らせ、それ以外は両手での面射撃を行う。

大きく左右に揺さぶられた事で自分自身の癖を相手に見抜かれたのはティナにとって致命的だった。

自身の癖を知っているからこそアリーナの中心で迎撃戦法を取っていたのだ。

その癖が弱点となり得る事は何より自分が一番理解している。

左右に揺さぶられると右側への対応が遅れてしまうのは射撃戦にとって弱点でしかないのだから。

 

互いに内心を読み取ったように笑みを浮かべ、一夏が勝負に出た。

左右に飛び跳ねるように軌道を変えながら最短距離を選んで突貫を仕掛ける。

 

この時、勝利のみを追及するならばティナは逃げれば良かった。

一夏に背を向けて全力で飛行すれば制限時間逃げ切りも出来ただろう。

もしくは後退しつつ射撃をするだけでも一夏を落とす事が出来たかもしれない。

だが、その選択を、逃げとなる一手をティナは拒んだ。

 

二丁のハンドガンから放たれる弾丸を左右に揺さぶり回避しながら突っ込んでくる白い流星を正面から迎え撃ちたいと思ってしまった。

勝利よりも今この瞬間の戦いを楽しんでしまった。

 

「うぉぉおおお!!」

 

今回は奇襲ではない、全力を持って相手を倒す為に回避運動を踏まえつつも最長射程の一撃を放つ。

雪片弐型を真っ直ぐに突き立てるように固定した、突き。

 

「上等じゃないっ!」

 

上空から降って来る白い刃に対しティナは弾幕を張り巡らせた。

 

 

 

本当に紙一重と言って良い。

弾幕を浴びながらも僅かに一夏の突きがティナの喉元に届いた。

そのまま近距離で二丁が一夏を撃てばエネルギー残量の関係で勝敗は決していたはずだが、喉に走った衝撃でティナは身動きが出来なかった。

嗚咽を漏らし、反撃も迎撃も出来ず二丁が手から滑り落ち、一夏に押し込まれた。

 

最後は切ない程に呆気なく終わりを向かえ、Aブロックは一組の勝利で終わった。

 

 

 

 

 

ISは兵器として圧倒的優位性を持っているにも関わらずスポーツとして進化した。

絶対防御が良くも悪くも命の重みを軽くしてしまった。

死に至る事が無いと言えど衝撃は通るのだ。何故、それで死なないと思う事が出来るのか。

打ち所が悪ければスポーツとて死に至る。

全身を穿つ衝撃が脳天に集中すればどうなっていたか、死の否定など出来るはずがない。

絶対防御があるから死なないのではない、運良く死ななかっただけだ。

 

万が一、ティナに浴びせた最後の一撃で絶対防御が発動しなかったら?

万が一、最後の一撃に零落白夜を発動させてしまっていたら?

 

それは命を奪う攻撃になっていたとこの場の何人が理解していただろうか。

 

 

 

 

 

決勝戦はBブロックの試合の後、昼休みを挟んだ午後から行われる。

今は熱を帯びた身体を休める為に、一夏は控え室で息を整えていた。

一夏に付き添っているのはシャルロット一人。セシリアはBブロックの試合を観戦に残っていた。

 

「失礼しますわ」

「セシリア?」

 

ノックもなく返事も待たずに扉が開き、セシリアが険しい顔付きのまま控え室に姿を見せる。

呼び掛けたシャルロットを視線で制し椅子に座り込んだままの一夏に声を掛ける。

 

「次の対戦相手が決まりましたわ」

 

一瞬何を言われているのか分からず、一夏とシャルロットが視線を交える。

まだ試合が始まって十分も立っていないはずだ。幾ら何でも早すぎる。

 

「決勝戦の相手は、四組のクラス代表にして日本国代表候補生、更識 簪さんですわ」

 

IS学園の今期一年生には現段階で四人の代表候補生がいる。

イギリス、フランス、中国、そして日本。

代表候補生は他生徒と一線を成す存在ではあるが、クラス代表と兼任しているのは一人だけ。

今大会で唯一打鉄で参戦した一人は見届けたセシリアが驚愕する程に圧倒的な力を持ってBブロックを勝ち進んだ。




束さんのラボシステム。我輩は猫であるが好きなんです。ナツメと呼んでいるのに名前がまだ無いとはこれいかに。

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