IS ~THE BLUE DESTINY~ 作:ライスバーガー
「ねぇユウ君。MSを飛ばす方法には何がある? 自力で飛行する以外でね」
モニター越しに箒の剣術モーションを見ていたユウは呼ばれ振り返る。
ブルーディスティニーの前で複数の投影ディスプレイを見ている束がその目に映り込む。
忙しなく動き回る視線には次々にブルーの数値化された情報の羅列とハッキングしているであろう世界情勢が映し出されている。
「別途ユニットを取り付けるか可変式にしてしまうかだろうな」
「ユニットって換装パーツ的な意味かい?」
「あぁ、
「可変式は読んで字の如く?」
「そうだ、MSを戦闘機形態に変形させるものだ」
「ISで再現すると文字通り骨が折れそうだね」
「乗る身としては勘弁して欲しいな。しかし意外だな、博士なら既に承知の上だと思っていた」
「私は十全を自負しているけれど、宇宙世紀についての知識は聞きかじりでしかないんだよ」
束はジェガンに残されていたデータとユウの言葉からブルーディスティニー1号機を再現してみせた。
だからと言って宇宙世紀における兵器を再現できると言うわけでもない。
「私がジェガンからパイロットデータを取り出したに過ぎないからね。ユウ君の経歴から搭乗機体情報を引っ張り出したの。言ってみればドックタグを解析したようなものだよ」
と束はおどけてみせる。
ドッグタグ。所謂IDは軍人の個人を識別する為のもの。
軍人が首から提げていたり足首につけていたりと様々ではあるが、死亡した際の身元確認が主な用途ではある。
当然ながら軍人の個人識別である以上は経歴を確認する事が出来る。
束がサルベージしたジェガンのデータはユウのパイロットデータ。軍人としての経歴。
所属、搭乗機、戦績、それらを丸裸にしたに過ぎない。
大多数の艦隊戦やMS戦をする上で量産型とはいえ搭乗者の識別は必要だ。
個々によって情報内容は異なるかもしれないが、大佐ともなれば細かな情報が刻まれていても不思議ではない。
「まぁいいや、他にはないかな?」
「後はドダイやフライングアーマーがあるか、MSを運ぶ台座だ。陸戦型を無理矢理飛ばしたり大気圏突入に用いたりな」
ニヤリと束が笑う。それこそが理想だと言わんばかりの表情。溜息を誘うに十分過ぎる笑顔だった。
「博士がどうしようもなく化物で天災だと言う事は理解しているが、ほどほどにな」
「死神が言う?」
無駄だと知りつつも戒めを言葉にせざるえない。
少なくとも束は宇宙世紀の全ての兵器を再現できるわけではない。それはある意味で救いでもある。
一年戦争を終結に導いた要素の一つである決戦兵器。コロニーレーザーやソーラレイが再現される事はなさそうだ。
この世界の技術レベルが宇宙世紀に追いつけば束が決戦兵器を再現できるかもしれないが現状でそれは不可能だ。
とは言え、ユウは内心で油断する事が出来ないと理解し深く溜息を吐くしかない。
何せこの天災はブルーディスティニーを再現したのだから。
第二次ネオジオン抗争時においてジェガンは非常に優秀なMSだ。当時における量産型のある意味で完成型と言っても過言ではない。
しかし、束はジェガンではなくブルーを再現した。EXAMと言う狂気に興味を持ったが故だ。
再現されているEXAMは本来のEXAMとは異なる。NTと呼ばれる存在がいない以上、完全な再現は不可能だ。
戦場の殺気を読み取り、敵の位置や攻撃を瞬間的に察知し回避や攻撃に繋げる擬似的なNTを再現するシステム。
かつてマリオンと言うNTの精神波をコピーし生まれたシステムはこの世界で作ることは出来ない。
EXAMは基本概念を理解していないものにしてみれば驚異的な性能を発揮するOSに過ぎない。
NTを感知した場合に限り、搭乗者を無視してNTの殲滅を最優先に行動するNT抹殺システムだ。
EXAMはNTの犠牲の上に成り立っている狂気と言える。この世界でEXAMの狂気は再現出来ないはずだった。
その最大の難点を束は自らの作り上げたISを使って補った。
ISのコアはネットワーク上で繋がっている。全ては張り巡らされた糸のように一つの網になっている。
ならば、そのコアネットワークにシステムで介入し敵を認識させればいい。
ISとなったブルーに搭載されているEXAMはISのコアネットワークに強制的に介入し敵を情報として認識するシステムだ。
ISが搭乗者を理解しようとすればするほどブルーは敏感に敵を認識できる。
それは本来のEXAMとは異なる姿だが、表面上は本来のEXAMと何ら変わりない裁く死神となる。
「っと話は変わるけど、箒ちゃんはどうだい?」
「悪くない」
「君はそればっかりだね! もっと具体的にって言ってるでしょ!」
それを言うなら博士も具体的に質問しろ。と喉まで上がってきた言葉を飲み込む。
「少々真っ直ぐ過ぎるが筋は良い」
「そうでしょそうでしょ!」
何より実戦の恐怖を知っている事が大きい。
篠ノ之の名は重い。誘拐を現実に経験する機会は普通に生活していれば無いに等しい。
だが、この名を持つ以上は避けて通る事は出来ない。
そういう意味では要人保護プログラムは確かに箒を守っていたのだと実感できる。
現状で言えば要人保護プログラム以上に強固な守りと強大な剣が箒を守っている事になる。
視線を先ほど見ていたモニターに戻す。
泥臭く汗まみれになり、全てをかなぐり捨てても強くなろうと懸命に二刀を振るう箒の姿があった。
「二刀のデータも無駄にならずに済みそうだ」
「当然だよ。箒ちゃんだもの」
「博士の方こそ進んでいるのか?」
返事は笑顔で返って来る。
先ほどのような溜息を吐きたくなる邪悪な笑みではなく、正真正銘の嬉しそうな笑顔。
表示されている投影ディスプレイにはジムでもジェガンでも、ましてやブルーでもない。
蒼と白に並び立つものが凛と雄雄しく姿を見せていた。
IS学園アリーナを橙が弾丸の如く駆け抜け、後ろから白が追い掛けている。
二機のIS、ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡを白式が高機動飛行にて追跡している。
「こんのぉーっ!」
追い掛ける一夏が更に加速に入るが逃げるシャルロットはその上を行く。
直線的な加速に加えて空中でS字や8の字にを描いて複雑にして華麗に宙を舞っている。
一夏も負けじと左右に体を振りながら最短距離を選びシャルロットを追い続ける。
余裕の表情を浮かべたシャルロットは後方の一夏を視線で確認。全方位に気を配りながら、一夏から的確に距離を取っていく。
ピシュンっと軽快な音が一夏とシャルロットの間を通過。
「私もいる事をお忘れですか?」
少し離れた所で精神を研ぎ澄ませたセシリアが佇んでいる。
展開したブルーティアーズのメイン武器は完全に修復出来ていない為、ビットを一機だけ展開した射撃だ。
側に浮遊させた状態での射撃はビットの特性を活かすには至らないが、砲台としては十分に機能を果す事が出来る。
行われているのは一夏の訓練。単純な鬼ごっこは基本的な移動と機体特性を理解するに有効な手段だ。
軍事訓練であれば野山を駆け巡るべきなのだろうが、ISであれば空を駆け巡り感覚を掴むのが一番早い。
複雑に空中を泳ぐシャルロットを一夏が追い掛け、時折セシリアが遠距離射撃で狙い撃つ。
常にセシリアの位置とビットの射角を意識しつつ高機動を維持しなくてはならない。
否が応でも宙域全体に気を配らざる得ない仕組みだ。
おまけに一夏はアリーナでの訓練前に剣道場で既に汗を流している。スタミナは限界を越えていてもおかしくない。
「はぁ、はぁ」
一旦空中で制止した一夏が肩で息をする。
少し離れた位置で同様に止まったシャルロットが朗らかに声を上げる。
「一夏の動きは直線的過ぎるんだよ。最短距離を探すのもいいけど、相手の動きを先読みしなきゃ追いつけないよ」
障害物の何も無いアリーナの空中制動は経験がものを言う。
マシンスペックで白式が上回っていようがISの稼働時間も加味すれば現状でシャルロットに追いつくのは難しい。
近接武器しか持たない一夏に取って相手への接近は必須。機動力を上げる事は急務と言えた。
「もう一回頼む」
「勿論」
グッと両足に力を込めて宙を蹴るように再度一夏が加速に入る。
確認したシャルロットも空を蹴り駆け上がる。
疾駆と呼ぶに相応しい軌道を描くシャルロットの後ろからぎこちない動作で一夏が追う。
両者の腕の差が明確に出るが外面を気にしている余裕は一夏にはない。
クラス対抗戦はISの授業が始まる前段階での指針に過ぎないが、やるからには勝ちたいと思うのは当然だ。
他のクラスの代表は何れも入学前からISに関わっていた精鋭揃い。
立場上目立つ存在ではあるが、ポッと出の一夏とは役者が違う。
しかし、一年一組にはセシリアとシャルロットと言う二人の代表候補生がいる。彼女達の顔に泥を塗らない為にも全力を賭す。
「ほらほら一夏。軌道を読んで、僕の胸に飛び込んでおいで~」
「っ!?」
IS搭乗時に身にするISスーツは身体のラインが良く分かるデザインだ。
戦闘中も意識しないように心掛けていたが実際に言葉にされてしまうと脳裏に煩悩が巡る。
無意識に応える様に白式は主の望みを叶えようとハイパーセンサーでシャルロットの胸部を捉えご丁寧に拡大してくれた。
咄嗟に頭を振って煩悩を振り払うが、それより早く横方向からの射撃が一夏を襲った。
「うぉっと!?」
「女性の胸を凝視するなど紳士のする事ではありませんわ」
「違う! 今のは俺のせいじゃ!」
「言い訳は見苦しいですわよ?」
ビットの数を四つに増やし狙い撃つ。
この訓練に反撃は許されていない。シャルロット捕縛を目的とした高機動訓練だ。
そこに射撃が加わろうとも一夏は回避しか許されていない。
鬼ごっこ中にドッヂボールが加わったような状態は場合によってはイジメ認定されそうな光景だった。
「くっ、ビット攻撃なら!」
剣道部との訓練で培った回避は一夏に確かな自信を与えている。
ただし、その場で回避に専念する為、鬼ごっこは成り立たなくなる。
一夏が地獄を見ている最中、アリーナの観客席の出入り口に一人の少女。鈴音がいた。
外壁に背を預け、遠目に三機のISの動きを観察している。
ISは展開しておらず、アリーナから死角になる場所を選んでいる為か気付かれている様子はない。
セシリアやシャルロットは気付いているかもしれないが、少なくとも一夏は気付いていなかった。
「一夏……」
小さな呟きは照らし始めた夕陽に溶けるように消えていく。
「何黄昏てんの?」
「ひゃっ!」
不意に掛けられた声に文字通り子猫のように飛び跳ねる。
背後から現れたのは二組のクラス代表にして鈴音のルームパートナー、ティナ・ハミルトン。
「おー織斑君頑張ってるじゃん」
「あ、あんたねぇ、びっくりするじゃないの!」
「代表候補生なら周囲に気を配ってないとダメなんじゃない? 見惚れてる場合じゃないでしょ」
「見惚れてたわけじゃないわよ」
フッと物憂げな表情を一瞬だけ浮かべた鈴音はアリーナと反対側を向く。
これ以上見る必要はないと言いたげな様子。
「鈴と織斑君に何があったかは知らないけどさ。素直になりなよ?」
「何を勘ぐってるのか知らないけど、私と一夏は友達よ。それで十分なの」
「ふーん? まぁ何でもいいけど、クラス対抗戦は私が勝つよ?」
「当たり前でしょ、私を差し置いてクラス代表してるんだから勝ちなさいよ。杏仁豆腐山ほど食べる予定なんだから」
ニッと笑った鈴音は手を振りながら廊下に戻る。
「私も特訓するんだけど、見てかないの?」
答えはない。
ティナにもアリーナにも背を向けて鈴音は冷たい廊下の先に向かう。
キュッと結ばれた口元から言葉は漏れず、前だけを見て真っ直ぐに歩いていく。
(頑張れ、一夏)
ただその心は友を想い、龍は静かに時を待つ。
鈴はクラス代表を強奪せず。二組の代表はティナ。
未だ鈴と一夏は出会わず。二人の再会はどうなる事やら。