IS ~THE BLUE DESTINY~   作:ライスバーガー

13 / 128
第2章 めぐりあい
第13話 パーティー・ナイト


青い死神による襲撃はIS学園に思った程の遺恨を残さなかった。

襲撃直後に避難した事もあり一年一組の生徒達にも怪我人は出なかった。

IS学園は襲撃に関与した教員や警備員を含め生徒達には事件の概略を説明をするに留まった。

世界最強が手も足も出なかったと言う事実は公表すべきではないと判断された。

未確認ISは撤退。織斑 一夏とセシリア・オルコットが撃破されるが致命傷には至らず。

未確認ISこと蒼い死神に関しては情報の規制が行われ、一年一組生徒にも蒼い死神については箝口令が敷かれた。

伝えられた情報として偽りはなく、その結果か一年一組を含めIS学園側は何事も無かったかのように授業を再開していた。

 

襲撃から数日後の放課後。

一夏のクラス代表就任を祝う簡単なパーティが行われていた。

一夏もセシリアも疲労こそあったが大きな怪我が無かった事は幸いしていた。

一夏に取っては死神の襲撃に何も出来なかった無力を痛感する立場だ。

祝われるような事ではないと思わなくもないが、心は理屈で押し込み参加していた。

 

IS学園の食堂は雑誌で特集が組まれる程に豪奢なものだ。

生徒が多様な国から来ていると言う事もあり様々な国の食文化に対応できるようになっている。

とりわけ恰幅の良いおばちゃん達の作る日本食は人気が高かった。

 

パーティと言っても食堂を使った食事会のような催し物で大量の菓子類が机を占拠していた。

本来であれば食堂で騒ぐような事は止めるべきなのだが、襲撃の事もあり学園側が黙認した経緯もある。

何はともあれ、セシリアとの模擬戦を経て一夏はクラス代表として一年一組に迎え入れられた。

 

夕食がまだだった一夏はパーティの席には不釣合いな焼き魚定食を食べながらの参加だ。

周囲に漂う菓子の甘い香りと女子特有の空気にもめげずに一夏は焼き魚を頬張っている。

焦げ目のついた魚の表面に大根おろしと少量の醤油。魚の味を引き出すベストな食べ方だと一夏は思っている。

ほぼ女子会と言う場でのチョイスにしては渋すぎるが気にするだけ無駄なのだろう。

流石に男子たる一夏は夕食を菓子で済ます事は出来そうになかったのだから。

そんな空気を察してかクラスメイトも一夏の食事が終わるまでは話しかけるのを待とうと暗黙の了解が出来ていた。

そうなると話題の中心は一夏と代表を争ったセシリアに向かう。

食堂であると言う事を忘れそうになる程に優美に紅茶を口に少量含みながらセシリアは質疑に応えていた。

 

「織斑君強かった?」

「難しい質問ですわね。IS搭乗者としてはまだまだですが、戦士としては悪くないのではないでしょうか」

「どゆこと?」

「操縦技術は各クラス代表の中でも恐らく最低レベルですわ。ですが戦いの感と言いましょうか、心構えは十二分に」

 

模擬戦ではセシリアが終始圧倒していた。

ビット兵器を回避したのも近接戦闘も直線的ではあったが一夏の腕は見事だった。

一対一の戦いにおいて剣しか持たない機体での戦法としては悪くないとも思う。

あの時、セシリアは雪片弐型を完全に見落としていた。

油断していたわけではないが、完全にセシリアのミスと言っていい。

それでもミスを補い余る程の実力をセシリアは有していた。

セシリアが評価しているのはあくまで零落白夜が発動する前の段階だ。

零落白夜そのもの性能は言わずもがな、IS戦において最強の剣だ。

最後の突貫は悪手だとセシリアは指摘したがその上で一夏は勝負に出た。

真っ直ぐに射抜くような目は切り札の存在を別にして勝負を諦めていない戦士の目だった。

格上の相手に対する戦い方、勝負所の選び方、それらは本来経験の上に成り立つものだ。

今はまだ弱い。そう評価されても仕方が無いが見込みが無いとはセシリアは思わなかった。

 

「それは褒められてるのかどうか微妙だな」

 

食事を終えた一夏はお茶を飲みつつ頭を掻いていた。

 

「あら? 勿論褒めていますのよ?」

「そっか、ありがと。でも操縦技術は最低レベルかぁ、頑張らないとな」

「私を差し置いてのクラス代表ですもの、頑張って頂かないと」

「えぇ!? 俺はオルコットさんに代表をお願いしたじゃないか」

「勿論、推薦した以上は応援させて頂きますわ。訓練もお付き合いしますわよ」

「手取り足取り?」

「お望みとあらば」

 

二人は視線を交えた後で笑いあう。

唯一の男性の台詞としてはセクハラ紛いの言葉であったが下心は皆無。

戦場で互いを理解したからこその信頼だった。

一夏は間違いなく全力で挑みセシリアも正面から応えた。

絆は長い時間を掛けて育む場合もあれば一瞬で結ばれる事もあるのだ。

 

 

「どうも~ 新聞部でーっす」

 

賑わいを見せる食堂に姿を現したのは新聞部副部長を務める黛 薫子。

カメラとボイスレコーダーを構え甘ったるい空気の漂う食堂に乱入してきた。

 

「今話題の織斑 一夏君に直撃インタビューしにきました!」

 

多少強引な方が良いと言うマスコミ精神の表れか一年一組の面々の前で大きく宣言。

仕込まれていたかのように人波が割れ、モーゼの如く薫子の前に一夏へ続く道が出来た。

なんだかんだ言って、皆気になっているのだ。一夏と言う唯一の男性の事を。

 

「さてさて、織斑君お時間宜しいですか? 宜しいですね? 拒否権はありませんのであしからず」

 

その勢いに若干のまれそうになりながらも隣のセシリアに目配せする。

助けを求められている事を理解したセシリアは肩を竦めて見せた。

若干憐れみの込められた目は「諦めなさいな」と語っていた。

仕方ないと漏れそうになる溜息をお茶で飲んでから背筋を伸ばし一夏は薫子に向き直る。

真面目な表情になった一夏の視線が正面から薫子を見据えた。

 

「え、えっと、オルコットさんとの戦いはどうでしたか?」

 

食堂に入る前、薫子は一夏の好きなタイプといった話題重視の質問を行うつもりだった。

しかし、今はどうだ。目の前の男が真っ直ぐに見据えている。その目から逸らす事が出来ない。

一目惚れなどでは断じてない。射抜かれるような目に浮ついた話など出来ないと直感が告げていた。

女性しかいなかったIS学園に突如現れた男性と言う存在感に気圧されてしまった。

 

無難な質問に周囲も疑問を浮かべるがセシリアだけは無理もないと納得していた。

実際に相対しなければ分からない。一夏の目には強い意志が宿っている。

世の理不尽を受け、苦渋を味わいながら這い上がってきた人間の目だ。

それが姉の影響か時代の影響かはセシリアには分からないが確信に近い予感はある。

一夏は強くなる。そう思わずにいられなかった。

 

「こんな言い方をしたらオルコットさんに失礼かもしれないけど、強かったよ」

 

クラス代表を決める模擬戦で勝敗はついていない。

一夏が追い込みはしたが、先に述べた通り終始セシリアが圧倒していた。

最終的にはどちらともなく武器を収め認め合った形だ。

戦いが継続すればセシリアが勝っていたであろう事はクラスメイト全員が理解している。

その上でセシリアを一夏が認めるというのは上から目線に他ならない。

無論、本人にその意図はなく、周囲もその旨は理解している。

 

「失礼だなんて考えなくても良いんですのよ? 私は織斑さんを認めて代表をお任せしたのですから」

「分かってるんだけどさ、オルコットさんの方が強いのに」

「それならクラス対抗戦で見事勝って下さいな。織斑さんが勝てば私も誇ることが出来ますわ」

「そ、それもまたプレッシャーが」

 

二人が軽い空気で会話しているのを見て、薫子は思いがけず一夏の重圧から解き放たれていた。

 

「織斑君ってオルコットさんみたいなのがタイプ?」

「うへぇ!?」

「あら?」

 

振って湧いたチャンスに薫子はここぞとばかりに質問を重ねた。

 

「そうだよね、男一人なんだし、欲望の一つや二つあるわよね」

「え、えぇ!?」

「惚れちゃった? 戦いを通じて芽生えた愛ってのも記事にしたら面白いかしら?」

「いやいや、違う違う!」

 

状況を微笑みながら見守っていたセシリアに悪戯心が芽生える。

ふと、哀愁漂うような表情を浮かべて「よよよ」と泣き崩れる真似をしてみせる。

 

「そこまで否定されると、私傷付いてしまいますわ」

 

誰が見ても分かりやすい演技であるが、この風向きは不味いと一夏が感じ取るには十分。

周囲も状況を理解した上で盛り上がりを見せていた。

 

「オルコットさんかわいそう」

「弄ばれたんだって」

「女の敵? 織斑君って女の敵なの?」

「もしかして私達も狙われちゃう?」

「それはそれで」

「誰!? 今の満更でもない声上げたの!」

「一夜限りの関係?」

「織斑先生がお姉さまに」

 

一夏だけでなくセシリアも薫子も暴走気味の空気に若干引いてしまう。

女子高のノリと言うにも酷い有様だった。

 

「ストップ! ストップ!」

 

思わず一夏が声を上げ制止を呼び掛ける。

視線を一身に浴びた事に躊躇いを覚えながらも勢い任せに一夏は声を張り上げる。

 

「オルコットさんの事を好きとか嫌いとかじゃなくて、えっと、何て言うのかな、そうライバル! ライバル的な感じなんだよ!」

 

一夏の言葉に意外そうに目を丸くしたのはセシリアだ。

友人位の言葉が出るかとは思ったがライバルと来るとは思いもしなかった。

 

「実際にISで戦って強かったし楽しかった。また戦いたいとも思ったし勝ちたいと思った。越えたい人なんだよ」

 

その言葉はセシリアの胸にストンと落ち込んだ。染み込んだと言っても良いかもしれない。

違和感なくその言葉はセシリアの心を満たした。

再戦を望むのは一夏だけではない。セシリアとて一夏との戦いは心が躍ったのだ。

格上の相手と自覚しながらも勝利を求め模索する戦士との戦いは楽しかったのだ。

 

「ふふ、悪くない気分ですわ」

 

衆人環視の中だと言うのにセシリアは一夏の肩に両手を添えて耳元に口を寄せる。

 

「蒼い死神から守って下さった姿は素敵でしたわよ」

 

吐息の掛かる距離での囁くような声に一夏の頬に瞬く間に朱が差した。

 

「あー! 織斑君赤くなった!」

「何々、オルコットさん何言ったの!」

「これはスクープの匂いがするわ」

 

わいわいがやがやと言う表現がこれほど似合う場面も余りない。

薫子も巻き込んでクラス代表就任パーティは賑やかな空気に包まれ時間を刻んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

パーティも解散となった深夜、ISの整備室にセシリアの姿があった。

蒼い死神との戦いにおいて破損した愛機を確認する為だ。

 

「それじゃ展開して」

 

三年の整備科に所属するイギリスの先輩に促されセシリアはブルーティアーズを展開。

IS学園には常駐している整備チームもいるが専用機を簡単に丸投げするわけにもいかず。

まずは同郷の先輩に見て貰う事にしたのだ。

専用機に至っては国の威信が関わる為、場合によっては本国から整備チームを召集する場合さえある。

 

「うわ、随分派手にやられたね」

「面目御座いませんわ」

 

ISには自己修復機能が備わっており基本装備や機体自身は自動で修復されるが整備が不要なわけではない。

既にブルーティアーズの外見上の破損は修復されているが、破損履歴を見て整備担当として軽く嘆かずにいられなかった。

ブルーティアーズはイギリスの誇る第三世代機筆頭だ。

最も、現存するISの多くは第二世代であり、第三世代特有のイメージ・インターフェイスを用いた特殊兵装との兼ね合いで第三世代は実験機の域を出ていない。

ブルーティアーズのビット兵器が該当する兵装だが、第三世代の量産は各国とも課題であり困難な状況だった。

祖国の誇る最新鋭の第三世代機の破損に目を覆いたくなっても仕方あるまい。

スターライトMkⅢに関しては完全に両断されてしまっており、まだ修復が完了していない状態だった。

 

「頑張ったんだね、ブルーティアーズ」

 

ISに関わる人間の中でも整備に関わる者はISの意思をより強く感じる事があると言う。

場合によっては搭乗者よりもISの状況を理解している場合さえある。

彼女にもブルーティアーズが蒼い死神と相対し主人を守ろうとした事を感じる事が出来ていた。

 

「大体は自己修復してるみたいだし、細かな作業だけで大丈夫そうだね」

 

その言葉を聞きセシリアは自身と共にブルーティアーズを抱き締める。

 

「この子をお願いします」

「任された」

 

ドンと胸を叩き後輩の頼みを先輩は快く引き受けた。

 

(でも変なんだよね、装甲しか破損してない。駆動部やスラスターは無傷だ。意図的に攻撃してない? まさかね)

 

ブルーティアーズの破損状況は自己修復で回復可能なレベルであった。

細かな調整は必要だがコアに深刻なダメージもなく、駆動部などの細かな部分もほぼ無傷だった。

銃撃や斬撃を全身に浴びたにしては表面上でしかダメージを受けていない。

整備の観点から見ると違和感を感じずにいられないが、偶然の産物だろうと結論付けるしかなかった。

もし敵対しているISの破損状況を確認しながら戦っているとするならば搭乗者の技量は化物としか言いようがないのだから。

 

「あ、そういえばセシリア聞いた?」

「何をでしょう?」

 

投影ディスプレイに流れるブルーティアーズの情報を読み取りながら問い掛けられる。

 

「三人程転校してくるってよ。一人は遅れてるらしいけどね」

「ふむ、目的は私ではなく織斑さんでしょうか」

「どうだろね。蒼い死神の事もあるし色々思惑があるのかもよ」

「何にせよ、油断は禁物ですわね」

「そゆこと。頑張ってね、今年の一年生は荒れそうだよ」

 

入学から間もない時期にも関わらずIS学園の日々は激しさを増していく。




皆様、良いお年を。来年もお付き合い頂ければ幸いです。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。