IS ~THE BLUE DESTINY~ 作:ライスバーガー
この世界にはもうユウ・カジマは存在していない。
まるで最初からいなかったように、天災の手により痕跡は消し去られていた。
残されるのは最後のケジメである。
「…………」
宇宙に似て非なる空間、深海の入口に人参色の潜水艦の姿がある。
普段は閉じられている丸形の窓の奥に広がる世界は永遠に広がるような蒼い闇の世界。
恐怖を感じる程の底知れぬ海が大口を開け、向けられる四人の視線を吸い込んでいく。
篠ノ之 束、篠ノ之 箒、篠ノ之 クロエ、織斑 千冬、見詰める先には潜水艦から射出された蒼い機体。
本来この世界には存在しない戦争をする為のMSを原点としたIS、異なる世界の情報を繋ぎ合せ再現された死神の最期。
「本当に良いんだな? まだ引き返せるぞ」
「ダメだよ、アレはもう存在してはいけないんだ。抹消するのは私の役目だよ」
千冬の言葉に束は視線を動かさないまま否定する。
太陽の光も、大地が運ぶ風の音も、花が囁く緑の息吹も届かない、ただ延々と暗闇の向け沈み続けるだけの世界。
束の手に握られているのは深海を揺蕩う蒼い死神を完全に破壊する為の自爆スイッチ。
指先を少し押し込むだけで、その痕跡は海の藻屑となり、ブルーディスティニーは消え去る事になる。
あの日、落ちて来た流星は再び宇宙へ帰った。
無事に戻れた保証はないが、束の計算通りならユウとジェガンモドキは世界の壁を超えたはずだ。
アリスのもたらした人とISの可能性を帯びた光、ユウが見た人の革新たる光、異なる光は世界を繋ぐ架け橋になれたはずだ。
束を始め、ユウの正体を知る少数は何年経とうがユウとブルーディスティニーの正体を語る日は来ないだろう。
宇宙世紀は夢のような技術の集まる世界であるが、血で血を洗い、鉄が命を砕く世界を目指す訳には行かない。
ユウとブルーは警告の為に現れたのかもしれないと思わざる得なかった。
ユウに続きブルーまでも消えるとなれば、この世界に本当にあの軍人がいたのかどうかさえ疑わしくなる。
いや、箒の手を握るクロエの存在がそれを許さないだろう。
「それじゃ、押すよ?」
返事を待たず、束の指がボタンを押し込む。
「さよなら、ブルー」
四百六十七機、束が作り上げ世に配布したISコアの総数。アリスとなり天高くへ上った十七を除けば四百五十。
束が実験用に使っている機体や紅椿などIS委員会に登録されていない管轄外のコアも存在するがブルーはその最たる例だろう。
例外中に例外、最強ではなく最恐、異なる世界からの来訪者、あったかもしれない可能性、蒼が崩壊する。
内側から大きく膨れ上がり、深淵に浮かぶ群青が色濃く変色し爆発する。
大きな衝撃が潜水艦全体を揺らすが、誰一人目を逸らす者はいない。
搭乗者なき残された宇宙世紀の遺産が崩れ去り、装甲が海の色を混じり合い藻屑と消えるのを見届ける。
「……っ!」
意外にも最初に音を漏らしたのは箒だった。
下唇を噛み締めて脳裏に思い描くのは銀の福音との戦いの際に海に沈んだ自分自身だ。
あの時、海面から射し込んだ光と共に自分を引き上げてくれたのは紅椿と一夏達とブルーの想いであり願いだ。
保護プログラムから誘拐された自分を救出に現れた蒼、姉と共に暴れていた死神、強くなる為に手を貸してくれ、力に溺れないよう経験豊富な戦士が道を間違わないよう後押ししてくれた。
涙こそ流していないが、その眼に映る蒼の最期は姉と再会を果たしてからの激動の日々を容易に思い起こしてくれた。
それでも泣き言は言わない、それが戦士が戦士に送る礼であるからだ。
箒に感化されたのか、手を握り返すクロエの小さな手にも熱が籠る。
成長期真っ只中で少し大きくなったクロエは透き通るような白い肌に美しい銀髪の美少女と呼ぶに相応しい容姿に成長している。
その瞳に映る英雄の最期、胸を熱く焦がす想いの本質を測り知る事は出来ない。
それでも分かるのは、ユウとブルー、この出会いがなければクロエは今ここにいなかった。名前すら違う存在になっていた事だろう。
バーサーカーシステムに乗っ取られたまま軍人やISにより打倒されていたかもしれない、真実は闇に葬り去られ公にされぬまま処刑されていたかもしれない。
少なくともクロエにとってISは忌むべき存在であり、自分を大きく歪めたに違いはない。
だが、それでもISを嫌いにならずに済んだのはユウと束が救ってくれたからに他ならない。
あの時、消えゆく自我の中で恐ろしいまでに鮮烈な紅い光を放つ双眼の視線に刺され、呪縛から解き放ってくれた蒼を少女は生涯忘れないだろう。
瞳に大粒の涙が溜まったとしても、声を上げて泣いたりはしない。
ユウは戦いの末に多くの命を奪っているのだろう、しかしその分救っている命もあるはずだ。
命の重みを天秤にかける事が出来ないのは承知の上、だからせめて救われた自分は一人と一機に最大限の敬意を送る。
篠ノ之 クロエはユウ・カジマとブルーディスティニーによって救われた。例え誰にも口外する事が出来なくとも、その事実が胸にあればこれから先を生きていける。
表情を変えない親友から仄暗い深奥の海へ視線を移した千冬は組んだ腕に自らの意思とは別に力が入るのを自覚していた。
文字通り海の藻屑へと消える世界最恐の機体、二度と世界に現れないであろうイレギュラーにして、二度と現れてはいけない英雄。
ゴーレムは紙媒体の残骸を繋ぎ合せテロリストの手に渡ってしまった、ISを狂気に歪ませたバーサーカーシステムも然りである。
しかし、万が一にもブルーディスティニーを悪用されるわけにはいかない。
その為には束の下で管理するのではなく、完膚なきまでに破壊して葬ってしまう事が望ましい。
念には念を入れ地上での爆破や宇宙葬ではなく深海で藻屑に化してしまう手段を選んだのは最も確実に葬れると判断したからだ。
世界で最も安全な埋葬方法にして、世界で最も孤独な別れの時である。
箒やクロエと異なり、千冬にとってブルーディスティニーは敵である期間の方が長かった。
弟を傷つけた忌むべき敵であり、世界最強の頂きの上を行く領域外の存在であり、親友を守り続けた恩人でもある。
胸中を駆け巡るのは出会いが違えば好敵手となりえたかもしれない想いと、決して交わる事のないであろう価値観の違い。
千冬は紛れもなく武の天才だった。
一を教われば十を理解し、その上で百の努力を怠らなかった。
才能の上に胡坐を掻いたのではなく、才能の上に努力を積み重ね、経験と鍛えた実力で世界の頂点を勝ち取った。
だが、世界が違えば頂点の高さは異なって来る。
正々堂々と一対一で戦うISバトルと果てしなく続く宇宙空間で万を越える大軍がぶつかり合う戦争が同じであるはずがない。
ユウが宇宙世紀においてどの程度の実力者であったか推し量るのは難しいが、少なくとも同等以上の実力を持つ者は存在していた。
本当の意味で命を賭けた事のない人間が、対等であるなどおこがましいに違いない。
命を数字で計算していながらも、守り抜く為に戦った戦士とISと言う安全神話に守られた戦士が同格であってはならない。
無論、そこには世界観の違いがあり、異なる価値観を測っても答えなど出ない。
ただ分かったのは世界は自分が思っている以上に広すぎる事実だ。
最早二度と刃を交える事のないであろう恐るべき敵であり、頼りになる味方であった残骸を見送る視線は揺るぎない強い光を発している。
「……精進だな」
「ちーちゃん?」
「いや、私はまだ強くなれる。そう教えてくれた気がしてな」
見る者が違えば感想が異なるのも当然。
別れを惜しむのではなく、出会ってしまった悲運と幸運を受け入れて、武の可能性を見せてくれた相手の最期を見送る。
小首を傾げる親友を守る役目、そのバトンが再び自分に回って来たのであれば世界が相手であろうが武神は戦い抜くだろう。
蒼い宿命との出会いがそう遠くない未来に天才、織斑 千冬を更なる高見へ押し上げる事になるとはまだ誰も気付けていなかった。
本来、ISであろうがMSであろうが一つの機体に愛着を持って接する事を束はしない。
ブルーディスティニーに対しては必要であるから処分に手を掛けたが、愛着とは意味合いが異なって来るだろう。
が、後世にその偉業を伝えながらも、歴史から抹消しなくてはならない存在、矛盾とも言うべき異世界の技術の結晶に思う所がないはずはない。
それでも束は涙は愚か感情と高ぶらせる事さえしない。
それが必要であると割り切り、共犯者である戦友であった彼もきっと同じ判断をしたはずだと考えているからだ。
故に、その視線はただ事実を認める為だけに動いている。
誰かが再び繋ぎ合せる事が出来ないように残骸を灰塵とし、海の藻屑に消え去る結果を確認する。
死を運ぶ旋風、勝利を告げる稲妻、絶望を唄う死神、蒼よりも暗い世界の底へ、光さえ届かない深海へ。
狂気によって生み出されたシステムを埋め込まれた機動戦士は騎士を打ち倒す裁くものであり、裁かれるもの。
世界を超え、再び戦いの世界に身を投じ、役目を果たした死神から鎌が手放され、安息の時を迎える。
そこにマリオン・ウェルチの呪縛もなければクルスト・モーゼスの狂気すらない。あるのは永遠の静寂だ。
「さようなら」
もう一度呟かれた言葉を持って、機動戦士は看取られる。
◆
黛渚子、北極の戦いを見届けた一人である。
女尊男卑の歪んだ世界、あの戦争の行く末は色々な方面に影響を与えたが、必ずしも全てが良い方向へ転んだとは限らない。
あの日、報道ヘリが動けたのも、自衛隊が行動を共にしてくれたのも、全てが偶然であると夢見れる程の子供ではいられない。
裏で動いた圧力が何者であるのかまでは分からないが、見えない力が働いたと勘付けてはいた。
妹と仲の良い暗部の力が働いたと言う事実を彼女は知らない、知る必要すらない。
それでも、あの場に居合わせた結果は十分過ぎる程の意味を持った。
通信は繋がらなかった。そういう事になっている結果、生放送での中継を蹴り飛ばしたがお咎めはない。
各国の軍事事情が全て通信不良を公言し譲らなかったのだから、マスコミの力で覆せるものではない。
生放送に成功していれば世界的快挙であったのだから、上司は良い顔をしなかったが、あの場で撮られた映像を記録として残せただけでも大金星と言えるだろう。
ISを悪用させない為にISで戦う、一見矛盾を孕んだ光景であったが、子供達の未来を憂いた戦士達の姿は人々の心に楔を打ち込む効果はあったはずだ。
ジャーナリストとして自分の実力以外の影響が大きく働いた結果を手放しには喜べないが、渚子は乗せられるならば乗ってやるとばかりに躍進した。
見えない力に屈するのではなく、見えない力を利用してでもジャーナリストとしての道を突き進む事を彼女は選んだ。
その結果の一つがIS学園への取材である。
倉持技研へも取材は申し込んだが、報道機関の上層部があっさりと撤退を決定した辺り、第三の天才と称される人物の圧力があったのは間違いないだろう。
通常はそれでも突き進むのがマスコミであるが、踏み込む事さえ出来ていないのだから篝火 ヒカルノの危険性は言うに及ばずだ。
が、同様かそれ以上の力を持つはずのIS学園への取材許可は渚子に限定してであるが了承を得られた。
時の人としてテレビ出演も果たしていた渚子はマスコミ内で持ち上げられ、戦場へ趣き奇跡を目の当りにした人物として「戦場帰り」との触れ込みを持っているが、それだけでIS学園が許可を出すとは思えない。
渚子は直感的に再び見えない力が自分をIS学園に誘い込んでいるのを自覚していた。
「この度は取材の機会を頂き、誠にありがとうございます」
深々と頭を下げた渚子の対面にいるのは轡木学園長、柔和な表情を浮かべる
その人物が既に表向きであり、裏で学園を仕切っている存在は公にされていないのだと物語っている。
「いえいえ、お気になさらず。ただ学園内は立ち入り禁止の区域もありますので、その辺りはご注意願いますね」
「はい、十分理解しております」
「それでは後はご自由に」
「え……?」
「どうかしましたか?」
「え、その、自由にと言うのは」
「あら、監視がつくとお思いでしたか?」
「当然の処置だと思っておりますが」
「必要ありませんよ、機密情報も多くありますが、IS学園は軍事施設ではありませんもの」
それだけ伝えると学園長は微笑みを深めるだけだ。
マスコミに全幅の信頼を置いている人間が責任者と呼ばれる中にいるはずがない。それは渚子とて分かっている事だ。
カメラこそ持ち込んでいないが、世間の目であり耳である人間を自由に解き放つなど正気の沙汰ではない。
「見られて不味いものを探しますか?」
「いえ、決してそのようなつもりは」
「ではお任せします。IS学園は黛渚子さんを歓迎しますよ」
それ以上は返す言葉を持っていなかった。
場所が場所なだけに立ち入れない箇所があるのは承知の上、偶然を装って見聞き出来るスクープもあるかもしれないとは思っていたが、恐らくそれは出来ないのだろう。
IS学園の長たる人物の策略に既に呑まれている。
否、正確にはその人物すら仮初で、本当の学園長が別にいる事を彼女は知る由もない。
「とは言っても……」
学園長室を後にして数歩、校内を自由に歩いていいと言われても広すぎる敷地は構内図を見ただけで把握できるものではなかった。
が、彼女には切り札があり、躊躇う事なく携帯電話を取り出しそれを使用する。
「あ、薫子、助けてくんない?」
◆
後にマユズミレポートと呼ばれる一つの資料がある。
そこに記されているのはIS学園の真実の一つ、表の顔であり裏の無い生徒達の声である。
あの戦争の時、殆どの生徒は食堂で学友や後輩を応援するしか出来なかった。
自分があの場に行けると言われて立ち上がれた者が果たして何人いるだろうか。
ISを動かせる、ISを学べる、だからと言って実戦の恐怖に正面から打ち勝てるだろうか。
応援するしか出来なかった者、それすら出来ずに恐怖に膝を震わせていた者、祖国に残した家族を心配し泣き崩れた者、何も出来ない無力を噛み締めた者。
だが、彼女達の多くは一言で言ってしまえばあの戦争には関係がない。
世界が人質に取られた事件は言い換えれば自分達に返って来る刃であるが、箒のように姉が喧嘩を売られた訳でも、一夏のように姉が飛び出した訳でもない。
責任もなければ戦う理由もない。IS乗りと言うだけで戦争に参加する可能性があるなどと誰も考えていなかったのだ。
無論、それを責め立てる大人もいなければ、教師の教育の是非を問う声もない。
しかし、関係者の場合は我関せずとは行かない問題である。
マユズミレポートにはあの戦争に参加した生徒の声が記録されていた。
マユズミレポートより抜粋。
私は、彼女達に同じ質問を投げ掛けた。
「何故あの戦争に参加したのか」「蒼い死神をどう思っているのか」
限られた時間の中で選び抜いた二点、これこそが後世に伝えるべきだと思ったからだ。
一年一組、L・Bの回答。
「それが軍人である私の使命だ」
「敵だ」
実にシンプルな回答であるが、現役の軍人である少女であれば当たり前の答えなのかもしれない。
しかしながら、私が会話したのはただ軍人として生きている少女ではないと改めて思い知らされた。
何せ彼女はその後で「もう行ってもいいか? 友人と和菓子の店に行く約束をしているのだ」と実に可愛らしく笑った見せたのだ。
ISを武力だと呼ぶ人間を私も否定はしないが、目の前にいたのは年相応の少女に違いなかった。
一年一組、C・Aの回答。
「
「これも難しい質問ですわね。私はアレに二度撃墜されておりますが、あぁ、私以外にも該当者はいますわね。その関係上憎しみがないと言えば嘘になりますが、助けてもらった恩を感じていないと言えば、それも嘘になります。つまる所、良く分かりませんわ。この回答を現すには時間が足りません」
彼女は決して言葉下手な訳ではないのだろう、母性を感じる心地良い声色で思い悩む姿は本当に深く考えているのだと分かる。
一見すれば戦いと無縁の立場にいながらも、瞳の中に宿る力は強いものを感じる事が出来た。
これは私の直感に過ぎないが、もしまた同じような戦争が起こったのであれば彼女はどのような立場にいようとも全力を尽くすだろう。
それこそ弱者を守る本来あるべき貴族を体現するかのように。
一年一組、C・Dの回答。
「仕事半分、友情半分かなぁ。まぁあの場で行かない選択肢はなかったですよ」
「うーん。困ったなぁ、敵であるに違いはないんだけど、助けられてるんですよねぇ」
困ったように笑みを浮かべる彼女は先の二人とは打って変わり曖昧な返事を言葉にした。
が、不思議と私はその中に彼女の本質を見たような気がしていた。
デュノア社のご令嬢にして国家代表候補生、まるで繋ぎ合せた仮面を被っているような、役者を演じているような。
ただ、恐らく「行かない選択肢はなかった」これも間違いなく彼女の本音なのだと思う。
少なくとも「シャルロット、和菓子を食べに行くぞ!」「ま、待ってすぐ行くってば!」あの時浮かべた笑顔は年相応の少女のものだったからだ。
一年二組、H・Lの回答。
「友達を助けるのに理由がいる? 私はいらないわ」
「友達を助けるのに理由がいる? 私はいらないわ」
まさか全く同じ回答をされるとは私も思わなかったが、「ふふん」と胸を張る彼女は自信満々に言い切っているのだ。
戦争に赴いたのも蒼い死神と戦ったのも同じ理由だと。彼女は世界の命運と友情を天秤に掛けたとして、既に答えは出ているのだろう。
これから先に何があっても信念を貫き通す、先の三人以上に強固な芯を彼女には感じる事が出来た。
一年四組、K・Sの回答。
「……さぁ、何でだろう?」
「いつか、倒す」
今回の回答者の中で一番曖昧な返答をしたのは彼女だが、年齢を考えればこれが普通なのかもしれない。
私は心の何処かで戦争に参加した生徒達は強いのが当たり前だと思い込んでいた自分を恥じる。
しかし、だからと言って彼女が弱いかと問われれば私は首を振るだろう。
私は戦士ではないが、打倒を誓う少女の瞳は間違いなく戦士のものだと思えた。
彼女は明確な目標があり、それに向かい努力を積み重ねているのだろう、それこそ青春の全てを賭けて。
一年一組、H・Sの回答。
「私は姉さんを守ると決めたから」
「ノーコメント」
今回最も話を聞きたかった人物であるが、彼女に対しこの質問は適切ではなかったと後悔している。
あの戦争において彼女はキーパーソンの一人であり、理由など今更問う必要がないからだ。
それと同時に二つ目の質問は彼女から一切の回答は得られない事は予測の範囲内だ。
恐らくこれ以上踏み込めば私は彼女に敵とみなされるのだろう。
違う形で彼女とは話を聞いてみたかったと思うが、今回は断念せざる得ないだろう。
一年一組、I・Oの回答。
「友達を助けたくて、家族を守りたくて、それ以上の理由なんてないよ」
「分かんないんだよなぁ、そりゃ好きにはなれないと思うけど、今更敵かって言われると何とも」
彼も同じく話を聞きたかった人物であるが、お手本のような回答しか返ってこなかったが、これが彼の本質であり、ありのままの姿なのだと思う。
良くも悪くも軍人でもなければ代表候補生でもない、唯一完全な生徒としての立場を持っているのだから当然なのだろう。
しかし、女性の中に唯一の男性と言う環境で正しい状況判断能力を持っているのであれば、やはり彼は特殊と言わざる得ないだろう。
自分と言う人間を客観的に分析し真っ直ぐに向き合っていなければ、あの強い目は出来ないはずだ。
さて、他にも何人か話を聞きたかったのだが、生憎と時間切れだ。
私はこれから何度もこのレポート読み直す事になるだろうが、決して満足の良く内容には完成しないだろう。
それは時間が足りないであるとか、質問が間違ったと言う意味ではない。
このレポートはきっと真実の一部を記すものになるが、決して売れる内容ではない。
彼女達は戦争に参加し、強敵と戦い、実戦を潜り抜けたが、年相応の子供達だと今回直に話して実感した。
あの時、軍人達が命を賭けたのは、この当たり前のような現実を守る為なのだろう。
だから私はこれから先も彼女達を追いかけて記事を書いて行こうと思う。
今回の内容で満足はしない、いつか満足の行くものが書ける日が来ると私は信じている。
あの戦争を経験した一人として、これは私に当てられた役割なのだろう。
◆
ここではない何処か、それは辿り着く可能性のある世界。
「左舷弾幕! 近寄らせるな!!」
「おい……」
「MS隊を呼び戻せ! 本隊の護衛を忘れるな」
「おい!」
「なんだようるせーな!」
「大佐の姿がないぞ!!」
「……はぁ?!」
「か、格納庫で予備機が起動シークエンスに入っています!」
「まさかっ!!」
宇宙世紀、人類は活動範囲を宇宙にまで伸ばしながらも争いを止める事は叶わずにいた。
一年戦争から続く技術の発展と戦争の歴史は途切れる事無く、第二次ネオジオン抗争は世界に大きな波紋を作り上げたが、人類は未だ一つになり切れてはいない。
繰り返される闘争の歴史は世界の壁など感じさせない。
「マジかよ、あの人少し前までMIAだったんだぞ」
「引退するんじゃなかったのか」
「とは言っても、この状況を打破出来るのは大佐位なもんだろ」
「まぁ、ブリッジで踏ん反り返ってる大佐は想像できないけどよ」
聞こえて来る同僚や部下の声を他所に操作レバーを握る手に返って来る懐かしい感触を確かめる。
可動する振動を背中に預け視線を上げれば頭部センサーに光が灯り視界領域が拡大され、足元を伸びる光のラインが出撃可能を示している。
戦う為の道具が、機動戦士が息吹を上げる。
「スタークジェガン、出るぞ」
格納庫から一機のMSが飛び出した。
ユウ・カジマは第二次ネオジオン抗争にて退役と言うのが定説ではありますが、最後に出撃したのは誰でしょうね?
と、これにてIS ~THE BLUE DESTINY~はおしまい。
番外編を投稿する可能性はありますが、本編としては幕を引かせて頂きます。
時間を見つけて活動報告にでも自分で感想を書き連ねようかなと思っております。
ここまで長い期間をお付き合い頂きました全ての皆様に感謝を。
ただまぁ最後に一言だけ、楽しかった!