IS ~THE BLUE DESTINY~   作:ライスバーガー

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第123話 THE BLUE DESTINY

銃弾と怒声が飛び交い、血と鉄の匂いの混じった砂塵舞う戦場。

阿鼻叫喚、地獄絵図、血で血を洗い、骨まで染み込んだ鉄の匂いは溶け落ちる事はない。

何度綺麗に花が咲いても人はまた踏み潰す。

戦争、平和、革命を繰り返す円舞の如く、人は過ちを繰り返す。

 

「撃て撃て撃て!」

「残弾が少ないっ!」

「補給路が断たれた! この場で凌ぐしかない!」

「第二防衛ライン突破されたぞ!」

「くそ、くそぉっ!!」

「何がISだ、何が女尊男卑だ! この世界に神なんていやしねぇ!!」

 

感情無き鉛玉が生命を砕く音が木霊する。

幸福に満ちた世界があれば荒廃の中で泥水を啜る世界もある。

天災の都合も世界最強の武力も届かない、悲哀に満ちた世界では性別も命も平等ではない。

真後ろに迫る死の気配、幾重にも折り重なる戦友達の亡骸、次は自分の番だと振り上げられる死神の鎌。

 

「……おい、嘘だろ」

 

コンクリートは砕け、辛うじて残った石垣が瓦礫を形勢する街外れで佇む一人の男、手には杖代わりにした弾切れのライフル。

最早希望はなく、男を待つのは無慈悲に命を刈り取るギロチンの刃と遠くから鳴り響く死を告げる鈴の音。

見上げた視線の先、絶望に染まる男の瞳に映ったのは砂漠色に迷彩された人型の機動兵器。いや、兵器を纏う乙女である。

地響きのように聞こえて来るのが自分の呼吸なのか心音なのか分からない、血液が沸騰する音か、血の気が引いていく音か、分かるのは自分の命運がここで終わると言う覆しようのない現実。

故郷に残した妻と子の顔が脳裏を過るが名前を叫ぶ気力さえも湧いてこない。

ガチャリと撃鉄を起こす音が頭の内側から聞こえて来る錯覚。

搭乗者である少女の顔は見えず、悲運を嘆いているのか、或いは狂気に満ちているのかは分からない。

遅れて来た理解は杖代わりのライフルより遥かに大きな銃が自分に向けられた光景。

 

 

 

 

 

 

北極での戦争から時間が経過したとて世界そのものが大きく変化はしていない。

紛争は以前と変わらず続いており、防衛力、抑止力と言う名の武力であるISの開発は変わらずに続いている。

ISを武器として使う愚かさをIS乗りや政治家が十二分に理解したとしても、戦地で血を流す兵士は変わらず、何処からか流れて来たISは命を奪う兵器に変わりない。

ISをによる戦争を引き起こせば篠ノ之 束は黙っていない、あの戦争は世界に天災の宣言を轟かせた。

ISを奪い、武器として戦争を仕掛け、ゴーレムのような異端を開発する行為は許されない。

国家繁栄を望むならば、絶対に敵対してはならない存在を世界は理解した。

だが、だからと言ってISと言う超技術を世の中が手放すはずはない。

 

「ハルフォーフ隊長代理、出撃準備出来ました!」

「良し、出撃するぞ」

「了解!」

 

シュヴァルツェア・レーゲンの姉妹機、シュヴァルツェア・ツヴァイクを身に纏い大空へ羽ばたくのはドイツ軍IS部隊、シュヴァルツェ・ハーゼ。

三機の黒いISは追加ブースターを背負い、要請のあった紛争地域へ加速する。

 

「あの戦争を知らないのでしょうか?」

「まさか、知っていても手を出すのが人間だ」

「……悲しいですね」

「戦争だからな」

「我が軍は大丈夫でしょうか」

「さてな、分からないこそ我々が守らねばならない。ISを暴力に変えてしまわない為にな」

 

世界そのものが大きな変化をしなくとも、軍事事業に目を向ければあの戦争は確かに意味があった。

戦争にISを使う愚かさを軍人達が語り継ぎ、ISを悪用すれば天災の怒りを買うと認知された。

従来の防衛用のISこそ、そのままだが、戦争の道具にしようとする愚者は激減した。

それでも手を出すのが人間であり、ISと言う蜜はそれだけ人を魅了する。

 

「間に合いますかね」

「間に合わせねばならん、ISによる犠牲者を出す訳にはいかない」

 

その為のシュヴァルツェ・ハーゼ。

攻める為ではなく、守る為だけでもなく、ISを使った戦争を容認しない為のIS部隊である。

 

「殺さず、奪わず、ISだけを無力化する。難しい任務ですね」

「分かっているさ、それでもやるんだ」

 

若き黒兎達に求められる任務は難関を極めている。

 

 

 

 

 

 

眼前に掲げられた無機質な鉄の塊、ISを間近で見た事のない男は本能で死を理解した。

あぁ、この世界に神なんていない。今からこの化物に殺される。

家族がいると助けを請う事も、哀しみにくれ涙を流す時間も許されず、祈る暇さえ与えられず死を受け入れた。

 

否。

 

目の前を駆け抜けた一筋の閃光が死を押し付けようとしていた砂漠迷彩カラー機体の銃を撃ち抜いた。

 

「あ、が?」

 

声にならず、愕然と目の前の光景を見上げる事しか出来なかった。

視界に影が落ち、自らの頭上に現れたのは深い群青色、無機質に輝く赤い瞳が一瞬だけ男と目があったような気がする。

すぐに新しく現れた敵を認識した砂漠迷彩の機体は新たに銃を展開、対角線上に現れた蒼に照準を合わせる。

が、遅い。

銃を向けた時には眼前に迫った蒼の拳が砂漠迷彩の塗装を剥がす勢いで腹部に埋め込まれた。

少女の短い嗚咽が響き、くの字に曲がった砂漠迷彩カラーの機体は動かなくなる。

たった一撃、これが代表候補生や国家代表のような熟達の乗り手であれば簡単にはいかなかったはずだが、素人が歴戦の戦士の駆る機体に勝てるはずがない。

 

「た、助かった、のか」

 

現実を受け入れるのに困難を有する男の問いに答える者はおらず、現れた蒼は砂漠迷彩の機体を掴んだまま高度を上げる。

戦場に出る以上は命を奪い、奪われる覚悟は出来ていた、自分の順番が来た、それだけのはずだったにも関わらず、死が遠退いて行く。

助かったと脳の理解が追い付いた時、杖代わりのライフルが男の手から零れ落ち、膝から崩れ落ちる。

 

「おい! 大丈夫か!!」

 

聞こえて来た仲間の声が何処か遠くの出来事のように頭の中を反芻している。

ありえないはずだった、存在していないはずだった。

自分の命など世界に見捨てられ、死神に刈り取られるのだと思っていた。

 

「神を見た」

「え?」

「蒼い、神を見た」

 

仲間の問い掛けに応えるでもなく、男の瞳には自分を救ってくれた蒼だけが消えずに残っていた。

目の前に迫ったギロチンの刃が砕け散った音がいつまでも離れず、死を告げる鈴の音が消え、死を恐怖で塗り潰した蒼い死神の姿だけが瞼の裏側にこびりついて離れなかった。

 

 

 

 

 

 

仲裁でも断罪でもない。

戦争そのものに直接介入していながらも勝敗には関与しない。

例え世界が愚かな選択をし戦争を拡大させたとしても、ISの使用だけは認めない。その為だけに戦地に死神は現れる。

それもまた一つの矛盾であるが、有限であるISの中には望む望まないに関わらず戦争に利用される物が存在している。

北極での戦争以降、ISの悪用が減少を続けていると言っても、ISが有効な武器である事に変わりはないのだ。

暗躍をしているのはシュヴァルツェ・ハーゼやシルバーシリーズだけではない、ブルーディスティニーも同様だ。

 

≪もう少しで兎達が来るね、渡していいよ≫

「了解した」

 

介入するのはあくまでISに対してのみで、戦争そのものを根絶やしに出来ると己惚れてもいない。

例え傲慢であると、卑怯であると罵倒されたとしても、それが天災である所以だ。

人類の歴史上争いは切り離して考える事が出来ず、そこに優れた武力があるのなら手を伸ばすのが人間である。

が、ISの使用は認めない。それがIS製作者の願いであり、その為の動きを誰が咎める事が出来ると言うのか。

 

このブルーディスティニーの動き、即ち篠ノ之 束の行動は当然のように賛否両論を引き起こしている。

武力を否定していながら武力を行使する姿に批判が多いのも事実であるが、各国上層部は政治的判断としてこの行動を黙認している。

世界がISに依存していると言っても過言ではないが、そのISを使う多くが年端も行かない少女達で、時代がISを否定しないのであれば少女達が戦場に出る現実を認めてしまう。

その点を篠ノ之 束が動く事で少しでも子供達の犠牲が減るのであれば、例え矛盾であると、世論が否定したとて引き続きISを利用するのであれば世界単位で肯定するしかないのだ。

勿論、力尽くで束を従わせるなら話は別だが、多くの軍人やIS関係者が敵に回る選択肢を行える政治家はおらず、事実上不可能である。

 

「隊長代理、ブルーディスティニーです」

「また先を越されてしまったか」

 

ISを掴んだまま空中で待機していたブルーの目視範囲に三機の黒いIS、シュヴァルツェ・ハーゼが接近してくる。

シルバーシリーズやシュヴァルツェ・ハーゼのように違法ISを取り締まる存在とは素顔はともかく互いに協力関係でありながら不干渉だ。ぐったりしたまま動かない違法ISを引き渡すのも初めてではない。

世界最強の武力であるISを哨戒と防衛にしか使わない、莫大な費用を費やす意味があるのかと問う声は少なくはない。

しかし、シルバーシリーズもシュヴァルツェ・ハーゼも運用を間違えば天災と世界最強と青い死神を同時に敵に回す事になる。

ISを使い進軍しない、この大前提が確率されたのであれば、この動きを喚起させたあの戦争に意味はあったのだろう。

 

「ご協力感謝します、必要なら補給の手配をしますが」

≪無用だよ、ブルーはそのまま帰っておいで≫

「分かりました、不要だと思いますがお気をつけて」

 

クラリッサの問い掛けに束が応じ、緑色の瞳に戻ったブルーが小さく頷きを返し移動を開始する。

その様子を見守るシュヴァルツェ・ハーゼの面々の心境は複雑極まりなく、視線には敬意と畏怖が入り混じっている。

未だ正体不明の英雄にして戦犯、本来自分達がチームで行う役割を単機で難なくこなす実力に恐れを抱かないはずがない。

戦場と言う特殊な空気はどれほど強靭な精神力を持っていても容易く心を折るか、高揚する事で思考を奪うか、主にこの二種類が該当すると言われているが、ISと言う超兵器を纏えば後者に該当する事が多い。

砂漠迷彩カラーのISを装着していた少女も同じだろう、ISが戦闘に介入しない前提を守る為には戦闘狂と化しまともな思考回路をしていない相手に対し犠牲を出さずに無力化する必要がある。それは決して簡単な任務ではない。

護送に関しても厄介な問題は付き纏うが、三機ものISであれば多少暴れられても押さえつける事は可能だ。

篝火 ヒカルノの見せたIS移送に関する可能性は未だ各国研究中で実用段階には至っていない。

 

 

ISの時代を生み出したのが束であるなら、その時代を否定するのもまた束だ。

圧倒的な武力を持ってこの世界には本来ないはずの力を用い、蒼い宿命は時代に一石を投じた。

 

≪ま、早く帰っておいで。くーちゃんが新しいパンを焼いてくれたよ≫

 

裁くもの、裁かれるもの、果たして束が該当するのはどちらなのだろうか。

出会いが違えばユウは束を裁いていたのかもしれない。

例え歴史が繰り返されたとしても現状を鵜呑みにするだけであるなら死神も宿命も必要ない。

後の歴史が蒼い死神を否定する時が来たとしても、今の時代を切り開く為には純然たる力が必要だった。

 

≪それと、帰ってきたら話があるよ、大事な話がね≫

「了解だ」

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

 

宇宙世紀、人類が宇宙へ進出しどれほどの年月が経ったのか、人々の生活圏は宇宙へ足を踏み込んでいた。

宇宙空間に漂う巨大な人工建造物、コロニーでは今日も人々が母なる大地から離れ当たり前の生活を営んでいる。

擬似的な重力が生み出す生活は地球と同じではないが、そこで生まれ、コロニーから一度も外へ出る事なく死ぬ者も珍しくない時代。

軍事能力よりも人々の生活を主目的とした中立の立場を取るコロニーに一隻の輸送艦が着艦していた。

地球連邦軍所属の支援を目的とした旧型の輸送艦は第二次ネオジオン抗争の戦火で行方が分からなくなっているMSや戦艦の残骸の回収、或いはMIA認定された人間の捜索が目的である。

戦争は終わっても戦いは終わらない、それはどの世界でも共通の問題だ。

 

コロニーは主に円柱型をしている事が多く、陸続きの大地がぐるりと内側を覆っている。

つまる所、見上げた先にまた同じように地面がある訳で、慣れていない人間からすれば薄気味悪い光景と言えるものだ。

 

「コロニーは久々だな」

 

輸送艦からコロニーの内部に降り立った一人の軍人が空を見上げて小さく呟く。

彼の目的地は住宅街の合間にある近隣住民ご用達のパン屋である。

店主は元軍人、近所で酒を飲み暴れる輩がいれば腕力で黙らせ、若い連中が羽目を外せば拳骨を落とす。

決して人が良いとは言えないが、何処か憎めない店主の作るパンは美味くはないと不名誉な評価を頂いているが、この地に無くてはならない場所になっていた。

 

「いらっしゃーせ」

 

愛想が良いとぶっきらぼうの丁度中間、遊び人風と言えば丁度良い感じの声が小麦粉の焼ける匂いと共に広がった。

規則正しい軍靴の音と共に現れた少々恰幅の良い軍人の男はパン屋の店主を目視で確認し表情を和らげる。

 

「お久しぶりです、フィリップさん」

「……あ? お前、サマナちゃんか!?」

「ちゃん付けは止めて下さいよ、もう良い年なんですから」

 

パン屋の店主の名はフィリップ・ヒューズ、訪ねて来た軍人の名はサマナ・フュリス。

かつて第11独立機械化混成部隊として一年戦争をユウ・カジマと共に駆け抜けた戦友である。

 

「久しぶりじゃないの、中々訪ねてこねぇから死んじまったのかと思ってたぜ」

「縁起でもない、士官学校の講師が前線に出るはずないでしょうが」

「違いないわな、で、士官様がどうしたよ」

「先日のシャアの反乱は御存じですよね?」

「まぁ、それなりにはな」

「僕は前線には出ていませんが、ユウ大佐がMIA認定されています」

 

MIA、戦時中行方不明を意味するこの言葉で認定された場合は、ほぼ戦死と同義とされている。

が、だからと言って捜索をしないと言う意味ではない。

 

「……そうか」

「自分はMSの回収とMIA認定者の捜索を目的に周辺を探っています。近くを通ったものですから何かご存じないかと思い立ち寄りました」

「そうかい」

「驚かないんですか?」

「驚いてるさ、お前と違ってユウの奴はたまーに顔を出してくれてたからな」

「す、すいません」

「ってか大佐!? あいつそんなに階級上がってんのか!?」

「え、えぇ、まぁ」

「二階級特進じゃねぇんだよな?」

「違いますよ、戦乱時に現役MSパイロットで大佐です」

「化物かよ、今度来たら店のパン全部買ってもらおう」

「……だから、MIAなんですって」

「それがどうしたよ? お前は行方不明を死亡だって考えるのか? 相手はあのユウだぞ」

「そ、それは、まぁ、そうなんですが」

「目の前で撃たれたとかならともかくよぉ、あのユウがそんな簡単に死ぬかよ。お前だって知ってるだろ? ユウの悪運の強さを。とにかくだ、俺は自分の目で見てないのにユウが死んだなんて考えねぇよ」

「……ありがとうございます」

「あ?」

「いえ、ここに立ち寄って良かったな、と」

「そう思うなら有り金でパン買ってけ、財布よこしな」

「え、ちょっ!!」

 

二人の戦友が再会に費やした時間は実に何年もの期間である。

にも関わらず、笑みを浮かべる二人の視線は互いの無事を喜び、姿を消した戦友の生存を信じているものだった。

例え距離が離れても、命を預け合った戦友同士の絆は健在である。

 

 

 

「…………帰って来る」

 

懐かしい思い出話に花を咲かせ始めた二人とはまた別に虚空を見上げる蒼い髪の女性が何処かにいた。

小首を傾げながら自分が何を呟いたのか理解できず、それでも心の何処かを懐かしい想いが駆け抜けていた。

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

一人の人間が世界から消えると考えれば事件と言えるが、戸籍上存在しておらず、注目する相手がいない人間であればどうだろうか。

技術的に注目を集める対象として蒼い死神を追い求める者は後を絶たないが、束の保護下にあり、正体不明の搭乗者であるユウに辿り着ける者は皆無だ。

 

「……博士、これはっ」

「見ての通り、RGM-89ジェガンだよ」

 

ユウ・カジマ。

世界に落ちて来た流星、天災が手に入れた異物である彼が見上げる視線の先には薄緑色の人型機動兵器。

 

「コックピットも含めて再現はほぼ出来ているはずだよ、少し材質は違うけどね」

 

宇宙世紀で起こった戦乱の最中、地球への落下コースを取る小惑星基地アクシズをνガンダムと共に押し返していた機動戦士。

インフィニット・ストラトスと言う規格外が世界の中心と言える世界にある唯一のMS。

あの日、残骸となりながらも搭乗者を最後まで守り抜いた宇宙世紀を繋ぐ残されたただ一つの鍵。

 

「よくここまで……」

 

MSはただの兵器だ。

心を持たない武器である以上、愛着が沸いても共に生きる感覚とは異なって来る。

MSの中には機械的であっても感情に近い意思を持つ機体も存在はしているが、ジェガンに超越的な力はない。

あの時、νガンダムから放たれた光は人の革新に触れるものだったが、ジェガンがEXAMやALICEと言ったシステムに目覚めた訳ではない。

しかし、ユウからすれば感慨深い光景に違いはない。

RGM-89ジェガン、凡そ二十メートルの機械人形はこの世界には存在しない。

ISの技術が蔓延する世界であるのだから、何れISを超える兵器としてMSやMAのようなものが製造される可能性はあるが、現段階では仮定にも満たない夢物語だろう。

例え束であっても零からMSを作れた訳ではなく、ジェガンに残されていたデータを元に再現したに過ぎない。

材質も違えば、動力も違う、あくまで見た目だけを真似た文字通り人形に過ぎない。

だが、この世界には似つかわしくない巨大な揺り籠が何を意味するのか分からないユウではない。

 

「目途が立ったのか?」

「何とか、ね。まだ時間は必要だけど」

「そうか」

「ここまで巻き込んだ私が言うのも変な話だけど、帰らない選択肢もあるよ。この世界に骨を埋める気はないかい?」

「思ってもいない事を」

「くーちゃんが悲しむ顔を見たくないだけだよ。幸い私は無理を捻じ曲げる力があるしね」

「そうだとしても、本来この世界にいるはずのない異物が残るべきではないだろう」

「そっか、うん、そうだね。そうだと思う」

 

これがもし一年戦争やそれ以前のユウであったなら留まる選択肢もあったのかもしれない。

だが、第二次ネオジオン抗争を経験し、小惑星アクシズとガンダムの引き起こした可能性を見てしまった以上、ユウの見届ける世界はここではない。

十分過ぎる程世界に関わり、残した爪痕は鋭い傷跡となって残り続けている。

それでも彼は異物である自分を認識できる大人だった。

 

「……最初に出会ったのが博士であったのは幸運だったのかもしれない」

「出会い方が違えば私は君に粛清されていたかもしれない」

「その代り、元の世界に戻る術は失われてた、か」

 

佇むジェガンを見上げながら隣り合った天災と死神はぽつりぽつりと言葉を交わす。

それは親愛でも友情でもなく、人智を超え他人との関わりを拒絶し孤独になった一人と世界を超え孤独になった一人の言葉の応酬。

死神を乗せて落ちて来た流星は天災に保護され力を貸した。これは一つの契約の形である。

 

「想像してみてよ、ユウ君がIS学園に落ちてたらどうなってたかな? 奇跡的にISを動かせる二人目の男性搭乗者になってたかもしれないよ?」

「博士の協力なくして、か」

「そうなると私は面白くないからゴーレムをけしかけて敵対してたかな」

「ブルーがない状態で博士と戦うのか、余り想像したくないな」

「んー それじゃぁ亡国機業が拾ってたらどうなってたかな」

「テロリストに加担する気は無いが、この世界で初めて出会う拠り所なら分からないかもしれないな」

 

短い言葉の中に降り積もるのは戦いの記憶だけではない。

自分勝手が服を着ているような束もさることながら、ブルーの能力を示す為に暴れたユウも批判されてしかるべき対象である。

それでもここまで歩んできた二人を完全に否定する事は難しい。

戦争で最前線を張ったのも、無人機に対抗したのも、ミサイルを迎撃したのも、彼等の功績なくては語れない。

 

「元々は利用するだけのつもりだった」

「お互いにな」

「ユウ君がいなければ箒ちゃんやちーちゃんと今みたいにはなれなかったかもしれない」

「かもしれない」

「別れが惜しい訳でもない」

「そうだな」

 

篠ノ之 束を個人で善悪に割り振るなら天秤は悪に偏るかもしれないが、一年戦争の中でも色濃い狂気に触れたユウからすれば些細なものだろう。

少なくとも束は人体実験の末に他人を犠牲する程に堕ちてはいない。

だからこそ、たった一言の関係でいい、二人は共に任務をこなした戦友なのだと。

 

「ユウ・カジマ大佐、任務完了だ、ご苦労様」

「篠ノ之博士、任務完了を報告する、お疲れ様」

 

二人の間に礼はない。

視線は最後まで合わせないまま、ジェガンだけが聞き届けていた。

 

 

 

 

 

 

 

それから暫くの後、ブルーディスティニーは出現しなくなり、世界から蒼い死神は忽然と姿を消した。

 

「世界はあるべき姿に戻った」

 

篠ノ之 束 著。

インフィニット・ストラトス外伝 ~THE BLUE DESTINY~ の最後の一文はそう締め括られていた。




次回、最終話。

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