IS ~THE BLUE DESTINY~   作:ライスバーガー

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第122話 AURA

世論とは都合の良いようにメディアに左右されるものである。

戦争に加担した軍人を連日テレビ放送を通じて大々的に批判しているのは女尊男卑に染まった女性の権利団体である。

彼女達の言い分の多くは「戦闘機ではなくISであればすぐに終わった」「軍艦を出撃させる費用をISに回せ」「男は女と戦争をすれば三日で負ける」とテンプレートな文言。

IS関係者が聞けば頭を抱えたくなる上っ面でしかISを知らない者の掲げる暴論だ。

きちんと戦力批評の出来る人間が下すなら「北極での戦闘時ISは防衛の為に配備されていた」「戦闘機や軍艦をテロリストの目を欺き終結させた手腕はIS乗りには真似出来ない経験値の差」「IS運用の費用と国家としての防衛費の全てを回せるはずがない」と全て正論で返せる。

更に言うならばテロリストが使ったものこそがISである事を彼女達は理解できていない。

女性権利団体の言葉はあくまでマスメディアとしての言葉に過ぎないが、同時に世界に最も浸透しやすいメディアの力とも言える。

だからこそ、実際に頭を抱えている人物はおり、テレビから流れる音声に溜息を吐くしかなかった。

 

「……皆様にはご不快な思いをさせてしまい、申し訳ない」

 

額に皺を作り頭を下げるのは眼鏡とスーツの良く似合う女性、彼女こそが女性権利団体のトップを張る代表である。

団体が暴走しないよう手綱を握る立場にあるのだが、生憎と全てをコントロール出来ている訳ではなく、内部派閥に過激派が燻っているのはどうしようもない事実である。

 

「お気になさらず、貴女は良くやっていると思いますよ」

 

そう答えたのはIS学園の学園長にして国際IS委員会所属の轡木 十蔵である。

彼は現在IS学園の学園長室の深く座り心地の良い椅子に腰かけ、両肘を重厚な木製の机に置いて組んだ両手の上に顎を乗せて微笑みを浮かべている。

と言っても女性権利団体の代表が来訪した訳ではなく、十蔵の前には十二のモニターが表示されており、その中には名立たる重鎮達が映し出されている。

米国大統領補佐官、国際IS委員会の幹部、女性権利団体の代表、中国やロシアの軍人の代表と錚々たる面々だ。

中には映像ではなく音声だけの者もいるが、紛れもなく世界を動かす人間が揃い踏みである。

冒頭の女性権利団体の言葉を圧力で一蹴は難しくないが、世論を力尽くで塗り替えるのは望ましくない。

歴史の流れを変えるのは一人一人の認識を改めていくしかない。

 

「私が代表でいる間に何とかして見せます」

「無理はしないように、一人に世論を押し付けるつもりはありません」

「ありがとうございます」

 

女尊男卑の時代を作り上げたのは間違いなくISの出現であるが、その中で声を高らかに女性主義を唱えて時代を傾けたのは女性権利団体の影響によるものが大きい。

代表を務める彼女は女性の権利向上を主目的にしており、IS登場以前から活動している古株で世の女性を思って行動しているが、決して男性を乏しめる事を目的にはしていない。

むしろ彼女としてはこの面子の中に混ざる事を申し訳ないと感じている程だ。

IS登場以降凄まじい勢いで増加する女性権利団体の数と世の勢いとで祭り上げられた結果、ここまでの立場になってしまったが、本来彼女の活動は弱い者の味方であり、もっと慎ましいものであったはずなのだ。

 

「世論については今更でしょう」

 

この場で女性権利団体の活動に言及しても仕方がないと映像に出ている政治家の一人が苦笑いを隠さずに表情を崩す。

 

「では、最初の議題から行きましょうか」

「篠ノ之 束、だな」

「えぇ、まぁ大人しくしているようですよ」

「お互い利用し合う関係、その位が丁度いいでしょう」

「篠ノ之 束もその点数は理解しているのではないかと」

 

世界を動かすだけの権力を持つ者達は篠ノ之 束の投じた一石の意味を理解している。

ISをただ兵器として運用する未来の否定、ISを悪用する存在を許さない姿勢を示す、ISを肯定したままISの運用に疑問を投げ掛けるに十分だった。

その上で束の政治的利用に抑止を働きかけ、互いに不可侵でいようとするのが彼等のスタンスだ。

十蔵達の言葉は決して悪意から来るものではない。

ISを生み出した束は世界に拘束されても無理のない立場であり、彼女を手中に収める事が出来れば、世界を牛耳ると同意である以上、向けられる悪意を完全にそぎ落とせはしない。

それ故に利用し合う。

ISを便利に使わせて貰うが、ISによる悪事を世界が許さないとあの戦争は宣言する事が出来ない。

逆もしかり、今回は敵がテロリストであったが、何処かの軍隊がISを戦力に組み込み戦争でも引き起こそうものなら、蒼い死神を含め篠ノ之 束に組する者達が許しはしないだろう。

非常に危うい力関係であるが、そのバランスを取り持つのが彼等の役割だ。

 

「所で、亡国機業の三人はどうしている?」

「二人は素直に諦めたようだが、一人が厄介でな」

 

空母でEOSと撃ち合い死亡した者、艦隊戦の末に沈んだ潜水艦と共に藻屑となった者もいるが、亡国機業の構成員の多くは大人しく捕縛され現在は代表としてアメリカが拘束している。

その中でも取り扱いに注目が集まっているのはスコール、オータム、エムの三人だ。

スコールとオータムに関しては敗北を認め、情報提供に素直に口を割っているが、エムだけは別だ。

 

「彼女は何も語らないよ。栄養だけは点滴を受け入れているがまるで人形だ」

 

千冬に否定されラウラに敗北を喫した彼女は自我を保ち続ける必要性を失ってしまい、精神が崩壊した。

エムに取って千冬を殺し千冬になる事だけが生きる理由だった。

それが叶わない所か向き合っての戦いすら否定されてしまった結果だ。

 

「ふむ……」

 

場に何とも言えない沈黙が降りる。

テロリストと言う立場を考えれば極刑もやむなしと判断できるが、彼女の生い立ちを考えれば酷とも言える。

何せ生まれた時から千冬を殺す事しか知らずにやってきたのだ、境遇に同情の余地がないとは言えない。

だからと言って犯した犯罪の冤罪不になるとは思っていないが、問答無用で処断する内容ではない。

 

「そもそも本当にクローンなのか?」

「それは間違いないかと」

「良ければ彼女を私の方で預からせて頂けませんか?」

「IS学園で保護すると言うのか? それは危険ではないか?」

 

十蔵が小さく挙手しての提案に渋い声が飛ぶ。

クローン技術を独占出来ればISだけでなく医療の分野でも大きな躍進になるが、これはそんな下世話な話ではない。

 

「うちには織斑 千冬がいますし、何かあっても力尽くで押さえ付ける事も可能でしょう」

 

小さく息を吐いて一拍。

世界的な有名人のクローンを持て余している事実を汲み取り引き受けを提案する。

 

「それに幼い子が壊れてしまうのを見過ごすのも忍びない、壊れる事を望むとしても引き留めるのが大人の役目でしょう」

 

千冬を殺す事が目的だと分かった上で千冬の側にエムを置く。

それは危険と隣り合わせであるが、同時にエムに千冬以外の生きる目的を与える切欠になるかもしれない。

既にIS学園にはアリス組のような特殊な環境があるのだからイレギュラーの一つや二つは今更である。

 

「では次の議題だ、亡国機業に触発されたのか一部の戦乱地域でテロが過激化している」

「これに関して篠ノ之 束を責めるのは筋違いなのだろうな」

「でしょうな、蒼い死神がある意味で火種になったのは事実ですが、亡国機業の起こした戦争は世界の流れと言ってもいい」

「ISと言う武力、女尊男卑の拡大解釈、その結果か」

「篠ノ之 束の動きの有無に関わらず、何れ爆発していた事案でしょう。亡霊は切欠に過ぎません」

 

篠ノ之 束と青い死神に関して不干渉、と言うよりは様子見と言うのが世界を動かす人間達の総意である。

出し抜こうと考える輩がいなくもないが、手痛い反撃を受ける羽目になるのは目に見えている。

女性主義を高らかに唄う女性達が気付きもしない問題点に向き合い、再び巻き起こる可能性のある火種を摘み取るのも彼等の役目である。

 

 

 

 

 

 

十蔵が見ているかどうかは定かではないが、アリーナでは千冬と代表候補生の戦いが激化していた。

 

「ぐぺっ!?」

 

凡そ淑女とは思えない悲鳴と共にブルーティアーズがアリーナに墜落し、地面に大穴を作り上げる。

 

「後で修復しておけよ」

「く、屈辱ですわ」

 

遥か頭上、アリーナの上層部に刀を構えた打鉄七刀が悠然と見下ろしている。

手も足も出なかった、文字通り完敗したセシリアが疲労感漂う表情で愛機の損傷具合を確かめ愕然とする

 

「だ、ダメージは七割を越えているのに損傷率が二割!?」

 

驚くのも無理はない、千冬はセシリアを完封しただけでなく致命打となる斬撃を全て同じ個所に叩き込む離れ技をやってのけていた。

狙撃特化の射撃武器であれば同一ヶ所に連続でダメージを与えるのは有効な戦術であるが、近接武器で実践されては心が軋む音が聞こえるのも仕方ない。

 

「ブルーティアーズは広い視野と長距離狙撃に高機動力を持ち、第三世代機として名を残せる名機になれるだろうが、お前の弱点がそのまま反映されているぞ、オルコット」

 

千冬の声には厳しくもあるが、教師として生徒を指南するものが含まれている。

 

「特化した性能は嫌いではないが、IS乗りとして上を目指すなら自分の不得手な間合いに入り込まれた時の対処を覚えろ」

 

セシリアとブルーティアーズの取る戦法としては高機動で攪乱し距離を取りつつ精密射撃とビットの包囲射撃で封殺するものだ。

一撃の威力の低いビットで相手の機動力を削ぎ落とし、強力な狙撃で致命打を与える遠距離の理想戦術と言って良い。

集団での戦闘であれば後方からの援護射撃は心強く、戦況を見守る目は小隊に必要不可欠。

しかし、一対一の限定空間で常に自分が優位になる立ち振る舞いは容易ではない。

無論、千冬は極端な例であるが、広い世界でこれからもIS乗りとして歩むのであればその壁は越えるべき目標だ。

 

「そうは言うけど、アレはないよな」

「ないわね」

「ないな」

 

アリーナの端で自分の出番を待っている一夏が思わず漏らした言葉に鈴音と箒が同意を示す。

セシリアの選んだ戦法はブルーティアーズのセオリーに乗っ取り遠距離の射撃戦に持ち込む手法、打鉄が相手であるなら理想的な組み合わせとも言えたのだが、千冬は戦闘開始と共に一切休む事無く只管に接近を繰り返し距離を取る事を許さなかった。

一撃を与え高速で離脱する近接戦闘スタイルを持つ千冬だが、一切離脱せず距離を取ろうとするセシリアに接近を繰り返し斬撃を浴びせ続けた。同じ近接特化型の一夏から見ても「うわぁ」と声が漏れる程だった。

既に我先にと千冬に挑んだラウラは停止結界を使う余裕すら与えられず蹂躙され、新しく専用機を得たティナは嬉々として世界最強に挑んだものの向かい合った次の瞬間には瞬時加速で接近を許し一撃で気を失わされ、次の標的にされたシャルロットはガーデンカーテンの修理を依頼する羽目になっていた。

セシリアは四人目であり、連戦にも関わらず千冬は息一つ乱していない。

これが自分達が師事する相手であり、世界最強と呼ばれる存在だ。

 

「ラウラには必殺技を使わせず、ティナは自業自得な所があるけど油断しすぎ、シャルロットは動くより先に考えたのが仇になったわね。んで、セシリアは自分の得意な距離で戦わせて貰えなかったと、えげつないくらいこっちの弱点点いて来るわね」

 

次は自分だろうと肩を回しながら頭上の千冬を見上げる鈴音が挑戦的に口角を上げる。

 

「上等、良く見てなさいよ一夏。私が千冬さんから一本取って来てあげるわ」

 

勢いよく飛び出した甲龍の後姿は非常に頼もしく見えるが、同時に残された一夏と箒の目には負けフラグが映っていたに違いない。

 

「千冬さん相手にどう戦うつもりだ?」

「幾つか考えたけど、やっぱり真っ向勝負かな」

 

二次移行を果たし大幅なパワーアップを果たした白式は強力な荷電粒子砲や零落白夜を使った盾に凶悪な爪と言った武器を手に入れたが、使いこなせているとは言い難い。

一夏が望み、求めた力を具現したと言っても熟練度が比例するとは限らないなら、下手な小細工を考えるより得意分野で挑むべきとの考えだ。

 

「そうだな、それがいいと思う」

 

無論、一夏の得意分野は千冬の得意分野である事は承知の上だ。

それでも拡張された左腕、雪羅を見下ろす一夏の考えに箒は同意する。

仮に自分がブルーディスティニーに挑むとしても射撃戦より真正面からの斬り合いに持ち込むと分かっているからだ。

相手は一切の容赦を捨て去った千冬、中途半端な力を振りかざすより全力を出し切れる戦い方を選ぶべきだ。

 

「それがいいと、思うのだが……」

「箒?」

 

肯定した直後に言いよどんだ箒の言葉に「?」を浮かべて一夏が視線を上げる。

見上げた先、勢いよく飛び出していった鈴音の姿を確認して二人揃って頬を引き攣らせた。

 

良くも悪くも鈴音は一夏の為に強くなった。

千冬と戦うにあたり、少しでも一夏の戦いのヒントになればと勤しむ気持ちもあるのだろう。

選んだのは双天牙月を両手に持ち、果敢に攻めながら、龍咆を乱雑に撃ちまくる強襲型の戦い方。

どちらかと言えば簪と打鉄弐式に近い物であるが、手数を増やし相手に自由を許さない意味では格上の相手と正面から渡り合う方法の一つだ。

 

「どうしてこうも馬鹿の一つ覚えが多いんだ」

 

が、それは千冬がセシリアの時同様に接近戦から離れなかった場合に有効に過ぎない。

鈴音の狙いを感じ取った千冬は躊躇う事なく後方へ急速離脱、世界最強を勝ち取った一撃離脱のスタイルに切り替える。

 

「私が馬鹿正直に接近しかしないと思うな、馬鹿者が」

「逃がすかぁ!」

 

しかし、距離を取れば龍咆が最大のメリットを活かせるのも事実。

即座に龍が咆哮を上げ見えない弾丸が千冬に殺到するのだが、次の瞬間には鈍い破砕音が鈴音の左肩情報から鳴り響いていた。

 

「……え?」

 

鈴音の声が僅かに遅れてやってくる。

聞こえて来た嫌な音に視線をズラせば甲龍最大の特徴である龍咆に刀が突き刺さっている。

非固定浮遊部位故に衝撃こそなかったが、大きく見開かれた鈴音の瞳が驚きを物語っている。

 

「投げたっ!?」

 

刀だから接近戦しか出来ないと考えるのは浅はかだ。

刀剣や槍斧の中には投げて本領を発揮する場合もある。

ここですぐに頭を切り替える事が出来るからこその代表候補生、短期間で大国中国を登り詰めた天才の所以なのだが、視線を戻した先に千冬の姿はない。

 

「多種多様な武器があるから、自機の損傷に目を奪われるんだ、一対一で敵から眼を逸らすな」

 

真上から聞こえる声に視線を上げれば、既に眼前に刃は迫って来ていた。

 

「ふぎゃっ!?」

 

また一つ、アリーナにクレーターが増えた。

 

 

墜落し目を回している鈴音にセシリアやシャルロットが手を貸している様子を眺めながら大き目の瞬きを数回。

広げた視野の先に敬愛すべき姉を見据えて緊張感と集中力が高まっていくのを実感する。

 

「箒、俺に先にやらせてくれ」

「……分かった」

 

千冬と戦うのであれば出番を少しでも後に回し太刀筋を観察する時間を増やし、スタミナが削られるのを待つべきだ。

が、やる気を漲らせ男の顔をしている一夏の決意は見届けるに値する。

結果的に後半の出番になった第四世代機と二次移行機が挑むのは世界の頂点なのだ。

 

「行くぜ、白式!」

 

軽く膝を曲げて一気に千冬の待つ高度まで上昇、前もって宣言した通り雪羅は展開していない。

何度か掌を開いて閉じてを繰り返すが、有頂天になっている特有の癖ではない。むしろ高揚した気分を落ち着かせる為の慣れ親しんだ動作だ。

一夏の為かどうかはさておき、敗れていった戦友達の残してくれた極小の勝率を掻き集め、勝負を挑む。

 

「千冬姉、刀を一本貸して欲しい」

「構わんが……?」

 

それで戦力を削れる訳でもないのは承知の上だが、投げ渡された打鉄用の刀の感触を確かめる一夏の姿に千冬は視線に疑問を宿す。

軽い素振りに培ってきた剣道の幻影が重なり、改めて見開かれた視界はハイパーセンサーを通してアリーナ全域の隅々まで見通せる感覚となり研ぎ澄まされていく。

北極に持ち込んだ対ゴーレム用の爆発する刀ではなくただ硬いだけが特徴の物理ブレードをしっかりと握り締める。

 

「凰には武器に目を取られるなと言ったが、使える武器を使わないのは愚か者の選択だぞ?」

「分かってるよ、でも折角千冬姉と戦えるんだ。零落白夜や雪羅に頼らず刀一本で勝負したい」

「…………」

 

スッと細められる千冬の瞳に一夏の全身を冷たい気配が通り抜けて行く。

視線だけで人を殺せるならばと言う例をその身に受けている気分だ。

 

「その台詞は私に挑みたくとも挑めない者達全てへの侮辱だぞ」

 

世界最強への挑戦はIS学園の生徒だから許されている特権であり、多くのIS乗りは挑戦権すら獲得出来ない。

持てる技術を出し惜しんむと宣言している一夏の行為は到底許されるものではないだろう。

が、その視線を正面から受けて精一杯の虚勢だと自覚しながら一夏は笑顔を作って見せた。

 

「負けた時の言い訳をするなんてらしくないぜ?」

 

一変、千冬の目が丸く驚きの表情に変わる。

 

「……ふっ、いいだろう」

 

流され続ける人生だった織斑 一夏が再び剣を手にし、相棒と共に空に立っている。

愛すべき姉であり、剣の師であり、超えるべき壁である存在に真正面からぶつかる為にプライドだけで心を奮い立たせている。

今この場で他人の気持ちなど関係がなく、一夏は千冬しか見ていない。その姿に感慨深いものがないと言えば嘘になるだろう。

一夏はただ純粋に、目の前の強敵に挑もうとしている。ISの性能ではなく、自分の技術だけを駆使して戦う姿勢を示しているのだ。

 

「口だけの男は嫌われるぞ」

「そうならないよう、授業を受けて来たつもりだぜ」

「言うじゃないか、少しは楽しませてみせろよ」

 

互いに口角を上げる。

一夏は自分が千冬と対等だなどと思っていない。

例え近接特化の専用機、二次移行の超性能があると言っても優位性があるとは微塵も思っていない。

それはISの有無に関わらず、生身の戦闘であっても同じだろう。

男と女の性能差など、戦神に通じるはずもなく、束同様に目の前の女は常識の外側の人間だ。

唯一弱点があるとすれば家事全般に関する点だろうが、今は関係がない。

例えそれがIS乗りとして不要な挑戦だったとしても、遥か彼方に君臨している化物へ挑みたくなるのが男の子である。

自分の身体と剣を一つの武器とし、経験を詰め込み、視線はただ真っ直ぐに目の前の相手を射抜く。

 

「篠ノ之流剣術、免許皆伝、織斑 千冬」

「同じく篠ノ之流剣術、織斑 一夏」

 

共に構えは一撃必殺の大上段。

 

「行くぞ」

「行くぜ!」

 

 

 

 

 

 

ぱりぽりと煎餅を頬張る音と天井で蠢く機械アームの振動音が響く篠ノ之神社の別室にある束の部屋。

掘り炬燵にどてら姿が板についた美女と美少女、束とクロエがIS学園アリーナで繰り広げられているハッキング映像をお茶のお供にし眺めている。

空中で激突しているにも関わらずまるで地面があると錯覚するような足運び、ぶつかる二つの刃、交わる視線はお互いしか見ていない。

ISで剣道と違和感を拭えない組み合わせを実践して見せている二人に束の頬は緩んでいる。

 

「いっくんも強くなったねぇ」

 

かつて一夏はISの時代の代償とも言うべき悪意を一身に受けた。

誘拐され、半身とも呼べる姉の栄光に傷をつけ、恐怖が心を押し潰した。

せめて一夏が自分の身を守れるようにと、白式を与え、女性しか動かせない欠陥品の世界に親友の弟を放り込んだ。

織斑 一夏の人生を捻じ曲げたと言って過言はない行いが罪だと言われれば否定は出来ない。

ISがなければ一夏の人生は戦争に巻き込まれる事もなく、平穏無事だったかもしれない。

が、千冬や束、箒と言ったISの歴史の中でも切り離せない存在と関わりがある以上、何らかの事件に巻き込まれた可能性はある。

一夏の将来がどう転ぶか分からないが、少なくとも強くなって損はない。

苦難だと分かっている道だからこそ、世界最強と真正面から打ち合う一夏の姿に成長を喜ばずにはいられなかった。

一方的に蹂躙される恐怖を知り、圧倒的な戦闘力の暴力にひれ伏し、それでも立ち上がった一夏の努力が実る時だ。

 

「ユウさまの方が強いです」

 

何処となく嬉しそうに一夏を褒める姿が面白くないのか、頬を膨らませたクロエが抗議の声を上げる。

感情表現豊かになった義理の娘の姿に今度は束が目を丸くする番だ。

 

「ユウ君の力は殺す為のもので、競技用じゃないからね」

「私はユウさまに殺されてないですー」

「そう言われればそうだね、殺す力と言うのは語弊があったね」

 

一夏の事を良く知らないクロエが頬を膨らませるのが面白いのか、わしゃわしゃと頭を撫で繰り回しながら束は笑う。

殺す力に救われた少女が確かにここにいるのだ。

 

「束さま」

「なんだい?」

「ユウさまはいなくなってしまうのですか?」

「んー。そうだね、彼には彼の生きる世界があるから、この世界の未来を背負わせる訳にはいかないよ」

「よくわからないです」

「そっか、まぁ、今すぐって訳じゃないから、存分に甘えておくといいよ」

 

 

 

実戦を経験したIS乗り達が力と向き合い、未来への道筋を鑑みる。

それは蒼いイレギュラーがもたらした奇跡にして軌跡。

本来不要であった異物はやがて世界から弾き出される。




遅くなってしまいまして申し訳ありません。
エピローグ章は最終話まで突っ切るつもりだったのが、色々と落とし所が出てきまして。
前半は女尊男卑に関わるメディアの話。
女性権利団体にもまともな人間はいる、世界は大きく変化はしていないが、束の投じた一石を理解している人もいると言う話。
中盤はVS千冬。
一夏君は頑張りたいお年頃、彼にはその権利があると思う。
後半は束とクロエのほっこりする(?)家族会話。

あ、あれ? 主人公の姿が……。

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