IS ~THE BLUE DESTINY~   作:ライスバーガー

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第120話 JUST COMMUNICATION

世界が大きく変わらないと言っても、変化が訪れた場所、人と言うのは少なからず存在する。

その内の一つは戦争と言う非日常の中で最強の戦力を保有し、揺るぎない立場を明らかにしてみせたIS学園になるだろう。

教師の中には実際に戦場に馳せ参じ無双を実行して見せた世界最強である織斑 千冬や学園に残りこそしたが元代表候補生である山田 真耶、IS委員会に多大な影響力を持つ学園長、轡木 十蔵と言ったISの顔と呼べる人員が羅列しており、戦争に影響を与えたのは間違いない。

更には学園最強の称号を持つ生徒会長、更識 楯無はロシアの国家代表としての矜持を果たすべく、ロシアへと飛び亡国機業の潜水艦を拿捕、長距離ミサイルやテロの抑止力として見事に果たして見せた。

学園に残っていたダリルとフォルテの二人の専用機持ちのコンビも非常時に備え、日本政府の派遣した打鉄乗り達と共に防衛力としてのISの役目を務め通した。

彼女達の日陰の活躍こそが防衛としての力であり、本来の姿とは違うにしてもISに求められる形でもある。

無論、だからと言って騎兵隊として躍進した六人が間違っているかと問われれば難しい判断になるだろう。

国家の代表候補生が国に許可を取らずに出撃し戦争に加担したとなれば戯言で済ます訳にもいかないのが世の常なのだが、篝火 ヒカルノ、織斑 千冬、篠ノ之 束、轡木 十蔵の連名で「何か問題が?」と逆に問われてしまえば黙らざる得ないのも世の常である。

最も、彼女達の参戦は半ば各国が促した所によるものであり、篝火 ヒカルノの誘導があったのも譲れない事実である。

 

では、IS学園に訪れた変化とは一体何か、答えは至って単純である。

 

「転入生を紹介する、入れ」

「はい」

 

戦争後暫くは臨時休校となったが、授業が再開された初日の朝、一年一組の担任である千冬の声と共に教室に一瞬の静寂が訪れる。

開かれた扉から吹き込む風と共に現れたのは一度だけしか袖を通していない真新しい制服に身を包んだ黒髪の乙女。

多岐に渡る髪色と美少女揃いのIS学園の中で艶やかなな黒髪はこれ以上ない程に日本人を強調しているが、改造制服が認められた中でスタンダードな形状の白を基調とした制服に収まっているのは日本人離れした豊満な身体のライン。

真っ直ぐに前を向いた眼光に揺らぎはなく、束ねた長い髪が主を追いながら揺れ、凛とした佇まいに通る筋は一振りの日本刀の如く。

唯一、身に着けた光物と言えるのは左手首に巻かれている左右に金と銀の鈴のついた赤い紐。

 

「挨拶をしろ」

「はい」

 

教壇の横に立った彼女はざっと視線を巡らせ見知った顔が驚きや納得の色を浮かべているのを見据えて大きな瞬きを一つ。

二つの黒い瞳に教室全体を視界に収め静かでよく通る声は発せられた。

 

「篠ノ之 箒です。分け合って高校は途中から通っていませんが教養は身内から学んでいます。ISに関しても普通とは言えない状況ですが学んでいました。特殊な環境にいたもので、一般常識とズレがあるかもしれませんが、宜しくお願いします」

 

腰を折る綺麗な一礼に静まった教室の中、最初に声を発したのは納得したと言う表情を浮かべていた眼帯をした銀髪の少女。

 

「あぁ、歓迎しよう」

 

代表候補生を始めとする面々が表情を綻ばせ、教室全体にそれは響き渡った。

二組と四組の代表候補生がのけ者にされた気がすると直感が囁いたかは定かではないが、篠ノ之 箒の名前が示す意味に気付けない生徒達ではない。

 

「篠ノ之、それだけではないだろう?」

「……はい」

 

クラス全体が歓迎ムードに包まれる空気を両断、疑問符を浮かべた生徒達の視線が千冬と箒に突き刺さる。

自分が対象に含まれていないにも関わらず同じく教壇の隣に立つ山田先生が抱えていた教科書を強く握り直す。

 

「歓迎してくれた事には素直に感謝します。ですが、私がこの学園に通う上で二つ宣言しておかなくてはなりません。一つは私を通して篠ノ之 束と繋がりを持とうと思わないで頂きたい事、もしそのような目的で私と接触を図るのであれば、私はその人間の敵になります。もう一つは私の口からブルー、蒼い死神について語るつもりはないと言う事です。ぶしつけではありますが、ご理解頂きたい」

 

今度は頭を下げずに強い眼光でクラス全体を見渡す。

文字通り死線を潜り抜けた侍の眼光にクラスメイトの一部が怯み、一部が緊張感を露わにする。

が、その空気はやはり眼帯の銀髪少女によって断ち切られる。

 

「くどいな、歓迎すると言ったぞ」

 

その一言で緊張感の満ちていた空気が霧散する。

ラウラが口角を上げ、シャルロットが苦笑を浮かべ、セシリアが優雅に微笑む。

戸惑った様子を見せていた一夏が気を引き締め直し、真っ先に改めて拍手を送る。

クラスに新しい友人を迎え入れるだけだ、そこに小難しい理由を持ち込む必要性はないのだと一年一組の先陣を切る面々が態度で示した。

祝福を込めた拍手が伝染し今度こそ本当に転入生が迎え入れられる。そこに打算や思惑はない。

 

「ありがとう」

「篠ノ之、これからがお前の青春だ、満喫しろよ」

 

千冬からの言葉で締め括られ、混じり気の無い本当の笑顔が咲き誇った。

篠ノ之 箒に取ってこの日がただの転入であるはずがないのだ。

本名を名乗り学校に通える喜びを何人が理解出来たかは分からないが、もう普通の生活を半ば諦めていた少女に取って自分を偽る事無く転入し、それを迎え入れたくれた事が嬉しくないはずがなかった。

この日、二度に渡り世界から疾走していた少女は再び日の当たる舞台に戻って来た。

 

 

 

もう一つ、IS学園に訪れた変化がある。

北極での戦争の際に宇宙に散った十七の光に対し世界は何もしてやれる事は無い。

勲章も名誉もISに意味はなく、感謝の言葉もお礼の気持ちも届かない。唯一贈られたのは北極の地に建てられた十七の記念碑だ。

例え世間がアリスを忘れても、その地に刻まれたソレは歴史を語り続けるだろう。

では、IS学園に訪れたもう一つの変化とは何か。

十七のアリスを語る上で避けては通れない十七人の少女達のIS学園への入学である。

戦争の後、束の協力と銀の福音の事件を得て対策が取られたバーサーカーシステムに対する処置は一先ず完了した。

薬物が絡んでいる物なので確実な保証は出来ないが、人格を破壊する程のものではなく生活するに問題がないレベルには回復は出来ていた。

元々少女達が居た孤児院や研究施設、或いは国から保護の申し出もあったが、その裏に潜む思惑を轡木 十蔵が見抜けないはずはない。

薬物の経過観測の意味を表立った理由に少女達を学園で保護する事を彼は押し通した。

少女達を巡って論争が飛び火するのは避けて通れなかったが、最終的に少女達自身の意思で十七人全員がIS学園への入学を希望した。

孤児であっても変えるべき場所は家族が待っている少女もいたが、少女達はアリスを知りたいと願い、アリスが何故自分達を助けてくれたのか、最後の聞き取れなかった言葉の真意を追い求める道を選んだ。

結果、年齢も出身もバラバラの特別クラスが作られ、轡木 十蔵を始めIS委員会や日本政府が各国を抑え十七人はIS学園で受け入れられた。

その選択が正しいのかどうかは現段階では例え篠ノ之 束であっても分からない問題だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

戦争が終結し変化が訪れたのはIS学園だけではない。

それは篠ノ之 束が雲隠れを止めたという事。

 

「ただし家から一歩も出ない!」

「放浪者から引き籠りになるんじゃない」

 

箒がIS学園に通い初めてから暫くして、とある休日の出来事だ。

篠ノ之神社の御殿の離れ、所謂別宅の和室に何時ものエプロンドレスの上から大き目のドテラを羽織った束が掘り炬燵を満喫しており、その向かいにはスーツ姿の千冬が頭を抱えながらも暖かいお茶とお茶菓子に舌鼓を打っている。

天災と世界最強の密会にしては些か地味な空間であるが、天井は良く分からない機械がが覆い隠しており、機械アームがせわしなく動き回りながらお茶のおかわりを用意しているのだから、やはり篠ノ之 束の居城と言うべきなのだろう。

 

無論、篠ノ之 束ともあろう人物が雲隠れを止めた事は激震となって世界中を駆け巡った。

政治家や軍人、科学者が様々な憶測を語り合う番組が連日放送され、著名人はここぞとばかりに推察本を刊行するのだが、そんなものに意味などない。

元を正せば束が失踪したのは世界の目が自分に向くのが嫌であった事と箒に迷惑を掛けたくない思い故だ。

今のISの在り方に一石を投げ掛け、箒の安全が約束されたのであれば逃げ隠れする必要性は少なくなった。

必要であればまた隠れれば良い。そういった思惑がないと言えば嘘になるが、その場合は箒に迷惑を掛ける程度の事は理解出来ているはずだ。

 

「もうね、隠れるのが面倒になったって言うのもあるんだよね」

 

深夜から朝にかけて語り明かす討論型報道番組の専門家が効けば腰が砕けそうになる理由を持って篠ノ之 束はあっさりと雲隠れを止めた。

当然ながら、様々な組織が介入を試みようとしたが、その全ては神社の敷居を跨ぐ所か日本へ渡る事さえ出来ていない。

何故なら「余計なちょっかい出したらすぐ消えるから、二度とお日様が見られない覚悟を持って挑んで来る事だね」ブルーディスティニーの画像付きでそんな言葉が送り付けられたからだ。

蒼い死神の名は良くも悪くも響き渡っており、力尽くの交渉は意味を成さないと宣言されたに等しい。

付け加えるなら束と敵対するという事は唯一の第四世代機である紅椿と世界最強も敵に回すと戦争が証明してみせたのだ。

更に思惑以上の効果を発揮したのは各国の軍隊が揃って束に対し武力交渉を拒否した点だ。

例え束と敵対しブルーや紅椿と戦うとしても相手が数機であれば消耗戦に持ち込めば対応できないはずもなく、束を手中に収めれば世界を手に入れるのと同意でもある以上、甚大な被害を被ったとしても政治家や思想家がこの機を簡単に逃がせるはずがない。

が、軍人は揃って首を横に振った。

国に所属する軍人は最終的に国家の意思に逆らえないが、軍のトップに立つ人間が束に対し強硬な姿勢を取る政治家に対し「部下に死ねと仰るなら、まず貴方の娘にISを与え蒼い死神に挑んでみてはどうです?」と啖呵を切って見せた。

「国の為に戦えと言うなら戦いましょう、死ねと言うなら死にましょう、ですが、少年少女が戦う時代を肯定するならば私は軍人として貴方と戦いましょう」その一言はあの戦争に参加した戦士達の代弁だった。

彼等が命を賭けたのはISを武力として少年少女が戦う時代を否定する為だ。ミサイルと銃弾が飛び交い、死と隣り合わせの戦場に子供達がいて良いはずがないのだ。

今、篠ノ之 束に手を出す事はあの戦争を意味のないものに変えてしまう。

呼応するようにあの戦争に参加した軍人達が同意を示し、篠ノ之 束とその家族に手を出すならば全力で抗うと宣言をし始めた。

IS学園がそれに同調し束の技術力で覆われたならば篠ノ之神社はもはや世界で一番安全な場所になったと言って良いだろう。

伴い両親も戻って来る予定であるが、近所付き合いの兼ね合いもあり、もう少し後になるとされている。その間は政府から派遣されている護衛が篠ノ之夫妻を守る為に奮戦するだろう。

 

「しかし、ブルーディスティニーが異世界人なぁ」

「私は並行世界説を推すけどね」

「どっちでもいい」

「そりゃそーだ」

 

あっけらかんと告げる束とやはり頭を抱えるしかない千冬の構図は学生時代の彼女達を知る者からすれば懐かしくはあるものの珍しいものではない。

今日、この場に二人が集まったのは今後の束の目的の為に千冬の協力が不可欠であった為だ。

その為、ブルーディスティニーの正体を束は千冬に告げたのだ。

 

「どうするつもりなんだ?」

「どうって?」

「世間に公表するのか?」

「しても意味ないでしょ」

「まぁ、それもそうか……」

 

実の所を言えばブルーディスティニーとユウ・カジマの扱いを束は大した問題とは思っていない。

正体不明にして最恐の存在、国際テロリストでありながら世界最強と共闘した異物。

欧州連合やIS学園を襲撃した経緯がある以上、野放しには出来ないが、ミサイルやゴーレムの襲撃からIS学園を守る為に尽力した一人でもある。

何ともあやふやな立ち位置を強いられているが、軍人達やIS学園が誰一人蒼い死神を敵と認識しなかったのは記録されていた報道カメラの内容からも明らかだ。

それ故に正体は気になる所だが、踏み込むことの出来ない話題としての認識が報道関係者の考えだ。

それでも愚かに手を出す輩は存在するが、いずれも束の情報操作の餌食になり仕事になりえないのが実情だった。

 

「それで、そのユウと言うのは何処にいるんだ?」

「表を掃除してるよ」

 

一先ずの戦いが終わったからと言って用済みと放り出せるはずもない。

万が一にもそんな事をしようものなら箒からの制裁は目に見えている。

今のユウの立場を言うならば世間から身を隠す為の拠り所として篠ノ之神社の住み込みバイトと言った所に落ち着くだろう。

 

「そうか……」

「まぁ、紹介は何れするとして、ちーちゃんにブルーの正体を明かしたのはお願いがあるからなんだよ」

 

IS学園の教師は立場上国家機密に多々触れる事があり、生徒同様外出には許可が必要なのだが、千冬に限っては束との特殊な関係故に融通が許されている部分がある。

その結果、休みの日に呼び出され今に至る訳で胃薬が手放させない日々はこれからも続くのだろう。

正直な千冬の気持ちを代弁するなら異世界や並行世界と言われたとて「何を馬鹿な」と一蹴したい所なのだが、残念ながら実際に刃を交えたブルーの話を嘘だと断定は出来なかった。

結果として千冬は証拠などなくとも束の話を信じるしかなかった。

 

「お願い?」

「IS学園のISデータ全部頂戴」

「……それに私が頷くと思っているのか?」

「いやいや、違うんだよちーちゃん、ちゃんと聞いて! その握った拳を下ろして私の話を聞いて!」

「聞くだけだぞ」

「ありがと、いやまぁ、ぶっちゃけて言うとデータを盗む位なら簡単なんだよ、でもさ、それするとちーちゃん怒るでしょ?」

「……お前、私を脅迫する気か」

「だから最初に言ったじゃないか、お願いだって」

 

諦め顔で大きな溜息が漏れる。

 

「理由を聞かせてくれるんだろうな」

「今話したブルーを元の世界に帰す為だよ」

「なに?」

「あぁ、勘違いしないで欲しいんだけど、厄介払いをする意味じゃないからね。正直な話をすれば数年あれば片道切符は用意出来ると思ってるんだよね」

「どういう事だ?」

「言葉にすると難しいけど、アリスがその道筋を示してくれた気がする、その為に多くのISデータが必要になると思う。お礼でたまーにでいいなら気が向いたらIS整備をしてあげるような気がしない事もないよ」

「……専用機は無理だ、量産機についても約束は出来んぞ」

「構わないよ、必要になれば盗むから」

「おい」

「大丈夫! 絶対バレないから! だからその握った拳を下ろして! 束さんの脳みそが潰れたら人類の損失だよ!」

 

あの日、天災と出会った落ちて来た流星。

何故世界を超えたのか、何の因果に引かれ合ったのかは束にもユウにも分からない。

それでもこの出会いにより、宇宙世紀に触れた事で束の世界は広がった。

異世界、或いは並行世界を渡る。そのような技術は宇宙世紀ですら確率されていない未知の領域だ。

だが、アリスが示した可能性はユウがこの世界に落ちて来る際に見た人の革新に近いもの。

白式の二次移行や紅椿と箒の一機一体、少女達の願いに応じながら自分達の意志を貫き通したアリス達。

ISに可能性を見出したのであれば束と言う世界から爪弾きされてもおかしくない天災は境界を超える術に辿り着けるのかもしれない。

 

≪敷地内に箒様を確認≫

 

突如空中に投影されたナツメからの情報に二人は視線を交える。

篠ノ之神社の正面にある石階段に箒を筆頭にIS学園一年生の専用機持ち達が姿を現していた。

 

「随分大勢で来たね」

「箒は特例だが、そういえば全員外出許可を取っていたな」

「警備的にそれでいいの?」

「更識妹がいるなら日本国内で余程の事がない限り問題はおきんさ、何処かの兎が何もしなければな」

 

IS学園一年生ズは改めて言うまでもなく異色なパーティであるが、その実非常にまとまり良く収まっている。

比較的常識のある部類に簪、シャルロット、鈴音がおり、大人としての見解を持つセシリア、指揮官として実績のあるラウラが取りまとめ、休日に実家に帰る事が特例的に許されている箒が加われば尚更である。

武力と言う意味でこの面子に喧嘩を売る者はまず存在しないだろう。

 

「週末は箒と水入らずか?」

「そっ、色々と話す事があるからね。羨ましい? 自慢の妹だからね、あげないよ?」

「ふん、私には自慢の弟がいるからな」

「それもそっか」

「まぁ、お前が幸せそうなら何よりだよ」

 

篠ノ之 束と織斑 千冬、白騎士事件を鑑みれば世に許される人物とは言えないだろう。罪を償ってもいなければ明らかにもされていない。

それでも引き裂かれた家族が再び手を取り合えるなら友が祝福する位は許されるだろう。

同じ意味で蒼い死神としてのユウとブルーの経緯も許されるものではないが、罪を言及する手段がないのも事実である。

束と蒼い死神の関係性がほぼ確実だとしても、繋がりを実証する術は誰も持っていないのだ。

 

 

 

 

一夏、箒、ラウラ、シャルロット、セシリア、鈴音、簪。

箒がIS学園に通うようになって最初の休日、一年生ズと分かりやすいような良く分からない括りに纏められた七人は長い石階段を上り切り僅かに息を上下させていた。

 

「流石だな、初めての人間は大抵苦しむものなのだが」

「いや、久々に上ったけどやっぱキツイって」

 

付近の街を一望できる山々の合間にある篠ノ之神社への道筋は決して楽とは言えないもので、長い階段は参拝を日課にしている人間以外は滅多に訪れない。

年数回の祭で賑わう事はあるが、それ以外は閑古鳥が鳴いているのが平時である。

ここ最近は束を手中に収めようと暗躍していた者達もいたようだが、何れも境内に足を踏み入れていない。

原因が階段だけではない事は明らかだが、追求するのは野暮な話だ。

 

「まぁ、途中飛びたい衝動には駆られたけどさぁ」

「気持ちは分かるけどダメだよ?」

「分かってるわよ」

 

汗こそかいていないが、少し荒げた呼吸を整える鈴音をシャルロットが窘めるが気持ちは同じである。

 

「所で篠ノ之、急に押しかけてしまったが我々も一緒で良かったのか?」

「構わん、姉さんはもう少し他人と話すようにした方がいい」

「しかしいきなりではご迷惑ではありませんでしょうか?」

「気にするな、私達が掛けた迷惑に比べれば些細なものだ」

「それはいいっこなし」

「そうだったな、すまん」

 

ラウラ、セシリア、簪の言葉に順に応じながら箒は何とも言えない表情を作る。

IS学園も生徒達も箒を受け入れてくれたが、正直な気持ちを話せば今更どのような顔をして学園に通えばいいかまだ分かっていない。

箒自身は学園を襲撃した経緯もないが、ブルーの行為を見届けているのだから他人事とは思えないのが実情だ。

 

「あ、箒さまーっ!」

 

考える事が山ほどある箒の表情を綻ばせたのは境内から駆け寄って来る少女の存在。

 

「クロエ!」

 

勢いを付けて半ば頭突きの要領で抱き付いてきたのは篠ノ之居候の身にして束の娘(仮)の少女。

いつまでもあだ名のような呼び方ではと言う意味で、束からクロエの名を貰い、新しい生活を始めているくーである。

アリスの少女達と同じくクロエにもIS学園へ入学する話はあったのだが、箒に続きクロエまで束の側を離れては自堕落な生活が加速する恐れがある為に残留した経緯とクロエでは幼すぎると判断が下された為である。

 

「元気にしていたか?」

「はいっ!」

 

北極で無理矢理ISを動かした反動で一時期は疲弊していたが、今は快調そのものである。

 

「束さまは離れでお話されています」

「話? あぁ、千冬さんが来ているのか」

 

短く思考を巡らせた後、良く考えるまでもなくプライベートであれば姉の親友であり別段気にする必要のない相手であると結論付け、クロエに手を引かれるまま皆を先導し歩みを進める。

神社と言う異国情緒に目を奪われていた代表候補生達も一瞬迷うような素振りを見せた後ですぐに後を追う。

その時、ごく自然に隣を通り過ぎた男の正体について誰も考えを巡らせなかったのは致し方ない事だろう。

箒とクロエが短く視線を送ったのを男は気付いていたが、自分から返事をするまでもなく小さく頭を下げるだけに留めている。

ISを動かせる男性は織斑 一夏ただ一人、現状で世界の認識は何も変わっていないのだから。

 

 

 

 

 

「ねぇ、ちーちゃん」

「ん?」

「私ね、落ち着いたら本を書こうと思うんだ」

「まずは日本語の勉強からだな」

「あー それも必要かもしれないなぁ、面倒だなぁ。ナツメに翻訳ソフトを入れてみようか」

「……で?」

「うん?」

「どんな本を書くんだ?」

「タイトルはもう決まってるんだ」

「内容より先にか? 気の早い話だな」

「そーかもねぇ」

 

こちらに向かってくる箒達を視界に収めながら束は笑う。

呟かれた本のタイトルは風に乗って消えていった。




更新が遅くなってしまい申し訳ありません。
まだ終わりじゃないんです。

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