IS ~THE BLUE DESTINY~   作:ライスバーガー

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第5章 THE BLUE DESTINY
第119話 BEYOND


最北端で起こった戦いは天使達の昇天を持って終わりを迎えた。

戦争を呼ぶには規模は小さいが、短時間に投入された戦力は最強の兵器と戦士達。

たった数人を守る為に世界は動き、この戦いにはそれだけの意味と価値があるのだと世界を統べる者達は認識した結果。

空を彩る数多の国籍の戦闘機は各々が母国、母艦への帰還を果たし、海上を漂う傷ついた兵士達を国籍に関係なく戦場で戦った兵士達が救助に出向く。

大艦隊の上ではラッパが鳴り響き、手旗信号とモールス信号は高らかに勝利を告げる凱歌を奏でている。

たった一人の少女、篠ノ之 束と国家を股にかけ暗躍していたテロリスト、亡国機業。ISと世界連合が入り乱れた戦いは確かに集結した。

だが、その結果世界が変わるかと問われれば多くの人間は否と応えるだろう。

一つのテロリストが壊滅した、ニュースにすればこれだけの話だ。

そこに篠ノ之 束や織斑 千冬と言った歴史の中心人物が関わっていようとも関心はすぐに失われてしまうだろう。

 

「終わったよ、ちーちゃん」

「あぁ」

「約束通りハグしよう」

「全員は戻ってないだろう」

 

天を指す千冬の言葉に秘められた帰ってこなかった者達が誰を示すかは改めて言うまでもない。

 

「ずっるい、それはずるいと思うなーっ!」

 

頬を膨らませ感情を露わにする天災を守る事が出来たのならば、きっとこの戦いに意味はあったのだ。

 

 

勝利の余韻が戦場を包んでいるが、忘れてはならない現実もある。

歴史の中心にして世界の在り方を変えた人物、篠ノ之 束に向けられる意思は一言で表現できるものではない。

恨みや妬みもさることながら、英雄視するだけでなく崇拝に近い感情を抱く者、悪意や憎悪の対象であり、利用しようと企む者は数え切れない。

だからこそ、この戦いのもう一人の中心人物、ユウ・カジマは氷上で警戒を緩める事無く戦闘機や軍艦に対する注意を怠っていなかった。

この戦いに参戦した兵士達は間違いなく未来を憂い今の時代を必ずしも良しとしていないながらも、これから生きる子供達の為に戦った。

彼等を否定するつもりはなく、称賛する感情に偽りはないが、その奥に国が控えているならば、その銃口がいつ向きを変えてもおかしくはない。

血で血を洗う戦場に裏切りや情報操作は当たり前のように存在するからだ。

 

「…………」

 

が、小さく息を吐いたユウの真意を読み取ったかのようなタイミングで艦隊は向きを変え始める。

束を直営していたEOS部隊は揃った敬礼を最後に反転し揚陸艦へ引き返し、極寒の海上から回収された兵士達も互いの健闘を称え合いながら戦果に満足の顔を浮かべている。

イギリスやドイツ、フランスや中国と言った一年生ズに関わりを持つ兵士達も代表候補生たる少女達に目線や敬礼こそ送りはすれど、言葉は交わさず帰路につく。

そこに篠ノ之 束に対する干渉の色は見られない。

この場に集った彼等はあくまで兵士として子供を守る為に参戦し、子供が戦う現状を良しとせず、そのような未来を否定する為に誇りを掲げたのだ。

 

≪聞こえているだろう!? 篠ノ之 束の身柄を確保しろと言っているんだ!≫

「通信障害継続中らしく聞き取れません」

≪おい! ふざけるな!≫

「雑音が酷く通信不可と判断、通信切ります」

 

政治利用を目論む国家もあるかもしれないが、通信障害では致し方ない。

通信障害を引き起こしていた衛星は宇宙に上がり活動を停止しているにも関わらず、だ。

 

「始末書もんかね?」

「馬鹿言え、戦闘機と艦の乗組員合わせて何人いると思ってるんだ。全員が始末書を提出したらお偉いさんの部屋が紙で埋まっちまうよ」

「違いない」

 

国籍の違う並んだ二機の戦闘機が互いにサムズアップで応えながら空を行く、見下ろす視線の先にいは勝利の証である子供達が喜ぶ姿を捉えている。

 

「俺達の軍人としての任務は完了さ、ここからは軍人も政治家も関係ない、大人の仕事だ」

「そういうこったな」

 

そこに祖国の為に命を賭けるだけの理由があるなら彼等は蒼い死神であろうが世界最強であろうが戦うだろう。

だが、この瞬間にそうはしない。

小さく笑みを浮かべ親指を立て異なる方向へ進路を取る、その光景は北極上空のあらゆる箇所で発生していた。

誰一人抜け駆けする者はおらず、誰一人祖国と通信する者はおらずに、だ。

それも仕方がないだろう、何せこの空域は現在通信障害の真っただ中だ。そういう事(・・・・・)になっているのだ。

 

「…………ッ」

 

その様子を唇を噛みしめながら眺めている者がいる。

 

「黛! 中継復帰できるぞ!」

 

自衛隊に護衛され中継こそ出来ないものの戦場となった北極を断片的に記録する事に成功した唯一の報道マン。

無論、亡国機業のデータや各国の戦闘機や軍艦にも記録用の映像は残されているが、完全な第三者視点の客観的な映像はこのカメラにしか残されていない。

肩から大型の撮影機器を担ぎ上げ、帰路につく軍人達や氷上のISを記録に残しているカメラマンの言葉に黛渚子は色が変わって尚も拳を強く握り続けている。

 

「……カメラは回してるわね?」

「当然だ」

「中継はまだ繋げてないわね?」

「通信が復帰したばかりだからな、だからどうするんだって聞いてるんだ」

「…………録画だけ続けて、中継は繋げなくていいわ」

「お前、それがどういう意味か分かって言ってるのか?」

「分かってるわよ! それでも、出来る訳ないじゃないっ!」

「独占の大スクープだぜ?」

「そうかもね」

「……はぁ、分かった、付き合うよ、ここは通信障害中、そういう事でいいな?」

「ありがとう」

「礼なんて言うな、俺だってこんなの聞かされてるんだ、心動かされないはずないだろうが」

 

それは報道ヘリの音声収集器が拾い上げている飛び交う各国の軍艦や戦闘機の音声だ。

 

「通信障害、本国と連絡取れません」

「米空軍任務完了、これより帰還する」

「同じくドイツ軍、帰還するぞ」

「国に帰るまでが戦争だぞ」

「了解、帰国するまで通信障害継続」

「篠ノ之 束の無事を確認、身柄の拘束は任務内容に含まれていません」

「責任は私が持つ、全機帰投せよ」

「あーあー、こちら07小隊、本国と通信不可、全機帰るぞ」

「救援の手伝いに回せる機体はあるか? 他国だぁ? そんなもん気にすんな!」

「雑音が酷いような気がするので通信遮断します」

「そういう事で」

「グッドラック」

 

技術の発展は報道にも多大な影響を与え、カメラやマイクの性能は一昔前とは比較にならない程に向上している。

それでも軍関係の通信を本来拾えるはずはないが、戦闘機も軍艦も足並みを揃えたようにオープンチャンネルで通信を公開している。

それは軍人としての矜持、今この場での出来事は全員が認識を束ねて行動すると言う意思表示。

この映像と音声を中継で繋げるなら渚子達は一躍時の人になり上がる事が出来るだろう。

しかし、その選択肢を選べるはずがない。

本国から鳴り響く怒声をすべて無視する男達の想いを裏切れるはずがなかった。

そもそも保身の為に戦争に参加する事を是としなかった者達と命を賭けてでも子供達が戦場に出る未来を憂いた者達とでは背負っている覚悟が違う。

 

≪そうだ将軍、それでいい≫

≪我々の声は北極には届いていない、そうだな?≫

≪君達の任務は篠ノ之 束を守る事、未来への希望を繋ぐ事、そしてテロリストを殲滅する事だ≫

≪それが終わったなら帰って来たまえ≫

≪雑音に耳を傾ける必要はない、おっと我々の声は聞こえていないのだったな≫

≪早く帰国したまえ、土産話を期待しているよ≫

 

無論、聞こえて来るのは雑音や怒声ばかりではない。

亡国機業の攻撃に備えISを防衛目的とし自国へ残し、防衛網を形成しつつも北極での戦局を気にしながら国を守る為に残った者達も存在している。

彼等は通信障害継続の状況を鵜呑み(・・・)にして納得をしてみせた。

互いの声は良く聞こえているにも関わらず、通信は不可能である。つまり、そういう事なのだ。

 

その様子を満足とも意外とも言えない表情を浮かべて見据えているのは話題の中心である束だ。

その気になれば世界中枢を麻痺させるだけでなく、冗談ではなく支配も不可能ではない彼女は言ってしまえばこの場にいる軍人達ほど世界の未来を考えて行動している訳ではない。

自分とその周囲、付け加えてもISについて思案しているに過ぎず、戦場を見通してみせたが、先見としては束はやはり幼いと言わざる得ないだろう。

世界が動く意味を、そこに含まれる壮大なまでの歴史の変革の一歩を理解出来ているかは定かではない。

その上で、あえてもう一度記そう。この戦争の結果で世界が大きく変わるかと問われれば否であると。

だが、間違いなく一石は投じられた。

 

戦争である以上、そこに勝者と敗者は存在している。

詳細は把握できていないが、EOS部隊が突入した空母内や海中で行われた潜水艦の攻防を考慮すれば敵味方共に被害は免れないだろう。

その責任の在り方を、落とし所を間違う訳にはいかない。

ましてや今回の戦争は国家間でのいざこざではなく、個人対テロリストに国が介入した歪な形だ。

では、責任は個人である束にあるかと問われれば、それもまた難しい答えになるだろう。

 

「散っていった全ての英霊に敬意を」

 

中国の双胴戦艦の管制室で老子が静かに呟き、側近の二人を始め艦内で静かな黙祷が捧げられる。

今出来るのはその程度でしかなく、国に戻れば批判が溢れ返るかもしれないが、今この瞬間に関して勝利を友と喜び合う鈴音と、総本山から姿を消した少女が無事であった事は十分な報酬と言えた。

 

「残党の捕縛、救助作業が終了次第戻るぞ」

 

この海域で束に対し行動を起こす者はいない。

この中で誰よりも戦争と言う凄惨な状況を知っているユウが浮かべた懸念は無用なものへと成り下がった。

 

「…………」

「ゆ、ブルーさま?」

 

喜びを称える空気の中、自分の立ち位置に迷った素振りを見せたくーがブルーの側に歩み寄る。

残骸となった黒いラファール・リヴァイヴを着ると言うより引っ掛けただけの姿は痛々しくも見えるがダメージが貫通していないのは幸いだろう。

 

「戻ろう」

「はいっ!」

 

二人の向ける視線の先、親友と妹に囲まれた天災の姿がある。

どこかぎこちない笑みは今までの人生に浮かべる事の出来なかった感情であると見て取れる。

それ故に、ユウとくー、この場において異物となる二人は退席を選択する。

 

「ブルー?」

 

足元に展開したドダイに乗り込む二人を確認し箒が疑問符を浮かべ、それに気づいたIS乗り達の視線が集中する。

 

「博士、貴方は決して褒められた立場の人間ではない。ただ、今は休んでも良いと思う」

 

その声はブルーを通して束と箒にのみ届けられる。

 

「いつのもの場所で待ってます。姉妹達をお願いします」

 

破顔したくーの表情が何処に行くのかと問いかけようとする箒を押し留め、束の背を優しく押し上げる。

白騎士事件、世界からの雲隠れ、ゴーレムの存在の起源、篠ノ之 束が許されてはいけない。

それでも人形にされ、壊された少女が笑顔を浮かべる事が出来るようになったのは束が手を差し伸べたからだ。

だから今は友との一時的な逢瀬を楽しめばいい。その権利はきっと今の束にはあるはずだ。

ゆっくりと上昇を始める二機のISに何か声を掛けようと手を伸ばし掛けて引っ込めた束は一言だけ付け加える。

 

「うん、また後で」

 

天災と死神、奇妙な二人の戦いは一先ず終わりを迎える。

 

 

 

「ナターシャ、あの子達は?」

「直前まで意識はあったし大丈夫だと思うわ、あの艦の乗組員は私も知ってる人達だから信頼してくれて構わないわよ」

「そうか」

 

くーの告げた姉妹達、実際に血の繋がりがある訳ではなく異なる国籍の十七人の少女達の事だ。

超高度から投げ出されたものの、絶対防御を身に纏う偉業を成し遂げて地上へ落ちる少女達は空中にいたシルバーシリーズや空へ駆け上ったラウラ達により救助され、衰弱はしていたが全員の無事が確認されている。

氷の大地に接陸していた艦の一つが少女達を回収、責任をもって治療に当たる事になっており、その際には束が銀の福音に用いた抗体の技術が既に実用段階として組み込まれていた。

 

「奇跡、なのかしらね」

「まさか、お前だってそうは思っていないだろう?」

「まぁ、そうなんだけどね」

 

見上げれた空では消える直前の虹色のオーロラの残光が心を打ち続けている。

優れたIS乗りはISを感じ、ISを理解し、ISと一つになる。対話とまではいかなくとも互いの意識を同調させる。

千冬もナターシャも身に覚えのある事だ。それ故に、アリスと言う与えられた自我が搭乗者を守る為に選んだ手段を肯定する事が出来た。

ISの短い歴史の中でも明らかに異形であり偉業であるISの行動は奇跡と一言で切り捨てていいものではない。

 

「これからが大変ね」

「望む所さ」

 

アリスの行動は様々な研究がなされるだろう、国家も企業も報道も黙ってはいないはずだ。

それでも千冬は心に決めた、後はやり通すのみだ。

 

「私は束を信じると決めたからな」

「私も付き合いましょう、博士にはこの子を救ってくれた大恩があるもの」

 

容易な道ではないと知っていても二人は束を無碍には扱わない。

篠ノ之 束の作り上げた道を邪魔はさせない、簡単に壊させはしない。

 

「…………うん、決めた」

 

千冬とナターシャの決意を知ってか知らずか、ユウとくーの飛び立った方向を見据えていた束が静かに口調を強める。

 

「姉さん?」「束?」

 

箒と千冬の問い掛けに振り返る顔に迷いの色は見られない。

 

「私のやるべき事が決まったよ」

「やるべき事、ですか?」

「そう、戦争の後始末だとか、ゴーレムやバーサーカーの処理だとか、阿呆な連中の対応だとか色々あるけど、次に私が目指すべき物が見えたから」

「それは一体……」

「落ちて来た流星を返して上げないとね」

 

箒の言葉に笑顔で応じる。

 

「アリスはきっとその為の光になったんだと思うから」

 

母は星に道を作り、子は大地から天を目指し駆け上がり、流星は再び宇宙へ帰る。




更新が遅くなり申し訳ありません。
今章はエピローグ章。
もう少しだけお付き合い下されば嬉しいです。

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