IS ~THE BLUE DESTINY~   作:ライスバーガー

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場面がころころと変わります。
読みやすいようにしたつもりですが、どうだろうか。


第12話 戦士達の軌跡

深夜、生徒も教師も寝静まった夜にIS学園アリーナに膝を付いた状態の打鉄が一機。

纏っているのは世界最強の称号を持つ織斑 千冬。

打鉄各部からは蒸気が上がり、間接部が嫌な音を立てて軋んでいる。明らかなオーバーワークの形跡が見て取れた。

 

「すまんな打鉄、無理をさせた」

 

ISには意思に近いものがあると言うのは共通の認識。

打鉄は千冬の動きに応えようと限界以上の駆動してみせたに違いない。

限界を越えたであろう可動部から上がる蒸気がそれを物語っている。

 

「だが…… これでは奴に追いつけない」

 

奥歯が痛む程に強く噛み締める。

世界最強と呼ばれる女が苛立ちを覚えるような表情で空を見上げる。

その視線に映る美しい夜空は千冬を励ますようでもあり、嘲るようでもあった。

 

「束、お前は何をしようとしている?」

 

蒼い死神のIS学園襲撃。

背後に親友がいると感じた千冬は連絡を試みた。

結論から言うなれば電話に出た束は何時もの束だった。

千冬と嬉々として会話を楽しみ、大事な事は何一つ語らない。

はぐらかすと言うよりは意図的に隠しているような態度に気付かない千冬ではないが束は何も語らなかった。

もしかすると既に自分では力になれない状況に陥っているのかもしれないと千冬考えても無理はない。

全盛期程の力が無かろうと専用機が無かろうと、生徒達を守る為に。

例え親友に思惑があろうともIS学園の教師として千冬は決意せねばならなかった。

 

 

 

 

 

IS学園深部にあるデータベース。

その中に本来保存されているはずの蒼い死神のデータが抜け落ちている。

世界でもトップクラスの防衛システムにより守られている情報が空虚のように消えていた。

薄暗い部屋でディスプレイの光の反射する眼鏡を直しながら山田 真耶は肩を落とす。

情報は刻まれれば必ずその痕跡を残す。

されど、その情報を元に戻す事が出来る技術が無ければ意味が無い。

蒼い死神の襲来は学園に取って脅威以外何者でもない。

ISを取り扱う学園に取って平和と言う言葉は似つかわしくない。

それでも山田先生は生徒達に平和に過ごして欲しいと心から願っていた。

 

「私には何も出来ないんでしょうか、駄目な先生ですね」

 

再度データベースに向き合い何度目か分からないサルベージを行う。

エラーが出るのは分かっていても向き合わずにいられなかった。

また生徒が傷付くのは見たくない。その為にも出来る事をせずにいられなかった。

 

 

 

 

 

織斑 一夏は夢を見ていた。

友人も家族も学園も何も無い白が覆い尽くす世界の夢。

それが夢だと分かる程に一夏は落ち着いていた。

天井も空もなく、地面も曖昧で地平線の先までも、何処までも白が続いていた。

美しい程に哀しい、果てしなく真白の世界。

 

呼び掛けられたような気がして振り返ると、背景と同化するように少女がいた。

顔は良く分からないが何処か懐かしいような、当たり前のように側にいる感覚。

髪も肌も長いワンピースに帽子までも全てが白く、その場に優しく佇んでいた。

 

「君は?」

 

一夏の声が届いたかどうかは定かではないが、少女の声は一夏には届いていない。

表情は良く分からないが、微笑んでいるような気がする。

酷く曖昧で虚ろな感覚が一夏の周囲を包み込んでいる。決して嫌な感覚ではない。

手を伸ばせば届きそうな距離にも関わらず、少女と一夏の間にある境界線は酷く曖昧だった。

 

「君の声は聞こえないけど、きっと大切な事なんだろうな」

 

少女はくるりと向きを変えて白い世界を歩き出す。その姿が周囲に同化するように消え始めていく。

最後に小さく手を振って、舞い散る雪のように少女は静かに消えた。

 

──きっとまた会える。

 

その声がどちらのものだったのかは分からない。

急激な覚醒を促され、一夏の夢はそこで途切れた。

 

「……あれ?」

 

何か大切な夢を見ていたような気がする。

内容は思い出せないが心地良い感覚と穏やかな気持ちだけが残っていた。

 

 

 

 

 

IS学園の保健室は安全上も踏まえ病院に近い私設を備えている。

一夏とは違う部屋で安静状態になっていたセシリア・オルコットは既に意識を取り戻していた。

窓から望む幾千の星々を見据えながら今日の戦いを思い出す。

織斑 一夏は想像以上だった。認めるに値する。

問題はその後だ。蒼い死神との再戦は前回と大差の無い結果に終わってしまった。

 

「私は弱い」

 

弱音とは裏腹にその瞳は諦めている人間のものではない。

遥か先を見据えた強い光を帯びた瞳だ。

 

「弱いのであれば上を目指すだけですわね」

 

イヤーカフスとなっている待機状態のブルーティアーズがキラリと輝く。

蒼い涙は落ちるのではなく、空を目指す星光となる。

 

 

 

 

 

日本政府の預かりとなったデュノア社のエージェントであるシャルロット・デュノア。

フランス代表候補生と言う事もあり日本政府が長期間拘束するわけにもいかず、与えられた措置はIS学園への転校。

あらゆる法的しがらみを受けないIS学園ではあるが、日本にある以上は日本政府はIS学園を合法的に見張る事が出来る。

 

「えぇ、申し訳ありません」

 

電話にてデュノア社と連絡を取り合っているシャルロット。

蒼い死神に敗北した事に関してデュノア社がシャルロットを責める事は無い。

篠ノ之 箒の拉致についても同様だ。社としての見解もあり御咎めなしに落ち着いていた。

当然ながらデュノア社もただ日本政府の言いなりになるわけでもなく、次の手を既に考えていた。

 

「分かっています、織斑 一夏を含め各国代表候補、専用機の情報ですね」

 

IS学園は外部から法的に強く守られているが、内部はIS関係者にとって宝の山だ。

各国技術の結晶とも言うべき専用機を持つ代表候補生が在籍しているのだから当然だ。

ならば次にデュノア社が取るべき手段は自ずと見えてくる。

 

「社長、ひとつお願いがあります」

 

シャルロットが仕事に口を挟む事は殆ど無い。

その為、電話の向こうにいる父にしてデュノア社長は少しだけ驚き身構えていた。

 

「いえ、簡単な事です。ガーデン・カーテンの完成を急げませんか?」

 

シャルロットの専用機ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡは量産型のカスタムタイプに過ぎない。

初期装備の一部を取り除き、拡張領域をより広くする事で様々な武装を使いこなし距離を選ばない戦闘スタイル。

シャルロットの得意技である高速切替と相まって高い汎用性と幅広い戦術を可能にしている。

しかし、基本性能は量産型ラファール・リヴァイヴと変わらない。

蒼い死神に一瞬で敗れた事は機体性能差だけとは言えない事は理解しているが、機体性能の向上は急務だと言えた。

再び蒼い死神と相対する事になるかは分からないが、強化装備は必要だとシャルロットは考えていた。

 

親子の会話にしては事務的な会話を終えたシャルロットは大きく息を吐いた。

 

「ふぅ、やっぱり緊張するなぁ。後でプライベートで電話しよっと」

 

母が死に、娘として迎え入れてくれ第二の人生を与えてくれた父をシャルロットは嫌いではない。

時代が作り上げた環境はシャルロットを拒んだが、シャルロットは自分自身で環境を変えて見せた。

その上で社長と部下としての体制は優秀な部下を演じる上で必要だった。

部下として必要な注文をして娘としての我侭を通す。その上で後々のフォローも忘れない。

出来た女とはこういう事を言うのかもしれない。

 

 

 

 

 

赤を基調とした木造の柱の並ぶ部屋。中央の円卓の奥側に数人がいる。

中心には頭まで覆い隠すような黒いローブに身を包んだ老人。

老人の左右には金の龍紋の刻まれた黒いチャイナ服の男が控えている。

 

「お主の願いは確かに叶えたぞ」

「謝々」

 

円卓の反対側には深いスリットの入った赤いチャイナドレスの少女。

お団子頭を左右に纏め上げた子猫のような風貌、気の強そうな目が老人を真っ直ぐに見返している。

中国代表候補生、凰 鈴音。

 

「分かっておるな?」

「各国代表候補生の実力を確かめる、ね」

「そうじゃ」

 

中国は軍事において他国に遅れを取っているわけではない。

広い国土と人員、単純な武力で言うなればアメリカやロシアにも引けを取らない。

ただし、ことISに関しては話は別だ。

数に限りのあるISは条約によって所有する数が決められている。

中国もそれなりの数を有してはいるが国土全域をISでカバーするには至らない。

その為かISも燃費と安定性を中心に効率第一に考えられた設計が施されている。

歴史を重んじる国風の中で鈴音は若いが勢いのある代表候補生だ。

IS学園への転入の難度は高いが実力を持ってして乗り越えた。

が、IS学園に入ってしまえば外部からの干渉は難しくなる。

IS開発を重要視している国にとって入学は必ずしもメリットとは言えなかった。

在学期間中は代表候補生に直接的に干渉する事が出来ないのだから当然だ。

勿論整備や武装の関係で代表候補生と連絡を取り機体に干渉する事は出来るが、政治的な干渉が出来なくなる。

その上で鈴音の望みを中国政府は叶えた。

 

「気をつけてな、各国代表は猛者揃いぞ」

「当然、やるからには全力でやってくるわよ。老子こそ体に気をつけなよ? あと年齢も考えなよ、黒いローブとか似合わないわよ?」

「うるさいわい、好きでやっとるんじゃ」

 

入れ歯が少し浮く勢いで老人は反論する。

しかしその目は孫を送り出す事を悲しむように沈んでいる。

 

「あーもぅ、手紙位出すわよ!」

「鈴音、老子は君の事が心配で堪らないのですよ」

 

控えていた男性が苦笑交じりに言葉を添えた。

その瞬間、老人の拳が男の腹にのめり込む。

 

「むぐっ!?」

 

苦悶の表情を浮かべた男を冷たく一瞥。

話はこれまでだと、老人は手を叩き鈴音から視線を外した。

シッシとばかりに手の甲を振り老人は体ごと後ろを向く。

 

「行って来ます」

 

深々と頭を下げた鈴音は決意を新たに部屋を後にした。

 

 

 

 

 

IS学園生徒会の主は資料を眺め溜息を吐いていた。

映像資料が全て失われておりアナログな資料しかないが、彼女は紙媒体を嫌いではなかった。

電子データに比べ場所は取るが燃やしてしまえば復元は不可能。その点が重要だった。

 

「蒼い死神ねぇ」

 

IS学園の生徒会長とは即ち学園最強の称号。

世界最強の称号を持つ千冬は別にするとIS学園内で最も強いのは彼女、更識 楯無だ。

現役ロシアの国家代表であり裏の事情に広い情報網を持つ「更識」の現当主。

更識は多々役割を持ち、その中でも対暗部用暗部と裏の中の裏の存在。

学園が襲撃された際、楯無は留守にしていた。相手の出方を見るにそのタイミングを狙ったわけではない。

楯無の有無など関係なかったはずだ。学園最強も世界最強さえも意識していない。

蒼い死神が如何に規格外かを理解せざる得なかった。

 

「織斑先生でも抑えられないとなると、ちょっとねぇ」

「勝てませんか?」

 

もう一人。秘書のように楯無に付き従っているのは布仏 虚。

生徒会会計にして更識に仕える者。布仏 本音の姉でもある。

真面目が服を着て歩いているような虚の真剣な視線を受けて、楯無は閉じた扇子で口元を隠しころころと笑っている。

 

「正面から戦うだけが全てじゃないでしょ?」

 

鈴音を子猫と称するなら鋭い爪を隠そうともしない山猫の如き威圧感。

裏に生きる人間が獲物を追い詰め狩り立てる為に思考と策略を巡らせる。

 

「学園に仇なすなら、死神でろうとも相手になるわよ」

 

 

 

 

 

間接部から蒸気を上げる打鉄と共に千冬はピットに降り立った。

 

「整備の連中に申し訳ない事をしたな」

 

大きく息を吐いて打鉄を解除する。

視線に気付いた千冬が顔を上げると、自分に向かって来る少女。

「おや?」と意外そうな顔をして見せた千冬のすぐ手前まで足早に駆け寄ってきていた。

 

「こんばんわ、織斑先生」

「更識か、こんな時間に…… そういえば夜間活動申請を出していたな」

 

更識 簪。楯無の妹にして日本代表候補生。

本来であれば各国代表候補が軒並み揃えるIS学園において注目を集める筆頭。

なのだが、大人しい性格や学園最強の姉、唯一男性の存在が簪の存在を霞めていた。

幼さの残る瞳は千冬が解除したばかりの打鉄に注がれている。

 

「先生、お願いがあります」

「何だ?」

「先生の打鉄、整備は私がしておきますので、今のデータを見せて頂けませんか?」

「ふむ、良いぞ好きにしろ」

 

一瞬だけ思考して千冬はあっさりと許可を出した。

解除した打鉄をそのままにして歩き出す。すれ違いざまに簪の頭をくしゃりと撫でる。

 

「頑張れよ、努力はお前を裏切らない」

「は、はい」

 

その瞳は一瞬だけ千冬を追って頭を下げるがすぐに打鉄に向きなおされている。

簪が目指す場所へ行く為に、打鉄に秘められた力を引き出す為に。夜はこれからだった。

 

 

 

 

 

透き通るような青い空と闇を抱えるような群青の海。

その狭間を浮かぶ鋼鉄の塊。海賊やテロリストとの戦闘を想定した巡洋艦。

 

「お呼びでしょうか、艦長」

 

操舵室に姿を見せた眼帯の銀髪少女。ラウラ・ボーデヴィッヒ少佐が敬礼し直立不動のまま問い掛ける。

本来ラウラに対する上官ではない艦長だが、現場指揮と言う事で一時的に指揮権を得ていた。

グレーの髭を蓄えたこれぞ艦長と言う想像を具現化したような人物。

 

「少佐のIS学園入りが迫っているな」

「はい、任務終了次第発つ予定であります」

「そうか、本来は我が軍の指揮系統とは異なるにも関わらず、ご苦労だった」

「勿体無いお言葉です」

 

一旦言葉を切った艦長は顎鬚を擦りながら唸るように考える。

操舵室にいる他のクルー達もラウラとの会話に聞き耳を立てながら様子を伺っている。

 

「少佐、この海をどう思う?」

「静かな海とは言い難いですね」

 

欧州にある海域は複数の国が入り乱れ地形も国境も複雑だ。

その為か昔から海賊行為をする輩が絶えない。

今でこそ欧州連合が治安維持として活動もしているが、それでも根絶やしに出来ているわけではない。

 

「私はね、この海は世界の縮図だと思っているのだよ」

「縮図、ですか」

「そうだ、一見平和に見えるが常に危険が潜んでいる。欧州連合と言う抑止力があろうともだ」

「抑止力がISと言う事ですね」

「ISがあれば世界は平和だと言えるかね?」

 

ラウラは首を振り否定を示す。

本当に平和な世の中であれば抑止力たる欧州連合は必要ない。

現役の軍人達の前で言う事ではないが、自らの存在を否定する事になる。

ポンっと大きな手がラウラの頭を軽く叩くように撫でる。

 

「少佐、世界を見てきたまえ。世界は広く、君は若い」

「心に留めておきます」

 

その姿は階級も飛び越えた親愛の情景だった。

ラウラは軍人だ。軍で生まれ軍で育った、戦う為の存在と言ってもいい。

それでも現役軍人の将校達からすれば子や孫も同然の少女だ。

扱いが自然に子供に対するようになっても仕方が無い事なのかもしれない。

 

「艦長、前方に未確認船舶」

 

部下からの声に表情が一変する。

子に対するそれから欧州の海を預かる軍人の顔に。

 

「密漁船か?」

「いえ、武装確認。戦闘の意思ありです」

「迎撃用意」

 

指示を飛ばす艦長はラウラに視線だけで向き直る。

その目は既に上官としてのもの。ラウラと言う武力を扱う側の人間の目。

応じるラウラも同じように視線を強めている。

 

「空を任せていいかね?」

「お任せ下さい。 シュヴァルツェ・ハーゼ、出るぞ!」

 

短く敬礼を返し即座に反転。

操舵室を後にしつつラウラは部下に通信を開いていた。

ISによる武力行使は条例で禁じられている為、自国の防衛以外に過剰な戦闘行為は行えない。

その為、軍艦に乗船しているラウラ達の任務は偵察と迎撃、主に制空権の掌握だ。

違法艦に直接攻撃するのは欧州連合の軍艦としての仕事だ。

 

「さぁ、娘の門出が近い。恥ずかしくないように送ってやろうじゃないか。各員戦闘準備!」

 

男達の声が海上で熱を帯びた。

ISによる時代の変化があろうとも、戦場で戦う男達の姿は変わらない。

 

 

 

 

 

第1章 哀戦士 完




読み辛くなかったか心配です。
メインメンバーを無理やり少しずつ登場させました。
風呂敷を広げたとも言います。畳めるように頑張ります。

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