IS ~THE BLUE DESTINY~   作:ライスバーガー

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第118話 いまはおやすみ

天を目指し空を昇る黄金の光は遠く離れたロシアの上空でも確認されていた。

自分も北極へ向かうべきか否か、最後まで迷い続けながらも防衛戦力としての本懐を遂げる為にその場に留まった楯無は遠い空で輝く光を見詰め続けていた。

ロシア軍と共に亡国機業の潜水艦の拿捕に尽力し万が一に備えて待機している身ではあるが、妹が戦場に出向いているのだから気が気ではないと言うのが本音の所。

 

「ミステリアス・レイディ?」

 

背筋を駆け上がるのは嫌な予感ではない、愛機が感じ取っている悲哀だ。

 

「泣いているの?」

 

ISの言葉を聞いた事は無いが、愛機に悲しみが満ちているように思えてならなかった。

愛しむように自分の身体ごと愛機を抱き締める。僅かに帯びた震えは止まり、自然と涙が浮かび上がる。

その理由を知った時、楯無はISの偉大さを知る事となるのだが、それはもう少し先の話だ。

この日、ISをパートナーとして理解しようとしているIS乗り達全員がISが道具ではないのだと改めて実感していた。

それがコアネットワークの障害なのか、ISのコアに眠る心と呼ばれる部分の影響なのかは分からないが、この日を境にISは新たな一歩を刻んだのだと後の歴史では伝えられている。

世界はどうしようもない程に理不尽に満ちておりISの未来は必ずしも明るいものとは言えないが、人間の良き隣人になれる日が来ているのかもしれないのだと。

 

 

 

 

ミサイルの停止、その報告を受けて肩の力が抜ける。

少なくともこれで主要都市を核ミサイルで攻撃される最悪のシナリオは回避出来た。

何かしろのブービートラップが仕掛けられている可能性はあるが、束が控えているのだから簡単に出し抜かれはしないはずだ。

残す問題点は目の前に聳え今尚火を噴き続け地上を目指す巨大な鉄の塊への対処だ。

これが氷の大地に突き刺さるだけでも十分過ぎる脅威になり、世界を亡ぼす口火になりかねない。

 

「不味いな」

 

全身を酷使した意味ではブルーは戦争の最初から戦場に立っており、同じ戦闘時間の紅椿とは異なり機体そのものは第二世代の旧式だ。

連続戦闘時間は記録を突破し超高高度での戦闘はそもそも想定されていない陸戦型がベースにされている。

ゴーレムと正面から殴り合った蒼い堅牢な装甲はいつ崩壊を迎えてもおかしくない程にダメージが蓄積されていた。

バーサーカーからアリスへと変貌を遂げたIS達が馳せ参じた影響で落下の危険性からは耐えているが、長時間この高度を維持できる状態ではない。

が、限界と言う意味では紅椿と白式にも言える事だ。

 

「これ以上は紅椿が持たない!」

「こっちもだ、もうっ!」

 

歯を食いしばり全身を衛星に張り付けてブースターを吹かし高度を維持しようとしている箒から漏れた言葉は全員の代弁だ。

純白の翼と左腕の雪羅を大きく歪めた白式、展開装甲が可動領域を越え火花を散らしている紅椿、衛星の放つ重圧により今にも空に散ってしまいそうなギリギリの状態。

 

「無理はしないで下がりなさい! シルバーが殿を務めて誘導するわ、動ける機体で衛星を地上へ下ろすわよ!」

 

残す課題は最大にして最悪の災厄を氷の大地へ落とすのではなく降ろす事。

核を搭載している以上、刺激を与えて破壊する訳にもいかず、慎重を重ねる必要があるのは誰もが分かっている。

万が一にもISが限界を越え炎上でもしようものなら搭乗者の安全の確保だけでなく、衛星へダメージを与える事態は避ける必要がある。故にナターシャの判断は正しいものだ。

幸いにも十七機もの援軍が現れた以上、最後の作戦は十分に実行可能なものだ。

しかし、ここで予想出来なかったのは素人故に、いや愛故に悲しい決断を下す哀戦士達の思考を読み切れなかった事だ。

 

「え? ちょ、何を!!」

 

浮かべた疑問の声は背中を衛星に張り付け押し返していたティナからだ。

反転し視線を上げれば降ろすべき衛星は高度を徐々に上げ始め自分達の手から離れ始めている。

 

「んぁーーーっ!!」

「うわぁぁああ!!」

「皆さんは下がって下さい、ここは僕達が!」

 

声にならない叫び声を上げながらアリスを纏う少女達が更に衛星を上空へ押し上げて行く。

 

「何をしているの! それ以上高度を上げたら!」

 

「分かってます!」

「だから私達がやるんです!」

「地上へ降ろして核を取り除けば安全かもしれない」

「でも、それでも、それじゃぁダメだと思うんです!」

「これは悪意の象徴だから!」

「こんな物を地上へ降ろす訳にはいかない!」

 

ナターシャの警告を聞かず高度を上げ続ける少女達は叫び声を上げる。

アリスから既に警告は受け取っており、これ以上高度を上げる危険性を理解した上で尚も上昇を止めない。

悪意に利用された少女達だからこそ悪意に敏感になる。

この落ちて来る災厄は人類にとって憎むべき対象でこそあれど守るべき物ではない。

安全に降ろしておしまいにしていいはずがないのだと少女達は叫び声を上げる。

 

「ナ、ナターシャさん! これ以上はっ!」

「くっ、全機安全域まで高度を下げなさい!」

「でもっ!」

 

危険であると下された判断を聞いても尚、衛星を天へと運ぶ事を少女達は止めない。

シルバーシリーズやブルーディスティニーを置き去りに宇宙への道を辿る。

 

「これはこのまま持っていく!」

「忌まわしき記憶と共に!」

「まだ私達は人類に絶望したくない、これを争う原因にしたくないから!」

「世界の一つや二つ、救ってみせる!」

「ISなら、アリスと一緒なら出来るっ!」

「私達がずっと一緒にいてあげる」

 

金色の輝きを放つ少女の決意を限界を迎えた機体で追い掛ける事は敵わず。

これ以上高度を上げれば戻ってこれないのは明白にも関わらず、その後ろ姿を見送るしか術はなかった。

 

 

 

 

「違う、違うんだよ! 私はこんな事をさせる為にあの子達に自我を与えたんじゃない!」

 

高度を上げ続ける衛星と聞こえて来るIS間の会話から状況を把握した束の悲痛な声が木霊する。

他者に興味がなくともISは彼女にとって希望であり、未来への象徴に違いなかった。

バーサーカーを打ち破る為と言いながらもアリスに秘められた願いは束の心を現していると言っても過言ではない。

自業自得とも言える白騎士事件を切欠に歴史と共にISは本来の存在から大きく形を歪めてしまったが、科学の最先端として時代の代名詞になった。

科学と突き詰めれば魔法と変わらないとも言われるが、ISは正にその具現と呼べる存在になりえていた。

ISが未来を創るのではない、ISと共に未来を創る。そんな未来に対する可能性をアリスは秘めていた。

 

「束……」

「ちーちゃん! お願い、あの子達を止めて! 私は、私は!」

「分かっている、お前がISに自己犠牲などさせるものか」

 

それが少女達の願いに応じての事だとしても、アリスは命の火を燃やす場所を定めたのだと見て取れた。

システムにしか過ぎないとしても、自らの思考の行き着いた先は戦いを拒否するだけではなく、燃え尽きると分かっていても少女達の意思を叶えると十七体のISは自ら判断したのだ。

 

「だから見守ってやれ。これはお前の子供達の選択だ」

 

打鉄七刀が動けばまだ状況は違ったのかもしれないが、今の千冬に出来るのは偉大な戦士達を見送り、親友の側にいる事だけだった。

 

 

 

 

重力の鎖を断ち切る為には宇宙まで運ばなければ意味を成さない。

成層圏や中間圏で力尽きれば再び重力に引かれ衛星は落下を始める事になる。

それでもスリープモードに入らずに飛び続けているのはアリスが最大限の防御性能を発揮しつつ搭乗者への負担を軽減しているからだ。

 

「地球が丸いのが分かる、綺麗な景色」

「最後の光景にしては悪くないかもね」

「まだだよ、まだここで終わる訳にはいかない」

「分かってる、最後まで付き合うよ」

「面白くない人生だったけどよ、最後に一花咲かせに行こうぜ」

「不思議だよね、怖くないんだ」

「うん、何となく分かる」

「アリスがいるからかもね」

 

カーマン・ラインと呼ばれる海抜高度百キロより先の世界が一般的に宇宙と呼ばれる場所だ。

現存するISは宇宙での活動を視野に入れたものではなく、宇宙と大地の間にある幾重もの圏を越え、重力の鎖から解き放つのは容易な道ではない。

広がる宇宙と地球の境界線、それでもまだ重力圏内、成層圏以上の宇宙へ進むのであれば機体も精神も耐えられるはずはない。

戻ってこれなくなる高度になろうとも彼女達は最期を迎える時まで災厄を運んでいく。

 

────?

 

「いま、誰か何か言った?」

 

────??

 

「空耳?」

「違う、私にも聞こえた」

 

時に、ISは搭乗者と意思疎通を測ろうとする場合がある。

二次移行を果たした白式然り、絢爛舞踏を発動させた紅椿然り、ラウラの意思に応じてヴァルキリートレースシステムを発動させたシュヴァルツェア・レーゲン然りである。

アリスシステムは急ごしらえの自我に過ぎず、目覚めて日の浅い赤ん坊と変わらない。

いや、子供だからこそ母を助けたいと願い、主を守りたいと動いているのかもしれない。小さな奇跡は幾つもの必然が重なり合って形となる。

懸命に衛星を押し返す姿勢のまま少女達の耳に聞こえて来たのは言葉にならない小さな電子音。

だが、確かに聞こえたのだ、愛すべき子供達の呟きが。

 

 

 

ずるりと、全身を覆っていた鎧から少女達が放り出される。

 

「っ!!?」

 

驚愕に目を見開いたのは一人ではない。十七機のISから次々に少女達が抜け落ちて行く。

全身を包んでいるのは目に見えない薄いエネルギーの膜、母が子を抱くようにISに残されたエネルギーが絶対防御として主人を守る防御壁を作り上げ少女達を包んでいる。

そこは既に超高度、呼吸の出来る境界ではなく、人が生きていける環境を越えた極地であるにも関わらず、少女達は自分の状況を正しく認識出来ていた。

ISが搭乗者を守る為にエネルギーの一部で生身の人間を包み地上に向け射出した奇跡を理解した。

 

「アリスっ!!?」

「何で、何で!!」

「嫌だ、一緒に行こうって言ったじゃない!」

「おい! ふざけんな! 俺達だけ生き残っても仕方ないだろうが!」

 

その光景は少女達の眼に強く焼き付き永遠に離れないだろう。

搭乗者と離れたにも関わらず、十七のISの四肢は衛星に張り付けられたまま固定され背面のブースターだけがエネルギーを放出し衛星を押し続けている。

 

────???

 

重力に引かれ落下を開始した十七人の少女達。

重力に逆らい衛星と共に上昇を続ける十七機のIS達。

お互いの声は交わらないままに永遠の距離が十七人と十七機を引き裂いた。

 

 

 

 

「アレは……。まだ飛べるわね! あの子達を受け止めるわよ!」

 

空に残り十七の行く末を見届けていた五機のシルバーシリーズとブルーディスティニーと白式と紅椿。

天使達を見送るのを止めなかった結果、いち早くその事態を察知出来たナターシャの声に全員が把握する。

それは地上へ降り立った他の面々も同様だ。

 

「飛べる機体は行くぞ! 海軍に救助艇の要請もしておけ!」

 

辛うじて飛べる程ではあるが、再び空へ飛びあがったラウラに続き空高くから落ちて来る少女達を認め慌ただしく一年生ズが空を目指す。

その様子を信じられないと目を丸くした束が呆然と空と宇宙の狭間の出来事を見詰め続けていた。

 

「何これ、そんなはず、幾ら自我があるからって、こんな事、出来るはずないのに」

「……違うぞ束」

 

だが、呆然とする束を千冬の凛とした声が遮る。

 

「違う?」

「お前の作ったISはお前との約束を守ったんだ」

「私との約束?」

「あぁ、ISは搭乗者を傷つけないと言う絶対防御の信念を守り抜いたんだ、お前の子供達はお前の願いを聞き届けたんだよ」

 

奇跡ではなく必然だと、落下と上昇、異なる二つの事情は束の作ったISの真理だと時代を築いてきた人物が空高くで使命を全うしようとする後輩達を受け入れる。

 

「あの子達はお前を守り、お前の作った約束を守ったんだ」

 

再び空へ視線を向ける。

今度はモニター越しではなく己自身の眼で必然の光景を追いかける。

 

「だから、誇りで送ってやれ」

 

共に宇宙を旅する仲間になれたかもしれなかった子供達の最期の雄姿。

それを察してか空母の上で束を守っていたEOS部隊を始め、海に浮かび救助を待つ兵士達や艦隊の甲板に立つ男達が空に向かい敬礼を行っている。

そこに国籍はなく、ただ英雄を称える意志だけが北極に渦巻いている。

数多くの視線が集まる遥かなる先、宇宙空間に到達したであろう金色の天使達が放つ一際大きな光。

 

「あっ!」

 

重力圏から離れ宇宙に舞い上がった戦略衛星、地球の引力から解放されたのであれば再び軌道に乗るのは難しく、落下と言う最終手段を取る事は敵わない。世界中が監視の目を怠らなければ再び悪意に染まる事もないだろう。

だが、それはこの際後回しで良い事だ。

束の視線を捉えて離さなかったのは衛星と共に宇宙空間に放り出された十七体のISだ。

目視で確認は出来ないが我が子の事は手に取るように分かってしまう。全身が軋み、歪み、亀裂が走り崩壊を始める。限界を越えて尚も動き続けたISが終わりを迎える。四百六十七のうちの十七の辿り着いた終着点。

 

「……良く頑張ったね、おやすみ」

 

空で光が爆ぜた。

落下してくる少女達を受け止めていたシルバーシリーズの少女達や箒、一夏の目に映るのはこの世の光景とは思えない程に美しい光のビロード。

それがISのコアが砕け散り、ISの死によって生まれ溢れ出たエネルギーの奔流だと言うのに気付けたのは束だけであるが、空を見上げる全ての人間がその光景に目を奪われていた。

 

金色から銀色へ、銀色から虹色へ。

宇宙と地球の中間地点で広がった光のオーロラは多様に色を変えながら空を覆い尽くす。

 

「綺麗……」

 

地上から見上げる艦隊の司令官も軍属の人間も報道マンもIS乗りも誰もがその光に圧倒されていた。

酔い痴れる程に幾重にも折り重なった光の帯は美しく輝いている。

何処までも続く光の景色は美しくも優しくて哀しい、心に満ち足りていく不思議な光景。

 

「…………人類の革新、か」

 

唯一、その光景を見た記憶のあるユウだけは酔い痴れるのではなく、考えを深めるようにブルーを通してその光を眺めていた。

宇宙世紀における英雄の代名詞、ガンダムの放った光は人類を照らし敵も味方も母なる地球の為に手を取り合った。

あの時見た光とどうしようもなく似ている渦巻く光の帯。

これはまるで、ISが人類を導こうとしている光景、ISと手と取り合い生まれた革新と言う可能性、無限に広がる未来の一端がそこには広がっている。

 

「…………」

 

が、今は些細な事だ。

思考を巡らせるのは後でも出来る。

今は勝利の余韻に浸っても咎める者はいないだろう。

宇宙には心が満ちているのだから。

 

 

 

 

 

第4章 裁かれし者 完


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