IS ~THE BLUE DESTINY~   作:ライスバーガー

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第116話 地上へ落ちる巨光

宇宙、未だ人類が踏破出来ていない未開の代表。

永遠に続く暗黒の世界、浮かんでは消える灯火は数え切れない星の営み。

宇宙世紀の時代でさえ最果てまで見通す事の出来ていない重力の鎖から解き放たれた世界。

 

──使用可能兵装、アンロック。

 

──パルスエンジン第一段階始動。

 

──コース算出、目標地点確認。

 

──突入開始。

 

淡々と伝えられる電気信号は宇宙の闇に掻き消されて誰の目にも届かず耳にも響かない。

己に課せられた使命、武器庫としての役割が終わりを迎えた時、望まれぬ最期の火を灯す。

煌々と輝く光も届かず、無音すらも生ぬるい沈黙の中、加速も停滞もしない流れるだけの時間さえ感じずに、あるのはただ虚無の世界は孤独に満ちていた。

 

さぁ、帰ろう。

母なる大地へ、死を歌い、終末を告げる星となろう。

 

 

 

 

 

氷の大地に倒れたゴールデンドーンとスコール・ミューゼル。終わったと誰の目にも分かる明らかな程に決定的な勝敗の結末。

示し合わせたように次々とゴーレムが停止、氷の上で佇むモノ、空中で制し落下するモノと様々だが共通しているのは戦闘が終わったと言う事実である。

 

「終わった?」

「えぇ、終わりましたわ」

「……ふぅ、疲れた」

「あぁ、流石の私も今回ばかりは疲れたよ」

 

倒れ伏した金色のISを中心に色取り取りの専用機持ちが集まって来る。

 

「鈴ーっ!」

「ティナ! って、いきなり抱き付いてくんな!」

 

銀色の天使が羽を休め、戦闘機は各々の母艦への帰還を、或いは海中に漂い救助を待つ者達への援護に入る。

 

「死んだのですか?」

「んーん、意識は失ってるけど死んでない」

 

戦闘とは別の緊張感に満ちた箒の問い掛けに何事でもないように姉が応じる。

亡国機業と言う組織については分からない事が多すぎるが少なくとも今回の戦争については首謀者がスコールであるに違いない。

オータムとエムも倒れたとなってはこれ以上戦闘を継続する構成員はいないだろう。文字通りの決着である。

 

「終わったんだな」

「そうだよ、ちーちゃん。ありがと」

 

ゆっくりと降下してくる打鉄七刀から掛けられる優しい声。

元々は束が売られた戦争で勝算は十二分にあったにも関わらず、戦局は予測困難な状況に陥っていた。

ブルーディスティニーと紅椿だけでは手札は足りず、くーの起こした小さな奇跡に始まり、束が繋いだ銀の福音とナターシャとの切れなかった絆にアメリカの意思が呼応した。

一度は遅れを取りISを奪われてしまったが敗北を糧にした各国の奮起は歴史に名を残すレベルの亡国機業の脅迫を覆した。

ドイツ軍のIS部隊シュヴァルツェ・ハーゼ、中国の甲龍大戦隊、アメリカの国家代表イーリス・コーリング、ロシアの国家代表にして暗部更識の当主でありIS学園生徒会会長である更識 楯無。何れかが欠けていても成り立たなかった。

白騎士でも暮桜でもなく量産型のカスタム機と言う最強が辿り着いた一つの形を持って世界最強の参戦、三人目の天才、篝火 ヒカルノが祭と称し暗躍した成果、IS学園一年生ズの参戦。

そして、通常兵器を置き去りにしたISの援軍に現れたのは空の王者である戦闘機と海の支配者である大艦隊。

絢爛舞踏、EXAMシステム、ALICEシステム、レーダーの掌握、紅武者と死神と天災と、それぞれが役割を果たせなければ勝利は掴み取れなかった。

 

「気にするな、お前の世話を焼くのは私の仕事だ。昔からな」

 

握られた拳が突き出され、武神と天災の拳が今日何度目かの重なりに音を立てる。

その後で何と声を掛けて良いか分からない表情で様子を見ている一夏の視線は箒と束とブルーの間を何度も往復している。

ここまで来て遠慮も無粋な話だろう、と割り切った考えが出来る箒の思考回路は保護プログラムによって自分を抑制する術を学んだ結果なのかもしれない。

 

「…………来る」

 

 

 

それは果たして偶然だったのか戦士としての直感だったのかEXAMが導いたのかは分からない。ただ事実としてブルーは空を見上げた。

ユウの声は囲まれた装甲の内側で吸収され音は外へ漏れないように出来ており、声が届くのは箒と束とくーだけだ。

箒と束は邂逅に気が緩んでいたのだとしても仕方がないとして、一番遠い位置、黒いラファール・リヴァイヴを装着したままのくーが最初にその声に反応し小首を傾げて空を見上げるブルーの視線を追う。

ハイパーセンサーがあって辛うじて確認できる小さな光が空で弾けた。釣られて寄り添っていたシルバーシリーズのを纏った二人が見上げる。

 

「なに?」「なんだろ?」

 

波紋は急激に広がった。千冬と束が見上げて、一年生ズもシルバーシリーズも艦隊の管制室も遠い空の彼方で光る星を見つける。

 

「何だ?」

「……フレシェット弾」

「束?」

「そうだ、何で気付かなかったんだ! あいつ等は宇宙から攻撃してきてたじゃないか!」

 

即座に量子格納していた機械アームを背面に展開、空中に幾つもの投影ディスプレイを展開し空中を指が踊り始める。

その様子を集まった疑問符を浮かべる面々を代表し千冬とナターシャが後ろから覗き込み同時に言葉を失う。

 

「落ちて来てる、アイツ等の使ってた戦略衛星が高度をどんどん下げてる!」

 

終わっていない、誰もが数分前の自分達の喜びを早計だと消し去った。

 

 

 

ISの登場で技術が飛躍的に進歩したのは事実であるが、歴史的な解釈として人類は宇宙開発の域に達していない。

宇宙には数多くの人工衛星が浮かんでいるが公式として最大のものが複数国が連盟で作り上げ今尚も拡張と縮小を繰り返している国際宇宙ステーション。全長凡そ百メートルである。

その大きさも居住区としてではなく太陽光パネルなどの拡張部分を含めての大きさであるのだから、宇宙世紀のコロニーや宇宙要塞が如何に発展した技術の行き着いた先かが良く分かる。

仮にだが国際宇宙ステーションと同等の大きさを持つ隕石が地球に到達した場合、海に落ちれば大型津波が発生し、陸地であれば自然を破壊し都市部であれば再起不能なダメージを与える未曾有の大災害を引き起こすと言われている。

その為、人工衛星や宇宙ステーションは万が一、地球の重力に引かれ落ちる場合にも安全装置として大気圏内で細かく分解し可能な限り小型化を図るよう設計されている。

 

「衛星か、大きさは?」

 

ハイパーセンサーを用いても未だ小さすぎる光に目を細める千冬の言葉に束は息を吐き首を振る。

 

「二百メートル、太陽光パネルなんかの拡張領域じゃなく質量のある実数だよ」

 

千冬だけではない、ナターシャやラウラと言った軍属、セシリアにシャルロットと言った知識を持つ専用機乗りが驚愕に目を見開く。

その報告は亡国機業が武器商人としての一面とテロリストとしての一面だけではないと物語っている。

掛け値なしに国際宇宙ステーションは人類の英知と呼ぶに相応しく、その大きさ百メートルを前提として考えるなら世界の目を欺き巨大な戦略衛星を作り上げていた亡国機業の技術力は想像の上を行く。

逆に首を傾げているのは一夏や鈴音、ティナと言った軍に関係していながらも関わっている日数の浅い面々だ。

ISと言う超兵器を現在進行形で纏っている彼女達には二百メートルの鉄の塊の脅威レベルの認識に遅れが生じる。

 

「えっと、壊せばいいんじゃないのか?」

 

特に雪羅と言う超高火力砲撃を持っている一夏がそう思うのも無理はないだろう。

 

「違うんだよいっくん、そう単純な話じゃない」

 

この際亡国機業の驚異的な技術レベルについては置いておくとして、問題視されるべきは戦略衛星が落下を開始している意味だ。

単純に破壊するだけならば十を越えるISを持ってすれば問題になりえないが、武器庫である衛星が何もせず落ちて来るだけで終わるはずがない。

 

「束、調べられるか?」

「今やってる、ちょっと待って……」

 

白い指先は空中を叩く中、束が展開している以外の投影ディスプレイが新たに表示され目を丸くする。

 

≪お手伝いしますよ、博士≫

 

それが米軍の探査特化型イージス艦からの情報だと分かり、言葉には出さず視線だけで小さく頷きを返す。

使えるものは全て使う、遠慮も躊躇いも必要な場面ではない。

国際宇宙ステーションや米軍の衛星、地上から宇宙を見張るレーダー、現在周囲に浮かんでいる艦隊のレーダーの持てる技術を全て使い衛星にハッキング、情報を丸裸にしていく。

 

「…………チッ」

 

時間にして数秒足らず、堂々とした舌打ちをする束と絶句しているであろうイージス艦の管制室の空気が伝わって来る。

 

「束?」

「厄介な事になった、核ミサイルが搭載されてる」

「なっ!?」

「高度が十分に下がると主要都市に向けて発射される仕組みになってるね。衛星そのものは此処を目指してる」

「宇宙空間からは撃たないと言う事か?」

「本命は衛星でミサイルは衛星を撃たせないようにする為のモノだろうね」

 

再度見上げて束は続ける。

 

「空中で衛星を破壊すると核ごとドカン、ミサイルを無力化したとしても衛星を放置すれば北極圏周辺が消し飛んで津波が北半球を襲うだろうね。うん、中々効果的で面白い仕掛けだ」

 

視線こそ強いが軽い口調で告げる束に対し深く息を吐いたのは千冬だ。

 

「それで?」

「うん?」

「どうすればいい? 全員が無事に帰還し、世界を救う方法を教えてくれ」

 

世界を救う、その言葉に秘められている意味も重みも分からない者はおらず、それが誇張表現ではないと全員が理解している。

 

「全員が無事にと来たかぁ」

「当たり前だ、誰か一人でも欠けるような作戦は認めん」

「中々難題を吹っ掛けて来たね」

「お前に出来ないなら誰にも出来ん。そしてお前なら出来ると私が信じている」

「お、おぉ、私はかんどーしてるよちーちゃん! ハグしよう!」

「後でな」

「後でしていいの!?」

「あぁ、全員が無事に帰ってきたら、な」

「全くもう、ちーちゃんは男前だなぁ」

 

緊張感が満ちているにも関わらず、対処が出来る前提で話を進める二人に周囲は戸惑いを隠しきれていない。

が、箒と一夏が小さく笑い合ったのを皮切りに空気が再び変わる。

 

「どうせやるなら完全勝利ってね」

 

ISスーツ姿故に無い袖を捲るのはあくまで形だけだが、意気込みを見せた鈴音が笑顔を浮かべる。

 

「そうだな、ここで引き下がっても意味はない」

「ん、付き合う」

 

ラウラと簪が視線を交えて頷き合い、戦いへの意識を高める。

 

「お腹減ったなぁ」

「この状況で良くその台詞が出たわね」

「それでこそティナってもんでしょ」

「納得、ナターシャさん、私達は何時でも行けますよ」

「貴方達はもう少し緊張感を持った方がいいわ。ま、今は心強いと言っておきましょうか」

 

シルバーシリーズが呼応し肩を竦めたナターシャも当然のように並び立つ。

 

「本当に退屈しませんわね」

「楽しそうだねセシリア」

「あら、シャルロットさんこそ良い笑顔ですわ」

「世界を救う機会なんて滅多にないしね」

「違いありませんわ」

 

セシリアとシャルロットがラウラ達に並ぶ。

誰一人、これが楽な任務ではないと承知している。

下手を打てば全滅所か人類に多大なダメージを与える結果になるだろう。

それでも彼女達は戦場に立つ、この戦いを本当の意味で終わらせる為に。

 

「教えてくれ束さん、俺達に何が出来るのか、何をすればいいのか」

「全部終わらせて一緒に帰ろう、姉さん」

 

気負いがないとは言わないが緊張を隠した一夏と箒が愛機と共に空を見上げ直す。

 

≪全艦、戦闘配備のまま待機≫

 

返事を聞くまでもなく各国軍艦の中に逃げ出す艦影はない。

亡霊の作り上げた最後の大炎は刻一刻と死を撒き散らす為に大地に迫るが、迎え撃つ戦士達に諦めの色はない。

 

「私も丸くなったもんだねぇ」

 

過去の自分に問い掛ければ世界の行く末など興味が無いと一蹴したかもしれない。

束と箒と一夏と千冬、あえて加えるならくーとユウ。このメンバーだけ被害の及ばない場所に避難する事も出来なくはないだろう。

だが、束は選ぶ。自らの頭で世界を救う方法を導き出す。

 

「盛り上げておいて何だけど、確実に戻れる保証もなけれ世界を救えると断言も出来ないよ。それでも行くかい?」

 

全員が頷くのを確認し改めて空中にディスプレイを投影させる。

 

「作戦は至ってシンプルだよ、上空でアレを受け止めてくれればいい。後は私がシステムをハッキングしてミサイルを無力化する。それが終われば地上に降ろしたらいい」

 

思案顔を浮かべる各々に対し指を立てて更に付け加える。

 

「実際の所、どれくらいまで高度が下がったらミサイルが発射されるのかはまだ分からないけど、確実性を重視するなら成層圏を抜けてからになると思う。フレシェット弾みたいに落とすだけならともかく、色々な場所に狙いを付けるとなると気圧やら気温やらで調整が難しいからね。と言っても高度が上がるとISに掛かる負担も大きくなるから、こちらもあまり高度は上げられないけど」

「ある程度高さがある内は安全と言う事か」

「多分だけどね」

「迎撃の心配は?」

「恐らくあるだろうけど、核を無力化するまでは何とか耐えて」

 

高度を上げ過ぎる危険性はIS乗り達なら一度は想像し未知への恐怖を覚えているはずだ。

大気が薄くなれば体温が沸騰する危険性を孕んでおり、重力圏から出ようものなら戻ってこれなくなる可能性がある。

前者は絶対防御が守ってくれるかもしれないが、後者に関しては束と言えど手の施しようがないだろう。

故に、受け止めミサイル無力化まで耐える必要がある。

 

「それからブルー、君が付き合う必要はないんだよ?」

 

その言葉に首を傾げる者もいるが、それらに説明はせず束と箒はブルーの内側にいるユウに視線を送る。

 

「今更だ」

「そっか、なら遠慮なくお願いしよう」

 

声こそ聞こえないがブルーが作戦に同意したのだと千冬達は判断する。

宇宙空間と大気圏内では作戦内容は同じでも大きく様変わりするのだとかつて似たような経験をしているユウは十分に理解出来ていた。

だからこそ、この作戦に関しては異邦人であろうが全力で挑む必要がある。

 

「行くとするか」

 

千冬の声に返って来た頷きを受け、確実に大きくなり強い光を放つ衛星を全員が見上げる。

世界を救いに。だれが口にした訳でもないが同じ思いを胸に、空高くへと飛翔を開始した。




一つにまとめるには長くなりそうで、分けると短くなりそうな文字数になってしまいまして。
と言う事で(?)明日も同じ時間に更新すると言う結論に達しました。

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