IS ~THE BLUE DESTINY~   作:ライスバーガー

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第113話 北極を駆ける

力の行使とは責任である。

一方的に押し付ける事も理不尽に振る舞う事も、自己犠牲の上に弱きを助ける事も力無くしては成り立たない。

責任を持ち力を振るう、それが難しい問題である事を人間は成長と共に理解する生き物だ。

IS学園が生徒に教えねばならない事柄の一つであり、大人が子供に示してやるもので束が知らなかった事。

 

「主砲一番から三番開け」

「主砲スタンバイ完了」

「撃てぇーッ!」

「後方ドイツ艦、電磁加速砲の発射態勢!」

「二番潜水艦撃沈! 敵魚雷群接近!」

「回避運動と同時に機雷展開!」

「衛星からのミサイル第五波確認!」

「迎撃! 戦闘機が間に合わなければ本艦でフォローに入るぞ」

「熱量に注意しろ、流氷への被害は最低限に抑えろよ」

「左舷弾幕薄いぞ!」

「揚陸艦接敵まで僅か」

「援護射撃を継続しろ、取り付かせろよ!」

 

鉄塊と爆薬が飛び交い、爆音と共に水柱が立ち昇る。瞬く間に銀世界は紅蓮の炎が包み込む。

各国の軍勢を借りに仮に世界連合と銘打つならばその火力は絶大の一言だ。

焔も黒煙も美しくも恐ろしい雪と氷の世界を滅ぼすのではないかと思う程の勢いだ。

攻撃があれば反撃もある訳で、亡国機業側の迎撃攻撃も当然ながら行われている。

空母に搭載されているのは氷上に競り上がって来る固定砲台だけでなく、海中の魚雷砲や同じく海中に展開している潜水艦からも激しい攻撃が繰り出されている。

数の利があろうとも武器商人のありったけが相手であれば世界連合と言えど容易な相手ではない。

何より連合側はゴーレム一機でも通してしまえば大惨事は免れないのだ。

だからこそと言うべきか亡国機業側が戦闘機や歩兵が出てこない状況に首を傾げずにはいられなかった。

スコールが焚き付けた面々の中には元戦闘機乗りや少年兵がいるにも関わらず、表立って出て来る気配はない。

IS乗りである少女達に対人戦闘を経験させないで済むのは大人としては救いであるが、力の使い方を間違った軍人を軍人は容赦しない。

道を間違った同胞が相手であるならば引導を渡してやるのが同胞の務めであると認識しているからだ。

ISにより立場を失った軍人の気持ちは分からなくもなく、同情も怒りもあるが、それを容認する訳にはいかない。それが力を持つ者の責任だからだ。

 

 

攻撃と迎撃、二つの交わる地点は戦場のど真ん中、即ち束のいる場所こそが最も火力が集中する死地である。

 

「束が生身だと言う事を分かっていないのか!?」

 

束の周囲に降り注ぐ鉄塊と炎を切り払い、迫るゴーレムを押し返すべく刃を振るう千冬が思わず口を衝く。

名目としてはテロリストの殲滅戦であるにしても勝利条件が束の生存に変わりはない。

通常兵器を相手してくれる援軍はこの上なく頼もしいが、味方の攻撃からも束を守らねばならず、戦場が拡大すれば自然環境も考慮する必要が出て来る。

その上ゴーレムを取り逃せないとなれば戦場は熾烈を極める。これが平時であれば胃薬を山ほど投与する必要があっただろう。

 

「心配はいらないわ、盾が来た」

「盾?」

 

上空で弾幕を張りながら防衛網を張っていたナターシャの言葉に続き、大きく氷の大地が揺れ動く。

 

「何だ?!」

 

低音の地響きが遅れてやってきて揚陸艦が弾幕を潜り抜け乗り上げている姿に気付く。

束達が乗り込むのに用いた回転衝角の搭載された人参色の潜水艦の隣、灰色の鉄の塊の前面部が大きく開く。

闖入者にゴーレムの注意が引かれ、向けられたビーム砲台となった腕を横合いから突っ込んだブルーディスティニーが力任せに寸断する。

戦争を知る者であるならば戦闘機による空中戦、艦隊による砲撃戦に続くセオリーを知っているからだ。

音を立てて氷の大地に艦橋が下ろされ艦と氷の間に生まれた架け橋にEOSが姿を見せる。

 

「タイマーセット!」

「活動限界を忘れるなよ!」

「予備バッテリー準備良し!」

 

外骨格攻性機動装甲、劣化ISと呼ぶのもおこがましいパワードスーツ。

ISとは違い空を飛んで移動する訳でもなく、全身を纏うのは重たすぎる鉄の塊。

可動をアシストするバッテリーも重く、消耗も激しく実働時間は長くはないが生身を遥かに凌駕する戦闘力を与えてくれる。

小型車両に搭載された予備バッテリーを使い現地で可動時間を延ばす手法にEOSに掛ける軍の情熱が見て取れる。

 

「第一部隊は篠ノ之博士の防衛、残りは制圧戦だ」

「氷砕機スタンバイ! 破砕するぞ!」

 

四人がかりで抱え上げ艦から持ち出してきた巨大な鉄柱が突き立てられる。

杭打ち機と地均し機を両立させた機材は振動と共に分厚い氷の大地を砕き、その奥深くに隠れた悪意への道を切り開く。

 

「行け行け行け!」

 

力任せに地面を砕き、空母への突貫が開始される。

古臭い玩具のような音は鉄とスプリング、最強でも最凶でもなく、最巧の技術がそこにはある。

 

「篠ノ之博士、少々むさ苦しいかもしれませんがご容赦下さい」

「うむ、苦しゅうないよ」

 

空母に乗り込むだけでなく、残った少数は束の周囲に集まる。

束が返事をした事実にいちいち驚愕の表情を浮かべるのに疲れたのか何も言わない千冬の目の前で展開されたのはナターシャの言った通り、盾だ。

余りにも無骨なそれはゴーレムと同質と言うべき巨大な鉄を何重にも張り合わせて作られているであろう物理シールド。

人の背丈を上回る飾り気のない鉄板からアンカーが伸び氷の大地に楔となって撃ち込まれる。

人の何倍もの怪力を可能にするEOSが敵を倒す為ではなく、味方を守る為にその力を振るう。

 

「博士は我々が死守します」

「ここが絶対防衛線だ! 各員、死んでも守れ!」

 

例え弾丸が飛来してこようがミサイルが突っ込んで来ようが燃焼だろうが凍傷だろうが一歩も引かず守り抜く、それが盾の役目だ。

足元の空母に突っ込んだEOS部隊の制圧戦が成功すれば艦隊戦も制したも同然だが、ゴーレムを野放しには出来ない。

EOS部隊の視線に込められた意志が伝わらぬ千冬ではない。

 

「任せる」

「任されました!」

 

そこからは正に乱戦だった。

 

氷上の戦いだけでなく垂直離着陸機からまた毛色の違う水中戦に特化したEOSを装着した特殊部隊が潜水艦や空母を目指し飛び込み、戦闘機は衛星からのフレシェット弾や甲板の通常兵器を迎撃する。

潜水艦同士が魚雷を撃ち合い、大空ではミサイルが飛び交い、撃破され海に放り出された者を救う為に救命ボートが動き回っている。

大火力が飛び交い、混乱極める戦場で一際主張激しいのがISとゴーレムの殴り合いである辺りのはやはり時代を現しているのかもしれない。

 

「凰! 私と一緒に来い! オルコットとデュノアは空から支援を! 更識とラウラは私達と逆方向だ! ゴーレムを外へ行かせるな! シルバーシリーズは全域のフォローを頼む!」

「任されましょう、シルバー各機散開!」

 

狙いを読み取り銀色の天使が戦場に散る。

銀の福音の広域センサーは常に戦場全体を把握すべく機能しており、EOS部隊に任せていても束から目を反らしてはいない。

何かあれば対処出来るからこそ、この場を任せる事が出来ると判断したのだ。

 

「ち、千冬さん! それじゃ中央が!」

「中央はヤツに任せる!」

 

最優先事項は束の防衛であるが、同時にゴーレムを一機でも艦隊方面へ抜かせる訳には行かない。

その為、束を中心とした牢獄を形成し取りこぼさない為の防衛網を展開する。

EOSが来た事で防衛に戦力を割かなくて良いなら千冬やシルバーシリーズにも自由は効く。

それだけの数のISが全域で動けるならば、この戦場で鍵を握るのは残された三機。

オータムと戦う一夏と箒、そして、ブルーディスティニーだ。

 

「ま、任せるって!」

 

鈴音からすればかつて自分を倒した相手。

この場においてブルーを敵と認識する真似はしないが、最も重要である防衛ポジションを任せていいのか疑問が残る。それも単機でだ。

が、まるで千冬に応えるように一閃した桃色のビームサーベルの軌跡がゴーレムを両断、絶対零度の世界に君臨する死神の赤い双眼が鈴音を一瞥する。

この世界の人間からは信じがたい戦争塗れの歴史を戦い抜いた目に敗北の未来は映っていない。

 

「っ!?」

「分かっただろう、ここはヤツに任せる」

「は、はい」

 

一対一ならば千冬もブルーに決して劣っていない。

経験に基づいた数多の戦術を駆使し高い技量を持ってすればブルーとも戦える事は証明済みだ。

だが、IS戦ではなく純粋に破壊だけを目的にゴーレムを正面から叩き伏せるのであれば誰の舞台かは語るまでもない。

 

ゴーレムを閉じ込め艦隊への被害を抑える意味での判断は間違っていない。

艦隊や戦闘機が自由に動ける環境を整えれば結果的に束を守る事に繋がるからだ。

それでも上限の分からない敵を単機に任せておけるはずもなく、千冬は一夏と箒を視る。

視線の交差は一瞬で終わるが秘められた意味に気付かぬ二人ではない。

中央を塞き止める役目をブルーに任せるのであれば、そこに刃を差し込めるのは並び立つ者達だ。

それが分かったからこそ箒はブルーに背を向ける。この場を一旦任せると意思表示する。

箒はMSを直接は知らず、宇宙世紀の話を聞いても常に戦争のある歴史を想像は出来ない。

束と共謀していると言われた方が納得できると言うものだ。それほどまでに宇宙世紀とは異常な世界なのだ。

が、ユウ・カジマとブルーディスティニーの実力と性能に対し一切の疑いは持っていない。

敵を切り裂く刃が箒なら強固な盾はユウだ、だからこそ目の前の敵を最優先事項と定め、全幅の信頼を置いて中央の激戦区から戦うべき相手に向き直る。

対ゴーレムにおいて千冬やユウは必要だ。この戦いはこれからを担う二人に託された。

 

 

 

「ぉぉぉおお!」

 

右手に雪片弐型、左手の雪羅は状況に応じて使い分けているが基本的には両手で雪片弐型を握った従来のスタイルを崩していない。

二次移行し一番の特徴は万能ツールとも呼べる雪羅であるが全体的なマシンスペックが向上している点も見逃せない。

それを捌いているオータムもやはり化物の類なのだろう。

半数にまで減った多間接のアームを自在に操り、両手で攻める一夏を正面から制している。

 

(くそっ、遠い!)

 

これが世界の壁か、武器の間合いか、戦場の経験の差かは分からないが雪片弐型は悉くアラクネには届いていない。

競技であろうが実戦であろうが白式と戦う上で絶対に見逃してはいけない雪片弐型をオータムは注視し目を離していない。

他の攻撃を受けても零落白夜を避ければ一撃で形勢の決まる致命傷には至らないからだ。

ISが最強の戦力であると言っても纏っているのは人の技術によって作られた鎧だ。

では銃で撃たれても平気なのは何故か、エネルギーシールドがあるからだ。

ISを覆っている不可視のエネルギーがあるからこそISは鉄壁であり、最強なのだ。

そのエネルギーを切り裂ける零落白夜はIS殺しを可能にする最大の攻撃力を有している故に警戒する。

攻防一体の雪羅を手に入れ攻撃手段こそ増えたが、両手で雪片弐型を握れば従来と変わらず、左右別々の攻撃手段を使いこなすには経験が足りていない。

卓越した戦士であり、血泥を啜り生き延びた傭兵であり、敵を食い殺す野生の獣であるオータムは全ての面において一夏の上を行っている。

決して一夏が弱い訳ではない。

むしろ短期間で集中的に訓練を繰り返した現状はノリに乗っていると言って良いだろう。

 

「あえて言うぜ、当たらなけりゃどうって事はねぇんだよ!」

 

目線、手の動き、足の向き、一挙一動を監視し一夏の動きを先読みしているだけではない。

厄介なのはアラクネのアームは雪片弐型に触れる瞬間にだけエネルギーフィールドを消失させている。

ISであれば全身くまなくエネルギーフィールドで覆われており、追加パッケージや防御シールド、遠距離攻撃用の砲身であっても例外ではない。

エネルギーのない状態で零落白夜を受けようものなら粉砕される光景は目に見えるが、横合いから刀身を逸らす程度ならば問題になりえない。

それはエネルギーを纏っている状態でも可能な芸当であるが、エネルギーがある状態で零落白夜に触れてしまえばどれほどの影響を受けるか分かったものではない故の保険だ。

普段はエネルギーフィールドをそのままに接触時のみだけ消失させる技術は大胆でありながら繊細、力尽くのようで精巧、恐るべき技量を持ってオータムは一夏を完全に封じ込めていた。

 

そこに紅椿が加わる。

威力で言えば雪羅の荷電粒子砲、速度で言えば新兵装の穿千と遠距離からの攻撃手段もあるが周囲が混戦を極めている状況で不用意に仕える武装ではない。

 

「ハァア!!」

 

肺に満ちた空気を全て吐き出して放たれた痛烈な一撃が二本のアームにより阻まれる。

がっちりと地面を掴んでいたアラクネの足が力で押し込まれ地面を這って氷が削れる音が響く。

連携と言う意味で言えば一夏と箒のコンビは即席の域を出ておらず、鈴音のようにコンビネーションの練習をした訳でもセシリアやシャルロットのように相手に合わせるのが上手い二人でもないが、剣士としてならば同じ流派で学んだ二人は互いの太刀筋が予測出来る。

突っ込み乱打に持ち込んだ箒に合わせ横合いから雪片弐型の刃が放たれるが仰け反ったアラクネの上を通過、一息に後方に飛び跳ね二機から間合いが取られる。

 

「今のは惜しかったな、悪くなかったぜ」

 

浮かべるのは笑みだ。

束やスコールのような歪んだものでも、千冬のような絶対強者のものでもない。獰猛な獣が舌なめずりをしている。本能的に来る危険信号に背筋を冷たい緊張感が駆け抜けていく。

二人が感じる悪寒とは逆にオータムの全身は燃えるように熱を帯びている。戦いによる高揚感が最高潮に達していた。

 

並び立つ紅と白、恐るべき相手であるが不思議と怖さはない。

隣に幼馴染るがいるからではない。

紅はブルーディスティニーと訓練を繰り返し、何度も這い蹲りながらも立ち上がって来た。

白は蒼い死神の理不尽な暴力に砕かれても立ち上がり続けて来た。

 

「ブルーに比べれば」「蒼い死神の方が」

 

強い、恐ろしい。続く言葉を飲み込み自分の糧とし、武者と騎士が何度目か分からない構えを取る。

 

「簡単に死んでくれるなよ」

 

この時になってオータムは初めて構えと呼べる動作を取る。

両手に展開したのはカタール。IS用の武装であるが人殺しに特化した人間を斬る為に生み出された武器が鈍く輝く。

更に背面から伸びている四つのアームも近接の構えを取り握り締める。

驚くべき事にここまでオータムはアラクネのアームのみで戦っており、自分の両手は使っていなかった。これで腕は六本、対するは二人で二本。

 

「強いけど、俺一人じゃ多分無理だけど」

「あぁ、二人ならきっと」

 

ずっと見て来た、ブルーの戦いを、一夏の頑張りを。

タッグマッチ、銀の福音、ミサイル襲撃、キャノンボールファスト。

翼を奪われても、心が砕けそうになっても、立ち上がって来た男を見て来た。やっと一緒に戦える。

視線は敵に固定したまま動かさない。

援護は期待出来ず、終幕へ向かいつつある戦争を終わらせる為の一戦が加速する。

 

「零落白夜!」「絢爛舞踏!」

 

純白の光と黄金の光が輝き勝利を掴めと轟き叫ぶ。

良くも悪くも自分の剣が剣道を主体に置いた素直なものである事を一夏は理解している。

前後左右だけでなく上下まで加えた戦場は自分の常識が通用せず、その結果ISの戦いで何度も遅れを取っている。自分が未熟である事は承知の上だ。

それでもこの場を任せてくれ、連れて来てくれ、一緒に戦ってくれる仲間がいる。応えなくてどうするのかと奮え立つ時は今しかない。

例えそれが「またか」と嘲られたとしても自分が持てる最大の一撃はやはり大上段からの一撃(これ)しかない。

 

「最後の一撃って訳か、面白れぇ、返り討ちにしてやるよ」

 

この北極でユウを除いて一番強いのは誰か。

ISの火力なら白式だろう、性能なら紅椿だろう、ISの試合なら千冬だろう。しかし、命のやり取りを行うならばオータムだ。

戦闘狂の獣が牙を剥く。

 

「おおおおお!!!」

 

気合いの掛け声に応じ白式がポテンシャルを解き放つ。

培ってきた全てを込めた一撃を形成する。短所を補うのではなく長所を伸ばし続けて来た織斑 一夏による織斑 一夏の為の剣。

強く一歩を踏み出す、遅れて響いた足音が氷の大地に深い陥没を作る。

綺麗な残像を残し一切の淀みを感じさせない動きは簪が手本となり、鈴音と共に鍛え上げた完成された瞬時加速。

真っ直ぐに相手を見据えているのはシャルロットとの鬼ごっこで培い、崩す事のない姿勢はセシリアの影響だ。

愚直なまでに一直線に、最速で最短で最強の刃を振り下ろす。

 

が、世界最強に匹敵するであろう一撃は空を斬った。

目で見てからでは例え真っ直ぐであろうとも回避出来る速度ではないが、直感を持ってオータムは半歩前へ進んでいた。

その一歩は刀の間合いをすり抜け、青白い刀身を展開した雪片弐型は巨光と共に氷の大地に突き刺さる。

一夏の視界に飛び込んで来る握り締められたアラクネのアーム。回避は間に合わず顔面を正面から捉えた一撃が脳を揺らし衝撃となって襲い掛かる。

 

「まだっ、だぁッ!!」

 

大きく仰け反り、飛ばされそうになる意識を繋ぎ止め吹き飛ぶ全身を無理矢理捻る。

剣道であれば一本となる致命打、剣術であれば死んでいたであろう刹那。

戦場に次ぎなどない、それでもまだ死んでいない。まだ諦めていない。返す刃は生きている。

ラウラに指摘された零落白夜を当てる技術と零落白夜に頼らない戦い方。今必要なのは前者だ。

光を帯びた二の太刀が力任せに振り上げられアラクネを背面から強襲、地を這うように姿勢を低くした蜘蛛の背中を削り取るエネルギーを奪うが決定打までは届いていない。

見開かれた一夏の表情を獣の拳が撃ち抜き弾き飛ばされる。力無く雪片弐型が主の手から零れ落ちるのを止める者はいないが、吹き飛ぶ白の影から金色に輝く紅が現れる。

練度の低い連携ではなく息を吐かせぬ連続攻撃が二人の選んだ必殺。

姿勢を崩したオータムにこれ以上の回避は出来ない。

 

「ハッ! そうでなくちゃな!」

 

だが、背面から伸びた残った三本のアームを地面に突き立て強引に体勢を空中で押し戻し、両手のカタールで二本の刃を受け止める。

 

「くっ!」

「残念だったな! 同じ手が二度も効くか!」

 

空裂と雨月が輝きを帯び破刃が両者の間で炸裂するが、直前でカタールを手放しオータムは直撃を避ける。

ダメージはゼロではなく、自分に返って来るカタールの刃も爆発も気にせずオータムは更に前進、握り締めた拳で箒の腹部を穿つ。

 

「がはっ!?」

「アラクネじゃなかったらやられてたかもな」

 

倒れ伏す中で尚も刀を握ろうとする箒の腕を蹴り上げ、空裂が宙に舞い上がる。

 

「まだだ」

 

雨月を支えに踏み止まった箒が視線を上げる。

 

「いいや、もう終わりさ。戦争は負けかもしれねぇが土産にお前等の首を貰っていくぜ」

「まだだと言った!」

 

オータムの視界に影が落ちる。

 

「っ?!」

 

束が掌握したセンサーにISを含んでいる可能性は多いにある。

だからこそオータムは警戒を解かず、零落白夜に最大限の注意を向け雪片弐型の動きに注視していた。

だが、今はどうだ。白式から完全に目を離してしまっている。影の正体を確認すべく視線を上げれば、そこにいるのは空裂を掴んでいる白式だ。

 

「野郎っ!」

「まだ終わってねぇ!!」

「アンロック!」

 

それは己の武器を他人が使用可能にする権限を承諾するもの。

 

(雪片弐型は何処だ、いや白式の単一仕様能力である以上は他の機体で零落白夜は使えないはずだ、もし篠ノ之 束の手が加わっているとしたら? いや、待て、そもそもアンロックのコールは一人しか叫んでいない!)

 

思考に用いたのは数瞬、頭の中で組み立てながら紅椿の足元に落ちている雪片弐型を確認するが既に遅い。瞬き一つの間は戦場では命取りだ。

空中で空裂を掴んだ一夏が箒の許可に従い飛ぶ斬撃を放ち、地面に落ちた雪片弐型は拾わず雨月で胴抜きを放つ。

 

「ハッ、ザマぁねぇな」

 

何処かで過信していたのはお互い様だ。

命のやり取りを日常としていたオータムはIS乗りを等しく下に見ていた。それは千冬であっても例外ではない。

第四世代機と言うオーバースペックの機体を手にしブルーと束が味方にいるのだから負ける事は無いと決戦を箒は甘く見ていた。

戦いは生き物であると具現したような北極の決戦の一幕、ぶつかり合った気迫が一つの決着を迎える。

降り注ぐ斬撃がアームを砕き肩まで届き、振り抜かれた斬撃が腹部を切り裂く。頑強な蜘蛛の装甲が砕かれた。

 

幸運は幾つかある。

紅椿が穿千を使えるようになった事、ブルーからの支援射撃でアームを砕いてくれた事、一夏が援軍として駆けつけてくれた事。

アームの数が八本のままでは勝てなかっただろう、一夏の懸命の燕返しが少しでも当たっていなければ決められなかっただろう。

氷の大地に崩れ落ちるオータムの瞳は未だ死んでいないが、シールドエネルギーが急激に失われた結果、ISが搭乗者の安全を最優先とするスリープモードに移行しようとしている。

例え戦う意思があった所でこれ以上の戦闘続行はISが許容しない。搭乗者の安全を最優先にするからこそISは時代を担えたのだ。

 

「勝った、のか?」

「あぁ、私達の勝ちだ」

 

正面から戦って勝てた相手ではないかもしれないが、今はこの勝利を胸に刻もう。

二人の拳が小さく音を立てて重なった。




一夏&箒VSオータム、決着。
この作品のオータムの実力はトップクラス。
ここ数話、援軍につぐ援軍の話だったので戦闘シーンがちゃんと書けてればいいな。

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