IS ~THE BLUE DESTINY~ 作:ライスバーガー
ゴーレムの戦闘力はISに引けを取るものではないが、それは単純にスペックでの話だ。
リミッターと言う秘められた非常識が解き放たれてしまえばそれすらも怪しくなってくるだろう。
おまけにIS乗り達は既に単純な思考回路しか持たないゴーレムとの戦い方を手に入れている。
バーサーカーが鎮静され、エムが落とされた今となっては数の優位性こそあっても流は既に傾いてしまっている。
各国の防衛力、シルバーシリーズ、織斑 千冬、篝火 ヒカルノ、一年生ズ、ALICEシステム。
なるべくしてなっている事態は想定外と予想以上が渦巻いている。
予想できなかったわけではない、想定していなかったわけでもない。
絶妙にかみ合わない歯車と届かなかった戦術予報の結果が今を物語っている。
だが、勢いづくIS乗り達を見詰めるスコールの表情は負けを認めたものではない。
「この瞬間を待っていたのよ」
歪む笑みに狂気が宿る。
来るかどうか分からなかった、千載一遇のこの機を女の執念は見逃さなかった。
それはこの戦争の執着へ向けて指揮棒が振り上げられた瞬間だった。
戦争と一言に言っても局地的な紛争や大規模艦隊戦、揚陸戦など多様に渡るもので北極ともなれば過去に類を見ないものになるだろう。
しかし、どのような戦場であろうとも物量とは得てして大きな力である。
宇宙世紀のエースが大多数の敵を蹴散らしたり、敵中枢へ突貫を仕掛け戦果を挙げているが、それは戦争の一部分に過ぎない。
大局的に見れば名も知らぬ兵士が命を散らし削り合っている。
では、北極の地ではどうか。
バーサーカーが無力化されたとてゴーレムは健在、しかし、その中で一際異彩を放っているのは最凶と最強だろう。
深い群青色が動く度に赤が軌跡を描く。
蒼い死神と呼ばれながらも見た者の印象は輝く赤に集約されるだろう。
基本的な戦闘スタイルはホバー移動しながらビームライフルやマシンガンによる射撃が主であるが、特筆すべきは恐ろしい程に広い視野である。
EXAMシステムは本来自分に向けられる敵意を察知し感覚を鋭敏にするものであり、バーサーカーが鎮静化された今となっては無用の長物と言ってもいいだろう。
ISコアを持たないゴーレムには意味を成さず、IS学園のIS達が敵意を向けてこないのであればリミッター解除の意味があると言っても広域センサーと大差ない。
ブルーディスティニー、と言うよりはユウ・カジマはその状況下で先陣を切りながら可能であれば防衛網を突破したゴーレムの脚部間接を狙いビームライフルで打ち倒すのを忘れていない。
ゴーレム最大のメリットは無人であると言う事であり、最大のデメリットは無人である事。
バーサーカーと共に戦場にいれば動きを読み切るのは困難だが、ゴーレムだけになってしまえば動きは単純極まりない。
強く、大きく、硬いと厄介極まりない特性は単純であればあるこそに映えるのだが、混戦になってしまえば話は別だ。
少数での激突であればゴーレムは味方機の損害を気にせず効率最優先でビーム砲を使っていたが、群集とも呼べる状態になってしまえばフレンドリーファイアは自陣の壊滅を意味する。
予め同士討ちを避けるプログラムが組み込まれているのだろうが、敵の殲滅を最優先にしていたはずが返ってゴーレムの単調な動きを際立たせている。
攻防一体の独楽回転も高火力のエネルギー砲も使用できず、近づいて殴ると言う手段しか取れないのだ。
「……遅いっ!」
巨大な拳が眼前を通り過ぎて振り落とされ、大きな衝撃が足元を襲うが真正面であれば回避は容易。
懐に潜り込み、巨木程もある腕を抱え込み引っ張ってやれば踏ん張ろうと逆方向へ推力を働かせるゴーレムは自身の弱点である関節を伸ばしきる事になる。
頑丈な装甲から覗き見えた一点に出力を引き上げたビームサーベルが突き入れられ、揺れたゴーレムの腹部を脚で押し飛ばす。
嫌な音を立てて引き千切れた巨大な腕を投げ捨てるブルーの姿は正しく破壊の化身、死神と呼ぶに相応しい姿だった。
もう一機、文字通り暴れまくっているのはIS業界において知らない人はいないであろう最強だ。
眼前の巨体を相手に一切怯む事無く構えた刃を正面から叩き付ける。
破砕音と共に無残に砕け散る刀身の残骸が煌めく中、新たに抜き放った刃でゴーレムの膝を叩き、崩れてきた巨体の顔面に刃を力任せにぶつける。
凡そ剣術呼べる戦い方ではないが、必要なのは斬る事ではなく、叩き潰す事だ。
姿勢が崩れたゴーレムに対し砕けた刀身に仕込まれた爆薬に「木端微塵」と爆破指示を送れば巨体を包み込む爆炎の出来上がりだ。
世界最強と言えど人を殺した経験のない千冬に取ってバーサーカーが敵戦力から消えた事は救いと呼んで差し支えない。
個々において高い戦闘力を有する二機であるが、何より恐ろしいのは互いに視線も言葉も合わせていないと言うのに連携を組んでいると言う所だろう。
ブルーが腕を千切り、剥き出しの関節が露出した部分に打鉄七刀が爆発する刀を突っ込み内部から爆発させたかと思えば、打鉄七刀が地面に叩き落としたゴーレムの頭をブルーが踏み付け零距離からビームライフルを叩き込む。
「ハァッ!」
「……ッ!」
ゴーレムに向かい飛び上った打鉄七刀が刃を叩き付けて動きを封じ、後ろから追撃したブルーが姿勢の崩れたゴーレムの頭に膝を叩き込み頭部を破壊する。
正面と左右、三機のゴーレムが同時に迫ればブルーが両手にマシンガンとビームライフルを展開し左右に射撃して足止めを計り、正面のゴーレムを打鉄七刀が爆発の渦に飲み込み消し飛ばす。
「まだ終わりではないだろう?」
「…………」
武の頂きに立つ者の視線と無機質な裁くものの赤い瞳を前に感情を持たないゴーレムが僅かに足を止めたのは果たして偶然だろうか。
合図を取り合っている訳でもなく、氷上に立ち込める爆煙の中で肩を並べる二機は強者の貫録を立ち昇らせていた。
背後に天災、正面に死神と武神、上空には天使が舞う。戦場は異色の輝きを放っていた。
ISは身に着けた者にしか分からない感覚と言うものが存在する。
機械を着る、手足の延長、人機一体、修練を積みISと人間とが一体になる事で境目は虚ろになってくる。
世界レベルの優れたIS乗りはISと自分の肉体の境界線を極限にまで薄くすると言われている。
故に、最終的に生身での修練も必要になるとされている。
「機体が軽い、いやこれはっ」
天からの贈り物は決して人機一体を成し遂げる便利技ではないが、補って余りある力を体現して見せている。
機体のエネルギー限界値が上がれば機動力も防御力も跳ね上がり、エネルギーフィールドが機体を包み込めば重量バランスすらも補正する。
動かしたいように動くのではなく、突き動かされる程の衝撃が一挙一動に宿っている。
一年生ズの機体は急遽調整されたものでじゃじゃ馬に拍車が掛かったようなものだが、狙いをつける必要性がない程に群がった敵が相手なら精密さは然程重要ではない。
最新鋭機であるサイレント・ゼフィルスを押し切った後、ゴーレムとの戦闘に突入したラウラが驚嘆するのも無理はない。
ゴーレムの装甲を抜く程の攻撃力はないが、近接で正面からぶつかっても力負けせず、殴られても耐え、火を吹かせば引き離せる。
数を相手にする以上は楽勝とは言えないが、ここまでくれば競技用との言い訳は通用しそうにないと苦笑を浮かべるしかない。
「シャルロット、残弾は!」
「十分っ!」
ブルーディスティニーが示している通りエネルギー配分は攻撃力に影響を与えるが武装が機体に合わせて調整されている以上は極端な攻撃力の補正は望めない。
が、機体制御を始め全体的に補正が加わっているのであれば結果的に攻撃力が上がるのと同じようなものだ。
吐き出す弾丸の量は大盤振る舞いの装いを見せるシャルロットの表情が実に楽しそうな気がするのはきっと気のせいだと見ないふりをするのはラウラの優しさだろう。
「セシリア、戦況は!」
「ゴーレムの数は増減を繰り返していますが、個々の戦力では負けていませんわ」
「そのまま索敵を継続、攪乱してくれ」
「かしこまりました」
広い視野と高い機動力を持つブルーティアーズの役割は目による所が大きい。
両手に持った大型ライフルによる射撃は続けているが敵機の数を減らすと言うよりは牽制の意味合いが強い。
シルバーシリーズやラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡと連携を図ってこそ真価が発揮される機体と言えるだろう。
「鈴と簪は各個撃破を!」
「了解ってね!」
「任せて」
返事とは裏腹に楽な仕事ではない事は承知の上。
拳闘相手が静止した事により動きが取れるようになった鈴音はまず一夏と箒を確認したが援護には向かわずゴーレムの群れに突っ込んでいる。
リミッターが解除されていると言え完全ではない機体では足を引っ張る可能性を考慮した結果だ。
「数が多い!」
甲龍が高電圧縛鎖でゴーレムの腕を引き、伸び切った場所を打鉄弐式が夢現で断ち切る。
「でも、やるしかない!」
ラウラが前後衛を両立した指揮を執りセシリアが牽制しシャルロットが弾幕で動きを封じ、鈴音と簪が一機ずつ叩く。
千冬やブルー程の獅子奮迅の働きは出来なくとも、チームとしての運用は多国籍でありながら十分に運用できるレベルへと到達していた。
「いける、これなら」
束の側を離れず、銀の鐘による弾幕で作った嵐によりゴーレムを薙ぎ払っているナターシャの表情に余裕が浮かびつつある。
シルバーシリーズの指揮官にして一機だけ装備も異なる銀の福音は現存するISの中でも異色の機体。
一対多を想定した眼と武装は競技用と言い張るのがそもそも無理な実戦仕様。
現段階で完成したISの一つと言える銀の福音を通して見る戦局は既に決したと言ってもいい状況だった。
そう、この瞬間までは。
スコールの放った一言を銀の福音は聞き漏らさなかった。
「気を付けて、何か仕掛けて来る!」
──この瞬間を待っていたのよ。
人生で一度は言ってみたい台詞を羅列すれば上位に食い込むであろう言葉が放たれた。
その直後、氷で出来た世界に低音の地鳴りと振動が押し寄せて来る。
「なにを?」
北極の地に自信はありえないならば、足元から響く震源は何処か。答えは一つしかない。
氷の大地に偽装されゴーレムを吐き出している空母、氷を突き破り競り上がって来るのは黒塗りの銃火器の数々だ。
中型の対艦ミサイルを搭載した艦隊防空ミサイル砲、二連装から十六連装まで数多くの砲身を持つ対空迎撃から拠点襲撃までこなせる連装ミサイル砲台。
近接防衛火器システムとも呼ばれるCIWSの一種でもある対戦車攻撃用ガトリング砲、大型のガンポッド機関砲、発射速度と旋回速度に優れる二連装の速射砲、時代遅れの砲丸を飛ばすタイプの大砲まで。
国も時代も関係ない、火器を詰めるだけ積み込んだと言わんばかりの砲台の山が一斉に姿を見せる。
今までも通常兵器は氷の大地を闊歩していたが、その非ではない。一つの軍艦の積載量を凌駕している。
これこそが死を売る武器商人、亡国機業の本領である。
「通常兵器? 幾ら数を揃えた所で……」
否。
確かにISであれば集中砲火を受けた所で機動力と防御力で耐え切り、無力化も出来るだろう。油断は出来ないが実戦仕様としてこの場に集まった面々ならば引けを取る事はないはずだ。
だが、この場において無防備な存在が一人だけ存在する。
動けないと言ってもISを纏めっているくーは除外するとして、表情を変えずに佇んでいる人間に気付きナターシャの顔色が変わる。
「いけないっ!」
「束ぇえ!!」
空から銀の福音が降下するよりも早く、目の前のゴーレムを爆壊していた千冬が急行する。
スコールの手が振り下ろされ、一斉に火を放った火器の数々が轟音を上げる。気が付けたのは束とユウと千冬とナターシャの四人だけ。
己の戦闘に区切りをつけて即座に後退、千冬は束を抱き締め、迫るミサイル群を銀の福音が弾幕で迎撃、飛来する鉄塊の銃弾はグレネードによる爆風でブルーが蹴散らす。
何故誰も気付けなかったのか。
各国に散った潜水艦が搭載している火力など微々たるもの、IS学園を襲ったミサイルの総数から考えれば亡国機業の持つ火力が並ではないと分かっていたはずだ。
学園襲撃が今日の為の布石だとすればあの日だけでミサイルを撃ち尽くすはずがない。
世界各国へ向けられたもの以外に火力が必要な場所が何処かと考えれば、此処しかないではないか。
「シルバー!」
呼び掛けられたナターシャの声に対す反応が鈍い。
いや、シルバーシリーズだけでなくゴーレムと戦闘を継続している一年生ズも同様だ。
押していた戦局が一瞬で入れ替わる事は戦争としては珍しくはないが、少なくない動揺は硬直となって現れていた。
今尚も轟音を上げ絶え間なく続く砲撃の迎撃を続ける事が出来たのはブルーと銀の福音の二機。とてもではないが手が足りない。
「束、バリアを!」
「無理だよ、全部ALICEに使っちゃったからね」
言葉通り、束の周囲を守るエネルギーは最低限しかなく、気温差から身を守る程度の効果しかない。
スコールの告げた「この瞬間」は束の身を守るものが消えた瞬間を指し示している。
天災が防衛策を仕込んで来る事は想定済み、元々はゴーレムやバーサーカーの力押しで防御を打ち破る予定だったが、増援に次ぐ増援がそれを不可能にしてしまった。
その中で訪れたエネルギーフィールドの消失はバーサーカーと引き換えとはいえ待ちに待った瞬間だった。
仕込んでいた火力を投げ打って束を狙うには十分な勝機、相手が生身であれば銃弾一発当たれば殺せるのだ。
スコールの笑みを打ち消す程の音が鳴り響く。
発生源はブルーの足元、氷の地面を打ち砕く程に強く踏み込んだ為に発生した砕氷音。
続けて真っ直ぐ上に向けてビームライフルが放たれ、一筋の閃光が空を貫いた。
一年戦争の決着を告げるラストシューティングと重なる姿は全員の視線を集めるものだ。
ユウは気付いてしまっていた。
万が一にも亡国機業が歩兵や戦車、戦闘機を出してくればこちらの戦力の大半は戦えなくなる。
既に紅椿とブルーだけで打開できる戦局でなくなってしまっているのならば、手札を失う訳にはいかない。
自陣の防衛力を高め、戦う為の一歩を踏み出させるしかない。
この場でそれを可能にするのは歴戦を戦い抜いてきたイレギュラーただ一人だ。
「……ッ!!」
動揺から立ち直ったのはラウラとシャルロット。
現場と言う意味では実戦を経験しているであろう両者の思考はすぐにブルーの行動の意味を悟る。
鼓舞だ、エースがここにいる。迷う必要はないと目を引く事で目を覚まさせてくれた。
「セシリアは砲台を! シャルロット、簪、鈴は迎撃だ、急げ!!」
指示を飛ばすと同時にラウラもレールカノンを呼び出し両手で構える。狙うはミサイルや弾丸を撒き散らしている砲台そのもの。
「甘い」
が、一年生ズとシルバーシリーズが再起動し防衛に加わったのを確認した上でスコールは笑いながら指を鳴らす。
現れたのは周辺海域に頭を出す二十を越える潜水艦の群れ。
開かれた垂直発射管から大型のミサイル弾頭が次々にはなたれ放物線を描きながら殺到する。
「くっ、やらせるものですか!」
自分達の空母の崩壊を物ともしない火力の一点集中は何が何でもこの場で束を殺すとの意思の表れ。
銀の鐘を全方位に撒き散らしながら迎撃に入る銀の福音の姿は頼もしく映るが、何処に視線を向けても殺到してくる弾幕に誰もが心を揺さぶられていた。
通常兵器をただ迎撃するだけならばISの能力を持ってすれば造作もない。
だが、怒涛の如く攻撃が降り注ぎ、守るべき対象がいるのであれば難易度は跳ね上がる。
白騎士事件の際は白騎士が迎撃をしやすいようにコントロールされていた事を知るのは束だけだ。
「守れ、守るんだ!」
砲台を潰しながらラウラが張り上げるのは最優先事項。
束を失えばこの地に集まった全ての戦力が意味を成さない、束を守りきる事こそが勝利の絶対条件。
だが、ラウラとセシリアが潰す先から分厚い氷を突き破り次々に新しい銃器が姿を見せ弾丸を吐き出し続けている。
本来の空母に搭載されている火器に比べて明らかに多すぎるが、この日の為に武器商人が用意した決戦兵器だとすればハリネズミの如く砲台が積み込まれていてもおかしくはない。
「ここにきて通常兵器の物量作戦とはなッ、束、お前を逃がすぞ」
防衛を突破され一発でも弾丸が飛来すれば即座に死に繋がる状況で千冬が下した結論は束をこの場から離脱させる事。
戦略としては正しい判断であり英断だが、表情を変える事なく束は打鉄七刀の腕からするりと抜け落ちる。
「束?」
「それじゃ駄目だよ、ちーちゃん。これは私が売られて買った戦争だ。この場から逃げる訳にはいかない。見届ける義務が私にはある」
飛来するミサイルをブルーのマシンガンが叩き落とす様子を一瞥して空を仰ぎ見る。
命を賭け金にする戦争において張本人が逃げる訳には行けないと告げる束の心に揺らぎはない。
正確な数こそ分からないが、今尚ゴーレムは健在、ミサイルや弾丸は全方位から束を狙い火力を吐き出し続けている。
それでも逃げない。これは束と亡国機業のどちらかが尽きるまで終わらせてはいけない、彼女達が望んだ戦争だ。
「……分かった」
その決意を親友は受け止める。
背中から二刀を引き抜き、迫るミサイルに対し連続で瞬時加速を仕掛け瞬く間に切り払い轟炎を背負って見せる。
「束には指一本触れさせん!」
ゴーレムを押し返しながら弾幕を展開する戦闘は容易ではないが、戦い続ける以外に道はない。
「あと一押しかしらね」
ブルーディスティニー、シルバーシリーズ、打鉄七刀、一年生ズ。
これ以上ない戦力がたった一人を守る為に奮起する姿を見て、スコールの笑みに深みが増す。
決して自分が戦線に加わる訳ではなく、物量による圧殺を観測している姿は傍観者を気取るもの。
再び打たれた指の音に反応するように、星を飛び出した超高高度にてスコールの切り札が起動する。
「姉さん!」
集団から少し離れた位置にいる箒も防衛に加わるべく動こうとするが、多脚の蜘蛛が道を阻む。
「おっと、お前はこっちで遊んでる最中だろうが!」
「退けぇえ!!」
エネルギークローを展開した白式が横合いから仕掛けるが、大型化した左腕を掻い潜ったアラクネの拳が一夏の顎を真下から叩き上げる。
「楽しいだろ! 楽しいよなぁ! 死ぬか殺すか二つに一つしかねぇんだからよぉ!!」
脚の数を減らし、エムが落とされ、バーサーカーが鎮圧され、戦場が物量作戦に切り替わろうともオータムの思考回路は変わらない。
血で血を洗う戦場において、狂気に彩られた彼女はこの状況下で尚も己が楽しむ為に暴力を振るう。
足止めをしているはずが、足止めをさせれているのだと一夏と箒が気付いた時には既に泥沼の戦局の真っただ中だ。
歯痒い思いをしながらも目の前の敵を倒さない限り、束の防衛にも加わる事が出来ない。
三本の刀を三脚で受けつつも実に楽しそうに笑うオータムの実力は機体性能だけで押し切れるものではない。
「所でよ、気付いてるかぁ?」
「なにを!」
苛立てば苛立つ程に、急げば急ぐ程に蜘蛛の糸は騎士と武者の動きを封じ込める。
「空から来るぜ? 篠ノ之 束を殺す刃がよ!」
それは間に合わないから見届けろと告げている、実に悪趣味な宣言だった。
オータムの言葉によって気付かされた一夏と箒。
それ以外に広域センサーから情報を識別したセシリアとナターシャが気付き、ユウと千冬が直感で気付く。
迎撃するトリガーは引きっぱなしに全員が一斉に空を見上げる。
「まさか」
「冗談でしょう?」
「アレは……」
「フレシェット弾か!」
未だ超上空にあるそれは点にも至らない小さなものだが、こちらを目指している大型ミサイルを認識する。
夏休みの最後、IS学園に衝撃を突き落した矢弾を搭載したミサイル、フレシェット弾。束の防衛システムが間に合わなければ甚大な被害をもたらしたであろう狂気の産物。
大気圏を越え、北極上空で弾頭が開けば数百から数千もの鋼鉄製の針が銀世界を覆い尽くす事になる。
ISであれば回避も防御も出来るかもしれないが、生身である束は一発が致命傷になる。
有効射程圏内に入る前に迎撃する事が望ましいが、ゴーレムとミサイルがそれを許容はしてくれない。
「姉さん!!」
明確に近づいてくる死を前に箒が声を張り上げる。
「頼む、逃げてくれ! やっと、やっと姉さんと話が出来るんだ! 誰でも良い、姉さんを!!」
悲痛な叫びを嘲笑うようにオータムが立ちはだかる。
第四世代機と二次移行機、圧倒的な性能を誇る二機が突破出来ない。
否、相手が人間である以上、全力を賭して破壊する事を本能的に二人は恐れてしまっている。
殺す覚悟と殺さない勇気、はき違えてはいけない選択肢であったとしても二人に人間は殺せない。それはきっと間違いではないのだろう。
「……スコール・ミューゼルだっけ?」
届いている箒の声に小さな笑みを返した後、束は空から視線を下げて真っ直ぐにスコールを見詰める。
「さっき、随分と面白い事を言ってたね」
返事を聞くつもりのない束の言葉に小首を傾げるスコール。
「その言葉をそのまま返してあげるよ……。この瞬間を待っていたんだ」
万感の思いを込めて、言霊が告げられた。
亡国機業所有の戦略衛星は宇宙から地上を狙う戦略兵器であると同時に様々な情報操作の役目を担っている。
そこから放たれたフレシェット弾は大気圏を抜け、北極へ向けて真っ直ぐに進路を取っている。
だが、その横合い、超高高度に別の勢力がいる事に気付いている者は束しかいなかった。
「全機、確認したな?」
「篠ノ之 束、並びに篠ノ之 箒を確認しました」
「軍曹、君の目には何が映っている」
「助けを求める少女が見えます」
「そうだ、どれだけ強い力を持とうが子供は子供、不条理に立ち向かうには未熟。その為に大人が、我々がいる。各員、思い出せ、何の為に銃を持った、その胸に刻まれた誇りは何の為にある!」
「守る為です、家族を、祖国を、理不尽な暴力から守る為に我々はここにいます!」
「良く言った! この一戦に家族の命が、祖国の未来が、世界の命運が掛かっていると思え!」
その声は空の一角で確かに鳴り響いていた。
「目標補足! 全機、攻撃開始ィ!!」
空が悲鳴を上げ、大気が爆ぜる程の熱量が北極の空に咲いた。
宇宙から地球の最北端を目指し、たった一人の人間を殺す為に降り注いだミサイルを側面から別のミサイルが薙ぎ払った。
爆発の花から飛び出してきたのは銀の翼に、輝く星条旗。
「こちら米空軍、これより貴官等を援護する」