IS ~THE BLUE DESTINY~   作:ライスバーガー

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第11話 篠ノ之 箒 奪還作戦(後編)

ユウ・カジマが運命に翻弄されたと言うならば、織斑 一夏と篠ノ之 箒は姉に翻弄されたと言ってもいい。

そしてもう一人、時代に翻弄された少女がいた。名をシャルロット・デュノア。

量産型ISの世界第一位シェアを誇るラファール・リヴァイヴを開発している会社の一人娘。

社長令嬢でありながらフランス代表候補生。そしてデュノア社の誇るエージェントの一人。

 

デュノア社の社長令嬢、その肩書きは彼女に取って何の意味も持たない。

デュノア社長の愛人の娘、それこそが彼女を表す言葉だった。

 

そもそもシャルロットは自分の出自を数年前まで知らなかった。

母と二人で幸せに暮らしていたのだ、母の病死と言う形で唐突に生活が終わるまでは。

訪れた別れと共に父が現れた。愛人の子を自らの子として引き取る為に。

最初こそ戸惑ったものの、未成年の少女に選択肢が果たしてあっただろうか。

シャルロットはデュノア社長の提案を受け入れ、デュノア社長の娘として第二の人生を送る事になる。

しかし、残酷な時代は彼女の存在を良しとはしなかった。

デュノア社長の本妻はシャルロットを受け入れなかった。

愛する夫との間に子が恵まれないにも関わらず、湧いて出た愛人の子供を愛せるはずがなかった。

ある程度世界の成り立ちを理解していたシャルロットは義母の考えにも一理あると思っていた。

父はシャルロットを受け入れようとしてくれていたが、時代は女尊男卑。

社長夫人の持つ権限は社長である父に劣らないものだった。

 

だからシャルロットは娘として愛されようとする事を止めた。

 

会社にとって有能な人間であろうと務めた。

新しい家に居場所がないのであれば会社の中に居場所を作ればいい。

女尊男卑の時代はシャルロットに悲運を与えたが、女尊の恩恵は彼女にも訪れた。

高いIS適正値と社交的な性格はすぐに会社内でシャルロットに居場所を作った。

実力を認められ国家の代表候補に躍り出て、欧州連合の軍事演習にも参加し会社にも貢献した。

国家代表候補と言う顔の裏側でデュノア社のエージェントとしての職務もこなした。

ISの研究に心身を注ぎ、様々な武器の開発から実演まで。時には会社の為にスパイ活動さえもやってのけた。

何時からか義母もシャルロットを娘ではなく社員の一人として見るようになっていた。

父は時折哀しげな表情を浮かべるが、シャルロットの為に出来うる限りの支援をしてくれた。

 

本心では戦いなど望んでいない。

ただ静かに暮らしたいだけだと言うのに。

周囲に受け入れられる為に、自分自身の心が壊れないようにする為に。

 

国に嘘をつき、会社に嘘をつき、身内に嘘をついて。

誰にも心を知られる事のないように、少女は世界に嘘を重ね続けた。

 

 

 

 

 

 

 

「シャルロット様」

 

中型の輸送機にて空路を取っていた最中にシャルロットを呼ぶ声。

少しばかり眠りに落ちていた少女はすぐに顔を上げると表情を引き締めた。

 

「どうしました?」

「近付いてくるISがあります」

 

部下である黒服の大男の声に懸念を覚えながらレーダーを確認する。

確かに高速でこちらに向かって来るISが一機。

輸送機の識別信号は間違いなく正規のものを出しているはずだが、疑う余地もなく真っ直ぐ向かって来ている。

 

「所属は?」

「不明です」

「映像は?」

「距離がありますので画質は良くありませんが」

「構いません」

 

まだ距離のある中で輸送機に積まれたカメラが目標を捉える。

そこに映っていたのは海上を高速で移動している蒼だった。

 

「嘘でしょ、何でアレが」

 

欧州軍事演習においてIS十二機を一蹴した蒼い死神事件。

あの事件においてシャルロットはフランス側の一機として参加していた。

三機連携の面射撃を破られ、高速切替での反撃すら許されずに一瞬で打ち破られた光景は鮮明に思い出せる。

 

「呼び掛けは?」

「応じません、沈黙したまま追って来ています」

 

ここでシャルロットは一つの仮説に辿り着く。

蒼い死神の狙いは篠ノ之 箒なのではないか。規格外の塊のような存在だ、バックに篠ノ之 束が関与していても不思議は無い。

輸送機は日本を南下し東南アジアを経由しヨーロッパへ辿る予定だった。

偽装は完璧。本物の積荷を輸送しつつゲストを自国まで送り届けるプランに隙は無い。

 

「……僕が時間を稼ぎます」

 

スーツの上着を脱いで座席の背もたれに掛ける。

僅かにネクタイを緩めた後で、シャルロットは笑みを浮かべた。

 

「危険です、お止め下さい!」

「ゲストをお願いします。手荒な事の無いように」

 

有無を言わさず厳重にロックしてあるハッチを開く。

飛行中に開かれたハッチから激しい空気が流れ乱れ打つ。

もう一度、部下達に微笑み掛けてからシャルロットは大空に身を投げ出した。

凍える程の寒さを身に感じながら海に向かい降下する。風切音が耳鳴りとなって頭の中を駆け巡る。

 

「本当に人生って色々だなぁ」

 

気流の中で激しく踊っているネックレスを手に取り額に添える。

小さく祈りを捧げてから、十字の刻まれたネックレスに優しくキス。

眩い閃光と共に、その身が橙のISに包まれた。

 

「行こうか、ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡ」

 

 

 

 

 

 

 

 

海上を高速で移動しているブルーは輸送機をセンサーで既に捉えている

 

「博士、敵組織の判別は?」

≪デュノア社だね。輸送機内にIS反応が二つある。あ、一つ出てきたね≫

 

海上を進むブルーのハイパーセンサーもすぐに落下してくる橙のISを認識する。

機体名ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡ 第二世代型量産機のカスタムタイプ。

第二世代型のカスタムと言う点で言えばブルーと系統は同じと言う事になるが、相手にしてみれば冗談にも程がある。

 

≪日本政府は言いくるめておいたから、存分にやっちゃって≫

 

既に日本政府に対し要人保護プログラムでは箒を守る事の出来なかったと束自らが指摘していた。

言葉にて日本政府を封殺した後に「箒ちゃんは返して貰う」とまで宣言していた。

世界最強の頭脳を怒らせてしまった以上、日本政府は束の行動を黙認するしかなかった。

 

「こちらに従うかどうかは本人の意思ではなかったのか?」

≪箒ちゃんが要人保護プログラムが良いって言うなら、元通りにしてあげるつもりだよ≫

「そうか、何にせよ、目の前から対処していくか」

 

既にラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡの射程圏内にブルーは入っている。

 

≪それじゃ、撃滅! 必殺! 滅殺! で宜しく≫

「気に入ったのか? 博士が言うと物騒だからやめておけ」

≪ぶーぶー まぁいいや通信終わり! また後でね!≫

 

小さく息を吐いて肩を竦めた後、ユウは眼前に降り立ってきたラファールを確認する。

汎用性の高いラファール・リヴァイヴのカスタム機。特別に目立つ性能がないからこそ乗り手の腕が試される。

何処までも続く青い海の上に橙はとても良く映えて見えた。

 

「一応聞くけど、何のようかな? 蒼い死神さん」

 

言ったシャルロットは既に両手に銃器を展開しており話を聞く気は最初から無い。

いや、答えが返って来ると思っていないと言う方が正しいか。

無作法と言う礼儀に答えるようにブルーも何も答えない。

互いに戦闘態勢に入り、言葉の無いままに戦いの火蓋は切って落とされた。

 

 

 

(今回は戦う事が目的ではない。悪いが速攻でカタを付けさせてもらう)

 

──EXAM System Stand By

 

耳障りの良いマシンボイスと共にブルーの緑のアイカメラが血のように赤く染まる。

IS越しに感じる戦場の空気が幾重にも折り重なり重たくなっていく。

コアネットワークを介しブルーディスティニーとラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡが互いを敵と認識。全力可動に入る。

ビームサーベルを抜き放ち加速に入る。

 

(捉えた)

 

千冬が打鉄で行った加速に劣らない爆発力でブルーが一息で間合いを詰める。

下から抜き打つような一撃が弧を描きラファールのシールドを抉り取る。

 

「っ!!?」

 

一息で詰められた間合いに何が起こったのか分からない。

唖然とするシャルロットにビームサーベルを抜き放った体勢のまま見下ろしているブルーがバルカンを斉射。

ガードする事もままならぬまま弾丸が全身を打ち貫いた。

折り返し振り下ろされるビームサーベルの軌跡が残酷なまでにシャルロットを打ち砕く。

 

ユウは視線でシャルロットを確認。

その手は固く握った銃を離していない。

無意識下で抵抗を続けようとする姿がそこにはあった。

 

上から下へ。ビームサーベルがラファールの装甲とシールドを剥ぎ取る。

更にもう一撃。短く斬り返された斬撃で絶対防御が発動。成す統べなくラファールは崩れ落ちた。

 

「そんな…… 何も出来ないなんてっ!」

 

海に向かい落ちていくラファール。

その様を何事も無かったかのように緑のアイカメラに戻ったブルーは一瞥し反転。

輸送機を追って高度を上げて行った。

 

「眼中に無いって事か、悔しいなぁ」

 

薄れ行く意識の中、シャルロットは自分が悔しがっていると言う事に気付いていなかった。

それほど自然に敗北に対する感想を漏らしていた。

戦いを望んでいなくとも、シャルロットの中に戦士としての心意気は根付いていた。

最もEXAM発動状態のブルーを相手に時間稼ぎなど世界最強でも出来るかどうか。

 

「博士、今落ちていくオレンジ。死なせるなよ」

≪うん? 期待できそうかい?≫

「あぁ、初撃を受けて諦めていなかった」

≪了解、近くに漁船は…… いないね、日本政府にでも拾うように伝えておくよ≫

「日本政府に取っては敵ではないのか?」

≪その辺は知った事じゃないけど、互いに汚点だし何とかするでしょ≫

 

会話しつつもブルーは加速を続け、瞬く間に輸送機に隣接していた。

 

「さて、どうするか」

 

飛行する輸送機が相手では死神とは言えそう簡単にはいかない。

破壊と言う事であれば簡単なのだが、要人救出を空中で行うとなれば難しい。

ブルーのまま内部に侵入できなくはないが、IS展開状態では輸送機内で小回りが利かない。

内部に入りISを解除すればいいのだが、顔を見せるのも好ましくない。

 

≪衛星すらハッキングできる私がいるのに何を困ってるのかな?≫

 

どうするか思案していたユウに考える必要など無いと言わんばかりの言葉だった。

世界の情報網を手玉に取る事が出来る束にとって輸送機の乗っ取りは楽勝な部類に入ると宣言した。

 

≪空の交通事情はオンラインで繋がってるからね、しかもこの輸送機の信号は正規のもの。なんて事ないよ≫

 

瞬く間にハッキングされた輸送機は束の望むがままに動く。中にいる人間の抵抗など初めから無意味だった。

ブルーは誘導に従い輸送機後方のハンガーハッチに向かう。

輸送機特有の基底から開閉する大型の搬入口が大量の空気を吐き出しながら開いた。

 

≪デュノア社の連中は隔壁で閉じ込めたから安心して≫

 

ブルーを展開したまま輸送機の中へ。

外敵にも関わらず、抵抗なく受け入れた輸送機の扉は再度重苦しく閉じられた。

 

≪箒ちゃん!≫

 

搬入口の中に箒は居た。

隔壁を閉じてこの場所に束が誘導したのだろう。

その身を拘束するものも無く、手荒に扱われた形跡は無い。

少なくともデュノア社がゲストとして扱っていた事は事実だった。

 

「姉さんなのですか?」

 

断固として取り上げを拒んだ木刀を胸に抱き箒は目を丸くしている。

目の前の正体不明にして不気味な全身装甲のISから姉の声が響けば無理も無い。

 

≪久しぶりだね、箒ちゃん。あ、このISの中に居るのは私じゃないよ≫

 

ブルーから音声だけで箒と言葉を交わしながら、中身は自身ではない事を打ち明ける。

ならばこの蒼の中は一体誰だと言うのか。束が信頼を置く相手などそう多いものではない。

疑心暗鬼に陥りそうになる箒は自我を強く持ち、目の前の現実と対峙する。

 

「姉さん何故ココに」

≪助けに来たんだよ≫

 

短い言葉のやり取り。数年ぶりの姉妹の会話にしては味気ない。

されど、この間接的な姉妹の会話にユウが口を挟む事など出来ない。

 

≪箒ちゃんはどうしたい?≫

 

このままデュノア社に行くか、日本に戻り保護プログラムに入るか、もしくは第三の選択を求めるか。

ストレートな言葉の中に人生を左右される選択肢が含まれている。

何も変わらない一方的な姉の物言いに箒は表情を曇らせる。

感動の再会と言っても良い場面にも関わらず、姉は何も変わっていないように思えた。

 

「……一つだけ、教えてくれませんか」

≪なにかな?≫

「今の世界は楽しいですか?」

 

その言葉は本来別の形で問われる予定だったもの。

変わってしまった世界の影響を受けた妹から、世界を変えた姉への呼び掛け。

 

≪難しい事を聞くね。世界の在り方なんて人それぞれだよ。でもね、それでもその問いに対する答えが必要なら……≫

 

ブルーを跨いだ言葉に沈黙が降りる。

次の言葉によって、また世界が変わってしまう。

そんな予感を箒は一身に感じていた。

 

≪楽しいはずがない。こんな世界大ッ嫌い! 箒ちゃんも、ちーちゃんも側に居ない! 大好きな人達と笑い合う事が出来ない。こんな世界嫌いだよ≫

 

何処までも単純に、子供の戯言のように、されど紛れも無い本心から出る言葉。

 

「そんな事を姉さんが口にするのですか!」

 

同じく本心から来る反論。

姉に翻弄され、姉によって狂わされた人生を歩む箒だからこその叫び。

 

≪分かってるよ、私は裁かれるべき側の人間だ≫

「なにをっ!」

≪でも今はダメ、私にはまだやるべき事がある≫

 

その言葉の真意、秘められた意味。

妹だからこそ気付く姉の言葉の内側にある決意。

 

「何を、言っているのですか?」

≪さぁ、何だろうね?≫

「はぐらかさないで下さい! 姉さんは何をしようとしているのですか!」

 

これ以上の問い掛けには沈黙しか返ってこない。

無機質なブルーの瞳の奥に姉が哀しげに微笑んでいる姿が重なって見えた気がする。

 

「……分かりました」

 

短い沈黙の後、箒はブルーを真っ直ぐに見返して強く頷く。

 

「私は姉さんを信じたい」

 

"何を"とも"何が"とも言葉にしない。

ただ純粋に姉妹としての絆を信じ、姉の下へ行く選択肢を箒は選んだ。

その選択は日常を切り捨てると言う事を理解した上で、箒は自分自身で道を選んだ。

日本政府もデュノア社も各々の汚点がある以上、篠ノ之姉妹への干渉はしてこない。

 

篠ノ之 箒は世界から二度目の消失を果した。




前半はシャルロット概要。後半は箒奪還。
駆け足気味で突っ走ってます。

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