IS ~THE BLUE DESTINY~   作:ライスバーガー

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第107話 出撃IS連合

シルバーシリーズや千冬の介入も想定外ではあるが、それでもスコールには勝算があり、亡国機業の優位性が大きく損なわれた訳ではない。

ゴーレムにバーサーカー、エムとオータム、空母も含め通常兵器も持ち合わせており、それ以外にも用意されている切り札はある。

純然たる真正面からの戦争であったとしてもゴーレムは十分過ぎる戦力になる。

軍隊の介入を拒み、ゴーレムと戦わせる事で力を見せつけ、IS学園の戦力を削ぐ事にも成功し勝率を上げる算段は十分だ。

にも関わらず、今この場で起こっている事態はスコールの勝算を歪ませるものだ。

 

「篝火 ヒカルノォォ!!」

 

冷静沈着は常に心がける所だが、スコールは叫ばずにいられなかった。

 

国家を跨ぎISを運用する場合、一般的には空輸が使われる。

単純なスピードで言えばISで空を突っ切る方が早いに違いないのだが、ISに限らず他国の領空を無許可で飛行できるはずもない。

自然災害など非常事態を国内にで対処するならば態々空輸の手段を取らずともそのまま現場に急行する方が早いのだからISの空輸技術と言うのは高いものではない。

何よりも建前上であるがISは競技以外には防衛としてしか用いる事が許されておらず、同盟国の共同戦線でもなければ軍属であったとしてもISが国を出る機会の方が少ないだろう。

今回の介入は危険な綱渡りをしていると言えるが、アメリカの権力と世界最強の名声を使えば多少無理でも道理は通せる。

では、彼女の場合はどうか。

 

「こんな楽しそうなお祭り騒ぎに便乗しない手はないでしょーが」

 

狂気に歪むと言う意味では束やスコールに負けず、束と千冬と同じ世代の三人目の天才。

世間一般的な知名度は先の二人に劣るがIS関係者であれば技術の第一人者として有名で日本の倉持技研の責任者の一人、篝火 ヒカルノ。

彼女の先見としての才能は本物だった。この日の為に、いや正しくはこれからの為に用意していた。

作り上げた旅客機には素人目では分からないがISの技術の発展と共に成長を遂げたエンジンが搭載されており通常の飛行機を大きく上回る出力のモンスターマシンでありに優れた空力バランスと防衛システムを搭載している。

束が潜水艦を使用しているのは空よりも目立たないと言う理由があるが、速度を最優先させるならば空が望ましいのは言うまでもない。

 

ジャンボジェットの形状はしているが、中身は全くの別物で重低音を響かせてゆっくり開いた後方艦底部から積荷が姿を見せる。

見えて来る内部構造は貨物室とは名ばかりのIS整備室、世界中の技師達の手によって改修された揺り籠が全貌を現す。

飛行中の艦底が開いているのだから内部は暴風が渦巻いているが、左右に並ぶのは安全ベルトを便りに最終確認に余念のない各国選りすぐりのIS技師達。

戦闘中でありながらも全員の視線を集めて空に現れたのは各国を巡り、技師を集め、領空の通行許可を得た世界初の多国籍に対応したIS移送用の空中母艦。

ISの世代を新しくするのでもなければIS乗りの腕を上げるのでもない、運用に関しての新しい時代が幕を開ける。

 

「いいですか少佐殿、姉妹機の装甲とパンツァー・カノニーアの物理シールドを流用して何とか形にはしましたが重量バランスは相当悪いです。レールカノンは肩ではなく手動の展開武装として格納してますので使う場合は反動に注意して下さい」

「了解だ、短い時間で良くやってくれた」

 

吹き荒れる風に負けないよう大声で叫ぶのは中年の技師。

旅客機の最後部から伸びるタラップと光のガイドラインに姿を見せたのはシュヴァルツェア・レーゲン。

外観は継ぎ接ぎだらけの装甲で最大火力と呼べるレールカノンは格納され見た目も損なっている。

ヴァルキリートレースシステムを発動させゴーレムと単機で渡り合い激しい損傷を追っていた機体を無理矢理動ける状態にしたに過ぎない。

本来戦場に出られるはずのない機体を専用機のスタッフ以外が修繕したのだから技師達の腕が見て取れると言うもの。

 

「現地改修か、軍人らしくて良いさ、なぁ相棒」

 

愛機からの返事はないが、左右に並ぶ技師達が揃って親指を立てて応える。

 

「ご武運を、進路開けますよ」

「宜しく頼む、同盟国でもないのに協力に感謝する」

 

重たくも偉大な一歩を踏みしめてシュヴァルツェア・レーゲンはカタパルトに足を乗せる。

 

「これで勝てねば無能だな。ドイツ代表候補生、ラウラ・ボーデヴィッヒ、シュヴァルツェア・レーゲン改、出るぞ!」

 

黒の意志は何ものにも染める事は出来ない。

 

 

二番目にカタパルトに姿を見せたのは美しく輝く青である。

 

「言われた通りにしましたが本当に良いんですかい? 元々の性能を否定するじゃじゃ馬になりましたぜ?」

「構いませんわ、必要なのは眼と手数。凶暴な愛馬を乗りこなしてこそのオルコット家です」

 

専用機の中でもブルーティアーズはパッケージにより大きな変貌を遂げる機体だ。

狙撃とビットを中心とした基本形態は後方支援機の類をでないが、ビットを出力とするストライク・ガンナーを装着する事で高出力のレーザーライフル、スターダスト・シューターを使用を可能とし高機動高攻撃力の機体へと変貌する。その姿は最早支援機ではなく、戦場を飛ぶ銃座そのものだ。

ゴーレムとバーサーカー、多数のISが入り乱れる戦場でビット操作を併用できればこの上なく頼もしいがセシリアは今の自分がそのレベルに居ない事を理解している。

その結果が技師がじゃじゃ馬と称したセッティングである。

形状としてはストライク・ガンナー装着状態だが、手に持っているのは二丁の大型狙撃銃、スターライトMkⅢとスターダスト・シューターである。

機動力と火力を両立させ、尚手数を得る。狙撃銃を両手に持って飛び回ろうと言うのだからブルーティアーズの本懐を否定している。

 

「オルコットのお嬢さん、準備良いですかい?」

「お願い致します」

 

二丁の星の輝きをその手に、高貴な者の義務(ノブレス・オブリージュ)をその胸に。

 

「お父様、お母様、見ていて下さい、イギリス代表候補生、セシリア・オルコット、ブルーティアーズ ストライク・ガンナー、乱れ撃ちますわよ」

 

星の雫は愛馬と共に煌めき輝く。

 

 

続くのは専用機の中でも汎用色の強い橙色の機体。

 

「デュノア社の規格でまとめてるので安定性は保証します。ガーデン・カーテンは常時展開可能ですが戦場が戦場なだけに防御力は宛にしない方が宜しいかと、積めるだけの弾薬を突っ込みましたので存分にぶっ放して下さい」

「だから何で皆して僕をトリガーハッピーみたいに言うのさ!」

 

先のゴーレム戦おいてはエネルギーこそ消耗していたが戦闘による破損は少なく、元々が量産機のカスタム機であるラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡは最も使われているISの直系機なのだから流用できるパーツの種類は専用機の中で最も多く修繕が簡単な機体だ。それ故に整備ではなく調整の意味合いが強い。

ガーデン・カーテンと限界まで積み込んだ弾薬、搭乗者がシャルロット・デュノアである意味を理解すれば敵対したいと思う者は少ないだろう。

 

「って言うか何で皆がここにいるのさ!」

「社長からの命令ですよ、ラファールの調整に関しては我々が一番だと見せ付けてこいとね」

「なるほどね、それじぁ宣伝も兼ねて派手に行ってこようかな」

「お嬢、頑張って下さい」

 

顔見知ったデュノア社の技師達とハイタッチを交わし射出位置につく。

 

「全弾撃ち尽くすつもりでいってみようか、フランス代表候補生、シャルロット・デュノア、ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡ ガーデン・カーテン、行くよ!」

 

風は血よりも強い絆で結ばれる。

 

 

四機目、損傷率で言えばシュヴァルツェア・レーゲンに続く機体は綺麗に修繕されている。

 

「残念ながら追加の龍咆は損傷が激しく使い物になりませんでしたので破棄しました。元々の二機は何とか形にしましたのでそちらでの運用をお願いします。甲龍シリーズと高速機動パッケージ(フェン)のパーツを使ってますので多少照準にブレがあると思いますが大方は元通りのはずです。違和感は?」

「ないわ、ありがとう。これで私とこの子はまだ飛べる」

 

ゴーレムにより破壊こそされたが量産型の最大のメリットとも言える部品の流用性を存分に発揮し甲龍は元の姿を取り戻した。

四から二に減り龍咆の火力こそ落ちているが、戦うに差し支えはない。

 

「それから甲龍大戦隊の指揮官殿から伝言を預かっています」

「楊さんから?」

「勝利以外の報告は聞かない、だそうです」

「オッケー、心配しないで、勝利報告以外する気ないから!」

「承りました、行ってらっしゃい」

 

あの日、少年への恋心が友情に変わり、今尚変わらぬ強い想いは世界を舞台にした大一番でも揺らがない。

 

「勝利をこの手に掴み取る、中国代表候補生、凰 鈴音、甲龍一号機、行っくわよー!」

 

龍が世界の空を泳ぎ渡る時が来た。

 

 

五機目、専用機が出来てから慣らしも何もあったものではない実戦の連続の機体。

 

「基本的には機体概要は弄ってませんのでそのままですが、プログラムの一部に手を加えさせて頂きました。これでマルチロックの精度が多少は良くなってるはずです。差し出がましい真似をお許し下さい」

「構いません」

 

眼鏡型のモニターで機体状況を把握しながら頷きを返す。

自分自身で完璧に機体を組める、それが妄言であると言う現実を受け入れている。

必要とあらば他者の手を借りてでも高みへ上るのが姉への礼であり謝罪であり自分自身への贖罪だ。

過去ではなく未来へ進む為になすべきことを少女は理解しており、その上で自分の夢を機体に乗せる。

 

「良い機体ですね」

「え? あ、はい、ありがとう、ございます」

 

技師から掛け値のない言葉に一瞬驚き、照れた様子を浮かべた簪を見詰める男達の表情は柔らかいものだ。

かつてヒーローを夢見た男達の願いがその機体には詰まっている。

その機体を作り上げる為に少女がどれだけ苦労を重ね試行錯誤を繰り返したのかは見る者が見れば分かるものだ。

夢見る少女が望みに手を伸ばすならば、背を押してやるのがかつて夢見る少年達だった大人の仕事だ。

 

「大丈夫、愛情を持って育てた機体はきっと応えてくれますよ」

「はい、私もそう思います」

「グッドラック」

「行ってきます」

 

姉とは和解の一歩を踏み出した、機体も完成した。後は自分の願いを形にするだけだ。

 

「私には帰る場所があるんだ、日本代表候補生、更識 簪、打鉄弐式、出撃します」

 

少女は夢見た英雄への第一歩を踏み出す。

 

 

そして、最後の一機。

綺麗に磨かれた純白の翼と剣を持つ機体の番が来る。

 

「おい坊主、エネルギーは満タンにしたがコイツの消耗は半端じゃねぇ、分かってると思うが全力で飛ばせば数分でバテちまうぞ」

「大丈夫、あそこには紅椿がいる」

「馬鹿言うんじゃねぇよ、後先考えずに戦って良い理由にゃならねぇだろうが!」

「そ、そうだな、悪い気を付けるよ」

「素直でいいこった、いいか坊主、覚えとけ、人には良い所が二つはあるって言う。お前は胸を張って自分の良い所が言えるかい?」

「え、なんだよ突然、えーっとそうだな、諦めの悪い所、かな。もう一つは思いつかないけど」

「それならもう一つを見つけるまで死ぬんじゃねーぞ」

 

出撃の直前、何度経験しても拭えない実戦の恐怖感が手足の震えになっていた事に一夏は気付いていなかった。

粗暴だが不思議と胸に染みる人生経験豊富であろう男の声は緊張感を瞬く間に和らげていた。

 

「いい言葉だな」

「あ?」

「人には良い所が二つあるってヤツさ」

「あぁ、死んだ女房の口癖だ。気に入ったなら探してみろよ」

「そうだな、自分の分も、仲間の分も探してみるよ」

「そうかい、気張れよ坊主」

「おう!」

 

カタパルトに乗り目の前に広がる銀世界を視界に収める。震えはもう止まっていた。

 

「やってみるさ、織斑 一夏、白式・雪羅、いきます!」

 

白き翼を持つ騎士は切り開く剣となる。

 

 

 

大空に舞い上がったのは色取々の専用機。

 

「順番が逆になってしまったが、織斑! 篠ノ之 箒の所まで突っ込め」

 

空中で北極の地を見下ろす一同にラウラが告げる言葉に誰からの異論も出ない。

腕前はまだ未熟、機体性能に頼った力任せの突撃は素人であると公言しているようなもの。

それでも、ここに集まった全員が一夏が一番槍を務める事を否定しない。

 

「鈴は織斑のフォロー、セシリアは二人の突入を援護してやれ。シャルロットと簪は遊撃に入れ、黒い機体には気を付けろよ」

 

「あいよ、行くわよ一夏!」

「お任せ下さいな」

「分かったよ、ラウラ」

「ん、了解」

 

ISの在り方を決定づけた白騎士事件、ISの在り方に疑問を投げ入れた蒼い死神事件、そして今、ISの行方を左右する戦いが始まりを告げる。

戦火の銀世界に舞い上がる六人の少年少女、IS学園一年生専用機持ちが集結する。

 

 

 

「これだから戦争は止められねぇんだ!」

 

増援に次ぐ増援の最中、標的を認識したエムや策を巡らせるスコールとは違いオータムが浮かべているのは喜色だ。

自分の命を賭け金として提示する戦場こそ彼女の本分。

真正面からであろうが奇襲であろうが関係ない、単純明快な暴力の世界の住人。

左右異なる方向から迫る紅椿の刃を紙一重の間合いで避けながらオータムは笑みを深める。

 

「お仲間が来てテンションが上がったか? 心配しなくても仲良くあの世へ送ってやるよ」

 

実戦の経験が乏しくとも箒はオータムと言う人間の危険性に気付く事が出来ていた。

礼節を重んじる剣道や型を意識する武道と実戦が異なる事は承知の上だが、オータムの戦い方はただの殺し合いとも違う。

防御より攻撃を優先させている割には大事な一撃は回避している。それも恐らくだが本能的な直感でだ。

蓄えた経験値と闘争本能がもたらす直観力、殺す事に抵抗がない癖に戦闘を楽しもうとしている節がある。

荒々しい中に研ぎ澄まされた冷静さがあり、さながら戦場を闊歩する猟犬の如き存在だ。

コイツを自由にしてはいけない、例え腕が及ばなくともそれが第四世代機を託された自分の役目だと。

 

「ほらほら! どうしたァ、腕が下がって来てるぜぇ!」

 

ブルーが囲まれている以上、援護射撃の期待は出来ず、かと言って引く訳にもいかない。

が、圧倒的な性能差があろうとも覆す事の出来ない状況にありながら箒は笑みを浮かべた。

 

「あ?」

「悪いな、紅は蒼と白に並び立つもの、その真価が問われる時が来た」

 

笑みの意味にオータムが気付く。

 

「チッ! アイツか!」

 

気付いた時には既に遅い。

上空から真っ直ぐにこの場を目指し落ちて来る流星が二つ。

箒とオータムのすぐ側、氷の大地に足跡を刻み付けて純白の騎士が龍を纏いて現れる。

 

「来たぜ、箒!」

「約束通り助けに来たわよ」

「あぁ、待っていた!」

 

これで形勢逆転、とはならないのが実戦の怖い所であり、オータム曰く面白い所だ。

 

「鈴、上!」

 

別方向からの聞きなれた声に鈴音が振り向き、巨大な腕を振り上げて突っ込んで来るゴーレムを双天牙月で受け止める。

 

「感動の再会中でしょーが! 無粋な真似してんじゃないわよ!」

 

大きく気合いを入れて留めている最中、遠方から飛来した二本の高出力エネルギーがゴーレムの左右の肩間接をそれぞれ撃ち抜く。

一つは上空から突入を援護していたセシリア、もう一つは束の側で狙撃体勢に入っていたティナ。

 

「どぉぅりゃぁあ!」

 

気合い一声、ゴーレムの力が抜けたタイミングで一気に押し返し、双天牙月で頭部を粉砕する。

正面から破壊するのが困難なゴーレムであっても間接と頭部を破壊すれば一時的に動きを封じるには十分だ。

 

「ナイスタイミング、セシリア、ティナ!」

 

振り返った鈴音の笑顔をセンサー越しに確認したティナも笑顔で親指を立てる。

 

「第四世代に二次移行に量産機のカスタムタイプ、選り取り見取りってなぁ!」

 

多脚のアームを奮い立たせて狂人が一層笑みを深めて見せるが、別方向から奇声が響き渡る。

 

「あぁぁァアアア!!!」

 

悲鳴の如き叫び声はゴーレムではなく、氷の大地を疾駆する黒く染まった甲龍。

相手を選んでいる訳ではないだろうが、目の前に振ってきた本物の甲龍に我慢ならなかったのかもしれない。

 

「コイツは任せなさい、アンタ達はその蜘蛛女逃がすんじゃないわよ」

 

一夏の背を守る意味でも鈴音はオータムの側から離れるべきではない。

それを鈴音は誰よりも分かっているが、その上で迫る黒い甲龍を見過ごす事は出来なかった。

 

「悪いけど、ソレうちの機体なのよ、返して貰うわよ」

 

正面から甲龍と甲龍がぶつかりあい拮抗した力が数歩の間合いで両者を弾く。

氷の大地を踏みしめて、歯を剥き出しに唸り声を上げるバーサーカーが鈴音を敵と認識する。

 

「がぁあアアア!!!」

 

最早声ですらない雄叫びと共に黒く染まった瞳から黒い涙が溢れ、噛み合わせた歯の間から黒い血液が流れだす。

 

「アンタ……」

 

だが、鈴音を驚かせたのは少女の様子ではなく黒い甲龍が当たり前のように拳法の構えを取ったからだ。

短い期間であるが中国の重鎮が作り上げた総本山で鍛え抜いたからこそ直感で理解出来てしまった。

奪われた機体、拉致された子供達の意味を。

自分の意志か、或いは誘拐の類か、どのような理由があって少女がここにいるのかは分からない。

それでも目の前にいるのは自分と同じ場所で拳を鍛えた少女だ。

鈴音は双天牙月を格納し拳を握り同じ構えを取る。

 

「いいわ。掛かってきなさいよ」

 

チャイナシャッフルが鳴り響く拳闘が始まる。

 

 

 

「一夏達が来たか」

 

空中でエムの剣撃を受けながら千冬は何とも言えない微妙な表情を作る。

学園で生徒達に警告した訳でもなければ来るだろうと予測するのは難しくなかったのだが、実際に戦場で遭遇してしまえば姉と教師との立場として良しとは言えない立場。

胃が痛むでは済まない責任の所在が求められるが、今は考えている場合でもない。

六機ものISを戦力として見れば小国を亡ぼせる戦力であり、援軍には申し分ないのも事実なのだ。

 

「お前を殺せば次はお前の弟だ、その後で篠ノ之姉妹も殺してやる。私が私になる為にその邪魔になる者全てを排除してやる!」

 

千冬の思考を気にする事もなく、激しさを増すエムの剣技は本物だ。

短いリーチのナイフ相手に二刀でなく一刀で千冬が迎え撃っているのは両手で刀を握っていなければ出力で押し切られる可能性があるからだ。

 

「……調子に乗るなよ、小娘」

 

が、千冬の内側に滾っている闘争本能はそんなものは関係ないとばかりにエムを一蹴する。

 

「なにっ!?」

 

驚愕に見開かれたエムの眼で負えない速度で剣が閃光を作り出す。

斬、斬、斬、斬、四方八方から繰り出される斬撃の数々が躍るように機体性能差を覆していく。

第三世代を第二世代が凌駕するのではない、両者の間にあるのは圧倒的なまでの技量差だ。

 

「お前の力もその機体の性能も大したものだ、だがな、そんな事は関係ないんだよ」

「何を!」

「お前の事情もお前達の都合も関係ないと言っている」

 

剣に乗せる意志は人それぞれだ。

姉と言う存在に影響されながらも剣を握る弟と妹がいる。

生まれながらに戦う宿命を背負わされた試験管ベイビーがいる。

家の都合、血筋、姉との確執、戦う理由は千差万別だが、最終的に決定するのは自分自身だ。

 

「お前が私だと? ふざけるな、私がお前位の時には、もっと胸が大きかった!」

 

「は?」

 

それが誰の呟きだったのかは定かではないが、気合いと共に頭上から打ち落とされた刃はナイフにより阻まれるが強引に押し切り、エムの姿勢が崩される。

 

「私がお前位の時にはな、もっとお淑やかだったぞ!」

 

「……え?」

 

一夏と箒と束の声が聞こえたような気もしたが、千冬は聞こえないふりを貫き通す。

今度は面ではなく胴抜きが防御の間に合わないサイレント・ゼフィルスの腹部に突き刺さる。

痛烈な一撃に違いはないが、刃が返され峰での一撃であるとエムは気付く。更に先程から千冬は仕込まれた爆薬を一切使っていない。

 

「くっ、ふざけるなぁ!」

 

弾き飛ばされながらも背面のブースターで強引に体勢を戻したエムがナイフを握り直す。

瞳に宿っているのは手加減されている憤りと強い憎しみ。

 

「お前が生きていると私は私になれないんだ、私よ! 死ねぇえ!!」

「甘えるな、小娘」

 

造られた命に対し何も思わない訳ではない。

ましてや自分と同じ顔で自分と同じ遺伝子が使われたであろう少女だ。

それでも千冬はエムを突き放す、興味がないと視線を逸らす。

 

「お前が怒りで我を忘れているのは分かるさ、だがな。もう一度だけ言うぞ。関係がないんだ。私の親友に刃を向けて私が戦うと決めた以上、どんな都合も聞く耳を持ってやる理由にはならない」

 

これが決戦の地ではなく、面会を求めた上での私闘であったなら違ったのかもしれない。

しかし、これは束と亡国機業の戦争であり、今この場にいる千冬は親友を助け、親友の敵を切り払う刃だ。

互いに戦う理由を押し付けているのだから敵対している人間の都合を考慮してやる理由は発生しない。

 

「ラウラ!」

 

一度全体を見渡した上で生徒の一人に叫び、気付いた少女がこちらに向かってくるのを確認する。

 

「待て! 逃げるな! 私と戦え!!」

 

もはやそこに戦士としての誇りはない。

ただ相手を殺したいと思う憎悪の感情だけが渦巻いている。

強いのは認めよう、同情もしよう、だが、この場でエムと戦うべきなのは自分ではないと千冬は考えていた。

人形から抜け出そうとする少女を導くのはかつて人形だった少女の役目。

 

「結局来たんだな、お前達は」

「来ますよ、教官の教え子ですから」

「織斑先生だ」

「失礼しました、織斑先生」

「まぁいいさ、先輩としてあの小娘に教えてやれ」

 

何度も繰り返したやり取り、教師であり教官である千冬がポンとラウラの頭を軽く撫でて一本の刀を託す。

 

「頼んだぞ、お前は私の自慢の教え子だからな」

「は、はいっ!」

 

僅かに赤面しつつ受け取った刀を強く握り締める。

鬼気迫る表情でナイフを振り上げ千冬を目指すエムの前にラウラが立ち塞がる。

託された刀、聞こえてきた会話から導き出される意味を理解出来ないラウラではない。

 

「退けぇ! 人形風情がぁ!!」

「何とでも言えばいいさ」

 

二つの刃が交錯し二人の少女の視線が交わる。

 

「私にはラウラ・ボーデヴィッヒと言う名前がある、そう呼んでくれる人がいる限り私はもう人形ではない。お前にも教えてやろう、かつて私が教わり救われたようにな!」

 

かつて人形だった少女と人形である自分を認められない少女。

似ているようで異なる二人の少女が剣撃を交える。

 

 

 

 

もしかしたら、これは宇宙世紀の始まりの歴史なのかもしれない。

ゴーレムとバーサーカーが入り乱れ、十機以上を相手取りながらユウ・カジマは静かに想いを馳せる。

かつて戦闘機乗りだった彼は歴史の転換期を目の当りにした。

世界最速にして最強を誇った空の王者はMSと言う人型機動兵器の前に戦場を追われた。

正確には戦闘機が不要になった訳でないが、MSが台頭して兵器としての数が減ったのは事実。

ジオンと連邦のように争いの火種があればISは瞬く間に兵器としての転換期を迎えていただろう。

だが、今はまだ違う。

ISの圧倒的性能は他を置き去りにしており、MSの姿を重ねてしまうが戦火に包まれた黒歴史の時代ではない。今ならばまだ手の打ちようはあるはずだ。

宇宙世紀が間違っているとは言わないが、この世界を宇宙世紀の二の舞にする必要はないはずだ。

 

語り継がれる蒼の戦いは最終局面を迎えようとしていた。




最終と言いつつ引っ張って申し訳ないですが、もう少し引っ張ります。
人数が増えると描写が色々と転がってしまい分かりにくかったかもしれません。

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