IS ~THE BLUE DESTINY~   作:ライスバーガー

106 / 128
第105話 激突戦域

「行かないの、お兄?」

 

思わず声を掛けずに居られなかった。

彼女、五反田 蘭の内心を語るならば、このような姿の兄を見たくないと言うものになるだろう。

蘭は決してブラコンの類ではないが、兄が自分を大切にしてくれている事を煩わしく思う程に悪い関係ではない。

 

「ねぇ、お兄ってば」

「聞こえてるよ」

 

食堂を営んでいる自宅でテレビに向き合ったまま弾は親指に歯を立てた姿で微動だにしない。

映し出されているテロリストの戦闘画面を食い入るように見詰め、流れて来る各国の軍事放送に耳を傾け続けている。

ややシスコン気味の弾にしては気のない返事であるが、彼の胸中を渦巻いているのは既に答えは決まっているにも関わらずどうする事も出来ない何とも言えない感情だ。

 

「だったら!」

「いいんだよ、俺は」

 

蘭と弾、二人は昔からの一夏を知る友人だ。

中学時代、優れ過ぎた姉と比較される日常の中でも姉に心配かけまいと一人で家事とバイトを両立させていた一夏を知る数少ない理解者。

ISの暴力に触れ塞ぎ込んだ一夏を引き上げた立役者の一人でもある。

一夏を知るからこそ、この放送の意味を理解すれば彼がどう動くか想像出来てしまう。

 

「いいって何でよ! 今ならまだ間に合うかもしれないのに!」

 

五反田食堂からIS学園への距離は決して近いとは言えないもので、状況を考えれば交通機関が正常に機能しているとは言えないが車でもバイクでも移動手段がない訳ではない。

例え何もできないと分かっていても動かずにいられないはずなのに、じっとしている兄の姿に蘭は苛立ちを隠しきれなかった。

 

「今は鈴がいる、一夏の近くで発破を掛けるのはアイツの役割だよ」

「でもっ!」

「俺はいつ一夏が帰って来ても良いようにここで待つんだ」

 

例え傷つき罵倒され、居る場所を失ったとしても帰る場所があるだけで心は救われる。

それが分からない蘭ではないが、だからと言って血の滲む指を噛み締める兄の姿を黙ってみていると言うのは酷なものだ。

親友であると胸を張っている関係でありながら想像も出来ない戦地へ赴くであろう一夏を見送るしか出来ない。

出来る事が応援と待つ事しかない、動かない兄に対しての蘭の苛立ちも理解できるが歯を噛み締める以外に何も出来ない。

一声を掛ける為に今からIS学園へ出向きたい気持ちがないと言えば嘘になるが、それが出来る人間が今は一夏の側にいる。

 

「帰ってこいよ、一夏」

 

例え傷らだけになっていても、世界中から批難される結果になったとしても、この町は、この場所は、いつも変わらずに織斑 一夏を迎え入れるだろう。

 

 

 

 

世界規模で引き起こされた電波ジャックを考えればやはり亡国機業は恐ろしい組織なのだと実感できる。

当然ながら影響を受けたのは日本だけではなく遥か遠く離れたドイツ郊外でも異常は起きていた。

元々最低限の電化製品しかなく、電気が点かなくては生きていけない場所ではないのだが、この建物の中で一人だけの大人が唯一その映像を見ていた。

映し出されているのは撮影用の小型機でも飛んでいるのか空撮の映像。

そこに黒いラファール・リヴァイヴを纏い束を庇った少女の姿を確認して痩せ細ったシスターは涙を堪える事が出来ずにいた。

零れる涙を拭う事も忘れ熱心な視線を送り続ける瞳に宿る親心は血の繋がりを感じさせない愛情に満ちている。

 

「くーちゃん、貴方は幸せなのね」

 

傷つき倒れたくーを見て浮かび上がるのは束への憎悪ではなく、束に対する信頼だった。

あの時無理矢理にでも束の側から引き離しておけばくーは傷つく事は無かったかもしれない。

死と向き合う戦場に出向く事も、杭打ち機に撃たれる事もなかっただろう。

だが、幼い少女は自分の意思で守るべき人の為に身を挺した。

短い期間であったとしても二人の間に絆があるに他ならず、言葉を取り繕う事無く告げれば愛を感じずにいられなかった。

天災でも天使でも死神でもなく、あの場でただ一人不純物として扱われる少女の姿がシスターには自分の意思で立ち向かう騎士に見えていた。

 

「どうか我等の子供達を御守り下さい」

 

神がいるかどうかは定かではない。

残された者は待つ事と祈る事しか選択肢を持ち合わせていないのだから。

 

「……大丈夫、今度こそ守り通して見せますよ」

 

以前と少しだけ違うとすれば孤児院の外側、壁により掛かるように黒服の男がシスターの涙声を聞いていたと言う事。

一人の少女の拉致に伴いドイツ軍は孤児院に護衛の役目を担った兵士を派遣していた。

白騎士、蒼い死神、IS単機における致命的な敗北は軍隊をより強固に作り直している。

少女を失った失態を二度と起こさない為に、戦地に赴かなくとも戦っている者達は確かにいるのだ。

 

 

 

 

氷の大地に隠された空母の通信室から響く連絡は潜水艦の撃沈、或いは拿捕の報告。それも一隻や二隻ではない。

それどころか各地に潜伏させていたはずの工作員ですら次々と拘束されている始末だ。

アメリカの大地を焼き払う所の騒ぎではない、入る報告は全て亡国機業に取って悪いものだ。

 

「この子に細工されたと分かってから、私達が何もしていないと思った?」

 

ナターシャの言葉に秘めた意味に気付かぬはずがない。

銀の福音開発当初からのスタッフの一人が工作員であった以上、歴史を繰り返させない為に関連企業の人間は洗い直され、怪しい人間には監視がついている。

ミサイルによる脅しだけで終わるとは誰も思っていない。工作員が紛れ込んでいる可能性を世界は容認しない。

三日前に破壊された油田は既に人がおらず、対処のしようはなかったが、主要都市がテロを宣言されて黙って見逃すはずがないのだ。

 

「思い知る事ね、これが私達(軍人)の意地よ」

 

シルバーシリーズがこの場に現れたのはナターシャの独断でもなければアメリカの先走りでもない。

ミサイルも工作員も全て対処出来ると確信していたからだ。

だからと言って北極での戦局が大きく傾くかと言えばそうではないが、亡国機業の決定的な一打を封じたと言って良い。

 

「……そう、少し侮っていたのは認めるしかないようね」

 

続く各国の防衛情報に舌打ちを抑え込んだスコールは改めて武力介入を果たしたシルバーシリーズを忌々しげに視線を送る。

 

「でもね、それがどうしたと言うのかしら」

 

パチンと指を叩くと甲板が開き追加のゴーレムと速射砲、機関砲、連装ミサイル砲台が姿を見せる。

 

「何も変わらないわ、今日、ここで、篠ノ之 束が死ぬと言う事実はね」

 

更に開く甲板から姿を見せたのは真っ黒に染まった打鉄、ラファール・リヴァイヴ、甲龍。

 

「あぁぁァアアアア!!!」

 

捉われ悲鳴を上げるのは眼球が黒く染まり、痛みに支配され世界から姿を消した少女達。

 

 

 

「出してきたか、ブルー! もう少しだけお願い」

 

ゴーレムの増援も看過できるものではないが、厄介なのは後から出てきたIS部隊。

バーサーカーシステムによって自我を奪われ、痛みにより戦いを強要されている少女達だ。

満を持してとは言わないが悪くないタイミングの出現に束が声を飛ばす。

 

「あ、あぁ!」「アレは!」

 

その姿を確認しくーが悲鳴を上げ、身に覚えのあるナターシャが視線を強める。

 

「そうか、博士が作っているのは!」

 

戦場でありながら指を躍らせ続ける束の様子にシルバーシリーズの搭乗者達が疑問を感じていたのは当然だ。

この場においてバーサーカーに囚われた少女の参戦、ブルーに対し飛ばした声、銀の福音を救った天災の思惑、稼ぐ必要のある時間、導き出される答えは決して難しい問題ではない。

 

「シルバー! 防衛フォーメーションを切り替えるわよ! フォーとファイブは博士の直衛、ツーとスリーは対地ゴーレム戦闘、空は私が抑える」

 

その指示に流石と舌を巻いたのは同じ軍人としての思考を持つユウだ。

ナターシャは即座に判断したのだ、素人の少女達を兵器に転用した存在と軍人ではない箒やシルバーシリーズの少女達が戦う危険性を。

理由までは分からなくとも束がバーサーカーの相手をブルーに託したのだと理解したからこそ戦術を組み立て直した。

 

「箒、ゴーレムを頼む」

「し、しかし」

「アレの相手はブルーの仕事だ」

 

箒とて分かっている。

どれだけ訓練を積んでいようと、戦うと心に決めているとしても操られている少女達を切り伏せる程の経験は足りていないと。

相手が明確な殺意を持って向かってくるなら立ち向かう事も出来るが、バーサーカーの少女達はくーと同じなのだ。

銀の福音のように長い時間を掛けて機体を乗っ取った訳でもなく、痛みで力任せに従わせさせられているだけでは状況が違い過ぎる。

 

「分かりました、ご武運を」

 

地上のゴーレムに空裂の飛ぶ斬撃を浴びせ、タイミングを合わせてブルーは空へ飛びあがる。

現れたのは合計で各機二機ずつ、奪われたISの数を考慮すればまだ温存しているか、或いは実験段階で壊れてしまったか。いずれにしても更なる増援は覚悟するべきだろう。

 

黒いIS部隊に深い群青色の死神が立ち塞がる。

 

ユウの戦う理由は非常に曖昧だ。

元の世界に戻れるかどうかも分からない。

第二次ネオジオン抗争の結果がどうなったのかも分からない。

心配してくれている仲間もいるだろうが、確認のしようもない。

仮に戻れるとして時間軸はどうなるのか、あの戦争の続きから始まるのかも定かではない。

若返った肉体はどうなるのか、この世界での経験はどうなるのか。

 

分からない事が多すぎる。

が、例え短い時間だとしてもこの世界で生きたユウからすれば目の前の敵が戦うべき相手である事は分かる。

それが例え自己満足だとしても、この世界に落ちてきた理由が必要なら、この日の為なのだろう。

 

 

──EXAM System Stand By

 

 

響き渡る機械音声と共にブルーの瞳が緑から深紅に変わる。

 

「お前達がモルモットである必要はない」

 

ブルーディスティニーが見詰める先に何があるのか、ユウ・カジマはその答えを今も尚追い求めているのかもしれない。

 

 

エネルギー配分を攻撃力に極振りしMSの性能を限りなくISで再現した脅威の化物。

ISとして施されているリミッターが解き放たれ、繋ぎ止められていた鎖が弾け飛び、赤い意思が他者を粉砕する為に覚醒する。

同時に戦場を飛び交う声なき感情が流れ込んで来る。

強制的に戦いを強いられている少女達の悲鳴を鋭敏になったシステムが拾い始める。

本来EXAMは敵意を感知し擬似的なNTを再現するはずのシステムだが、マリオンなきシステムでは完全な形での再現はありえない。

表面上再現されたシステムはISコアを通じて搭乗者の感情を掻き集めているに過ぎない。

 

イタイ、クルシイ、タスケテ、イヤダ、タスケテ、イタイ、イタイ、イタイ

 

目を背けたくなる程に痛々しい少女の悲鳴がユウの脳内を木霊する。

 

「っ!」

 

くーの時とは比較にならない叫びの情報量に頭を抱えたくなりながらもユウは引き下がらない。

 

「ぁぁあああああ!!!」

 

声にならない悲鳴が劈き響く。

ブルーを敵と認識したのか上空から甲龍の龍咆が不可視の弾丸を放ち、左右からラファール・リヴァイヴが照準も合わせずにマシンガンを乱発してくる。

マシンガンをシールドと装甲で受け止め、背後に飛ぶ事で空気を圧縮した弾丸を回避、ほぼ同時に展開したビームライフルで上空の甲龍を狙う。

 

「当たれ!」

 

凝縮された光粒子のエネルギーが甲龍本体ではなく非固定浮遊部位である龍咆を撃ち抜く。

背面から一気に距離を詰める打鉄の刀と桃色のビームサーベルが交差し近距離で少女の表情を垣間見る。

流しているのは止まる事のない涙、自分の体が自分ではなくなる感覚、自ら機体を律する事の出来ない恐怖、痛みと言う本能的に逆らえない概念による一方的な束縛が少女を苦しめている。

込み上げて来るのは裏で糸引く存在に対する怒りだ。

出力を上げたビームサーベルが煌めき打鉄の刀を粉砕、行き場を失った力に逆らえず姿勢を崩した少女の腕を掴み放り投げる。

周囲の少女達に攻撃の手を緩める選択肢はなく、包囲したまま射撃を行おうとするが対するブルーもビームライフルをシールドの内側に格納、マシンガンを展開し胸部バルカンと共に一斉射にて弾幕を張る。

放たれた弾丸がISのシールド諸共吹き飛ばし、少女達の接近を許さない。

 

見計らったように箒やシルバーが対処しきれなくなったゴーレムがブルーへ突貫を慣行するが、不規則なセンサーアイに指をつき込まれ頭ごと膝に叩き落とされる。

ぐらりと崩れた巨体に振り落された一閃が桃色の軌跡を描き、頑強な装甲を切り開き内側に腕を突き入れ引き裂かれる。

 

「がぁあああ!!」

 

真下と真上、地上では経験しない二方向から迫るのは刀を突き上げる姿勢の打鉄と双天牙月を振り下ろす甲龍。

一流のIS乗りであっても咄嗟に対応するのが難しい局面であったとしても上下からの奇襲は宇宙を経験していれば珍しいものではない。

数十キロと広がるデブリ帯での戦闘を知っていれば周囲に張り巡らせるMS乗りの警戒心はIS乗りの非ではない。

落ちて来る刃をシールドでいなし、甲龍の足を掴み上げて投げ捨て、下から迫る打鉄にはハンドグレネードを落とし込み爆発に巻き込む。

たったそれだけの動作にも関わらず、赤い双眼の放つ光が与える印象は正に死神のものである。

リミッターを解除したブルーを止めるのであれば数で圧殺するのが打倒な方法であるが、ブルーの動きを邪魔しない範囲で飛び回る銀の福音が弾幕を張りゴーレムを牽制しており、地上のゴーレムは紅椿が引き受ける布陣は易々とは破れない。

 

 

 

「ヒュー、なんだよアレ。正真正銘の化物じゃねーか」

 

驚嘆しながらも何処か嬉しそうな様子を隠そうともしないオータムは今にも飛び出しそうだ。

決して派手ではないが、武器破壊を中心にバーサーカーたる少女達へのダメージを最小限に留めているブルーの戦闘は実力者から見れば凄さが一層引き立って見えるものだ。

忌々しげな視線はそのままだがスコールが浮かべているのは先程とは一転した笑みだ。それも束やヒカルノと同じ悪寒を感じるタイプの嫌な歪み。

 

「いいわよオータム、暴れてきなさい」

 

返事は声ではなく飛び上る爆音が物語っていた。

 

 

 

「まだ増えるか」

 

シルバーシリーズの射撃があると言ってもゴーレムに囲まれる中で孤軍奮闘している箒の状況は良いとは言えない。

正面から一対一であれば後れを取りはしないがそうでなくとも頑丈なゴーレムが数を成せば厄介極まりない。

ましてや攻撃特化に展開装甲を変化させれば速度を犠牲にしてしまい、速度を上げれば装甲を抜けなくなるジレンマ付きだ。

一でありながら万の役割を果たす第四世代機であるが常に万を維持できる訳ではないのだ。

託された立場でありながらブルー方面に流れるゴーレムを防ぎきれずにいる現状は満足の行く成果ではない。

が、その状況でも見過ごせない存在が動いた事を箒は見逃さなかった。

 

「アレは!」

 

近接に偏った攻撃特化型、八本の多関節アームを持つアメリカ製第二世代IS、アラクネ。

直接的な戦争経験がなくとも分かる、アレはエースだと。

短い時間とは言えブルーと打ち合い、機体こそ違うがアリーナでミステリアス・レイディと戦った実績は看過できない。

 

ISは必要とあらば持ち主に応える為に全力を尽くす。

成長しないブルーとは違い、紅椿は束が箒の為に用意した完全なる専用機。

人機一体と言うならば、この状況下で主の願いに応じない機体ではない。

 

──射撃兵装「穿千(うがち)」展開可能。

 

紅椿の表示に迷う事無く生まれたばかりの新兵器をコール。

展開されるのは両肩に出現するクロスボウの形状をした大型のブラスターライフル。

乱戦の中、両手が使えなくとも一点突破を主軸においた今必要な武器。

 

「貫けぇ!!」

 

迸った二本の破魔矢がブルーに向かうアラクネの多脚の一つを焼き払った。

 

「あぁ”!?」

 

声を荒げ方向を変えたオータムの顔に笑みが張り付く。

 

「やるじゃねぇか、土壇場で化けやがったか」

「お前の相手も私が引き受ける!」

「調子に乗んなよ、七光りが!」

 

目標をブルーから紅椿に変更したアラクネが急降下。

七本の腕を自在に使い攻め立てる姿は獲物の動きを封じる蜘蛛そのものだ。

当然ながら紅椿の手から逃れたゴーレムが動き始めるがシルバーツーとスリーが即座にフォローに入り封殺している。

 

「そらそらそら! 二で七が止められるかよ!」

「くっ!!」

 

接近を許せば穿千は使えず、展開装甲をコントロールする時間さえ与えられない。

出来るのは七本の腕を二本の刀で捌くのみ。

それも正々堂々を重んじる相手ではないのだ、狙いは武器に限らず脚部から頭部、股間、間接が大きく曲がって背面まであらゆる場所を狙い澄ました攻撃が繰り出されてくる。

何度目かの攻防の中、空裂が日本の腕で白刃取りを決められる。

 

「ハッ、捕まえたぜ?」

「そのまま返すぞ!」

 

雨月と空裂、二つの刃に備え付けられた遠近両立武装の本領は破刃による攻撃だ。

雨月は雨を捉え月まで届く精密の刃、空裂は空を切り裂く飛ぶ斬撃、自分へのダメージを顧みず零距離で放たれるならその刃を防ぐ術はない。

 

「てめぇ!!」

 

爆発、両者の間で走った衝撃は挟んでいたアラクネのアームを破壊し両者を弾き飛ばす。

空裂に傷がついていない辺りは流石は束製と言うべきだろう。

 

「これで二対五になったな」

「上等じゃねーか、だけどいいのか? こっちの相手を長々としててもよ」

「なに?」

 

言ってみればオータムは根っからの戦闘狂だ。

ここで戦っている理由も束を殺したいからでもなければエムのように望んでいる相手がいる訳でもない。

世界の行く末に興味もなく、ただ目の前の快楽を貪っているに過ぎない。

獲物として箒は物足りない相手だったはずだが、今の攻防で戦うに値する相手に格上げされたのだろう。

そんなオータムの顔は戦いが楽しくて仕方がない狂気と、してやったりと言う出し抜いた感が張り付いている。

 

短い視線の応酬の中で気付いた箒が視線を上げる。

オータムだけではない、スコールさえも浮かべている笑みに誰も気付けなかった。

空高く、巨大な腕を砲門としたゴーレムがいる事に。

 

「あはははは! 終わりだよ、ドカンと一発ってな!」

 

否、気付いていないのはオータム達も同様だ。

 

「お前達は本当に何も分かっていないんだな、例え紅椿の刀が通らず、ブルーが間に合わず、姉さんの頭脳が追い付かない敵が現れたとしても、そんな事は些細な問題でしかないんだ」

「はぁ?」

 

上空にいるゴーレムが束を狙っているのは明らかだ。

通常のゴーレムより太く長い腕にどれだけのエネルギーを有しているのか、束のシールドで防げるのか、直撃を防げたとして足元の氷が砕けてしまう心配はないのか、懸念材料は幾らでもある。

だが、その上で箒は、いや、ユウもナターシャも同じく唇の端を持ちあげている。

 

「分からないなら教えてやる。……そこは既に世界最強の間合いだ」

 

 

 

 

ォォォォオオオオオオ──。

 

それが風の音なのか、波の音なのか、誇り高き獣の咆哮か、大気そのものが発する悲鳴なのか分からないが全てを圧する存在が近づいてくる。

空を引き裂き、雲を打ち破り、自分自身を世界最速の弾丸とした偉大なる騎士の系譜の始まりにして頂点、最強の剣が君臨する。

 

「チェェェストォォオオオ!!!」

 

一刀両断。

速度をそのまま攻撃力に上乗せし自らを最速最強の刃と化し放たれた一撃は重厚なゴーレムを真っ二つに引き裂いた。

 

「来たぞ、束」

 

背後で爆発するゴーレムの炎を背負い、世界最強(織斑 千冬)が現れた。

 

「ちーちゃぁぁん!!」

 

戦場の中で初めて大輪の笑顔が咲き誇った。




え、ベタ過ぎて展開が読める? それは褒め言葉ですか?
王道もベタ展開も大好きです。
最終決戦は色々とはっちゃけて行きたいと思っております。
一応補足として加えておきますがバーサーカーシステムは機動武闘伝のものとは少々異なります。
千冬が来るのが速すぎる気もしますが、ブースターパックの効力があるので推進力は通常のISを大きく上回っています。
次話でその辺りの説明も入れたいと思います。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。