IS ~THE BLUE DESTINY~   作:ライスバーガー

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第104話 希望の灯は消さない

輝きと共に機械天使は銀世界に舞い降りた。

 

「篠ノ之博士を中心に防衛フォーメーション、二機連携を心掛けて動きなさい。シルバーファイブはその娘の撤退を先に手伝って上げて」

「了解!」

 

中央に位置するシルバーワンこと銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)が指示を送り、四機のシルバーシリーズが一斉に行動開始。

精鋭機にして量産機と言うアメリカが開発した次世代を担う最新鋭機が銀色の翼を広げて空を舞う。

銀の福音に搭載された広域殲滅特殊兵装シルバーベルが一夏達を苦しめた記憶は新しいが、他のシルバーシリーズには翼こそあるもののシルバーベルは搭載されていない。

一対多を想定しているシルバーベルは複雑な演算処理を行う必要があり、実戦となればそこに空中制動が加わる。並大抵では思考回路が追い付かず現状で使用可能にしているのは銀の福音に愛されているナターシャ・ファイルスただ一人だ。

代わりにシルバーツーからファイブに搭載されているのは大型のライフル銃。

ただし、その銃は威力や連射速度だけでなくライフル形態からスナイパーモード、ショットガンモードに切り替え可能な射程距離を選ばないもの。

広域センサーと広域殲滅兵装を持つシルバーワンを中心にツー以下の四機が距離を選ばず射撃で制圧する。

五機揃えばその空域は許されざる者に立つ事を許さない天の領域だ。

 

「もう大丈夫だよ、動ける?」

「は、はい」

 

シルバーファイブの搭乗者、ティナ・ハミルトンが優しく声を掛け黒いラファール・リヴァイヴを装着したまま倒れ込んだくーに手を貸しエネルギーフィールドまで誘導する。

 

「どうして……」

 

指の動きをそのままに疑問を口にする束にティナはバイザーの奥の瞳を意外そうに瞬かせる。

 

「そうですね、博士が思ってるよりも世界は少しだけ優しくて、少しだけ強いんです。任せて下さい、二人ともちゃんと守って見せますから」

 

表情は見えないがウインクしたであろう軽快な口調と共にシルバーファイブは飛び上り戦線に加わる。

その背中にあるのは決意と覚悟、ナターシャや他の仲間達と共に文字通り血の滲む努力を積み重ねた成果だ。

 

「アメリカ代表候補生候補、ティナ・ハミルトン、行くよ!」

 

候補生候補は誤字にあらず。

代表候補生に最も近いと評価を受けているIS学園一年二組クラス代表が空を駆け抜ける。

 

(鈴、早く来ないと出番なくなっちゃうからね!)

 

 

 

展開したシルバーベルから吐き出される銀の弾雨は瞬く間に制空権を手に入れる。

ゴーレム、ブルー、紅椿、束、シルバーシリーズ、全てをセンサーで捉えながらもナターシャの視線は戦場の最奥にいるスコール達を射抜いている。

 

「私とこの子を利用しただけじゃなく、恩人にまで手を出して私が黙っているはずないでしょうに」

 

一発一発の弾丸でゴーレムの防御を突破出来なくとも二機以上の連携、或いはシルバーベルの集中砲火であればゴーレムの堅牢な装甲を貫く事も、衝撃で封じ込める事も不可能ではない。

 

「篠ノ之 箒さん、それから蒼い死神……。いえ、この呼び方は不当ね。何と呼べばいいかしら?」

 

直接の面識はなくとも束に従っている以上、ナターシャからすればブルーを敵と認識する必要性はない。

故に戦場とはいえ振る舞いは淑女のもの、言葉には敬意が宿っている。

 

「ブルー、ブルーディスティニーだ」

 

ユウに代わり箒が応え、ナターシャが頷きを返す。

 

「オッケー、ブルー、箒さん。色々と思う所はあると思うけれど、博士の護衛は任せて頂戴。必ず守り通して見せるわ」

 

本人の意識の外であったとしても暴走状態にあった銀の福音は紅椿を圧倒した過去を持つ。

機体性能を無理矢理変換し近接攻撃に出る暴挙の末であったが、その秘めたる恐るべき実力はナターシャありきである事は言うまでもない。

飛び交う四機と司令塔の役割を果たす銀の福音、それは正に破格の援軍と呼べるものだった。

 

対する箒は迷った表情を浮かべているが、ユウの判断は早く迷う間もなく束に背を向ける。

それはつまりシルバーシリーズ五機に防衛を任せると同意。

同時に飛び交う弾幕から逃れる為に、地上のブルーに狙いを澄まし襲い掛かって来るゴーレムの大剣をビームサーベルで受ける。

上から押しかかる衝撃に足元の氷が砕け、ブルーの装甲が軋み音を上げるが背面のブースターを吹かし迎え撃つ。

そのゴーレムは既に箒の零拍子を受けた機体で装甲の至る所に亀裂が走っており万全とは言えない状態だが、リミッターを解除していない状態のブルーでは真正面からの力比べは分が悪い。

が、単純な攻撃手段しか持たないゴーレムと堅実ながらMSの武装を持つブルーでは取れる戦法の幅が違う。

近距離からの力比べに加え胸部バルカンを斉射、僅かに出来た隙間に強引に肩から押し入り頭を目掛けて跳ね上がる。

不規則に並ぶセンサーのついたゴーレムの頭部に膝を叩き込み、流れる動作で頭を掴み地面に叩きつけると、巨体を踏み付けた姿勢でマシンガンの引き金を引く。

既に痛手を負っていたとなれば衝撃を相殺も受け止めるも出来るはずはなく、崩れる機体から黒煙が上がり致命傷を物語る。

もう一機、ブルーに群がっていた四機の内から突出してきて肉薄するが、出力を最大レベルに引き上げたビームサーベルが一閃。

脚部の関節を切り払い、姿勢を崩した所に直上から攻撃特化に装甲を展開させた紅椿が強襲、頭部を二刀で強打、一撃で粉砕しつつ地面に押し倒す。

 

「良いのですか?」

 

箒からの投げ掛けに含まれるのはシルバーを味方とする事への判断ではなく、その背景への考慮が含まれている。

 

「……ああ」

 

返って来るのは短い肯定。

ユウ・カジマは多くを語るタイプではないが、寡黙な性格とされる中で内側に熱い気持ちを秘めているのは身近な人物であれば分かる事。

彼は歴史の転換期を何度も目の当りにしているからこそ、この状況を受け入れる事が出来ていた。

直接その場にいなくとも戦場に居れば流れが変わる瞬間と言うのを知る事が出来る。

ホワイトベース、アーガマ、ラーカイラム、エースと呼ばれる者達が敵エースを打ち倒した瞬間、或いは戦局を決定づける援軍、大型兵器が可動した瞬間。

戦場は流動的に動くもの、シルバーシリーズの登場は未だ小さな流れであるが、確実に風を呼び込むと直感していた。

影に徹する、縁の下で支える、裏方の援護があって初めて戦場は成り立つのだと経験から知っており、この場にシルバーシリーズが現れた意味を推察するに十分だった。

 

 

 

「そう、余程国を焼かれたいようね」

 

面白くないのは亡国機業側だ。

援軍を封じる為に各国を脅し、通常兵器とゴーレムの波状攻撃により束を捉える目前まで迫っていたにも関わらず流れを断ち切られた。

 

「アメリカが火の海に沈んでから後悔しなさい」

 

苛立ち気味に言い放つスコール。

箒の懸念は正にこの一言に集約されている。

この戦いに介入すると言う事は亡国機業の脅しを無視したと言う事。

三日前の宣言通りであるなら、ミサイルはいつ放たれてもおかしくはない。

しかし、ナターシャが浮かべているのは嘲笑に近い微笑みだ。

 

「さぁ、それはどうかしら」

 

 

 

 

シルバーシリーズの登場に湧くと同時に悲観した声が出たのはIS学園も同じだ。

食堂に設置された大型ディスプレイは普段はテレビや学園の告知などが流れているが、今に限っては他のチャンネルは一切映らず北極での戦闘映像が流れ続けているだけだ。

生徒の中にはアメリカから来ている者もおり、シルバーが参戦した意味、祖国に対する攻撃の危険性に震える声を抑えられていなかった。

 

「パパ、ママ……」

「嘘でしょ、何で来ちゃうのよ」

「シルバーシリーズ、完成していたの?」

 

国に家族がいる以上、シルバーの登場は非難されてしかるべき。

生徒の中には今にも泣きそうな表情を浮かべている者達がいるのも年頃の娘達の心情を考えれば無理もないだろう。

そんな荒れてしかるべき空気の中で食堂の出入り口付近の壁に背をつけ腕を組んだまま瞳を閉じている千冬は冷静にその時を待っていた。

生徒を宥めるのが本来教師としての在り方だが、この空気は放置しておくのが正解だと彼女は判断した。

それはこの場において最も軍歴の長いラウラも同じだ。

ベッド生活から解放されたものの、要注意として監視を受ける身にはなってしまっているが、それを彼女は受け入れている。

最も、その監視を行う人物が同じクラスで非常時に力尽くで拘束出来る実力を持つと言う理由でセシリアとシャルロットが選ばれたのだから、監視の意味はあってないようなものだ。

この処置は学園長直々のもので、非常事態においてヴァルキリートレースシステムの件を差し引いてもラウラと言う戦力を拘束しておく理由にはならないとの判断である。

 

「違う、危険ではない、むしろ逆だ」

「ラウラさん?」

 

食堂の空気は良くも悪くも盛り上がっている中で組んだ指に顎を乗せ画面を食い入るように見つめているラウラが小さく呟き、隣のセシリアが疑問を呈する。

 

「この状況下で最新鋭機が介入する理由、いや介入する条件を考えてみれば自ずと答えは出る」

「危険はない、と?」

「もう少し待っていろ、予想通りなら答えは直に出る」

 

確信めいたラウラの声にセシリアとシャルロットは見詰め合い小首を傾げる。

が、感じた疑問の理由はすぐに理解する事となる。

切っ掛けはディスプレイに最も近い座席に座る生徒が感じた小さな違和感だった。

放送内容は変わらず銀世界の戦闘状況、地上ではブルーと紅椿がゴーレムと激突し、空中ではシルバーシリーズの弾幕が空を支配している。

 

「あれ? 今、何か」

 

放送している映像に混じり僅かなノイズが走る。

やがて映像はそのままにも関わらず、音だけが砂嵐の如く乱れ始める。

 

「……来たか」

 

瞳を開き画面を見つめる千冬の眼光に力が宿る。

 

≪繋が、ました、ど ぞ、イー ス様≫

 

途切れ途切れに響いたのは男の声。

続けてIS乗りを目指すなら知っておくべき大国アメリカの国家代表の声が雑音と共に入り込む。

 

≪あーっと、こちらアメリカ国家代表、イーリス・コーリング。突然の割り込み失礼、この回線しか繋がらないから無理矢理介入させて貰ったぜ。あーっと、何だ、アレだ。海に隠れてこそこそしてた潜水艦、撃破完了したぜ。以上通信終わり≫

 

「……え?」

 

その声を聞いた生徒がぽかんと口を開き、出来たのは疑問を浮かべる事だけ。

言葉の意味を吟味し理解出来たのは口元に笑みを浮かべた千冬とラウラの二人だけ。

ノイズは消え、映像は変わらず銀世界を映し出しているが、その数秒後、再び音声に乱れが生じ、ディスプレイから声が飛び込んで来る。

 

≪失礼致します、欧州連合IS部隊シュヴァルツェ・ハーゼ隊長代理クラリッサ・ハルフォーフです。欧州を射程圏に捉えていた潜水艦の撃破完了しました。お待たせ致しました、隊長≫

 

音を立ててラウラが立ち上がり拳を握る。

 

「よぉし! やってくれたか、クラリッサ!」

 

そこまでくればセシリアもシャルロットも状況を理解する。

亡国機業の施した電波ジャックは世界単位で絶賛稼働中、各国の通信は阻害され、許されているのは北極の映像のみ。

スコールの企てた篠ノ之 束の公開処刑中継以外が遮断されている状況。

しかし、各国がその状況をただ鵜呑みにするはずがない。

通信の復帰が出来なくとも、電波ジャックの穴を縫い一時的に強制介入を施す位であれば力技で成し遂げるだろう。

その結果がこの通信だ。

たった数秒の通信しか出来ないとしても、今世界で起こっている事を伝えるだけならば十分だ。

その声が、言葉が、誰に向けられたものであるかを理解すれば成すべきことは自ずと見えて来る。

 

「ね、ねぇ、これってもしかして」

「もしかしなくてもそういう事でしょ!」

 

投じられた小石は波紋を作り始めていた。

セシリアもシャルロットも固唾をのんで見守っている。

そして、再び走ったノイズがそれを決定づける。

 

≪こちら甲龍大戦隊指揮官 楊 麗々、亡国機業の潜水艦の撃破完了≫

 

映像に入り込んだ第三の音は鈴音の聞きなれた声。

高圧的でありながらも溜まっていたであろう鬱憤を晴らした勝ち誇った声に「楊さん!」と鈴音の歓声が響く。

具体的に亡国機業の名が出た事で戸惑っていた生徒達も事態を一気に理解する。

今何が起こっているのか、短い通信の内容を、その事実を認識し瞬く間に熱気が広がりを帯びる。

千冬も、代表候補生も、剣道部員も、画面を見詰め次の通信を心待ちにし願いを視線に込める。

まだアメリカ、ドイツ、中国からの報告しか入っていない。この地の安全が確保されていないのだ。

 

故に願う、──来い、──来い、──来い! と。

 

熱を帯びた視線が食堂の中で湧き上がらんと膨れ上がった空気に満ちていく。

小波のように一瞬だけ静寂が降りて来ると同時に、その声は響き渡った。

 

≪あーあー、マイクテストマイクテスト、もしかしてちょっと出遅れちゃった?≫

 

テレビからノイズと共に聞こえてきた声に溜まっていた期待と不安が爆発する。

 

≪こちらロシア国家代表兼皆大好きIS学園生徒会会長更識 楯無、日本を狙ってた潜水艦の拿捕完了。お待たせしました、織斑先生≫

 

「流石会長!」

「キターーー!」

「マジで愛してる!」

「お嬢様、良いタイミングで御座います」

「……うん、流石お姉ちゃん」

 

溢れんばかりの歓声が鳴り響き、学園を中心に歓喜が爆ぜた。

 

「……よし」

 

誰よりも早く現状を把握し、行動を開始した千冬が食堂に背を向ける。

 

「あ、えっと、これって……」

 

逆に未だ席に座り画面を見詰め続け呆然と呟いたのは一夏だが、その背中に痛烈な平手が飛んできて軽快な音を立てる。

 

「痛てェ!」

「何ぼーっとしてんのよ!」

「鈴!? いや、だってこれ」

「ほら、行くわよ。アンタの友達、ううん、私達の友達を助けに」

 

今尚も通信は続々と各国から入り続けている。

その全てが亡国機業のミサイルによる脅威が去ったと伝えるもの。

祖国の無事に喜びを見せる生徒達の声を受けて一夏も状況を飲み込み立ち上がる。

その周囲にはラウラ、セシリア、シャルロット、簪も並び立っている。

国の意思だけでなく個人の意思で、進むべき道を選ぶ為に。

 

「おうっ!」

 

それはもう、阻むものが何もないと言うに他ならなかった。

 

 

 

先陣を切り校庭に出た千冬を待っていたのは山田先生と二人の打鉄乗り。

国際IS委員会の打鉄乗りの中から四人は非常事態の為防衛に出ており学園に残っているのは二人だけだ。

 

「ブリュンヒルデ、立場上私達はすぐ動けない。だから、任せるぜ?」

「安心して下さい、貴方の留守中、IS学園に何があっても必ず守り通して見せます」

 

掛け値なしに戦士としての言葉に千冬は真っ直ぐ見つめ返し大きく頷く。

 

「あぁ、学園を頼む」

 

次に千冬を迎えるのはいつもの教師用スーツ姿ではなく汚れ塗れの作業着姿の山田先生だ。

 

「織斑先生、準備出来てます」

 

山田先生の後ろの控えるのは膝をついた姿勢で主を待つ騎士、いや武者の姿。

打鉄でありながら各部は全く別の構成をした継ぎ接ぎらだけの機体。

 

「各部間接、並びにバックパックにラファール・リヴァイヴ用の試験運用大気圏対応ブースターを取り付けています。大きな推進力を得られますがコントロールが非常に難しく、エネルギーは使い切りですので片道分しか確保出来ていません」

「十分だ、帰りはアイツが一緒だからな」

「ふふ、そうですね。それとご注文通り、武装は格納領域も含め全てブレードで埋めてあります。外装に余ったブレード七本を括り付けてありますが、無理矢理なので外観は少々損なってしまいました」

「構わん、短期間で良くやってくれた」

 

打鉄でありながら打鉄ではないISがそこにはいた。

片道限りの暴走特急に迷うことなく千冬は身を任せ装着し、感謝と謝罪を告げる。

 

「ありがとう、すまんが後は任せる」

「お任せ下さい、ご武運を」

「あぁ、行ってくる」

 

一気に上昇し高度を上げた千冬は北を向き静かに息を吐く。

巨大なブースターは三つ、背中と両肩に背負うように装着され各部間接に取り付けられた補助ブースターが唸り声を上げる。

燦々と太陽の光を反射させているのは背中、肩、腰に括り付けられた七本のブレード。

さながらその姿は打鉄七刀(セブンソード)と言った所だろうか。

 

「もう誰にも邪魔はさせない。今行くぞ、束」

 

世界最強の出撃は混迷の明日を切り開く刃となる。




ブルーの本格的な活躍は待てなくても待って欲しい。

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