IS ~THE BLUE DESTINY~   作:ライスバーガー

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第102話 決戦の場所北極へ

世界を揺るがすと言う表現は決して誇張したものではない。

全世界同時電波障害、歴史上同じ規模で成し得たのは白騎士事件位なものだ。

表向きには正体不明の事件と扱われているが軍人や政府の人間からすれば犯人が篠ノ之 束であると想定するのは難しくない。

天災、その名を欲しいままにする彼女は個人の力で歴史を変える程の大事件を引き起こしてみせたが、今回起ころうとしている事件は単独ではない。

組織だった行為で白騎士事件、いや、それ以上の出来事を引き起こそうとしている連中がいる。

 

あの日から三日、その時に備え準備をしていたのは亡国機業だけではない。

いつ何が起こってもいいように非常事態対策を整えたIS学園の廊下を千冬は歩いている。

ふと立ち止まり、窓の先に広がるいつもと変わらぬ景色を視界に焼き付けるものの、普段とは違い見渡す校舎に人の気配は少ない。

トレードマークとも言えるノリの効いたスーツ姿は普段と変わらないが、映り込む景色は日常からズレ落ちてしまっていた。

 

(結局束からの連絡はなしか……)

 

自他共に束の親友であると自負している千冬に取って今回の事件は頭痛でも胃痛でもなく心をすり減らす類のもの。

白騎士事件によって世界を変えた負い目が彼女の中に無いと言えば嘘になるが、結果論として千冬は今の時代を受け入れている。

ISが武力として使われる世界を束が快く思っていないとしても現実を変えるだけの主張も力も彼女達にはありはしない。

そういった理解が出来ている点においては千冬は束より人間らしいと言えるのかもしれない。

少なくとも時代を受け入れ、今の時代で守るべきものの為に生きる道を千冬は選んだのだ。

だが、もし束が千冬に助けを求めていれば千冬はどうしただろうか。

立場を捨ててでも駆けつける事が出来ただろうか、それともたしなめる側に回っただろうか。

もしかするとブルーディスティニーの立ち位置は織斑 千冬が演じていたかもしれない姿だと考えずにはいられなかった。

 

「今更、か」

 

束は千冬を切り捨て新しい相棒としてブルーとユウを選んだ訳ではない。

千冬には千冬の守るべきものがあり、束は束の成すべき事を見つけた。

それは親友同士であっても領分として分かり合う部分。

互いに譲れないと理解しているからこそ、二人は親友と言えるのかもしれない。

 

──ブツン。

 

が、願いも、祈りでさえも、一方的な暴力は全てを奪い去ろうとしていた。

唐突に音を立ててIS学園の電源が落ちた。

 

「来たかっ!?」

 

視界を巡らせ廊下の電灯から窓の外に広がる校舎やアリーナの灯りが瞬く間に落ちていく様を確認。

電波に何らかの影響を及ぼして来るだろうと予測していた千冬は持ち歩いていた通信機を取り出し電波状態を確認する。

予め周波数帯を調整しておいた通信機は学園内をカバーする近距離通信専用機と国内通信可能な中距離通信機と世界単位で通信可能な遠距離通信用のもの。

三機のうち近距離通信だけは不安定ながらも電波を維持しているが、中距離以上は役に立ちそうなレベルではない。

仮説と予測から現状を想定、思考を巡らせている所に近距離通信用の端末から呼び出し音が鳴り響く。

 

「山田先生か、状況は?」

≪間もなく予備バッテリーに切り替わります。現在周波数帯を変えて通信を試みていますが何れも長距離通信が維持できません。特に軍関係への通信はほぼ絶望的です≫

「国家間と軍の連携を断ってきたか、となれば次は……」

≪国際IS委員会所属の打鉄乗りの皆さんにミサイルへの警戒をお願いしています≫

「上出来だ、生徒の避難は?」

≪それが、アリーナへの避難勧告を出しているんですが、皆学食に集まってしまっていて≫

「学食?」

≪はい、どうやら一ヵ所だけ通信が生きている、と言うか生かされているみたいで≫

「そうか、一ヵ所に限定する事で動揺を大きくするつもりか」

≪多少違いはありますけど、ここまでは織斑先生の予想通りですね≫

「電波ジャック、ここまで予想通りだと清々しくもあるが」

≪ですが手強いです。対策を施していたにも関わらず防ぎきれませんでした≫

「仕方あるまい、相手は束に喧嘩を売る異常者だからな、とにかく私も学食に向かう。アレの準備は?」

≪後は最終調整を残すだけです≫

「頼む」

≪お任せ下さい≫

 

通信を切り、フンと短く息を吐き捨てる。

忌々しげに窓の外へ視線を送った千冬に呼応するように予備バッテリーが可動しIS学園全体に電気が戻って来る。

三日前のあの日、あの宣言以降IS学園がただ沈黙を貫くはずもない。

敵の姿が見えない亡霊であり電波やガスを使うと分かっているなら対策を施すのは当然だ。

予備バッテリーやガス対策の空調設備を限られた時間の中で用意した轡木 十蔵の手腕と人脈は侮れないものだと証明していると言ってもいい。

電波障害、ミサイル攻撃、ここまでは予測は難しくないが、問題はその先だ。

束の首を取る、そう明言している亡国機業の取る手段として考えられるのは殺す瞬間を世界に見せつける事。

最も簡単なのはその様子をリアルタイムで放送に乗せる事。ネットでも写真でもなく最も多くの視聴者を獲得できるテレビと言う媒体を使ってだ。

悪趣味極まりないが電波を乗っ取れるなら通信に介入するのも不可能ではない。

予測と言う意味で言えば千冬はそこまで読み切れていたが、だからと言って国にミサイルの危機が迫っているのを回避出来た訳ではない。

今この場において世界最強の称号は意味を成さず、手出しできない環境に変化はない。

が、だからと言って黙って見ているだけで終わるつもりは彼女の中には毛頭ない。

 

IS学園のアリーナは非常時にシェルターの役割を果たす避難場所になる。

天井面を∀覆い隠す防御壁に加えてISの試合にも仕様されるエネルギーフィールドを兼ね揃えた鉄壁の守り。

地下通路を通じて学園への移動経路も確保しており、食料倉庫や仮眠室、IS用の武装などが万が一の事態にIS学園を戦う学園に変貌させる要所と言える。

束やブルーのようなイレギュラーでもない限り滅多に破られるようなものではない。

非常時にアリーナへ避難するようにと言う通達は学園で生活していれば必ず耳にする決定事項だ。

しかし、それを知った上で大半の生徒は学食に集結していた。

携帯もテレビも一斉に電源が落ちた環境で唯一学食の大型モニターだけが映像を映し出していたからだ。

電気の復旧と共に寮や学園内の電子ロックが解除され閉じ込められていた事態から解き放たれれば必要なのは情報だ。

テレビやラジオ、ネットと言った情報源が全て封鎖されている以上、学食のモニターだけが映っているとなればその場所に集まるのは必然。

中にはアリーナに避難する者もいたが、大半は本能的に察知してか学食と言う選択肢を選んでいた。その中には剣道部員や代表候補生達、一夏の姿も確認出来る。

派手な砂嵐でも激しい戦闘光でもなく、静かに映し出されているのは一面銀世界、氷で閉ざされた決戦の地。

 

 

 

 

北極、最北の地点ともされるが南極とは異なり陸地になる大陸は存在しない。

自然の作り上げた絶対零度の世界、極寒の氷が海に浮かぶだけの場所。

その中心地点、氷の大地にも関わらず赤いドレス姿のスコールと既にアラクネを展開しているオータム、ISスーツ姿ではあるが愛機は展開していないエムがその時を待っていた。

補足しておくが周囲にはIS技術を応用したエネルギーフィールドが張ってあり物理的な障壁ではないがマイナスの気温を軽減しており、スコールが寒さを我慢している訳ではない。

 

「来ねぇな」

 

蜘蛛の多脚をモチーフにしたアラクネの第三、第四の手を使い器用に拳を打ち鳴らしたオータムが疑問を漏らす。

この景色は電波ジャックによって世界各地に放送されており、何も起こらなければただの銀世界に他ならない。

 

「いいえ、来るわ」

 

天災と揶揄される束の人となりを詳しく知る訳ではないが、束の首を取る為に追い続けてきたスコールからすればこの状況で無視を決め込むはずがないと確信している。

問題は何処からどのように仕掛けて来るか、と言う点だ。

三日前に束が告げたように海中や宇宙空間、下手をすればステルスシステムを利用して背面からの奇襲さえもあり得る。

だからこそ広く視界の取れる氷の大地のど真ん中で待ち受けているのだ。

無論、正確にはただの氷ではなく、巧妙に偽装された大型甲板空母の上だ。

分厚い氷の間に空母が紛れ込み、色も質感も氷と大差なく施された偽装は簡単に見抜けるものではない。

 

余りにも遅いようであればミサイルによる攻撃を開始するつもりではいるが、ミサイルは脅しによりこの決戦の地に邪魔者を入れない意味合いが強い。

実際に世界と敵対し主要国家を焼き払うだけの力があるとしても、行うだけのメリットは少ない。

スコールの目的はあくまで束を殺す事、その先に国家戦争があったとしても今は目を向けるべき時ではない。

 

「…………ん?」

 

戦いの本能の生きるオータムと獲物を待ち構えるスコールとは少し違う意味合いでこの場所にいるエムが肩眉を上げ疑問を浮かべる。

感じたのはほんの僅かな違和感だが、その正体はすぐに実体を伴って襲い掛かって来る。

足元から鳴り響くのは徐々に大きくなってくる振動と破砕音、隠れる気を微塵も感じさせない破壊の足音が一気に膨れ上がる。

 

「地震か?」

「馬鹿言わないで」

 

海に浮かぶ氷の大地に地震はなく、オータムの言葉をスコールが窘める。

海底が揺れれば影響はあるだろうが、これは天然の揺れではない、人工的な衝撃が幾重にも連なって襲い掛かって来る。

次の瞬間、破砕音は轟音となりスコール達の位置から数十メートル離れた氷の地面が隆起し爆砕音と共に砕け散る。

空母ではなく、氷を砕いて現れたのは大型の回転衝角を先端に取り付けた人参色の潜水艦。

 

「海中探査は何をしてたの」

≪そ、それが、レーダーに一切反応がなく突然現れました!≫

 

空母の通信室からの声に舌を打ちたくなる衝動を押し留めたのは亡国機業の代表としての立場から部下に不安を与えない為だ。

スコールが亡国機業の頂点に君臨しているのは共通の敵に対する憎しみをまとめ上げているに過ぎず、人心が離れてしまえば組織は瞬く間に瓦解する。

 

各々に与えられた役目は完璧だ、奇襲に対する備えとして海上や空中にだけでなく、海中にも警戒網は敷かれていた。

音響ソナーに赤外線や電波、可能な限り深度を下げて索敵は怠っていない。

にも関わらず、嘲笑うように全てを掻い潜り天災は現れた。

 

≪隠れるのが得意なのがお前達だけだと思ったら大間違いだよ≫

 

派手な色合いの潜水艦から鳴り響く声色には喜色が混じっている。

どれだけ警戒をしようとも自分自身の姿を隠すステルスに、相手のレーダーさえ遠隔操作で細工出来る存在を見つける事は困難極まりない。

ただの天才ではない、篠ノ之 束は天から降り注ぐ災いそのものなのだから。

 

≪さぁ、戦争を始めようか≫

 

重く激しい音を立てて氷の大地に乗り上げた潜水艦の側面から小窓が幾つも開く。

 

「っ!? ゴールデンドーン!!」

 

窓の奥から自分達を覗く黒金の銃座を確認し即座にスコールがISを展開。

手を振り上げオータムとエムを庇うように前面に不可視のシールドを作り上げる。

焼けつく銃声が潜水艦の側面から降り注ぎ、シールドにより弾かれた鉛玉が氷の大地に音を立てて零れ落ちる。

 

「へぇ、面白いISを持ってるね」

 

今度はスピーカー越しの声ではない。

潜水艦の上部が大きく開き、不思議の国のアリスをモチーフにしたであろうゴシック調のエプロンドレス姿の束が笑みを浮かべて姿を見せる。

両脇には紅椿を展開した箒とブルーディスティニーを展開したユウが付き添っているだけでなく、束の足元にはスカートをの裾を掴み同行しているくーもいる。

潜水艦から延びたタラップを余りにも堂々とした足取りで歩き氷の大地に君臨したものだから、歴戦の戦士であるはずのオータムでさえその姿を見送ってしまっていた。

 

「寒っ! ちょっと指定する場所がおかしいんじゃないかな!」

 

ガタガタと震える全身を抱き締めながら背中に背負った大きな機械端末を展開。

束の両肩辺りから大型の機械アーム”吾輩はナツメである”が展開され防御フィールドが張り巡らされる。

 

「全く凍死したらどうするんだよ。空母持ってるならこんな場所じゃなくて太平洋で良かったじゃないか、それならバカンス気分で水着でも用意してくるのにさ! なんで北極なのかな、馬鹿なの? 馬鹿だったね! ごめんね!」

 

戦争宣言をした人物とは思えぬ駄々をこねる言い草であるが北極を戦地に選んだ理由が分からない束ではない。

単純のこの場所は四方に対し最も警戒がしやすく迂闊に攻撃される心配のない場所。

万が一アメリカ辺りが大陸間弾道ミサイルを撃ちこんでこようものなら北極の氷が崩れ大きな自然災害を生む可能性がある。

南極のように大陸があったり、太平洋のような完全な海を戦地にするより抑止力が高いのが北極だ。

 

「姉さん、ゴールデンドーンとはどのようなISですか?」

「ん、あぁ、あの金ぴかの事だよ」

 

ナツメから展開されたエネルギーフィールドで寒さを緩和しつつも文句を垂れる束とは違い既に臨戦体勢を整えている箒が問う。

 

「コアナンバー百を記念してデュノア社が儀礼用に作った機体でね、世にも珍しい防御特化型ってヤツだよ。あぁ、なるほどね、だから白式や暮桜を欲しがってたのか。零落白夜が怖かったんでしょ」

 

スコールの展開するIS、名をゴールデンドーン。

亡国機業がかつて盗み出したISの一機であり、見た目は金色のラファール・リヴァイヴそのものだ。

基本性能も使用する武装もラファールシリーズ特有の汎用性重視のものだが決定的に違うのは高い防御力だ。

金色のコーティング装甲は威力の軽い攻撃であれば実弾、エネルギー弾問わず弾く効果があり、特筆すべきはIS最大の防御力である絶対防御を盾のように展開し使用できる点。

ISの攻撃が絶対防御を敗れない以上、防御力に関しては間違いなく最強のISと言える存在だ。

金色と百、二つのキーワードに対し宇宙世紀を生きたユウが特定のMSを想定したかどうかは定かではない。

 

「さってと、まさかブルーと紅椿を連れてきたのが想定外、だなんて言わないよね?」

「勿論、その二対を叩き潰した上で貴女の首を跳ねて上げるわ」

「出来るものなら、ね」

 

スコールの言葉に続き氷上の一部が可変、氷が左右に割れ空母の甲板部分からゴーレムが浮上し姿を見せる。

対する束の浮かべた笑みと言葉に従いブルーと紅椿が一歩前へ進み出る。

 

「バーサーカーは出し惜しむか、好都合だね。ブルー、箒ちゃん、私はここでアレの最終調に入るから動けないんで宜しく」

 

視線を受けて二人が頷きを返す。

人類が生んだ知の頂点、天才にして天災、篠ノ之 束。

束ねた長い黒い髪、強い意思の宿る瞳、凛とした佇まい。その身は一振りの日本刀の如く。現存する最新にして最高峰、唯一無二の第四世代機を駆る、篠ノ之 箒。

人の革新に触れ宇宙世紀から紛れ込んだ異物、裁くものにして裁かれるもの、蒼い宿命にして死神、ユウ・カジマ。

想いだけでも力だけでも成し得ない世界、例え万人の賛成を得られなくとも、この世界に満足しないならば戦うしか道はない。

 

「無人機に遠慮はいらない、やっちゃって」

 

展開されているナツメのアームも含め空中に出現した光学キーボードの上を束の指が踊り始める。

始まりにして終わり、一つの時代を力任せに変革をしようとしている戦いの火蓋が切って落とされる。




ゴールデンドーンはオリジナル色が強くなっています。
見た目は金色のラファール、性能は防御特化型。
某有名な金色だったり暁だったりするようなのがモチーフ。

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