IS ~THE BLUE DESTINY~   作:ライスバーガー

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1話とカウントするのもどうかと思ったので.5話にしてみました。


第101.5話 ミッシングリンク

亡国機業からの宣戦布告が世に放たれ放送を聞いた者も放送を行った者も慌ただしく動き回る時間が訪れていた。

決戦の地として指名された北極の地、氷の大地の中に巧妙に偽装された大型甲板空母のIS整備室ではエムが強奪し愛機としたサイレント・ゼフィルスの最終調整に入っていた。

 

「篠ノ之 束を殺せば織斑 千冬と戦えるんだな?」

 

問い掛ける相手は同じくISの調整を行っているスコール。

 

「えぇ、間違いなく」

「こんな回りくどい方法を取る以外になかったのか?」

「勝率を少しでも上げる為の努力を怠れば後悔するわよ?」

 

正面から仕掛ける戦争が悪手である事はエムも承知している。

亡国機業の持つ戦力は国家相手に十分渡り合えるものだが、IS学園や軍事国家と正面から戦うにはデメリットが多すぎる。

キャノンボール・ファストの襲撃時のように名も無き兵たち(アンネイムド)や更識家と言った戦闘のプロも交えてしまえば一流とはいえ寄せ集めに過ぎない亡国機業は相手フィールドにて各個撃破されるのが落ちだ。

ミサイルによる脅しは不可視な相手であるからこそ意味があり、自分達に取って都合の良い戦地に相手を誘い込むのは兵法の基礎であるからこそ最善なのだ。

一つ一つを取ってみれば行っている戦略は奇抜と言う程ではないからこそ強さを実感できる。

 

「篠ノ之 束の首を取ってしまえば織斑 千冬は間違いなく激昂する。そうなれば貴方との一対一の戦いにも持ち込めるはずよ」

「織斑 千冬が篠ノ之 束の救援に現れたら?」

「そうならないよう脅しているのだけれど、もし現れたら貴方の好きにして良いわ」

 

小さくした織斑 千冬、そう表現して良いエムの整った顔立ちが狂気を得た笑みに変わる。

あの宣戦布告によって世界中が注目する事となった北極の地にて亡霊達は己の人生を歪めた相手との決戦に挑む。

それが自己解釈の問題であり、責任の押し付けであると理解している者も、敗者となったのは篠ノ之 束のせいだとする者も、或いは全く異なる思惑を抱く者も千差万別だ。

しかし、共通しているのは狂っていると言う事。

多くの被害者を出した束の行いを完全に正当化する事は出来ないが、お互いの意地と意地がぶつかるなら戦うしか道は残されていない。

それが誰かの掌の上だったとしても避けては通れないのだから。

 

 

 

 

「何とか間に合いましたな」

 

グレーの髭を蓄えた欧州連合の海軍に所属する男が感慨深く息を吐く。

言葉を投げかけられたのは白衣に頭の上に眼鏡を乗せ、大人びた肉体を持つと言う、いろいろな属性を詰め込んだ感満載の篝火 ヒカルノ。

 

「間に合いますよぉ、そういう風に設計したんですから」

 

周囲で沸くスタッフに手を振りながらヒカルノは完成した成果に満足げな表情を浮かべている。

篠ノ之 束と織斑 千冬と篝火 ヒカルノ、同時に存在している事が異常とも言える次代を彩る三人の天才。

各々分野が異なる中でヒカルノの存在は他二人に比べると地位も名声も劣るものだ。

しかし、彼女は間違いなく天才だと長く戦地を渡り歩いた男は断言するだろう。

次代を作るのは一握りのエリート、その言葉に間違いはないが支えている者達がいてこそ頂点は輝ける。

ヒカルノは頂点ではなく、支える側でこそ本領を発揮するタイプだ。

 

「お疲れ様です、博士」

「いやいや、忙しくなるのはこれからだろうよ」

「世の中がひっくり返るぜ」

「ひっくり返すのさ、俺達がな」

「違いない」

「勝利の美酒は美味いだろうなぁ」

「気が早ぇ、これだからロシア人は」

「あぁ? 気取ってんじゃねーよ、これだからイタリア人は嫌いなんだ」

「待て待て、落ち着けって」

「ドイツは黙ってろ!」

「ちょっと、男だけで盛り上がるのやめてよね」

「そうよ、私達だって飲むわよ」

「酒の話じゃないわよ!」

「まぁまぁ、落ち着きましょうよ。ほら、最終チェックが終わったのにまたチェックしてる日本人を見習って」

「……アレが有名なサラリーマンってヤツか」

「最強のヒーローなんだろ?」

 

飛び交う談義はヒカルノの計画が一区切りついた喜びとこれから歴史を変えるであろう希望に満ち溢れている。そこには国籍も性別も関係ない。

 

「しかし、改めて見ると壮観ですな。良くこれだけの人員を集められたものだと感心します」

「これも一重に私の仁徳、と言いたい所ですが、これから始まる祭はこの世界の分岐点になりうるものですからねぇ。動かざる得なかったと言うのが正しいでしょう」

「分岐点、ですか」

 

男の疑問ににんまりとヒカルノは頷きを返す。

 

「艦長はこの戦いで時代は変わると思いますか?」

「……いや、残念ながらそこまで大きな変化にはならないでしょう」

「私も同感です、ですがこの戦いに意味はある。あの篠ノ之 束が作り上げたISの時代に一石は投じられる。他ならぬ篠ノ之 束の手によって」

「博士は、篝火博士はそこまで見通していたと?」

「私は確かに天才ですがあの二人程化物ではありません。ですがあの二人より常識面では勝っていると自負しております。先見とまではいかなくともこうなるであろうと予測は出来ました」

 

数歩進みヒカルノは振り返る。

 

「艦長、日本にはその昔刀と言う武器があったのをご存じで?」

「えぇ、ジャパニーズサムライソードと言えば人気がありますからな」

「ですが今の世に刀は存在しない。いえ、正確には博物館やら収集家やら探せばあるでしょうが、一般的な物ではありません」

「そうですな」

「刀狩と言う当時の侍の胸を引き裂く出来事がなければもしかしたら今も日本人は刀を持っていたのかもしれません。それこそ本当に辻斬りヒーローサラリーマンなんてのが居てもおかしくはない。ですが歴史は日本に刀の時代を許しませんでした」

 

周囲にいる様々な国籍が入り乱れる男女が「?」を頭上に浮かべながらも博士の言葉に耳を傾け始める。

 

「時代は変わった、そういってしまえば一言なのでしょうが、刀がなくとも殺人事件は起こります。平和とされる日本でもそれは変わりません。その中には包丁やナイフと言った刃物による殺人だって当然あります。しかしながら包丁やナイフは規制されていない。何故でしょう」

「必要だから、ですかな」

「その通り、侍の魂とまで呼ばれた刀を当時の国は不要と切り捨てた。確かに日用品ではなかったかもしれませんが身を守る術であったはずの武器を切り捨てる選択は簡単ではなかったはずです」

 

くるりと一回転したヒカルノを追い白衣が翻り、周囲に語り掛けるよう彼女の声は浸透していく。

 

「ISは元々篠ノ之 束が自分の好奇心を満たす為に、果てなき宇宙と言う未知を切り開く為に生み出された物、ですが今はどうです?」

「軍人の私からすれば耳が痛い話ですな」

「そう人間は利便性を手にすれば忘れられない。銃がなければ刃物、刃物がなければ石や木を加工すればいい。人間は必要とあれば何かを生み出せる生き物です。規制された所で必ず代用品を見つける、それはISとて同じ事。テロリストがISを悪用する、それに対抗するのもまたIS、ISがなくなれば戦いはなくなりますか? 否、ISと似たようなものを別の誰かが作り出すだけです。ですが、私はこうも考えるのです、ISがもし本来使われるはずだった姿で使われる日がくればどうなるか、と」

「……宇宙開拓ですか」

「考えた事はありませんか? 地球汚染が進み大地に人が住めなくなる未来を、そう考えると夢のある話だと思いませんか? ロマンと言い換えても良いでしょう。人が宇宙で暮らす、そんな未来を馬鹿げた話を夢物語だと笑いますか?」

「博士、貴方はもしかして」

「当時、篠ノ之 束は人間として破綻していました。いえ、今もそうでしょう。賢すぎる人間の好奇心に常人は付き合いきれない」

 

男の言葉と周囲からの疑問の視線にヒカルノは苦笑を浮かべて懐かしむように視線を上げる。

 

「ISが世に発表された当初は誰も彼女の言葉に耳を貸さず、彼女の語るISに見向きもしませんでした。まぁ、当然でしょう、人格破綻者の戯言、しかも小娘です。日本語もお粗末、理論の組み立ても出来ていない。とてもではありませんが学会で発表出来るレベルではなかった。語られる夢とISと言う未知の存在だけでは余りにも現実味がない。その結果が御存じの通り白騎士事件」

 

浮かべる苦笑を被りを振って振り払い、天才と呼ばれる彼女は告げる。

 

「ですが……。いたんですよ。あの天災の馬鹿みたいな夢物語の未来に胸を躍らせた人間が」

 

織斑 千冬と武神、篠ノ之 束を天災とするなら篝火 ヒカルノは変人の天才だ。

頭の回転、知識レベル、その何れもが常人を遥かに凌駕する天才である彼女なら誰も見向きもしなかった束が提示したISを理解出来たのかもしれない。

白騎士事件がISの方向性を捻じ曲げた中で唯一その本当の姿を想像出来ていたのかもしれない。

 

「生憎と私はISの操縦技術は高くありませんが、技師としては一流のつもりです。見てみたくはありませんか? 宇宙を切り開くISを、重力から解き放たれる人類の進歩を。国籍も性別も乗り越えて一致団結すれば人類の力はより大きなものになる。この戦いはただISの在り方に疑問を投げ掛けるだけではない、もたらす変化は小さなものかもしれませんが確かな一歩になると私は信じています」

「博士、貴方についてきたのは正解だった。貴女と共に戦える事を誇りに思いますよ」

 

天才は天災には及ばない。

しかし、天才は天災の一端を理解する事が出来た。

 

「本当に気に入らない事ばかりの人生ですよ、あの二人はいつも私の先を行く、いつも私はあの二人を追いかける事になる。何をしたいのか、何が起こるのか想像出来る程にあの二人を見て来たんです。だから私はあの二人が大っ嫌いなんです」

 

ニチャリとその笑みが歪む。

 

「さて、御託はおしまい。行きましょうか、伝説を作りに」

 

伝説との表現を誰も大袈裟だとは思わない。

立ち上がる性別も国籍も越えた技師達の集まりの背中に宿っているのは未来に対する情熱だ。

世界は知る事になるだろう、第三の天才の実力を。

 

 

 

 

亡国機業と篠ノ之 束、両者の宣戦布告の翌日、世界を揺らした出来事の中でも強い影響を受けているのはIS学園だ。

学園の立ち位置は中間、国家間で戦争があった場合でも互いに干渉しないのがIS学園のスタンス、それは変わらず、変えられない事実。

学園に在籍する生徒の多くは祖国にミサイルを向けられている状況に落ち着かない時間を過ごす事になる。

学園の防衛機能は正常に働いており、保有しているISの数からもIS学園に危機が迫る可能性は低いのだが、夏休みのミサイル襲撃を考えれば安堵は出来ない。

立場上動けない事に加え亡国機業がいつ電波障害のような力技を使ってくるのか分からないのだから、生徒達に帰国を許可出来るはずもない。

篠ノ之 束がミサイルを無効化する、その可能性もあるが確認を取れない現状は安全を最優先に生徒や教師は学園に留まる以外の選択肢を残されていなかった。

無論、授業など行えるはずもなく寮や学園の至る所で何事も手につかず呆然としている生徒の姿が散見出来た。

 

そんな中で普段と変わらぬ、いや、普段以上に日課に励んでいる者がいる。

タァンと小気味良い音を立てて竹刀をぶつけ合っている一夏と剣道部員達だ。

いつもと違うのはその様子を薙刀を持った簪と功夫の道着に身を包んだ鈴音が見守っている事だろう。

事態の深刻さは理解しているが、体を動かしていなければ気持ちが沈んでしまう。そう考えた一行だ。

尚、鈴音は甲龍の破損こそ激しかったが身体的には致命的なダメージに至っていない。

とは言っても衝撃を無効化できるわけでもなく暫く安静を言い渡されている身だ。

ラウラに関しては全身の限界を超えて無理に動かした反動でベッドの上から動けていないが、それも一過性のものであると診断されている。

両者共にあと少しでも遅れていればどうなったか分からないが、ひとまず命に別条はない。

ヴァルキリートレースシステムに関しては通信障害の影響で直接的に公開はされなかったが、戦闘データから露見は免れなかった。

非常事態であった事とドイツから後日正式に通達するとの連絡が来ており、現段階でIS学園はラウラに対し処罰は取っていない。

何よりもこの状況で今は動けないとはいえ専用機持ちを拘束しておける程の余裕があるはずもない。

結論を言えばIS学園は静観する以外に取れる手段はない。

今も千冬や轡木 十蔵が国際IS委員会や日本政府と言論を交えているが、ミサイルの危険性がある以上は動けないだろうと代表候補生達は踏んでいた。

それでもいつでも動けるように準備を怠らないのは、自分達が蚊帳の外で終わるとは誰一人思っていないからだ。

ISの修理も動かせる人員を動員しているが、白式やブルーティアーズはともかくシュヴァルツェア・レーゲンや甲龍は国家の専門的な技師がいない関係上苦戦はやむなしの状況になるが致し方ない。

 

今出来る事を怠らない事が一夏達に出来る最前であるが、その軸から一人だけ外れている人物が学園の裏庭にいた。

 

「それじゃ虚ちゃん、後の事はお願いね」

「かしこまりましたお嬢様、ご存分に」

 

IS学園最強の称号である生徒会長、対暗部用暗部更識の長、そして、今求められるもう一つの名前。

 

「ロシアの国家代表に任せなさいってね」


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