IS ~THE BLUE DESTINY~   作:ライスバーガー

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第101話 ゆれる世界

蒼い死神事件、銀の福音暴走、IS強奪、細かくすれば多岐に渡るが沈黙で終わらせるには大きすぎる事件の数々。

他国の介入を疑う政治家、戦争の前触れを危惧する軍人、ネットに蔓延る陰謀説、ISと言う超技術の発展と共に常に付きまとっていた危機感が爆発する日。

初めは小さな囁きだった、IS学園でさえ重要視していたのは一握りの人間に過ぎず、国際IS委員会の重鎮達は現実を否定する材料を探していた。

燻っていた小さな火種は大きな連鎖と共に広がり、燃え上がり立ち昇った煙に亡霊の姿を映し出す。

その時になって気付いたのでは遅い、力の陰には常に力があり、表には裏があり、光が差せば影が生まれるのだと。

 

篠ノ之 束も最初から亡霊を追っていた訳ではない。

ISの在り方に一石を投じる、その為に異物を取り込んだ。

しかし、彼女は気付いてしまった、世界に潜む悪意に。

ISの時代は今、良くも悪くも革新を迎えようとしている。

 

≪御機嫌よう≫

 

耳障りの良い柔らかい声が鳴り響く。

無人機と戦ったIS部隊とIS学園、更に各国IS関連主要施設に対しその声は届けられた。

舞い込んだ女の言葉にユウと箒は空を見上げ、楯無を初めとするIS学園所属の面々は戦闘後に霧散していた集中力を再び掻き集めていた。

一夏だけはすぐに心構えを切り替える事が出来ずにいたが、その声が意味する所を察知してか沈黙を貫く事には成功している。

 

≪まずはご挨拶を、初めまして私の名前はスコール・ミューゼル。亡国機業の代表を務めている者です≫

 

映像はなく音声だけにも関わらず、妖艶な笑みが伝わって来る。

千冬の勝気なものでも、束の歪んだものでも、山田先生の母性溢れるものでもない。今までで一夏が経験したことのない人種の笑みだ。

 

≪この通信は一方通行なので皆様の返事は聞こえない、と最初に申しあげておきます≫

 

通信を無視して学園に連絡を取り指示を仰ぐべきだと訴える自分を認識しながらもセシリアは耳を傾ける自分を無視できずにいた。

亡国機業の名は表向きには有名ではない、古い貴族の一族であるオルコット家は独自の情報ルートを持ちセシリアは名を知ってはいるが詳細は知らない。

デュノア社のエージェントであるシャルロットや軍人であるラウラも同様だ。

名は知っていても詳細は知らない、テロリストとしてそういう名の組織があると漠然と知っているだけだ。

武器商人としての背景まで知っているのは暗部として深い領域に足を踏み込んでいる楯無くらいなものだろう。

世界最強と言えど表世界の住人である千冬でさえ知識の範疇外だ。

 

≪このタイミング、この状況での通信の意味、察しの良い皆様は既にご理解の上と思います≫

 

無人機が全機倒れた段階で通信障害は解除されている。

その上で見越したように現れた女の声とテロリストの名義、その意味は素人である一夏にだって想像はつく。

首の後ろ辺りから嫌な予感が押し寄せ、初めて聴くはずの声に脳に直接響くようにイメージを鮮明に刻み込んで来る。

意識せず嫌悪感を抱いた表情を一夏が浮かべていたのは始めて感じる敵としての認識だったのかもしれない。

 

≪既に想像されていらっしゃる通り、無人のISは我々が造ったもので名をゴーレムと言います。性能は御存じの通りです。それとイギリスやフランス、中国などからISを強奪し、IS学園にミサイルを放ったのも我々です≫

 

自白以外に取りようのない発言に各々が眉間に皺を作る。

通信を聞いているデュノア社や甲龍戦隊、イギリスのIS運用部隊の面々が顔を顰めるのも当然だ。

催眠ガスを使った古典的とも言えるが鮮やかな手際は結果だけ見れば損失こそ作っているが人命的な被害はなかった。失ったのは世界最強の戦力とプライドだけだ。

強奪だけでなくミサイル襲撃に関しても自白したスコールの言葉にIS学園で耳を澄ましている千冬は拳を握り、山田先生は口を抑えて言葉をなくしている。

敵ながら見事なミサイル攻撃であると賛辞を贈る気持ちが無いと言えば嘘になるが、あの事件は束が犯人でないと分かっていても疑わざる得ない状況だった。人為的に作り出された事件を思い出せば不快感を隠さずにはいられない。

一発でもミサイルが通っていれば大参事になっていたのは言うに及ばず、ブルーや紅椿の援護があったとはいえ助かったのは結果論だ。

白騎士事件にも同様の事が言えるが今は棚に上げてしまってもいいだろう。

 

≪それと、人体実験目的で子供を数人拉致させて頂いております。何れも孤児を選んでおりますので大きな事件にはなっていないかもしれませんが関係者各位には命の提供に感謝を申し上げておきます≫

 

その言葉に眼光を鋭くしたのは生きる伝説、中国の老子だ。

知らなかった軍人や政府関係者は即座に事実確認を行うべく行動を開始、いなくなった子供の情報を洗い出すよう指示を飛ばす。顔色は既に怒りに染まっている事は言うまでもない。

が、その言葉に最も色濃く反応を示したのは腕を組んだまま映像の無いモニターから流れる声の主を睨み付け眼光を鋭くしているナターシャ・ファイルスだ。

突如流れた音声に訓練を中断し状況把握に努めている最中だが、組んだ腕で握りしめていた指が二の腕に深く突き刺さり青へと変色しているが籠る力を緩める事が出来ずにいる。

隣のイーリスの宥める声も効果は期待出来そうにない。彼女は、いや彼女達は気付いているのだ。

ナターシャと銀の福音に打ち込まれた狂気こそ人体実験の一環であったのだと。

自分の意思で体が動かず、望まぬ戦場に放り込まれて狂気を身に落とす不快感は時折思い出したようにナターシャを今尚苦しめている。

同じような境遇にあっている子供達がいると考えれば湧き上がる怒りを抑える事は出来そうになかった。

ナターシャの後ろで何も映っていない画面を食い入るように見つめているティナを含む他のシルバーシリーズの搭乗者も理解しつつある。

世界に潜む本物の悪意、自分達で見定め戦うべき敵の姿を。

 

≪ふふ、皆様の怒りが伝わって来るようです≫

 

怒りが向けられている、そのように仕向けたのだとしてもその上でスコールは笑い声を上げた。

背筋を冷たい手が撫でまわす、錯覚であると分かっていながらも一夏が感じるのは身の震えだ。

蒼い死神と相対した戦場で感じた恐怖でも、かつて向けられた直接的な暴力に怯えた恐怖でもない。

何を考えているのか想像が出来ない、仄暗い奈落の底から這いあがって来る狂った感情に対する恐怖。

気を抜けば、すぐ隣に仲間がいてくれなければ意識を持っていかれていたかもしれない。

 

≪それでは前置きはここまでにして本題です。私達は今日この日、篠ノ之 束に宣戦を布告します≫

 

思わず声が溢れそうになり手で口を塞ぐ。

この通信を妨げてはならないと、一瞬たりとも音声を聞き漏らしてはならないと一夏の本能が告げていた。

 

≪我々の同胞の多くはISにより人生を奪われました、それは弱者故に起こった悲劇、我々はこの時代を認めない、この時代を変える為に、歴史の勝者となる為に篠ノ之 束を殺します≫

 

誇張表現だとは誰も思わない。

ISの生みの親である束は間違いなく歴史を作った人物だ。彼女に勝利すると言う事は時代を切り開くど同意。

疑問は尽きないが声の主の言葉に狂気が宿っている事は誰もが気付いている。

スコール・ミューゼルが何者かであるかはこの際置いておくとしても、この女は有限実行するだけの力を持っている。

無人機、IS強奪、人体実験、ミサイル攻撃、並ぶ不穏な単語を結びつけるだけで世界を震撼させるに十分だ。

電波障害を引き起こし通信機能を麻痺させるだけでも世界的には大打撃になりうると言うのに更に深く踏み込もうとしている。

 

殺す、その一文だけがはっきりと一夏の耳の奥に残っている。

明確な意思を持って叩きつけられた殺害予告に全身を駆けたのは気持ち悪いと言う感情だ。

浴びせられる剥き出しの殺意とは程遠い、寒気を感じる程の笑みと共に告げられたにも関わらず嗚咽感がこみ上げて来る。

ただの言葉にも関わらず胴体と切り離され空高く掲げられる束の首を想像させられてしまう程の威力を秘めたスコールの声は最早言霊の類だ。

この通信を通して伝わる空気は異質であり、危険だと警鐘が鳴り響いている。

 

代表候補生や老子を初め勘の良い人間は既に気付いている。

彼女の言葉には背後にいるであろう多くの仲間に対する扇動の意味が含まれていると。

歴史の勝者を望むスコールの本質を理解できる者などいるはずがない。

敗者として人生を歩んできたスコールは当の昔に壊れているのだから。

お嬢様として過ごした日々から一変、心も体も壊しつくして上り続ける為だけに命を奪い続けた彼女の精神は既に常人とは異なっている。

無論そこにISは関係なく、束の存在は彼女に取って勝者になる為の手段でしかない。

 

≪さて、では具体的な話をしましょうか≫

 

変わらずに声だけだと言うのに頭の中ににっこりと微笑む美女の姿が染み込んで来る。

洗脳に近いこの声を長時間聞いては駄目だと内側の自分が囁くが耳を逸らす事が出来ない。

 

≪宣戦布告と言っても篠ノ之 束が我々の挑戦を受けるとは限らないものね、だから、こういうものを用意してみたわ≫

 

瞬間、スコールの声を聞いている全員のモニターにリアルタイムの映像が映し出される。場所は既に破棄された海洋油田施設。

パチンとスコールが鳴らしたであろう指の音に続き、大きな音を立てて海上の建造物が爆発炎上と共に崩れ去り、海の上をうねる黒煙と業火が瞬く間に映像を支配する。

 

≪今のは予め仕込んでおいた爆薬ですが、今の凡そ十倍の火力を詰め込んだ巡航ミサイルを主要国家に対し向けています。命中率に関してはIS学園の事件を思い出して頂ければ十分かと≫

 

反論したくとも相手に言葉は届かない。

世界大戦も辞さない覚悟を持って一方的に喧嘩を売りつけてきている。

ミサイルを多少撃ち込まれたとしても主要都市の防衛網は簡単に破られるものではない。

IS学園や白騎士程ではないにしてもISを持つ国家であれば防衛は可能だろう。

だが、一蹴するには亡国機業は不気味すぎる存在だ、電波妨害や催眠ガスを初めどのような手段を取るか分からない相手では切って捨てるには危険すぎる。

何処に照準を合わされているのか、ミサイルの発射位置は何処か、数は、威力は、全てが謎に包まれており、命を奪う事に抵抗を感じていない女の言葉には十分な説得力がある。

 

≪さぁ、ここまですれば分かるでしょう? 我々は現在北極圏に居を構えています。篠ノ之 束を差し出しなさい≫

 

今度は本当に「なっ?!」と一夏は声が溢れるのを我慢出来なかった。

世界中から逃げ隠れている束を差し出せとは妙な事を言うと思う人間はこの状況ではいない。

この宣言は篠ノ之 束が挑発に乗り、北極に出向く際に手出しするなと、世界に対し黙認しろと言ってきている。

相手はあくまで篠ノ之 束個人であると、主要国家を丸ごと人質に取った上で軍を動かすなと脅迫をしてきている。

銀の福音の時もミサイルによる脅しはあったが規模が違い過ぎる。

 

≪返事は出来ないでしょうから、今から三日以内に北極圏に篠ノ之 束が姿を見せなかった場合、我々は無差別攻撃に移ります。恨むなら、引き籠りの兎さんを恨むことね≫

 

 

 

「ふん、何も分かっていないのだな」

 

だが、この通信を聞き世界に対する脅迫を耳にしていながら鼻で笑った人物がいる。

鈴音とシャルロットの視線を受けながら空を見上げている天災の妹だ。

 

「お前達は結局、篠ノ之 束を侮っているんだよ」

 

箒は気付いていないが、この時浮かべている笑顔は姉に負けない種類のものだった。

 

「言ってやれ、博士」

 

同じく別の場所で空を見上げるユウも小さく呟く。

 

 

 

≪ん? もう御託は終わり?≫

 

聞こえて来たのはスコールとは違う、やや幼さを残した女の声。

正に走り抜けた稲妻の如く、その声は全ての通信に割って入った。

 

≪話が長くってさぁ、飽きちゃう所だったよ≫

 

背伸びでもしていそうな声と共に、個人でありながら世界をひっくり返すだけの力を持った天災が介入する。

驚きと同時に思わず口元を緩めてしまったのは一夏と千冬。

 

≪で? この通信が何だって? 一方通行だから返事が出来ないって? 出来てるじゃん! あぁごめんごめん、プロテクトレベルが思ったより低く障害にならなかったよ。おっと、慌てて再構築してるみたいだね、すごいねーはやいねー、でも残念でした~ そこはもう束さんのダミープログラムなのです。ぶい!≫

 

世界中の軍人が耳を疑う言動だが、束を知る人物は屈託ない笑顔でブイサインを浮かべているであろう姿が想像できる。

映像こそないものの、声の主は間違いなくそれは世界中が渇望し行方を追っているISの生みの親にして話題の中心、篠ノ之 束に他ならない。

 

≪さてと、通信は逆に封じ込めてやった訳で、反論は出来ないと思うけど、今度はこっちのターンでいいよね? 別に舌戦しようってつもりはないから簡単に済ませるよ?≫

 

一変してスコールの声が聞こえなくなり束の声だけが通信を支配する。

 

≪私と戦争がしたいんだっけ?≫

 

途端に声から温度が消える。

和やかな雰囲気も笑顔とブイサインのイメージも霧散し、歪む笑みが叩きつけられる。

スコールとは全く違う声質にも関わらず、他者の脳に入り込んで来る。

 

≪色々と好き勝手言ってくれたけどさ、いいよ、やってあげる≫

 

いともあっさりと天災は戦争を承諾した。

 

≪三日以内に北極だっけ? 行ってあげるから首を洗って待ってなよ。あぁ、でも覚えておくといい、この通信もそうだけどお前達がどれだけ策を弄した所で私には及ばない。例えばだけど、お前達が使うISやゴーレムは本当に安全かい? 暴走の危険性は? システムが乗っ取られる心配は? ミサイルのセーフティは万全かい? 爆薬が暴発する心配は? もしかしたら今すぐ起爆しちゃうかもしれないよ? 所で話は変わるけど私は今何処にいるでしょう? もしかしたら北極の流氷の下にいるかもしれないし、宇宙空間から見下ろしてるかもしれないよ。ほぉら、不安になってきたでしょ? 私と戦うって言うのはそういう事だよ。お前達が何をしようと勝手だけどさ、ISを好き勝手使われて頭に来てるのは私の方なんだよ。ちょっと調子に乗り過ぎだと思うよ。っと簡単に済ませるつもりが随分喋っちゃったね、まぁいいや。三日以内に必ず姿を見せて上げるから精々私の対策を整えておくことだね。そうじゃないと、ISの性能を活かせぬまま死ぬことになるよ?≫

 

ニチャリと歪んだ笑みのイメージを全員の頭の中に放り込んだ後、束の声は前触れもなく消え去る。

まるで一連のやり取りが最初からなかったかのように全ての空間が元通りに戻っていく。

テロリストからの戦争宣言が天災の言葉に飲み込まれていた。

 

「すまんな、人騒がせな姉で」

 

一番早くに再起動を果たした箒は肩を竦めながらも笑顔を浮かべていた。

言われっぱなしで終わるとは思っていなかったが、相手の反論を遮断した上で一方的に言いたい事だけ言うとは思っていなかった。子供の売り言葉に買い言葉の方がまだ理論的だ。

 

「……君も行くの?」

「行くさ、私は姉さんの敵を切り払う剣だからな」

 

シャルロットの問いに真剣な眼差しに戻った箒が告げる。

一度は誘拐を企てた相手と誘拐されそうになった相手の奇妙な関係であるが、今は妙な繋がりを感じてならなかった。

 

「お前達だから言うが、実際の所、姉さんはゴーレムの操作を奪ったりミサイルを無効化したりと全てに手が回る訳ではないと思う」

「さっきのはブラフって事?」

「いや、やろうと思えば出来るだろうが、そこまで手が回らないと言うのが正しいと思う」

 

出撃する前もキャノンボール・ファストも直接手を下さずにずっとモニターに向かい続けていた束の様子を見ていた箒の結論。

詳細は聞いていないが戦局を切り開く”何か”に束縛されているのは間違いない。

だからこそさっきの言葉は束の言葉であっても実現するとは言い切れないもの。

ほんの些細な姉の言動の温度差に気付けたのは箒と千冬位なものだろう。

元々他人に対し饒舌ではない束があそこまで喋りとおしたのは何か理由があるに違いない。

時間稼ぎか、或いは揺さぶりか、いずれにしても箒のやるべき事は変わらない。

 

「まぁ、どちらにしても私は行くさ」

「……分かったよ、脅されてる以上は僕らはすぐに動けないと思う。でも約束するよ、必ず君達の助けになってみせる」

「助けて貰った恩は必ず返すわ。私も、一夏もね」

「あぁ、待っている」

 

シャルロットと鈴音、二人の友人と拳をぶつけ合い来るべき決戦に向けて箒は飛び立つ。

 

 

 

「……時間が足りないか」

 

亡国機業の放送を強引にぶった切って戦争を買った束はモニターに向かいながらプログラムを叩き続けている。

視界の端に映る黒いラファール・リヴァイヴはかつてくーが乗っ取られた忌むべき存在、一応修理はしてあるものの二度と悪用させるつもりはない。

世界を自己満足の為に変えた束に世界の行く末に口を出す資格はないのかもしれない。

この介入はもしかするとただの我儘なのかもしれないが、それでもIS製作者としてのケジメを付ける為に赴かねばならない。

その為の切り札、手元で踊るもう一つの可能性は完成度八十九パーセントを刻んでいた。




ちょっと視点が分かりにくかったかもしれません。
亡国の通信を各々が一斉に聞いているイメージで書いたので色々な視点が混ざってます。

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