IS ~THE BLUE DESTINY~   作:ライスバーガー

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第100話 戦場の絆

ISの登場で技術は飛躍的に進歩した。

ISを戦力として加味しなくともISを使う上で発展した技術は様々な形で力となった。

通常兵器の戦闘力はISより遥かに劣り、戦闘機や戦闘車両の運用は今の時代で果たして意味があるのか。

その問いは多くの人間が投げ掛けているが軍事に関わる者の答えは何れも「必要」である。

国としての威厳、内乱を含め戦争への備え、考えるべき要素は多々あるが残念ながらこの世界において武器がなくなる日は未だ訪れていない。

ドイツ軍統括司令部の会議室、血と鉄の世界で生きる男達は顔を突き合わせて小さな溜息を漏らしていた。ただしその眼には強い光が宿っている。

 

「篝火 ヒカルノ、やはり彼女も天才か化物の類か」

「祭とはまた言い得て妙な」

 

ヒゲとスキンヘッド、戦いの上で地位を手に入れ登り詰めた男達は戦場を知っている。

その上で女尊男卑となったISの時代を否定はしていない。

戦争、平和、革命、世界を彩る三拍子の中で果たしてISの時代は何処に該当するか、その答えは篠ノ之 束であっても持ち合わせていない。

歴史の答えは人為的に作られるものではなく後の時代が語るものだ。

 

≪司令、緊急事態です≫

 

軍上層部の男達が顔を突き合わせている部屋へ慌ただしい声が館内放送として飛び込んで来る。

 

「どうした?」

≪日本でヴァルキリートレースシステムの起動信号らしきパターンを検知、現在状況を確認中ですが局地的な電波障害が発生しており詳細は掴めておりません≫

 

ヴァルキリートレースシステムが世界に否定された禁忌である以上、その起動を容認は出来ない。

シュヴァルツェア・レーゲンの黒い騎士が目覚めたのであればその是非をドイツ軍が確認出来るようになっているのは当然だ。

電波障害によって通信が滞っている状態であったとしてもその信号は軍部の最優先にして秘匿情報だ。簡単に阻害出来るものではない。

 

「例の無人機と黒兎の少佐(ラウラ・ボーデヴィッヒ)が戦闘中だったな」

 

飛び込んで来る緊急事態の報告に対し上官である男達は冷静な顔色を崩していない。

 

「構わん、通信が復帰次第少佐とIS学園に責任は我々が持つと伝えろ」

≪宜しいのですか?≫

「少佐が必要だと判断したのなら使わせてやれ。それから連絡する際には少佐に非はないと伝えるのを忘れるなよ」

 

反論の言葉は出ず、館内放送の先にいる男は上官の言葉に肯定を示す。

 

「やれやれ、国際IS委員会への言い訳を考えなくてはいかんな」

「何、構わんさ、あの子が助かるなら泥は我々が被ればいい」

 

かつて老人達が作り上げた戦う為の人形だった少女を守る。

それは同じ軍にいながら非人道を容認するしか出来なかった過去の自分達への戒め。

非難されると分かっていながら禁忌のシステムを埋め込んだのは少女を守る為。

 

「では、娘の為にも我々は来るべき祭に備えるとしようか」

 

ラウラ・ボーデヴィッヒの人生は常に戦いの中にあり、出生はともかく彼女は間違いなく愛されて生きている。

 

 

 

 

甲高く軍靴と鋼鉄の床が打ち合わさった音が鳴り響く。

鋼の壁で囲まれた広い空間は軍用倉庫、他より数段高い渡り廊下状になった場所に現れたのは軍帽、軍服姿の女性。

知的でスマートな眼鏡をかけた典型的な出来る女の体現者は女尊男卑の時代の象徴とも言えるが、彼女は時代に呑まれた訳ではなく実力で地位を勝ち取っており、裏付けされた実力を否定する者はこの場にはいない。

倉庫を一望できる場所から彼女、楊 麗々は静かに息を吸って言葉を紡ぐ。

 

「高い位置から失礼します、まずは集まってくれた事に感謝を」

 

凛々しい声は眼下で整列する軍服の男女混成部隊の耳に良く届く。

集団の最後尾には二機の甲龍が控えており、共に高速機動パッケージ(フェン)を装着済みで臨戦態勢は整っている。

 

「私達は一度敗北しました。しかし、私達は生きており、反撃の機会は残されています」

 

直接的な戦闘ではないにしても、第三世代として次代を担うとされていた甲龍を五機奪われた事実は国の恥部として語り継がれる事になるかもしれない。敗北と銘打つに十分だろう。

広い国土を持つ国家故、宛がわれているISの数は多い方だが無碍に出来る機体など一体もありはしない。

甲龍を運用する上で責任者であった楊を責める声は少なくないが、量産型第三世代機甲龍を中心とした甲龍戦隊の運用を形にした実績は簡単に切り捨てられるものではない。

新しく配備された甲龍は二機、数が有限である以上これが限界の配備数であると同時に寄せられている期待の表れ。

更に甲龍の周囲には無骨なパワードスーツを身に纏った男達が集まっている。

Extended Operation Seeker 通称イオス(EOS)

災害救助を主目的とし国連が開発している外骨格攻性機動装甲。

金属製のパワードスーツは言ってみれば小さなISであるが、性能は遥かに劣る。

総重量は三十から五十キロ、装備次第では更に重くなる超重量をPICのような重力制御を行わずに装備するのだ。

脚部から各部間接に対し運用補助の役割をバッテリーで担っているが、そのバッテリーがそもそも重たい。

空を飛べる訳でもなく、絶対防御のようなバリアシステムがあるわけでもない。バッテリーの可動時間も長いとは言い難い。

しかし、イオスを兵器として運用する場合は話が変わって来る。

ローラーを使い地面を滑る事やアンチマテリアルライフルの弾丸程度であれば防げる実体シールド、人間サイズで持てる最大のクラスの銃器の使用を可能にするハイパワー可動と生身の人間からすれば破格の性能を実現している。

一言で言ってしまえばISの超絶劣化版であり、性能は雲泥の差だ。千機集まってもIS一機には及ばないとされている。

それでもイオスの存在を軽視はできない。

 

イオスの存在はISの技術がもたらた恩恵の形。

ISは現存技術を数十年から数百年の単位で押し上げたとも言われているが決して誇張ではないだろう。

戦闘機の速度や飛行時間はISを参考に飛躍的に向上し、ISのシールドや装甲を参考に潜水艦はより深く、飛行機はより高く飛べるようになった。

巡洋艦や駆逐艦、歩兵や戦車に至ってもそうだ、単純な火力の問題ではなく行軍速度、戦闘維持時間、どれもが数年前に比べ格段に向上している。

表向きは災害救助を目的にしているがイオスは正に発展した技術の集大成と言える最新技術の結晶だ。更にその最大の利点は男が装着できる点。

女尊男卑の典型に染まった女性陣から言わせれば無駄な努力と嘲笑の対象にするかもしれないが、この場にいる男女に取ってイオスは心強い味方となる。

総重量にしても一昔前の行軍からすれば珍しいとは言えず、IS搭乗者のように美麗が求められる訳ではなく屈強な男達が使ってこそが本分だ。

 

「見せてやりましょう、龍が泳ぐ時すべては終わるのだと」

 

あの日煮え湯を飲まされ怒りを覚えているのは楊だけではない。

あの場にいた警備員、研究者、ISの開発に携わったものの全てが侮辱された。

立つべき時は今なのだと軍人達の視線が交差する。

 

「甲龍()戦隊、準備は出来ていますね?」

 

熱気が膨れ上がり爆発する。

何と戦うのか、その詳細を知る者は未だいない。

しかし、彼等の戦士としての本能はその時が迫っているのだと察していた。

世界を巻き込む祭が近づいているのだと。

 

 

 

 

ISの常識を打ち破る絢爛舞踏、異端とも呼べる能力によってエネルギーを回復させた白式を先頭にブルーティアーズと打鉄弐式は目の前に広がる光景に短い時間だが言葉を失っていた。

 

シャルロットが駆け込み助けを求めた時、一夏達は無人機を撃破した後だった。

二次移行や紅椿の存在に驚きはしたものの、むしろ好都合と判断し包み隠さず状況は伝えられる。

六機の無人機、ラウラが一人で残った事、その告白にどれだけの悔しさがにじんでいるかは同じ欧州連合として切磋琢磨しているセシリアには良く分かる。

代表候補生を務める鈴音や簪も同様だ、敵を目の前にして友人を置いて逃げる、それが最前であり選択肢が他にないと分かっていながらも選びたくはなかったはずだ。

救援要請を聞いて即決で一夏が「行こう」と判断しても無謀だと咎める異論が出るはずもなかった。

破損状況の大きい甲龍は動けず、学園に詳しい状況を説明する必要性からもシャルロットもその場に残らざるえない状況に、箒が護衛として残ってくれたのは全員の救いに他ならない。

結果的に一夏と詳しい話が出来ないとしても、現状で何が優先かを判断できない男ではなかった。

 

 

 

「なんだよ、これ」

 

辛うじて絞り出せた一夏の声、短いその一文が現状を良く表していた。

樹林の上空、シャルロットとラウラが出向き戦場となった場所は美しい緑の大地ではなくなっていた。

周囲の木々は薙ぎ払われ、地面に走った斬撃の軌跡と真新しい陥没した地面、立ち昇る黒煙と焼き焦げた匂い。そしてに周囲に転がる無人機の残骸。

腹部に致命的な切り傷を受けた機体、四肢が切り伏せられた機体、胸部を貫かれ動かなくなった機体、自爆したのか粉々に砕け散った機体と思しき物、何が起こったのか微動だにしないまま機能停止している機体。

シャルロットの話では先手必勝で一機を落としているとの事だったので、五機の内どれか一つはその機体なのだろう。

白式の二次移行と紅椿と言う増援があってやっと押し返した敵の大半が既に止まっている。

シャルロットが戦場を離れた時間、ISの速度、往復の時間を加味すれば決して長い時間ではなかったはずだ。

濃密に凝縮された時間の中で起こったであろう激闘を物語る光景の中でラウラを探す。

 

否、探す必要など最初からなかった。

この空域に入った段階からハイパーセンサーがソレを捉えている。

だが、それを認めてしまう事を頭の片隅で否定している自分が一夏の中にはいた。

いつも敵意を向けて来る相手ではあるが、ラウラ・ボーデヴィッヒと言う少女は強い。肉体的にも精神的にも実力は疑うまでもない。

シャルロットの話と統合すれば無人機の残りは二機、センサーが捉え視界の向ける先。

殆ど動く事のない”黒い何か”を何度も踏み付けている二機の無人機が少し離れた場所にいる。つまりあそこにラウラはいる。

認めるしかない、認めたくない、結果が何一つ変わらないとしても人間が抱える葛藤は簡単に抑えられるものではない。

 

が、一夏の左右にいる二人は迷いを吹き飛ばす勢いで沸点を迎えていた。

 

──ブチン。

 

それが果たして何の音だったのかを考える必要はない。

刹那、両雄が吼えた。

 

「その足を今すぐ退けなさい!!」

「今、助けるッ!!」

 

迸ったスターライトMkⅢの輝きが無人機の後頭部を痛烈に撃ち、瞬時加速で駆け抜けた打鉄弐式が身体ごとぶつかり一機の無人機を強引にその場から引き離す。

一拍遅れたが思考回路を戦闘モードに切り替えた一夏が打鉄弐式を追い滑空、もう一機の無人機を勢い任せに蹴り飛ばす。

 

「ボーデヴィ……」「ラウラッ!」

 

呼び掛けを遮って地面に横たわる黒い何かを簪が抱き抱える。

その姿は黒い騎士甲冑姿ではなく半壊状態のシュヴァルツェア・レーゲン、各部装甲は剥げ落ち、黒いコールタール状の何かが全身に張り付いたラウラ・ボーデヴィッヒ。

美しい銀髪は泥で汚れ、眼帯が外れ露わになった美しい金色の瞳は混濁した黒に染まり焦点が定まっていない。

 

「かんざし、か」

「うん、助けに来たよ」

「そう、か、シャルロ、トは」

「大丈夫、大丈夫だから」

 

途切れ途切れに言葉を繋ぐラウラは素人目で見れば危険な状態に思えるが、ISのセンサーは生命維持に問題ないと判断を告げていた。

この場でどのような戦闘があったのかは判断つかないが、すくなくともラウラの疲弊は外傷によるものではない。

限界を超えて肉体を酷使した後に訪れる衰弱、負っているダメージは動けなくなった状態で踏み付けられた時によるものだけだ。

それが分かったからこそ簪は取り乱しこそしたが悲鳴を上げずに済んだのかもしれない。

 

「すま、ん、すこしだけ、ねむる」

「後は任せて」

「……あぁ、たの、む」

 

小さな微笑みを残し友の為に全身全霊をかけた少女は動かなくなる。

それはISが生命維持を最優先とするスリープモードに移行した事を意味している。

もっと早い段階で意識を手放していればISが絶対防御を前面に押し出した防御態勢に移行していたはずだ。

そのまま拉致されてしまう可能性はあるが、動けない状況で攻撃を受け続ける危険な状況は回避出来たはずなのだ。

にも関わらずラウラは生命維持の優先をしなかった。

例え動きが取れずダメージの蓄積が身を削ると分かっており、戦士としての尊厳を傷つけられるとしても意識を保ち続けた。

気を失えば無人機のターゲットが自分から他に移る可能性をラウラは考えてしまった。

無人機の思考回路は読めなくとも相手が動かなくなるまで攻撃すると仮定すれば、抵抗の意思表示を続けるだけシャルロットが逃げる時間が稼げる。

万が一、他の戦場から救援が呼べない場合を考慮すれば少しでも長い時間、無人機の目を自分に向ける必要があるとラウラは分かっていた。

ヴァルキリートレースシステムの反動で機体が損壊しエネルギーが底を尽き肉体が限界を超えて尚も友の為に抗い続けた。

 

「…………」

 

優しくラウラを地面に横たえ、シュヴァルツェア・レーゲンに「ご主人様をお願いね」と小さく言い残して視線を上げる。

普段感情を表に出す事の少ない簪が音が鳴る程に歯を噛み合わせる。

ここで何があったのか、ラウラが何をしたのか、ダメージではなく機体が変質している理由は何なのか、疑問は尽きないがそんな事はどうでもよかった。

頭の中のまだ冷静な部分が無人機を捕縛出来ればそれが望ましいと囁いているがそれを否定する自分の意思の方が上回っている。

 

「……全部、壊してやる」

 

それは少女が見せた明確な怒りの感情。

 

「え?」

 

二次移行を果たした白式のセンサーが一瞬だけ後れを取る程の完璧な瞬時加速。

一切の淀みのない完成された動きは僅かな残像を作り打鉄弐式の姿が空中に溶けた。

一夏の声が響いた時には無人機の頭部を夢現が貫いてた。

白式のセンサーが追い付けなかったのだ、無人機が追い付けるはずもない。

重さに速さを加えればそれはそのまま威力となる。

夢現を引き抜きそのまま無人機の頭部を殴り付ける。

反動で帰ってきた夢現を振り乱し、刃と柄の両方を使い打鉄弐式が乱舞を踊る。

響くのは斬撃の音ではなく鈍い打撃音、威力でははなく手数によって無人機を圧倒する。

 

「織斑さんはもう一機を、こちらは私達が破壊します」

 

更に上空から降り注ぐ光の槍が夢現の乱打に加わり激しく責め立てる。

紅椿が来ていない以上、戦闘時間を長引かせる訳にはいかず迷っている時間はない。

すぐさま雪羅を起動させ発生させたエネルギークローで突貫を開始する。

 

「簪さん! 私の攻撃では致命打は与えられません、何か手を考えなくては!」

 

白式・雪羅や灰色の鱗殻のような規格外と呼ばれる攻撃力でもなければ無人機の装甲は抜けない。

山嵐の火力は高いが主に爆風による制圧力がメインであり、分厚装甲を破壊するのは簡単ではない。

出来るのは攻撃の手を一切緩めず、無人機に反撃の瞬間を与えない事。

 

「……ラウラ、貴方が作ってくれた好機は逃さないっ!」

 

だが、圧倒的な防御力を持つ無人機の装甲を突破出来る攻撃は確かにある。

例えそれが黒い騎士が偶然作り出したほんの僅かな道標だったとしても、友から渡された軌跡は繋がっていく。

 

「あれは!?」

 

声を上げたセシリアが見つけたものを簪も気付いている。

無人機の下腹部、ほんのわずかにだが刃が通った痕がある。

 

「届けぇえ!!」

 

大きく振り被り下段から降り上げられた夢現の刃が狂いなく同じ個所を殴打、手に返って来る振動が確かな手応えを教えてくれる。

音を立てて瓦解する無人機の腹部、その一点を狙い自分自身に襲い掛かるであろうダメージを物ともせずに至近距離で山嵐を起動。

姉に届きたい一心で作り上げた打鉄弐式の持つ最大火力に火を付ける。

 

 

 

「終わった、のか?」

「えぇ、恐らくはこれで……」

 

一夏の疑問にセシリアが答え、ラウラを介抱する簪が柔らかい笑みを浮かべる。

山嵐の火力によって一機を粉砕し残る最後の一機を雪羅を交えた白式最大火力によって一夏が両断。

この二機の破壊を持ってIS学園に迫っていた無人機の全機が停止した事になる。

しかし、物語はまだ終わっていない。

 

 

一対一にて無人機を撃破した楯無。

二機の連携にて無人機を撃破したダリルとフォルテ。

一夏達を見送った鈴音とシャルロットと箒。

最後の無人機を破壊した一夏と簪とセシリアと動けなくなったラウラ。

その時を待つユウと束。

そして、IS学園と国際IS委員会、全世界主要都市に対し一斉に通信が入ったのは正に一夏達が安堵したその瞬間だった。

 

不穏の足音が世界に対し忍び寄り、祭が始まる。




ついに話数が三桁の大台に乗っかりました。
これも一重に皆様方のお蔭で御座います。
最終局面に向けて一直線ではありますが、お付き合い頂ければ幸いに思います。

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