IS ~THE BLUE DESTINY~   作:ライスバーガー

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第10話 篠ノ之 箒 奪還作戦(前編)

篠ノ之 箒。彼女の人生もまた一夏同様に波瀾に満ちたものであった。

姉がISと言う世界最強の兵器を開発した事で彼女の人生は大きなうねりに飲み込まれた。

姉が宇宙を夢みていた事は知っている。輝く瞳が夢を語り熱くなっていたのを知っている。

しかし、夢を叶える手段であったはずのISが全てを変えてしまった。

 

白騎士事件。

ISが兵器としての頭角を見せる事になったあの事件で一家は離散した。

日本政府による要人保護プログラム。

世界中が篠ノ之 束と言う世界随一の頭脳を狙う可能性から篠ノ之一家を守る為のシステム。

名前を変え、各地を移り住み政府の監視から逃れる事の出来ない生活。

小学校四年生で保護プログラムの対象に入り住み慣れた地を追われた。中学に上がると両親とも引き離された。

ほのかな恋心さえも保護と言う名目で抑え込まれた。

姉が失踪してからはより一層の監視体制と尋問聴取が行われた。

人生が奪われ、各地を転々とする生活では友人を作る事もままならず。

姉を憎み、何故自分がこのような目になるのかと自暴自棄にもなった。

 

何時からだろうか。その憎しみが裏返っていた事に気付いたのは。

姉は何より自分を大切にし可愛がっていてくれていた。

幼い心に息づいた思い出は決して色褪せる事なく、箒の中に芽吹いていた。

失踪したのは自分達を守る為だと言う事に気付いてしまった。

ISの生みの親が近くにいると言うだけで世界中が自分達を狙う理由になる。

だからこそ、姉は姿を消したのだと理解した。

そうなてしまうと、最早姉を憎む事は出来なくなっていた。

 

中学卒業と同時に何度目か分からない引越し。

高校進学時にIS学園へと言う案もあったらしいが棄却され一般の高校へと進学し今に至る。

IS学園はあらゆる法令から身を守る事の出来る場所だが、世界中から政府の息の掛かった人間が通う事の出来る学園だ。

箒の身を守ると言う意味で言えばIS学園への進学は危険に他ならなかった。

織斑 一夏がISを動かしたと言う事実が判明した時も箒は意外な程すんなりと受け入れる事が出来た。

願わくば同じ学園に、再会をと思わなくもないが、何よりも一夏が無事である事に心底安堵した。

一夏と束も懇意と言っていい間柄だ。箒同様に世界中から狙われてもおかしくない。

世界で初の男性IS乗りと言う新しく狙われる理由は出来たが、そこは幼馴染とその姉を信じるしかない。

 

「行って来ます」

 

誰もいない部屋に挨拶をして家を出る。

都会ではないが田舎でもない中間都市の住宅街にあるアパートに一人暮らし。

頻繁にではないが手紙や電話といった間接的手段で両親と連絡を取る事も出来る。

近くには商店街もデパートもコンビニもあり生活には困っていない。

時折寂しさを感じる事はあるが、哀しいかなそんな生活にも慣れてしまっていた。

 

家を出ると同時に三つの視線を感じる。隠そうとする気を微塵も感じない。

要人保護プログラムを実行している日本政府のエージェント達の視線だ。これも慣れてしまっていた。

年頃の女の子は嫌悪しそうなものだが、プライベートを守るつもりはあるらしく、家の中や学校までは監視されていない。

当初は煩わしくて仕方なかったが、箒を守ってくれている事もまた事実。

何度か誘拐されそうになった事もあり、その都度彼等が助けてくれている実績もある。

恐らく箒が気付いていない所でも尽力してくれているのだろう。

そう思うとこの視線も案外悪くないのではないかと思い込むようにしていた。

 

学校生活も大きな不満があるわけでもない。

勉強のレベルも自分に合わせた所であり、偽名で生活している事もあり篠ノ之の名で問題を起こす事もない。

政府側の計らいか転校先に剣道部が必ずある事は救いだった。

例え何が起ころうと剣だけは捨てなかった。

 

剣道部に朝練は無いが、箒は朝から剣道場を使う許可を貰っていた。

一年生が始まって間もない時期ではあるが、箒は毎朝剣道場へ赴き、床を磨き座禅を組んでいる。

生意気な一年生と言う空気が最初こそ流れたが、僅か数日で箒は受け入れられた。

入学して一週間にも関わらず、元来の生真面目さと熱心さは先輩にも教師にも概ね好評だった。

入学初日から剣道部に通い始める辺り、やはり一夏と志を同じくする部分があるのかもしれない。

 

 

束ねた長い黒い髪、強い意思の宿る瞳、凛とした佇まい。その身は一振りの日本刀の如く。

篠ノ之 箒の人生は再び大きく揺れ動く事になる。

 

 

剣道場へ向かう為に他の生徒よりも大分早い時間。

通学路の途中、線路の高架下に短いトンネルがある。

昼間は何の変哲もない道だが、夜は闇が口を開けているような不気味な姿を見せ。

朝方に限っては若干の朝靄が掛かり涼しげな冷気を感じる。朝のこの道を箒は嫌いではなかった。

 

「ん?」

 

トンネルの長さは十メートル程度。半分程進んだ辺りで前後を黒服に塞がれた。

男二人と女一人。前後に同じ組み合わせで計六人。何れも黒いスーツにネクタイとサングラス。如何にもな井出達。

先ほどまで感じていた要人保護プログラムのエージェントの視線が何時の間にか消えていた。

ごく当たり前のように箒は刀袋から木刀を抜き、目の前の三人組の真ん中。明るめの金髪の少女に向ける。

 

「始めまして篠ノ之 箒さん。出来れば手荒な事はしたくありません。僕達に従って貰えませんか?」

 

やんわりと人の良さそうな口調で問い掛けた金髪の少女がサングラスを外す。

透き通った紫水晶のような瞳が口調同様に優しげに微笑んでいる。

 

「篠ノ之の名を口にすると言う事はその名前が目的だろう? 悪いが断る、姉の為にも私は何処にも属さない」

 

状況を想定すると既に要人保護プログラムのエージェントが始末されている可能性もある。

誘拐され掛けた経験はあるが、何れもエージェントの助力によって事なきを得ている箒に援軍は望めない。

二人の女はともかく、後ろに控える大男相手に木刀で立ち回る事が出来るだろうか。

更に最悪の場合、二人の女はISを持っている可能性もある。

 

「篠ノ之さんを見張っていた人達なら眠っているだけですから、安心下さい」

 

少女は優しく微笑む。

これは交渉でなく脅迫だと箒は理解した。

"眠っているだけ" "安心下さい" 如何にもな言葉だが箒の判断次第で結果が変わる事になる。

力尽くでの逃走は困難。助けに期待は出来ない。

仮に突破できたとしても世話になったエージェントが殺されるのは忍びない。

思考が暗転のループに入る。どう考えても光明が出てこない。

 

「ふぅ、降参だ。捕虜に対する扱いは丁重にしてもらえるのだろうな?」

「聡明な人で良かった。でも捕虜は人聞きが悪い。ゲストとして丁重に扱いますよ」

 

朝起きて家を出て学校へ向かう。

当たり前の日常のような非日常の生活の中で篠ノ之 箒は拉致された。

要人保護プログラムが何の意味もなさず、力尽くにも関わらず、傷一つ負うこともなく箒は消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

日本近海。ブルーと共に海中に沈んだままユウは指示を待っていた。

日本政府が行っている要人保護プログラムから篠ノ之 箒の奪還。

束一人では情報戦に勝つ事は出来ても物理的には手が出せない。

ユウの存在を得た今の束だからこそ計画を実行に移せる。

本来は時期を見て、箒奪還はもっと後になるはずだったが世界は個人の事情を待ってはくれない。

ブルーの存在が明るみに出れば世界は益々束を意識する事になる。

そうなれば箒へ向けられる危険も大きくなってしまう。

 

≪ユウ君!!≫

 

響き渡った束の声がブルーの中で反響する。

思わずユウが顔を顰める程の声量だった。

 

≪箒ちゃんが誘拐された!≫

「現在位置は?」

 

箒を連れ去った連中の動きは迅速だった。

日本政府が次ぎの手を打つ前に輸送機にて離陸。南に空路を取っていた。

束から送られてきたデータを確認し即座に浮上。

 

「力尽くの理由が出来たな」

≪ごめん、箒ちゃんをお願い≫

 

海上に上がるとホバーを吹かせ出力を上げていく。

進路を南へ。輸送機から荷物を受け取りに、いや奪い取りに向かう。

 

「博士」

≪なに?≫

「万が一にも荷物が受け取りを拒否した場合はどうする?」

≪その時は箒ちゃんの意思が最優先だよ。私は悪いお姉ちゃんだもの≫

「では受け取りを邪魔する連中がいた場合は?」

≪撃滅! 必殺! 滅殺ぅ!≫

 

これ以上ない程に清々しく束は言い放った。




前後編にてお送り予定です。
ほぼ箒の概要説明みたいになってしまった。

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