ステルス・ブレット   作:トーマフ・イーシャ

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形式を一部変更しました。


摩耗による世界の消滅
幸と不幸の天秤


八幡side

 

 青い空、白い雲、黒い黒板、緑の芝生、焦げ茶色の土やレンガ、教壇。

 そして、俺の隣には里見蓮太郎と天童木更。黒板を挟んだ向こう側に鶴見留美、藍原延珠、そして最近天童民間警備会社に所属したティナ・スプラウトを含む数十名の子供たち。

 俺たちは外周区の青空教室で教鞭を振るうことになったのだが……。

「誰から自己紹介するよ?」

「わ、私はやめておくわ。私、緊張で口から心臓が飛び出しちゃいそう」

「となると……」

 里見と社長がこちらを見る。

「おいやめろそんな目を向けるな無言の圧力を向けるな」

「比企谷くん、社長命令よ。行きなさい」

「パワハラだ。いやだ。無理だ」

「比企谷、頼む。お前の骨は俺が必ず拾う」

「おい、失敗を前提に話すな」

 とはいえいつだってマイノリティーに属する俺である。たとえ三人という少ない集団でもそういう空気になれば俺が行かざるを得ない。

 黒板の後ろでこそこそしていた俺たちだが、いつまでもこうしているわけにも行かないだろう。大丈夫。スッと出ていって、名前だけ言って、そのまま里見とバトンタッチすればいいだけだ。

 頭の中では楽観的にとらえようとしているが、足は震え、手のひらは汗まみれで、心なしか胃がキリキリと悲鳴を上げている気がする。黒板の後ろから子供たちの前に姿を現す。

 好き勝手にきゃいきゃいと楽しそうな声を上げていた子供たちが黒板の後ろから出てきた俺を認識する。

『ヒィッ!』

 子供たちは俺の顔を見て小さく悲鳴を漏らす。

 ………………大丈夫だ。八幡、ステイクールだ。なんてことはない。初めて腐った目を持つ男を見れば子供なら誰だってそうなる。落ち着くんだ。俺は近い未来にロリによるロリのためのロリ統治国家を作り上げる男だろ?子供たちにちょっとビビられたくらいでへこんでどうする。ステイ、ステーイ……。俺は犬か。

 震える足を無理矢理に前へと出し、一歩一歩ゆっくりと進みながら教壇へと向かう。「ゾンビ……」って誰か言ってた気がしたが気にしない。留美が笑うまいと必死に肩をプルプルさせているが気にしない。

 教壇に立ち、子供たちと向き合う。子供たちが視線を送ってくるが知ったことではない。さっさと終わらせて里見と早々に変わろう。

 俺は口を開く。

 

「あ、あにょっ!」

 

 ……………………………………………………………………噛んだ。

 俺は光の速さで黒板の裏へと隠れた。

「あ……その、なんだ。お疲れ」

「え、ええ。ファーストコンタクトはインパクトが大事っていうじゃない。そう考えるとなかなか良かったんじゃないかしら」

「俺、頑張ったよね?もう泣いていいよね?」

「じゃ、じゃあ俺、自己紹介、行ってくるわ」

「あ、なら私も一緒に行くわ。時間もないし、手早く済ませちゃいましょう」

 里見と社長は一緒に黒板の後ろから出ていった。黒板の後ろに一人残された俺は呟く。

「………………この鬼どもめ」

 

 

 

「で、他に質問は?」

「「「「「ハイハイハ~~~~~イ!!!」」」」」

 あれから五分が経過したが、子供たちの質問の猛攻の手がおさまる気配はない。里見と社長は質問に一喜一憂しながらも疲弊しているのが目に見える。俺?質問されませんが何か?ああ、一度だけされたな。「先生は目が腐ってますけどゾンビなんですか?」…………ってね(ハート)

「私、聖天子様見たことない」

「あら……」

「聖天子様とはあんな奴だぞ!」

 いつの間にか話は聖天子様のことになり、延珠が指差す方向をその場にいた全員が視線を送る。そこには、

「ごきげんようみなさん、勉強は楽しいですか?」

 全身真っ白できらびやかな衣装に身を包み、しかしその衣装さえも霞んでしまいそうなほどの美貌を持つ女性がいた。姿を見たことはなくても、その名を知らぬものは東京エリアには存在しないだろう。

 東京エリア三代目統治者、聖天子様がそこにいた。

「里見さん、天童社長、国家の存亡に関わる非常事態です。あなたたちにお願いがあります」

 里見と社長は突然の言葉に一瞬ポカンとしたが、ああ見えてどちらも歳不相応に多くの修羅場を乗り越えてきた猛者だ。すぐに真剣な顔付きになると、聖天子様と二人は後ろで控えていたリムジンに乗り込んだ。乗り込んですぐにリムジンは急発進して走り去ってしまう。

 ………………俺、置いてけぼり?

「ゾンビせんせー。授業はしないんですか~?」

「妾はどうすればいいのだゾンビ先生」

「頑張ってくださーい。ゾンビ先生!」

「で?二人とも行っちゃったけど、どうするのはちま…………ゾンビ先生」

 子供たちと子供たちの保護者まがいのことをしている松崎さんがニヤニヤしながら俺に授業の進行を促す。

「え~、その、なんだ」

 突然の無茶ぶり展開にあたふたしてしまう俺。こんな時こそステイクールだ八幡。考えてみろ。俺のことを誰かに忘れられるのも目が腐っていることを指摘されるのも馬鹿にされるのも俺にとってよくある話じゃないか。そうだ、いつも通りのよくあることだ。なにそれ俺の人生の難易度ハードすぎるでしょ。あ、こんな壊れかけの世界に生きてる時点でだいたいの奴はハードモードだっけ。

 咳払いをし、子供たちの会話をやめさせ、こちらに注目させる。

 

「じゅ、授業を始めるぞおみゃえら!!!」

 

 …………………………………………今日の世界は俺に厳しくない?

 

 

 

「モノリスが崩壊……、にわかには信じがたいな」

 夜。なんとか授業を終えた俺は、留美たちを自宅に帰し、里見とハッピービルディングで合流して今回の事体について簡単に説明を受けていた。

「まあ、そうだろうな。だが、聖天子様はこういう冗談を言う方じゃない。あと六日でモノリスは完全に崩壊し、このままじゃ東京エリアは破滅だ」

「…………聖天子様のことを随分と信頼してるんだな。聖天子様もわざわざ里見に個人的に依頼について話すってことは向こうからも信頼されているようで」

 東京エリア全体にその情報を公開するために里見にコンタクトをとった。それはつまり聖天子様は里見が他のエリアに逃げないという信頼を持っているからだろう。

「…………そ、そんなことより、当面の問題はアジュバントの仲間を探さなければならない。それでだ。比企谷、俺のアジュバントに入ってくれないか」

 やはり問題はそこか。俺も里見も他の民警とのツテは壊滅的だ。どちらも交友関係を形成するのに向く性格ではないということに含め、里見は短期間で一気に上昇したことが他の民警の不評を買っていること、俺はそもそも他人から認知されていないこと。これらの理由から仲間探しは難航すると思われる。

 そのうえ急がなければアジュバント未所属の民警の数はどんどん減少するだろう。そう考えると真っ先に里見にこのことを話した聖天子様は里見がぼっちであることを良く理解している。

「とりあえず様子を見てから、かな。集団に所属してるより遊撃部隊として一人で戦うほうが性にあってるしな」

「……まぁ、今すぐでなくてもいいか。比企谷が他のアジュバントに誘ってもらえるとは思えないし」

「……お前も似たようなもんだろ」

 

 

 

 里見とともにアパートまで一緒に帰宅した。

「比企谷、じゃあな」

「ああ」

 アパートのお隣同士である俺と里見は同時に自宅の扉を開ける。

「あ、比企谷くん、お帰り~」

 雪ノ下陽乃がそこにいた。

「さっそくだけど、君には私のアジュバントに所属してもらうから。これは交渉でも命令でもないからね。ただの通知だから。あ、もう申請は済ませておいたからね」

 雪ノ下陽乃は笑顔を振りまいている。実に楽しそうだ。

 突然の事態に俺はついていけず、呆然としてしまう。そんな状態の俺の耳に、アパートの隣の部屋から声が聞こえてくる。

「「――――あなたのハートに天誅天誅♪」」

 

 …………俺もそっちに混じっていいですか?

 


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