ステルス・ブレット   作:トーマフ・イーシャ

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VS鎧袖一触の白兵戦士

家庭科室の襲撃から一週間が経過した。

 

放課後、俺、雪ノ下、留美は今日も部室でぐだぐだしている。あれから、襲撃者は現れていない。由比ヶ浜はあれ以来ここには来ていない。あの襲撃はガス爆発事故として処理され、由比ヶ浜には近日中は部室に近づかないように強く言っている。由比ヶ浜も命の危険があることを分かっているのだろう、その言い付けをしっかり守っている。とはいえ、依頼者は平塚先生によって送られてくるため変に依頼を引き受けなかったり追い返したりして平塚先生の反感を買えばこの部室を使わせない可能性もあるので依頼はなるべく短時間で片づけられる形で引き受けている。いや、命の危機があるんだから部活なんざ無視して帰れよ。とはいえ、雪ノ下が自身の殺害を依頼した張本人を捕まえるスタンスでいる以上、ここが一番都合のいい城であることは間違いない。

 

五日前には作家志望の熊みたいなやつが「八幡!どうしてこんなところにいる!?お主がおらぬなら我は体育の授業をどうやって一人で乗り越えればよいのだ!そしてなぜお主は黒髪女子とロリッ子で部活ハーレムを築いておるのだ!こんの裏切者がぁッ!」とわめきながら小説モドキが書かれた紙の束を渡してきたのでサラッと読んでボロクソに批判した。

 

三日前にはテニス部の女子が来たので雪ノ下がテニスを教えたりした。教室と部室以外に滞在することは俺が禁止したので雪ノ下先生による座学になったりしたが。

 

そして今日も依頼者は現れる。

 

「なんか先生に奉仕部に行けって言われたんだけど」

 

「川崎沙希さん、ね」

 

「いや、どうすんだよこれ。何をどうすればいいの?」

 

依頼することがない依頼者?なんか斬新。で、なにをすればいいのかしら。

 

「先生が遅刻が多いとかって難癖を付けられてね。奉仕部に行かなければ三年で卒業できると思うなよ、だってさ。バカじゃないの?」

 

「なるほど、つまりあなたの更生をすればいいようね」

 

「で、あたしは何をすればいいの?奉仕活動として校庭で草むしりでもしたらいいの?今日はバイトがあるから残れないんだけど」

 

「雪ノ下、どうすんだ。バイトがあるのに無理強いして縛り付けるのはどうかと思うが」

 

「それもそうね。申し訳ないのだけど、今日はお引き取り願おうかしら」

 

携帯が震える。部室周辺に仕掛けられたセンサーが異変を感知してデータを送信してきたようだ。カメラに映し出された人物は、身長一二〇センチメートル前後で、手には指の先まで鋭利な突起で覆われた籠手を付けている。もちろん色はバラニウムブラック。留美の証言と一致する。襲撃者だ。

 

まずい。このままでは関係のない川崎を巻き込んでしまう。襲撃者がここまで来る前に川崎を返さなければ。

 

「おい、川崎。いいから早く帰れ」

 

「ねぇ、ちょっと。あんたその言い方なに?こっちはあんたらの担任に脅されてきてるんだけど」

 

「それについては謝罪させてもらうわ。今後このようなことがないように平塚先生にきつく言っておくから」

 

「……まあ、いいけど。そのかわりこれであたしが帰ったせいで内申に何かあったら責任は取ってもらうからね」

 

「分かったから帰れ……いや、帰るな」

 

「はあ?」

 

「雪ノ下、来たぞ。留美、構えろ」

 

「了解」

 

俺はグローブを装備し、留美は背中にショットガンとスナイパーライフルを背負って襲撃に備える。携帯でカメラの映像を確認すると、襲撃者と思われる少女が戸の前にいる。

 

留美が銃を取り出すのを見て川崎が雪ノ下の後ろに隠れている。いや、そっちのほうが護衛としてはいいんですけどね。男の俺じゃなくて女の雪ノ下の後ろに隠れるんですね。

 

留美はM92Fを戸に向けて構え、俺はトラップのスイッチに指を置く。入ってきたらワイヤートラップでサイコロステーキにしてやる。

 

襲撃者が戸の前に立って数十秒が経過したころ、パリンッ、という音と共に戸の窓ガラスが割れて何かが投げ込まれてくる。思わずトラップのスイッチを投げ出して雪ノ下と川崎を押し倒す。またこのパターンか!

 

教室内で爆発。そしてヒュヒュヒュヒュン!という凄まじい風切り音が部室に鳴り響く。トラップのスイッチを投げ出して床に落ちた時にスイッチが押されたのか、トラップが発動してしまったようだ。部室に一歩でも踏み込んでいれば大量のワイヤーに切り刻まれていただろうが、眼前のワイヤーは何も傷つけずにむなしく踊り狂っている。

 

数秒後ワイヤーは動きを止めた。その後戸がバコンッ!という音と共に吹き飛ばされ、襲撃者が飛び込んできた。留美がM92Fを発砲するが襲撃者が籠手で防ぎながらまっすぐこっちに突っ込んでくる。慌てて立ち上がってマリオネット・インジェクションを発動させ、体が徐々に透明化していくが、

 

「おそいッ」

 

まっすぐこっちに突っ込んできて透明化しつつあった俺の腹を殴り飛ばす。俺は壁に叩きつけられ、壁に俺を中心とした放射線状にヒビが入る。口から血が飛び出て体にノイズが走る。

 

「くっ!」

 

留美が銃を向けるが発砲しない。襲撃者は俺、襲撃者、留美が延長線上になるように立ち回ることで留美に銃を封じさせている。頭が悪いとは聞いていたが前言撤回だ。こいつ、かなり頭がキレる。

 

だが、透明化してしまえばそれまでだ。あと数秒で……。

 

「八幡!その依頼者が襲撃者だよ!」

 

突然の留美の叫びに俺は雪ノ下を見る。雪ノ下はお尻をペタンとつけたいわゆる女の子座りの状態で、その後ろに川崎が首元に今まさにナイフを突き付けようと手を振りかぶっている。

 

「雪ノ下!」

 

思わず叫ぶと雪ノ下は背後にいた川崎を座ったまま投げ飛ばしてしまう。投げ飛ばされた川崎は地面に叩きつけられ一瞬身もだえたが、すぐに起き上がってナイフとハンドガンを構える。留美もショットガンを両手に持って襲撃者と川崎に向ける。

 

「居取りという柔術の形よ。覚えておくといいわ」

 

「ふん、いけ好かないやつめ」

 

「自分を殺そうとする人間に好かれたいとは思わないわ」

 

「そりゃごもっともで」

 

何か話しているが、完全に透明化してしまえばこちらのものだ。背後から回って首を落としてやる。

 

「京華!」

 

「はいはーい!」

 

京華と呼ばれた襲撃者のイニシエーターは服から何かを出して地面に叩きつける。と同時に部室じゅうに舞い上がる白い粉……まさか!

 

「小麦粉だよ……。丸見えだね」

 

俺の体に小麦粉がまとわりついて姿が浮き彫りになってしまう。しまった!これじゃあ……!

 

「ほりゃああ!」

 

俺の一瞬のスキを見逃さなかった京華が俺の腹に再び拳を叩きこんだ。

 

「がはぁ!」

 

俺の体が窓の枠に叩きつけられ、爆発によって割れていた破片が体に突き刺さりながら床に落ちる。腹から大量の出血が発生している。全身のあちこちにノイズが発生している。おそらくあばらも何本か折れているだろう。

 

「八幡!」

 

「あなたも遅いね」

 

「がふぅ!」

 

留美の腹にも京華の拳が叩きこまれて雪ノ下の後ろの壁に叩きつけられる。まずい、このままじゃ俺ら全員が殺される。

 

川崎は雪ノ下にハンドガンを向ける。とっさに雪ノ下の前に飛び出る。肩に着弾。鋭い痛みが体を貫く。だが、雪ノ下は殺させない。懐からM92Fを抜いて発砲。しかし川崎の前に京華が躍り出て籠手ではじく。そのまま二人は後退しながら部室を出て行った。

 

何故だ?留美は負傷し、俺はほぼ戦闘不能状態だ。その状態で目の前のターゲットを諦めて退く意味が分からない。だが、部室の外から聞こえてくる小さな音が耳に入ると、その疑問が解けるとともに背筋が凍る。

 

チッ、チッ、という音。ライターをこする音だ。

 

この部室には大量の小麦粉が蔓延している。粉塵爆発という言葉が頭をよぎった。

 

「留美ぃぃぃぃ!!!」

 

留美は俺と雪ノ下を担いで窓から飛び出す。その後ろで大爆発。留美は爆風にあおられながらも何とか着地し、そのまま走って校門を抜けて逃げる。留美は振り向かず、ただ走って逃げる。

 

 

 

「死体がない……ちっ。逃げられたか」

 

 

 

 

翌日。簡単な治療を受けてなんとか歩けるまでに回復した俺は、雪ノ下を留美と一緒に空き教室に待機させ、俺の教室へと向かう。

 

教室に入り、中を見回す。里見は来ていない。昨日、延珠が暗殺者に攻撃され、死んだ。里見は今はその時の現場検証に同行している。それを聞かされて俺も留美も家で涙を零した。だが、里見と聖天子様が止まれないように、俺も止まるわけにはいかない。

 

俺は、窓際の一番後ろの席に肘をついてけだるげに座っている女に声をかける。

 

「まさか襲撃者がクラスメイトだったとはな」

 

「本当、世界は狭いね」

 

「まったくだ」

 

俺と川崎は笑い合う。全く、笑えない話だ。

 

「平塚先生が先に帰ったからお前に何か文句言いに来るんじゃねえか?」

 

「ああ、あれ、嘘だから。平塚先生はなにも関わってないから」

 

「はっ、そうかよ。ところで、序列は何番なんだよ。お前のイニシエーターが四〇二三番なんて嘘ぶっこきやがったせいで毎晩遅くまで調べまわる羽目になったんだぞ」

 

「ああ、蛭子テロ前はそうだったね。あれからガストレアが全然現れないから仕事が全然なくてね。先週調べたら四〇三〇番まで下がっていたよ」

 

「そいつはご愁傷様」

 

「あんた、十三万とかふざけてんの?真面目に仕事しなよ」

 

「耳が痛いな。働きたくないぜ」

 

「……バカじゃないの?」

 

護衛と襲撃者という関係でなければ仲良くなれたかもな。

 

「ヒッキー!今まで何してたし!というか、今度は川崎さん!?どういう関係だし!」

 

「下がってろ。絶対に近づくな」

 

「ヒッキー?」

 

俺はM92Fを抜く。川崎もハンドガンを抜く。

 

「教室でずいぶんと物騒なモン出すんだね」

 

「お前も出してんだろ」

 

「あんたが先に抜いたんだから正当防衛だろ」

 

「はっ、どの口が」

 

俺たちが銃を抜いて向けあっていることに気付いたクラスのやつらが静まり返る。

 

「なんだそのデカい銃は。女が持つもんじゃねーな」

 

「うらやましいかい?デザートイーグルだよ。そこらのやつなら撃ったそいつの肩が外れるよ。まあ、あんたみたいな反動も音も最小限にした軽い銃持ってるやつには分からんだろうけどね」

 

「まあ、話もこれくらいにしとくか。依頼者は誰だ」

 

「律儀に答えるとでも?というか、そんなことしてないでさっさと殺せばいいのに」

 

「俺の依頼人の要望でね。さて、素敵な拷問タイムの時間だ。指何本まで耐えられるかな?」

 

周囲に緊張が走る。クラスのやつがドン引きしてるのが空気で分かる。

 

「ヒキタニくん、その辺で収めてくれないかな?ほら、みんな怖がってるみたいだし」

 

「葉山……だったか?黙ってろ。先にお前の顔に弾丸ぶち込むぞ」

 

「それに関しちゃあたしも同意だね。ならあたしは心臓かな」

 

「あはは……」

 

葉山がすごすごと引き下がる。それに合わせて周りがより一層距離をとる。葉山のやつ、何がしたかったんだ?

 

その時俺は一瞬油断してしまった。葉山が話しかけてきたことにわずかに気が散ってしまった。だから、一瞬反応が遅れた。川崎は発砲。とっさに首を横に振って回避。後ろで蛍光灯が割れて落下する。教室で悲鳴が上がる。川崎は俺のM92Fを持った腕を掴んで背負い投げ。

 

俺は一回転して窓に叩きつけられる。窓ガラスに大きなヒビが入る。川崎は一瞥した後、そこからどこかへ立ち去っていく。と、俺の周囲が暗くなる。どうやら何かに太陽光が遮られて影になったようだ。倒れた状態で首を持ち上げて窓の外を見る。そこには、

 

 

 

宙を舞いながらこっちに向けて突っ込んでくる自動車。

 

 

 

クソッたれが。こんなところでリタイヤかよ。笑えない話だ。

 

俺の意識は自動車によって潰され、俺の体は自動車とともに校庭へ落ちていった。

 

落下しながら俺は、まるで投げたものが狙ったところに入ったかのようにガッツポーズする青みがかった髪の幼女の姿を見たのを最後に、意識は完全に刈り取られた。

 


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