この日は、聖天子が里見蓮太郎に護衛の依頼をしてから八日が経過し、里見蓮太郎がティナ・スプラウトにたこ焼きを食べさせ、司馬未織が里見蓮太郎に狙撃に使われた弾丸の分析結果を報告し、室戸菫が藍原延珠を奈落(アビス)に呼び寄せ、ティナ・スプラウトが天童木更を襲撃し、藍原延珠がティナ・スプラウトに敗北した日。それから数日前の兄弟姉妹の話。
3 days before 比企谷家
夜、自宅にて俺は頭を抱え込んでいた。
雪ノ下が襲撃されてから四日が過ぎた。襲撃者を退けることは出来たが襲撃者も依頼主も特定する手がかりが見つからないままだ。。
俺はまだ雪ノ下の護衛を続けている。だが、二度目の襲撃はまだ起こっていない。
襲撃後、留美から得た情報をもとに高いアクセスキーを持つ里見に依頼して序列四〇二三番の民警というのを調べてもらったが、該当したのはポルナレフとかいうロシア人の民警だった。イニシエーターの写真を留美に確認してもらったが、全くの別人のようだ。
「とすると、襲撃者は留美さんに嘘の序列を教えた……?」
夏世にも調査をお願いしたが、まだ芳しい結果は得られていない。それでも夏世は諦めないでPCを操作してくれている。
「うーん、そうなのかな。そんな嘘がつけるようには見えなかったけど。自分のことさーちゃんなんて呼び方してたし。あれ、コードネームかと最初は思ったけど、どう考えてもあだ名だよね」
「それに、そんなことをしても無駄だろ。調べれば嘘だと分かる情報をあえて教える意味が分からん」
「なら、襲撃者のプロモーターがイニシエーターに嘘の序列を教えていたとは考えられないでしょうか。留美さんの証言によると、襲撃者のイニシエーターは勝手に名乗った。だからイニシエーターが不要な情報を持たせないようにしていた。例えイニシエーターが暴露してもその情報から襲撃者へ私たちをたどり着かせないようにするため」
「うん、確かにそういう子だった。頭の悪い……というよりはまだ幼いという印象かな」
「その考えが正しいなら、襲撃者の特定に遠のいただけか」
ここで振り出しに戻ってしまった。いや、戻ったというよりは振り出しから動けないでいると言うべきか。
「お兄ちゃんお疲れーはい小町特性MAXコーヒー」
「サンキュ」
小町が入れてくれたMAXコーヒーに口をつける。うん、うまい。糖分が体に染み渡る。過去に一度文献で読んだことがある。かつて俺がこの世に生を受けた地である千葉にはMAXコーヒーと呼ばれる飲み物が存在していたと。しかしガストレアの出現による世界の荒廃によって姿を消した。この小町特性MAXコーヒーはその文献を参考にして甘党の俺のために小町が開発した俺への小町の愛が込められた一品なのだ。
コーヒーは今でも売られており、それに小町が特性ミルク(牛乳と練乳)を特殊な入れ方でブレンドすることによって完成する。要するに市販のコーヒーと牛乳と練乳を入れて混ぜるだけ。だが小町がこれを作ってくれていることこそが最大のスパイスなのである。コーヒーにスパイス入れちゃうのかよ。
「留美ちゃんと夏世ちゃんにはホットミルクね」
「ありがとう、小町お姉ちゃん」
「ありがとうございます、小町さん。しかしこの春先にホットミルクですか」
「あ、駄目だよ年頃の女の子が体を冷やしちゃ!ちょっと暑いくらいでいいんだよ!」
「そ、そうですか。ではありがたくいただきます」
ニコニコしながらミルクを飲んでいる留美たちを見守っていたが、しばらくすると少し暗い顔になる。
「お兄ちゃん、また危険な仕事してるんだよね」
「ん?ああ、まあなんてことないだろ」
「そんなことないでしょ!お兄ちゃんは今度は護衛をしてるんでしょ?そして一度殺されかけた」
「まあ、そうだな」
「やっぱり、小町、学校を辞めて働くよ」
「まて、なんでそうなる。どこに中学生で雇ってくれる会社があるんだ。それに、確かに生活は厳しいが、別にこれが終わればまた金が入るだろうから金の心配はやめろ」
「それだけじゃないよ!その金を稼ぐためにこうやって命張ってるんでしょ?留美ちゃんも。なのに私だけのうのうと学校に行くなんて出来ないよ……」
「……」
気にすんな、なんて一言で済むならこんなことにはならない。小町が学校を辞めると言ったことはこれまでも何度かあった。そのたびにそんな綺麗ごとを並べて納得してもらっていた。だが、やはりストレスが溜まっていっているのだろう。
俺も、民警として働く目的は、『呪われた子供たち』の自治区を作ること以外にもある。というより、民警として働きだしたときの最初の目的は小町を不自由なく生活させることだ。それは絶対に守らなければならない。
しかし、その『守られる』というのが小町が苦しむ要因なのだろう。俺や留美が命の危機に瀕することと嫌うことと同等くらいに。必要にされたい、見捨てられたくない、お荷物になりたくない、足を引っ張りたくないという思いが。だからこうやってコーヒーを差し入れたり家事を積極的にこなしたりするようになったのだろう。
だから俺は……
「分かった」
「お兄ちゃん!分かってくれたんだ!」
「ちょっと八幡!」
「だが、条件がある。まず、学校にはこのまま通い続けろ」
「え?でもそれじゃあ雇ってくれるところなんて……」
「次に、勤め先は俺が決める。というか、勤め先はここだ」
『え?』
全員の声が合わさった。
「お前はこれから俺の指示に従ってもらう。お前には調べ物をしてもらおうと思う。千寿、お前が上司として小町にいろいろ教えてやってくれないか?」
「そういうことなら、分かりました。引き受けましょう」
千寿はいつもの不愛想な顔とは程遠い笑顔で答えてくれた。こいつも何か役割のようなものが欲しかったのかもな。ずっと家にいるわけだし。
「小町さん、これから私があなたの上司となります。あなたには私の情報処理スキルのすべてを叩き込みましょう」
IQ210の頭脳の中の情報処理スキルをすべてとは、これ早まったんじゃない?小町オーバーヒートするんじゃない?
「うん、ありがとう。千寿ちゃん、私の上司になってくれて。ありがとう、お兄ちゃん、役割をくれて。ありがとう、留美ちゃん、心配してくれて」
「気にすんな。というかしっかりこき使うからな。覚悟してろよ」
「そうですか。こき使っても良いんですか。それでしたら、早く一人前にしないと。今日は徹夜ですね。とりあえず、みんなにMAXコーヒーをお願いします」
「……お手柔らかにお願いします……」
そう言って小町は台所へと向かう。今頃ちょっと後悔しながら小町特性ミルクを絞っているのだろう。……おい、誰だ今小町が特性ミルク絞ってるって聞いてよからぬ妄想したやつは!ぶっ殺すぞ!
「八幡キモイ」
ごめんなさい。
7 days before 川崎家
初めて雪ノ下の襲撃を行った日の夜、あたしは依頼主に報告を行っていた。
「そう、そう……分かったわ」
「さーちゃん依頼主なんてー?」
「ああ、けーちゃん。雪ノ下の襲撃任務だけど、雪ノ下の護衛を行っているやつが分かったよ」
「だれ?」
「天童民間警備会社所属、プロモーター、比企谷八幡・イニシエーター、鶴見留美。序列は13万5800位」
そして私のクラスメイト。世界はこんなにも狭いのかと驚いてしまう。言われてみれば、昨日の昼休みに教室で雪ノ下と話していたし、それからクラスに顔を出していない。
「じゅーさんまん?すごく下だね」
「そうだね。けど、強いらしいよ。護衛を行っている民警のプロモーターは機械化兵士らしいし」
「きかいかへーし?」
「そう。体の一部がロボットで出来てるの。ほら、前に聖天子様の依頼を受けに行ったとき、仮面の人がいたでしょ。あの人がバリアを張るために体が機械になってるの。プロモーターの比企谷ってやつもそうなんだって」
「へーそーなんだ!ロボットなんだ!サイバネティクスなんだ!」
……なんでサイバネティクスなんて言葉知ってるの?
あたし、川崎沙希と川崎京華は川崎民間警備会社で民警として働いている。最も、社員は私と京華だけ。そうやって普段はアルバイトしつつ、ガストレアが現れれば討伐している。あたしも京華にこんな危険なことをさせたくはない。が、家には結構大きな借金があり、両親は京華が『呪われた子供たち』であることを知って離散。今では生きているのか死んでいるのかも分からない。だからあたしは民警という危険な仕事をしてなんとか食いつないでいる。そういえば、小学校のとき、水原とかいうやつも同じように『呪われた子供たち』の妹がいたっけ。他人を心配出来るほど今のあたしに余裕があるわけじゃないけど、あいつ、どうしてるかな。
「でも、それにしては序列低いね?弱いの?」
「いや、分からない。そのあたり調べても出てこないんだって」
「うーん、でもあのイニシエーターは結構できるかも。また殺りあいたいな」
あたしは、このまま京華とともに民警を続けていいんだろうか?京華は、イニシエーターとしてはかなり優秀なほうなんだそうだ。ヒポポタマスの因子を持つ京華は、車を片手で簡単に持ち上げて投げ飛ばせるくらい強い腕力を持っている。おかげで短い期間で序列は四千番台まで上昇した。生活出来ているのも京華のおかげだ。最初は、イニシエーターの生活費はプロモーターが負担することを知っていたのでもともと家族である京華をイニシエーターとしてあたしだけで依頼をこなそうと考えていたが、京華はイニシエーターとして優秀すぎた。今では京華がいなければ何も出来ないくらいに持ち寄せられる依頼のレベルが高くなってしまった。
だが、京華は目に見えて変わってきている。それも、よくない方向に。聖天子様の依頼のとき、小比奈という少女を見て思った。京華もいずれあんな人の生死に無頓着な殺戮マシーンのような人間になるんじゃないかって。いや、もうなってきている。だけど、京華がイニシエーターでなければ間違いなくあたしたちは干上がってしまう。
「そういえば、結局見逃して帰ってきてよかったの?」
「いいの。最初は殺さないで雪ノ下が護衛として誰を雇っているかを確認してほしいって言ってたから。次の襲撃は一週間後の予定だって。その時はちゃんと殺すよ」
依頼人は襲撃の日を指定している。曰く、比企谷が所属する民警会社はもう一組のペアがいるらしいが、そいつも護衛任務を行っているらしい。だが、そいつが護衛を行うのは特定の日だけなのでその日以外に襲撃を行うと介入される可能性があるとのこと。
「やった!次はちゃんと殺せるんだ!」
このままでいいのか。それでも、借金の締め切りは迫ってくる。腹も減るしあたしも大志も学校に行くのにお金がかかる。今は、京華に頼るしかない。いつか必ずいい大学に行ってちゃんとした会社に勤めて借金も返して危険な仕事をしないで済むようにするから。京華、ごめん。こんなお姉ちゃんだけど、今だけは頼らせてちょうだい。
だから、恨みはないけど殺させてもらうよ。雪ノ下。
「姉ちゃん……ごめん。何にも出来なくて。こんなダメな弟だけど、中学を卒業したら、ちゃんと働くから、それまで待ってくれ」
9 days before 雪ノ下家
「あらあら雪乃ちゃん?何を調べてるのかな?」
「姉さん……。いえ、姉さんには関係のないことよ」
「当ててあげる。もうすぐお爺さんがアメリカに行くから、その間、学校での護衛を行う民警を探している。違うかしら?」
「……違うわ。どうしてそう思ったのかしら」
「当てずっぽうだけど、正解みたいね。これでも何年も雪乃ちゃんの姉をやってきてるんだから、丸わかりよ」
「だから違うと……」
「天童民間警備会社所属、比企谷八幡」
「え?」
「彼を護衛につけたら?学校が同じな上に透明化能力を持っているから護衛にはうってつけよ?それも、護衛と称して近くに人を置くのを嫌う雪乃ちゃんには特に」
「透明化能力……?」
「ああ、雪乃ちゃんが前回調べてほしいなんて電話してきたときには言わなかったけど、彼、機械化兵士なの。詳しいスペックは私もそこまで高いアクセスキーを持たないから調べられないけど、お爺さんなら知ってると思うわよ?」
「そう、……助言、感謝するわ。なら、私は用事が出来たからこれで」
「………………ふふっ♥」
5 days before 片桐家
「シッ!」
「うらぁ!」
弓月の糸で身動きが取れなくなったガストレアの頭に玉樹のストレートが炸裂。バラニウム製チェーンソーがガストレアの肉を抉り頭蓋骨をすりおろし脳にまで到達するとガストレアは動きを止めた。
「マイスウィート、報酬を受け取ったし、帰るぜ」
「兄貴~~久しぶりに肉が食べたい!」
「何言ってんだマイスウィート、あのテロ以降ガストレアがめっきり減って依頼が来なくて金がねぇんだよ」
「でも報酬入ったし、なんか食べたい!」
「ふむ……とりあえずスーパー行かねえとな」
「ハンバーグだ~!」
「まあ、豆腐で作ったがな。だが味は保証するぜ」
「いただきま~す!」
豆腐で作ったハンバーグを幸せそうにかぶりつく弓月を見ながら玉樹はある少年の顔を思い浮かべる。
(あの時、蛭子影胤討伐の前に俺たちに引き下がるように命じたあのボーイ、いったい何もんだ?あんな奴、仕事していて一度もあったことねえ)
「ねえ、兄貴」
「なんだ?」
「また"アイツ"のこと考えてる?」
「……ああ、そうだ」
「アタシも何にも出来ないまま眠らされたけど、これだけは言える」
「ああ、そうだなマイスウィート」
『あのクソファッキン今度会ったら絶対ぶっ飛ばす!!!』