東方酔迷録   作:puc119

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第繋話~幻想の世界へ~

 

 

「えと、この後はどうするの?」

 

 抜けた腰も戻ってくれたみたいで、漸く動けるようになった。灰色に染まった世界も私の知っているソレに戻り、車の音や鳥、人も声も聞こえるように。

 不思議な体験でした。

 

「まぁ、せっかく買ったんだし飲まないとな。いやぁ、楽しみだ」

 

 そう言って黒くんは嬉しそうに笑った。

 やっぱりお酒、好きなのかな? それにしても買いすぎじゃない?

 黒くんと西行寺さんの両手には、パンパンにお酒が詰まったビニール袋。二人だけで飲みきれる量だとは思えない。

 

「あっ、氷も買えば良かったわね。このままだとビールも温くなっちゃうし」

「あ~氷か。忘れてたわ……おつまみも買わないとだし、そのついでに買うか」

 

 どうやらもう、買ったお酒を飲むことしか考えていない様子。どこで飲むんだろう? できれば、人目につく場所はやめてもらいたい。警察の人とか来たら怖いもん。

 

「それも、そうね。それで、何処で飲むの?」

「あの神社で良いんじゃない? 色々と楽だし」

 

 えっ、荷物を持ってあの山を登るの? それは大変だと思うよ……まぁ、でもあの場所なら他の人は来ないしちょうど良いのかな。

 

 そう言えばあの神社って、私以外に行く人とかいるのかな? 私は会ったことないけど。

 

 

 

 その後、近所のスーパーでつまみや氷など、さらに買い物をした。黒くんと西行寺さんは、両手にお酒の入った袋を持ったまま。

 私はその中身がバレないことを祈りながら、黒くんと幽々子さんはスーパーの中でも燥ぎながらの買い物。

 黒くんがスーパーでもお酒を買おうとしていたけど、流石に止めた。そんなにいらないでしょ……

 

 ソフトドリンクも含めた飲み物やおつまみの乾き物に氷、クーラーボックスと荷物はいっぱい。それだけの買い物をしたから二人いたはずの諭吉さんは、三人の野口さんへと変わってしまった。

 

 私はいらないから。と西行寺さんから三人の野口さんまでもらってしまい、なんだか申し訳ない気分。荷物運び、頑張ります。

 

 

 

 再び神社へ戻る頃には、既に夕方。

 まぁ、コンビニやスーパーでアレだけ騒いでいたのだから、そりゃあそうなる。コンビニやスーパーってそんなに面白いかな?

 

「む、暗くなってきた。明かりは……まぁ、その辺の木でも燃やせばいいか」

「えっ、それは危なくない?」

 

 神社が燃えてしまったら大変だし、山火事とか怖いよ?

 

「大丈夫、慣れてるから」

 

 ん~、そう言う問題なのかな? なんか違う気がする……

 

「大丈夫よ桜。それに、もし燃えたとしても……まぁ、うん。その時はその時ね」

 

 西行寺さんもどこか抜けてるし……本当に大丈夫かなぁ。まぁ、どうせ私が言ったところでこの二人を止めることなんて、できやしない。私は疲れました。なんだか、ぐびっとビールを飲みたい気分。いや、飲んだことはありませんよ?

 

 

 

 

 心配してはいたものの、どうやら黒くんの言った慣れているという言葉は本当らしく、たった数十分程度で、宴会の席は出来上がった。

 境内のど真ん中で焚き火。別に私は信仰しているものとかそう言うのはないけれど、これ神様に怒られたりしないかなぁ……

 

 椅子の代わりに用意した丸太へと座る。やっぱり今日は得体の知れない奴らが多いみたいで、多くの光の玉が私たちの回りをクルクルと飛び回っていた。それはまるで、幻想のような景色。本当に綺麗だ。

 そう言えば、当たり前のように火をつけていたけど、どうやってつけたのかな? む、もしかして私、貴重なシーン見逃した?

 

「そんじゃ、そろそろ乾杯しよっか」

 

 一年の中で一番日の長い季節ではあるけれど、辺りは暗くなり始めている。まぁ、家に帰ったところで誰も待っているわけではないし、明日も休日で学校もない。たまには不良気分を味わっちゃおう。

 

 カショっと言う音が聞こえ、黒くんがビールの缶を開けたのがわかった。

 

「そうね。ふふっ、外の世界のお酒。楽しみだわ」

 

 続いて、キュポンと言う音共に西行寺さんはワンカップ酒を開けて言った。

 私は何を飲もうかな?

 

「桜ちゃんは何を飲むの? ウィスキー? ウォッカ?」

「ソフトドリンクに決まってるでしょうが。私、未成年なんだし」

 

 全く、この少年は……

 お酒なんて今まで人生で飲んだことはない。そりゃあ、興味もあるけれど別に飲みたいってわけじゃないんだよなぁ。お酒を飲んだことのある友達も、美味しくはないって言ってたし。

 お茶でももらおうかな。

 

 

「よしゃ、準備もできたみたいだし始めよっか。ん~……幻想郷の未来と美味しいお酒の発展に――」

 

 

「「「乾杯!」」」

 

 

 元気な声が、静かな境内に響いた。

 

「あら、見た目は安っぽかったけどなかなか美味しいのね。このお酒。ふふっ、次は何を飲もうかしら?」

 

 ワンカップ酒を片手に御満悦な西行寺さん。うん、あれだ。おっさんみたいだね。私の近所にこういうおっさんいるもん。怒られそうだから口には出さないけど。

 

「ああ、やっぱりビールは美味しいな。痛んだ心によく染み渡る」

 

 そして黒くんは何を言っているのだろうか? もう酔ったの? あと、それ第三のビールだよね。お酒のこと詳しくはないけど、第三のビールってビールじゃないんじゃなかったっけ?

 

 お酒が入ると皆よく話すようになるなんて聞くけど、今回はその言葉の意味を実感することができた。もともとよく喋るタイプだっただろうし、そこにお酒が入ればさらに加速する。

 残念ながら二人の話の内容はほとんどわからない。異変が~とか、閻魔が~とかどこの世界の話よ。

 

 さらにこの二人はとてもお酒を飲む。絶対に飲みきれないと思っていたお酒も、残りは三分の一くらい。西行寺さんはわかるけど、黒くんもすごいんだね。お酒を飲み過ぎると倒れるって聞いたことあるけど……大丈夫かなぁ?

 

 パチパチ枝の焼ける音と愉快な声が響き、その周りでは光の玉が飛び回る。この神社が此処まで賑やかになったのは初めてなんじゃないかな。

 

 

 

 

 もうすぐ、お酒もなくなる。お酒がなくなればこの宴会も終わるだろう。

 何があって二人が此処へ訪れたのかはわからない。二人に振り回されて、めちゃくちゃ疲れた。それでも、今日は本当に楽しかったなぁ。

 

 明日からはまた、平凡な毎日が始まる。

 でも、今日の思い出はきっと残ってくれる。

 

 

 

 それだけで充分。

 

 

 

 それだけで……充分。

 

 

 

 本当に……本当に良いの?

 

 

 

 この幻想のような物語が、ここで終わって……それで私は良いの? あれだけ憧れていた物語が目の前にあって、それはもうすぐ終わってしまう。

 たぶん、これから先こんな物語と出会うことはできない。

 

 不思議で、幻想的で、こんなにも楽しい物語を私は書き進めることはできない。

 

 

 

 いやだ。

 

 それは……いやだ。

 もっと私は彼らの物語を読み進めて、私の物語を書き進めたい。だって、それが私の夢なんだもん。追いかけてみたいんだもん。

 

 だから、私は聞いた。このまま、この物語を終わらせないために。

 

「……ねぇ、貴方たちは何処から来たの?」

 

 何回も聞いた質問。その度、適当に受け流され続けた質問。

 けれども、今回はそれだけじゃ終わらせない。そんなことしちゃいけないってわかってる。

 それでも、もう止まりたくなんてない。

 

 私が質問をすると、今まで話を続けていた二人は急に黙ってしまった。

 パチパチと枝の弾ける音だけが境内に響く。

 

 西行寺さんは私をじっと見つめ、黒くんは何かを考えている様子。

 え、えと……なんか喋ってもらわないと、私どうして良いのか……

 

「黒」

 

 西行寺さんが短く、黒くんに声をかけた。

 

「……わかってるよ。流石に関わらせすぎちゃったね。こっちの世界に入り始めてる。ちょいと失敗した。はぁ、これだから才能のある奴らは……」

「どういう意味、なの? ちゃんと説明してもらわないと、私はわからないよ……」

 

 頭だって良い方ではないし、何かを察することも苦手。私、不器用なんです。

 

「……桜ちゃんには選んで欲しいかな」

「何を?」

「これからのことを、さ」

 

 これからの、こと?

 

「俺たちと会った今日の記憶を消し、この世界で今まで通りの生活を続けるか。それとも、この世界で忘れられ、幻想へと消えるか。君には今、選んでもらいたい。ああ、別に記憶を消しても生活には支障はないはずだよ」

 

 記憶を消すか、幻想へと消える?

 

「その幻想が貴方たちのいる世界なの?」

 

 それは、どんな世界が広がっていて、どんな物語と出会うことができるんだろう。

 

「まぁ、そうだね。けれども、その世界は厳しく残酷で、この世界より数段も生き辛い世界。おすすめはできない」

 

 厳しくて、残酷で、生き辛い世界……

 

「でも……」

「うん?」

 

 けれども、その世界はきっと――

 

「綺麗な世界なんでしょ? この世界よりもずっと」

 

 私の質問に黒くんは何も答えず、笑った。

 

「じゃあ、私は行く」

 

 自暴自棄なんかじゃない。

 その世界で、私は私の物語を書き進めたい。

 

 うん、もう決めた。何と言われようが絶対に行く。今日はこの二人のわがままに散々付き合ったんだ。最後くらい私がわがままを言っても良いはず。

 

「そっか……もう、この世界には戻って来られないかもしれないよ?」

「大丈夫。それでも私は行く」

 

 きっと後悔すると思う。けれども、もし私が此処で幻想の世界を諦めてしまえば、後悔すらできない。そんなのはいやだ。

 

「……了解」

「これで、また紫から怒られるわね」

 

 楽しそうに笑いながら西行寺さんが黒くんに言った。誰だろう紫さんって。

 

「良いよ。慣れてる。そんじゃ行くとしますか」

 

 えっ、今から行くの? じゅ、準備とかは? せめて着替えとか、小道具とかは持たせてもらいたいんだけど……

 

 まっ、いっか。

 

 もう、どうとでもなれ。

 

 進むって決めたんだ。今更止まるわけには行かないもんね。

 仲の良かった友達とか、施設の人とか、学校の先生とか色々な人の顔が浮かぶ。たぶん、もう会うことはないけれど、きっと向こうでも私は元気で生きるから、心配はしないでください。

 これは私の選んだ道です。

 

 

「紫」

 

 黒くんがぽそりと、呟いた。

 

 

「ほんっと、貴方は自分勝手ね。私には何の相談もなしで決めて……」

 

 すると、そんな声が聞こえ、何もなかった空間から紫色のドレスのような服を着た女の人が現れた。

 

 めちゃくちゃ驚いた。

 

 ど、どうなってるの? この美人な人が紫さんなの? え? えっ? どうやって此処へ?

 

「慣れてるでしょ?」

「まぁ、そうだけど……」

 

 やっぱり話にはついていけない。どうなのかな?私は幻想の世界へ行けるのかな?

 

「桜ちゃんを連れて行っても問題はないよな?」

「はぁ、問題だらけ。この娘の後処理とか、記憶の操作とか全部私がやるのよ?」

 

 あっ、もしかして無理っぽい? べ、別に無理はしなくても良いんだよ? そりゃあ、行きたいけど無理なら我慢するし……はい、小心者なんです。

 

「なら問題ないな。任せた」

「……黒も手伝いなさいよ?」

 

 笑顔の黒くん。ジト目の紫さん。

 仲良いなぁ。最初、黒くんと西行寺さんが付き合っていると思っていたけど、黒くんは紫さんと付き合ってるのかな? 息もぴったり。

 

「えと、それで、私は行っても良いの……かな?」

「ええ、歓迎しますわ桜。幻想郷は全てを受け入れる。それを残酷だと思うのかは……貴女次第ね」

 

 そう言って、紫さんは持っていた扇をフワリと振った。

 

 

 

 

 そして――

 

 

 

 

「お帰りークロ!」

「それで? 外の世界のお酒は?」

「黒ー! お酒ちょうだい!」

 

 あのボロっちい神社の景色が一変し、随分と賑やかな景色へと変わった。

 

 黒くんへ嬉しそうな声を出しながら、へんてこな羽を付けた金髪の女の子や、二本の大きな角のある女の子、蛙のような帽子を被った女の子が飛びついた。

 視線を上へと向ければ、箒に跨った女の子と蝙蝠のような羽を付けた女の子が色とりどりの光の玉を放ち合っている。

 

 あちこちから届くお酒の匂い。

 

「ようこそ、幻想郷へ。歓迎するよ桜ちゃん」

 

 女の子に抱きつかれながら黒くんが言った。

 

 とんでもないところへ来ちゃったっぽい。

 

 





これで、次の作品の主人公が漸く幻想入りしましたね

次回作『東方困迷酒』ご期待下さい

いや、嘘ですけどね
書きません


と、言うことで第繋話でした
ノリで書いていたら幻想入りしてました
どうしましょう、これ

次話はまた桜さん視点になりそうです
何も考えてませんが

では、次話でお会いしましょう


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